「よかったんですか、先輩……。レイシフトをこんなことに使ってしまって……」
「いんじゃない偶には? ダ・ヴィンチちゃんに許可は貰ったし、他のサーヴァント達もちょくちょく使ってるらしいしね」
青い空、照りつける太陽。広がるのは透き通るほど綺麗な海と白い砂浜。
今二人がレイシフトした先は、いつぞや迷い込んだ孤島。石造りの井戸や木製の小屋、畑さえも以前のままである。
「一週間休みをもらったから、ここでまた夏を過ごそうよマシュ」
そう言って笑う立香を見て、マシュは頬を染めながら顔を背ける。
「先輩がそう言うのでしたら……」
「じゃあ早速水着に着替えようか。マシュは小屋で着替えてきなよ、俺はその辺で着替えるからさ」
「そんな! マスターである先輩を一人には……!」
マシュの言葉を遮るように、立香がマシュの唇に人差し指を当てる。
「じゃあ、小屋で、二人一緒に、着替えるかい?」
言葉を区切り、強調することでその場面を想像しやすくする。
するとその状況を想像したのか、マシュの顔が茹でたタコのように真っ赤に染まった。
「あ、いえ……その……」
慌てふためくマシュを見て、立香は小さく吹き出した。
「あはは、ごめんごめん。今のは意地悪だったね、ここにはエネミーは居ないだろうから、俺は外でも大丈夫だよ。気にせずマシュは小屋で着替えてきなよ。流石にここでカルデアの制服は暑いでしょ?」
マシュが今身につけているのはいつもカルデア内で身につけている制服だ。やはりこの島でその格好は暑いのか、既に前髪が額に張り付いている。
「そ、そうですね! では素早く着替えてきます!!」
マシュは慌てた様子のまま自分の荷物を抱えて小屋へと走って行った。
「さて、じゃあ俺も着替えようかな。清姫、来てないよね……?」
いつもふふふと貴方の後ろに、這い寄る清姫……は今回お休みです。
──────
先に着替え終わった立香が、ビーチパラソルとブルーシートを広げていると、後ろから声をかけられる。
「先輩、お待たせしました」
振り向くと、そこには着替え終わったマシュが立っていた。
「あの……変ではないですか……?」
薄紫色の、ビキニタイプの水着に水色のパーカー。水着の左胸には青い蝶が刺繍されている。
「変なんかじゃないよ、凄く似合ってる。綺麗だよマシュ」
「あ、ありがとうございます先輩! 先輩もとても似合っています!」
立香は黒の短パンタイプの水着に同色のパーカーというシンプルなスタイルをしている。
「ありがとうマシュ。じゃあ早速あそ……。いやその前にやらなきゃいけないことがあったね」
「準備体操ですね」
「違うよ」
バッサリと否定した立香は、自分のバッグから小瓶を取り出す。
「先輩、それは?」
「オイルタイプの日焼け止め。塗っておいて損はないと思って持ってきてたんだ。ささ、マシュここに横になって」
「では、お言葉に甘えて。お願いします先輩」
マシュがパーカーを脱いでブルーシートに横たわると、その形の良いマシュマロが潰れる。
「ん、じゃあ塗っていくよ。冷たいけど我慢してね」
手にオイルを垂らし、マシュの背中に塗っていく。
「ん……」
背中に塗られたオイルが冷たかったからか、はたまた立香の触れる手が心地良かったからか、マシュが小さく声を漏らす。
肩、肩甲骨、腰の順にオイルを塗っていく。そして塗っていく範囲を広げるにつれマシュの頬は赤くなり時折声を漏らす。
「はい、終わったよマシュ。くすぐったかった?」
「あ、え!? は、はいありがとうございました! 後は自分で塗りますね!」
「分かった、はい」
立香はマシュにオイルの瓶を渡すと準備運動に入る。
(さっきの先輩の手、とても気持ちよかっ……!)
そこまで考えた自分が、とてもはしたなく思えたマシュは、頭を振って思考を振り払い急いでオイルを体に塗った。
──────
「いやー、随分はしゃいだね」
「寧ろはしゃぎ過ぎた気さえします……」
陽が傾き海に夕焼けが差す頃。立香は浜辺に立ち海を見て笑い、その隣では今日一日を思い出してマシュが膝を抱えて顔を埋めている。
今日二人で遊んだのはビーチバレー、スイカ割り、水鉄砲の掛け合いなどを年相応に楽しんだ。
その光景はとても楽しそうで、人理救済という大きな戦いに身を投じていた少年少女には見えない程だ。
ビーチバレーではマシュが思わずボールを力一杯叩いてしまい、立香が緊急回避したり、スイカ割りでは木の棒で叩いたはずのスイカが綺麗に両断され、水鉄砲の掛け合いでは転んでしまい立香に抱きつくという、マシュにとっては嬉し恥ずかしい思い出となった。
「さ、そろそろ片付けて食事の準備をしようか。先にシャワーを浴びてきなよマシュ」
「あれ? 先輩、シャワールームって複数ありませんでしたっけ?」
「隣で浴びていいなら俺も一緒に浴びるよ」
「あ、えっと……。さ、先に浴びてきます先輩!」
またも顔を茹でタコのように赤く染めながら、可愛い後輩は走っていった。
「さて、じゃあ俺の方も作業始めようか」
立香はバッグを持ってキッチンへ向かう。
キッチンに着いた立香は、バッグから材料を取り出す。米、人参、たまねぎ、牛肉、じゃがいも。典型的なカレーの材料だ。
飯盒でご飯を炊き、食材を切りながら立香はマシュのことを考える。
(今日の夜、マシュに告白しようかな……)
今回の休みの目的、それはマシュに告白すること。
(今日は休みの一日目。ここで告白して玉砕したら、絶対に残りの休み全部に気まずい空気が流れる。マシュが俺に多少は好意があるのは分かる。けどそれが異性としてのものか、先輩としてのものか分からない。だから、怖い……)
考え事をしながらも調理を進めていく様は、器用の一言に尽きる。
どうしたものかと考えていると後ろから先輩、と呼ぶ声がした。
「あ、おかえりマ、シュ……。おぉ……」
一旦火を止め振り向くと、そこには赤いジャージを着たマシュが立っていた。
サーヴァントの中には現代の学校に興味を持つ者も少なくない。そのため、ダ・ヴィンチちゃん提案ヴラド公(狂)制作で、カルデア学園(仮)ジャージが作られたのだ。マシュが来ているのはその女性用である。
「マシュもそれ買ったんだね、似合ってるよ」
「あ、えと……。ダ・ヴィンチちゃんが野外でのお泊まりならこれを着るべきだよ、と渡して来まして……」
ジャージを着慣れないのか、落ち着かない様子で袖や裾を引っ張っている。
「あ、先輩! 後は私がやっておきますので、先輩もシャワーを浴びてきてはどうですか?」
「そう? じゃあ頼もうかな、分からないことがあったらタマモキャットの書いたメモを読んでね。読める字だとは思うから」
「はい! おいしいカレーを作って待ってますね!」
──────
立香は一人、暖かいシャワーを浴びながら考える。勿論マシュのことだ。
気持ちを伝えるかどうかが、未だに決まらない。好きという気持ちは確かでも、一歩踏み出す勇気を持てない。
(考えたって仕方ないことは分かってる……。でも同時に急がなくていいとも思ってしまう……。世界を救うことは出来たのに、女の子一人に告白出来ないなんて、笑うしかないな……)
「進まなきゃ、始まらないよね……」
怖くて仕方ない、フラれることを想像するだけで泣きそうになる。
そんな中でも立香は告白することを決意して、シャワー室を出た。体を拭き、カルデア学園(仮)ジャージの男性用を身に纏った立香はマシュの元へと戻る。
戻ってきた立香を迎えたのは笑顔いっぱいの後輩と木製のテーブルに並べられた暖かい料理だった。
「先輩遅かったですね、もう少しで様子を見にいくところだったんですよ?」
「ごめんごめん、じゃあさっそく食べようか」
「はい」
「「いただきます」」
二人は向かいあって座り、食事を始める。
食事の時も、二人の間には笑顔が溢れる。初めて二人が出会った日のこと。特異点を巡ったこと。沢山のサーヴァントと出会い、別れ、カルデアで再会したこと。思い出話に花が咲く。
共に並び戦って、お互いに助け合い、人理救済を果たして今がある。今この時だけは、この二人に年相応の平穏と幸福が与えられるべきだろう。
──────
「すっかり日が沈んでしまいましたね先輩」
食事を終え、片付けた頃には空に月が上り、星と共に輝きを放っている。
「こうやって安心して空を見上げるのは、もしかしたら初めてかもしれません」
「特異点だとどうしてもエネミーを警戒して、満足に空なんか眺める余裕なんかないもんね。後少し星を眺めたら今日は寝ようか」
「はい、先輩」
こんな平和が続けばいい、二度とマシュを戦いに連れて行く日が来なければいいと、叶うかもわからない願いを立香は心の内で唱えた。
星空の観測に満足した二人は小屋に入ると、ランプに火を灯して布団を敷いていく。
布団を敷き終え、後は入って寝るだけとなったときに立香が口を開く。
「ねぇ、マシュ」
「なんですか先輩?」
怖い。緊張する。ただ想いを伝えるだけなのに、それだけのことに身が竦む。心臓の音がやけに煩い。
「マシュ。俺、マシュが好きなんだ。後輩としてじゃなくて、サーヴァントとしてじゃなくて、一人の女性として、マシュが好きだ」
「え……?」
(言った!! 言ったーー!!)
「もう一回言うよ、俺はマシュが好きだ」
立香の顔は羞恥からか、はたまた緊張からか赤くなり、マシュは戸惑いながらも立香からの言葉を内心反芻して顔を赤くする。
「あ、あの……えっと……」
(戸惑ってる? 焦ってる? だとしてもこれはもう勢いで押していくしかない!)
立香はマシュの側に寄り、両肩を優しく掴んだ。朱に染まる頬、小さく開いた口、期待とも不安とも取れる色を見せる瞳に理性が揺れ、恐怖、緊張、不安がぐだ男の背中を押した……。
無理矢理にマシュの唇を奪う。甘い香りと柔らかな唇が緩やかに立香の理性を崩していく。
トン、と軽く押されて立香はマシュから離れた。
「先輩……。私は、恋愛について深い知識があるわけではありません……。ですが、そんな私でもこういうのは少し、違うような気がします……」
その一言でハッと立香は我に返り、マシュを見る。するとその目には薄く涙が浮かんでいた。
「っ……! ごめん、マシュ……。夜風を浴びて頭冷やしてくるね……」
頭を撫でようと手を伸ばした時、マシュが少しだけ離れる。
立香はそれを追わず手を引っ込めて、一人そっと小屋を出た。
小屋が小さくなるまで離れた立香は、近くにあった木を思い切り殴りつけた。鈍い音と共に拳に痛みが走り、血が滲む。
「何やってんだよ…………馬鹿野郎が…………!」
小さく、低く叫ぶ……。小屋にいるマシュに聞かれないために。
「勇気を出すって、覚悟を決めるってこういうことじゃないだろ……!」
腹の底から湧き出す怒りを抑えるために、また木を殴る。
「ホント……なにやってんだよ俺は……」
膝をついて項垂れる。戻った時にマシュに心配されないよう右拳に治癒魔術をかけながら、木にもたれて空を見る。
「嫌われちゃったかな……後でまた謝ろう……」
数分の間を置き小屋へと戻る。暗い小屋の中、奥側でマシュが立香に背中を向けて寝ていた。
「ごめんね……マシュ……」
聞こえているかも分からない相手に呟き、立香も自分の布団に入って眠りにつく。
──────
立香が出て行った後、マシュは一人、唇を人差し指で撫でてさっきの言葉と感触を思い出す。
「一人の女性として、好き……」
その言葉を告げられた瞬間、胸の高鳴りを、頬の紅潮を感じた。
立香が近づいたときその胸の高鳴りは一層強くなり、恐怖とも、緊張とも違ったドキドキを知った。
否、マシュはこのドキドキを何度か味わったことがある。カルデアで、レイシフト先で、何度もドキドキしたのを思い出す。
そのときはこれがなんなのか分からなかった。だけど今日、それをようやく理解した。
「私も、マスターとしてではく……先輩としてでもなく……一人の男性として先輩が好き、なんですね……」
胸の中の疑問が解けた。自分は先輩が好きなのだと、likeではなく、Loveなんだと。
キスされたときには心が暖かくなった。だが肩を掴む手に手に力が入ると同時、立香の雰囲気が変わったために怖くなって思わず突き離してしまったのだ。
「私は、先輩に襲われそうになったんですね、きっと……」
再認識した途端、背中に冷たいものが走る。
相手が意中の相手であろうと、襲われそうになれば怖いのは当然のこと。次に顔を合わせた時に、どんな顔をすればいいのか分からない。
マシュは布団に包まり頭を悩ませる。考えても簡単に結論は出ない。
(先輩が帰ってくる前に寝てしまいましょう……)
そう思って眠りにつこうとした瞬間、ドアを開ける音がした。
一瞬驚いたが、寝たふりをすることにして目を閉じる。
「ごめんね……マシュ……」
その言葉を聞いた途端、ギュッと胸が締め付けられた。何故謝るのか、謝るくらいなら何故あんなことをしたのかと問い詰めたくなる思いを抑え、無理矢理に眠りに着く。
「おはよう、マシュ。よく眠れた?」
翌朝、立香はいつもと変わらない笑顔でマシュに挨拶する。
(なんでしょう……。いつもと同じはずなのに、なにか違和感が……)
昨日のことなどなかったかのような態度に怒ることなく、それよりもなんとなく感じる違和感に胸を痛ませる。
「朝ごはん出来てるよ、食べようか」
昨日と同じく向かい合うように座り食事をする二人の間に会話は無い。お互い昨日のことに触れたく無いのだろう。
だがそんな会話の無い状況でもぐだ男は笑って食事を進める。
(なんなんでしょうか、この違和感は……。凄く、もやもやします……)
この日、マシュはそのもやもやについて頭を悩ませながら一日を過ごした。
二日、三日と経ってもそのもやもやが晴れず、更には立香が本当に初日の夜何もなかったかのように接してくる様子に、どうしたらいいか分からなくなり気まずいまま六日目の夜。一人外に出てカルデアと通信する。
『おやマシュ、どうしたんだいこんな時間に?』
モニターに映るのは我らが天才ダ・ヴィンチちゃん。この人に相談すればなんでも解決! というわけではない。
だが今のマシュは誰かに胸の内を聞いて欲しくて仕方なかった。解決するかは別として、ただ相談したかった。
『今はマスター君と休暇を満喫して……る顔では無いね。なにかあったのかい?』
「はい、実は……」
マシュはダ・ヴィンチちゃんに全てを話した。
初日の夜に何があったか、そしてその翌日からの違和感と立香の態度、その全てを。
『成る程、それは確かに難しい問題だね。いやはやいつの時代も男というのは好きな子を前にすると狼になるものだネ』
「あの……それで先輩はどういう意図があって翌日からあんな態度を……」
『うん? それについては簡単なことだと思うヨ?』
「簡単、ですか……?」
『キミがこのタイミングで聞いてきたということは熟考して、それでも尚分からなかったからだろうネ。だから私はちゃんと教えてあげるとしよう』
「何故か含みのある言い方ではありますが、お願いします……」
『それはだねマシュ、不安にさせたくなかったんだと思うよ、キミを。不安にさせたくないがために、普段通り、今回に関して言えば普段通り振る舞えるように距離をとったと言ったところかな。まぁ効果の程はキミ自身が一番分かってることだろう』
距離をとっている。その言葉でようやくあの違和感がなんだったのか理解した。壁だったのだ、心の壁。
ダ・ヴィンチちゃんの言葉を借りるのであれば、『普段通り振る舞える距離』になるよう自身とマシュの間に壁を作ったというところだろう。
「そんな風に思っているだなんて、分かりませんでした……」
しょげるマシュを見て、ダ・ヴィンチちゃんは子を叱った後の親のような表情で見つめる。
『気に病むことはない、今回は彼が行動選択を間違えただけさ。いつもと違う様子を見せれば、キミは自分を責めただろうからネ。それが分かっているから、彼はいつもとおんなじ態度で接したんだと私は思うよ』
「はい……。今思い返してみれば、理解できます。私は先輩への理解が足なかったんですね……」
『人が人を理解する。それは簡単なことじゃあない。いつの時代、どの国の王だって他人を完全に理解した人はいないと思うよ。話が逸れたね、マシュはどうしたい? 彼とギクシャクしたままでいいのかい?』
マシュはブンブンと首を大袈裟に振って否定する。
「それは嫌です! 私は先輩ともとの関係に戻りたいです!」
『元の関係でいいのかい?』
「それは……」
『彼がキミを好きなように、キミも彼が好きなんじゃないかい? こう言うのも意地悪だとは思うが、カルデアに戻ってくればまた色んなサーヴァントと取り合いになるのは火を見るよりも明らかだ。それはキミも分かるね?』
「はい……」
『そして今、キミは彼と二人きりだ。私としてはこのチャンスを逃す手はないと思うよ。今を生きる人であるならば、望むものは自分から手を伸ばして掴み取らなきゃね。私からはそれだけだ』
「……はい、ありがとうございました」
通信を切って、マシュは浜辺に座り込む。
今を生きる人であるならば……。その言葉が嫌に胸に刺さる。
「私は……どうすれば……」
迷い、悩み、頭を抱える。答えは出てるはずなのに、そこに踏み込む勇気が持てない。
「マシュ」
聞き慣れた声がする方を見ると、いつも自分の隣で笑い、いつも自分の後ろで指示を出してくれたマスターが立っていた。
「先輩……」
「ごめん、余計なお世話だったかもしれないけど……。遅いからなにかあったんじゃないかって思って……」
「そ、そんなことないです! ……心配をおかけしました、今戻りますね……」
沈んでいく夕日を背景に、いつものように二人は並んで歩く。いつもと違うのは、二人の服装と間に流れる空気くらいだろう。
立香と二人、小屋に戻ってきてからもお互いに一言も話さない。小屋の中心に置いてあるランプの火だけが寂しそうに揺れる。
先に沈黙を破ったのは立香だった。
「マシュ……あの……初日は、ごめん……」
「どうしたんですか、いきなり……」
「まだちゃんと謝ってないなって思って……」
「…………」
「…………」
「明日で休みが終わりだし、ここにいるのは今日で最後だね。俺は、すごく楽しかったけど……マシュは……?」
即答できず、考え込む。
初日は、勿論楽しかったと言えるだろう。その夜にあんなことがあったとはいえ、翌日からも立香はマシュを楽しませようと色々と考えていてくれていた。
「私も……楽しかったです……」
膝を抱えて顔を埋める。楽しかったのは本当だが、未だに心の整理がつかず顔を見て話せない。
「先輩は、なぜ私にあんなことを……?」
あんなこと、がなにを指すかすぐに分かったのだろう。立香の顔が曇る。
「好きだから……マシュが好きだからだよ……。他の誰でもない、マシュだから……」
「そう、ですか……」
「今言っても言い訳にしかならないけどね……。マシュは、俺が初めて好きになった女の子なんだ。そしてこれからもマシュ以上に好きになる女性とは出逢わないって、確信を持って言えるよ」
悲しげに告げられ、マシュは泣きそうになる。
その想いの強さに喜びで泣きそうになり、自分にはそこまで思われる価値など無いと卑下して泣きそうにもなる。
「マシュは、どう……? 俺のこと…………」
嫌いになった……?
その一言がマシュの心にとどめを刺した。即座に立ち上がり、怒気を孕ませ叫ぶ。
「そんなわけないじゃないですか! そんなことで、先輩を嫌いになんかなりません! 私だって先輩が好きです! 大好きです! 誰よりも! なによりも! 告白されて嬉しかったです、でもどうしたらいいかわからなくて、あんなことされて尚更戸惑って……。 それで……それで……!」
ポロポロと涙が零れ落ちる。拭っても拭っても溢れて止まらない。
ギシリ
床が軋む音がして前を向くと、立香が直ぐ側まで歩み寄ってきていた。
「先輩……」
「ごめん、マシュ……。本当にごめん……」
温かさを感じた、人の温かさを、命の鼓動を……。
抱き締められ、頭を撫でられたんだと理解した瞬間、嗚咽を漏らすほどに大泣きしてしまう。
「あ……うっ……うぅ……!」
立香のジャージの裾を掴み、その胸に頭を預ける。
「よかった、嫌われてなくて本当によかった……」
「嫌いになんか、なるわけないじゃないですか……先輩のバカ……」
それから泣き止むまでの三十分、立香はマシュを優しく抱き締めた。
「先輩、大好きです……」
「ん、俺もだよ、マシュ……」
マシュが目を瞑り、そっと顔を上げる。立香はそれに応えるように、そっと唇を重ねた。
──────
「さて、荷物は全部片付けたね。じゃあ帰ろうかマシュ」
「はい先輩!」
二人はダ・ヴィンチちゃんに連絡し、カルデアへと帰還する。
「やぁ、おかえり二人とも。休暇は楽しんできたかい?」
「勿論! 楽しい六日間だったよ、ありがとうダ・ヴィンチちゃん。あ、それと一つ報告があるんだ」
「なんだい?」
「俺とマシュ、付き合うことになったんだ」
ダ・ヴィンチちゃんは小さく笑うと、二人に祝福の言葉を投げる。
「そうかい、それはおめでとう。これからの二人の幸福を心から願うよ」
〜fin〜