将来を有望視された青年が、冤罪で問題山積みの鎮守府に着任されました。 ~地獄の底からこんにちは~ 作:ガリアムス
・艦これ七周年、おめでとうございます!八年目も良き、艦隊ライフを!
俺には恩人が二人いる。
一人は俺のお祖父ちゃんであり、そして俺の道を示してくれた存在、牧園 ジュウゴ。
もう一人は俺が生きるために、様々な技術を与え、父親の様に接してくれた、
何故、こんな唐突な話をしたのか?
其の状況を語る為、少し時間を巻き戻す事にしよう。
* * * * * * * * * * * * * * *
人気のない東京都内を、数台の車が駆けて行く。其の中の一台に乗り込み、惨状と化し、人気のない静寂な街並みを青年が一人、車窓からぼんやりと眺めていた。
彼の名は
彼はかつて、大本営により身に覚えの無い冤罪を被せられ、華裏鎮守府に強制着任させられた過去を持ち、華裏鎮守府が抱える闇と大本営の悪意に向き合い、大本営を変えんとし、様々な人々の思惑が絡み合った結果として、彼の目標は少し違う形にはなったものの達成されたのだ。
《東京をこんな状況に変えた大本営は解体された。だけど、俺達の状況は変わらなかった…》
数日前に発表された、日本の鎮守府の今後。日本政府の決定で鎮守府だった物は自衛隊の枠組みに組み込まれ、活動する事になったが、其の中に、華裏鎮守府は含まれていなかった。十年前に大本営の手で非公認の烙印を押され、此迄幾多の苦難を耐え忍んできた艦娘達…彼女達の努力と、頑張りの日々を全て無下にした日本政府。
大本営の悪意よりも、更に深く、ドス黒い悪意が世界には潜んでおり、アキラは其れを思い知らされた。
《俺達は今、岐路に立っている。…『切り捨てた日本から脱退し、米国の一員として闘うか』。『日本を護るために、日本の一員として在り続けるか』。
このどちらかだろうな》
だが、絶望ばかりではない。米国海軍が華裏鎮守府の提督である自分と、艦娘全員の身柄を受け入れる体制が整っているという情報や、米国海軍長官から直々に自国艦娘の指揮権を譲渡する事が決まる等、強力な後ろ楯を手に入れた。
華裏鎮守府が此の先、どの道を選び、どう進んで行くか。自分一人では決められる自信がないアキラは、華裏鎮守府の艦娘達と協議し、其の道を決めることにした。其の為にも、先ずは華裏鎮守府へ帰らなければならない。
が、車窓から見えた一場面とも言うべき景色に、アキラは運転中のVDF隊員に問う。
「ん…?運転手さん、あれは……」
「あれ?…あぁ、あれですか」
車を車道脇に止め、彼が見る視線の先を隊員は見た。其処には簡易テントが屋台のように建ち並ぶ一つの公園があり、壊された街灯代わりに電気ランタンが灯を照らし、其の光の中で人々が寄り添い合う姿が見えた。人の中には、身体のあちこちに包帯を巻く者や、希望を失い毛布にくるまって
『緊急時避難場所』と指定されている事から、事件で被害を受けた人や爆破等で住む場所を失った人、家族とはぐれた人に、怪我を負った人の一時的な受け入れ場所になっているのだ。
『…酷い物ですよ。大本営が禍根の指輪と結託した結果が、自国の社会的地位の瓦解に加え、あらゆる経済の破壊。国民どころか世界からの信頼を失ったのです。
例え大本営を解体しようと、これだけの事を仕出かした事実は人々の記憶から、決して消えることは無いでしょう。今も、そして…これからも』
僅かながらに、運転手の言葉から怒りの感情を感じる。VDFの隊員達は、禍根の指輪から此の国を護れなかった事を、此の先の人生でずっと悔やみ続けるだろう。
アキラは何も言えなかった。彼等の戦いを見ていれば、其の努力に対し、何か掛ける言葉が見つかったかもしれない。何も『出来ない事』が、アキラには辛い事である。
「…すいません」
『いいえ…貴方が謝る事は無いです。貴方は私達よりもずっと危険な場所で、大事な人を護り抜いた。
誇ってください。貴方が成し得た自分の偉業を』
バックミラー越しに隊員の顔を見るも、やはり防弾ヘルメットで隠され、表情は分からない。
「あの、窓…開けても良いですか?」
「はい。今、開けますね」
操作し、自分と外を隔絶していた硝子の壁が下がり、車内へ風が雪崩れ込む。
「あ………━━━━」
其の風の中でアキラの嗅覚にフワリと、つい『四ヶ月前』まで嗅ぎ馴染んだ、優しく柔らかな、食欲をそそる『干し椎茸と昆布と鰹節を絶妙な配合で取った出汁の香り』が飛び込んできた。
『む、良い香りですね。誰か炊き出しをしているんでしょう《ガチャリ…バタン!》…あれ?』
車の扉が開かれた音がし、隊員が振り返った時にはアキラは車の外に飛び出して、公園の方へと走っていく姿であった。
『ちょっ━━━!?要人護衛並びに輸送中のVDF隊員に通達、牧園 アキラが公園へと走り出しました!至急車を停止し、彼の護衛を行うべし!
繰り返す!牧園 アキラが公園へと走り出しました!彼の護衛を行います!』
無線で呼び掛け、アキラの後を追う。其れを聞き、他の車も車道脇に止まり、隊員達は最低限の人数で彼の後を追い掛け始めた…。
* * * * * * * * * * * * * * *
「はっ…はっ、はっ…はっ……!」
公園に集まった人混みの中に飛び込み、嗅覚が知っている匂いを辿り、其の元を目指すアキラ。
人に当たらぬように、通れる隙間を見つけながら、スルリスルリと駆け抜ける。
《あの匂い…あれは『篤さん』が俺に教えてくれた『
徳丸亭…それは嘗て、最悪の時期にあったアキラが、社会や人々から謂われ無き誹謗中傷に晒され、数多の困難を投げ掛けられ、心身共に傷限界以上に傷付き、餓死一歩手前にまで追い込まれて倒れた時があった。
そんな彼を助け、看病し、人間不信を和らげ、家族と呼び、生きる為の様々な技術と知識を与え、再び人を信じて前へと歩けるようにしてくれた、彼にとって『家』に等しい場所である。
其の徳丸亭の亭主が、彼の恩人…篤さんなのだ。
《篤さん…!篤さん、篤さん、篤さんッ…!》
走って、走って、走り続け。匂いはどんどん濃く、強く、近付いてきた。
《此の辺り…何処だ!何処に…ッ…!もう一人の俺、力を貸してくれ!》
《ンン…?ヒト、サガシ…カァ…、オモシレェ!》
全神経を嗅覚に収束、更にもう一人の自分の嗅覚を組み合わせ、居場所を確実に炙り出さんとする。
《!…匂いが、繊細に感じ取れる!》
《アタリマエ…ダ、オレノ…チカラ…ナメンナヨ?》
獰猛な笑みを横目に、研ぎ澄まされた嗅覚が遂に、目的地を完全に特定した。
《分かった…!彼処だ!》
無我夢中に駆けた。人混みを抜け、走り続けて、彼は其所へと辿り着く。
組立式のテントの下で『徳丸亭』の暖簾を掲げ、長方形の机を境に人々が長い行列を作り、彼等に暖かな豚汁と焼きおにぎりを手渡す者達の姿を視界に捉えた。
「あ………」
其所に彼は居た。料理人が袖を通す真っ白な調理服に?キラリと輝く徳の文字。七十代とは思えない、きびきびとした動きと繊細で熟達した包丁裁き。弟子達を無駄無く動かし、素早く客一人一人に真心を込めて対応する姿勢。
アキラの恩人、篤さんこと
「篤さん…無事、だったんだ…」
胸の内から熱いものが込み上げ、じんわりと涙が溢れてきた。
提督として責務にあたる為に四ヶ月前、これまで八年もの間、苦楽を共にした職場を退職したアキラ。徳丸亭で最後の仕事を終えた後、篤さんやこれまで一緒に仕事をしてきた同僚や仲間達からの送別会と、去り際に手を振られ、見送られた時の記憶が、彼の頭の中に鮮烈に蘇る。
「良かった…本当に、良かった…」
胸を撫で下ろし、同時に涙が頬に溢れた。
と━━━━━━。
「ねぇ、あれ。牧園 アキラじゃない?」
何処からか声が聞こえ。
「ホントだ…牧園 アキラだ…」
「ウソ、本物…!?」
声はざわめきに変わり出し。
「襲撃事件の黒幕・大本営の闇を暴いて、解体の流れを生み出した人!」
「マジもんの英雄じゃねーか!」
「やっべ、サインして貰えるかな!?」
「握手して貰お!」
ざわめきは興奮と熱狂へと変革し、彼の周りに人が集まっていった…。
* * * * * * * * * * * * * * *
『で、どうしてこうなったんです?アキラさん』
避難場所となった公園、其の一角に並んだ人々を見てVDF隊員の一人は、発端となった存在…アキラに対して問い掛ける。
「知り合いだった人が作っていた、出汁の匂いと同じだったので、もしかしたらって思いまして…あ、どうも。
それで確認し終えて戻ろうとしたら…」
『周りの人々に捕まって握手会じみた物になった…と』
「そうゆうことです」と、アキラは隊員に事情を説明しつつ、次々に訪れる人達が差し出す手を取り、戸惑いながらも握手に応じたり、渡されたペンで小物の端に小さくサインを書いたり、写真撮影に応じていたりしている。
其れを受け取った女性の一部はキャーキャーと黄色い声を挙げたり、男性でも「頑張ってください」とか「応援してます!」等の温かな応援を受けた。
『あ!大丈…どうなってるんです、コレ?』
『見ての通りだよ…訳が分からない』
他のVDF隊員達もやって来て、目の前の状況を問い掛けるも、ただただ、ありのままの答えが返ってくるだけだった。
そうして騒ぎが終息するまでに一時間程、彼等はアキラの周りに不審な人物が居ないか、細心の注意の下、護衛を行う事になった…………。
* * * * * * * * * * * * * * *
「ごめんなさい。俺の身勝手な行動で御迷惑を御掛けしました…」
一時間後、漸く人集りの中心から解放されたアキラは、何処と無くグロッキーな状態になりながら、隊員達に頭を下げる。
『人気者は大変ですよね。家の隊長も、あまり人に集られるのは好きじゃなくて…悪い人では無いのですが』
『そうそう。総司令とか他の隊長とくらいしか、飯食ってるの見てないし』
『確かに』と隊長達は頷き合っていた。VDF日本支部の隊員を束ねる月瀬 甲染の、意外な一面である。
「久し振りだな、アキラ。…無事、提督になれたようだな」
聞く耳に懐かしく、優し気な声が響く。所々に黒じみとシワが点在した顔、両腕の皮膚はヨボヨボにしなれ、然れど其の瞳は若者にも負けていない強さを含む。
「はい…篤さん。御久し振りです」
「誠実さと真面目な所は…相変わらずか」
アキラの誠意の一礼に、篤之助はフッと微笑みつつ、後ろに目配せを送る。其の行為を見た弟子の一人が頷き、紙皿の上に焼きおにぎりを沢山乗せ、紙コップに人数分の豚汁を注いで、彼の元へと持ってきた。
「親父さんからの差し入れです。VDFの方々もどうぞ」
『現在は任務中の身では在りますが、其の御厚意はありがたく賜ります。後でいただきますね』
軽く敬礼し、焼きおにぎりと豚汁を受け取った隊員達は近くの茂みまで歩き、再び周囲に目を光らせ始めた。
「…少し座るか」
「そう、ですね…」
二人は近くの段差に腰掛け、豚汁の水面を見つめる。何を話すべきか…そうして数十秒程の時が過ぎて、アキラが先に話を切り出した。
「あ、あの……お店。…料亭は、大丈夫…でしたか?禍根の指輪の被害を受けた…とか……」
心配そうな様子で、オロオロとしながら問い掛ける。彼の顔と言動から、此方を心配しているのが伝わり、篤之助はアキラに対し、こう返した。
「あぁ。店は禍根の指輪とVDFの戦闘で大部分が傷付いて、水道や電気はやられたが、俺も『初』を含めた関係者と家族も、傷を負ったが全員『無事』だった。
ある意味で…幸運だったんだろうな」
そう言って篤之助は焼きおにぎりを頬張り、熱々の豚汁をグイッと飲む。紙コップを握る手は少し震え、彼の目は一瞬、怒りを纏った鋭い物に変わる。篤之助は昔から『家族』というものに対し、病的とは行かずとも『執着』する言動が多々あった。
其の家族という『繋がり』に拘った事が、アキラの『最悪の時期』を終わらせる大きな理由となり、同時にアキラ自身、本当に欲しい物が『決して切れる事の無い、繋がりであり絆である』事を心に刻む事になったのである。
「…『覚えているか』、アキラ?」
そんな折、篤之助がアキラに声を掛けた。
「『八年前』…だったな。お前と俺が出会ったのは」
「…そうですね。篤さんには…感謝しています。今でも忘れた事はありません」
アキラは目を閉じる。そうして彼は、記憶の図書室に眠る過去の記憶の本達を静かに引き出し、ページを捲り、思い出す。嘗ての自分なら見向きもせず、遠ざけ、心層の最奥に封じ込めた『最悪の時期の記憶』を…。
今こそ…いや、今だからこそ。其の記憶に向き合うべきなのかもしれない。
自分自身の為にも、そして…未来の己の為にも。