※この作品はR-18です。

将来を有望視された青年が、冤罪で問題山積みの鎮守府に着任されました。 ~地獄の底からこんにちは~   作:ガリアムス

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*今回のお話は、前話の時間から更に前に遡り、アキラの決断から話をしてゆきます。また車が空を飛んだり、甲染が暴走しまくったりします。

*作者は感想を貰えると、とても嬉しくなります。些細な事や気になった事等、どんどん書き込んで大丈夫です。(流石に物語の根幹とかは話せないけれど…)

*そして何だか知らない内に、お気に入り登録とか評価が上がってて、すっっっっごく怖い…


将来を有望視された青年が、冤罪で問題山積みの鎮守府に着任されました。~開幕宣言と仕組まれた罠・其之陸~

※これまでの大まかな粗筋。

 

 

身に覚えの無い冤罪で華裏鎮守府の提督として着任した青年、牧園 アキラは他の提督達の侮蔑や嘲笑、冷たい視線に晒されながら、自分を提督として認めた艦娘と共に一日一日を懸命に生きて、奮闘していた。

 

そんな折、大本営が年に一度、最強の鎮守府を決める大会にして、一大イベントである『最強鎮守府決定戦』が告知。日々、彼女らの演習を見、其の強さを知るアキラは、最強鎮守府決定戦に向けて艦娘達による特別な特訓を受講し、更に大本営による妨害を予想して一日早く鎮守府を経った。

 

日ノ出町駅の民宿で、彼は二階堂 真守と再会を果たし、共に交流を深める。しかし、翌日の早朝、大本営の一斉メールで開始時間が一時間早くなったことを知り、慌てながらも出発する。

 

だが、横浜駅で人混みによって真守と引き離されたアキラは、乗客の女性から痴漢冤罪を受け、絶体絶命の状況に陥る。人生の終わりと思われたが、彼の親友である二階堂 真守の鎮守府に在籍している駆逐艦娘、ヴェールヌイの助けにより危機を脱した。

 

そして自らの正体を明かした月之世 甲少尉こと、甲染のパトカーに乗って大本営に向かっていた…。

 

 

* * *

 

「アキラは『真に正しい選択』をする。其の判断に、私は従うよ」

 

ヴェールヌイはそう言って、スマフォの電源を落としてスカートのポケットにしまった。

 

「俺は…」

 

答えを示そうとした瞬間、『嫌な悪寒』に襲われた。何時も其の悪寒が起きると、その後には『必ず』嫌な事が立て続けに起きてきた。

 

在る意味で『前兆』…つまる話、其のたった一つの答え次第で、自分の行く先は転落人生に直結している事すら考えられる。

 

《だけど、甲少尉には『心理の先読み』がある。どんなハッタリを利かせても、彼には絶対に通らない…》

 

龍驤先生や陸奥、牧園 ジュウゴ(おじいちゃん)が使う、『相手の視線や呼吸などから、その人の心理状態を読み取る』という、恐るべき技術。

これによって、相手が『次に何をしようとしているのか』や『次手に何をするつもりなのか』が分かり、様々な面で『先手』が取れる。

体得者か否かの違いで、公私だけでなく攻守の全てに置いて、有利不利が決まる程の力を秘めた業。

 

残念ながら、アキラには『心理の先読み』に対抗しうる力は無い。おまけに元来、彼は心情が顔に出やすく、嘘を付いてもバレバレだった。

 

こうなってはもう、勝負以前に同じ土俵にすら立てていない。

 

《…どうしようも、ないのか…》

 

このままでは、決定戦に間に合わない。かといって、ただただ彼の言うとおりに従い、肝心な所で全ての責任を押し付けられて、蜥蜴の尻尾を切られる様な扱いをされるのも嫌だ。

 

だが彼なら、それを確実にやりかねない。

 

今、確実かつ絶対に必要なのは『甲少尉が自分達にどんな事が在っても『絶対に裏切れない』ように釘を打っておく』事。

 

それが出来れば…

 

「無駄だぜ、アッキー…。お前が何を思考して、何をしようと、俺には一切『通用』しねぇ」

 

容赦の無い、無情で、無慈悲な声が。

アキラの胸に、心に幾重にも突き刺さる。

 

「何度も言うが、俺には『心理の先読み』がある。お前がどんな策を練って、何重に罠を張ろうが、何もかも『お見通し』だ。

 

『無駄』なんだよ。そんな事やるくらいなら、最初から『諦めな』。全部よぉ」

 

言葉という冷酷なギロチンとなって、アキラの希望を真っ向から断絶する。

 

「お前…!」

 

「おっと…悪く思うなよ、ちびっこ。俺は『警察』でもあるし『海軍の軍人』だ。自分がすべき事、やるべき事をやってるだけ…何も文句を言われる筋合いはねぇぞ?」

 

「…Бесконечная сменрть,лом(死に絶えろ、屑野郎)…!」

 

ヴェールヌイの怒りにさえ、あの男はヘラヘラと笑っている。…いや、『嗤っている』。完全に勝ち誇った奴の笑いだ。

 

ナンドモ、ナンドモ、ナンドモ。

苦悩と屈辱を味い続けてきた。

 

後何回、オレハこんな苦しみを味わえば良い?

後何度、俺はコンナオモイヲシナケレバナラナイ?

 

視界が真っ暗になって行く。希望の光が失われ、絶望の闇が足元に満ちてくる…。

 

《キヒッ…キヒヒ…!》

 

* *

 

 

此処は俺(アキラ)の心の中。

 

『声』…あの声が聞こえてくる。

自分の奥底に潜む、真っ黒くて、ドス黒い…『もう一人の自分』の声が。

 

《だぁから『オレ』はオマエに言ったんだ。誰かを信じようとする、其の甘ったれた『心』なんか『要らねぇ』って。現にこうして、オマエはまた『騙され』、そして『裏切られた』》

 

象(かたち)を持たず、軟質体の泥水獣(スライム)のように…ヤツは、ぐにゃぐにゃと、ぐるぐると。

俺の周りを彷徨って、足元を渦巻いて、ゆっくりと蝕むように、自分(こころ)を取り込んでいる。

 

《良い加減に学んだらどうだ?『心』を捨て、『孤独』になる事こそが、オマエを強くする『最善の方法』なんだってよぉ。

 

オレに『ここから先の全て』を任せろ…其れがオマエにとって『後悔の無い選択』だ》

 

全身を闇の手達が雁字絡めに縛り付け、体が黒に染まってゆく。逃げ場も無い、助けも無い。

 

…ヤツに全てを託したなら、もう二度と俺は苦しまなくて済む。

 

誰かを信じて、裏切られ、積り積もった『怒り』から。

 

利用され、切り離され、見捨てられた『悲しみ』から。

 

他人を呪い、自分を呪い、世界を呪い、全てを呪う『憎しみ』から。

 

きっと自分は全てを忘れ、心の底に沈んだまま浮かぶ事は無いだろう。

黒手に全てを染められて、意識が、自分が、心が。シュレッダーに掛けられて、バラバラに崩れてゆく。

 

《さぁ…オマエの全てを、オレに渡せ…》

 

ヤツが手を伸ばしてくる。俺は其れを…

 

優しく、愛おしく、慈しむように…其の手を握り返した。

 

《ナニッ!?》

 

闇の自分が驚き、今まで崩す事すら無かった象を崩し欠けた。

 

「…吹雪が言っていた。『弱い自分を認める』事は、本当に強い事だと」

 

黒い呪縛に囚われ、動けなかった筈の腕が。絡め取られた脚が。縛り付けられた身体が。

 

闇の中でも動く。動ける。

 

「だから俺も決めたんだ。自分の心の奥底に巣食う、ドス黒い闇のお前を認め、受け入れる事にした」

 

《フザケルナァ!!》

 

闇がまた身体に纏わり付く。黒が全てを塗り潰してくる。

 

《受け入れる…?受け入れるだと…!?光のテメェと闇のオレ!光は闇と決して交わらず、そして其の逆も同じ!

常に片方が表に立つ!テメェはオレに喰われてれば、それで良い!》

 

「違う!!!」

 

今まで、闇の自分を畏れ、恐怖し、目を反らし、言葉に耳を塞いで、ずっとずっと逃げ続けてきた。それは変わることの無い事実であり、一生自分から消える事は無い。

 

だからこそ、前に進む為に。俺は自分の『弱さ』を認めなければならない。

弱い事は、罪では無いのだから。

 

「…俺には昔から、他人や大切な仲間の幸せを願う『心』が在った!

 

だけど其の幸せを壊したい。自分を差し引いて、幸せになるのを許さない…そんな黒い『心』も在った!

 

願う事も!壊す事も!両方共…『自分の心』なんだ」

 

塗り潰されかけた身体に光が灯り、色が顕れ、自分自身に成って、染まる。

 

「お前は俺だ!そして、俺はお前!今までも、そしてこれからも絶対に変わらない!

 

俺はお前を認めて、そして受け入れて、この先に進む!もう二度と、お前を否定しない!そして絶対にお前から逃げない!!!」

 

黒い闇と白い光が対面する。

闇の自分がゆっくりと、ハッキリと、象を成して現れた。

 

《今の言葉に、偽りは無いか?》

 

「お前は誰よりも俺を知っているだろ?俺は嘘を付いても直ぐにバレる。偽っても、良いことなんて無いってさ」

 

《…そうか》

 

闇の自分が歩いてくる。そして其の手を自分の胸に当てて言う。

 

《光と闇、オレとお前。二つの心が一つになり、『俺達』は新たな『力』を得る》

 

其の言葉の後、闇の自分は溶けて、身体の内側に宿る感覚を俺は静かに覚える…。

 

ありがとう…もう一人の俺。

ありがとう…吹雪。

 

心の中で二人に礼を述べる。再び現実の世界に戻った時、自分の視界がこれまで以上に広くなったのを感じる。とても不思議な感覚だ。

 

今ならば…『心理の先読み』に対抗出来る気がする。

そんな根拠の無い、確固たる自信が在る。

ものは試しだ、やってみよう。

 

 

* * *

 

ヴェールヌイside…

 

甲染の屑野郎のせいで、アキラが沈黙してしまった。

 

泣いてはいないだろうが、それでも事実を明かされて、彼自身が心に受けたダメージは、心理の先読み(私の秘術)を使っても計り知れない。

 

コイツは今すぐ殺すべき存在だ。こんな人間が提督として就いているだけで、其処の鎮守府の艦娘達がどんな思いをしているのか、想像に絶えない。

 

帽子の裏に仕込んでおいた折り畳み式の『小型ナイフ』を取るため、奴等に悟られないように、髪を撫でる仕草をしながら、手を伸ばそうとした。

 

「落ち着いて、ヴェールヌイ」

 

ポンッと肩に手が乗る。見上げるとアキラが柔らかな表情で私を止めていた。けれど、彼自身の髪はさっきまで『黒』だったのが、黒と白の絵の具を少しづつ混ぜ合わせた『灰色』になって、眼の光彩が『赤』の輪郭を持っていた事。

 

そして一番の変化…其れは彼の心が『読めなくなった』事に他ならない。呼吸を聴き、目の動きを観ているのに…だ。屑野郎も表情が若干変わっている…おそらく変化に気付いた。

 

「どうしたんですか、二人とも?さっきからジロジロ見ているようで…顔に何か付いてます?」

 

アキラの表情は『何が起きたか解らないから、教えて欲しい』と訴え掛けている。だが、私は敢えて答えない事にした。

 

理由や経緯はどうであれ、自覚は無いが、彼は『心理の先読み』に対抗する術を手に入れたのだ…其れを態々(わざわざ)、此方が事実を口外する必要も皆無。

 

そして不愉快極まりない事に、あの屑野郎も考えは同じらしく、直ぐに涼んだ顔をして「んで、回答を聴こうか?アッキー」と話を繰り出してくる。

 

本当に厄介なことこの上ない。

 

「えぇ…貴方に従いますよ」

 

アキラが出した答えは、私の予想を『裏切る』形になった。彼は本来、此所で『従わない』と言う筈だった。

何があった…そう思っていた矢先、私はまた、思わぬ形で『裏切られる』事になった。

 

「但し、甲少尉…いいえ、甲染さん。貴方が自分を。そして華裏鎮守府を『絶対に裏切らない』…そう誓ってくれたら、ですけど」

 

「…何が言いたい」

 

甲染の表情から余裕が無くなりつつある。やはり、心理の先読みがアキラに通じないからか、少し焦りを覚えているみたいだ。

 

アキラは自分のポケットに手を入れ、一枚の紙切れを取り出して提示しつつ、甲染に対して言った。

 

「甲染さん、これ…何だか分かります?」

 

「おい、そりゃあ…」

 

「えぇ、貴方が資源徴収の使者として華裏鎮守府に来た時に渡してくれた紙…其処に書かれていた『電話番号の写し』です。一度、電話を掛けて、会話をしたと思います。その時の甲染さんは、私に対してこんな事を話してましたね。

 

『華裏鎮守府は『大本営の餌場』や『遊び場』でしかないとか、着任した瞬間から『周りは全員敵だ』…と。

まるで『華裏鎮守府の実態を知っている』かのような言い方でした。

 

色々と聞くのは野暮だと思うので、単刀直入に問います。貴方は…『元・華裏鎮守府の提督』ですよね?

それも『業務を投げて脱走し、身分を隠している』可能性すらある。

 

…そうでしょう?」

 

静かに。アキラは一つの答えを導く。

私との経験を生かし、甲染の屑野郎に彼は逆王手を仕掛けたのだ。これでアキラを裏切り、切り捨てたとしても、彼が口外すれば自分自身の地位は確実に揺らぐ。今の時代、『華裏鎮守府の提督で、業務から逃げた』事実というのは、社会的に恐るべき威力がある。

 

バラされた場合は、もう手の施しようが無い程に。

 

三度、沈黙と静寂が訪れ、パトカー車内が異様な緊迫感に包まれた後、甲染が大きな溜息を吐き散らかした。

 

「はぁぁぁぁ~…………。

 

あー…お前さんは、ほんっっっっっとうにおっそろしいわ。…やれやれ、こりゃ俺の『負け』だな。アッキーよぉ」

 

ボリボリと頭を掻いて、悔しそうに顔を顰める。

その姿を見て、ざまーみろと私は呟きそうになるが、頭の片隅に押しやって、取り敢えず経過を見ることにした。

 

「あぁそうだ…アッキーの予想通り、俺は華裏鎮守府の提督『だった』。警察の仕事の関係で、彼奴等(艦娘達)を見捨ててトンズラする形になった。俺が居た頃は、人数も今よりゃずっと少なかったし、既に何年も経っていたからな。幸運な事に、俺を覚えている奴は『あの場には』誰も居なかった。

 

まぁ、あんとき『龍驤先生(せっせ)』と鉢合わせた時は内心かなりヤバかったかな。バラされたら俺の任務も人生も一貫の終わりだったしよ」

 

「…だからあの時、大人しくなったんですね」

 

二人の話に出てきている龍驤とは『先導者』の事で先ず間違いない。真守もよく話している『先導者の龍驤』の伝説的逸話の数々は私も興味がある。

 

「…しゃーね。俺は『お前を決して裏切らない』、約束だぞ?」

 

「分かりました。自分も『貴方が裏切らない限り、協力する約束を破りません』。絶対に」

 

一先ず、約束事の締結は済んだようだ。

兎に角、アキラは甲染の屑野郎を相手に『平等で対等』の約束を結べた事実は大きい、これで少しは安心出来る。

それにしても、彼と出会い、行動を共にして数十時間でこれだけの成長をしてみせたアキラ。私の目に狂いは無かったと、そう思える。

 

「さぁてと、だ。善吉。…『アレ』をやるぞ。緊急事態に付き、責任は全部引っ括めて俺が取ってやる」

 

「…『アレ』ですね、分かりました」

 

『アレ』とは一体何なのか、問い掛けようとした其の瞬間、甲染が突然何処からともなく現れた、赤い大きなボタンを「はい、ポチッとな!」とギャグ曲調の勢いと共に拳で叩いた。

 

すると、車が突然急加速を始めたと思えば、ゴゴゴゴと変な音を立て始める。何が起きているのか…車窓を見た時、私達は其の理由をハッキリと理解した。

 

『『はぁぁぁあああああああああ!!!!?』』

 

車が高速道路の車線を離れて『飛んでいる』のだ。

それも私の大好きなSF映画『バックトゥザフューチャー』のハイテク自動車のように。

 

「言ってなかったが、コイツは俺達の『新型警察車』の試作機。犯行車の追跡時の衝突回避や、立て籠り野郎を上から奇襲して逮捕したりする為に開発された。

 

最も未だメディアには公表しちゃいねぇ代物だが、今は緊急事態。使えるもんは使わなきゃな」

 

さらっと、とんでもない事をコイツは言った。

もう色々とブッ飛び過ぎてて、一々突っ込む気力すら起きなくなってくる。

 

「んじゃ行くぜー」と甲染は善吉さんに指示を出し、善吉さんは其れに従ってハンドルを握り、アクセルを踏む。パトカーは窮屈で、敷かれた道から解き放たれて、自由な空へと飛び立ち、舞い進む。

 

私はもう考えるのを止めて、二度と体験出来ないであろう『車での空旅』を楽しむことにしたのだった。

 

 

* * *

 

アキラside…

 

人が空を飛ぶというのは、嘗て人類の夢の一つだった。

 

イカロスの翼より始まり、最初に其の偉業を成し遂げたのは、かの有名なライト兄弟…彼らが心血を注ぎ、幾多の失敗の果てに造り上げた飛行機が見せた、極僅かな数秒間の飛翔は、長きに渡る人類の夢を成就させ、新たな段階へと導いた瞬間として、歴史に深く刻まれている。

 

そして今、俺こと牧園 アキラと親友の二階堂 真守の秘書艦娘のヴェールヌイは、人間の新たなる一歩を踏んだ瞬間に立ち合ったようなのだ。

 

「なぁにこれぇ」

 

「アキラ、理解したら負けだよ。感じるんだ」

 

「ハッハッハ!どうだ?驚いたか!」

 

「甲染さん、落ち着いてください。もうすぐ高速道路を降りますよ。そしたらサイレン鳴らして一直線に大本営まで突っ切ります」

 

「おう、そうしちまえ!善吉!」

 

パトカーが目的地の料金所の付近に着陸し、アクセルと共にサイレンが鳴らされ、更なる加速を開始。ETCレーンを通過し、都会の大通りをぶち抜く一閃のモノクロとなって、爆音を突き鳴らし走り続ける。

 

「アキラ」

 

甲染の声がする。ほれっよっと!で投げ渡されたのは、一本の『檜木の棒』。一見すると杖のような物なのだが、肌触りも良く、細部まで確りと削られた事が分かる、そんな代物。

 

何故今になって其れを自分に渡したのか。

 

「コイツはジュウゴさんからの預り物だ!アッキーが大人になった時に渡すよう、彼が俺と善吉に託した!」

 

「何でコレを今渡すの!?もっと違うタイミングとかあるでしょ!?」

 

「ジュウゴさんはこうも言ってた!アキラが『真実』に辿り着く時、これは『最後の鍵』に変わる…ってな!」

 

おじいちゃんが俺に託した檜木の棒(もの)。これに一体何の意味があるのか、当時の俺には皆目見当も付かなかったのである。

 

* * *

 

時刻マルハチゴーマル、大本営正面門…

 

「今回も多くの提督が集まりましたね」

 

「そうだな。例年に比べて今年は多い、受付対応人数の増員のお陰で何とかなりそうだ」

 

門の前で二人の警備員が立ち、大本営に入ってゆく提督や司令官達を見守っていた。

 

「しかし、大本営も開始時刻を一時間前倒しにするなんて、何かあったのでしょうか?」

 

「俺が知るわけ無いだろう…」

 

そう呟き、彼は腕時計を見る。あと十分で一先ず自分の仕事は完了。そしたら休憩室で暫く仮眠を取れるな…そう考えていた。

 

ウゥゥゥゥゥ…ウゥゥゥゥゥ…!

 

赤い光を放つサイレンと、けたたましいエンジン音が聞こえてくる…その時までは。

 

ウゥゥゥゥゥ!ウゥゥゥゥゥ!

ピーポー!ピーポー!

大通りを暴走族のバイクよろしく爆走し、此方に轟音で走ってくるのは、一台のパトカー。それも警視庁のロゴを刻んだ、正真正銘の警察本部の車両だ。

 

其れがこっちに向かって走って来て、入り口前でピタリと、何事も無かったように止まる。

何が起きてもおかしくない。

緊迫感の中で警備員二人は、護身用の警棒を腰のバックルから引き抜き、身構えた。

 

車両のドアが開く。中から出てきたのは、二十代の海軍の軍服を来た青年と白い長袖と帽子、黒のミニスカートとストッキングを履いた少女、そして二名の警官だった。

 

「失礼、お騒がせ致します。実は此方の提督殿が横浜駅で痴漢冤罪に巻き込まれた為、我々警察は彼等を送り届けに参りました。現在、彼に冤罪を被せた犯人は逮捕され、警視庁で取り調べを受けています」

 

長身の警察官が敬礼し、事情を詳しく説明する。

 

「は、はぁ…分かりました」

 

「では、提督さん。彼方のテントでパンフレット一式を受け取り、多目的ホールに向かってください。あと七分で開会式が始まります」

 

青年の提督は小さく頷き、駆け足で入り口脇に設置されたテントでパンフレットを受け取って、大本営の中へと消えていった。

 

「御勤め、御苦労様です」

 

もう片方の警官がそう言って、敬礼した後にパトカーへと乗って、去っていく。何だか忙しない…そんな印象を覚える。だが、何故だろう。

 

私は今『何か重大な見落とし』をした気がしなくもない。そんな一抹の不安を抱え、再び入口の警備に着いたのだった。

 

* * *

 

アキラside…

 

「時間ギリギリだったけど、何とか間に合った…」

 

「うん。良かったね、アキラ」

 

俺とヴェールヌイは大本営の多目的ホールを目指して駆け足で進む。人の往来は殆ど無い事も有って、ほぼスムーズに道を走れている。と、行く先の曲がり角に二つの貼り紙が見え、ヴェールヌイが目を凝らして其れを見ると、大きな矢印と文字で『艦娘控室は左、多目的ホールは右』と記されていた。

 

「どうやら、次の角で私達は一旦御別れみたいだ。アキラ」

 

「そうみたいだな…ありがとう、ヴェールヌイ。あの時、君が助けに来てくれなかったら、俺は今頃どうなっていたか…」

 

「良いんだ。私は私なりの『正義』を信じただけさ。それよりも…『約束』、忘れないで?」

 

ちゃっかりしている…此方も救われた恩があるし、何より彼女との約束を違い、破るつもりは毛頭無い。

 

「じゃあ」

 

「あぁ」

 

互いにそれぞれの場所へと行くために。ヴェールヌイは左へ、アキラは右へ。T字廊下を曲がり、今一度速度を上げる。体内時計には自信が無いアキラだが、自分の走る速さから、およそ時間は割り出せる。

 

《残りは5分…いや4分が良いか》

 

少し速度を上げなければ…そう決め、実行しようとした矢先だった。

 

『探しましたよ。牧園 アキラ君』

 

左の曲がり角から声がし、ぬるぅ…と現れる人影一つ。

肥満体質の体つきで、ぷっくりとした風船のように、そして肥え太った豚のような男。

アキラはいきなり現れた男に対する警戒感から、足を止め、同時に何か仕掛けてくるかもと予測し、身構える。

 

「失礼…私は荒垣(あらがき) 演作(えんさ)。大本営の中将になります。

 

何分到着が遅いものでしたから、私がお迎えに上がるようにと『上』からの命令でして。

そして私が貴方に対して、何かするつもりはありませんので、御安心を」

 

アキラは警戒を解かない。この男が何かせずとも、別の人間が何かをすると予想出来る。

…良くも悪くも甲染(あの人)のお陰か、そう考えられるようになった。

 

「それで…中将殿が末端の一提督である私に、何か御用でしょうか?」

 

アキラの問いに演作はこう答える。

 

「要件は一つ。『海軍大本営の大将殿』が、貴方に対して直々の役目をお与えになりました。

 

大将殿は海軍育成高等学校を歴史上初めて、皆勤で卒業した貴方の事を、非常に。とても高く評価しております。

 

故に『今年度の代表提督として、開会式で抱負を兼ねた『スピーチ』をして貰いたい』…との事です」

 

…面倒な事になった。それもかなり厄介な類い。

 

組織に与している以上、何時の時代も権力のピラミッドは存在している。上に行けば行く程に、其の力は強くなる。況してや『大本営の大将』の発言ともなれば、国内外問わず絶大な影響を及ぼすこと等、赤子の手を捻るよりもずっと容易い。

 

大将の狙い…『華裏鎮守府の提督(牧園 アキラ)』という認識を提督間で拡散させ、此方を追い詰める包囲網を形成し、更なる無茶な要求を確実に答えさせる布石を打つこと。

 

現存する全ての鎮守府よりも弱い立場に在る事実は、既に多くの提督の知識に擦り込まれている。簡単に要求を通せ、命令に対しても一切反論しない。

これほどに便利で都合の良い鎮守府(ばしょ)は、世界中の何処を探しても、決して見つからないだろう。

 

華裏鎮守府の実態を理解していても、忘れかけた頃に何度も思い知らされる現実が、どうしようもなく嫌になる。

 

《…『悪くない』、か。寧ろ『絶好の好機(チャンス)』が廻ってきたな》

 

アキラには一つ、考えがあった。

 

自分が華裏鎮守府の提督だという事実は変えられない。

だが仮に、最強鎮守府決定戦で華裏鎮守府が『優勝』した場合、大本営や他の鎮守府は此方を蔑ろに出来ない。

故に大本営はあらゆる手段を用いて、此方の優勝を阻止しにくる。

 

其れを跳ね除け、打ち勝った時…鎮守府の名は、確固たる物として知れ渡る。覚悟は既に出来ていた。

 

「…分かりました。では、スピーチの内容に付いては此方で決めても宜しいでしょうか?」

 

「えぇ。勿論ですとも。貴方の『御好きなように』してください」

 

演作はそう言い、掴み所の無い表情で微笑を浮かべてながら「此方になります」と彼を多目的ホールの別口へと導く。

 

《やってやる…》

 

胸の奥に渦巻く感情を表に出さぬよう鎮め、彼は演作の後を付いてゆく…。

 

《さて…先ずは『第一段階』、完了ですな》

 

演作は心中、してやったりと言った具合に、口角を三日月のように吊り上げていた。

 

《君が乗ってくるというのは、既に『想定済み』なのですよ。スピーチで『華裏鎮守府の実態』を語るつもりでしょうが…誰も其れを信じない。

 

私の華麗で、完璧な『罠』に嵌め、大本営に抗う意思と気概を完膚なきまでに、完全に叩き潰す。君は私の更なる出世と躍進の為の踏み台として利用されるのですよ、クックック…!!!!》

 

ドス黒い悪意が牙になり、絶好の獲物(アキラ)に向けられる。演作の読みは『確かに』当たっていた。其れは『半分』のみ、ではあるが。

 

この数十分後、最強鎮守府決定戦の開会式は『騒然の騒ぎ』になる事を、演作自身は全く予測出来なかったのだ…。

 

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