将来を有望視された青年が、冤罪で問題山積みの鎮守府に着任されました。 ~地獄の底からこんにちは~ 作:ガリアムス
カチ…カチ…カチ…。等間隔に刻む時計の音色が、薄暗い静かな部屋の中、不気味な程に繊細で遠くに透き通るようにして響く。
「…………………ん、此所…は…」
徐々にはっきりとする視界には、木造りの天井が映る。背中や脚にはふっくらと包み込む、柔らかい肌触りの白いベッド。どうしてこうなったのか…アキラは自身の記憶をフル回転させて、事の顛末を思い出そうとする。
「……………………あ」
思い出したようだ。発端は撃退作戦という名の江風による、敵艦隊殺戮蹂躙ワンサイドゲームから。
戦闘終了後の戦果報告を彼女達から聞き届けた後、極度の緊張状態からの解放に加え、着任前までに起きた様々な事態が積み重なり、結果、精神的疲労により意識を失った。
右に視線を変えると立て掛けられたカレンダーが見えて、彼は驚く。あれから三日の時が流れていたのだから。
「司令…?」
声が聞こえる。その方に首を傾けると、大淀が自分の左手を抱き締めて、膝立ちしながら見つめていた。瞳には微かだが涙が浮かび、頬を幾つか伝った後が在る。
「大淀さん…此所は…?」
「医務室です。司令が倒れてから吹雪さんと私で交代しながら看病をしていたんです…。本当に…本当に、目覚めてくれて、良かった…」
抱き締められる手腕。ほんのりと感じる彼女の温もり。
「心配して…くれたの?」
当たり前ですっ!見開いた瞳が此方を捉え、離さない。彼女と吹雪には本当に感謝している。まだ会って一日も経っていなかった自分を助けてくれた事、きっと善意を持って接したのだろうと。
だが…
『そんな優しさを素直に喜べない自分がいる』
『あの頃からずっと糸を引いたまま』
『今も尚、残り続けている』
「………………」
「司令?」
「え…あ、いや、…うん。俺は大丈夫、大淀さん」
この通りとベッドから起き上がり、腕をグルグル回しながら笑ってみせた。大淀はその姿を見て何を思ったのかは分からない。
アキラが空元気、虚勢を張っているのか。
それとも、これが彼本来の性格なのか。
「司令、もし御困りの事があれば私や吹雪さんに必ず相談してください。お願いします」
そう言った彼女は徐に自分の白い長袖をたくし上げると、素早くアキラの左腕を捕まえ、引っ張ると、衣服と肌でサンドイッチにしたのである。しかも彼の掌と手首には、低反発の山が当たっていた。
奇襲とも取れる行動に開いた口が塞がらない。それ以上に掌にドクン…!ドクン…!と、力強く跳ねる血の音色が伝わり、速度は上がり続けていた。
「お、おおお大淀さ!?」
「み、皆には内緒…ですよ?…司令」
人差し指と中指で唇に軽く触り、優しく微笑む。
薄暗い部屋に射し込む微かな光に照らされた彼女は、天女のように美しく、妖艶であった。
* * *
「アキラ司令官、おはようございます。本日は華裏鎮守府の
大淀と吹雪の案内で華裏鎮守府内の廊下を歩く最中、彼は説明を受けていた。日本や世界各地に点在する鎮守府は、大本営に属せども其のやり方は十人十色。
華裏鎮守府の場合は新しい提督が着任した翌日に、在籍する艦娘達と顔合わせや自己紹介等の段階を踏まえて、今後の運営方針を決定してゆく。
しかし今回、アキラが心労により倒れた為にこれらの行動を先延ばしせざるをえなかった。
「吹雪、おはよう。すまなかった…三日間寝込んでしまって…」
「この鎮守府では日常茶飯事ですから…。無理もないですよ…」
一瞬立ち眩みが指す。自分は後何回倒れる事になるのか…そんな不安が心に積もる。だが、自分に掛けられた冤罪が無実である事を証明しなければ、元の場所へは戻れない。
彼は気持ちを切り替える。
「…ところで艦娘達には何を言えば良いのかな?初心表明?」
「それで大丈夫だと思います。私は皆に挨拶してきますと、私が呼んだらアキラ司令官の出番ですから!」
敬礼から駆け足で中庭に出た吹雪。彼女は挨拶と同時に一日の業務・任務の確認、情報共有を行う為に毎朝全員を集めているのだ。
問題だらけ、曲者だらけの鎮守府の艦娘達を纏め、一ヶ所に固めるだけでも、おそらく奇跡に近い。それは他を惹き付ける絶対的な
吹雪は、おそらく『その両方』を持っている。
「皆さんもご存知の通り、私達の華裏鎮守府に新しく着任した司令官が居ます。それが牧園 アキラ司令官です!
それでは、どうぞよろしくお願いいたします!」
悶々と考えていると吹雪が自分を呼んだ。頑張ってくださいと大淀に背中を押され、俺は中庭に一歩踏み出す…のだが、何が原因か足首を思い切り挫き、その勢いで転けてしまい鼻を打つという、恥ずかし過ぎる失態をやらかしてしまった…。
嘲笑の囁きが空気を支配し、鼻孔内に込み上がる生暖かい物。それを押さえつつ自力で立ち上がり、軍服に付いた埃を払って皆の前に立つ。
「吹雪から紹介されました。牧園 アキラと言います。今日からこの鎮守府の提督になりました。…………」
自己紹介の途中から言葉が止まる。吹雪は所信表明で良いと言っていた。
…『本当にそれで良いのだろうか?』
職場に於ける第一印象は、その後の自分自身の評価にさえ直結する。だからといって在り来たりな選択に逃げれば、この鎮守府から弾き飛ばされるのも目に見えている。
ならば、自分はどうするか。
「………………違うな、こうじゃない」
ざわめく艦娘達。コイツは何を言っているんだという顔。アキラは決意を、己を、今此処に示す。
自分の存在する意義、理由を。艦娘達に伝える。
………すぅ。はぁ…………
息を紡ぎ、瞳を綴じる。そして、ゆっくりと開き、語り出す。
「…俺は五日前、海軍育成高等学校卒業式に大本営直属の軍人に賄賂を送ったという冤罪を被らされ、華裏鎮守府に強制着任をさせられました」
彼女達を知り、理解するために。先ずは自分の事を知って貰う事を選んだ。
「吹雪から聞きました。華裏鎮守府は他の鎮守府や大本営によって、資材や資源に加え、今までの戦果も横取りされ、幾度となく苦汁を舐めていると。
…悔しくないか?自分達の居場所を、他の連中に食い荒らされ、侵害され、不当で、不平等な待遇を受け続けている事実を」
アキラの大嫌いな『人間』に、二つのタイプがある。一つは『何も出来ない無力である事を憂いたり、恨んだりする』人間。
もう一つは『出来るのに何もせず、現状維持を謳い宣う』人間。
「俺はこの華裏鎮守府を、大本営に認めさせる…!その為に皆の力が必要だ!だが最初から俺は皆に認められようとは思わない!
だからチャンスをくれ!次の大本営からの出撃任務が来た時、一回だけ俺に指揮権を委ねて欲しい!
任務に失敗した時は煮るなり、焼くなり、切り刻むなり、好きにして構わない!以上!吹雪、後頼んだ!」
挨拶を終えて、俺は執務室目掛けて一目散に走り出しす。言い切ったという達成感よりも、挨拶前に足首を挫いて転んだ恥ずかしさが勝っていたのだった…。
嵐のように去ったアキラ。その姿と言葉は『一部の艦娘』の心を揺さぶっていたのを、彼は知らない。
* * *
「絶対笑われた…どう考えても、若僧の意気がりにしか聞こえてないよな…」
執務室に備え付けて有った質素な段ボール机に顔を押し当て、頭を押さえ、苦しく唸っていた。
最初の挨拶は失敗し、多くの艦娘から見放されただろう。
常識を逸脱した二之名持ちの艦娘の戦い方や感覚に加えて、数えたらキリがない多重債務と問題が山積みに重なった貧相な鎮守府。
これら全てを解決し尚且、大本営に自らの力を認めさせ、公認させなければならない事実。自分の言葉が重く、心に乗し掛かってきた。
「…俺の精神力、耐えられるかなぁ…?」
泣きそうになる。だが袖で涙を濡らしても、何かが変わる訳ではない。
泣き言で垂れるなら、最期までやりきった後にやれ。
…お祖父ちゃんの言葉を思い出す。
「よし…もうこうなったらやってやる!次の作戦何がなんでも必ず成功させて、大本営をギャフン!って言わせてやるぞ!」
「その言葉を!!」
「待ち焦がれてたぜ!」
決意を新たにした瞬間、執務室の窓ガラスが粉砕・爆散。アキラが口が大きく開いて唖然とする中、目の前に現れたのは二人の艦娘。
短髪で黒の長袖・ネクタイ・ミニスカート・ソックスに左目を眼帯で隠す、金色の目をした女の子。そして何処がとは言わないがデカイ。
緑のストレートヘアに白の画家帽、赤のネクタイと白に緑の渕を織り込む服とスカート、腰には弾薬を敷き詰めたベルト。極めつけにマントと男心擽る娘だ。
そして両者に共通しているのは、腰に掛けた刀だと言う事。
「君達は…?」
「よく聞いてくれたな!俺の名は
「
フフンと得意気に鼻を鳴らした天龍と、クールに頷いた木曾。両者共に二之名持ち。下手をすれば此方が殺されかねない。
慎重に付き合わねばならないと、彼は心に誓ったのである。
* * *
「アキラ司令官。大本営から封書が着ましたよ」
木曾と天龍が去った後、資源・資材管理表と格闘中の俺の元に手紙が届く。それは俺が賄賂を送ったという冤罪を伝えた、あの忌々しい黒の封筒。
「ありがとう吹雪」
開けたくはない。だが、開けなければならない。自分はは華裏鎮守府の提督なのだから。意を決して封を解き、中身を確認する。その内容はこうなっていた。
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華裏鎮守府宛
貴殿の鎮守府には他の鎮守府以上の資材資源を保有している事が判明している。これは有ってはならぬ事実であり、早急に対処せねばならぬ。下記に記す鎮守府へ記された量の資源、並びに資材、高速修復材を受け渡す準備を整えられたし。
尚緊急の文書につき受け渡しの使者は一ヶ月後に鎮守府へ来訪する。くれぐれも粗相のない事
舞鶴第七鎮守府 鋼材6500/ボーキサイト8000
西部ラバウル第三基地 燃料18000/鋼材4000/弾薬45000
ショートランド七一泊地 ボーキサイト16500/弾薬9000
幌筵泊地 鋼材・弾薬・燃料・ボーキサイト各10000
及び記入された鎮守府に資材70/高速修復材50
以上
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「何じゃこりゃ…資材資源の受け渡しをしろって。しかも一ヶ月でこれだけ揃えろとか…無理だろ!?」
封書に書かれた資源達の数にアキラは頭を掻き毟り、倦怠感に襲われながら、数量計算に入ろうとした時、吹雪が声を掛けた。
「また来ましたのですね。資材資源の受け渡しの封書が…アキラ司令官。
「緊急遠征部隊…?」
頷く吹雪に連れられ、アキラは鎮守府内宿舎へと赴く。
* * *
艦娘第七宿舎の一室…
「アキラ司令官。此処が緊急遠征部隊所属艦娘の部屋になります」
「此処が遠征部隊の部屋…
それにしても鎮守府内部は酷く汚れてる…」
廊下もそうだが、壁や天井もボロボロ。まるで今の華裏鎮守府を現しているかのよう。そうこうしている間に吹雪の足が一つの扉の前で止まった。
天井付近に宙吊りでぶら下がる立札、所々掠れて読みづらいが筆後から『第一緊急遠征部隊』と書かれているのが分かる。
「皆さん失礼します」
「吹雪さん、此方に来たという事は『いつもの』…ですよね…」
数回ノックした扉から顔を出したのは、優等生のお嬢様が通う小学校小学生の服装、黒髪のストレートと透き通る目をした少女だ。
しかしその表情にはうっすらと影が射し、何処か寂しさや悲しさを抱えているようで。
また其の部屋の中には目の前の彼女以外にも、十数人の女の子の姿が見える。
「あらあら~…私達自慢のお姉ちゃんには、そんな顔は似合わないわ~」
「まぁ…吹雪さんの頼みなら断れないわ」
「勿論!アゲアゲで行きますよ!」
「出番かしら?吹雪さん」
「この子達が緊急遠征部隊…げっ」
顔色を変えるのも無理はない。何故ならその中には…
「おー!アキラ司令官じゃーん!元気かー!?」
あの猟奇的殺戮マシーン江風の姿も有った。
「アキラ司令官、此方が二部隊ある緊急遠征部隊の内、第一部隊所属艦娘の皆さんです。後は阿武隈《あぶくま》さんが来れば、全員揃います」
「取り敢えず、江風以外の皆の名前を知っておきたい」
「では私が!」と真っ先に名乗りを挙げたのは吹雪に応対していた少女。先程の表情から一転、キリリとしたブレのない敬礼を行う姿が、とても凛々しく写る。
「緊急遠征部隊所属!朝潮型駆逐艦の一番艦、
初対面にも関わらず、壮大で重い覚悟を見せ付けてきた朝潮。期待に応えてやれるか不安になってくる。
「
朝潮の後ろから緑のリボンで束ねた短いツインテールの少女が、華裏鎮守府の雰囲気とは真逆の元気に溢れた声で話す。
「
朝潮、大潮とは違う黒の吊りスカートに白いシャツを着た、茶に近い金髪を団子に纏める少女。随分と尖った性格をしている。
「ウフフフフ…私ぃ、
黒のジャンパースカートに白いフリルを付けた少女が、茶色いストッキングを見せながら小悪魔的な笑みを浮かべ、此方を見ている。同時に背中に悪寒が走った感じがした。何だろう、まるで大淀と同じような…
「駆逐艦
「よろよろ~」
「……コクリ」
彼の不安を他所に、自己紹介は続く。赤髪のツインテールで白い半袖と黒いアームカバー。胸元と髪を水色のリボンで結ぶ、緑の吊りスカートの少女は朝雲。
彼女の横に居るのは、朝雲と同じ服装で銀髪を三つ編みに緑色の大きなリボンを着けた、ほんわかな雰囲気の醸し出す山雲。
満潮と似た衣服だが大きな煙突形の帽子を被り、眠そうな眼を向け、小さく無言で頷いた霰。
「そして朝潮型駆逐艦の最後の一人が…あれ?」
「ん?もしかしてこのコオおおおおおおおお?!」
刹那、アキラの体が上へ引っ張られ、直後に真下へと引き寄せられる。受身すら取れぬまま、頭を襲う激痛と脳内が生暖かい何かを味わう感覚に満たされた。
「い゛…っづ!?」
「アンタが司令官ね。まぁ精々頑張って惨めに孤独死しなさい、このクズ!」
「
刺さった頭を抜き、ゆっくり起き上がったアキラの頭に炸裂する踵落し。再び地に伏せる彼を、汚物のような冷酷な視線で見る銀髪の少女に、組掛かりそうな勢いだった朝潮を彼は止める。
「い、今のは…防げなかった、俺に非がある。朝潮、彼女を攻めないでやって欲しい。…あと、よろしくな。霞」
よろけながらも彼女の前に手を差し出すが、掌を引っ叩かれ、フンッ!とそっぽ向いた霞は一人、部屋に戻って行ってしまい、朝潮は申し訳無いと頭を何度も何度も下げて、他の姉妹も朝潮に続く形で部屋へと戻る。
「ン~…なんだ。まぁ、緊急遠征部隊も中々おもしれぇ所だろ?司令」
二之名持ちの艦娘達と酷すぎる実態から目を避ければ、良い鎮守府だと思えたよ。
江風の蹂躙を目撃せず、霞のジャーマンスープレックス+踵落としを食らいさえしなければね。
* * *
「貴方がアキラ提督ですね!私は
「
もう一方の緊急遠征部隊部屋で応答したのはブラックチェリー色の髪に白シャツ、藍色のジャケット、赤のネクタイ、緑のミニスカートを着ける二人の少女。顔立ちは似てはいるが、髪の長さやニーソックスの長さ等、よく見れば違いが分かる。
「睦月ちゃんと如月ちゃんです。此方は
「頼もしい限りだ。早速で悪いのだけど大本営から資材資源受け渡しの封書が届いたので、皆さんの御力添えをと思いまして…」
「資源収集!?やったぁ、睦月感激ぃ!アキラ提督、睦月めっちゃめちゃ頑張るからね!」
江風のデジャブを感じたアキラ、
「吹雪さん、私達もすぐに支度をしますね。使者がくるまでの期間は分かります?」
「一ヶ月です。そして今回の注文量がこれに…」
渡された紙を見て、睦月と如月は肉食獣の如き獰猛な笑みを浮かべてクツクツと笑う…。
「では皆に支度させて鬼怒さん到着次第、三部隊で遠征を開始します♪」
「今回は大量に集められるわぁ…フフフ♪」
紙を持ち去り、部屋の扉が閉まってから数十秒。部屋からは蛙の異星人の軍曾と愉快な仲間達の合唱が如く、奇声が響いてきた。
「なぁ吹雪…もしかして緊急遠征部隊所属の艦娘達の中に二之名持ち…は」
無言の肯定に、アキラはまたしても青ざめる。この鎮守府にまともな艦娘はいないのか…と。
そうだ、別の事を考えよう。そうしようと判断する。
切り替えなければ、やってけない。
華裏鎮守府という、この過酷を通り越した地獄に順応すべく、自分なりの回答を出したアキラ。
果たして一ヶ月後に迫る資源資材回収の使者が来る前に、華裏鎮守府は無事に資源を集めきる事は出来るのか!?それよりもアキラの精神のダムはそれまでに持ちこたえられるのか!?
次回へ続く!
天龍…元ショートランド泊地在籍艦娘で、同じ泊地の木曾とは共に戦場を駆けた盟友。二之名の(業剣)は彼女が主砲や副砲を一切使わず、自前の刀のみで深海悽艦を潰し続けた姿を見た者達が与えた昔の異名らしいが、当の本人は特に拘りはないようだ。
木曾…元ショートランド泊地在籍艦娘で、天龍とは旧知の仲であり戦友。五人姉妹の末っ子だったが、たゆまぬ努力の果てに姉達の練度を追い越し重雷装巡洋艦となったが、姉達の嫉妬によって鎮守府から除け者にされた過去を持つ。二之名は(鬼賊)。