将来を有望視された青年が、冤罪で問題山積みの鎮守府に着任されました。 ~地獄の底からこんにちは~ 作:ガリアムス
しかし、其のヴェールヌイが今度はアキラに対し更なる危機を…おっと。少しばかり先読みし過ぎましたね…。
「本当に…本当に、ありがとう。…ヴェールヌイ」
人混みを掻き分けながら、未だ止まらぬ涙を溢し、頭を下げ、アキラは駅の出口に向かいつつ彼女に礼を言う。電車でまた同じような事が起きない可能性を拭えぬ以上、此処からはタクシーを使って移動する事にした。
『幸運』…そう言わざるを得ない。ヴェールヌイが駅に居た事、彼女が捜査鑑定に強かった事…それら全て含めても、アキラは『幸運』だった。
「アキラは本当に『運が良かった』。真守の言ってた通り、貴方には『運』が味方しているのかもしれない…」
「真守、そんな事を言ってたのか…。ヴェールヌイ、本当にありがとう。『何でもは出来ないけど』、俺に出来る事が有ったら教えて欲しい」
何でもと言ってしまうと、無茶苦茶な要求を通されてしまうのは、彼の人生の経験上、余りにも多く在った。それでも彼は自分に出来る範疇の、自分自身の全身全霊で其の恩を返してきた。
例え其の行動が『他人から裏切られる』と『分かりきって』いても。
「『何でもは出来ない』…それは逆に、貴方が『出来る範囲』ならば、私が何をお願いしても『絶対に断らない』…そうゆう事だよね?」
「あぁ…絶対に、だ」
「そう、か…」と言ったヴェールヌイの表情がほんの一瞬、黒笑を浮かべたように見えた。瞬間、アキラの背筋を異様な『ナニか』がすり抜ける。
否…すり抜けるというよりも、其れは骨盤から始まり、背筋を下から上に、最後は頭蓋に到達する一本の神経そのものを、直接舌で舐められたような…悪寒。
そして其れは以前、自分が鹿島と対面した時に感じた警告に酷似していた。
「じゃあ…アキラ。私のお願い、聞いてくれる?」
お願い…アキラは生唾を呑み、身構える。覚悟はあるがやはりこの感覚には、どうにも慣れない。
そんな彼の心境を他所に、ヴェールヌイは立ち止まって振り返り、とんでもないことを口走った。
「アキラ」
私を貴方の鎮守府に在籍させて
「……………………………はい?」
突然、それも自らを貶める言葉に、アキラは言葉を完全に失った。何故そんな事を彼女が望むのか…其の理由が彼には分からない。
「私を、貴方の鎮守府に在籍させて。真守に頼んでも駄目だったから、貴方から頼んで欲しい」
「いや、何…で?どうしてだ?」
「どうして…か。じゃあ…」
ゆっくりと…一歩一歩、近付いてくる。全身の毛という毛が逆立ち、脳内に警告音が鳴り響き続ける。そして耳元で小さな少女の言葉は、彼の脳に絶大な打撃を与える。
アキラってさ…『華裏鎮守府の提督』だよね
何で…?何で、彼女が其れを知っている?
何時から自分だとバレていた?細心の注意は払っていたハズなのに。どうして…
「何でって…そう言いたいのかな?ふふっ…。分かるんだ。華裏鎮守府に送られる話を真守がした後で『提督の事について』問うのは、そうゆう『経験をしている人間』くらいしか居ないからさ…。
貴方は表情に答えが出やすいタイプの人みたいだ。だから分かった。…ただ、『それだけ』の事だよ」
『それだけ』…逆を言えば、そんな些細で、気にも止めないような微妙な変化であっても、相手の心理状況を読み取れるという事に等しいのである。
間違い無い…彼女は龍驤と同じ『心理の先読み』が使える艦娘だ。
更に厄介な事に、彼女が何らかの形で真守にこの事を喋られれば色々と不味い。真守は俺が華裏鎮守府の提督と知ったなら、間違いなく俺が此処に着任したのか『理由』を調べようとする。そうなれば否応なしに彼も、自分自身の復讐に巻き込む事になりかねない。
「…弱味を握って、それで要求を通すって訳か」
「そう思うなら、『そうゆう事』になるかな。でも、貴方は私の要求を『断らない』、絶対に」
険しい表情に変わるアキラを意にもせず、ヴェールヌイは淡々と、余裕を持った口調で話を続いていく。
「吹雪『さん』やアイオワ、サラトガの様子を観るに、貴方は艦娘から『信頼』されているのが、犇々と伝わったのが分かった。貴方は真守と同じ…
「だけどね」と彼女の指先が自分の胸の真ん中を触れる。そして先程の黒笑とは違う、優しく天使の様な笑みで言う。
「貴方と真守は決定的に『違う』。真守は、物事の全てを『受け入れられる』人間。自分の立場を真に弁えて、『誰から見ても』正しい答えが出せる、そんな『人生を歩く上』では、本当に正しい人間。
対して貴方は、全てを『分けられる』人間。目の前の事実を自身の天秤に掛けて、『本当に正しい答え』を示せる人間。其の行動が間違いだと他者から批難されても、自分が出した心の答えだと、それに誇りを持てる人間。
私はどちらの人間も好きだけど、何より『後者』の方が大好きだ。貴方なら…『信頼』出来る」
全く末恐ろしい娘だ…逞しいというか、何というか…。
アキラは苦い顔で頭を掻き、心中で完敗を認めながら、彼女に言った。
「…分かった。出来るだけの事はやってみる。かなり難しいし、上手くいく保証はないよ?」
「それで良い…」
「ただし」と人差し指をヴェールヌイの前に突き立て、こう切り返した。
「着任させる以上、ちゃんとした『理由』が必要になる。誰が聞いても納得出来る、そんな理由が。
単に今思い付いたような薄っぺらなモノじゃダメだ。
生半可な覚悟で居られたら、皆が困ることにもなる。だから今の内に、ヴェールヌイが此方に来る『理由』を聞いておきたい」
ただただ、相手の良いようにされて終わり…というのは昔から嫌いだった。どうしてなのか…自分なりの『納得』が欲したかった。
「…理由か。最初から決まっているよ、私は」
純白の髪が振り返りと共に揺れる。青い水玉の様な澄んだ瞳が自分を見上げ、彼女は自分に理由を伝えた。
「会いたい『
極寒の海…荒れ狂う吹雪の中で見た、私よりもずっと、ずっと大きな、本当に大きな背中。優しい瞳と気高く強い声。そして…戦場で可憐に舞う蝶の様な美しさ。
二人には各々、名前が在った。『
「…成程。分かった、一先ずは合格だ…」
話を聞き届け、ヴェールヌイの理由は自分の所に居る元スパイの竜田の動機と似ていたのだと思う。大切な恩人や生き別れた兄弟が居たのなら、一目見たい、会いたいと少なからず考えるからだ。同時に一つの疑問を覚えた。そう言えば最近、どっちかの名前を聞いた覚えがある事を。
アキラは思考を巡らせ、過去に聞いた話を思い出そうとしたが、上手くいかない。結局、彼はその事を記憶の本棚の片隅に仕舞うことを決めたのだった。
* * *
同時刻、華裏鎮守府・近海域…。
アキラ達が留守で華裏鎮守府に居ない今、龍驤と怪我から漸く復帰した長門、及び大淀以下数名の指揮の下で、実践形式の演習が行われていた。無論、今日も今日とて魚雷や爆雷が宙を飛び交い、零距離砲撃や斬打が海と島と空を揺らし、黒煙が吹き上がり、陽射しを遮る最前線の戦場が可愛く見える様な、阿鼻叫喚の地獄絵図になっているが。
「…くちゅん!!!」
「おっ?どしたぁ、ガングート?夏風邪でも拗らせたんかぁー?」
「
鼻を擦り、最小限の身体捌きで自身に迫る砲弾の雨を、風に乗って流れる羽毛のように、ふわりふわりと擦り付けながら、相手へと近付いて行く。
「全然当たらない…!」
「くそったれ!」
摩耶と鳥海が彼女を挟撃するが、ガングートは死線を縫込み、鳥海に接近。至近距離に立ち、こう言った。
「先の先まで読んでみろ!そんなちょろい玉じゃ、私を倒すことは出来ん!!!」
「くっ!」
砲塔が唸り、鋼鉄の弾丸が放たれる。が、ガングートは目を閉じ、左足を軸に身体を九十度だけ身体を引き、鳥海の砲弾を躱わす。何故なら、其のタイミングで躱わすことで『二人同時に倒せる』と確実に『直感』したからに他ならない。
ガングートが躱わした瞬間、彼女の胸部と背中を砲弾が交錯する。彼女の背中を過ぎるのは、摩耶の撃った砲弾…鳥海の撃った砲弾は摩耶へ、摩耶が撃った砲弾は鳥海へ。互いの砲撃が直撃し、あえなくダブルノックアウトとなった。
「がはっ…!」
「やら…れ、た…!」
所々煤を被って汚れた二人を、ガングートはこんなものかと言った表情で見た後、声を張り上げた。
『もっと骨のある奴は居ないのか!もっと私を楽しませてみろ!』
「はぁ…ウチは眼中に有らずかいな。ったく、嘗められたもんやな」
頭を掻き、溜息を溢す龍驤。ガングートの様子を見て大淀と沖波、長門は顔を見合わせる。少しの静寂が流れて、長門がメガホンを片手に伝達した。
『ガングート!今、お前の所に『ある駆逐艦娘』を送る!そいつは強い、この私よりもずっとだ!覚悟が有るなら戦ってみると良いだろう!』
刹那、近海の空気が一気に冷え込む。だが、それは気温の変化によるものではない。圧倒的な強者のみが放つ、真の気迫。
ガングートが振り返る。歩いてくるのは自分より半頭身程背の低い艦娘で、セーラー服と黒地に白のラインが入ったミニスカート、ニーとハイのソックスを付け、腰まで伸びる艶やかな黒髪を靡かせ、真紅の瞳に闘志を帯びている。両手に握る機銃と高角砲、アームに接続された魚雷発射菅が此方を捉えて離さない。
陽炎型駆逐艦・十七番艦の
幾戦の死線を潜り抜け、戦って戦って、戦い続けてきたガングートの瞳は、彼女の戦闘能力を一瞬の内に見抜く。
「…強いな、お前」
未知なる強者を前にして、ガングートは初めて『警戒姿勢』を取る。一瞬で実力分かったからこそ、気を抜く事は許されないと判断に至った。
「他の者が手を焼いているとは聞いたが、成程…其の強さなら納得だ」
「分かるか」
「あぁ」
だが…と磯風はガングートに対し、一言こう告げた。
「まぁ『その程度』の実力なら、この磯風が『本気』を出して戦う迄もない」
瞬間、何かがブチンとキレる音と共に、飛来する鉄拳。遅れて立ち上がる、巨砲の砲撃の着弾で生まれたような巨大な水柱。
「手応え有り…本気を出す迄もないと?貴様、シベリア送りにされ…!?」
水飛沫が舞い落ちる中でガングートが見たもの…それは『左手の小指の先だけで、自身の全力パンチを止めている』磯風の姿であった。
「な、ん…だと…」
「言ったはずだ。その程度の実力なら、私が本気を出す必要が無いと」
では御返しだ。磯風は右手に握った艤装を空へと放り投げ、右手親指と人差し指で丸を作り、ガングートの額に向けて解き放つ。
ガァン!と金属の塊がハンマーで打ち鳴らされる音がし、水切りで水面を跳ねる石のように、ガングートが吹っ飛ばされて行く。
「ぐっ…ううぅ!!!」
何十位跳ねた頃、ガングートは身体を丸めながら回転し、受けた衝撃を体外へ逃がしつつ、着水する。しかし止まることは出来ず、結果として彼女は、演習海域から数百メートル以上、外海まで滑る事になった。
「この私がッ…ただの駆逐艦如きに、遅れを取るなど…!絶対に有り得ない!」
水面を蹴って、ガングートが再起する。あの艦娘は自分の誇りとプライドに賭けて、必ず倒さねばならない。
「有り得ない?この場所では『当たり前の日常』と同じくらい有り得るんだ、そうゆうことが」
肩に何かが乗し掛かった。見上げた時、磯風の姿が其所には在った。刹那…ガングートの認識よりも速く、彼女の視界は有無を言うことさえ許されず、鈍い音を響かせながら自分の首が148度後ろに回転し、意識がブッツリと狩り取られる。
首を捻り曲げられたのだ…。戦艦艦娘である自分の強度さえ枯れた木枝を減し折るように雑作無く…。
「バカな…こ、んな、…こと…」
「受け入れろ。こんな事が当たり前に起きる。
磯風の言葉を最後に、ガングートは水面へと倒れ伏す。彼女はそんな老戦士の自分で曲げた首を力業で戻し、艤装にロープを巻き付けて演習海域へと戻る。
「終わったようやね、長門はん。確り録れたかいな?」
《ええ、此方でも確認出来ました。相変わらずの『化物』…全く測り知れません。あの戦闘能力は…》
「それでいて一切の『改修』さえもしとらんのやろ?ホンマにおっそろしいわ。仮に改修して更に強くなったら…アカン、考えたくも無い」
《逆に『する理由』が無いのかもしれないですね…このまま続けます?》
「いんや、ガングートの馬鹿ちんに灸も添えられたし、此処等で区切って飯にしたろ。ええ加減、ウチも腹減ったわ」
《了解です》
無線を切り、龍驤はサンバイザーを少し引き上げて水平線を見る。太陽は既に登り始め、今日もギラギラとした陽射しを放っていた。
「アキラはん、無事に戻ってきぃよ…」
* * *
アキラside…
「さて、タクシー乗り場に来たには良いけど…こりゃあなぁ…」
「無いね、タクシー」
横浜駅を出て、タクシーやバスが幾多に集う玄関口にやって来たアキラとヴェールヌイ。そんな彼等を待っていたのは、普段は何台か乗客を待っている筈のタクシーが一台も居らず、未だに待つ何十の行列と、乗車案内板を見上げたり、係員に質問する多くの利用者の姿であった。
「最悪だ…なぁんでこぉ、起きて欲しくない事が立て続けに起きるんだ?ドミノか?あと一歩の所で全部崩れて、最初からやり直しになるドミノなのか?」
「喩えはともかく、提督は星の数程居るし、当たり前と言えば当たり前だよ。寧ろ、あのクソ尼のせいで誤認逮捕されて、先に進めなくなったのを回避しただけでも、アキラは本当に良い方さ」
ヴェールヌイはそう言い、スカートのポケットからスマートフォンを取り出して、電話帳から真守のアドレスを選択。メールを送信した。
* * *
真守へ。
今、私とアキラ司令は横浜駅のタクシー乗り場に居ます。必ず追い付くので、そのまま大本営に向かってください。
ヴェールヌイ。
* * *
「艦娘もスマートフォンを持ち歩ける時代になったのが分かるなぁ…俺は携帯電話も持ってないし、使うのは公衆電話くらいだもん」
電源をオフにし、ポケットにしまう様子を見ながらアキラはそう呟く。世の中、随分便利になったと染々思う。
何はともあれ、真守には状況は伝わった筈…後は自分達が目的地に辿り着ければ、それでいい。
そんな折だった。遠くから微かに響き、此方に向かって来るサイレン音。ビルの窓ガラスが赤の光を反射し、ピカリピカリと反射する。軈て其の音は大きく、はっきりした物に変わった。
何事かと人々の注目が集まる中、駅前にやって来たのは七台のパトカー。ドアには神奈川警察と書かれており、乗降エリアに止まった車両から十数名の警官が降りてくる。
「道を開けてください!これより被疑者が通ります!」
笛を鳴らし誘導灯を振るいながら、人々を整理して行く彼等により注目と関心が集まる。と…
「被疑者が通ります!皆さん、カメラ等の撮影は禁止しております!」
スマートフォンのカメラ機能でシャッターを切る野次馬に、警察の男性の声が響く。数名の女性警官に連れられて、手錠を填めて、黒の布を被せられた人が観衆の前を通り過ぎて行く。ヴェールヌイよりも背の高いアキラは、その人間を見て驚きを隠せない。
何故ならば、警官に連れられパトカーという棺桶に放り込まれたのは、自分に痴漢の冤罪の擦り付けた、あの女だったのだから。
「あの女…痴漢冤罪を吹っ掛けただけで、逮捕になるのか?」
「あの方です!」
思考しようとした時、誰かの声で自分達に向かって小走りで近付く二名の警官が目に入る。何か不味い事でもやらかしたか?と不安に駆られるが、彼等が口にしたのは自分達が想いも寄らぬ言葉だった。
「貴殿方ですね。御協力、感謝致します!」
「…えっ?感…謝…?」
疑問に頭を傾げたアキラが警官に詳しい話を聞くと、意外な事実が判明した。
実は数年前から全国の駅で痴漢冤罪による誤認逮捕が多くあり、警視庁はこの問題への対応に頭を悩ませていたという。というのも、痴漢冤罪の事件が『組織的』に行われており、指紋等もバラバラで犯人を特定出来なかった。
『ある一つの指紋』を除いては。
ヴェールヌイが採取し、残した指紋を警察が保有する過去同様の
「成程…」
「我々警察も、この手の事件には随分悩まされていました。今回の逮捕で、全容解明に大きな進展が見られます。本当にありがとうございます」
「…彼女のお陰です」
アキラはそっと彼女の後ろに下がり、こう続けた。
「彼女が居なかったら今頃、誤認逮捕されていました。彼女が自分の無実を証明してくれたからこそ、今こうして此所に居られるんです」
「アキラ…」
「…すいません。私達はこれから向かわなければいけません」
軍帽の縁に触れ、タクシー乗り場の行列の最後尾に並ぼうと移動しようと歩きだした時、他の二人の警官がアキラ達の前に躍り出る。どちらもアキラより背が高く、身長は警官帽込みで2mにはなるだろう。
「…何でしょう、か…?」
「甲染さ」
警官の言葉を前に、手を翳して遮りつつ指で何かを描く。其れを見た一人が男の意思を汲み取り、仲間に無線で指示を出した後、敬礼してパトカーに乗り込んで行った。
「………『この姿』で遭うのは、初めてだな。牧園 アキラ『提督殿』…いや、この場合は『アッキー』った方が正確か?」
「えっ…」
警官帽を少し上げ、男は悪い笑みを浮かべながら自分達を見た。日焼けした茶色の肌とがたいの良い体つき、そして何を考えているのか全く読めない表情。
大本営に在籍する軍人…月乃世 甲少尉。
心理の先読みを所持し、自分の祖父・牧園 ジュウゴを知る人間なのだ。