第23話(壱) 屁は口ほどに物を言う
風で流れる煙が目に染みて、少し涙が出てくる。僕は今、近所の公園の片隅で、家に残っていた不要な可燃物たちを落ち葉に混ぜて焼却処分していた。
「……」
幼稚園から中学校時代までに配られた、伝達用のプリントたち。古本屋に買い取ってもらえなかった、既に読む気も失せた数年前の漫画たち。そして、無駄に残っていた家族や親戚たちと写っている昔の写真たち。
「……」
感慨深い気持ちも皆無ではなかったものの、火のそばで暖まっているうちに、そんなものは風に飛んでどこかに消え去っていた。過去との決別と言ってしまえば聞こえは良いが、ほとんどの記憶はいじめと隣り合わせの忌まわしい思い出たちばかりで、忘れ去るべき存在だったのである。
……今は、この暖かな火があれば心が安らぐのだから。
「おい健二、たき火を囲って一緒に踊る女でも探すつもりかよ」
ふと、感傷的な気分に浸っている僕の耳にガラの悪そうな声が聞こえてくる。声の主は、漫画家が集うアパート『望気荘』の下品で美人な管理人・巻上涼夏さん(通称:涼姫)だった。
「こんな小さな火で、フォークダンスなんてするとでも思うのかよ」
「そりゃそうだ、かっかっか」
僕の突っ込みを受けて、巻上さんがどこぞの御老公のような笑い声を上げる。いや、彼女の品性を考えたらむしろ、どこぞの悪〇超人といった方が適切なのかもしれないけれど。
「巻上さんの方こそこんなところに何の用があるんだよ」
「ふん、あたしは単に仲間と焼き芋を食いに来ただけさ、ほれ」
巻上さんが無駄にドヤ顔を浮かべて手持ちのビニール袋の中にある生芋(×6)を見せつける。
「しかしよ、火ぃたこうと思ってからちょうど良かったぜ。健二、お前のたき火で芋を焼かしてもらうぞ」
「ちょっと待てよ、何勝手に一人で話を進めて……」
「涼姫、準備は出来たか?」
巻上さんが芋を串刺しにしながら支度を整えている傍らに、見たことのない美人女性が姿を見せる。
「……」
ジャージ姿の地味な服装ではあったものの、そのダイナマイトな体つきは、ボディコンが取り柄の巻上さんさえも明らかに凌しのいでいた。しかも、かなりの美人である。
「あぁ健二、紹介するよ。この人は江上さんつってあたしの学校の排球部でコーチやってる人なんだ。時々望気荘にも遊びに来るんだぜ」
「N校でバレー部の顧問を務めている江上だ、よろしくな」
「ぼ、僕は一水高校の林葉といいます、よろしくお願いします!」
突然に自己紹介をされて、反射的に受け答える。どうにも僕は、こんな場所で相当の上玉に行き当たってしまったみたいである。
「なー江上コーチ、どうもコイツ、自分とこのたき火で芋焼かれるの迷惑みてーだからよそでやろうぜ」
「そうか、それなら残念だが……」
「どうぞ僕のたき火を使って下さい、大歓迎です!」
僕は、去ろうとする江上さんと巻上さんの前にあわてて立ち塞がる。
「焼き芋ですよね、しっかり焼いちゃって下さい、ええ!」
「しかし健二君、私たちは君におすそ分けする芋など、一本も用意していないぞ」
「構いません構いません、たき火ってのは火を囲って談笑することに風情があるんですから、居てくれるだけで僕はお腹いっぱいです」
「そうか、それなら良いのだが……」
苦し紛れの説得で、僕はどうにか江上さんを留めることに成功した。
「いや~健二。お前が聞き分けの良い男であたしは嬉しいよ、かっかっか」
僕の心中を余裕で察していた巻上さんに、またしても笑い声を立てられる。どうやら、彼女に女の子らしさを求めるのは、途方もなく酷な相談のようだった。
香(かぐわ)しい匂いが鼻腔をくすぐり、芋が程良く焼けてきたのが分かる。
「よし、ここらが頃合いだな」
火の横に突き立てていた竹串を引き抜き、巻上さんが軍手越しに芋をつかんで息を吹きかける。
「……」
こういう時にひょっとこ顔になってしまう辺りが彼女らしいのだが、その顔つきが妙に官能的に思えてきて困る。僕は、あのすぼめた口の中に何かを入れてやろうなんて願望でも、心のどこかに秘めているのだろうか。
「では、私も食うとするか」
程なくして、江上さんも同じように竹串を抜いて芋に息を吹き付ける。
「……何だ、さっきから物欲しそうな顔をして。重ねて言うが、君に食わせる芋など一つもないからな」
「構わないです。僕は、食べている仕草を見ているだけで十分ですから」
「そうか、ならば遠慮なく全部食わせてもらうぞ」
息を吹きかけるたびに動く彼女たちの口元が艶めかしく、ただ見ているだけでも僕は幸せだった。だが、それとは別に妙に気にかかることがあった。
「ところで江上さん、皮ごと食べているけど大丈夫なんですか? 巻上さんも剥むかずにガツガツ行っちゃってるけど」
「何を言っている。皮も立派な養分だ、栄養面を考慮して私はいつもそのまま食っているぞ」
「そうそう。あたしらにとっちゃ、芋の皮もバナナの皮もれっきとしたサイドメニューなんだよ」
素朴な疑問にあっさりと答えが返ってくる。おそらく彼女たちの感覚だと、焼き芋の皮はご飯のお焦げのようなものだったりするのだろう。
「余計なこと気にしてんじゃねーよ。大体、剥かなきゃいけねーのは健二、お前のチンポの方だろ」
巻上さんがニヤニヤしながら下世話な部分に突っ込んでくる。
「君は相変わらず失礼なことを言うんだな。僕のはとっくに剥けているよ、文句なしに剥け剥けだ」
「ほう、健二君のチンポは剥けているのか。それは面白いことを聞かせてもらった」
僕たちの会話に江上さんも割り込んで、興味深そうな目を向けてくる。そんな時、たき火の向こうから良く知った女性が姿を見せた。
「何だ、良い匂いがすると思って来てみたら、お前ら焼き芋やってたのかよ」
気丈な性格が頼もしい、コミケ仲間の丸尻桃美ちゃんである。
「いや、僕がたき火してるところに便乗して、彼女たちがやり始めたんだ」
「そうか、まぁいいや。おい、二本ぐらい俺にも食わせてくれよ」
「……」
当たり前のように相伴しようとする桃美ちゃんに、これまた当たり前のように巻上さんたちが怪訝な顔をする。
「何を言っている? 私たちが買ってきた芋を、どうして見ず知らずのお前などに食わせなきゃならんのだ」
「江上コーチの言う通りだぜ。桃美、テメエは本当にハイエナが擬人化したような意地汚ねー女だな」
「そういうことらしいよ、桃美ちゃん」
まさに、けんもほろろと言わざるを得ないような対応をされた桃美ちゃんに、軽くフォローを入れておく。だけど、こんな時にこんなことを言われた桃美ちゃんが、大人しく引き下がるはずもなく。
「何だよお前ら、たかが芋の一つ二つでケチケチしやがって。これじゃどっちが意地汚ねーのか分かったもんじゃねーな」
「けっ、だったらテメエにゃ芋の代わりにこれをくれてやるよ」
ボフォッ!
巻上さんが桃美ちゃんにお尻を向けて大きく屁をかます。
「うわ、巻上さん……」
鼻にかかる悪臭が不快指数を跳ね上げる。
「どうだ、あたしの屁は! 感謝して、とくと嗅ぎやがれ!」
少し離れている僕に臭いが伝わってくるのだから、真正面で浴びた桃美ちゃんの嗅覚への刺激が相当のものであることは容易に見当がつく。
「全く、焼き芋は食べる前に屁をするのが礼儀であって、食べてからしたのでは遅すぎるというものだろうに」
江上さんがどこぞのタヌキ……もとい、ネコ型ロボットのようなことを言いながら状況を傍観する。
「なるほど。じゃあ江上さんは、人の家に上がる時は『こんにちは』と言いながら靴を脱がれるのですね」
「うむ、大体合ってる」
江上さんの人物像のようなものが少し見えた気がして安心する。しかし、目の前の光景は少しずつ、安心には程遠い修羅場のような様相を見せようとしていた。
「……お前、涼姫とか言ったよな。俺に屁を見舞ったからには、それ相応の覚悟は出来てんだろうな?」
そら見ろそら見ろ、一度やられてる桃美ちゃん相手に懲りもせず変なことをするから、そういう展開になるじゃないか。
「な、何だよ、たかが屁じゃねーか。そ、そんなんで手を上げるとかよ、や、や、野蛮人の発想だぜ……」
巻上さんの声が上ずっていて、桃美ちゃんに恐れをなしているのが、明らかに見て取れる。
「あの、桃美ちゃん。気持ちは分かるけど、流石にこのぐらいのことで手を上げるのはマズいと思うよ」
「うっせーなぁ。誰が手を出すかよ、屁には屁で返すのが礼儀ってもんだ……ろっ!」
「うわっ!」
桃美ちゃんが巻上さんに体当たりをくらわせて、仰向けに倒す。そして、あろうことか顔面の上に馬乗りとなる。
「桃美ちゃん、まさか……?」
「へへっ、そういうこった。屁には屁を、歯には歯をって昔っからよく言うじゃねーかよ」
僕の予測を理解したのか、桃美ちゃんが親指を立てて満面の笑顔を披露する。本当はそこ、屁ではなくて目だったりするのだけど、桃美ちゃんが底抜けに楽しそうだったので、今は指摘しないでおこう。
「もがっ、もごっ!」
「なるほど。手を出す代わりに屁を出して解決を図るとは、まさに平和的発想だ。本来ならば制止するつもりだったが、そういうことなら仕方がない」
桃美ちゃんのお尻の下でもがいている巻上さんを尻目に、江上さんが一人で納得する。
「お前、桃美といったな。ならばお前の意思、しかとこの私に見せてみろ!」
「任しとけ、屁のデカさなら俺は金メダル級なんだからよ…………!!」
ブボオォッ!!!
数秒のチャージを経て、桃美ちゃんのオナラが爆音となって辺りに響いた。
「へへ。いつになくすげーの出しちまったせ……」
「うぅっ、酷いなんて言葉じゃ済まされないレベルのすごい臭い……」
「ま……全くだ! これが駅地下とかだったら、普通に異臭騒ぎが起きているぞ」
放屁後も漂い続ける臭気を手で扇(あお)ぎながら、染みる視界に目頭をおさえる。
「……」
あ~あ、直下で浴びた巻上さんなんて白目剥いてのびちゃってるよ。そりゃあ半分は彼女の自業自得だし、暴力に訴えない快ケツもとい、解決方法は評価すべきなんだろうけど、それにしたって巻上さんに少しは同情する。
「桃美ちゃん、責めるつもりはないけど、いくら何でもやり過ぎだ。せめて、介抱ぐらいはしてあげた方が良い」
「健二君の言う通りだ。残りの芋は全部くれてやるから、お前は涼姫が目を覚ますまでそばに居てやれ」
僕と江上さんに言われて桃美ちゃんも少し反省したのか、すっかりしおらしくなる。
「わ、分かってるよ、それぐらい。その代わり、芋は全部食わせてもらうからな」
「ああ、好きにしろ。私はトイレに行ってくる」
「あ、僕も行きます。桃美ちゃん、ついでに火の番もお願いね」
強烈な臭いに目まいを覚えていた僕は、避難の意味で江上さんに付き添う形ようにトイレに同行する。
「おい涼姫、起きろ、起きやがれ。お前はあれしきのことでくたばる女じゃねーんだからとっとと目ぇ覚ませっての、おい」
とりあえず、火と巻上さんのことは背後で必死に介抱している桃美ちゃんに一任しておくとしよう。
公園のトイレは、手入れこそ行き届いていたものの、古い場所なだけあって男女共用だった。内装は、手洗い場と小便器と個室(和式)が一つずつで、至ってシンプルにして無駄のない造りである。
「何だ健二君、用を足しに来たんじゃなかったのか」
江上さんが手洗い場の鏡を眺めている僕にそんなことを言ってくる。
「いえ、僕は桃美ちゃんのオナラの臭いから避難するためにトイレに来ただけです。少し落ち着いたらすぐに戻ります」
「そ、そうか。だったら、心配させないよう早めに戻っておくことだな、うん」
そこまで言うと、江上さんは個室へと入って鍵をかけてしまった。
「……」
周囲に人気はなく、下の隙間の大きな和式トイレを美人女性が使用中。僕は、迷うことなく少し汚い床に体を這わせて隙間の向こうを覗き見た。
――……おおっ!
視界に和式便器に跨る江上さんのお尻が飛び込んでくる。彼女のお尻のサイズは、桃美ちゃんや巻上さんのそれよりも明らかに上と考えて問題なさそうなほどの巨尻だった。
「うんっ、んっ!」
ブウゥゥ~~ッ……ブビッ、ブビッ、ブボボォォッ!! ブッ、ブッ、ブビィィィィ――――――ッ!!!
覗かれてるとも知らず、江上さんは僕の前で盛大に放屁した。
「うぅ……」
そのオナラは、巻上さんはおろか桃美ちゃんでも及ばない大音量と臭気をもってして僕の五感を刺激する。もはやこれは、異臭騒ぎどころか『毒ガステロ』と呼んでも差し支えのないレベルである。
だが、それだけで江上さんのトイレタイムは終わらない。
「んはぁっ!」
ムリムリムリムリムリッ……ブブブッ!ムリメリメリ、メリリッ、ムリュリュッ、ムリッ。ブリッ、ブプッ!!
江上さんの肛門が開かれ、その大きな穴からおおよそ人間の量とは思えないほどの便がひり出され続ける。そして、それに伴って臭気がますます僕の五感に突き刺さってくる。
ムリムリムリッ、ボチャン! メリメリッ、ビチャッ!
「あぅ……」
「だ、誰か居るのか!?」
――……まずい!
出せば出すほど激しさを増す便臭に、思わず声を上げてしまった僕に江上さんが反応する。僕は、あわてて立ち上がると、一目散にトイレから逃げ出したのであった。
戻った時には火が完全に消火されていて、消し炭と桃美ちゃんたちが残っていた。
「健二、全部食ったから火はもう消しちまったぞ」
「そうかい、ご苦労さま」
少し時間を置いたおかげでもう臭気は残っていない。だが、目を覚ましていた巻上さんは釈然としないといった顔つきで、僕の方を見据えていた。
「なぁ健二。お前、トイレから戻って来て随分と顔色が良くなってねーか? なんつーかさ、ご褒美シーンに直面した童貞男のホクホク顔って言うかよ」
「気のせいだよ。多分長らく火に当たってて、血行が良くなったからじゃないのかな」
ありのままを話すのは大いに気が引けたので、適当な理由ではぐらかす。
「ふーん。だったらチンポに聞いてみるとすっかな……」
「何をしている、涼姫」
巻上さんの手が、間違いなく僕の股間に狼藉を働こうとしていたところで江上さんが戻って来る。
「もう私たちの用は済んだんだ。とっとと帰るぞ」
「……そうだな。あたしらは一足先に帰るとすっか」
納得をしたのか、巻上さんが手を引っ込めて踵を返す。
「じゃあな、お前ら。健二、次やる時は桃美が出て来そうにねーような場所でやろうぜ」
「健二君、桃美さん。色々と、濃密な時間を過ごせたことを感謝する。また、このような時を一緒に過ごせたらいいな」
巻上さんと江上さんは、最もらしいセリフとともに、当然の如く去って行った。後片付けをしようとする素振りさえ、見せることもなく……
「……健二。やるか、後始末。俺は手伝ってやるぜ」
「ああ、感謝する」
僕たちは、消し炭をはじめ、周囲に散乱していたゴミたちを持参していた袋に集めながら、たき火の後をやり過ごした。
「お前、トイレであの江上コーチとかいう奴のケツを覗いてたんだろ。さっきからチンポが膨れっぱなしだぜ」
「桃美ちゃんこそ、彼女たちの焼き芋を半分以上も食べちゃってるじゃないの」
互いの収穫を揶揄しながら、木枯らしに震える体を寄せ合って笑い合う。冷たい風が、僕たちを引き寄せたいがために吹き続けているかのようで、どこか微笑ましい秋の一日だった。
第23話(弐) エネマに堕ちた赤い花
「やめなさいよ、骨が折れちゃうでしょっ!」
学校帰り、少し時間が余っていたので軽く睡眠を取っていた僕の耳に突き刺さったのはそんな叫び声だった。間違いなくそれは、隣のOL・小口留里子さんの部屋から聞こえてくる声だった。だが、声の主は留里さんではなく、明らかに少女の声である。
「健二っ、そこに居るんでしょ! だったらオナニーなんてしてないで、今すぐ隣の部屋に来てあたしを助けなさい!」
……誰もオナニーなんてしてないし、今日はチャージ日の予定なんだけど。ともあれ、今の悲鳴で隣に誰がいて、何が起きているのか大体の見当がついてくる。
僕は、顔を洗うとすぐに留里さんもいるであろう隣の部屋に向かった。
「あ~~……」
予想通りの展開に、思わず呆れ声が出てしまう。部屋の中では、留里さんがにこやかな笑顔で僕の彼女を自称する、トイレの花子さんに寝技をかけていた。
確かこの体勢は、腕ひしぎ逆十字って言うんだったっけか。
「女の子の秘密の花園をタダ見しちゃう子は、お仕置きなんだぞ~☆」
「もうやらないから、離しなさいよ!」
いくら留里さんが寝技の達人とはいえ、あの念力使いの花子さんがどうしてこうも簡単にやられてしまっているのか。そもそも、任意で姿を消せる花子さんが、どうしてあっさり見つかってしまっているのか。考えても答えは見つかりそうになかったので、僕はひとまず二人の間に割って入る。
「留里さん、その辺りでやめてやってくれ。これ以上してたら本当に花子さんの腕が折れちゃうよ」
「んもう、健二君が言うのなら仕方ないわね~。このぐらいにしておいてあげるわ」
留里さんが僕の言うことを聞き、技を外して素直に花子さんを解放する。
「痛っ!」
しかし、外す直前にさり気なく花子さんの右手首を捻り上げ、ダメ押しすることだけは忘れていなかった。
「はぁ、はぁ……健二っ!」
起き上がった花子さんが、泣きながら僕の胸に飛び込んでくる。あの花子さんが涙を流すぐらいなのだから、相当な事態なのだと直感で理解する。
「どうしたんだ花子さん。そんなに痛くて怖かったのかい?」
「違うわよ、封じ込められちゃったのよ!」
「封じ込められたって……何を?」
まさか、ピッ〇ロ大魔王が電子ジャーに封印されたとか、そういう類の事態がここで起きたのだろうか。それならばもっと喜ぶべきだろうし、こんな辛そうに花子さんが泣き続けるとは思えない。
だとすると、まさか――
「花子さん、ひょっとして……」
「そうよ! 留里にあたしの魔力を全部封じ込められちゃったのよっ!!」
「やっぱり……!」
悪い予感は見事に的中し、花子さんが僕の胸の中で嗚咽を漏らしながら号泣する。
「……健二君、事情は私が説明するわ。今はとりあえずその子を落ち着かせてちょうだい」
「分かりました」
僕は、泣きじゃくる花子さんをそっと抱きしめて、彼女が落ち着くのを待ち続けた。
テーブル越しに向かい合わせになって、留里さんから事の経緯を聞く。花子さんは留里さんが怖いのか、立ったまま僕の腕に寄り添っていた。
「部屋に入ってパンツを漁ってた?」
「そうよ。この子、姿を消してタンスを漁ってたから、こっそり後ろから近付いて捕獲しちゃったの」
「でも、よく分かりましたね。それが花子さんだったって」
「この子は完全に姿を消したつもりだったんでしょうけど、私にはうっすら見えたのよ。きっと私、霊感が強いんでしょうね」
霊感の強い人ならば、花子さんのような霊体が意図的に姿を消しても見える、という話は聞いたことがある。そして、より強い人ならば、普通はすり抜けてしまうはずの霊体に触れることも可能なのだという。まさか留里さんに、そんなスキルが備わっているとは思いもしなかったけど。
「本当なの花子さん?」
「……そ、そうよ。あたし、Tバックを穿いてみたかったから、留里の部屋に忍び込んで探してたの。そしたら捕まって、一本背負いをかけられて……」
言葉に詰まる花子さんに代わって、留里さんがフォローを入れてくる。
「で、恥骨のそばにある秘孔『魔捕屯(まほとん)』を突いて、特殊能力を封じちゃったの。それでこの子は、ただの女の子になっちゃったってオチよ」
「そうなんですか……」
詳しいことはよく分からないが、どうやら今の花子さんは、秘孔を突かれて念力も姿を消す力も一切使えなくなってしまったということらしい。
「心配はいらないわ。効力は持続しても一週間ぐらいだから、すぐに能力は戻ってくるはずよ」
「あぁ、それなら良かったです。一安心だね、花子さ……」
ギュム。
何の脈絡もなく、花子さんがいきなり僕のペニスを握ってくる。
「そういうことなら仕方がないわね。健二……力が戻るまでの一週間、あなたの部屋でお世話になるとするわ」
「えっ?」
花子さんの予期せぬ言葉に思わず目が丸くなる。
「贅沢は言わないわ。一日三食と、エッチな漫画を自由に読ませてくれる権利さえ与えてくれれば、あたしは一か月でも一年でも滞在してあげるから……」
「あ、ま、まぁ僕は花子さんの能力が戻るまでの間だったら別に……」
花子さんがペニスを握ったまま体をすり寄せてくる。だが、それ以上は留里さんが黙っていなかった。
「あ~ら、人のパンツを盗もうとした泥棒猫が随分とお盛んだったりするじゃないの~☆」
花子さんを羽交い絞めにして、絞める腕に力を込める。
「ちょっと、離しなさいよ! あたしは身寄りがないんだから、どっかに身を預けなきゃ仕方ないでしょっ!」
「だったらこのまま腕をへし折って、病院に身を預けさせてあげても構わないのよ?」
ドスの利いた声でやんわりと脅しながら、留里さんが笑顔のままで、腕により力を込める。
「ねぇ花子……あなたごときがTバックとか、何の冗談かしら。あなたのようなお子様は、Tバックに穿かれることはあっても、穿くことなんて出来ないのよ?」
低い声を持続させながら、留里さんが持論を展開する。
「つまり、あなた程度の子がTバックを穿いてもTバック姿が独り歩きをするだけで、あなた自身には何の価値もないってこと。お分かりかしら?」
「そ、そんなの最初から分かってたわよ。でも、好きな人に魅力的な姿を披露したかったから、あたし……」
花子さんが再びぼろぼろと涙をこぼす。いくら元をただせば花子さんに非があるとはいえ、これ以上は流石に僕も傍観出来なかった。
「留里さん、もういいでしょう。その辺りでやめてあげて下さい」
「健二君……」
「好きな人の前で背伸びをしたくなる花子さんの気持ち、僕にも分かります。ただ今回は、勝手にタンスを漁ったりしたからそれが問題だっただけで、これ以上責めるのは酷だと思います」
留里さんの目を見ながら、思い立った言葉を感覚任せに並べて訴える。
「ほら、本当は後で声をかけるつもりだったところをその前に見つかって捕獲された、なんて可能性もあるわけじゃないですか」
「なるほど、大いに後付けっぽい言い訳に聞こえなくもないけど、可能性として否定は出来ないわね」
あまりにも苦しいフォローであることは自分でも分かっていたが、それでも留里さんは聞き入れてくれたみたいだった。そして、少しだけ懐疑的な目をしながら、僕と花子さんを交互に見やる。
「……分かったわ。健二君がそこまで言うんだったら、この子のことは大目に見てあげる」
「本当ですか!」
どうやら、留里さんは僕の説得で一定の納得をしてくれたみたいだった。
「留里、あなた……」
「勘違いしないでちょうだい。私は健二君に免じてあなたを許してあげたに過ぎないのよ。本来なら、今すぐ関節外しの刑にしてあげるところだったのをね」
留里さんが羽交い絞めを解き、花子さんを自由にさせる。だが、ここからが本当の意味での留里さん節の真骨頂だった。
「ついでにお薬で封じ込めた能力も今すぐ元に戻してあげるわ、花子なんかに一週間も居座られたら、健二君が困るものね」
「留里さん……ありがとうございます」
ギュム。
留里さんにお礼の言葉を玉握りで返される。
「お礼はいいから、健二君にも見届けてもらうわよ。ちょっとエッチで医学的な儀式をね……」
留里さんの瞳が妖しい光をギラギラと帯びてくる。それは、間違いなく前に「あの」儀式で見せた時の輝きと、全く同じものだった。
広げた新聞紙の上で、スカートとパンツを脱がされた花子さんは、中腰のお尻を向けた体勢で、僕たちを見据えていた。
「流石は留里ね……頭のイカれ具合が半端じゃないわ、前から知ってたことだけど」
「あら。そんなイカれた女のTバックをこっそり穿こうとしていたのは、どこのお子様かしら?」
パチン!
留里さんが丸出しとなった花子さんのお尻を叩く。
「あ~~……」
いつもながら、こんな時の留里さんは普段以上に活き活きとしていて、実に楽しそうである。
「それにあなた、いつも霊体の特性を利用して女の子のトイレを覗いているそうじゃないの。本当にイカれてるのがどっちなのか、一度落ち着いて考えてみなさい」
パチン!
「んあっ……」
痛ぶられている花子さんを見ながら、新鮮さを感じつつ心がゾクゾクする。いつも自慢の術力で数多の悪党たちを駆逐してきたあの花子さんが、こうも一方的にやられている展開なんて、誰が予想出来ただろうか。
「さあ、健二君。準備は出来たかしら?」
「は、はい、既にチャージは完了してますけど……」
今、僕の手には本格的な注射器型の浣腸が握られていた。これを花子さんのお尻に注入することで、彼女の術力の封印を解くという手はずである。
「貸しなさい」
留里さんが僕から浣腸を取り上げて、先端を花子さんのお尻に向ける。
「ここよ、ここにブスッとやっちゃうんだからね、覚えておきなさい」
「何でもいいから早くやってよ、バカ」
「分かったわね、ここの穴なんだからね? こっちじゃないのよ?」
留里さんが花子さんの肛門や局部に指を入れて、クリクリといじりながら余計な間を入れる。これ、焦らされてる花子さんとしてはかなり不愉快だろうなぁ。
「いいこと? 液の適温は38度から40度くらいで、挿入するのは先端から6~10センチぐらいの長さを心がけること。これが浣腸の基本なんだからね」
「知らないわよそんなの! どんだけあたしをコケにしたら気が済むのよ!」
「あ、そう。だったら即ハメでいいのね☆」
留里さんは、不意を突くかのように、いきり立つ花子さんへと浣腸した。
「あんっ……」
焦らされた末の奇襲攻撃に花子さんが艶めかしい声を上げる。
「ほ~ら、入っちゃうわよ~☆ エネマの液がズプズプと、いやらし~……」
2リットル近い量の浣腸液が、残すことなく花子さんの肛門に注入される。それは、あまりにも束の間の官能的な一時だった。
「うふっ、最低でも5分は待ちなさい。今日は特別に、うちのトイレを使わせてあげるから……」
「か、感謝するわ。だ、だけど健二、留里が、変なことし、しないようにあなたも、わ、私のトイレに同行しなさい……」
初のお浣腸を喰らった花子さんは、しどろもどろになりながら僕に助けを求めた。
「う、うん、そうしよう。とりあえず、5分は待機時間だから我慢しててね、花子さん」
僕は、留里さんのスパンキングですっかり赤く腫れた花子さんのお尻を愛撫しながら、時間の経過を待った。
花子さんのお尻を触っているうちに、僕の股間はすっかり膨れ上がっていた。
「な、何なのよこれは!」
「何って、トイレに決まってるじゃないの。ほらほら、遠慮なく和式の上に屈みなさい」
結局、8分近く我慢した末に開放された留里さんの家のトイレは、斬新を通り越した異質な空間だった。
「くっ……」
「留里さん、これって……」
「そうよ。使用者がオシッコしてる姿もウンチしてる姿も全アングルから万遍なく映しちゃう、魔法のトイレよ」
その中は、天井も床も壁も、全てがガラスで覆われた鏡の世界だった。つまり、用を足している姿を自分でもバッチリ見れてしまうという、そんな造りだった。
「ほら、さっさと出しなさい。いつもあたしが跨いでる便器の上をありがたく思いながら跨ぎなさい」
「……ふん、あたしはトイレの花子よ! こんなトイレでウンチするぐらい、屁でもないんだから!」
開き直ったのか、花子さんは僕たちに顔も向けずにそう言い放ち、一段上の便器に上がって屈む。
「あたしの臭いをたっぷり残してあげるから、せいぜいしっかり嗅ぎ回すのね……!」
ブビュルッ! ブリッ、ブリッ、ブビビビッ!! ブシャァァァァァ……
花子さんが小さなお尻から、勢い良く液体混じりの浣腸便をひり出しつつ放尿する。
「どうかしら、健二。フルアングルで観賞する、あたしのウンチ姿は?」
「どうも何も、これは……」
上から下から横から斜めから、全ての視点から映される花子さんの排泄姿の壮観な眺めを前に、僕は興奮のあまり言葉を失っていた。
と言うか、借家のアパートのトイレをこんな風に改装するなんて留里さん、あなたはどんだけ痴女なんだ。
「いや~ん、健二君のエッチ☆」
「わわっ」
食い入るようにお尻を拭いている花子さんを眺めていた僕の視界を、留里さんの手が塞ぐ。
「もう十分見たでしょ、だったらドアを閉めて、私たちはおいとましましょ」
「は、はい」
留里さんは、そのままの体勢で僕と一緒にトイレを出ると、ドアを閉めて花子さんの桃源郷を封鎖してしまったのである。
「思い知ったでしょ、これに懲りたらもう二度と下らない考えは起こさないことね」
閉め際に、そんな言葉を残して。
程なくして、用足しを終えた花子さんは水を流すとバツが悪そうにトイレから出てきて、僕に頭を下げた。
「健二、色々と騒がせて悪かったわね。あたし、もう少し考えて行動するわ」
そして、そのまま姿を消して留里さんの部屋から居なくなってしまったのである。
「どうやら無事に、能力は戻ったみたいですね……」
「何よ、健二君ったら。こんなことなら浣腸療法なんてやるんじゃなかったわ」
少し同情的な僕をけなすかのように、留里さんが鼻を鳴らす。
「でも、あれだけ申し訳なさそうにしおれたまま姿を消されちゃ、少し可哀想にもなりますよ」
ギュム。
留里さんが不機嫌そうに僕のペニスを握ってくる。
「健二君には見えなかったのでしょうけど、私にはぼんやり見えたわよ。あの子、私にベロ出して走り去って行ったわ」
「えっ」
トンデモなオチを聞かされて、思わず脱力する。花子さん、いくらなんでもそれは大人気なさ過ぎるぞ。
「まぁいいわ。次に同じことしたら、今度こそ関節外した後で恥骨にヒビ入れてやるんだから」
「あー、まぁ……」
流石に次やらかしたら僕もかばいきれないし、かばったところで留里さんが聞く耳を持つとは思えない。とりあえず今は、花子さんの良心を信じることにしよう。
「それじゃあ健二君、今から気分転換に私とお風呂に入りましょうか」
「えっ、そうなっちゃうんですか」
「せっかく花子が健二君を勃たせてくれたんだもん、私がビュルビュルごっくんして、しっかり処理しないと」
心なしか、留里さんは花子さんの影響で、口調から不機嫌オーラがにじみ出ているかのようだった。こんな時の彼女を下手に刺激すると、後々大変なのは言うまでもない。
「……いいですよ。ガス代の節約も兼ねて、今日は留里さんちのお風呂に呼ばれちゃいます」
「そうこなくっちゃ☆」
僕は、留里さんに腕をつかまれ、導かれるかのように浴場に同行した。
お風呂の中でも、僕たちはやはり、僕たちのままだった。
「ほらほらぁ☆ 留里さんソープで健二君の体をこすっちゃうんだぞ~☆」
「ああっ! 最高です、この感触!」
留里さんは、お風呂の中でも艶めかしく、気がつけば僕は二度も彼女の手で絶頂を迎えていた。
こうして、隣人たちが起こした官能的なトラブルは、最後まで官能美を貫き通したまま、幕を下ろしたのである。