第17話(壱) 便秘も治る山登り
「はっ、はっ……」
「ほら、しっかりしなきゃ。これぐらいのウォーキングに慣れておかないと、ソープに行っても本番前に潰れちゃうんだからね」
「高校生に性行為を示唆するようなこと言わんで下さい」
でこぼこ道を歩きながら足元に気を配りつつ前を向いて一歩一歩を踏みしめる。今、僕は隣の部屋に住む小口留里子さんの誘いを受けて、彼女と一緒に地元の名所・御結山(おむすびやま)を登っている真っ最中だった。
「しっかしまだ半分なんですか……極力最低限の荷物だけの軽装で来たのに、案外疲れるもんなんですね」
「男の子がこんなので疲れたなんて言ってちゃダメよ。何たって、便秘には適度な運動が一番なんだから」
「それ留里さんのお通じの話でしょ」
「そうよ。だからあなたも付き合うの。差し当たって近所付き合いの一環ってところかしら」
どうも留里さんは最近は便秘がちらしく、ここ数週間は適度な運動と適度な水分補給を心掛けているということらしい。彼女に言わせると、自然排便こそが生物のあるべき姿であって、浣腸は異性と楽しむプレイ用の道具に過ぎないというのが持論のようである。
最も、その浣腸プレイに付き合っているのも僕(=入れる側)だったりするのだけど。
「この前なんか便秘で1時間も会社のトイレに屈んでたんだから。結局オナラしか出なかったんだけどさ」
「そんな長時間も和式に屈んでいられる脚力に、敬意を表します」
それにしても、OLの制服を着た留里さんの和式トイレに跨っている姿か……考えれば考えるほど、卑猥な気持ちがムクムクせり上がってくる。
「あら、余計な一言でオチンチン君に栄養が行き届いちゃったのかしら?」
「あ、えっと、それは、その」
ギュム。
弁解をする間もなく留里さんの手に膨れ上がったペニスを握られる。
「フフッ。言葉を紡ぐ前にオチンチン君が訴えているわよ。『今すぐ留里さんをオカズにしてビュルビュルしたいよぉ~』って」
「い、言ってないですそんなこと」
「じゃあ、今から私のお手々でシコシコしながら聞いてみてもいいかしら?」
「ダメに決まってるでしょ! 野外で昼間から、何てことをするつもりですかっ」
正直言うと、このまま流れに乗っかっても悪くはないし、留里さんの気持ちはむしろ嬉しかった。だけど、ここが外である以上は誰が見てるか分からない。うっかり僕に危害を加えてくる、学校やコミケの暴漢どもの目に留まれば、後日嫉妬の暴力を受けることなど火を見るよりも明らかだ。
「……こういうことは帰ってからにしましょう、ね」
「仕方ないなぁ。オチンチン君、悪いけど続きは健二君のお部屋の中でね」
留里さんは僕のペニスを指で弾くと何とか引き下がってくれた。
「とりあえず、下半身の話題は置いといて山頂を目指しましょう。せっかく山登りに来たんだから頂上まで行かないと」
「そうね。せっかくカップル登山を楽しんでるんだからてっぺんまで行かないとだよね」
「……ま、まぁ傍から見ればカップルに見られるのは否定しませんけどね」
僕と留里さんは、それぞれ青ジャージと赤ジャージの上下という身なりで、おそろいの軽量リュックを抱えて歩いてた。言うなればペアルックのようなもので、そりゃあ男女二人で歩いていれば恋人同士に見られても何の不思議もないというものである。
「よーし、今から休憩なしで一気に上までウォーキングよ~!」
「ま、マジっすか!?」
目を丸くする僕を尻目に、留里さんはスイスイと先を歩き始めた。僕のペースに配慮した歩幅で進んでいたので見失うことはなかったけど、それにしたって元気過ぎるだろう。あんな健康体が便秘に悩んでいるというのだから、全くもって女の子という生き物はよく分からない。
「…………」
そんな中、ようやく山頂が視界に入った辺りでふと留里さんが立ち止まる。
「どうしたんですか急に?」
留里さんに追いつき、じっと何かを見据えている彼女の視線の先を追う。
「あっ」
その先では、今まさに見覚えのある双子の姉妹が同時にズボンとパンツをずり下ろしながら、草むらの陰に屈んだところだった。確かあれは社会見学で訪れた工場で働いていた子たちで、片方はサヨ、もう片方はスズという名前だった。まさか、あの時に運良くトイレを覗くことが出来た彼女たちと、こんな形で再会する日が来ようとは。
「これだから山登りはやめられないのよねぇ。あんな可愛い子たちが生理現象とはいえ、野外で平然とお尻と局部を丸出しにしちゃうのよ」
「全くもって同感です。山頂に着く前に元が取れちゃった、そんな気分です」
留里さんと横並びになりながら、露となった彼女たちのお尻をガン見する。
「…………」
当時、和式を逆跨ぎに使っていたので見ることが出来なかった(ツルツルの局部はバッチリ見たけどね!)サヨのお尻に目を向ける。一見スズのお尻と大差なかったものの、右側にチラリとホクロが見えるので、この小さな黒点が二人のお尻を見分けるポイントになると言えるだろう。
ブシャァァァァ~! プシャァァァァァァ……
僕たちに見られているともつゆ知らず、サヨとスズが放尿を開始する。この位置からだと放物線を見ることは出来なかったものの、音を聞く限りではサヨは激しく、スズは緩めに黄金水を噴射しているみたいだった。
「いや~ん健二君のエッチ☆」
留里さんが今さらなことを言いながら、両手を僕のペニスに覆いかぶせてくる。
「いや、それ普通両目に向かってする行為です……一向に構わないんですけど」
偉そうなことを言いながらも、僕のペニスは留里さんの手の中でぐんぐんと膨れ上がっていた。
「すっごく元気……健二君のオチンチンが大きくなる感触が手に伝わってきて、私までエッチな気分になっちゃいそう」
「留里さんは元々エッチでしょうが」
双子の姉妹の排泄を見届けたところで、完全に止まっていた登山を再開する。ここまで来ればもはや頂への道は苦もなく遠くもなく、ただ感覚の赴くがままに足を動かすのみであった。
「着いたぞー!!」
たどり着いた山頂の中心部で、両手を広げて青空に向かって一声を上げる。
「健二君ったら本当に無邪気なものね。私まで気持ちが弾んできちゃうわ」
隣で留里さんが呆れたように笑っていたけど、それでも僕は込み上げてくる嬉しさと達成感を前に声を出さずにはいられなかった。まさに難関RPGクリア直後を彷彿とさせるような、魂の叫びというヤツである。
「さあ、記念の祝い酒ならぬオチャケ(=お茶)といきましょう!」
自分でも分かるほどに、しょうもないオヤジギャグを飛ばしながらリュックからペットボトルの緑茶を取り出して一気に流し込む。これだよこの味。ニッポンの味とも呼ぶべきこの苦みが、渇いた喉にはうってつけなんだよ。
「……」
だが、そんな僕を何故だか留里さんはキョトンとした顔で見つめていた。
「今度は一体どうしたんですか? もうどこにもオシッコしている女の子なんていやしませんよ?」
「健二君ったら風情のない男ねぇ。こんな場所に来たら、もっと素敵な水分補給があるってものでしょうに」
もっと素敵な水分補給。
「と、言いますと?」
「ほら、あれよあれ」
留里さんが指差した先には大きな石に囲まれた小さな池があった。
「…………」
山頂の片隅にぽつんと構えるその小池、雨か湧き水か何かで偶発的に出来上がった自然の賜物だったりするのだろうか。
「せっかく山登りに来たんですもの。こういった自然の恵みをたしなむのも、山の神様への礼儀よ」
「うーむ、魚座ゆえの水神様びいきな僕としては、こういった怪しい自然水はあまり……」
「大丈夫よ。だったら私が毒味役になってあげるから」
留里さんはゆっくり池に歩み寄ると、体を屈めて両手で水をすくいながらそのままゴクゴクと流し込み始めた。
「あーおいしい。やっぱり自然の水は一味も二味も違うんだよね」
「留里さん……」
その幸せそうな横顔にキュンとしながらゆっくりと彼女に歩み寄る。程なくして、飲みっぷりがゴクゴクからガブガブへと変貌していた留里さんを前に、やっぱり僕も飲んでみようかと思い始めたその時だった。
ゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロ…………
晴天の空に似つかわしくない雷音のような音が耳に響いてくる。
「あ、あはは」
それに伴い、留里さんの表情がどんどん青ざめてその顔からは脂汗まで流れ落ちてくる。
ゴロゴロゴロゴロ、グルルルルルルッ!!
やがてその音が激しさを増したその時、僕の憶測が確信へと変わる。
「あ~留里さん、やらかしちゃいましたね」
「そ、そうみたい……ね」
「とりあえず、少し下りて人目につかないところに行きましょう。こればかりはきっと、山の神様もお許し下さるはずです」
「う、う、うん……」
僕はヨロヨロになった留里さんに肩を貸しながら、一つ大きく息を吐いてからゆっくりと下山した。
何と言うか、やっぱり山の湧き水って恐ろしい。
僕は、先ほど双子の姉妹がオシッコをしていた草むらの先にある大きな茂みに留里さんを連れ込み、そこで排便させた。
ブリブリブリブリブリ! ブビュルル! ブビビッ、ブリビチチチッ!!
「あっ、あん。お尻、お尻が気持ちいいのぉ~!」
「それが屋外で野糞している年頃の女性の言うセリフですか」
ミドル級の丸くて綺麗なお尻からアメーバのような下痢便を撒き散らしながら、留里さんが屈んだ体勢のままで喘ぎ声を立てる。
ビリビリビリ! ブリビリビリ! ブブッ、ビリビチャッ!!
「だって、だってぇ! 溜まっていたウンチがぁ! 全部!ぜぇーんぶ下痢になって飛び出してるのよぉ~!!」
さっきまでの顔面蒼白はどこへやら、これだけお腹を下しているというのに留里さんは苦悶どころか悦楽に満ちた表情を浮かべていた。例えるなら、セックスの絶頂時における『イキ顔』と呼ばれている時の顔つきである。
ブシャァァァァ~!
留里さんが、剃毛された桃色の局部から勢い良く放尿する。
「あはは、オシッコまで飛び出ちゃう! もうお尻もオマ〇コもユルユルになっちゃったぞぉ~☆」
「…………」
正直、こんなにも心から幸せそうに排泄する女性なんて、排〇一門会の作品でも見たことがないレベルである。
「留里さん……」
だけど、そんな留里さんの姿がたまらなく嬉しかった。
「あぁん! ウンチ、ウンチ止まんないけどそれがすっごくたまんないのぉ……!」
こんな形とはいえ、留里さんの便秘が見事なまでに解消されたのだから。
「…………」
そして、そんな留里さんの姿が果てしなく愛しかった。
「だけどぉ! 健二君に、飲ませなくて、良かったよぉ……」
もしかしたら、僕が飲んでいたかもしれない危ない湧き水を先に留里さんが毒味してくれたおかげで、飲まずに済んだのだから。
「はぁ、はぁ、はぁ…………」
ようやく全部出し終えたらしく、快楽を過ぎた留里さんの顔は安堵に満ち溢れていた。そんな彼女のお尻の下は、異臭漂う肥溜めのプールと化していた。
「えへ☆ 宿便ごと欠片も残らず出し切っちゃったみたい」
「ま、結果的には良かったということでお尻拭きましょうか」
「そうね。もちろん健二君の手でフキフキするのよ」
「……でしょうね」
僕はリュックからポケットティッシュを取り出すと、2枚重ねにして中腰の体勢に移っていた留里さんのお尻を拭いてあげた。
「健二君のエッチ。さっきから鼻息がお尻にかかって、くすぐったいんだからね」
「心配しないで下さい。野外でこんなことをさせてる留里さんの方が僕よりもっとエッチです」
そんなことを言いながらも、留里さんへの想いは間違いなく確かなものへと変貌を遂げようとしていた。こうして、和やかな談笑とともに人生初の山登りは、頂に到達することよりも大切な何かを僕の心に植え付けたのであった。
第17話(弐) お節介な恋愛繁盛記
「何だよ泰ちゃん、今日も愛妻弁当なのか」
昼休み、ぼっち飯を食べに屋上へ向かう行く途中で同級生――泰地のクラスに入って、彼の弁当を覗き込む。
「放っちょっいてや、あんたに言われる筋合いはどこにもないじゃろうがね」
「はは、悪い悪い」
謝りながらも泰地の弁当にもう一度だけ一瞥をよこす。これが目に余るほど乱雑に作られていて、ご飯にまぶされた鮭の切り身のところどころに骨が混じっている辺りが何とも痛々しい。
「…………」
もちろん、これが母親や恋人のお手製というのなら多少の我慢も出来るのだろうけど。
「また麻梨乃さんの手作りかい?」
「そういね。別に俺が頼んどるわけじゃないのに、いっつも持って来よるありがた迷惑っちゅうヤツいね」
不貞腐れながらも、当然のようにパクパクと食べている泰地に少しだけ同情する。間違いなくこれは、照れ隠しなどではなく彼の本心から出ている気持ちなのだろう。
「……泰ちゃんに幸あることを願っているよ」
僕はそれだけ告げると、不機嫌な表情のまま弁当をかき込んでいる泰地を尻目に屋上へと向かったのであった。
「ふーん。つまり泰地は、クラスメートの麻梨乃って女にベタベタされて辟易してるってこと?」
「そうだよ、重村麻梨乃。前にフリマで僕と色々あった厄介な奴さ」
曇り空の広がる屋上で、トイレの花子さんを相手に泰地の身の上話をしながらクリームパンをかじる。
「フリマの一件を経て、彼女も多少は人間的にまともになったけど、悪い意味でお節介で粘着質なところは変わってないんだよね」
「困った女ね。きっと自分が迷惑に思われているという自覚がないのよ。ある意味では、一番始末の悪いタイプだわ」
「どうすれば、ああいう無自覚な奴に自覚させて引き下がらせるか、ってところが問題なんだよね……」
ため息を一つ吐いて、今にも雨の降り出しそうな灰色の空を見上げる。一面に広がる曇天は、ちょうど今の僕や泰地の心境をそっくりそのまま描き出しているかのようだった。
「……やっぱり正式な彼女を作って、他の女は用無しって思わせるのが手っ取り早い解決策じゃないかしらね」
「あ、なるほど」
花子さんの妙案に思わずスルリと納得する。確かに泰地に彼女さえいれば、麻梨乃といえども考える頭ぐらいはあるだろうから少しは自重するかもしれない。少なくとも、愛妻弁当気取りの哀災弁当責めぐらいはやめてくれるだろうから、それだけでも泰地を精神衛生面で救い出すことは可能である。
「だけど、簡単に彼女と言ってもアテがあるの?花子さん、泰ちゃんは僕が心を許せる人間の一人なんだから、あんまりおかしな女は勘弁だぜ」
「心配はいらないわ。見た目も中身もイケメンなのに女運のない泰地と同様に、見た目も中身も可愛らしいのに男運のないお姫様に心当たりがあるから」
見た目も中身も可愛らしいのに男運のないお姫様。人を見る目に長けている花子さんの審美眼なら信用が出来るとはいえ、随分と大きく出てきたものである。
「何だよ、そんなお姫様がいるんだったら泰ちゃんとくっ付ける前に僕が……」
ギュム。
浮気心が湧き立つ前に、花子さんにペニスを握られる。
「いや、ごめん、冗談。ちょっとだけ気にはなったけど」
「あなたの彼女は私でしょ。どうして他の女に気持ちを泳がせちゃったりするのかしら。それに……」
そこで花子さんは間を一つ置いてからハッキリとこう告げたのである。
「お姫様の名前は又下舞。あなたのよく知ってる未衣ちゃんのお姉さんよ」
翌々日の日曜日。コミケ仲間の未衣ちゃんが、件の舞ちゃんを連れて僕の家にやって来た。考えるまでもなく花子さんの差し金なのだろうけど、それはこの際横に置いておくとして。
「い、いらっしゃい」
「へっへ~。健二お兄さん、またお邪魔しちゃうよ!」
「こんにちは、林葉先輩。いつも未衣がお世話になってます」
未衣ちゃんはともかく、初対面となる舞ちゃんを前に思わず緊張する。そう、形式上は初対面だが同じ高校の後輩である彼女は、僕が何度も遠巻きから眺めている女の子なのである。ついでに言うと、初参加のコミケでは彼女のトイレを覗いているわけで。
「あ、あの、今日はよく来てくれた、って言うかさ……」
「未衣から話は聞いてます。その節は、私のトイレを隙間から覗かれていたそうですね」
「いや、うん、それは、ね……」
「気にしないで下さい。それだけ先輩が、私に魅力を感じていると考えて割り切ってますから」
どうやら舞ちゃんは、可愛い上に穏やかな海のように心の広い女の子のようだった。
「へへ。良かったねお兄さん、お姉ちゃんウンチしてるところを覗いたこと許してくれるってさ」
ギュムギュム。
未衣ちゃんが、ニカッと笑って白い歯を見せながら僕のペニスを握ってくる。
「……ここで立ち話も何だからとりあえず家に上がろうか」
僕は気が抜けたような安堵したような、何とも言えない気持ちになりがら、玄関前での立ち話を強制終了させて二人を家に上げた。目の前にトイレを覗いた女の子が二人いて、その子たちが当然のように僕の家を訪れて普通に会話をしている、そんな現状が何とも不思議な気分だった。
プシャァァァァァ…………
「話は聞いてるよ。僕の友達に会ってみたいんだろ?」
「は、はい。未衣のお友達の花子さんが教えてくれました。林葉先輩の友達に、泰地さんという素敵な方がいるって」
トイレに直行した未衣ちゃんの放尿音をSEに、テーブルを挟んで舞ちゃんと本題となる会話を交わす。
「言っておくけど彼は確かにイケメンでいい奴だけど、結構なスケベでなかなかのエッチマンだったりするよ?」
「……誰かさんのような、女の子のオシッコやウンチしてる姿に興奮する類のエッチな人でなければ私は一向に構いません」
それは遠回しに僕のような男はタイプじゃないって意味だな、うん。まぁ今回は、泰地のために一肌脱いでるわけだから別にいいんだけど。
「絵がうまくて歌唱力も高いけど、勉強とスポーツに関しては僕ほどではないけど劣等生の部類に入る男だったりするよ?」
「優等生を望んでいるわけではないから問題ありません。むしろ芸術肌であるならば大歓迎で……」
プゥ~ッ、プッ! ブリブリッ、ビチャッ!
「…………」
「いや、笑いたくなるのは分かるけど我慢しよう。あれも立派な生理現象の一つだからさ」
オナラの音を響かせながら勢い良くウンチをひり出す未衣ちゃんに、思わずどちらからともなく笑いが漏れる。
「ホント、未衣ったら家でもあんな調子だから、いつも笑いが絶えないんですよ」
気がつけば、舞ちゃんの表情からは硬さが消えていて全面から柔和な笑顔が広がっていた。
「舞ちゃん……」
その笑顔を前に、思わず胸の鼓動の高鳴りを感じてしまう。だけど、ここで僕がすべきは親友である泰地の力になってやること一択のみであって。
「これ、泰ちゃんの写真ね。1年の時に行った集団合宿で撮ったヤツ」
僕は、引き出しから泰ちゃんとのツーショット写真(笑顔&親指突き立てポーズ)を取り出して、舞ちゃんに渡した。
「これが、泰地さん……」
「そう。河本泰地。僕の同級生にして、唯一気を置ける男友達ってヤツ。そもそも僕をコミケに導いたのって、パンフをよこしてくれた泰ちゃんだったりするんだよね」
最も、その時に行った初コミケで舞ちゃんと未衣ちゃんのトイレを覗いた、と言えばそれまでなんだけど。
「まぁ彼も、僕と一緒で家庭の事情があって独り暮らしを余儀なくされてる高校生なわけだから、舞ちゃんがお弁当でも作ってくれたら喜んでくれるんじゃないのかな」
「………………」
僕の言葉に舞ちゃんが目を閉じて熟考する。悩むな悩むな、見た目と中身のイケメン二冠王と付き合えるチャンスなんて、そう簡単に転がっているようなものじゃないんだぞ。
「あ~ん、ペーパーが切れちゃったよぅ! お兄さん、ウンチ拭く紙を早く持って来て!」
未衣ちゃんの大きな声が、またしても場の空気を解きほぐす。
「フフッ、アハッ、アハハハハハッ」
気がつけば、舞ちゃんはお腹をおさえて大きな笑い声を上げていた。
「全くもう、未衣ったら本当に林葉先輩のことが好きなんですね。これじゃあ私がお邪魔虫みたいじゃないですか」
必死で笑いをかみ殺しながら言葉を続ける。
「でも私、この人に声をかけてみようと思います。先輩のような方が心を許せるというのなら、きっと素敵な人だと思いますから」
「それは良かった。君のような子が相手なら、泰ちゃんも絶対に喜ぶだろうよ」
どうやら交渉は理想的な形で成立を遂げたみたいだった。
「それでは私はこれで帰ります。先輩、未衣のお世話は任せましたよ」
「えっ、もうちょっとゆっくりして行っても……」
「ごめんなさい。女の子のトイレを覗いてオチンチンが勃つような人とは、あまり一緒にいたくないので」
「いや、まー、そりゃそうか」
舞ちゃんは僕に深く一礼をすると、ごもっともな正論(むしろ性論かな?)とともに背を向けてそのまま帰ってしまった。
「林葉先輩。これからも未衣のことをよろしくお願いします」
去り際に、そんな言葉を残して。
「……」
逃がした魚は大きかったのかもしれないが、性癖の相違を考えればこれで良かったということになるのだろう。そう、彼女は最初から僕にとって『捕えることの出来なかった魚』だったと思ってしまえば、全てがすんなり受け止められる。だとすれば、これはこれで一つの節目と割り切って、今の僕がするべきことは。
「お兄さん、ペーパー早く! 今日もたっぷり出したから、未衣は今お尻がウンチまみれなんだからね!」
「はいはい、今すぐ行くから待っててね」
僕は、キッチンの小棚から新しいペーパーを取り出すと、すぐに未衣ちゃんの待つトイレへと直行した。
「お兄さん。未衣を待たせた罰として、後でたっぷりオチンチンを舐めちゃうんだからね」
「構わないよ。その代わり、出てきた濁液はお顔でしっかり受け止めること。いいね?」
「当然だよ。お兄さんのオチンチンから出てくるお汁は、全部未衣のラッキーシャワーなんだから」
僕たちは、相変わらずな会話を交わしながら便臭の漂うトイレの中で、官能的な一時を堪能した。
「ほら、ちょい右……う~ん、もうちょっと左!」
「この辺りかな? よしよし、しっかりフキフキしてあげるからじっとしててね」
いつものように未衣ちゃんのお尻を拭いていると自然と心が楽になり、気がつけば晴れやかな気持ちが胸の中に広がっていた。僕は一人じゃない。いつだって、同じ嗜好を共有してくれる仲間たちがいてくれる、そんな風に思えたから。
そして、お節介ながらも親友である泰ちゃんの力になれた(かもしれない)ことが嬉しかったから…………
翌日の昼休み、舞ちゃんは手作り弁当を武器に泰地へと告白した。その節は、泰地のクラスに乗り込んでの告白劇だったという話だから、見た目からは想像もつかない彼女の行動力に恐れ入る。もちろん女の子に飢えている泰地に断る理由など存在せず、ここに校内カップルが誕生したのであった。
「何だよ泰ちゃん、今日も愛妻弁当なのか」
それから1週間後の昼休み、ぼっち飯を食べに屋上へ向かう行く途中で泰地のクラスに入って彼の弁当を覗き込む。
「ええじゃろ、でもあんたには一口もあげんけえね」
「おいおい、僕だけじゃなくて誰にもあげられねーだろ、そんな宝物」
含み笑いを浮かべながら、泰地の弁当にもう一度だけ一瞥をよこす。
これが本当に丁寧に作られていて、ご飯の上のハート型鶏そぼろが何とも微笑ましい。
「…………」
もちろん、これは泰地の彼女となった舞ちゃんの手作り弁当である。
「今日も晩飯はご一緒かい?」
「そうじゃね。俺が頼んだら夕飯まで作りに来てくれるけえ、ホンマありがたい限りいね」
幸せそうにパクパクと食べている泰ちゃんに少しだけ妬いてしまう。間違いなく僕は、心のどこかで彼を羨んでいたりするのだろうけど、それはスッパリかなぐり捨てるとして。
「……泰ちゃんに幸あることを願っているよ」
僕はそれだけ告げると、満面の笑顔で弁当をかき込んでいる泰ちゃんを尻目に、屋上へと向かったのであった。
「あんたのおかげよ、感謝しちょるけえね」
去り際に、そんな言葉を背中に受けながら。
「記憶回路をショート完了?」
「そうよ。未衣ちゃんたちがあなたの家に行っていた日曜日に、あたしはあの麻梨乃って女の家に行って闇討ちしてきたの」
晴天の屋上でメロンパンをかじりながら花子さんの話に耳を貸す。
「なるほど、どうりであの日来ていなかったわけだ」
「アイツ、部屋でスナック菓子を貪ってトドのように横になっていたわ。それも鼻をほじりながらね」
「あー何か簡単に想像がつくなぁそれ……」
そこそこ可愛らしいとはいえ、粗雑なイメージの麻梨乃ならそれぐらいはしていても、何ら不思議はない。まぁそのぐらいが彼女らしいということなのだろう。
「で、花子さんのことだから結構手荒いことしたんでしょ?」
「そんなことはないわ。念力で天井に頭を叩きつけた後で、頭部の秘孔を突いて泰地にまつわる記憶を根こそぎ削除してやっただけよ」
「それはすごいね。でも、おかげで麻梨乃が泰ちゃんに一切粘着しなくなったんだから、お手柄だったよ花子さん」
「か、勘違いしないでちょうだい。あたしはあの麻梨乃とかいう女が気に食わなかっただけで、あなたや泰地のためにしてあげたんじゃないんだからね」
そう言ってプイッとそっぽを向いてしまった花子さんの横顔は、一目で分かるほどに赤く染まっていた。僕の言葉の中に、何か気にかかるようなところでもあったのだろうか。
「あの、花子さん……」
「あたしトイレに行ってくる。今日はとびっきり可愛い女の子のウンチしてる姿を、心行くまで観賞したい気分だわ」
「はへっ?」
「あなたはゆっくりぼっち飯を楽しんでなさい。昼休みはまだ長いのだから」
僕の話を聞こうともせず、花子さんは姿を消すとそのままどこかへといなくなってしまった。
「……」
程なくして辺りから気配もなくなり、完全にいなくなったのだと確信する。どうやら彼女は、本当にトイレに行ってしまったのだろう。
――花子さん、どうしてあんなに赤くなっていたのかなぁ……
熟れた苺のように頬を染めていた彼女の横顔を思い浮かべながら、首をひねるも何も答えが見つからない。天を仰ぐも晴天の青空は、ただ無限に広がるばかりでやっぱり答えは見つからない。
「……」
僕は途中のメロンパンを最後まで食べきると、紙パックのココアを一気に飲み干して昼食を終わらせた。そして、日陰のスペースに寝そべると、30分以上残されている昼休みを睡眠とともに満喫したのであった。