将来を有望視された青年が、冤罪で問題山積みの鎮守府に着任されました。 ~地獄の底からこんにちは~ 作:ガリアムス
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「提督さんはね…『牧園一族』の人間なんです」
阿賀野はそう言った。牧園一族…つまり俺や御祖父ちゃんを含めた人間達、牧園の性を持つ者を指す言葉だろうと予想出来る。
「…『牧園一族』、其れが俺と何か関係が有るのか?」
こくりと阿賀野が首を縦に振る。
「牧園一族の歴史…其れは室町時代の終わり頃から始まりました」
「ちょっと、私達は昔話を聞きたい訳じゃ!」
「阿賀野姉ぇの話を邪魔しちゃ駄目!彼にとって、大事な事なんだから!」
赤茶色の髪を後ろに小さく束ね、黒の髪止めを付けた少女がそう言った。
「室町時代の終わり…つまり『応仁の乱』が始まった時期か」
応仁の乱とは…室町時代に京都で起きた大名同士の大きな戦いを意味し、これまで日本を治めていた室町幕府の権威が大きく揺れ、同時に各地域に名と力のある者達が現れ、己が武力の元に日本を統一せんとする『戦国時代』の幕開けを告げる戦いの一端となった事で知られている。
事実、多くの日本史の入試問題等にも挙げられ、学生が必ず学ぶと言って良い言葉(ワード)の一つに入る。
「十一年も続いて最終的には決着付かずに和睦が結ばれて終わった訳だけど…。
それと牧園一族の関係って一体何なんですか?」
明石が問うと、阿賀野は衝撃の事実をアキラ達に告げた。
「牧園一族はね。東西両軍の情報を相手側に流して、互いの戦力と被害を分散・疲弊させ、最終的に和睦に持ち込ませたの」
『……………はい?』
三人は驚きを隠せない。そんな事をする意味が全く分からない、下手をすれば争いはより激化していたのではないか?…そう思わざるをえないのだ。
「情報を流すって…頭おかしい、普通は考えないだろ」
「普通は、ね。…けれど、牧園一族の人達は何とかして争いを終わらせようとしていた。足軽になって他家の勢力や町の情報を集め、住人を逃がすために一芝居を打ったりもした。例え自分の身を犠牲にしても。
…彼等のそんな努力が人知れずに実を結んで、終には両軍は和睦が成立。西軍の解体と言う形で応仁の乱は終結に至った…。
これは私達の提督さんが調べた事実…。牧園一族の逸話の一つに過ぎない」
一拍置き、阿賀野は話を続ける。
「時は流れて飛んで、江戸時代の末期…幕末。牧園一族の名前が知れ渡る出来事が起きた。
…黒船来航。多くの藩主達が開国に消極的、庶民に意見を求める中で、牧園一族の人達は日本の開国を唱えながら、江戸幕府に今後どうして行くべきと、ハッキリした意見を述べたわ。
幕府を相手に大それた彼等の行為は、他の藩士や大名達から危険視される一方で、幕府の重鎮である阿部 政弘や、当時はまだ伝習所に居た勝 海舟の耳に止まったの。
牧園一族の人々は勝 海舟と接触し、近からず遠からずの関係を取りつつ、幕府へと更に事細かく纏めた意見書を提出。後に安政の改革と呼ばれる出来事の中で、彼等は着実に力を付けていった…」
「…話が段々大きくなっていますね…」
夕張がそう言う。阿賀野は気にする事なく言葉を紡ぎ、自分が知る牧園一族の事を話す。
「牧園一族は有名になっていく一方、其れを良く思わない者達から命を狙われた。井伊 直弼は、牧園一族の存在を面白く思わぬ者の一人であり、日を追う毎に力を増す彼等に危機感を覚えていた。
『このまま牧園一族をのさばらせれば、幕府は滅びてしまう。奴等を直ぐにでも排除しなければならぬ』…彼はそう考えた。
大老就任後に日米修好通商条約の強引かつ早期締結に出たのは、牧園一族が『日本という国を守り、より良くしようと行動している事に気付き、彼等と彼等に影響を受けた者達を炙り出す為の行動だったのでは』って、提督さんは言っていたみたい。
…そうして反対や非難の声が挙がる中で『安政の大獄』は始まり、牧園一族に影響を受けた大名や文学者達を片っ端から捕らえ、監禁や処刑を行われた。また井伊 直弼も陰で牧園一族の人間を暗殺するよう武士達に秘密の御触れを流したというの」
「…直弼は、牧園一族を恐れていたって事か。だけど大老に狙われた以上、無事に生きられた人は居なかっただろうな」
「そうね…『彼等が井伊 直弼の思惑を察知していなかった場合』は、そうなっていたでしょうね」
矢矧が睨むようにアキラへと放ったのは、更なる衝撃の事実。
牧園一族は、井伊 直弼がそうする事を既に読み切っていたわ
三人は絶句する。そして牧園一族の恐ろしさを思い知らされる。
「彼等は仲間達の無念と想いを果たすために行動に出た。主人の敵討ちに燃え、脱藩した水戸藩士達に接触し、身の危険も省みず、決死に集めた『井伊直弼が江戸城に向かう際に通る地図』と『暗殺する場合に最も適した日』…この二つの情報を藩士達に教えた。
こうして幕末の大老・井伊 直弼暗殺事件…後に『桜田門外の変』として知れ渡った。…一連の事件は、牧園一族の名を裏社会にさえ浸透させる事になっていったのよ…」
大老暗殺という大事件への加担…アキラは頭をもたげ、目を閉じる。自分の身体に流れる血…先人達に今まで日本と言う国に何れ程の事をしてきたのかと、直接問いたいという、叶わぬ事さえ考えてしまった。
「形はどうであれ、大老暗殺に関わった彼等は勝 海舟に迷惑を掛けるわけにもいかなくなり、彼との関係に幕を引いて、日本の行く末を影ながら見守る決断を下した。
けれど、牧園一族の一人が坂本 龍馬に出逢った事で運命は更に加速する事になっていったわ」
「…何で坂本龍馬に出逢ったんですかねぇ…?貴方の御先祖様達は…」
ジト目でアキラを見つめる夕張と明石。
本当に何なのだ、自分の一族は…運命に恵まれているのか、はたまた神の悪戯なのか、全く分からない。
「坂本 龍馬は牧園一族の考え方に多大な影響を受けていた。彼に対し一族の人達は勝海舟の元に向かい、其処で色々な事を学ぶと良い…そう伝えたみたい。
その上で坂本 龍馬には勝 海舟宛の謁見状を、勝 海舟には『数日後に見込みのある土佐の若者が訪問するので、話し相手をしてください』と書かれた匿名の封書を送ったとされている。
そして『彼等の予想通り』、坂本 龍馬は勝 海舟の弟子になった。後に江戸幕府二百五十年近の歴史を終わらせる『薩長同盟』を取り付けるまでに成長してね…」
「……………………………」
「ノーコメントで…」
「私も…」
夕張や明石は、牧園一族の話は既に腹一杯だった。歴史の節目に幾つも関わり、こんな裏話を築き上げ、後世に遺した存在…自分の頭がパンクしそうだ。
しかし…アキラが抱く感情は、二人とは真逆の物。
もっと聞きたい。もっと知りたい。牧園の名を持つ存在として、彼等の事を。
「阿賀野さん。牧園一族はその後、どうなったのですか?」
「提督…?」
「…俺のお祖父ちゃんは、色々な軍艦の歴史は教えてくれた。けれど…『両親』や『牧園一族』の事はどんなに聞いても話してはくれなかった。
だから知りたい。…牧園一族の事を」
曇りない真っ直ぐな瞳が阿賀野達に向けられる。彼の眼を見て、彼女達が抱いた感情は様々。驚愕、感心、はたまた…恐怖。
「…………提督さんは変わった人ですね」
「ああ…「艦娘に頭を下げる提督(やつ)は前代未聞だ」…なんて、言われたからな」
フフフと微笑み、阿賀野は彼に話し続けて行く。
* * *
薩長同盟締結後、西郷 隆盛等が不穏な動きをしている事を嗅ぎ付けた牧園一族は、この先確実に起きるであろう『武力による倒幕』に対して、江戸や人々の被害を減らすべく、徳川 慶喜に『天皇に日本国の統治権の返上と征夷大将軍職の辞任を行うよう』働き掛けていたという事が明らかになった。そして慶喜は幕府の重鎮達を集め、大政奉還を行う事を伝え、江戸幕府は二百五十年の歴史に幕を閉じる事になった。
しかし、あくまでも武力による倒幕を行おうとする薩摩藩・長州藩は裏で工作を行い、朝廷を掌握し江戸城等で破壊行為に至り、幕府は江戸に在った薩摩藩邸を襲撃した事で後に『戊辰戦争』と歴史に名を残す、大きな戦いが始まったのである。
牧園一族は徳川 慶喜に『敵対する意志を示さなければ、確実に朝敵にされてしまう』と伝え、彼は寛永寺に謹慎して難を逃れた。そして戦いが続く中、新政府軍が江戸へ総攻撃を仕掛けようとするが、既に彼等により条約諸国の大使館に作戦が伝えられており、イギリスのハリー・パークスの働きで未然に防がれる事に。
その後、江戸城無血開城の為に新政府軍と旧幕府軍の間を走り回り、西郷 隆盛と勝 海舟を交渉の場へ導き、締結まで持っていった。
幕末という激動の時代の中、彼等は暗殺されたり一族を守るべく一人で罪を背負い死んでいったとされている。だが、一部の者は暗殺者達の魔の手から逃れ、名を変えて、新政府の情勢を外側と内側の両方から見つめ続けた。
国内外の情勢を見定め、先の先を読んだ行動を取りながら、不正を働く者を糾弾し、日本を列強諸国に負けぬ、より良い国とするために。
「だけど…彼等を待っていたのは『過酷な戦い』だった」
日清戦争、日露戦争を越えて軍部の力が強まり、第一次世界大戦によって更なる強化を図ろうと画策していた状況に、牧園一族は危機感を募らせていた。
そんな折に、彼等の運命を左右させる『事件』が起きる。
名は『五・一五事件』…当時の首相で、軍縮支持派の犬養 毅が将校達の手により暗殺された出来事。そして主犯となった三上 卓は警察の尋問に対して、こう答えたという。
「この事件には『牧園一族』が関与していた。彼等の力が無ければ、首相暗殺成功は無かった」…と。
三上は牧園一族を政界から排除し、逃げ延びた者も全て滅ぼそうとしていたのだ…。牧園一族は皆無実を必死に訴えるも、政府役員や軍部は彼等を排斥すべしの声が挙がり、女子供も関係無く、警察によって次々と逮捕され、投獄。果てには処刑されて行く事になる…。
三上にとって首相暗殺(それ)は単なる手段でしかなかった。
全ては彼等を、政治の世界(おもてぶたい)から引き摺り落とし、今後起こりうる戦争を以て、牧園一族の血統を根絶やしにする事だったのだから。
牧園一族さえ滅びてしまえば、今後の政治も安泰だ…と。
そんな政治家達に牧園一族の一人が追放寸前に、こんな言葉を残したという…。
お前達の運命は『敗北』で決まった…と。
* * *
「三上の発言で政治の舞台へ立つ事が出来なくなり、更に日中戦争の開戦で彼等は戦地に強制的に送り込まれた。
知恵を働かせ、何とか苦境を乗り越えようと努力したのだけれど、敵も味方も彼等を攻め立てた。最前線の強行偵察、医療経験が無い状態での手当の強制、睡眠も食事も休みも殆ど無い、昼夜の見張り役の強要…。
最早それは『奴隷』と等しい扱い。一人、また一人と戦いの中で倒れていった。
…それでも彼等は中国軍の動きを観察し、生き残る為に泥水を啜り、野草を食し、敵を誘導して日中戦争を泥沼化させる事に成功した」
「…タダじゃ転ばず、自分達の力を今一度見せ付けた、と言う訳ですか。本当に貴方の御先祖様達は何者ですか?異存生命体か何かですか?」
「いや、知らないよ。…それより、太平洋戦争で牧園一族はどうなっていったの?」
阿賀野は話を続けた。
政界から追放された牧園一族達だったが、彼等の考え方は他の政治家や軍人達に大きな影響を与えていた。山本 五十六もそんな彼等の考え方に共感した一人で、『アメリカとの戦争は避けなければならない』と結論するに至った人物。
だが軍部はそんな彼の意見を無視し、真珠湾にあった米軍基地を強襲するように支持。当時総司令となっていた彼にやらせる事で、牧園一族の思想を否定し、万が一戦争を生き抜いたとしても、罪を被せてスケープゴートにするつもりだったのだろう。
だが…一兵士として戦地に送られた牧園一族の目には、既に『日本が戦争に負ける未来が見えていた』そうだ。
『ミッドウェー海戦』…太平洋戦争の転換期と言われた戦い。主力空母を四隻を失い、空からの支援を受けられなくなった日本海軍は、アメリカの圧倒的な資源力と物量を相手に、各地で敗北を重ねて行く。
牧園一族を政界から追放したのに、まるで彼等に戦況を操られ、彼等の手の中で踊らされているかのような感覚に、当時の軍部は恐れ、彼等の血を全て滅ぼそうと『国家総動員法』を設立。
それでも戦況は全く変わらない。一度の失敗からドミノ倒しの要領で敗北は積み上げる。
硫黄島が落ち。沖縄が占拠され。ポツダム宣言を受理するように要求が来て。原爆が二度に渡って日本に落とされた。
牧園一族を含めた多くの人の涙と血が流れて。
そして…日本は戦争に負けた。
牧園一族はその日をどんな思いで迎えたのだろう。
仲間達の犠牲に涙したのか、はたまたこれからの日本をどう再生させていこうかと、考えていたのだろうか…
それは誰にも分からない…。
* * *
「これが…私達の提督さんが知っていた情報よ」
話し終えた阿賀野はふぅ…と一息ついた。
「…すごいな」
「…提督の御先祖様達が、日本の軍部を相手に戦った頭のネジが外れてるヤバイ方々だったのはよく分かりました」
「…何も言えない」
三者三様…アキラはありのまま、ただただ称賛を送り。明石は頭をもたげてこめかみを親指で指圧。夕張は大きな溜め息をついて工廠の床にへなへなと座り込んだ。
「戦後の牧園一族についてはよく分かってはいないの。ただ、私達の記憶が途切れる前に…こんな事を言っていたのは覚えている…。
…「これで、彼等の。牧園一族の想いを成就させられる」…って」
「想いを成就…?」
能代は頷き、言葉を続ける。
「詳しい事は提督が知っていた。けれど…深海棲艦の奇襲に私達は為す術無く殺された…。
…恐ろしく強い敵だったのは、今も克明に覚えてる…。
仲間達の体が引き千切られて、黒い槍に体を貫かれ、沈められたのを…」
彼女達の顔に影が落ちる。と…
「真っ赤だった…」恐怖を纏い、震える声で白髪で褐色肌の少女が言った。
「ろー…?」
「真っ赤な服に…黄色の、瞳…尻尾が蛇みたいなの…付いてた…。
私…皆…!アイツに…!!」
ガタガタと震え、ガチガチと歯が鳴り、狂乱した表情で頭を掻き回す。
「ろーちゃん、大丈夫。深呼吸して…私の胸に、ね?」
「阿賀野…さん」
ろーと呼ばれる少女は阿賀野の胸に飛び込み、彼女は頭を優しく撫でる。母性に溢れた行動に安心したのか、少女は徐々にではあったが、落ち着きを取り戻して行く。
「赤い服と黄色の目、それから蛇みたいな尻尾…深海棲艦にそんな奴は居たっけ…?」
「ちょっと待って」
そう声を挙げたのは夕張だった。思考し、自分の頭を捻り、自分の記憶に眠る答えを導き出そうとしている。三分後、彼女は両手をパシン!と叩き、何かを思い出したようだ。
「…その深海棲艦は『尻尾に口みたいなのが付いて無かった?』後は『着ていた服がレニーコートみたいな形』をしてなかったかしら?」
「…!そう!赤いフードみたいな服と、口のついたおっきな尻尾!」
「それって…『戦艦レ級』…だよな」
戦艦レ級…それは鬼級や姫級等のネームド深海棲艦に並び、負けずとも劣らぬ存在。空母ヲ級flagshipのような精鋭の艦載機を持ち、戦艦ル級改flagshipが可愛く見える程の強大な攻撃力、エリート駆逐艦以上の機動力を有した文字通りの『化け物』なのである。
更に敵にも関わらず相当な気紛れで、進軍中の艦隊の目の前に現れたと思えば、その戦闘力で蹂躙し、トドメを指す事無く帰って行く…。
大本営もこのタイプの深海棲艦には頭を悩ませており、遭遇した際には先ず戦闘海域から即刻離脱せよとしている程。
「真っ赤なレ級…ウッド島…」
――――――まさか
明石が自らの口を押さえ、生唾と空気を飲み込む。
「明石さ」
「……………提督。かなり状況は不味いと言えます」
「え…どうゆう事…」
「彼女達を…いいえ。ウッド島を滅ぼしたのは『レ級』で間違いありません。
…けれど。その『レ級』は普通の『レ級』とは全くの別格、それも…『最重要優先撃破対象深海棲艦』の『レ級』です」
最重要優先撃対象深海棲艦は、言うなれば深海棲艦版『ブラックリスト』の事を言い、過去に確認され、今も猛威を奮い続けている深海棲艦を詳細に纏めた…本。
「そのレ級は、嘗て存在していた鎮守府や基地、及び泊地を『五つ』。しかも『一夜にして』、『在籍していた艦娘』諸とも灰塵に変え、海底深く引き摺り落としたとされています」
その名を聞いた時。俺は更なる戦いの引き金を引いた感覚に襲われる。何故なら…
何故ならば。
「深海棲艦の名は」
――――――――『血染めのレ級』――――――――
夜戦姫(ナイトヴァルキリー)の二之名を持つ、夜戦を嫌う…川内の。
大切な提督と。
大切な仲間達と。
大切な居場所を。
全てを奪い去った存在と同じ名前だったのだから。