俺は彼女を愛しているのに。
でも、彼女が行かなければ。
もう、嫌だ…
いっそう俺は——
新月だろうか?
星の光すら届かない闇夜。
その人影は植えられた苗木の前で嘆いていた。
どうして?
何故?と…
そしてそこでその光景は終わってしまった。
「はっ!?」
今のは?
あれは一体。
「気が付いたか…」
「ヴィル、私達は?」
「俺が目覚めた時と然程変わらん、だが…引き離されなかった事だけは救いだな。」
眼を覚ますと私はヴィルダークに抱き抱えられていた。
周囲は白霧に包まれた森の中。
先程まで宿の部屋に居たのでここが異なる場所である事は理解できる。
「森の中…?」
「周囲を偵察しようにも霧に阻まれてしまっている。」
「動かなくて正解よ。」
「どういう事だ?」
「異様な気配を感じる、下手に動くよりはいいと思うわ。」
「そうか。」
「それに気配の割合がおかしい。」
独特の気配に混じって純粋な気配を感じた。
おそらくここは神域だろう。
しかし、この澱み切った悍ましい程の気配が強いのは何故?
「おかしい?」
「ここは神域に近い筈、だけど澱んだ悍ましい気配の方が強すぎる。」
「例の霊泉に混じった気配と関係が?」
「うん、この神域はその淀みを浄化しきれてない。」
「成程な。」
「道は開けたみたいだし、この神域の主に話を聞くとしましょうか?」
「そうだな。」
招き入れる様に晴れる霧。
そして一本の道が目処前に現れた。
******
長い道を歩き、石造りの山道を上がると古ぼけた神社が見えて来た。
道中の霧がうっとうしいので断ち切って置いた。
「「…」」
神域の建造物にしては余りにも手入れがされていない。
ある程度の土地神であれば手入れの行き届き、式神が点在し神域の警護を行っている筈だ。
これは私の推測だが、信仰心が無い為に廃れつつあるのだろう。
信仰心が無ければ土地神もその力を失い、ただの霊的存在になってしまう。
悪ければ祟り神の類になるだろう。
「この土地の信仰心が少ないとはいえ、廃れが激し過ぎる。」
「伝承が正しければ、男の風上にも置けん行いだ…信仰も何もないだろう。」
「厳しいね、まあそうかもしれない。」
伝承が正しければ古き風習の果てに泣かされた人々が不憫でならない。
いくら神であろうとやってはならない事がある。
それではあの『御使い』と変わらない。
「それじゃ、言い訳でも聞きに行きましょうか?」
「ああ…」
神社の社に入る前に一通りの参拝と断りを入れてから社へと入った。
中にいたのはみすぼらしい姿となった老女と白い髪の青年だった。
年齢から察するに16~18位だろうか?
「よう参った。」
「貴方がこの土地の神で宜しいですか?」
「そうだ、ワシはこの土地の神で巳白と呼ばれておる。」
神様にしてはハイテンションな性格にドン引きしたくなった。
「そしてこっちがワシの神嫁の桜子だ。」
「…」
嫌悪感を出しながら桜子は自分を抱きしめる巳白をにらみ続けていた。
「桜子、客人の前でそんな顔をするでない。」
「…」
「すまんのう、桜子は娶った時から一言も話さん…そこが好きなのじゃがな。」
うん、とりあえずこの神様を絞めよう。
「桜子さんですね、貴方の恋の話は貴方のご家族にあたる子孫の方から聞きました。」
「!」
「原因も解っています、話をする前にそこの汚物を駆除してからで宜しいでしょうか?」
「…」
桜子は今まで見せた事の無い眼差しでこちらを見て、視線で答えた。
了承を得たので開始。
マオさん、あなたの『マオ姉さんの海兵隊式罵り手帳(新兵訓練編)』が役に立つ時がきましたよ。
「ヴィル、ちょっといいかしら?」
「何だ?」
「余りにも汚い言葉を言うから、自分の耳を塞いでくれると嬉しいな。」
「判った。」
ヴィルダークに耳を塞いでもらったので早速。
「まず、言わせて貰いますけど…貴方は桜子さんを娶りましたがそれは相手の気持ちを知っていての事ですか?」
「何でじゃ?神であるワシの嫁になれるのだぞ?」
「では、相手の気持ちを考えずに神嫁にしたのですね?」
「その代り、見返りとして豊穣の約束は果たしたぞ?まあ…子宝がちょっとね。」
「大体は解りました…では。」
桜子さんに離れて貰ってから、そのスカした顔に一発殴打。
続けて首元をひっつかんでクレヨンっ子のママさん風ビンタ。
瀕死になろうが構わず床に降ろして威厳を蹴り飛ばす。
ハイヒールじゃないのが残念よ。
思いつく限りの罵り台詞を連発して差し上げましたよ。
マオさんのハー〇マン軍曹風罵りはやっぱ使えるわね。
オホホ~♪
二子玉川の悪夢の再現でもしてあげましょうか?
「…って神様を好きになる人も進行する人も居ませんよ?」
ボロクソに言われた巳白は灰塵となり、桜子さんが尊敬のまなざしでこちらを見ていた。
大体終わったのを察したヴィルダークは抑えていた手を下ろしてハスミに話しかけた。
「終わったか?」
「一通りはヴィルもする?」
「いや、この様な性根の腐った汚物を相手にするものではないだろう。」
「あら…そう?」
「しかし、弱き者を虐げる輩を捨て置く訳にはいかんだろう。」
ヴィルも相当怒ってるわね。
指先から骨を鳴らしているし本気であの汚物が即死するわね。
思わず胸キュンするわ。
「気絶するのは勝手だが……覚悟は出来ているな?」
「は?え!」
巳白の鳩尾に一発の拳が猛威を振るう。
その衝撃でぽっかりと壁に穴が開いた。
声にもならない奇声を上げながら巳白が瓦礫に埋まっていた。
その速度は凡人の眼には映らないだろう。
それだけの速度の拳が巳白の鳩尾に直撃したのだ。
ダメージは甚大、容赦ないね。
本気の蹴りじゃないだけ有難いと思って欲しい。
「ふん、神である以上はその耐久は認めよう。」
「あがが…」
「だがな、これで終わるとは思わん事だ。」
「ヴィル、ある程度絞めたらその汚物をここに連れてきてね。」
「判った。」
ヴィルは巳白の襟首を掴むと外に出て行った。
しばらく社を中心に爆発音や地響きが続いていた。
時折、開いた穴からドロップキックが見えていたね。
その間、私は桜子さんに事情を聴きながら今後の事を相談した。
桜子さんの恋人だった了太の行方が掴めてない以上は何かあると推測した為である。
桜子も了太のその後を知りたいと願っていた。
「了太さん、どうしただろうか。」
「桜子さん。」
「会いたい、了太さんに会いたいよ。」
私は桜子さんを慰めながら、巳白のお仕置きが終わるまで傍について居た。
=続=
<今回の用語>
※詩篇刀・御伽
ハスミの所持刀。
普段はセフィーロより持ち帰った手甲のオーブに収納されている。
『概念を断ち切る力』は健在であるが、本人の不調もあり…ある程度の存在を切る程度である。
※絵巻甲・伝承
ヴィルダークの所持外装。
物質界で手に入れたもので超常現象の類を殴る蹴るが可能。
今回猛威を振るった。
はい、合掌。
※マオ姉さんの海兵隊式罵り手帳(新兵訓練編)
二子玉川の悪夢の要因の一つとなった手帳。
察してください。
<今回の登場人物>
※巳白
巳白の土地を守護する土地神。
性格は察して貰う通りのグズ。
ハスミ達にお仕置きされる。
※桜子
巳白村の村長の娘。
神域の淀みが原因で老女の様な姿になっている。
巳白をフルボッコにしたハスミ達に尊敬の眼差しを送った。
※了太
桜子の恋人。
桜子が神嫁として嫁いだ後、行方が不明となったらしい。