将来を有望視された青年が、冤罪で問題山積みの鎮守府に着任されました。 ~地獄の底からこんにちは~ 作:ガリアムス
果たしてアキラはコレを乗り越えられるでしょうか…?
*作者はこの手の類いにやられかけた経験はありません。今話で気分を害する方々に、深く謝罪させていただきます。
皆さんは乗車率120%の電車に乗った事はあるだろうか?
窮屈等全くもって生温い、指先一つ動かせぬ圧迫感。
足を踏まれても、犯人が誰かと問い詰めることさえ不可能な圧蔵饅頭だ。
「ぐるひぃ…ぎづい…!」
「Meの故郷のtrainも…こんな満席じゃ、なかったわ…!」
今まさに、アキラ達が直面している現実である。ビニール袋も既にぐしゃぐしゃに揉まれ、サンドイッチやおにぎりは御察しのレベル。幸いお茶のペットボトルは大丈夫なのが救いだろう。
既に数駅を通過したが、乗客が増える一向に在る車内。座席に座れなかった者達は当然ながら動けず、スマートフォンも触れないとなると、当然の事だがイライラが積み重なる。
空気は人々の呼吸で濁り、正装の軍服で蒸れた空気が漏れ、息は苦しくなる一方。真守達も同じく人という肉壁に挟まれ顔がおかしな状態になっており、何とかして打開策を打ち立てたいと考えている。
『次は、横浜駅~。横浜駅~。お出口は、右側です。品川方面へお急ぎの方は、後に参ります、通勤快速・大本営入口前行に、お乗り継ぎが出来ます』
車内アナウンスに提督や司令官の目線がドアへと向けられた。一刻も速い到着が求められる状況、タクシーや直通快速に乗り換えて大本営へ…そう考える提督達が、狭苦しい車内から乗降口へと一気に間違いなく向かう。人間の流れる力というのは馬鹿にならない。其れ故、満員電車で目的地に到着し降りようとする其の力は尚更強くなる。不安定な立ち方を余儀無くされていたならば、抗う術は一片さえ在りはしないのだ。
アキラを含め、吊革や手摺に掴まることが出来なかった者達…。そして、審判の時は訪れる。
電車がホームへと入り、ゆっくりと速度が落ちて行く。比較的窓側で、ホーム内部を見れたヴェールヌイは其処に多くの提督と艦娘達が立ち並ぶ姿を見る。
《不味いね…私達はしっかり足を地面に着けている。けど、アキラ司令は爪先立ちに加え、何かしらに掴まることが出来ていない。確実に流される可能性が高い…》
電車が止まり、ドアは開かれ。
刹那、一斉に車内の人々が出口へと向けて降車を始めた。只でさえ強い状態にあった圧力は、更に強く引き締めるようにガチガチになる。
『あああああああ~……………!』
「アキラ!?」
「アキラ司令官!!!」
人混みの濁流にアキラが一人流されて行く。アイオワもグラーフも流されぬようにと必死に手摺や吊革を握るのに必死で、手を伸ばす隙がない。
真守がアキラの名前を必死に呼んでいる。
そんな中で、ヴェールヌイは自考し、そして自ら決断した。
「真守、ウォースパイトさん達を頼む」
「えっ…」
吹雪よりも小さな少女は真守に聞こえる声で言った後、人の流れに身を乗せて、車外へと躍り出る。
間に合う、間に合わないの問題では無かった。
自分も分からない。ただ、このまま見逃せば取り返しの付かない事態になると、直感があったのだ。
「ヴェールヌイ!!」
真守の静止を振り切って、ヴェールヌイは人混みの中へと消えてしまう。押し寄せる肉の壁に真守の行動は制限され、その場に留まる事しか出来ない。
「アドミラール、どうした!」
「ヴェールヌイが押し出されたアキラを追い掛けて、電車から降りた!もうホームに並んでた人も入ってきてる!」
『『『嘘!!!?』』』
時既に遅し。再び車内に人が雪崩れ込み、僅かに空いたスペースを隙間無く埋め、同時に発車を告げるベルが車内外に鳴り響く。藻掻く者共の抵抗を吹き消すよう、無情にもドアは眼前で音を立て、閉まる。
ピィイイイイイイイイ!
鳴らされた笛、一・二秒の誤差を以て、電車は線路を駆け出した。仕組まれたのか、はたまた神の悪戯か。
アキラと真守達は分断され、離れ離れになってしまったのだ。
* * *
アキラside…
「うわああああああ!」
押され、押され、押され。バランスを崩した体を立て直し、何とか電車へと戻ろうと必死に人波を掻き分ける。が、一対多数での勝敗は分が悪過ぎる…最早彼にはこれ以上流されない以外に、手は残されていなかった。
「うぐ…っ!おおお…!」
人混みを横に抜けながら、時刻表を記した長い建て看板に寄り添い、呼吸を整えていた彼は耳にする。自分が弾き出され、元居た場所から鳴る、発車を告げるベルの音を。
彼は目にした。人の隙間から電車が品川方面へと走って行くのを。
「………………………………どーしよ」
ビニール袋の中身を見た。ぐちゃぐちゃに潰れて原型を失った
視線を向けると其処には、クリーム色の帽子と白いスカートとレースコートを着け、黒のストッキングが見える赤のハイヒールを履いた、二十代後半の若い女性が立っていた。だが其の表情は此方を睨み付け、敵意を剥き出しにした顔付き。
ヤバイ、そう確信するも女性はアキラに対して…いや、『周りの人間達に』聴こえる大声で言った。
『私の尻に触ったでしょ!アンタ!!!』
満員電車等の混雑した車内で起こる性的被害…『痴漢』。声を出しずらい状況で弱者である女性や女子学生、時に男性が狙われる、決して許されぬ事の無い犯罪である。
しかし、そんな弱者の立場を利用し、卑劣な謀を謀る奴等もいる。それが『痴漢冤罪』と呼ばれる、今まさにアキラが巻き込まれた『事件』なのだ。
「いや、何言っているんですか?!」
『惚けないでよ!アンタ、尻に触ったわよね!?ふざけないでよ!』
正常な思考が在れば何かしらの打開策を打ち出したかもしれない。そうであれば、彼にとってどれほど良かった事か。
「なんだなんだ…」
「痴漢だって~」
「うわっ、サイアク…」
横交う人々の冷たい視線。
周辺の女性達の陰口。
興味本位で見つめる者。
女性の声で人が次々に集まってくる。彼にとってこの状況は、昨晩の真守との会議中で出て来ておらず、全くもって想定の範囲外、理外からの痛烈な一撃。
彼が逃げるにしても、そんなスペースは無い。
彼は横浜駅構内、及び周辺地形を全く知らない。
そして自身の無罪を証明してくれる者が、今この場に居る訳がない。
「あそこです!痴漢したのはあそこの白い軍服を着けた人です!」
反論の余地も与えられず、人混みを掻き分け、男に連れられ案内され、やって来た藍色の正装に身を包む背丈の異なる三人の男女の駅員達。
アキラはこの時、自分が
「君ですね、彼女に対して痴漢を行ったって言うのは」
「ちが『この人がやったんです!酷いです!!!』
女性の声が発言を遮り、自身の正当性を強調するかのように涙声で叫び始め、仕舞いには泣き出した。
「マジ最悪…」
「死ねよ、糞野郎」
「女の敵!」
ブーイングの嵐、冷酷な視線、突き刺さる言葉。
《此処で、終わりなのか…?》
自分の無罪を証明出来ずに、新たな冤罪で己の人生と己の立場を殺される。自分は何も悪いことをしていない。何故、自分だけがこんな目に合わなければならないのか。刹那、彼の脳裏を過るのは今までの人生だった。
何も無かった自分を育て、自分の心を作ってくれた
祖父との永別、『ある時』を切っ掛けに、多くの不幸で人間不信を患い、果てに自分の命と心を失いかけた
全てを信じず、命を軽んじ、不要な人間だと信じた自分の目を醒まさせ、生きる術と希望を与えてくれた
こんな自分と友として接し、人を信じる事を尊び、再び人を信じさせてくれた
提督として望まぬ形で着任した
硝子にヒビが入って、瓦解するように。自分の記憶を納めたフィルムがシュレッダーに掛けられ、粉微塵になるような感覚を、彼ははっきりと感じた。
全てが無へと還り…心が暗黒に消え、無くなる。
眼の光は消え失せ、力無く冷たいホームのタイルに膝を付いた。
駅員が彼の腕を掴み、立ち上がらせる。利用客達は指示に従い道を開け、通るスペースを作っていく。
牧園 アキラ…彼の運命は、無情に、無慈悲に、終焉の鐘を鳴らされ、閉ざされたのだ…。
『待ちなさい』
その一言が、ホームから響くまでは。
「おい、彼処!」
一つの声が何かに気付き、指を指す。視線を集めた先に、声の主は居た。
場所はホームの巨大電光掲示板、腰掛け座る少女が一人。絶望の底、見上げたアキラの瞳には、彼女が天女のように純白で、美麗な神の使いのようにも見えていた。
ヴェールヌイ…二階堂 真守の鎮守府に居る彼女が何故此処に居るのか?
『彼は痴漢をしていない。それを今から証明するよ』
ふわりと電光掲示板から降り、ホームへと立つ。が、着地の瞬間、彼女の左足は接地が悪かったのか、はたまた衝撃に堪えられなかったのか、思いっきり足首を挫き、地面に倒れてしまう。
次いでに倒れた事で一部の人間の視界に、彼女が履いた黒ストッキングの中にある白いパンツが晒されてしまった。
「おおお…!」
「あ、あの…大丈夫?」
「だ、たただ、大丈夫…」
恥ずかしさやら痛さやらで、今にも泣き出しそうな表情のヴェールヌイ。
「無実の証明?あんた、自分が何言ったのか分かってるの?ガキんちょ」
「…分かってるさ…。そっちこそ、冤罪フッ被せて無実が証明されたなら、どうなるか…『覚悟』を決めておいた方がいい」
ゆっくりと立ち上がり、彼女は手袋を付け、帽子を取り、其処からレジャー等で使うプラスチック製のコップと女性物のアイシャドウ、そしてメイクブラシを取り出した。
「女性駅員の方、このコップに彼女の指紋を取って貰えますか?そして、レースコートを外して貰うようにお願いして頂けますか?」
「あ…、はい。分かりました!」
渡された道具を持って近づく女性駅員に対し、女の表情は嫌そうな、険悪な物に変わり、薄手のレースコートを取りたくないとか、母からの贈り物だと何とか言って外すのを拒んでいる。
「ヴェールヌイ…」
「話は後、此処に指紋を。…そろそろ到着する頃合いだ」
「到着…?」
『痴漢が有ったのは此方でしょうか?』
人混みの中から現れたのは、何と二人の男性警察官。其れを見た女の表情が先程の険悪さから一変、顔面蒼白に変わり果てていた。
しかも、駅員を連れてきた男子も女と『同じ状態』になっているのである。何かが、おかしい。
「あの…指紋、取れました」
「
彼女はメイクブラシに化粧で使う白い粉を軽く付ると、プラスチックのコップにパタパタとまぶす。やがて2つのコップにはそれぞれ、女の指紋とアキラの指紋が浮かび上がる。
「警察の方、彼女のレースコートを押収して貰えますか?それで全てが終わります」
現場の状況を加味し、一人の警官が自分が責任を取る、彼女から現品を、と相方に対して指示を出す。女が嫌だと言い張るも警察手帳を翳し、調べさせて貰いますと言った所で、彼女は完全に沈黙。
コートを回収し、小さな青のビニールシートに乗せ、特殊な液体が入ったスプレーを掛けて行く…曰くライトを当てることで人間の油脂に反応する、特殊な塗料だとか。黒い布で日を遮り、ライトを照らすと、塗料によって反応・発光し、浮かび上がった手形が在った。
しかし、其の手形は『アキラの
「
それもびっしりと…ね」
『真実』が白日の元に晒された。指紋認証の結果、レースコートに在った指紋はアキラのものでは無く、痴漢を受けた女性本人のものだったのである。
「な、何よ!衣服を身に付ける時に触った可能性だって有るじゃない!第一、私が自分の尻を触わるだなんて、気持ち悪くて出来ないわよ!」
「…そうか。成程、悪かった」
悪かったで済む訳無いでしょう!と、怒りに満ちた声で彼女はヴェールヌイを怒鳴り付ける。少女は清ました様子を変える事もなく、一言…正に『トドメ』とも呼べる、決定的な一言を放った。
「じゃあ、最後に一つだけ…
『どうして貴女のスカートに、レースコートの繊維が沢山絡み付いている』のか?」
「…えっ!?」
ギョッとした女は、スカートに手を伸ばす。
其の様子は慌てふためいており、数秒後にハッと我に返ったようだ。そして知った。先程までアキラを見ていた視線の全てが自分に対して向けられ、ブーイングが飛び始めていた事に。
「…同行、お願い出来ますね?」
「あ、あああ…あ…」
『
警官に連れていかれる女の横で、ヴェールヌイは吐き捨てるように、中指を立てながら、オーバーキルとも言える一声で、完全にトドメを刺した。
…いや、この場合は既にトドメを刺しているので、死体蹴りと言った方が正しいか。
「…ヴェール、ヌイ…」
「真守から言われた。…『友達は大切な人だ、困ったら必ず助ける』と。真守の友達は、私にとっても大切な仲間。
助けるのは当然の事だよ」
「…ありがとう…ございます…っ!…あり、がとうござい、ます…!この、恩は…絶対、忘れません…!!!ありがとう……ございますっ!!!」
人目憚らず、アキラの双眼は大粒の雫を産み、生暖かいホームに零れて、染みを作る。
心の奥底から溢れた、感謝の涙だった。
ヴェールヌイに抱き寄せられ、ポンポンと優しく背中を叩かれながら、彼は泣いた。根も葉もない冤罪で自分の人生が終わりかけ、暗闇と絶望の深淵まで叩き落とされ、其れを彼女に救われた。
泣くのを我慢しろと言われても、アキラにとって無理な話でしかない。
「辛かったよね…大丈夫。もう、大丈夫…」
彼女が投げ掛ける、嘘偽りの無い、何気無い優しい言葉。其れが今の彼には、何よりも嬉しく、何よりも勇気と希望を与えてくれたのだ…。
* * *
同時刻、大本営内某所…
「提督と艦娘達は続々と此処に向かっているようだな」
「はい。後一時間もすれば、メールを見て早期に行動を起こした者達が、先行で到着するかと…」
外の景色と空を見終え、ゆっくりと体の向きを振り変える。話し相手は、まだ二十代の若い士官であり、表情は緊張の色が現れている。
「そろそろ、開会式会場へ一足早く移動する。君も遅れぬよう、気を付けてな」
「ありがとうございます、『
ガチガチな状態で敬礼した士官に柔らかい笑みで敬礼し、彼は部屋を出る。
この幸之助と言う男、牧園 アキラが『本来ならば』賄賂受取で逮捕・軍事裁判に掛けられる所を、其の罪を伏せた上、華裏鎮守府に送るように指示を出した張本人なのだ。
高そうな革靴をコツコツと鳴らしながら歩を刻んでいると、目の前から此方に歩いてくる一人の男。同じ軍服を纏い、胸には綺羅美やかな勲章、目には絶対の自信と余裕を持っている。
「おや、馬頭…お前は一足早く会場入りか?」
「小笠。昔からどうにも心配性なものでな、少しばかり早めに…と。」
彼等は互いを信頼しているし、何かあればよく相談し合っている。
「あぁ、そうだったな。ところで…最近の『深海棲艦の動き』を馬頭はどう観ている?」
「深海棲艦の動き…何か有ったのか?」
「うむ。ここ最近、深海棲艦の動き…というよりは深海棲艦の『様子』といった方が正しいか。奴等、艦隊が索敵し戦闘を開始しようとすると、何故か『即座に反転し、海の中へと消えて行く』という、そんな『臆病な』行動を取るようになった。」
「臆病…其れは何かを『恐れている』という事なのか?」
「分からん…だが、未だ世界は奴等の脅威を拭えずに在る。本当の意味での『平和』を勝ち得るには、我々がやらねばならぬ事はまだまだ多い」
「そうだな。…だが、一先ずは目の前の開会式と大本営・選抜印集走を無事に終わらせる。…ところで、今日の夜は空いているか?私が一杯奢ろう、時間が空いて無いならば後日でも良いが…」
「おぉ。私も久方ぶりにお前と飲みたかったのだ。三日後、場所は『彼処』で良いか?」
「『彼処』…詰まる話しをするのにも最適な場所になるな。分かった」
では、三日後に…。馬頭と小笠は握手を交わし、互いに進む道を歩んで行く。
最強鎮守府決定戦・開会式開始まで後三時間弱…果たしてアキラは、時間内に到着出来るのだろうか?