「勃て、勃ってくれ……」
夜の自室で呪文のようにつぶやきながら、買ってきた漫画雑誌の性的なページを食い入るように見つめる。
しかし、僕のペニスは萎(しお)れたまま反応すら示そうとはしなかった。
「くっ……」
誌面上では際どい水着姿の女性が笑顔で肢体を披露しているというのに股間が全く動じない。これは大げさでなく俗に言う「インポテンツ」という状態である。
――今日もダメなのか……
ページをめくれども、官能的なカットは数あれ肝心な場所に刺激が伝わらない。
「はぁ……」
高校2年生の幕開けを目前に控えた4月上旬の春休み。真夜中の自室で、誰にも言えない悩みを前に僕はうなだれるばかりだった。
「おい健二! 早よフルチンしろっちゃ!」
「これ返して欲しいんじゃろうがや」
1年生の3学期、肌寒さが一段と厳しかった1月末のある日。入学して間もない内からいじめられていた手前、ある程度の酷いことをされるのには慣れていたが、この時ばかりは少し勝手が違った。放課後、連中は僕のカバンを取り上げて教室で裸になることを強要してきたのである。
「待ってよ。もっと違うことならするから、それだけは……」
「面倒臭いけえ俺らで脱がしちゃろうで」
「えっ?」
僕の言葉に聞く耳など持たず、連中がベルトを引き抜いて脱がしにかかる。ただでさえ多勢に無勢の状況下で、まだ残っていた周りのクラスメートたちは知らん顔をするばかり。
程なくして僕の下半身は露となって、ペニスが周囲に晒された。
「イエー! 健二のチンポー!!」
「……」
手を叩いて喜んでいる連中に怒りを覚えたのは当然だが、ずっと見て見ぬふりを決め込んでいた奴らが遠巻きから、僕のペニスを見ながら笑っている姿にも同等の怒りがこみ上げてきた。止めさせてくれとは言わないが、教員たちに報告するぐらいの最低限の対応は出来ただろうに、と。
だけど、そんな僕にここから更なる追い討ちがやってくる。
「ねえ、みんなして何しよるん?」
忘れ物でもしていたのか、ふとクラスの女子が戻ってくる。
「円香さん……」
クラスの女子の中でも僕が一番可愛いと思っている彼女の名前を思わず口に出す。
「うっわ」
だが彼女はいわゆるフルチン状態の僕を前に、露骨に顔をしかめてしまう。
「いや、コイツ急にストリップするとか言って脱ぎ出しての、俺ら止めたんじゃけど聞きもせんでから」
「違うんだ円香さん、これは……!」
涼しい顔で嘘の釈明をしようとする連中を前に本当のことを言おうとしたが、先に口を開いたのは彼女の方だった。
「健二君のチンポって、小さくて不恰好でハッキリ言って無価値な代物だよね」
「……」
その言葉を聞いた途端、僕は全身の力が抜けてガックリと膝をついてしまった。周囲から笑いを押し殺すような声が無数に聞こえてきたが、そんなものはもう気にもならなかった。
僕はただ、一方的な片思いとはいえ、気にかけていた女の子の口からそんな言葉を聞かされたことが辛くて悲しくて苦しくて、どうしようもなかったのである。
それ以来、精神的なショックが大きかったのか、僕のペニスは勃たなくなって機能不全に陥った。
そして、そんな状態が続いたままで修了式を経て、気分の晴れないまま春休みに突入し何も変わらないままその春休みさえも終わろうとしていた。
「んっ……」
目を覚ますと、既に日は高く上っていた。どうやら、悩んでいるうちにいつの間にか睡魔に蝕まれ、そのまま随分と眠りこくっていたらしい。
――……やっぱりダメなのか。
起きて早々、朝勃ちをしていない股間を見て思わず気分が重くなる。
グゥ。
だが、そんな時でも一丁前に腹は減るらしく、腹部が鳴き声を上げてくる。ちょうど前日の夕飯を最後に食料のストックを切らしていたので、身支度を済ませると僕は速やかに買い物へと出かけた。
「さてと」
今日も行きつけのスーパーに足を運ぶ。多少年季が入っていて古めかしい店舗だが、値段的にも距離的にも品揃え的にも家庭の事情で安アパートでの一人暮らしを余儀なくされている僕にとっては、ここが最適の場所だった。
「ねえトミさんいね、この前隣町のスーパーで青果部の主任やりよる人が下着泥棒で現行犯逮捕されたんといね」
「ああ、ありゃあやるじゃろうね。顔つきも根性も汚い男じゃけえ」
人気のない店内でレジのおばさんたちが、世間話をしながらけたたましい笑い声を上げている。この店では店員たちも男女問わず平均年齢が高く、四十路手前の男性社員が最年少という状態でまさに老人ホームのような有様だった。
――せめて若い女性店員さんが一人でも居ればここに来る甲斐というものだってあるのになぁ……
閑散とした店内を見渡しながら、数少ない客人たちまでもが男女問わず皺(しわ)がれた顔ぶればかりで思わずため息が漏れそうになる。
そんな中、一人だけ二十代の中ごろ辺りと思(おぼ)しき女性が、買い物かごを手に店内を練り歩いていた。
「あっ」
その女性を近くで見て思わず声が出てしまう。決して特別な美人というわけではなかったが、僕は彼女の容姿に明らかに魅せられていた。
「……」
厚めのメイクと短めのスカートにますます視線を引き付けられる。その時『この女性に今すぐにでもエッチなハプニングが起きたらいいのに』と僕は本気で考えてしまっていた。
「んっ……」
すると彼女は、急に下腹部をおさえながら前屈みになって歩き始めた。
苦しそうな表情を浮かべ、よろよろといった足取りで買い物を続けている。
――多分、お腹痛いんだろうな。だったら我慢なんてしてないで……
急を要する腹痛を起こしているのは容易に見当がついたものの、それでも彼女はなかなか行動に移そうとはしなかった。しかし、限界が近づいていたらしく、程なくして商品が入ったままのかごを通路脇に置くとそのまま店の外へと姿を消した。
――これは……!
間違いなく、彼女はトイレに行ったのだと確信する。僕は無意識のうちに自然体を装いながら、さり気なく店を出るフリをしてその後を追いかけた。
外にある店のトイレは古い店舗だからなのか内装も古めかしく、男女共用で男性用の小便器と大便用の個室が二つという造りになっていた。もちろん、古い店舗なだけに個室はどちらも和式便所である。
――さっきの人は奥側に入ったな。
遠巻きから先ほどの女性が奥側の和式便所に入ったのを見計らって、僕は手前側の和式便所に隠れて鍵をかける。下の隙間は結構空いていて、ここから覗けば向こうが見えるのは想像に難くない。
――今なら、きっと!
僕はこすりつけるかのように床に顔をくっ付けて、隙間からその先を覗き見た。
――す、すごいっ!
視界には、便器の上にむき出しになっている彼女のお尻がモロに飛び込んできた。大きくて形も良く、肌色の桃のようなセクシーでいて可愛らしいお尻。
「……」
心なしか、今までずっと乾いていた股間に熱がこもるのを感じた。
「んっ、んふっ!」
「!?」
だが、そんな僕の股事情などお構いなしに、彼女は苦しそうに肛門を開くとそこから一気に溜め込んでいた便を噴出したのである。
ブリブリブリブリブリッ!! ブブブブブブッ!! ビリビチャアッ!!
それは彼女の魅惑的なお尻には似つかわしくない、臭くて汚い下痢便の豪雨だった。
だが、そのアンバランスな組み合わせが僕の性的な興奮をさらに刺激する。
「はぁ、はぁ……」
「……」
彼女が息を荒げている後ろで、僕は息を殺しながらその光景に瞠目していた。
プシャァァァァ…………
一瞬にして便を出し切った彼女はすぐに放尿を開始する。後ろからその光景を眺めていると、お尻からオシッコを出している、そんな感じである。
「んっ、臭い」
尿も出し切った彼女はそうつぶやきながらペーパーを取り始めた。まぁ、こっちにまで出したての便臭が漂ってくるぐらいだから、臭いのは当たり前だろうけど。
クチュッ、クチュッ!
お尻の毛までバッチリ見えるアングルから、年頃の女性がお尻を拭く姿というのもこれまた艶かしい。
僕は思わず下から手を伸ばして撫で回したくなる衝動に駆られるも、最低限の理性を駆使してどうにか持ちこたえる。
「ふぅ」
一通りお尻と股間を拭き終えると、彼女は縁にはみ出していた便を拭いて立ち上がる。そして、水を流すと個室を出てトイレを後にしたのである。
「……」
彼女が去ったその後には、充満した便臭と数ヶ月ぶりに勃ち上がったペニスに満面の笑顔を浮かべている僕が残っていた。
その日、僕は久しぶりにオナニーをしてグラビア雑誌へと派手にぶちまけた。もちろん雑誌のアイドルはただの的に過ぎず、トイレを覗いた女性をオカズに使ったわけだけど。
ともあれ、新学期を前に僕の生活にも春が来たと言える形で春休みを終えられたのは本当に救いだった。
そして迎えた新学期、高校2年生の1学期が幕を開けた。
「げーっ、俺また健二と同じクラスじゃー」
「知っちょる。あのアニメオタクのキモい奴じゃろ」
新しいクラスにも何人か嫌な奴はいたが、僕をいじめていた連中とはクラスが別になったのでそこは良しとしておこう。
それよりも、僕のペニスを萎れさせた最大の元凶である円香さんが、再びクラスメートになっていたことに驚きを感じていた。
「あたしらーまた一緒じゃね。困ったことがあったら聞いちゃげるけえ何でも言うてね」
全く、誰がその原因を作り出したと思っているんだ。
「あ、ああ。頼りにしてるよ」
だけどもちろんそんな言葉を口に出せるはずもなく、僕は無難な言葉で彼女に対応した。
キーンコーンカーンコーン。
程なくしてチャイムが鳴り、全員が着席する。そういえばこのクラスの担任が誰なのか、僕はまだ知らなかった。
「ねえ、うちのクラスの担任って誰なの?」
「……」
隣の席の女子にたずねるも、彼女は露骨に嫌な顔をして何も答えずそっぽを向く。初日から見ず知らずのクラスメートにまでこんな態度で接されてしまうようでは、先が思いやられるというやつである。
そんな素っ気ない態度に僕がため息を吐いて前を向いたその時、ドアが開いて女性教師が入ってきた。
――あっ!
教壇に立ったその人を見て僕は思わず固まった。それは紛れもなく、春休みにスーパーのトイレで排便姿を覗いたあの女性客だったのである。
「みなさん、おはようございます。私が今日から1年みなさんのクラスを担当する……」
その女性教師の名前を岸村香子といった。こうして僕は1年間、トイレを覗いた女性が担任教師となったクラスで、新たなる高校生活を送ることになったのであった。
高校2年生の1学期が幕を開けてから2週間が過ぎた。だが、そんな1ヶ月に満たない期間ですら、僕にとっては苦痛の日々が続いていた。
「おい健二。クラス委員お前がやれいや」
「そうっちゃ。この組の男子で出来そうなのお前しかおらんけえ」
新学期2日目のクラス委員選考会。普段僕を散々蔑んでいる奴らがこんな時ばかり持ち上げてきて、気が付けばはた迷惑な組織票で僕はクラス委員にされられていた。
「うおーーっ! 健二ぃぃぃぃ!!!」
「!!」
ドゴオッ!
新学期5日目の昼休み。昼食(ぼっち飯)を終えて図書室に行こうとしていた僕の背中めがけて、隣のクラスの男子が全速力とともに膝蹴りをくらわせてきた。
「痛ッ!」
「お前そんなとこ歩きよるけえぶつかるんで。もっと端っこ歩いちょけっちゃ」
「はは、バカがうずくまって痛そうにしちょるで。放っちょいて行こうや」
どうやらクラスが違えども、僕という男は絶好の標的になるらしい。
「あれ?」
新学期翌週の、ずっと雨の降っていた水曜日。朝、傘立ての中に間違いなく入れておいたはずの僕の傘が、下校時間に忽然と姿を消していた。柄の部分に名前の書いたステッカーを貼っておいたのに、だ。
「……」
呆然と立ち尽くしていてもどうにもならないので、僕はそのまま雨に濡れながら誰もいない我が家へと帰宅した。
とまぁよくもこんな短期間に災難ばかり続くものだと我ながら寒心するが、それでも心は折れようとしなかった。何故ならば、どんな辛い時でも一人だけ味方であり続けてくれる人がいてくれたからである。
その決して力強くもなければ頼もしくもないけど、どこか愛しい人の名前を岸村香子といった。新しい僕のクラスの担任にして、これが自身初のクラス担当となる女性教師である。
「うん、健二君やったらクラス委員に向いちょると思うけえ安心じゃわ。一緒に頑張ろうや」
「……はい」
正直なところクラス委員など辞退してやりたいところだったが、彼女のその一言でやる気スイッチが入ってしまったらしく、僕は辞退することを辞退した。
「健二君、大丈夫やったかね? しんどくなかった?」
「あ、はい、なんとか」
背中を蹴られた時はうずくまっている僕をみんなが(副担任や他の教員たちも!)笑っている中で、彼女だけが僕を心配してくれた。
「まだ背骨が痛むけど、折れてるわけでもヒビが入ってるわけでもないから大丈夫です」
「うん、良かった。それ聞いてほっとしたわ」
正直、ある程度の致命傷にでもなっていた方が、病院で診断書を取って訴訟するなりマスコミに垂れ込むなりして問題提起させられるので、本当はその方が良かったのかもしれない。
だけどここは、心から安堵の笑顔を浮かべている彼女を思って、これで良かったのだと割り切って納得した。
「先生。昨日僕の傘がなくなっちゃったんですけど」
「それはいけんねえ。まぁ先生も何か対処してみるけえ、そう気落ちしんさんな」
そう言って元気づけてくれた彼女は、翌日の職員会議で傘の件を持ち出した。程なくして「傘をなくした奴」として、僕の名前は全校中に知れ渡る形となってしまったのであった。
「ははは……」
結果、名前が無駄に広まっただけで傘が戻ってくるはずもなく、流石にこればかりは彼女を少し恨んだ。ただ、どんな対応をしていても傘が見つかるとは到底思えなかったし、一番悪いのは盗んだ奴なんだから責めるつもりは全くなかったけど。
「同人誌即売会?」
「そ、同人誌即売会。いわゆるコミックマーケットってやつね。あんた、こういうの好きそうだからどうかなと思って」
GWを間近に控えた4月下旬の昼休み。僕は、図書室通いを繰り返しているうちに親しくなった、同学年で別のクラスの男子からそんな誘いを受けた。
「俺が行くか行かないかは別として、5月5日に市民会館でそういうイベントがあるっちゅうことだけは伝えちょくわ」
彼はそこまで言うとパンフレットを置いて仲間内のところへと戻って行った。
「コミックマーケット、ねえ」
パンフを広げて事細かな詳細をチェックする。漫画やアニメ・ゲームの好きな人たちが、好きな作品を元にした創作本やグッズを作って販売しているイベント自体は知っている。だが、それはあくまで都会の行事であって、こんな小さな町とは無縁の代物だと考えていた。それがまさか、この辺りでも定期的に催されていたとは。
「ふんふん」
開催日・開催場所とそこまでのアクセス方法。そして次回や次々回、別の類似イベントの日程。さらには、サークル申し込みの記入欄。
「……」
色々と目を通してみたけど、何より視線を奪われたのはパンフ用の宣伝イラストだった。何と言うか、カチューシャをつけた制服姿の可愛らしい女の子が、満面の笑みを浮かべて手を振っている。
片隅に目をやると『イラストレーション:ふみひで(Juicy Fish)』と書かれていた。
「ふみひで」
何の気なしにそのペンネームを口に出してみる。すると、延々と続いているいじめや嫌がらせによって澱(よど)んでいた心の中が、少しだけ洗われたような気がした。
「!」
だがすぐにそんな僕の後頭部めがけて上履きが飛んでくる。
「痛っ!」
「お前こんな場所でパンフ開くないや!」
「ぼ、僕が悪いのか!?」
どうやら、パンフをよこしてくれた彼の仲間の一人が突発的に暴挙に出たらしい。全く、図書室に来てまでこんな目に遭うなんて、もはや才能のレベルである。
そんなこんなで迎えた5月5日の祭日。言うまでもなく、僕の姿は俗に言う「コミックマーケット」が開催される市民会館にあった。
「……」
自転車を飛ばしてざっと15分。気持ち早めに出たつもりだったが、本当に早過ぎたらしく開場時間までおよそ30分残されている。
――それにしても……
中に入ると、案内板に本日の行事予定が書かれていた。どうやら、今日はコミックマーケット以外のイベントはここでは行われないみたいだった。
――4階、か。
この市民会館は4階建てで、それぞれの階にホールがあった。1階は受付ルームと隣り合う形で中ホール。2、3階は図書館や給湯室、高齢者専用の休憩室の少し先に大ホール。そして、4階は何もない空間の中に小ホールが存在するだけだった。つまるところ、定期的に開催されているとはいえ、規模的にはまだまだ小さいイベントだということなのだろう。
「さて」
僕は大きく息を吐くと、今回の初コミケ参戦で自分が何をするべきかを考えるべく、思案するにうってつけの場所へと向かった。
パタン。
便器の蓋を閉め、除菌クリーナーでその上を拭いた後で腰掛ける。誰もいない4階のトイレの洋式便所に座って腕を組み、僕はじっくりと頭を働かせた。
――まず、ふみひでさんのサークルに行くのは必須だな。あくまで参加していればの話だけど。
勝手な思い込みに過ぎないが、彼の描く漫画は自分の欲求を満たしてくれる、そんな風に思えてならなかった。
――それと、学校の女子の何人かはこういうイベントに参加しているって話だからな。いれば挨拶ぐらいはしておこう。
日常的に学校でいじめられているとはいえ、何人かの女子は僕を相手にしても普通に接してくれていた(男子にも一応いたと言えばいたけど)。そういった子たちは概ねクラスの女子の輪からあぶれていて、いつも数人で集まってイラストのようなものを描いていた。今日来ているか来ていないかは別として、おそらく彼女たちもこういったイベントのことは認知しているのだろう。
――それから……
胸のポケットに入れた使い捨てカメラに目線をやる。
――こういったイベントには蝶や花が集う、ってアニメ雑誌に描いてあったもんな。
コミックマーケットの醍醐味。それは、コスプレイヤーの艶姿(あですがた)を拝める眼福と、それを写真に収められる幸福である。そんな言葉を目の当たりにして行動に移せないわけがない。
――コスプレイヤー……好きな作品の衣装を身にまとった、心からアニメや漫画を愛する人たち……
普通に知らない女性を相手に一般人――まして、僕のような学校中で気持ち悪いと言われているような男が撮影を依頼すれば、どん引きされるのは明白だ。だけど、このコミックマーケットという場所ではそれが罷り通るというのである。
――知らない人を撮るというのもおかしな話だけど、美人さんなら大歓迎だもんな。
ふと、脳裏に香子先生の姿が浮かんでくる。
――いやいや、あの人は関係ない。今日はあくまでコミックマーケットを楽しむのが先決だ。
足りない脳みそを絞りながら、一通りの考えをまとめてトイレを出ようとしたその時だった。
「もう、舞ちゃんったらどうしてここのトイレを使うのよ。下のを使えばいいじゃない」
「だって、恥ずかしいじゃない。ここなら人がいないから大丈夫かなと思って」
入り口のドアが開く音がして、女の子が二人ほど入ってくる。このまま出るのも気まずいので、僕は彼女たちがいなくなるまで隠れておくことにした。
「ん~~……まぁ、ここのトイレならみんな普通は避けると思うけど」
事情はよく分からないが、それは確かにそうだと思う。何せ1階から3階までのトイレが男女分かれているのに対して、この4階のトイレは男女共用の造りになっているのだから。で、肝心の内装はというと小便器が二つと個室が二つ。そして、洋式の個室は現在僕が占拠中。
「あれ、こっち誰か入ってるよ?」
片方の女の子が僕の入っている個室のドアをガタガタと揺らしてくる。僕は絶対に悟られまいと気配を消して、物音一つ立てずに沈黙を貫いた。
「未衣、やめなさい」
そんな中「舞ちゃん」と呼ばれていた方の子が揺さぶり攻撃を制止してくれた。
「きっと故障中か何かで使用禁止になっているだけよ。もう時間ないんだし空いてる方を使いましょ」
「そーかなぁ」
「未衣」と呼ばれた方の子はどこか不満そうだったが、渋々と引き下がったみたいだった。
カチャッ!
程なくして、その舞ちゃんと未衣ちゃんが手前の個室に一緒に入って鍵をかける。
――あ、これって。
僕が(用足しではないにせよ)使っているのは洋式だが、手前の個室は和式である。
そして、目の前に仕切りはあれど下には結構な隙間が空いている。
「じゃあ先に未衣がオシッコするね」
「うん」
二人の会話が聴覚を通じて全身を刺激する。
「……!!」
気がつけば僕は床に這(は)って目を凝らしながら、隙間の向こうを覗き見ていた。
――これはっ!
便器の上に剥き出しになった小ぶりなお尻がハッキリと視界に飛び込んでくる。先ほどの会話から推測すると、これは未衣ちゃんのお尻ということになるのだろう。予想外の小ささと割れ目に毛も生えていない辺りから察するに、この子は小学校の中学年ぐらいと考えるのが妥当か。
ブシャアァァァァァァッ!!!
そんな未衣ちゃんが、見られているとも気付かずに勢い良く放尿を開始する。
――うっ!
透明の尿が噴水のように降り注がれるその光景に、思わず股間が熱くなる。よく「小便臭いガキ」などという罵り文句があるが、僕にとってはその臭さこそが刺激的にして官能的なのである。
「あ~スッキリした~」
放尿を終えた未衣ちゃんは屈んだ状態で、下半身ごと局部を振るうと拭くこともせずそのまま立ち上がってしまった。
「もう、未衣ったら。ちゃんとペーパーでフキフキしないとダメじゃない」
「ニヒヒ、いいのいいの。だって男の子たちはみんなオチンチンをブルンブルンさせるだけで済ませてるんだよ」
「はぁ……未衣は女の子でしょ、もう少し衛生面ぐらいは女の子らしくしないと」
「うんうん、分かったから次は舞ちゃんの番だよ」
「その……もし出そうになかった時はお願いね」
未衣ちゃんに急かされながら、今度は舞ちゃんが便器へと屈む。
――おおっ!
続いて便器の上に現れたお尻は、程よいサイズのキュートな桃尻だった。大きさと適度に生えている陰毛から鑑みるに、この子は僕と同年代ぐらいと考えて間違いなさそうだ。
「んっ……」
ぷるぷると小刻みに震えているお尻を見ていると、隙間から手を突っ込んで愛撫してみたくなる衝動に駆られる。もちろん、それをやってしまうと色々と終わってしまうので、ぐっと堪えるのだが。
「んんっ……」
ブブッ。
さっきからずっと気張っているみたいだったが、彼女の肛門からはメタンガスが出てくるだけで肝心のブツは姿を見せようとしなかった。
「ダメ?」
「うん、やっぱりダメみたい。あれ、お願い出来ないかな?」
「しょうがないなぁ」
未衣ちゃんがゴソゴソとポケットから何かを取り出して、舞ちゃんの隣に横向きで屈む。
――あれって……
それは紛れもなく『イチジク浣腸』という医薬品でありながら、官能的な危うさを秘めた魔法のアイテムだった。なるほど、それでさっき人がいると恥ずかしいとか何とか言っていたわけか。残念ながら、後ろからバッチリ僕に見られているのだけど。
「じゃあ入れるよ」
「うん」
未衣ちゃんはキャップを開けると、その先端をゆっくりと舞ちゃんのお尻に差し込んだ。
「あふっ」
浣腸液を注入されながら、舞ちゃんが色っぽい声を上げる。
「すぐ出しちゃいけないよ。少なくとも5分間はウンチ我慢しないと意味がないんだからね」
未衣ちゃんが釘を刺しながら舞ちゃんのお尻を揉みしだく。そんな未衣ちゃんを羨みながら待つ5分間は、まるで永遠のように感じられた。
「もう限界、私……」
あれから7分ぐらいは経過していただろうか。ずっとお通じを我慢していた舞ちゃんの肛門はついに限界を迎えたらしく、ぷっくりと大きく開かれた。
ブッ、ブリッ! ブリブリッ!! ブブブブブビッ!!
そんな舞ちゃんのお尻から、浣腸便が勢い良くひり出される。形としては固形便に近かったものの、普通の便よりも水気を含んでいるように見えるのは浣腸液の影響か。
ブブッ、ビッ……プシャァァァァ~~……
「ほっ」
放尿を開始すると気持ちが楽になったのか安堵の息を吐いている。
「よく我慢したね舞ちゃん、えらいえらい」
「だってコスプレ中に催しちゃったら色々と面倒だもん。今のうちに出そうなオシッコとウンチは全部出しておかなくっちゃね」
「だよね」
コスプレ中に?すると、この二人はコスプレイヤーなのか。だとすると、僕はこの子たちのコスプレよりもすごいものを見てしまったということになる。
クチュッ、クチュチュ!!
一通りの排泄を終えた舞ちゃんがお尻を拭き始める。香子先生の時も感じたが、女性のこの手つきというのが実に艶なまめかしい。少なくとも、僕にとってはセックスよりもこういった光景を見ているほうがよほど刺激的だ。
「さ、行きましょ」
「うん」
拭き終えた舞ちゃんは水を流して立ち上がると、未衣ちゃんを連れてそのままトイレを後にした。
一人残された僕は、股間に張ってしまったテントをたたむのに必死になっていた。
ざわざわ、ざわざわ。
開場5分前ともなると、人が増えてきて辺りも騒がしくなっていた。
「……」
見渡す限り知った顔はいない。僕にパンフをよこしてくれた彼も、オタク系の女子たちも今回は不参加ということか。
――ま、あの顔ぶれが目当てってわけでもないからな。
少し寂しい気分になりながらも、自分を納得させようとしていたその時だった。
「わ~い、今日は精霊さんだぞぉ!」
「未衣ったら、あんまりはしゃがないの」
「舞ちゃんと一緒にコスプレ、たぁのしぃ~♪」
二人の女の子が女子更衣室から飛び出してくる。その声と名前は間違いなく先ほどトイレで隣り合ったあの子たちだった。
――この子たちが……
トイレでは顔を見ることが出来なかったが、今ここで見る彼女たちは僕の予想を上回るレベルの可愛らしさだった。可憐という言葉がピッタリと当てはまりそうな清楚な雰囲気の少女が舞ちゃんで、つぶらな瞳が印象的な活発さを思わせる雰囲気の幼女が未衣ちゃん。二人とも、某RPGで主人公たちの手助けをしてくれる大地の精霊の姉妹の衣装を身にまとっている。
「それにまだメイクが残ってるでしょ。急がないと」
「は~い」
どちらも口元が緩んでいる僕に気付くこともなく、再び更衣室へと姿を消した。
――メイク、か。
どれだけ取り繕おうとも、あれを見た以上はそっちばかりが脳裏に焼き付いてしまうだろう。だからこそ、お詫びの意味も込めて被写体としての彼女たちを記録に残しておきたい。
「よしっ!」
両手で頬をピシャリと叩いて気合を入れ直す。腕時計を見ると、ちょうど運命の開場時間――11時を指し示していた。
「コミックマーケット開場でーす」
スタッフの手によってホールの扉が開かれる。ここに、僕の人生初のコミックマーケットが幕を開けたのであった。