---ベルカント---
ようやく、幼なじみのピチカートとの結婚式当日の朝を迎えた。天気は晴天、気持ちの良い空気で満たされている村を、2階の窓から眺めた。小鳥たちや妖精達が祝福に来てくれている。
僕は結婚に囚われていなかった。ただ彼女と一緒にいたかっただけなのだが、村のみんなが人生の区切りだといい、結婚へと舵が切られていった。
村の近くの湖の畔で、プロポーズ。近くの洞窟で見つけた宝石をあしらった、僕お手製の指輪をプレゼントをして求婚をした。僕の言葉に頷き、涙ぐみ、僕に抱きついてきた彼女。
瞼を閉じると、今までのことが走馬燈を見るように流れて行く。あぁ、準備をして教会へ行かないと。教会は村の入り口からメインストリートをまっすぐ行った突き当たりにある。知り合いの司祭さんが、僕を笑顔で迎え入れてくれた。
「ベルカウント、ようやく、この日じゃな」
僕と彼女の結婚を心待ちにしていた一人だ。
「うん♪」
司祭さんと僕は祭壇の前に立つ。後は、立ち会い人の村のみんなと彼女が来れば、式が始まる。
僕の緊張と比例して、徐々に村のみんなが集まってきた。あとは、彼女だ。最後に扉が開き、彼女が僕の前に立った。式が始まった。司祭さんの祝詞、そして、誓いの言葉の交換…彼女と向き合うように立とうとした時、空気が揺らめき、彼女の姿が遠くへ…
---マリアンヌ---
また同じ夢をみて目覚めた。懐かしさを感じる男性との結婚式の夢。誓いの言葉を交換しようとすると、いつも目が醒めてしまう。
「どうしたのだ?また悪夢か?」
私と肌を合わせて寝ている彼に声を掛けられた。
「そう…また同じ夢…」
私は彼に見初められて、彼と結婚をした。彼は大国ナイールの王子で、私は彼の妻になった。国での評判も良く、彼とは幸せの人生を歩んでいる。あの夢を除いて…あれは悪夢なのだろうか?私には彼と出会った記憶が無い。なのに、彼とは結婚をしている。彼と出会う前の記憶も無い。なのに、私の両親、友達が、この街にはたくさんいた。失った記憶の断片の気がするのだけど、恐くて言い出せなかった。
彼との間には王子3名と姫3名をもうけた。子宝にも恵まれ、幸せの家庭には満足している。なので、この生活を一変するような事実は恐いのだ。悩むほどに、あの夢を見る頻度は増えていく。
先代の王が亡くなり、彼が王位を継承した。その為、私は王妃となった。そんな頃、彼のお抱えの魔導師が、私の前に現れて、悪夢を見なくする術を施してくれた。
「王妃様には、王妃様の記憶だけで良いのです。それ以外の記憶は邪魔ですから」
気になることを言われたけど…私は、闇に飲まれ、深い眠けに飲み込まれて…
---アルザンヌ---
六人兄妹の末娘である私は、自由な身分である。上二人の姉は、隣国の国の王子に嫁ぎ、両国の友好条約の礎を築いたけど。兄3名は王位継承権とかで、父から王道を学ぶ日々。大変そうだ。父は大国ナイールの王である。なので、不自由無く暮らしている私。
母は忙しい父を支え、私なんかにかまっている暇が無いようだ。母からの贈り物は名前だけ。上の5人は父より名前を頂いたようだけど、私だけ母が名付けたそうだ。母の脳裏に浮かんだ言葉を名前にしたらしく、語源が不明であるのが、なんとも胡散臭い。
今日も王立図書館で、自分の名前の語源探しに明け暮れる。沢山の辞書と睨めっこするが、それに対応する言葉は無い。どんな意味があるんだ?
「アル、また名前の由来探しか?」
一番歳の近い兄に訊かれた。コイツはジャンポール。通称ジャンだ。あぁ、私の通称はアルだよ。
「うん…無いんだよ。母さんはどこで、この言葉を目にしたのかな?」
この国には無い言葉である。姉達にも協力してもらい、嫁ぎ先で調べてもらったけど、無かったらしい。う~ん…
「不思議だよな。アルの名前だけ、特殊って」
私以外の5名の名前は、この国では一般的な名前ではある。私の名前は、この国では私以外にいない。どこの国の名前なんだ?
「母さんって、この国の人だよね?」
「あぁ、王都の出身だよ。街で母さんを見て、一目ぼれして父さんがプロポーズしたそうだ」
この街で生まれ育ったのであれば、この街で見聞きした言葉だと思うんだけど…う~ん
「う~ん…」
兄は私の隣の席に座り、一緒に唸っている。ジャン兄さんは三男坊なので、割と自由人に近い。なので、自由人の私とは仲が一番良い。
「歴史でも調べるか?」
ふと、兄が呟いた。歴史書は苦手だ。言葉が古い文字の場合があり、文字からの勉強が必須である。この国の歴史研究家は、文字の読み書きで時間が取られて、歴史研究という物には時間が取れないでいた。本末転倒なことだ。
司書に頼み、王族特権で、歴史書関係の書庫に案内してもらった。この国の民衆は歴史に手を触れることが出来無い。それは文字の問題があるから、見ても読めないって理由からだ。私達王族の者は、民衆よりかは多少読めるし、王族として知っておくべきだって意見もあるので、歴史書関係を調べられた。
書庫は埃塗れだった…使う者などいないから…価値の高い書物もあるので、迂闊に掃除も出来無いらしい。外気に触れるとダメな書物も有ることから、窓すら無い。更に、火気厳禁なため懐中電灯を片手に、調べるしかない。悪環境である…これでは、ここで調べる気が失せるんだと思う。
「うん?」
兄が気になる書物を見つけたみたいだ。
「どうしたの?」
「最近、閲覧した形跡があるんだ。何の為に見たんだ?」
手に取り調べる兄。
「えっ…」
何かに驚く兄。どうしたんだ?
「どうしたの?」
「そうか…地名なんだ…」
兄が驚いた目次を指で指した。でも、私には読めない…
「ごめん…この文字を知らない…」
「あぁ、そうだな。この文字は、古代フェリー文字だよ。魔術を習わないと目にはしないか」
兄は魔導戦士として修行を積んでいるので、読めるそうだ。
「ここに、『アルザンヌ村』って項目があるんだよ」
兄が該当のページを開くが、破り去られていた。
「誰が破ったんだ?」
兄は何かの術を発動した。
「何?結界だと…魔法で消失させたみたいだな」
何かを考え込む兄。
「この本は何の本なの?」
「先々代の王の時代に書かれた王国内に存在した村などの紹介本だよ。この王国内にあった村なのか…どこにあったんだ?」
書物を元の位置に戻し、今度は古地図のあるエリアに向かった。
「う~ん…既に処分されたようだ」
兄の指差した棚には埃の無い隙間があった。そこに何かがあったということだ。
「何を隠しているんだ?誰が隠しているんだ?」
---ジャンポール---
アルと調べ物をした翌日、アルの部屋に向かうと、蛻の殻だった。どうして?使用人に訊いたのだが、皆血の気がひいた表情になり逃げていく。何か遭ったと思い、父さんに訊きに行った。
「アルジャンヌか?あぁ、嫁いだ」
はぁ?昨日まで自由人だったんだぞ?
「どこに嫁いだのですか?」
「遠い場所だ。もう逢うことはない」
逢えない程、遠い場所?それって…父さんからは、アルのことは忘れろと命じられた。何か遭ったようだ。長兄に情報を貰いに行く。
「あぁ、アルのことか…忘れろ…いいなぁ」
遠くを見つめるよう目付きで、そう言い放った。
「どういうことだよ、兄さん。昨日一緒に勉強していたんだぞ!」
「お前はアルと一番仲が良かったものな…つらいが、忘れろ。じゃないと、次はお前が消される」
消される?じゃ、アルは消されたのか?誰に?
「知らない方が良い事実は有るんだよ」
「でもなぁ…兄さん…」
兄が僕の傍に来て、僕を優しく抱き締めた。
「もう、亡くしたく無いんだよ。頼むから、忘れてくれ。いつか、穴埋めはするから…」
兄から流れる涙が、僕に落ちて来た。兄もつらいようだ。可愛がっていたからな。王位継承権1位の兄は、自由人であるアルとは、仲良くはできなかった。長老達に、民衆へ示しが付かないからだと言われたそうだ。仲良く出来無い分、アルのわがままは、犯罪以外は叶えてあげていた。
--------
そして、時は流れた。父さんが亡くなり、長兄が王位を継承した。次兄は軍隊の将軍になり、僕は歴史研究家になっていた。
アルがいなくなった日から、魔導戦士の修行の傍ら、歴史の研究をし始め、戦える歴史研究家になっていた。そんな僕に王からの呼び出しがあった。王の部屋に向かう。
部屋には、長兄の王、将軍の次兄、そした僕だけがいた。人払いをしたようだ。
「王位に就き、落ち着いてきた。だから、そろそろ話しても良いかと思うんだ」
王が僕達に告げた。
「アルのことか?」
僕は忘れることが出来無かった、妹の名前を口にした。
「そうだ。先代のお抱えの魔導師に殺されたんだ」
えっ?次兄も初めて聞いたのか、僕同様に固まっている。
「酷い現場だった。アルの身体は粉々になり、部屋中に肉片や骨片が散らばっていた。だから、彼女の墓は無い。魂は死神が持って帰ったそうだ。だから、天国にも行けない。転生も叶わぬ」
それって、父さんの命で殺されたってことだよな。
「なんでだよ?アルが何をしたんだ?」
次兄が抑えてきた感情を爆発させた。彼もアルを可愛がっていたから。
「母さんの病気の原因として、排除されたんだ…」
母さんの病気?あの悪夢を見るという?
「アルザンヌ…それは呪いの言葉だと言うんだよ、先代の王がさぁ」
おい…呪いの言葉を名前に付けたのか?父さんは…僕の中でも怒りが暴走していく。
「なんで、名前に付けたんだ…そんな言葉を!」
「母さんが付けたそうだ。命名式の日に父さんが知ったが、後の祭りだったそうだ。末の娘に興味が無かった父さんのせいだ」
王の目には涙が溢れていた。長兄もアルのことを忘れていなかったのだろう。
「呪いって…なんだよ?」
次兄が問い詰める。
「父さんにとっての呪いだ。母さんにとっては、無くした…いや、消された想い出だそうだ」
消された想い出…
「あの日、先代の王に呼び出された私が王の間に行くと、先代の王、魔導師、そしてアルがいた。アルは私の目の前で、魔導師による爆裂魔法で粉砕されたんだ…そして、先代の王に言われた。『いなかった娘のことは忘れろ。それがお前達の背負う宿命だ』と…」
長兄の目の前で殺されたアル。
「アルは叫び声を上げる事無く、粉々になったよ。抱き起こすことも抱き抱えることも出来無い位粉々に…」
悔しそうに言う長兄。
「アルザンヌ村って何だったんだ?」
僕が長兄に訊いた。
「母さんが生まれ育った村らしい。母さんは父さんに見初められて、その村から攫われて来たそうだ」
攫われた?この街の出身じゃないのか?
「母さんの見ていた夢は、母さんの消された記憶らしい。母さんと幼なじみとの結婚式に乱入して、母さんを攫ったそうだ」
結婚式に乱入?いくら王子という身分であっても、許されない行為だろ?
「母さんの本来の相手は、アル同様粉々にされたそうだ」
魔導師がやったのか?
「コイツがすべて白状したよ」
長兄が後ろに置いてあった物を投げ捨てた。先代の王に仕えた大魔導師の生首だった。
「それ以来、アルザンヌ村は呪われた村とされたそうだ。コイツは先代の王に命じられて、母さんの記憶を書き換えた。だから、記憶のフィードバックがたまに起きて、あの夢を見ていたらしい」
じゃ、アルの名前の由来は、母さんの記憶なのか…
「アルザンヌ村は、今どうなっているんだ?」
「コイツが、村人ごと爆裂魔法で粉砕したそうで、今は大きな穴となり、湖となっているらしい。マリアンヌ湖…母さんの名前のついた湖がそうだ」
あぁ、あれがそうなのか…周囲を山々に囲まれた湖。来訪者を拒むような険しい切り立った崖の下にあるそうだ。あれも、ソイツが母さんが近づけないようにしたのか…僕は持っていた剣で、生首に斬りつけた。
「ジャン、止めろ!剣が汚れる」
あぁ、そうだな。
「アルの魂は?」
次兄が訊いた。
「死神が持っている。転生できないように、先代の王が引き渡したそうだ。だから、弔うことも出来無い…」
--------
歴史研究家を辞め、魔導師として経験と積み、高みを目指した。アルの魂を奪還する為に。死神から、奪い返す為に…
王は母さんの名の付いた湖の邪気を払い、聖堂を畔に建設した。そこでは、毎日祈りが捧げられている。アルザンヌ村の人々の魂を弔う為、母さんの気持ちを弔う為…母さんは、その聖堂近くの家に移り住んだ。
僕は漸く死神を呼び出せた。アルの魂の返還を求めたのだが、既に無いと言う。アルの魂は死神達の性の捌け口…玩具にされ、汚れきったそうだ。汚れきった魂は、死神にとって、ゴミと同然だそうで、放置していたら、無くなっていたそうだ。怒りが暴走してしまった僕は、呼び出した死神を浄化して殺した。彼には落ち度は無かった。彼は死神として当然なとこをしただけだったのだ。だけど…
そして、月日は流れ…母さんは記憶に障害を持ち、父さんとの結婚前の記憶を呼び戻す事無く、旅立った。
---アルザンヌ---
どれだけ長く寝ただろうか。随分と長い眠りについていた気がするけど。重い瞼を開くと、知らない場所にいた。
「やっと、目覚めたようだね。よかったよ」
知らない男性に声を掛けられた。ここはどこだ?
「ここは?あなたは?」
私の身体を抱いて、上半身を起こしてくれた男性。
「ここは、アルザンヌ村。僕はベルカントだよ。忘れたのかい?」
「えっ?私の名前もアルザンヌだけど…」
「え?何を言っているんだよ、ピチカート。何か夢でも見ていたのかい?」
あれ?そうなのかな?そんな気もしている私。
「結婚式の最中に倒れるんだもの。驚いたよ」
結婚式?手を見ると、私の指には結婚指輪らしき物が…あれ?記憶が…
「君を絶対に幸せにする」
私を優しく抱き締めてくれる男性。記憶が混濁している。なんでだ?
「結婚初日から熱いわね♪」
えっ?母さん…
「あ、義母さん。ピチカート同様、ピチカートの母上であるマリアンヌ様も大切にしますよ」
「ありがとう、ベル…」
母さんは愛しい者を見るような暖かい目で、彼を見つめていた。