旦那が死んで一ヶ月…事故で大怪我を負い…彼の最期の言葉は、
「兄ちゃん…ごめん…約束…果たせない…」
だった。20年も連れ添った私でなく、風来坊の兄貴に対しての言葉…有り得ない。絶対に有り得ない。
旦那の葬式、彼の兄貴は最期の挨拶にすら来なかった。風来坊なので、連絡が取れなかったのだ。彼を私と息子と娘で送り出した。
旦那と私、一男一女に恵まれて、幸せでおおらかな家庭だったと思う。一緒にのんびりと歳を取ろうって言っていたのに…旦那はあっけなく、逝ってしまった。
旦那が死んで一ヶ月後…風来坊の兄貴から私宛に、、ノー天気な文面のハガキが届いた。
『元気かい?君は笑顔が一番だよ♪』
って…実の弟が死んで、葬式にも来ないで、なんでこんなハガキが書けるのだ?
「母さん…叔父さんは、父さんが死んだことを、知らないんだよ。そんな顔したらダメだよ」
彼に似た息子に言われた。でも…弟の嫁宛の内容では無いし…
「お母さん…叔父さんは、お母さんが心配なんだよ」
私に似た娘に言われた。心配なら、来て欲しい…
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旦那と旦那の兄貴は、双子であった。旦那は学生時代、スポーツも勉強も良く出来て、皆の憧れの的であった。それに対して、旦那の兄貴は、出席日数ギリギリのデタラメな自由人であった。
皆は、旦那の兄貴を『出涸らし兄ちゃん』と呼んでいた。弟に才能を総て奪われた出涸らしのような兄って感じだ。
あの兄弟と私は幼なじみであった。当然、何でも出来る弟に憧れていたけど、頼りがいの無い兄貴の方が好きだった。
ある時、彼らの家に遊びに行った時、見てはいけない光景を見て仕舞った。何でも出来る弟の家庭教師を兄がしていたのだった。
「兄ちゃん、ここはどう解けばいいのかな?」
「ここか…これをこうして、あれをこうやれば…」
「あぁぁぁぁ、なるほど…兄ちゃん、ありがとう」
「お前の為で有り、俺の為でも有る。テストで一番を取れよ」
「うん♪」
出涸らし兄ちゃんは、出涸らしでなかった。その光景は、私にとって衝撃であった。それから、彼らの行動を覗き見ることが増えた。今で言うストーカーかな?
体育実技のテスト前、彼は兄貴にテクニックを習っていた。中間テスト、期末テストの前も、テストのキモになる部分を習っていた。彼らの個人授業を覗き見ていた私も、万能な弟と共に、テストでは上位になっていった。でも、兄貴は毎回、赤点ギリギリだった。なんでだ?
高校の卒業式、思い切って兄貴の方へ告白をしようとした。
「うん?俺でいいのか?あぁ、テンパりすぎて、顔が同じだから間違えたのか…俺は弟だ。兄貴はあっちだよ♪」
彼の言うようにテンパっていた私は、彼の言葉に乗せられて、弟の方へ告白をして、つきあうことになってしまった。
大学は弟と同じ大学で、大学卒業後にゴールイン。兄貴の方は、風来坊に拍車が掛かり、大学へは進学をせず、家にも帰らずに旅をしていると、旦那に聞かされた。
あれから20年…旦那は死んだ。旦那にソックリな彼に逢いたい…高校の卒業式以来、彼に逢っていない。どこにいるんだか…あのヤロ~!
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旦那の遺品を整理する。想い出の品々である。結婚してからの物も有る、兄貴もいた頃の物も有る…書斎の彼のデスクの鍵の掛かった引き出し。鍵が掛かっている。彼の遺品のキーケースを持って来て、鍵を探す。あっ、これか!何が入っているんだ?浮気の証拠だったらイヤだけど…
そこには日記帳と兄貴の写真が入っていた。あれ?私と兄貴のツーショット写真が…これって、中学の時に撮ったヤツだ。写真の裏には彼の文字で、『一番の笑顔と♪』と書かれていた。なんで、旦那が大事に持っているんだ?日記には何が書かれているのやら…興味半分、恐怖半分だ。
『兄ちゃんからの遺言…彼女の手を握り、彼女を僕が看取ること…』
開きクセの付いた頁を開くと、衝撃な言葉が連なっていた。遺言って?どういうこと?
その頁は何度も開いた痕があった。旦那は、この頁を何度も見ていたのだろう。日記の日付は、高校の卒業式の日だった。どういうこと?日記を読み進める。
『卒業式後、彼女から告白…兄ちゃんと間違えたのかな?でも、彼女が好きだった僕は、彼女の手を取った。嬉しい♪』
そうだよ…間違えたんだよ…一生の不覚だよ~
『彼女とデートをして帰ると…兄ちゃんは容体が急変して、僕も急いで病院へ…僕の顔を見て、僕を呼ぶ兄ちゃん…酸素マスクをはずして、「彼女を頼む…お前になら出来る。彼女を幸せにしてくれ…俺には出来無い事…彼女の手を握り看取って…あげて…なっ…」それが兄ちゃんの最期の言葉だった…まるで僕達が付き合うのを見届けて旅立ったようだ』
えっ?あの日、元気そうだったじゃん。何で?頁を遡ってみる。
『兄ちゃんが珍しく楽しそうだった。彼女とツーショット写真を撮ったそうだ。「2枚プリントした、もしもの時は、1枚を俺と共に、もう1枚はお前が持っていてくれ」と、僕に後のことを託した』
珍しく楽しそう?会う度に楽しそうだったけど…
『兄ちゃんは彼女と居ると、もの凄く楽しそうだ。こんな兄ちゃんの顔がすっと、続くといいのに…』
あれは、私といたから?だから、私が会う度に、いつも楽しそうだったの?旦那は兄貴が大好きだったようだ。兄貴に関係することしか、日記には書かれていない。
『テスト勉強をしていると、また彼女が覗き見している。兄ちゃんは彼女にも分かるように説明をしている』
ストーカー行為は兄弟にバレていた。それはそれでショックなんですけど…で、肝心の彼の病状について書かれていないかを見ていく。
『また、兄ちゃんが入院した。出席日数ギリギリまで入院するようだ。僕が行くと兄ちゃんは勉強をいつもしている。僕と彼女に分かり易く説明できるようにって。兄ちゃんは僕と彼女が大好きなんだ。でも、大人になるまで生きられない兄ちゃんは、彼女を幸せにできないっ、いつも悔しそうだった』
大人になるまで生きられない?だから、告白を弟にスルーパスしたのか?
「母さん、見ちゃったのか…」
息子の声で、顔を上げると二人の子供が私を見守っているようだった。
「それは、お母さんに見せないでって言われていたのに…」
言われていた?誰に?
「叔父さんのことは、父さんに聞いて、僕達は知っていた」
え…子供達は知っていた…
「あの手紙…僕が投函したんだ。もし、父さんが不慮な事故で死んだときの為に、叔父さんが用意していたそうだよ。母さんの笑顔が消えないように…」
私の笑顔…あの写真の裏を見る。『一番の笑顔と♪』と書かれていた。そうだ、ハガキには、『元気かい?君は笑顔が一番だよ♪』って書いてあった。
「叔父さんと父さんは奇形双生児として産まれたそうだよ。で、父さんを健常体にする為に、叔父さんの身体のパーツを使ったんだって。母さんは気づいていないみたいだけど、叔父さんは片手と片足は義手、義足だったそうだよ」
だから、体育の実技は出来無かったのか…
「で…母さん、大丈夫…」
子供達の声が遠くで聞こえる。
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意識が戻ると自分の部屋のベッドにいた。子供達が心配そうに、私を見ている。
「大丈夫か?母さん」
「大丈夫。まさか、彼が…」
「はい、これ♪」
娘がハガキの束を手渡して来た。これって…彼の文字だった。投函条件が書かれたメモが1枚1枚に貼ってある。旦那の1周忌、3周忌…私の誕生日、1年後、2年後…
「お父さんに、条件にあったハガキを出すように言われていたの。お母さんは、叔父さんが生きていると信じているから。その夢を壊したくないし、叔父さんの頼みだったからって」
あの兄弟は私を弄んでいたのか?なんで、本当の事を言ってくれなかったの?ハガキの束を抱き締めて泣いてしまった。哀しいやら、悔しいやら、嬉しいやら、複雑な感情が入り交わっていく。
「叔父さんの入院は、成長に合わせて義手義足を調整する為だったそうだよ。問題は心臓が成長にあわせて大きくならなかったんだって…必要な遺伝子情報が、叔父さんには足り無かったらしいよ」
息子の顔が彼に見えた。旦那に似ている…そうだ、彼にソックリだ…何でだ?
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病室にいる私。彼が私の手を握る。金属の冷たさを感じるけど、彼の温もりも感じる気がする。
「大丈夫か?」
「恐い夢を見た…貴方が死んだって…」
「そうか…じゃ、逝こうか」
「そうね…やっと、一緒になれるのかな?」
「なれるといいなぁ。ほら、笑顔の君が一番だよ。笑ってよ♪」
彼に笑顔を向ける私。心電図の針が止まる。病室に啜り泣く声がし始める。医者が私の脈を測り、瞳孔を調べる。
「ご臨終です」
旦那と子供達が、私の身体に縋る。そうだ、事故に遭ったのは、私だ…大事に仕舞い込んであった旦那の日記と、彼が生前用意してくれたハガキの束を見てしまって、家を飛び出し、車に…
笑顔を取り戻した私は、その日、彼と旅立った。