---来生華代---
あれは、次美が留学し、シゲが入院していた夏休みの頃だったか…
母が私と珠雫を、両親の部屋へ連れて行った。そこには仏壇があり、どこかで逢ったことのある女性の写真が飾られていた。
「私の姉よ。シゲに似ているでしょ?」
母の目には涙が…そう、これがシゲの母親なのか。珠雫は意味を理解出来ていないんか、私と母を交互に見ている。
「華代は気づいているけど、珠雫…シゲは私の姉の子なの…」
「え…どうして…兄さん。姉さんは知っていたの?」
頷く私。
「何で言ってくれなかったの?」
「珠雫…華代を責めないで。次美が原因なんだから」
はっとした珠雫。そう、シゲだけ母の子で無いと分かれば、次美はシゲを追い出すだろう。これ幸いと。シゲはシゲでジャマ者だと思っている。きっと、出て行ってしまうだろうな。
「真実を、華代と珠雫には知っておいて欲しい。次美の犯した罪は、一生消えないと思うから」
次美は他にもやらかしていたのか?
「私の亭主…あなた達の父親は、珠雫と次美が産まれる前に病気で…」
えっ…じゃ、父さんは…シゲの?
「女手1つで娘を3人も育てることは、難しいと思った。だけど、姉夫婦が私達を救ってくれたの」
姉夫婦?じゃ、この家って、シゲの…
「この家に私達母娘を住まわせてくれ、娘達を茂樹君と分け隔てなく接してくれた。茂樹君も華代を姉と慕い、珠雫達を妹として可愛がってくれた。あの事故の前までは…」
事故…次美が何かをしたのか。
「華代が小学校へ上がった夏休み、みんなで海へ行ったの。私と姉の旦那様、現在の私のあの人が交代で、華代に泳ぎを教えていた。事故の起きる前は、あの人が教え、私と姉が茂樹君と珠雫達の面倒を見てくれていた。姉のお腹にはね、茂樹君の弟がいたの。だから、海には入らないでいたんだけど…」
まさか、次美が原因で、シゲの母と弟が…そして、シゲにも襲い掛かったのか?
「あの人と交代しようと、私が海に入った。私を追って…違うなぁ、華代の元へ行こうと次美が付いて来たんだと思う」
私の時と同じだ。私と滑ろうとして、次美は…
「泳げない次美は波に攫われ、溺れてしまった。それに気づいたのは、浜辺にいた姉だった。咄嗟に海に入ったらしいの。ライフガードの人達も後に続いて、助けに行ったそうだけど…」
そんな…たぶん、水着でなく、服を着ていたのだろう。そんな状態で泳ぐって…危険である。まして身重であるのであれば、危険は増す。
「私が姉に再会したのは、華代と浜に戻った時…あの人は泣きすがっていた。その姿は変わり果てていた。ショックだったわ。娘達の面倒を見てもらっていて、こんな事に…なのに、耳には次美の嬉しそうな声が聞こえ、華代に嬉しそうに抱きついて行ったのよ」
次美…なんてことを…
「ライフガードの人の話では、姉が次美を救い上げた時、次美が抵抗をして、姉が苦しみ出したそうなの。姉はライフガードの人に次美を渡し、海に沈んでいったって…」
母は仏壇に手を合わせていた。私と珠雫も仏壇に手を合わせた。
「姉の遺体を解剖した結果、腹部に強烈な衝撃を受け、胎児は潰れ、体内で出血が起き、貧血で意識を喪失した末の溺死ってことたった。次美が姉のお腹を蹴ったのよ。何度も何度も…華代の元へ行きたいってね」
言葉が出ない。次美の犯した罪…
「それからよ、あの人が缶詰生活になったのは。次美を見ていると殺したくなるって…だけど、私達には罪は問えないし、姉の四十九日が過ぎた後、あの人と入籍をしたの」
父と母の間には愛は無いのだろう。父は母の姉を愛していたんだと思う。だから、母と私達を路頭に迷わせない為、籍に入れたのだろう。いや、シゲの為か。私達が居なくなれば、シゲは一人で生活しないといけない。父に子育ては出来ないから。
「母さん…」
「茂樹君の前では、元気な母親を演じたい。彼が少しでも前を見て、生きてくれるように」
母は償っても償いきれない罪を背負っているようだ。次美のせいで…
「私は、茂樹君から、大好きなお母さん、楽しみにしていた弟、青春を生きる身体を奪ったの。大罪よね。茂樹君から生きる希望を奪ったようなものだし」
「母さん…一人で背負わないでいいから。私も背負うから」
母を抱き締めた。
「シゲは嫌いじゃない。いつまでも傍にいてあげたい」
「私も…兄さんの傍にいるよ。いつも優しいし」
問題は次美だろうな。アイツは、シゲが大嫌いであるから。
---来生茂樹---
バイトと入試勉強の日々…志望校は家の近所にある私立の共学校である。姉と通う為に猛勉強をしている。父からは、お金の心配をするなと言われているけど、心配をしてしまう。俺の治療費は毎年高額であるから。
その高校は徒歩で通学出来る。俺の身体では公共交通の使用は難しい。義足の為、通勤通学ラッシュが恐いのだ。精密機器な為、想定外の衝撃は避けないと危険が一杯である。
後、こんな顔付きである。不良に間違えられ易いのが難点で、トラブルが絶えない。駆けつけた警官に、「また、お前かぁ」って愚痴られること、しばしばである。
「私立矢田高校に決定よ」
って、姉。お金を積んで裏口か?
「裏口から入学?」
「ないない。私は入試で合格する。シゲは特別枠で入学が決定よ」
特別枠?教師推薦枠って言うのがあるらしい。教師推薦?はて?
「民ちゃんがね、シゲを推薦してくれたのよ」
へ?民子が?そういえば、高校の教師になるって…はぁ?
「あぁ、民ちゃんからの伝言。これから3年間は、シゲは私の玩具だって」
はぁい?
「これで、後は、来年の入試に珠雫が受かれば、問題は無いわね」
って…
◇
バイト先に行くと、クラッカーで歓迎を受けた。あっ!民子が居る…
「民子のおかげで、高校に入学出来るそうじゃないか」
あぁ、そうだね。民子のお陰だ。
「シゲ…うれしそうな顔をしろよ」
って、民子が抱きついて来た。
「これでも嬉しい顔をしているんですよ」
表情筋が動かないって、不便。
「そうか、そうか。お祝いに遊んであげるよ」
教師と生徒が淫らな関係は良く無いと思う。
「すみません。仕込みがありますから」
更衣室に行き、姉と珠雫に、厨房のユニホームを着付けて貰い、職場に入った。
「シゲ、今日の分はこれを頼む」
先輩が、メモをボードに貼り付けていく。俺と珠雫で、メモにある食材の下準備をしていく。俺は肉と魚が中心で、珠雫は野菜中心である。野菜の食べない部位は、細かくして、鍋に入れていく。デミグラスの元であるスープに甘みと栄養をもたらしてくれるのだ。
肉のクリーニングが終わると、油脂を採取していく。ブタの脂を精油すれば、ラードになり、牛の脂を精油すれば、牛脂になるのだ。この処理は手間が掛かるので、やりたがる料理人がいない。なので、下働きの俺の仕事になった。
「高校に入っても、来てくれよな?」
オーナーに訊かれた。
「はい、来たいです。姉も珠雫も一緒にですが」
「そうか。助かるよ。シゲには精油とデミを頼みたい」
こんな顔の俺は表には出られない。裏方仕事は嬉しい。
「お願いします」
◇
姉と共に入学式に参加した。父さんと母さんが一緒に来てくれた。クラスは姉と同じクラスで、担任は何故か民子だし。一番の驚きは東雲がいることだった。
「なんで…東雲…」
「あぁ、シゲの志望校を教えて上げたのよ」
って、姉。
「だから、なんで…」
「シゲが狼狽えると思ってね」
笑顔の姉。はぁ?顔には出ないけど、思いっきり狼狽えています。
「茂樹君…」
東雲が近づいて来た。心臓がバクバクしている。
「どうして…ここに?」
「親友の華代と同じ高校だし、茂樹君もいるからだよ」
って、ニコっと…かわいい…
「シゲ、狼狽えないでね。これから、3年間一緒のクラスメイトなんだからね」
え?それは3年間クラス替えは無いってこと?担任も?
「ゆっくりと距離を縮めればいいのよ」
姉が耳打ちしてきた。
そして、担任の登場。民子がスーツ姿で現れた。それは斬新な姿である。基本皮のツナギ姿しか見たことなかったから。けっこう、かわいいんだな。この姿だと…
「はい!そこのメカニカル男子!私に見とれないでくれる?!」
って、俺を指差す民子。サイボーグみたいに言うのは止めてくれ。って、民子の担当は機械工学のようだ。あれ?高校の教科にそんなの合ったっけ?
東雲ショックから立ち上がれない俺は、夢のように目の前で時間が過ぎ去る感覚である。席決め。俺は一番後の窓側。隣には、姉。これは筆談の補助要員って感じのようだ。東雲はどこ?教室を見回して探す俺。
「シゲ、東雲さんは、私の前よ」
って、姉。姉に視線を戻すと、姉の横には、東雲の笑顔があった。
---来生華代---
入学式が終わり、家に帰宅出来た。父の運転する車でシゲを送迎してもらい、シゲを寝かしつけた。相当疲れているようで、直ぐに寝入った。
「華代…茂樹を頼む」
父は私に頭を下げた。
「父さん、頭を上げて下さい。シゲは大切な弟です。勿論、大切に接します」
「すまない。まだ、次美を許せる気持ちになれない。たまに缶詰から抜け出して、シゲの様子を見に来る。必要な物があったら、連絡をして欲しい。極力用意をするからね」
父の優しい眼差し。その目には、涙がうっすらと見える。
「わかりました」
◇
珠雫が帰ってきた。
「どうだった?」
「狼狽えていたよ」
「東雲ちゃん効果?」
「後、民ちゃんかな」
シゲを驚かせる為、珠雫と計画を練った。民ちゃんにも相談した。東雲さんにも打ち明けた。あの私立矢田高校は、民ちゃんの先代の総長が理事長をしている高校で、シゲの入学をねじ込んだらしい。シゲ自体、頭は悪く無いので、問題は少ないらしいけど、問題はあの身体にあった。だけど、矢田高校には表に出せない人脈があり、メカニカルに通じた者が多くいて、何か問題が起きた時、対処が出来る体勢を作ってくれた。
「最新鋭の義足の構造が見られるだけで、授業料はいらないかもしれない」
って、メカオタぽい理事長。実際、入学前の身体検査で、シゲの義足はアレコレ調べられたらしい。
「特殊なパーツがいくつかあったけど、全く同じ性能のバチ物を予備パーツとして、学校に用意してくれるって」
と民ちゃん。メカ好きが集まっている高校らしい。自動車部や二輪部などのモータースポーツ系の部活も多く、道を踏み外した者達の再教育の場にもなっているとか。表向きは普通の高校なんだけどって、強調していた理事長。
「八耐とかで、炊きだししたいなぁ」
って、珠雫。八耐とは、八時間耐久レースのことである。
シゲは、青春出来るのかな。表情筋はまるで機能していなかった。東雲さんに狼狽えた時も、無表情だったし。