かつて巳白村と呼ばれた温泉地・巳白町には咲かない花がある。
それは咲かないのではない咲けなくなったのだ。
その理由を知る者はいない。
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私は其方を待っていたのに…
何故、来ない?
来ないのなら…
手に入れるまでだ。
八重桜の悲恋・壱
これはヴィルダークが修行の旅に出る前に起こった出来事。
とても不思議でとても悲しい話。
この話の舞台は揺らぎの世界よりお送りします。
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『三界事変』の後、私達は再び次元の歪みに巻き込まれてしまい…
ここ物質界の閉鎖区域『渋谷』へと流れついてしまった。
元々、その世界の事を知っていた私は機体を異空間に隠してしばらく様子を伺う事にした。
そして森羅のエージェントである零児さんと小牟に発見され、元の世界へ戻れるまでご厄介になる事となった。
時折、彼らの仕事を手伝う事もあったが…
『三界事変』での激戦が原因で私は念の力を使い過ぎてしまいその能力は限定され、彼も元の体力を失っており普通の人間よりも少し強い程度の力しか引き出せなくなっていた。
激戦の消耗は肉体の限界を超えていたのだ。
命があっただけでも奇跡だっただろう。
本来の力が戻るまで静養すべきと助言を頂き、私達は秘境の温泉と呼ばれる温泉に訪れた。
「はぁ~♪」
巳白町と呼ばれる温泉地にて、私達は一時を過ごしていた。
「静かで落ち着くね。」
「そうだな。」
一緒に入っていると思われる発言だが、男女別の温泉なのでご注意を。
昔ながらの竹で作られた高い壁に遮られており、男湯と女湯が隣接する様に温泉が流れているのである。
一応、混浴もあるが夜のお楽しみと言う下膳な考えは持ち合わせていない。
「傷の方は?」
「…」
彼は温泉特有の濁り湯から湯に浸かっていた腕を引き上げた。
「全快とは言えないが何かが戻る感覚はある。」
「小牟が進める事だけはあるね。」
「お前の方はどうなのだ?」
「かなりデリケートな問題だから体力を戻しても後は私次第かな?」
「そうか…お互い、無理をし過ぎたな。」
「そうね、でも…後悔はしていないわ。」
私は「いつか解り合えるように『縁』を繋いであげられたから」と答えた。
「その結果がこれだが?相変わらず無茶ばかりするのは変わらんな。」
「似たような事ばかりする貴方にだけは言われなくはないのですが?」
「「…」」
売り言葉に買い言葉。
二人にとってはいつもの会話である。
かつては皇帝とその懐刀、又は巫女とその守護者。
互いに争い合った事もあったが戦う事でその想いを理解した。
そして世界を掛けた戦いに勝利しその後に始まった旅路は二人に与えられた唯一の休息だったのかもしれない。
混乱の最中に放り出されるのは相変わらずであるが。
それでも切り抜ける為の才覚を備えていた。
知識と武力そして運と仲間。
それらが合わされば奇跡を呼ぶ。
そして『縁』は様々なものを繋ぐ。
それは良いものも悪いものも繋いでしまう。
先を視る力を引き出せない彼女らに降りかかる災厄はこれから起こる事を知る術はない。
「ねえ、ヴィル?」
「…」
「何か嫌な気配を感じる。」
「お前もか…霊泉だったか?そう呼ばれるこの水源に混じる異様な気配を?」
「昔取った杵柄じゃないけど…お互いにこの癖は抜けないね。」
偽りの平穏な世界に飛ばされる前はいつ死ぬか判らない戦場の世界で戦っていた。
油断すれば足元を掬われ、待つのは死だけの戦乱の世界。
そのせいか、殺気などの気配に敏感に感じ取りやすいである。
「この様な平穏な世界でも争いの気配は存在するのだな。」
「ここは人の世に隠れて魑魅魍魎が跋扈する世界だから…ね。」
「フッ、ここもまた油断すれば命のやり取りが行われるのか…」
「境界に足を踏み込まなければ別よ、運悪く入り込んでしまったら抜け出す事は出来ないけど…」
「それもまた肯定するのがこの世界の理だろう?」
「そうね、それも世界が定めた摂理と理不尽だから…」
私達は一先ず、湯から上がって服を整えた後に感じ取った気配を探しに宿を出ようとしたが既に夜も更けて来た。
気配の正体が分からない以上、深追いは辞めて翌朝に探索をする事に決定。
既にその存在によって手中に居るとするのなら無暗に動かない方が良い。
例によってとあるシナリオで同じ様な手で散々後手に回された経験があるので慎重に行く必要がある。
「お前はあの気配をどう思う?」
「はっきりとは言えないけど…あの気配からは悲しみも感じ取れた。」
「そうか、俺には憎しみにも感じ取れたが…」
「それにも何か意味があるのかもしれない。」
「…」
私達は宿泊している部屋で一息つき、温泉で感じ取った気配について話をしていた。
そして壮年位の仲居の女性がお膳を下げに部屋を訪ねて来た。
「温泉の方は如何でしたか?」
「はい、とっても気持ちよかったです。」
「それはよかったです、何分この様な山奥ですので若い方が訪ねて来られる事が少なくて…」
「とても静かで過ごしやすいのに…」
「恐らくは伝承のせいなのかもしれません。」
「伝承?詳しく聞いても?」
「私はあまり詳しくはないので、もし宜しければ女将さんに話しを通しておきますが?」
私達は仲居の女性に頼み、この宿を切り盛りする老齢の女将にその伝承を聞く事にした。
ご丁寧に食後のお茶も用意して頂いた。
「お忙しい所、ありがとうございます。」
「いえいえ、この町の伝承に興味を持って頂いて…」
「いえ、私も大学の方で民俗学を専攻しているものですから。」
「ああ、確かお二人は学生さんと助教授さんでしたね?」
学生と助教授と言う身分はこちらの世界で動く為に零児さんの伝手で用意して貰ったものだ。
流石に異世界の軍人ですと紹介するのも問題がある。
その為、表向きは学生と言う事で通している。
「では、始めますね。」
老齢の女将はこの町の伝承を話し始めた。
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今から数百年も昔の事です。
この町がかつて巳白村と呼ばれている頃の話。
開拓されたばかりの村で人の数は少ないものの。
土地神様の許しを得て村民達は穏やかに暮らしていました。
そして村民が土地の生活に慣れ、しばらくしてからの事です。
村に住む美しい娘に土地神様は恋をされました。
しかしその村長の娘には村に住む許婚の青年との婚姻が決まっていました。
娘も青年との結婚を望んでいた。
土地神様はどうしてもその娘と添い遂げたいと村にお告げを出しました。
『次の祭りの日に村長の娘を神嫁として差し出す事、叶わぬ場合は村は不作となるだろう』
娘は大層泣き叫んだとの事です。
泣く泣く娘は村の為にと許婚との婚姻を取り止め、神嫁として嫁ぐことになりました。
そして許婚は娘の為に八重桜を娘と過ごした場所へその苗を植えるといずこへと消えてしまいました。
娘は許婚との最後の別れも出来ずに土地神様の元へ神嫁として去って行きました。
その後、約束通りに村では豊作が続きました。
ある事を除いては…
この村では娘を神嫁に差し出した後、村の夫婦の間に子供が生まれても絶対に女性が産まれなくなりました。
産まれても死産や成人にならない内に事故に遭って亡くなるか行方不明になってしまうのです。
そこで若い男手が村を出て別の集落から嫁を探しに行く様になり…
次第に村に豊穣が続いても子孫が繁栄すると言う事が出来なくなったのです。
「そう言う訳で、この村の生き残りは私の家族を含めて町長の家族と二~三組の家族で残りは外部から来られた方達なのです。」
「「…」」
「その伝承もあってかこの村は『悲恋』が成就すると言う考えになり、若い人達は寄り付かなくなってしまったのです。」
「そんな伝承が…」
「恐らく、伝承の頃に居た祖先を恨んでの事なのでしょうね。」
老齢の女将は溜息をついて語り終えた。
余りにも理不尽な方法で裂かれた恋人達、その怨みはどんな事をしても拭えないだろう。
娘を思って消えた青年の行方も気になる。
そしてこの町を覆う謎の気配はそれではないかと私達は思った。
「不快な話になってしまい、申し訳ありません。」
「いえ、こういった伝承も聞く事は多いので…勉強になりました。」
「それでは仲居の者に布団を敷かせに越させますのでごゆっくりお過ごしください。」
「はい。」
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夜も更けて。
「…」
「ヴィル、怒っているでしょう?」
「何をだ?」
「やり方がまるで『鰤の童貞ジジイ』の様だって?」
「ふん、あの様な陰湿な腰抜けを思い出すと思ったか?」
「デスヨネー。」
ご本人を公開処刑な嬲り殺しにしようとしていたのを思い出したわ。
顔だけイケメンの貫禄がた落ちだったなー。
「あの様な小物、口に出すだけ無駄だ。」
「そうね。」
「それよりもハスミ…『土地神』とはどんなものだ?」
「『土地神』か…まだ寝るには時間もあるし軽い説明なら出来るわ。」
『土地神』とは『産土神』の一つでその地に住まう人々を守護する存在である。
嫁いだ先や新天地に根を下ろした人達を離れた場所に居ても守ってくれるものだ。
産土信仰の一種でもある。
古い風習で初宮参りや七五三などがその一つとされている。
産土神は安産の神である産神とも関連がある。
そう言う事で『土地神』なら安産の神でもあるのだから子孫繁栄に何ら影響はない筈なのだが…
この地では反映ではなく衰退へと向かっている。
「私の推測ではこの『土地神様』に何か異変があったと思うわ。」
「成程な。」
「今の所、向こう側の領域のものが姿を見せていないから定かではないけど…」
「…」
「念の力が戻っていたら詳しく気配を感じ取れるのに…歯痒いわ。」
「深追いはするな、今の俺達は失った力を取り戻す為にこの地へ来たのだろう?」
「うん…」
「…明日の調査で真意が掴めぬのならこの件から手を引け。」
「…ありがとう、ヴィル。」
ヴィルダークは遠回しであるが調査する事に異存はないと語った。
話を終わらせて私達は眠りに就いた。
「…」
草木も眠る丑三つ時。
ゆらりと宿に現れた黒い霧の様なもの。
それは不快な気配を出しつつハスミ達の宿泊する宿へすうっと入って行った。
他の宿泊客が寝泊まりする部屋を通り過ぎ…
一直線でハスミ達の部屋へと向かった。
「…」
ミツケタ――
ヨウヤクアエタ――
黒い霧はハスミの顔を除くとその顔に触れようとした。
ッ!?――
「俺の者に手を出すとは…フッ、やはり霊泉で感じた気配の主は貴様か?」
黒い霧を薙ぎ払い、窓際へと体制を立て直すヴィルダークとハスミ。
オノレ――
「何故ハスミを狙う…!」
「…」
カンケイナイ――
ワタシハ――
トリカエシニ――
「ヴィル!?」
「なっ!?」
窓に現れたのは無数の白い腕。
それらは窓ガラスを破ると窓際に避けていたハスミ達を縛り付けた。
「まっ!?」
黒い霧は口元らしき部分でニヤリと表情を見せた。
そして破られた窓ガラスは逆再生の様に元に戻ると黒い霧もそこから四散した。
残っていたのはSNSの画面が表示されたスマートフォンのみでそこにはこう打たれていた。
*****
小牟:どうしたのじゃ?
ハスミ:霊泉の地に怨霊が現れた。
零児:どう言う事だ!?
ハスミ:もう手遅れ…
小牟:ハスミ!?返事をせんかい!!
零児:ハスミ、ヴィルダーク!!
ー通信が途切れましたー
=続=
<今回の登場人物>
※ハスミ
幻影のエトランゼの主人公。
恋人であるヴィルダークと共に秘境の温泉に出向いていたが幽世へと引きずり込まれてしまう。
名前の由来となっている『睡蓮』や『蓮』には『私に触れないで』と言う干渉不可の花言葉を持っていた為、制約の掛かる幽世でも自由に動ける。
今回は『三界事変』終結直後の話の為、自身の念の力は使い過ぎのせいで使用不能になってしまい、終結直後に飛ばされた揺らぎの世界で念の回復の為に小牟の勧めで秘境の温泉へと向かう事となる。
※ヴィルダーク
元サイデリアルの皇帝、最後の次元将。
ハスミと共に秘境の温泉に出向いていたがハスミと共に幽世に引きずり込まれてしまう。
名前に仏教の神の名前が含まれていた事と『断ち切る』の能力を持つ『詩篇刀・御伽』を所持していた為、制約の掛かる幽世でも自由に動ける。
今回はハスミと共に『三界事変』終結後に揺らぎの世界に飛ばされてしまう。
ハスミの念の力と自身の体力を取り戻す為に秘境の温泉へと向かった。
※零児
正式名称は有栖零児、森羅のエージェント。
こちら側の世界に飛ばされたハスミ達を保護した。
ハスミ達が訪れた温泉で怪奇現象が頻発していた為、調査に乗り出す。
※小牟
零児のパートナーである森羅のエージェント。
ハスミ達に秘境の温泉の事を教えて向かわせたが、後に調査対象となった怪奇現象真っ只中の場所である事が判明する。
今回の話の原因を作った元凶であり、後に零児より千手観音菩薩も呆れるほどの有栖流・尻叩きをお見舞いされる。
<今回の用語>
※幽世
かくりよと読む。
この話では霊的存在、土地神が創り出した人ならざるものが住まう場所。
本来ならば立ち入る事は不可能であるが、何かしらの条件で侵入する事が可能。
また土地神の力が弱まると穢れによって怨霊の力が強まり、現世にも影響を及ぼす。