※この作品はR-18です。

将来を有望視された青年が、冤罪で問題山積みの鎮守府に着任されました。 ~地獄の底からこんにちは~   作:ガリアムス

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久し振りのシリアス回。自分でも書く度にメンタルをやられていく時間。作者としてバッドエンドにだけは持っていかせたくない、なんとしても…

感想、評価、誤字脱字報告御待ちしております。




牧園 アキラ、挑戦之章 ~守るべきは誰が為に~
将来を有望視された青年が、冤罪で鎮守府に着任されました。 ~裏切りと心の闇と成すべき事~


「司令官、大本営からの封書が届きました」

 

七月も終わりに近付き、日本列島各所が猛烈な陽射しを受けて、日々の暑さが増す今日この頃。牧園 アキラが提督として務めている華裏鎮守府も、暑さに負けず、皆が己と戦いを続けている。

 

艦娘は毎日の演習と出撃と遠征を。

提督は山のような書類の束と格闘を。

 

それぞれの成すべき事を成すために。

 

「また、徴収関係かな…」

 

「分かりませんが、十中八九それで合っているかと」

 

大本営からの封書とあって、一提督のアキラにはどうする事も出来ない。中身を傷付けぬように鋏をその手に封書を切り開いてゆく。中に手を入れたその表情はくじを引く時と同じで、どうか良いものが当たりますようにと心の底から祈るように。

 

引き抜かれたのは一枚の折られた紙。彼はチラリ…チラリと、恐れながらも少しずつ開く。

 

* * *

 

大本営より各鎮守府宛封書

 

貴君等に七月戦果報告会参加招集の命令が下った。来る七月三十一日の午前十時に、各提督は自身の秘書艦娘並びに、鎮守府から二名の艦娘を同伴させ、大本営暑第七ホールへ集合する事。

これは現・海軍総大将、神坂 佑真殿から貴君等へ直々の命令である。くれぐれも粗相の無いように。

 

また、華裏鎮守府の同伴艦娘二名は『最近保護した他国の艦娘』のみに限定する。

 

* * *

 

「…良かった、資源資材徴収命令じゃなくて…。

 

……………『海外艦娘限定』?」

 

ホッと胸を撫で下ろし、緊張の糸が切れたように机にバタリと倒れ込む。が、最後に付随された一行に彼は自身の目を疑った。目を擦り、頬をつねって引っ叩く。

 

「正常だな…吹雪、此処の海外艦娘限定ってのはどうゆう意味なのか?」

 

「…………………………」

 

「吹雪…?」

 

「…………『また』、ナカマヲ…『奪う』つもりか」

 

「ッ…!?」

 

一瞬、彼女の身体から強力な殺気が放たれ、部屋を満たす。吹雪の顔を彼は横からしか見ることは叶わなかった。

 

だが…

 

『その肌は真っ白に変貌し、眼は深紅に染まっていた』

 

『深海月星帝姫と単騎で戦った時と同じ姿で』

 

血の気が凍り付き、心臓が止まるかのような、恐ろしい感覚だった。其れ程までに彼女は『怒り』を露にしていたのだ。

 

しかし…其れも刹那に終わった。

 

「…あ、司令…官?」

 

「吹雪、今凄く怖い顔してたけど…だ、大丈夫…?」

 

正気に戻ったのか吹雪が此方を見ている。アキラは机の下から顔だけを出して彼女に声を掛けた。先程までの彼女の白の肌と赤の瞳は夢のように無く、薄ピンクの肌と光灯す黒い瞳が在るのみ。

 

「すみません司令官…これは『毎年』のように来るものなので…」

 

「毎年?」

 

吹雪が頷き、話始める。

 

「大本営が年末に『最強鎮守府決定戦』と呼ばれている大会を開いているのは御存知でしょうか?」

 

「うん。正確には、毎年の12/28~31まで行われて、

テレビ局やカメラマンが沢山来るし、その上、世界各国の首脳がその日に併せて日本に訪れる訳で、大変なんだよね」

 

何よりも此の大会、『大本営の厳しい予選を勝ち抜いた選りすぐりの鎮守府を戦わせ、深海棲艦と最前線で戦う日本の力を世界に示す』のが狙いであるため、下手に手を抜けば他国から批判を食らう事になりかねない。

 

「大体それで合っています。最強鎮守府決定戦に出る条件としては三段階の『予選』を踏む必要が有ります。

 

一、鎮守府夏季大演習期間中に他の鎮守府との演習を三十戦行い、終了時に『期間内勝率上位1000位以内に入る』事

 

二、1000位以内に入った鎮守府の提督は、後日行われる『提督適性試験』で国語・地理歴史・数学・英語・社会からなる計五科目を『総合点数950点以上を取る』事

 

三、最後に過酷な環境下で行う、制限時間三時間の『覇軍トライアスロン』により先着六十四人に入賞した者だけが『最強鎮守府決定戦・本選』へと駒を進める

 

…といった流れです」

 

想像を絶する内容だった。確か士官学校時代にテレビで最強鎮守府決定戦を見たことは有ったが、凄まじい苦難を乗り越えて、昔の提督達はあの場所に立っていたのだと考えさせられる。

 

「話を戻しますね。随伴させる二名の艦娘は鎮守府の最高戦力であったり、自分達の修練の成果であったりと、提督毎にそれぞれ異なります。

 

これには互いに手の内を見せ合うと同時に、好きな艦娘の思考が合う者同士が交流を重ねたりするのが目的で、最終的に最強鎮守府決定戦において同盟を取り付ける為に大本営が用意されたと見て良いでしょう。

 

そして一番重要な事が有ります。…この時に提督が随伴させている二名の艦娘達は…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『他の鎮守府に在籍している艦娘と交換(トレード)が可能なのです』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…は?」

 

思考を止め、瞬きを繰り返す。他の鎮守府と艦娘の交換等、まず考えられない。本来、艦娘の他の鎮守府への異動は、異動願書等を用いての在籍転換を行うはず。

其れを使わずして、大本営が許可している時点で色々とおかしいのだ。

 

しかしアキラは、吹雪の言葉と封書の一行を見て、『大本営の狙い』に気付いた。

 

「!…待てよ……

 

まさか……大本営は…

 

『サラトガさんとアイオワさんを、華裏鎮守府(おれたち)から引き抜く』つもりか…!?」

 

「間違いなく、そうするつもりでしょう。そしてメカニズムやらを解析し私達以外の他の鎮守府に配備する…そんな魂胆かと」

 

於曾毛が指す。怒りの炎が腹の底から沸き上がる。何も知らない彼女達が、このまま大本営(やつら)の思惑に利用される…考えるだけでも恐ろしい。

 

だが、同時に疑問が浮かぶ。

 

『アイオワとサラトガが、華裏鎮守府に保護された事を、大本営が何故知っていたのか?』

 

竜田が知らせた?…可能性は低いが有り得ない訳ではない。

 

ならば青葉か?…彼女も情報を得る為なら此方の情報を流す事もするかもしれない。

 

と、するならば。ただ一人、彼女達の事をアキラ自身が直接『伝えた』人が居る…!

 

「…『あの人』しか、考えられない…!」

 

戸棚を見て、下から三番目の引き出しを開き、彼は探す、『あるもの』を…。

記憶に新しいそれは、とても大事であった。

 

「あった…!」

 

其れを手に取り、備え付けの黒電話に取り付き、ダイヤルを素早く叩く。

 

プルルルルルル…

プルルルルルル…

 

耳に鳴る待機音は、彼の焦燥を駆り立てる、長く、ゆっくりとしたもののよう。

三度…。四度…。五度…。響き、鳴る度に、早く早く早く!と声に出してしまいそうになる。六度目の待機音が終わりに近付いた、次の瞬間。

 

ガチャ…

 

電話が繋がった。

 

『はい。此方、『月之世探偵事務所』でございます。御用件をお知らせくださいませ』

 

「…はい?」

 

自分が掛けた番号は、甲自身への直通電話のはず。しかし、応対した声の主はおっとりとした印象を覚える女性の声。低く重さを宿した声とは全くといって良いほどに違う。

 

『御用件をお願い致します』

 

此方の心境等露知らず、女性の声は自分に対して問い掛けてくる。

 

「あ、えっと、月之世 甲少尉はいらっしゃいます…か?」

 

『主人への御取り次ぎですね。畏まりました』

 

少々お待ち下さいの後、別の音楽が流れてきた。軽快で爽快な音色と、時折聴こえるマラカスの響きはサンバを彷彿とさせる。

しかし、今は一刻も早く話をしなければならないと言うのに…彼の憤りに反して流れる曲は、随分と呑気で陽気な物だった。

 

そうして一~二分の時間が経過して、音楽が切れた。

 

『主人の月之世 甲です。御依頼でしょうか?』

 

記憶に新しい声と共に、彼と電話が繋がった。甲の声は最初に出会った時に聞いた物と比べて、仕事だからか一切の遊びが含まれていない。

 

「甲少尉、牧園 アキラです」

 

『お、アッキーか。二週間くれーしか経っちゃいねーがおひさー。

 

…んで、今日は『サラトガとアイオワの事について』聴きたい事でもあるんかい?』

 

電話を掛けてきた人物がアキラだと分かったからか、先程までの真剣さから一転、元のへらへらした口調に戻っていたが、たった一声だけで此方が何を言おうとしていたのかを既に理解していた。

これも『心理の先読み』によって成せる技なのかと、アキラは口を瞑りかける。

 

だが、彼は怯まない。意を決して甲へと問い掛けた。

 

「…………率直に聞きます、甲少尉」

 

 

 

二人の存在を大本営に明かしたのは、貴方ですか?

 

 

 

電話越しに相対する両者の空間は、其処だけ刈り取られたかのように無音となる。

例えるなら、西部劇の銃を用いた決闘を前に、不気味に静まり返った町や人のようであり。もしくは二人の侍が雌雄を決するべく、愛刀を引き抜き構え、互いを睨み合うかのような…刹那の中の静寂だ。

 

 

 

 

 

 

「そうだが、何か問題?」

 

 

 

 

 

 

受話器越しにヘラヘラと笑い、ただただ事実を軽く言い切った。その時のアキラは、裏切られた悲しみや怒りよりも強い、何かは分からない感情に心が満たされていた。

 

「ちょっと優しく接すりゃ、良い気になって自分達を危機に晒すような重要な事項を漏らしやがる。全くもってお笑いもんだ。プ…ハハハッ!

 

この際、ハッキリ言っとくが華裏鎮守府は大本営にとっての『格好の餌場』で『遊び道具』でしかねぇ。

 

華裏鎮守府を護れんのは『てめぇだけだ』。友?恩人?そんなもんは華裏鎮守府に入った瞬間から『敵』だ、全員。どんなに努力や実績、戦果を積もうが、何一つとして報われない。よく覚えておけ」

 

会話は其処で終わりを告げ、一方的に電話を切られる。耳にツー…ツー…と、突き刺さる無機物の音。

 

『いい加減理解しろよ。お前』

 

そんな声が、彼の頭の中で残る音を消し去った。

 

『これで『何十回目』だ?利用された挙句、切り捨てられたのは』

 

太陽で生まれた自分の影。それが不気味に動き、黒一色に染まった人間の…アキラ自身の姿形へ、ぐにゃぐにゃとしながら変わってゆく。

 

『分かってんだろ?人を信じ、共に歩もうとしている行為。誰かの役に立ちたいと思っての行動。だが其の全てが『他者を不幸にしてきた』事実によぉ』

 

黒いアキラがそっと彼の背に寄り掛かる。ヒヒヒ、そんな甲高く、甘く耳元で囁く声はアキラの心を溶かし、ゆっくりと蝕む。

 

『これ以上、てめぇが誰を信じ、誰かの為に行動した所で『全部裏切られる』。もう負けを認めろよ。友情やら絆、『人間としての優しさ』なんか棄てろ。そうすりゃ、お前は今よりずっと『強くなる』。『何も感じなくなれる』。最初からお前は孤独だったんだ。

 

親も知らずに育ち、

 

家族の繋がりも失い、

 

誰からも必要とされず、

 

社会に嫌われた。

 

哀れな…、哀れな…、一人ぼっち』

 

ガチャン!!!!悪魔の声を掻き消すよう、彼は乱暴に受話器を黒電話に叩き付ける。

 

「司令…官…?」

 

吹雪の声がし、心配そうに此方を見ている。

 

「…ごめん。今ある資料と書類を、優先度の高いのから順に纏めて、机に纏めておいてくれ。

 

ちょっと…休んでくる…」

 

俯く視線と影を落とす顔。アキラは吹雪に仕事を任せ、よろよろ力なく歩き、執務室を後にする。彼女はその背中に嫌なものがあった。過去に何度も見てきた、華裏鎮守府歴代の提督や司令官達の『疲弊し追い込まれていった姿』と同じものだった。

 

「おーい、吹雪さーん」

 

と、執務室の扉を開けて赤い縁の眼鏡を掛けた茶色の髪の少女、望月が現れる。

 

「望月ちゃん、どうしたの?」

 

「さっき、提督見掛けたんだけどさ。随分元気ないって感じで、吹雪さんと何か合ったのか気になった」

 

吹雪は彼が電話で何か言われた後に、ああなった事を伝える。すると望月は廊下の方を見つつも、吹雪を招き、小さな声で耳打ちした。

 

「…『アキラ司令官の事』を調べたんだけど、色々と『おかしい事』が分かったんだ」

 

「え…」

 

「…くれぐれも、アキラ司令には内密にして欲しいんだ。…彼にしたら、絶対思い出したくない事だから」

 

望月は一息付いた後、自分の眼鏡を外し、こう話始めた。

 

「アキラ司令は祖父のジュウゴさんが亡くなった後、『ある事件』を切っ掛けに親戚の人達と絶縁して、一人でアルバイトを重ね掛けしながら、通ってた小学校から別の学校に通ってた。

 

けど、其のアルバイトに着いてから『三ヶ月』、長くても『半年以内』に全部クビにされてる。『売上が落ちた』とか『ミスが多いとか』…とにかく色々。

 

採用され、辞めさせられを繰り返し、最後に『警察の重鎮が通い詰める』程の老舗に採用されて、其処で八年位働いたみたい。

 

で、ネットの裏サイトやらを片っ端から調べたら…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼が辞めさせられる一ヶ月前に、必ず『黒服の男女が二人』、其の店を訪れてるんだ。

 

「二人…ですか?」

 

「そう。その二人が店主や従業員に何を吹き込んだのか迄は分からなかった。まぁロクでもない事だろうけどさ」

 

ボリボリと頭を掻き、はぁ…と気の抜けた溜息を溢す。

 

その時。

 

 

 

 

 

あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!

 

 

 

 

 

 

鎮守府を激震させる、アキラの悲鳴が鳴り響いた。

 

 

* * *

 

 

君、一ヶ月以内に居なくなってくれんかいな。居られても困るんだ

 

 

いやぁイイ気味だ、お前が居なくなって俺等にゃ嬉しいわ

 

 

お前のせいで売上が落ちた…さっさと辞めてくれ

 

 

消えちまえよ、疫病神が

 

 

「……………また、か」

 

時間はアキラの方へ、少し巻き戻る…。

 

錘を引き摺る感覚の中、廊下を一人、アキラが静かに歩く。脳裏に浮かぶのは『最悪の時期』の記憶。大本営でボコボコにのされた後、寝落ちた時に見た…思い出したくない時間。トラウマに等しい出来事。

 

 

言い訳するな、お前がやったんだろ!

 

 

もう君に用はないってさ

 

 

てめぇ店の金庫の金を盗みやがったな!

 

 

お前なんか死んじまえ!!

 

 

「………うぅ……!」

 

『おーおー、随分苦しんでんなぁー』

 

執務室と同じように、黒い自分が今度は足元から伸びて、目の前に映り込む。クスクスと策謀に満ちた歪んだ笑みに、思わず目を反らしてしまう。

 

あいつらと…自分を辞めさせる為に画策した連中達と同じ顔。記憶の奥底の、更に深層に封じ込めていた映像。其れを無理矢理引っ張り出して此方に見せてくる。本当にタチが悪い。

 

「何の…用だよ…!お前…!」

 

『失敬だな、オイ。オレはお前だ、『影のお前』さ』

 

「…消えてくれ」

 

『御断りだ、オレとお前は一心同体。お前が光ならオレは其の対極の闇。光と闇は常に遠からず交わり合う。

光の自我であるお前が強い分、闇のオレは心の深層に沈んでいるが、今のお前が結構な具合に弱ったおかげでオレは出てこれた。

 

感謝してるぜぇ?次いでに体の支配権もぶんどれりゃ最高だったが、あの電話の野郎がギリギリでブッチしやがった』

 

くそったれと毒を吐き、グワングワンと変形し自分の周りを回る。得体の知れない闇の自分と名乗る影をアキラは恐れ、逃れるように自分の寝室へ走った。

走って走って、走り続けて。寝室に辿り着くと、扉を閉めて布団を敷き、目を閉じ、耳を塞ぎ、体を丸めて潜り込む。

あんなものを二度と見たくない。アレが自分の心の中に居るだけで恐ろしい。ヤツの一言一句は鋸で精神を削り取り、心をドロドロに溶かしてゆく。あんな感覚は味わいたくない。そう思った。

 

『逃がすわけねぇだろ?』

 

閉じた瞼に映る黒い自分。三日月のように口角を引き上げた獰猛な笑みを浮かべ、完全に獲物を追い詰めた肉食獣の如く、舌舐めずりをしていたのだから。

 

「う、あ…あ!?」

 

『言ったよなぁ?オレは闇のお前だと。お前が弱ったおかげで出てこれたと。認めろよ。

 

お前は誰からも必要とされない。誰もお前を愛さない。誰もお前を信じない。最初からお前に』

 

 

 

 

 

生きる価値は無かったって事をよ

 

 

 

 

「あ、ああ…あああああ…!」

 

ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!

 

黒い自分が悪意の牙を刻み込む。噛み付かれ吐き出す嗚咽の声は部屋を突き抜け、外に響く。

 

「ああああああああああああああ!!ああああああああああああああああああ!!」

 

発狂、狂乱、自傷。

 

布団を放り出し、額を頭を幾度となく、壁や箪笥に叩き打ち付け、其の度に涙が零れ落ち、血を足元に壁に撒き散らす。

 

違う…!ちがう…!チガウ!

 

闇の自分の言葉を否定し、搾り出した悲痛な声で喉が焼き切れる程に吼えた。部屋が打ち付ける衝撃と共にビリビリと震えて揺れ動き、部屋に置かれた小物達が倒れる。

 

「俺は!おれ…は…ッ!!」

 

「司令官!!」

 

腰を誰かが抱き止め、力付くで壁から引き剥がし、床に押し倒す。そのままマウントを取り襟首を掴んだ者を、彼は赤く血に染まる視界から視認する。

白のシャツに黒の襟と袖口。黒地のスカートに刺繍された赤いライン。そして黒の短髪が小さく揺れた。

 

「アキラ司令!貴方は自分が今、何をしているのか分からないのですか!?」

 

声を荒げ、怒鳴り散らす。そして何よりも鋭く此方を睨む黒の瞳。自分は彼女を知っている。常に傍らに立ち、

 

「あ…あ、ふぶ…き?」

 

「頭を打って!自分を傷付けて!何をしているのですか!?答えて下さい!」

 

噛み締め、握る力は増してゆく。

彼女の事だ…此方が白状するまで離れてはくれないだろう。

 

「………………る…」

 

「る?」

 

「俺に…生きる、資格は…ない…」

 

「え…」

 

「…誰からも必要とされてないんだ…。どんなに頑張っても、全部…否定されて、…無駄に…なって。

死んでしまえって…言われて…!

 

だから…もう…!!どうしたら良いのか、分からない…!生きても!努力しても!頑張っても!全部が無駄なった!なってきたんだよ!!

 

俺は…!」

 

彼が押さえ付け、誰にも言わず奥底に封じ続けてきた、彼自身の本当の気持ち、本当の心。

 

大丈夫だと、心配するな、関わらない方が良いと。嘘を嫌っていたのに、他者に偽った。何度も偽り続けてきた。

 

そして其の度に、心の奥底に沈澱した感情は、溜まり続けて心のダムを埋め尽くし、最後には闇の自分との対峙と攻撃でバリケードは壊され、感情が濁流となり溢れ、爆発した。

 

両手で顔を覆うも、ボロボロと零れ落ちる涙が揉み上げを濡らし、頬を伝い床に流れる。そして彼は、泣く中で今まで誰にも言わなかった言葉を発した。

 

「俺は…もう…『死にたい』よ」

 

死にたい。生を諦める一言は吹雪に如時程の衝撃を与えたのか。直後、両手首を片手で握られ外され、彼女の右手の平手打ちが頬を抉り、音が弾けた。

 

「何…言ってるんですか」

 

叩かれて茫然となったアキラに、今度は左の平手打ちが飛来し、彼を叩く。

 

「自分が何を言ったのか!分かっているのですか!?」

 

平手打ちが三度飛ぶ。流血の雫が壁に跳ね付いた。

 

「死にたい…んだ…!…信じられなくなったんだよ…!信じたって裏切られてきた。努力して誰かの為に尽くしても。…何も得られなかった!

じゃあ何をしたって、全部無駄じゃないか!」

 

「これまで生きてきた事も!全部否定するつもりですか!貴方は!」

 

「そうだよ!何もかも!全部!」

 

その一言が吹雪の堪忍袋の尾を刹那に断ち切った。

 

『ふざけるんじゃ…ない!』

 

渾身の、全ての力を込めて放った彼女の頭突きが、アキラの鼻と額を直撃。グヂョリと肉が潰れ、骨が砕ける感覚を味わった直後、後頭部が床にめり込み、スーパーボールのように弾む。

 

「がっ…!?」

 

顔が激痛と苦悶でさらに歪む。鼻血が止まらない。痛くて痛くて、ただただ仕方無い。

 

「何す」

 

『この世に生まれて!『無駄な命』は一つとして有りはしませんっ!!』

 

「!?」

 

 

 

―――アキラや。この世界に生きる命は皆、繋がって支え合っているんじゃ。それは何れか一つでも外れたら、全部バラバラになってしまう。

 

お前にも何時か、分かる時が来る。無駄な物など、この世には無いんじゃからな…。

 

 

 

祖父からの言葉…。杜若が咲き誇る水辺の在る公園に、手を繋いで連れて行ってもらった時に言われた言葉が、記憶が甦る。

 

「私は…昔、人に沈められた過去が有ります」

 

「…吹雪…?」

 

ギュッと倒れ、動けぬアキラの軍服を握る。表情は硬く、それでいて底知れぬ悲しみを背負っていた。

 

「気付いた時、私は仲間だった艦娘と戦いをしていた。…最初は何の疑問も持たず、多くの艦娘を傷付け…倒し、時に彼女達を海の底に、生きたまま…沈めもしました」

 

胸を押さえ、食い縛り。吹雪は言葉を繋ぎ、紡いでいく。

 

「そんな日々が続いたある日、海面に映った自分の顔を見て、私は自分自身が深海棲艦に成った事を知って。

同時に、自分がしてきた事を理解し…奥底から溢れた…恐怖と絶望で、…全てが見えなくなってしまった…」

 

ポツリ…ポツリ…。彼女の目から涙が落ちる。一粒、また一粒と小さな涙。

 

「二十年位前に…金剛さん達が私を見つけて。命を懸けて戦い、救ってくれて…本当に嬉しかった。

だけど…長い間深海棲艦だった私の体は、『深海の呪い』を持ったまま艦娘として再生したのです」

 

深海の呪い…深海棲艦として数年もしくは十数年以上の時間が経過した状態で倒され、艦娘へと還った際に身体に残る蒼白い痣等を指す。通常、艦娘には『艦娘因子』と呼ばれる人間で言う所の遺伝子が存在し、構成する因子が八割以上在れば艤装を纏い、戦う事が出来る。

 

しかし深海の呪い…もとい『深海因子』が何らかの形で艦娘の身体に混入し、その艦娘が艤装を纏い、戦闘を行う等の行動を取ると深海因子が増加。最初は感覚や体内器官に異常が発生、其れが続くと艤装が思うように稼働出来なくなり、最終的に理性や記憶の全てを失い、深海棲艦と化して二度と艦娘に戻れなくなるそうだ。そして『治癒する方法』も無い。

呪いを背負う事…深海棲艦と戦う艦娘達にとって、其れは『戦力外通告』と同等か、それ以上の辛い現実なのである。

 

「深海の呪いを背負って、戦えないと明石さんに宣告された私は、死にたいと自分を攻めました。背中に出来た痣をナイフで何度も刺して、抉り取ろうとも考えて…。

でも、何度やっても翌日には抉った傷は綺麗に再生し続け、残り続けています」

 

彼女は右肩の後ろに手を伸ばし、触れながら話を続ける。

 

「司令官。先程、執務室で私の声や肌色が一瞬変わったのを覚えていますでしょうか?」

 

「…うん」

 

最初に彼女に起きた変化を見たのは、ウッド島沖の深海月星帝姫との戦い。赤い瞳と冷たい白の肌、たった一人で巨大な敵と互角に戦った彼女に、彼は戦慄した。

 

「艦娘に戻ってから私は誰にも深海の呪いを背負った事を打ち明けず、助けてもらった金剛さん達の為に一日でも早く…力になりたいと艤装を付けて、当時の鎮守府の訓練に参加して…。けれど、そんなある日の訓練中、私の中に在った深海の呪いが一気に体を侵略して、私は深海棲艦になってしまい…。

 

意識を無くす前、私が見たのは…『真っ白な瓜二つの自分』でした」

 

「それで…どうなったの?」

 

アキラの問いに吹雪は、…答える。

 

「もう一人の自分は、私に語り掛けて…心を壊そうとしました。

『貴女は私に全てを預け、身を委ねればいい』…『深海の呪いを背負った艦娘は処分を待つだけしかない』…『なら全て破壊してしまえ』…と。

 

…彼女の言い分は的を得ていて。思い返せば、何も間違っていなかったから。

…でも。消えてゆく自分を、皆の声が私を目覚めさせてくれました。金剛さんや赤城さん、龍驤さん…沢山の仲間に支えられながら、私の中の深海棲艦の自分と向き合い始めました」

 

話始める。自分の歩んできた道を。

 

対峙し始めた頃、彼女は深海棲艦の己に負け続け、何度も深海棲艦側に意識を持っていかれて暴走、仲間達を傷付け、酷い時には鎮守府を半壊させるまで暴れ回った事。

何度も何度も、気の遠くなるような回数の会合と敗北から暴走を繰り返し、軈て少しずつではあったが、深海の呪いによる力をコントロールし、身体に宿して戦う事が出来るようになっていった事。

其の過程で、深海棲艦の自分と幾度となく会話を重ね、生き方や感覚の違いから反発と激突を繰り返し続けた。

 

そんなある時、大本営が発令した特別作戦…最終作戦海域最深部において会合した戦艦水姫との最終局面(ラストダンス)、自艦隊が押され劣勢に追い込まれる中、状況打開の為に吹雪自身が深海棲艦の自分の全てを受け入れた事で、深海の呪いを完全に制御、水姫を含めた敵艦隊を仲間達と共に押し返して、撃滅に成功した事。

作戦終了後、吹雪は深海棲艦の自分の考え方を認め、呪いを否定せず背負い、生きていく事を告げ、また闇の彼女も吹雪の言葉を聞き届け、長く対立していた両者は漸く相互和解に至った事を語ったのである。

 

「怖く…なかったの?自分の事を暗黒面に堕とそうとしていたのに…」

 

心の闇を受け入れる行為。アキラにとってそれは『自分の弱さ』を肯定する事で、また付け入る隙を見せるのでは…と。

 

「司令官の言うことも分かります。でも、『弱さを認めるられる』…それって私は、とても『強い』事だと思いますよ?

人は、一人じゃ生きていけません。沢山の人に支えられているんですから」

 

弱い自分を認める事…救いの手を静かに流す自分が居た。周りに迷惑を掛ける訳には…不幸な出来事に巻き込む訳はいかないと。

だが、こんな自分を心配してくれる人がいる。それが如何に心強く、嬉しいことか。きっと彼女は其れを自分思い出して欲しかったのかもしれない。

 

「俺は…変われるだろうか」

 

「変われますよ、必ず。生きていれば、何度でも」

 

「そう…か。…そうか、も…」

 

知れない…。

 

言い掛けた矢先、意識が朦朧となり仰向けに倒れてしまうアキラ。頭部からの出血、その量は常人なら既に気絶していてもおかしくなかった。

 

「司令官!?」

 

「吹雪さーん、悲鳴が聞こえたと思ったら、急いで駆け出してどうし…うわっ何この状況!?」

 

息を切らして扉から望月が顔を出し、凄惨となった寝室に素直な感想を述べる。

 

頭から血を流して倒れているアキラ、その彼の腹部に股がる吹雪。部屋の壁、畳に付いた赤い無数の血痕。普通に見れば吹雪が殺人犯として疑われるどころか、真っ先に逮捕されても不思議ではない。

 

「望月ちゃん!アキラ司令が頭を酷く打っていて止めたら倒れて!どどど、どうしよう!?」

 

「と、取り敢えず落ち着いて。先ずはシーツやらを切り取って包帯代わりにで頭を巻いて、明石さん達の所に運ぼう。部屋の掃除はその後でもいい!」

 

望月の指示に従い、吹雪はアキラが暴れた反動で床に落ちていた鋏でシーツに切り込みを入れつつ、力任せに破りアキラの頭に巻き付ける。そして彼を背中におんぶし、全速力で明石の居る工廠へと走り出した。

 

「………………さて、と」

 

吹雪の姿が見えなくなり、人気が無くなるのを確認した望月は、懐から白い薄手のハンカチを取り出し、まだ固まっていない血溜まりにさっと覆い被せる。すると雪のように白く、美しかったハンカチは見る間もなく、薄汚れた赤黒い布切れへと変貌を遂げた。

 

「悪く思わないで。…こっちも、『やらなきゃならない事』が、あるから…さ」

 

ビニール手袋を装着、チャック付きポリ袋にアキラの血液が染み付いたハンカチを入れて封をする。そして堂々と寝室から廊下へと出て、大淀に電話を入れた。

 

寝室が今大変な事になっているから、他の艦娘の立ち入りを禁止するように…と。

 

* * *

 

「何やってるんですか貴方は!あと少し遅れてたらどうなっていたか分かってるんです!?死んでたかもしれないんですよ!?」

 

「すいません…でした」

 

ドッグ内の湯船に浸かり、高速修復材を混ぜた鉄分潤沢ヨーグルトパック飲料をアキラは明石達に叱られながら、吸い続けていた。

 

「これはもう定期的に心身の健康診断とメンテナンス確定案件ですよ提督!辛いんだったら、ちゃんと言ってくださいっ!」

 

「アキラ!思い詰めたら大淀が何時だって相手になります!だから一人で悩みや不安を抱えるのは…止めて欲しいです。貴方が死んだら、私は…!」

 

プンスカ怒る明石に、ボロボロ泣く大淀。こうゆう状況は下手に逆らえば、更に怒られるので大人しく話を聞く。

 

「はぁ…んで?何あったら頭叩き付けて、そうなるねん君ぃ」

 

龍驤の問い掛けに、アキラは答える。相手は心理の先読みが使える以上、対抗策を持たない彼にはどうする事も出来ないのだから。

 

「成程なぁ…こーちんがそんな事をほざきおったんか」

 

龍が居る。ドッグ内を揺らし、空気を締め上げるような殺気の塊が支配する。これは問い質さなぁアカンわぁ…と拳と首をゴキリと鳴らす姿に、夕張は泡を吹いて気絶、残る者も青ざめるか額に冷や汗が浮かぶ。

 

「皆…俺は、大本営からアイオワさんとサラトガさんを守りたいです。…どうしたら、良いでしょうか…」

 

そんな中、アキラが真剣な眼差しで大淀達に問い掛けた。華裏鎮守府を、家族を守り抜く。其の為の打開策を彼は必要としていた。何か些細な事でも良い、何かあれば…と。

 

彼の表情を見た龍驤が口を開く。

 

「……………アキラはん。『一つだけ』やけど、あらゆる立場で劣る華裏鎮守府が他の鎮守府の命令に『逆らう方法』はあるで。

 

せやけど、其れをやる以上は七月の末日…その日までに色々とやらなならへん。相応の覚悟が必要になるし、今日は二十三日…一週間しかない中で、差し迫る時間との勝負。

 

君に其れが出来るかいな?」

 

アキラは小さく、だが力強く首を縦に振る。どんなに苦しくても、やり遂げなければならない。其れが今の彼の『覚悟』なのだから。




用語解説

深海の呪い…深海棲艦から保護された艦娘に、極稀で現れる症状で、通称:混血艦娘症候群とも呼ばれる。体内の艦娘因子の活動に反応、進行が進むと皮膚に青い斑点が現れ、最初は艦娘の感覚や臓器、次いで戦闘面に於いての様々な弊害が生じ、最終的には深海棲艦に成り果て、二度と艦娘に戻れなくなる。
現在の医療で直す事が出来ず、症状を抑える方法は『戦いを辞める』以外に無い為、実質この症状を患った事が判明した瞬間に、即刻除籍処分…つまり『解体』を受けなければならない。

大本営には現在、深海因子を完全に制御したという報告は無い。

心理の先読み…一部の艦娘や人間が持つ、特異な技。対峙した相手の視線や呼吸、瞳孔等の動きからその人が何を考えているのかが分かる。また戦闘に於いて使用する事も可能。
使用者の一人、龍驤が曰く「人や艦娘の観察を繰り返し続けた結果」らしい。
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