※この作品はR-18です。

将来を有望視された青年が、冤罪で問題山積みの鎮守府に着任されました。 ~地獄の底からこんにちは~   作:ガリアムス

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*前回に引き続き、アキラの過去に関係する白百合(しらゆり) 悠(ゆう)と、アキラの過去の話…最悪の時期に起きた事、そして華裏鎮守府の大淀の事を書いていきます。


将来を有望視された青年が、冤罪で問題山積みの鎮守府に着任されました。~禍根の指輪と最凶最悪の事件 其之弐~

其の娘と出会ったのは、今から十四年前…俺が六歳の時だ。

 

いつも教室の隅で一人、あやとりをしていたのを現在(いま)もよく覚えている。三つ編みの御下げと眼鏡、そして…彼女のチャームポイントとも言えた、そばかす。白地の服と赤いスカートの、地味な服装の女の子。

友達は一人もいない、いなくても平気。寧ろ抱えるものが無い方が楽だとさえ思っている…そんな第一印象だった。

 

当時は特に気にする事も無く、彼女に声を掛けたのだが、思い出す度に彼女と俺は『匂い』が似ていた。

互いに『孤独』という闇を心の奥底に仕舞って、抱えながら生き、其れを知っている人間が持つ、特有の『匂い』というやつを…。

 

「あのぉ…さ………」

 

「……なぁに?」

 

「あ、えっと……その…、あやとりって……どうやるのか、気になって…」

 

あの日、あの瞬間。俺は誰かから頼まれた訳でも無く、自分自身の意思で勇気を出して、彼女…白百合(しらゆり) 悠(ゆう)に話し掛けた。

緊張やらでガチガチに堅くなってしまった自分に、彼女は「大丈夫だよ?」と、ふんわりとした柔らかい声で、話を聞いてくれた。

 

其の日から俺と悠は『友達』になり、クラスが違えても、休み時間や放課後になれば一緒に遊び、色々な冒険や発見を通じて、友情を深めた。

そして其の繋がりが、永遠とはいかずとも。長く。永く。遠くまで続くと…

 

 

━━━━━『あの出来事』が起きるまで、俺は彼女を『友』として『信じていた』のだ。

 

 

* * * * *

 

 

「あ、アキラ………君?アキラ君、…だよね…?」

 

今自分が見ているものが悪い夢であるならば、今すぐに醒めて欲しいと、アキラは心中で叫んでいた。

 

化粧をしても隠しきれていない、初対面でも一番に目に止まった、そばかす。

羽毛に包まれた雛鳥のような柔らかい雰囲気。

年頃のオフィスレディがTPOに相応しくなるように着付ける黒で統一された地味な服装。

 

そして…あの頃から彼女が持っていた『匂い』が、鼻に惹着き、思考を『最悪の時期』に繋げようとしてくる。

 

「……アキラ君、久しぶり…だね」

 

戦地から五体満足で帰還した恋人と無事に再会し、其れまでの思いを吐露するよう、じんわりと瞳を潤ませ、嬉しさを浮かべながらに、アキラへ近づいてくる。

 

「……ずっと、ずっと。私ね…『謝りたかった』。貴方に…ずっと…」

 

…………やめろ…………

 

「今更…許されるなんて、思わない。だけど…ちゃんとアキラ君に会って、謝って……『仲直り』したいって…ずっと思ってた」

 

………やめろ………

 

「アキラく」

 

『やめろっ!!!!!』

 

鉄橋下の空気が犇めき、揺れた。

 

アキラの目は憤怒の焔を燃やし、悠を遠ざけるかのように睨み付けている。

 

「アキラ君…私が貴方にとって許せない存在なのは、謝るわ。…だからお願い。私の話を」

 

『今更お前の言い訳なんか。聞きたくない』

 

はっきりと、明確に。敵意を以て言葉を返したアキラ。

クリス、真守、結絆、楓は、彼の言葉に驚きを隠せない。

 

『━━お祖父ちゃんが言っていた。

 

『苛められたりや虐げられたり、傷を与えられた人間は、其の時の出来事を永く記憶に留めている』と。

お前にとって『過去の事』だとしても、俺にとっては『現在(いま)の事』だ…忘れる訳がない。

 

━━━お前のせいで、俺は『地獄』を味わった』

 

アキラの記憶には、今も其の時の出来事が記憶と心と深く食い込み、一度でも居付くと簡単には消えない黴(カビ)のように、根を張り巡らせ、残り続けている。

 

『お前が何を言おうが、俺はお前を『一生』許すつもりはない。お前は自分がやった事を『一生』後悔し続けろ』

 

 

 

━━━━お前はもう、俺の『友達』じゃない。

 

 

 

冷酷な瞳と言葉は、彼女の心に突き刺さり、一切の思いを抉り取る。

 

今のアキラは悠と再会した事で、記憶の奥底に封じ込めていた深淵よりも深い絶望の闇を纏い、来るもの全てを拒絶し、自分の命でさえも軽く見てしまう『最悪の時期のアキラ』になってしまったのだ。

 

そして最後に、彼は仲間達にこう告げたのだ。

 

『其の女と行動するつもりなら、俺は『一人』になる。ソイツは信用出来ない』

 

唯其れだけを告げ、彼は一人皆とは別の方向へと走って行ってしまう。

 

「アキラ君!」

 

「アキーラ!」

 

「アキラ!」

 

楓とアイオワ、サラトガが呼ぶも、声に応じる気配は一切無い。其れ処か走る速度を上げたのだ。

 

「ど、どうしよう…アキラが、行っちゃうよ…!」

 

「でも、あんな空気じゃ…」

 

どう行動すべきか迷っている間にも、彼の後ろ姿は更に遠くへと離れていってしまう。そんな中、此の状況を見ていた真守は、アキラを引き留められなかった苛立ちに駆られていた。

 

「だぁぁぁぁ!くそっ、あのまま放っとけるか!結絆、行けるか!」

 

「合点承知!楓、クリス、健太郎さん、亜衣さん!俺達でアキラを連れ戻しに行く!艦娘達と彼女の事をお願い出来ますか?」

 

「……任された。行ってくるといい」

 

「私も行きます」と其所に吹雪も真剣な表情で申し出てきた。

 

「良いのですか?」

 

「私やアイオワさん、サラトガさんにとって大切な提督。万が一もあります。それに…彼を放っておけませんから」

 

「…分かりました。お願いします!」

 

友を、提督を連れ戻すため、真守と結絆と吹雪は、アキラの後を追い掛ける。三人の姿が遠くなった事を見計らい、亜衣が彼女の方に向き、テクテクと近付きながら言う。

 

「………さて、っと。貴女に幾つか聞かなきゃね、アキラ君との関係。彼を知っているようだけど何かあったの?」

 

わざとか、黒さを帯びた言葉を亜衣が掛けると、悠は彼女の気を気取り、少し怯えながら話を始める。

 

「わ、私は…白百合(しらゆり) 悠(ゆう)って言います。あ、名刺名刺…此方をどうぞ」

 

そう言って、ピンクの名刺入れから一枚の名刺を取り出し、スッと亜衣へと渡す。其所には『株式会社 トリアイナ・コーポレーション』に続き、『海軍情報総合雑誌(テュオリス) 編集部営業兼取材担当 白百合 悠』と示されていた。

 

「嘘でしょ!?何で、テュオリスの会社関係者が此処に居るの!?」

 

亜衣が驚くのも無理はない。

 

海軍情報総合雑誌(テュオリス)は、大本営と独自のパイプを築いており、提督達の戦価ランキングや耳寄り情報を収集・集計して可視化しているだけでなく、刊毎に記載された『提督へ突撃!電撃インタビュー』で、取材を受けた提督の知られざる以外な一面を引き出す等、雑誌界隈でも古参組を引き離し『雑誌新時代の革命手』と謳われている企業。

 

中でも此の取材担当者達は、社長が自らの慧眼で選び抜き、会社では門外不出とされる独自の教育法で育て上げた、稀有な人材を取材に当たらせているのだとか。

 

「社長さんが以前にアポを取った会社に取材してきて欲しいって言われて、私が向かっていたのですけど、テロが起きるなんて…。

 

会社から『アポを中止して即刻避難場所へ向かえ』って、電話指示で向かっていたら…」

 

「…衝突した…と言う訳、か」

 

「はい…」と力無く悠は首を縦に振る。恐怖も在っただろう、肩が小刻みに震えているのを見た楓が、よしよしと背中を擦り、彼女を介抱した。

 

しかし、亜衣は『引っ掛かって』いた。

何か━━━『重大な見落しているのではないか?』

そんな疑問に。

 

「あ…悠さんは、其の避難場所は…会社の人からの指示、なんですよね…?」

 

「え?えぇ…『大本営から』指示された避難経路を通って。其処は『特性の地下シェルター』だから━━━」

 

《大本営…地下シェルター…禍根の指輪(ダリアス・フレッチェル)…》

 

まさか…

 

全身の血流が加速し、心拍数が急激に上昇。

思考が組み上げられ、答えへ直進。

そして、想像したくない『最悪の答え』が脳裏に浮上した。

 

「まずい…!まずい、まずいまずいまずい、まずい!!今すぐに『アキラ君達』を連れ戻して!!速く!!!」

 

血走った眼をした亜衣が楓に向け、大声で怒鳴る。彼女の半ば狂乱したかのような言動に、健太郎も驚愕を隠せず、艦娘達も何が何だか分からず、顔を見合わせては首を傾げるばかり。

 

「あ、亜衣さん落ち着いて…うわぁ!?」

 

「もたもたしないで!スマフォでも、携帯電話でも、何でも良い!真守君か結絆君の電話番号に掛けて!

 

悠ちゃんもTwitterやLINEに『其のシェルターの場所』を投稿して!!このままじゃ…このままじゃ『もっと犠牲者が出る』!!」

 

「亜衣、落ち着け。そう慌てられては、此方も困る。何をすべきか、一つずつ教えてくれ」

 

「焦るに決まってる!このままじゃ、他の無関係の市民まで、禍根の指輪(やつら)に殺される!

 

大本営は文字通り、提督どころか国民さえ『選別』しようとしているの!もう笑い事じゃ済まないし、済まされない事態よ!!」

 

彼女の発言に、止めようとしていた健太郎は目を丸くし、後退りする。亜衣の辿り着いた答えは、周りに影響を与え始め、次第に楓やクリスも顔面蒼白になっていった。

 

「せ、選別…ですか…?」

 

「…文字通りの『選別』、『生き残らなければ、先に進めない』!…老若男女も、関係ない…!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私達はッ…!大本営に『嵌められた』のよ…!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最強鎮守府決定戦出場の『挑戦権』を賭けていたはずの集印走…其の戦いは禍根の指輪(ダリアス・フレッチェル)による侵略から、文字通り命懸けの生き残りを賭けた『デスゲーム』へと変わってしまった。

 

東京の他都市も、既に禍根の指輪が魔の手を伸ばし、無関係の人々や集印走で朱印を探す提督達が次々に撃たれ、血と涙が流れ、悲鳴と絶望が木霊す地獄絵図と成り果てた。

 

希望は━━━━━何処にも無い。

 

 

* * * * *

 

同時刻、華裏鎮守府内工廠…

 

「え?身体検査をして欲しい?」

 

捻り鉢巻を頭に結び、超高濃密度で圧縮し束ねた深海因子の鉄杭を調べている明石が、近視鏡を押し上げ、相談を持ち掛けた大淀に対して、聞き返す。

 

「はい…昨日の夜、目が覚めて水を飲もうとしたら気持ち悪くなって、洗面器に嘔吐してしまいました…。若干ですが、微熱もあって…」

 

「ふむ…嘔吐に微熱、と。…取り敢えず尿や唾液、血液とかも摂りましょうか」

 

メモ帳に大淀から聞いた症状を書き込み、検査容器を手渡す明石。大淀は容器の一つに唾液を入れ、尿を取るために席を離れる。

 

「……………嘔吐、そして微熱ねぇ」

 

容器内に薬品を入れ、軽く振りながら蛍光灯に当てて、色の変化を見るも、特に反応は無い。

 

「明石、お願いします」

 

容器に入れられた尿に、唾液に使ったものと同じ薬品を入れ、再び反応を見たが、何も変わらず。

最後に注射で血液を吸血し、硝子盤にスポイトで一滴垂らし、其処に『因子変色液』と呼ばれる特殊変色液を別のスポイトで慎重に入れ、薄硝子で挟むと顕微鏡を使い、大淀の血中を構成する因子を調べた。

 

《…何、これ。こんなことが…本来、起きるの…?》

 

深刻な表情で、声が漏れ出しそうになる口を、明石は押さえる。

 

「明石…?」

 

「…ごめん大淀、もう一つ『検査』してもいい?」

 

「……え?」

 

「杞憂にしたくないからさ」と彼女が取り出したものは、女性が使う『妊娠検査薬』。

 

「なんでコレ?」

 

「………『今は』話せない。けど…もしも其れで、仮に『陽性反応』が出たら。

 

理由をちゃんと、詳しく、話すことが出来る」

 

明石の目はマッドサイエンティストの其れとは違う、一科学者や技術者が、事実を話す時の目と同じだった。大淀は明石を信じ、妊娠検査薬を使用する。

 

そして三分後…妊娠検査薬の陰陽の結果を示す白地に『二本の赤い縦線』がくっきりと写ったのだった。つまり『陽性』…記された答えが、彼女達の前に叩き付けられる。

 

「嘘…」

 

驚愕の色を隠せない大淀。あの日、処女をアキラに捧げ、子宮に大量の精液を浴びた。あの時だろう…其れしか考えられない。

 

「…大淀。貴女『妊娠』してるわ。相手は聞くまでもないでしょう。…問題は其処じゃない。

 

さっきの血液検査をしたら、貴女の血中から艦娘因子以外に『人間因子』の反応が出たの。おそらく、彼と身体を重ねて、精液を飲んだり、子宮でまともに受け、体内に取り込んだから。

 

…私は一週間前に、望月ちゃんからアキラ司令の『血中遺伝子のサンプル』を貰ったの。興味本位で其れを調べたら…アキラ司令の血中には『人間と艦娘と深海棲艦』の遺伝子配列が存在していた。

 

互いを潰し合う事もなければ、喰らい合う事も無い。全てが『完全な調和』を保った状態で…ね」

 

本来ならば絶対に。

天地が逆転しようとも。

ありえない事だ。

 

『兵器』として此の世に生まれ。深海棲艦と戦う運命(さだめ)の下に居る艦娘。其れが自分達を産み出した創造主の『人間』と、同じ存在に成るなどと。

 

「大淀…これは私自身の、常識から途方もなく離れた、あまりにも愚かな『答え』かもしれない。でも、大淀の変化を知って…この考えに多少だけれども『自信』が持てたの。

 

アキラ司令の体液や細胞には…『艦娘(私達)や深海棲艦(やつら)を構成する因子を増殖させたり、逆に其れ等を破壊する事』が出来るのかもしれない。其れがもし本当だとするなら、人間の難病は愚か、今まで特効療法もなかった『深海の呪い』そのものを、一つ残らず『根絶』する事さえ可能よ。

 

つまるところ…彼には、艦娘も深海棲艦も。そして人間でさえ…『救済する事も、滅亡させる事も出来る『禁忌』に等しい力が眠っている』…そんな気がする。

 

下手すれば『戦局すら引っくり返してしまえる』程の…『危険極まりない力』が━━━━━大淀?」

 

「………うぅ」と、突然泣き始めた大淀。ポロポロと雫が溢れ落ちてゆく。

 

「ごめん…明石。だけど…私『嬉しくて』…。愛した人との間に、子供が出来た事が…。うぇえ~…」

 

嬉しさと共に涙が溢れ、明石も貰い泣きしてしまう。

形はどうであれ、アキラがもたらした、優しく尊い贈り物。

其の事実に、大淀は喜びと共に、片手を平たいお腹に当てたのだった。

 

 

* * * * *

 

 

同時刻、東京都・中野区某所…

 

 

「アキラッ!アキラ、待て!アキラァ!!」

 

怒り狂う荒馬の如く、背を向け自分達から逃げ続けるアキラへ、結絆が叫ぶ。彼は一切振り向かず、反応する素振りさえ見せず、ただただ逃走を続けている。

 

「くそったれ!アイツ、あんなに足速かったか!?」

 

「全然、距離が縮まらないッ!」

 

結絆、真守の全力疾走を以てしても、未だ埋まらぬ距離。其の時、幾多の戦闘と修羅場を越えてきた吹雪の、警察犬並に発達した嗅覚が、アキラの体から発する『ある匂い』を感知する。

 

血腥く、艦娘である自分達が『忌み嫌う匂い』。同時に、自分と同じく運命を受け入れた者だけが持つ『特有の匂い』を感じ取った。

 

《…深海の力を使っている。其れも両脚だけを深化させた状態。二人が追い付けないのも、仕方無いか》

 

吹雪は決断する。目には目を、深化には深化の力。

 

足が数秒の内に血の通うピンクの肌から、冷たく凍り付いた白に変わるや、彼女は二人を追い越してアキラの真後ろに取り付いたのだ。

 

「速い!」

 

「いけぇ!吹雪さーん!!」

 

『止まりなさい…アキラ、司令!!』

 

一声、そして吹雪が繰り出したのは、ラグビーのタックル。其れも腰に狙いを定めて、地面へと倒すド派手な物。吹雪によって腹から地面に倒されて、ビターン!と効果音が響くような形で、アキラは漸く止まる事になった。

 

「はぁ!はぁ…はぁ!アァ、もう大変だったぞ!」

 

「アキラ…お前、はぁ…はぁ…何があった!?」

 

「……………」

 

友の言葉に耳を傾けず、地面に顔を着けたまま、微動だにしないアキラ。そんな彼の腰に馬乗りで跨がり、吹雪はこう問い掛ける。

 

「アキラ司令。私は貴方に対し、多くは聞きません。一つだけ聞かせてください。

 

彼女は司令の事を知っていたようですが、貴方と彼女は、どういった関係で、昔に何があったのですか?」

 

「………………………答えたくない」

 

「…そうですか。じゃあこうします」

 

刹那、吹雪がアキラの首を両手で掴むや、海老反りの要領で極め技を掛けたのである。現在のアキラの状態は、水族館のショーで鼻を使い、ボールを保持するアシカやオットセイの其れに近かった。

 

「イデデデデデ!?ギブギブ!死ぬ!死ぬからやめ…アバババババ!?」

 

「話してくれれば解決するんです。これ以上、司令自身が苦しまない為にも、私や御友人に話すべきだと思いますが?」

 

悪魔のような黒い冷徹な笑みで、されど声は怒りを含み、躊躇や手加減を一切せずにやっているのだから、余計に彼女が怖い。

 

「話す!話すから!これ以上やられたら、首と背骨が折れて死ぬぅ!!?」

 

「………本当に?」

 

「本当に!本当に話す!だから止めて!」

 

「………嘘付きませんね?」

 

「はい!話します!話しますからぁ!!」

 

「………分かりました」と吹雪は極めを解いて、アキラを解放する。放心気味にアスファルトの地面からゆっくりと起き、彼は胡座を掻きながら重い口を開く。

 

「………アイツは白百合(しらゆり) 悠(ゆう)。小学一年生の頃、同じクラスになって、俺に出来た『最初の友達』だった。二年は別のクラスになったけど、三年生でまた一緒のクラスになった。

 

物心付いた頃から両親が居なかった俺にとって、あの頃は暇さえあれば、色んな所に行ったり、日が暮れるまで遊ぶなんて当たり前。お祖父ちゃんとも仲が良かったなぁ…。

 

まぁ、其れも今じゃ過去の話だけど」

 

「最初の…」

 

「…友達」

 

「うん」と小さく頷き、アキラは話続けて行く。

 

「三年生になって一ヶ月くらい経った頃に…俺のお祖父ちゃんが亡くなった。俺が産まれるよりもずっと前に見つかった心臓の病気と闘病していたけど、亡くなる三日前に容態が急変して、薬とかも投与したらしいけど、手遅れだったって、親戚の人から聞いた。

 

当時は本当に悲しくて…其れまで、仲が良かった悠ともまともに話したり、遊んだりする事も、全然出来なかった。生きる希望とか活力…そうゆうのが全部削ぎ尾とされて、無気力に襲われて…」

 

今にも泣き出しそうな、掠れた声でアキラは語る。

 

牧園 ジュウゴ…アキラの祖父で、大本営の総大将の座に就いていた豪傑。『お祖父ちゃんが言っていた』と彼が口にした事から、彼が真に正しい選択が出来、心優しい人間となった根幹を創った存在だと言っても過言ではない。

 

だが、彼の表情は段々と暗い影を帯び始めた。

其れはまるで、彼の過去を納めた記憶の箱の蓋が開き、語らずに内封し続けてきた記憶が語れるように。

 

アキラは自身の『最悪の時期』へと至る、過去の話を語り出す。

 

「…お祖父ちゃんが死んで、三ヶ月が経って。気持ちとかの整理も漸く着いた頃…『事件』が起き、俺は其れに巻き込まれて、瀕死の重傷を負った。

 

直ぐに大きな病院に運び込まれて、手術を受けたらしい。けれど、手術中の突然の出血や手術後にも心肺の停止やらが起きたらしくて、俺は『半年』の間、生死の境を彷徨(さまよ)った。

 

手術を担当した先生が言うには『君が再び目を覚ましたのは奇跡だった』…と、そう聞いた。問題は退院した後。…日常に、そして学校に戻った俺を待っていたのは。

 

『親戚の人々に、俺の友達、担任の先生。更には学校全体までもが俺を遠避け、差別し、虐める』。

 

そんな最悪の場所に…変わり果てていたんだ」

 

アキラの真っ直ぐな瞳…其れとは全く真逆の濁りきり、死んだ魚のような瞳。彼が当時をどのように過ごしたのか、真守と結絆は分からない。

 

「俺は其の原因を調べた。虐められ、差別されながら、其れに耐えて。耐えて。耐え抜いて…。其れをやっと突き止めた。そして…知ったんだ。俺を虐げ、差別するように仕向けた犯人を。

 

其れが…『白百合 悠』だった」

 

絶句、彼に掛ける言葉が、返す言葉が無い。

 

眼孔を広げ、彼の言葉を受け止めるしか出来ない。

 

最も信じていた友に裏切られ、絶望の淵へ無慈悲に叩き落とされた事を。

 

「アイツは『記者』になることが夢だった。俺はアイツの夢の為に人知れず利用され、気付いた時には踏み台にされて…アイツにとって俺は、『切り捨てるべき存在』に過ぎなかったのを。俺は…知ったんだ」

 

震える両手を見つめ、アキラは話を綴ってゆく。

 

「学校も親戚の家さえ居場所を失くした俺は、アイツの噂が流れていないであろう、別の学校へ行くために、親戚の人達と『絶縁』して、学校にも転校の旨を伝えて、人知れずに行った。其処で新しい…まっさらな新生活が出来る事を願い、一縷の希望に賭けて。

 

…だけど、俺の考えはあまりにも浅はかで、軽薄だった。

 

転校した新しい学校にも、其の噂が『既に浸透しきって』いて、俺はまた虐めや差別に晒され、勉強どころか日常生活すら、『まともに行わせて貰えなかった』。

 

教科書は破かれ、体操着は焼却炉に投げ入れられ、筆記用具も盗まれ…授業どころか勉強さえ、ままならない。

 

新しい物を買うためにお金を得ようと、学校に秘密で深夜労働に手を着けたりもしたけど、どの店でも二~三ヶ月後には『仕事内容が出来ていない』、『店の金を盗んだ』とか、『売上が落ちた』で自分の身に覚えのない、訳が解らない『こじつけ』で次々に辞めさせられた。

 

学校にも行けず、働いてもリストラの連続。風雨を凌ぐために公園の遊具の中で寝泊まりしていても、マンションを建てる理由で立入禁止の標識が立ったし、橋の下や下水道の入り口で寝ようとしても先客に追い出されて。

 

時には、生きるために生ゴミを漁った時もあった。…ただ、どんな状況でも『万引きと盗み』、そして『身体を売らなかった』のは、一線を越えたら『終わり』だと、自分自身思っていたからだろうね」

 

本来ならば、人間として普遍普通の生活を当たり前に送っていたであろう時間。十歳にも満たなかったアキラが、そんな当たり前の生活が出来ずに、働いても報われず、理不尽と周囲の圧力に押し潰されそうになりながら、一人で孤独と絶望と飢えを味わい、苦しみ、生きながらに地獄を見てきた話は、凄惨なものとして二人の親友の心に、魂に響き、刻み付く。

 

そして、アキラの過去の一端を聞いていた吹雪は、明かされた其の内容に言葉を失い、ただただ深く沈黙と共に目を閉じた。

 

ピリリリリリリ!

ピリリリリリリ!

 

が、ここで結絆のスマフォが鳴り響く。表示には『和歌月 楓』とある。

 

「楓から…?もしも━━━━」

 

『結絆君!?アキラ君達と一緒!?』

 

「……どうしたんだ楓?何かあったのか?」

 

『説明は後よ!早く逃━━━』

 

鬼気迫る声で警告を放とうとした直後、空気が破裂し弾け、爆ぜたかのような『バァン!!』の銃声が響き、同時に電話が切れ、ツー…ツー…と通話終了音のみが流れてくる。

 

「楓!?おい、楓!!」

 

「結絆?」

 

「…さっき楓から電話がきた。だが、俺達に何かを伝えようとした直後に、銃声が聞こえ。…電話が切れた」

 

彼が口にした言葉で、創造したくない結末が頭を過る。

 

「楓達は…どうなったんだ」

 

「俺にも解らない…今は無事を祈ることしか、俺達には出来ない」

 

暗い空気に支配される。アキラの過去で重くなった雰囲気は、結絆に掛かってきた電話の最後に聞こえた銃声で、更に不安が募ってゆく。

 

其の刹那。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

パァン………━━━━━━━

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

乾いた夏の空に、甲高い一発の銃声が鳴り響く。

 

「━━━━━━……え?」

 

立ち上がったアキラの右肩を、迸る痛みが全身を駆ける。撃たれた…そう認識した時には、彼は背中から地面に倒れていた。

 

『アキラッ!!』

 

駆け寄る真守と結絆、吹雪。だが、そんな三人声を挙げる間も無く、膝から崩れ落ちて地面に伏す。

 

《手足の感覚が無くなっていく…これは、『麻酔弾』…か?じゃあなんで、こんな…もの…を━━━━━》

 

答えに辿り着く間もなく、アキラの意識は麻酔により完全に寸断。意識を刈り取られ、眠り伏して動かなくなった。

 

数十秒後…動かぬ四人を取り囲むが如く、四方から『十数人』の黒い影が、音もなく静かに忍び寄る。銃火器を抱えながら、迅速に動く其の者達は腕にロゴを巻いていた。『血の涙を流す、髑髏の首飾りが十字架に掛けられたもの』…禍根の指輪(ダリアス・フレッチェル)の存在を示す、其のシンボルを。

 

彼等はアキラ以外の三人の手足をロープで縛り付け、近くのビルの出入口の柱付近に放置し。アキラは黒い大きな袋へと手慣れたように素早く入れると、何事も無かったかのように、姿を眩ました。

 

アキラ達はこれからどうなるのか?

 

楓達は無事なのか?

 

次回へと続く…

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