冬休み、特にやることもなかった僕は、部屋で漫画雑誌(成年向け)を読んでいた。
「あなたも好きね、健二。そんな十数年前の普通のエロ本に、何の需要があるのかしら?」
「これは特別さ。何たって、表紙の女の子が他の雑誌と比べて格段に可愛かったからね」
隣で僕に寄り添って、ペニスを手もみしているトイレの花子さんに表紙を見せる。だけど、彼女の反応は明らかに冷ややかだった。
「……何よこの女。可愛いのは認めるけど、留里みたいな顔をしていて気分が悪いったらありゃしないわ」
「まぁ、似てなくもないけどね」
花子さんをフォローしながら少し後悔する。確かに、その人懐っこい笑顔で下着姿を披露しているその様は、隣人の小口留里子さんを彷彿とさせるフェロモンを孕んでいるかのようだった。
「だったら、これなんてどうだい? 僕がこの雑誌を買う決め手になったのは、間違いなくこの漫画だぜ」
ページをぱらぱらとめくり、花子さんに件の漫画の扉絵を見せる。すると、彼女は名前通りの花が咲いたような笑顔を見せたのである。
「すごいじゃない、この子! こんなセクシーな姿を扉絵で披露するなんて、官能美の極みだわ!」
「分かるだろ。これだけで手元に置いておく価値が十分にあるってものさ」
その扉絵は、和式便所に跨る女子高生が便器の中から出て来る指に、局部を突かれてビックリしているコミカルでホラーチックな一枚だった。そこに排泄要素は含まれていないものの、股間を固くさせるに十分な春画だと言えた。
ちなみに、作品自体は女子高生と幽霊と化した男子生徒が、トイレを通じて肉体関係を持つというノーマルな内容で、やはり排泄要素とは無関係だった。最も、女の子のムチムチしたボディーラインと読後感の微笑ましさを思えば、総合的には文句なしの良作と言えるけど。
「すごいわすごいわ、今からでも編集部に連絡してこの漫画家にスカトロ本を描かせたい気分だわ……!」
花子さんが僕から雑誌を取り上げて、幽霊漫画を舐め回すかのように熟読する。どうやら、トイレと幽霊の要素が、同じ属性を持つ彼女の興奮を一層搔き立てているということらしい。
「はは、気に入ってくれて何よりだよ。それじゃ、僕は買ったばかりの新刊でも……」
漫画雑誌を諦めて、僕が某同人作家の初の商業本を読もうと本棚に手を伸ばしたその時だった。
ドンドン、ドンドン!
そそり立つペニスも萎えてしまうような玄関を叩く音が、否応なく耳に入ってくる。
「健二、お客よ。行ってらしゃい」
「分かってるけどさ、そういうことは口に出して言ってもらいたくはないものだね」
僕は、花子さんのお尻を愛撫しながら優しく揉んで、ゆっくりと勝手口に向かった。すると、こっちが口を開く前に、扉の向こうから声が聞こえてきた。
「ねー、おるんじゃろ? オナニーしちょらんで早よう開けんさいや」
「健二君、あたしらーっちゃ。健二君の苦手な人とかはおらんけえ、ビビっとらんで出てきんさい」
散々なことを言われながらも覗き穴から相手を確認する。どうやら、こんな日に僕の家を訪問してきた物好きは、親友の泰ちゃんとクラスメートの棚田円香さんだった。
「……」
考えたこともないような異色の組み合わせに、思わず頭をひねる。
「ほらほら、女の子の顔写真にビュルビュルするんは夜でええけえ、今は俺らーの相手しようやぁ」
「ホント、誰も隠れちょらんけえ安心してっちゃ。健二君のチンポに危害は加えんけえ」
「いや、分かった。開けるからこれ以上は何も言わないでくれ」
しかし、矢継ぎ早に飛んでくる危ない言葉の数々を前に、僕は考えることをやめて彼らを迎え入れたのである。全く、家の前でそんなことを言われ続けてたら、ペニスが勃つ前に変な噂が立ってしまうってヤツだよね。
「町内対抗の年末綱引き大会?」
「そ、綱引き大会。あんたも参加するかと思うて声かけ見たんじゃけど、やってみるかね?」
テーブル越しに向かい合わせの泰ちゃんが、含み笑いをしながら用件を告げてくる。どうやら、町の行事へのお誘いのようである。
「でも、綱引きってことは団体戦だろ? 泰ちゃん、他に頭数そろえるアテがあるのかよ」
「俺が参加するわけないじゃん、あんたが仲間と出るのいね」
「はい?」
泰ちゃんの信じられない切り返しに、思わず目が点になる。人を誘っておきながら、自分は堂々と不参加を公言するなんて、いくら親友補正を考慮してもあんまりな話である。
「おい泰ちゃん、いくらなんでもそれは……」
「俺は単なるお膳立て係、続きは彼女に聞きんさい」
泰ちゃんは、僕の言葉を遮り、左脇に座って黙りこくっていた円香さんの肩を優しく叩くと、立ち上がってそのまま帰ってしまった。
「優勝を期待しちょるけえ、頑張りんさいよ」
去り際に、そんな言葉を残して。
「……なるほど、泰地ったら味なことをするのね。あたしとしては、ちょっぴり迷惑だけど」
右脇に座っていた花子さんが、ニヤリとしながら僕と円香さんを交互に見やる。どうやら、花子さんには泰ちゃんの思惑が見えているということらしい――僕には全く分からないのだけど。
「円香さん、いくら泰ちゃんでもこれはないよね? 親友とはいえ、こればっかりは僕もちょっと……」
「健二君、あたしと一緒に大会に出ようや」
「えっ?」
円香さんが、僕の言葉を遮って大会に誘ってくる。
「でも、二人じゃ足りないでしょ? 泰ちゃんは参加しないみたいだし」
「大丈夫っちゃ。綱引きって言っても五人制の対抗戦じゃけえ、あと三人ぐらいなら健二君でも何とかなるじゃろ」
「三人……」
その人数を聞いて、脳内ですかさず特定の人物たちへと行き当たる。
「……」
花子さんも僕と同じことを考えていたのか、一目で分かるほど露骨なまでに顔をしかめていた。
「その顔は、アテがあるってことでええんじゃね。あたしの目はごまかせんよ?」
「ま、まあね。確かに心当たりがないと言えば嘘になる」
「じゃあ決まり、パンフ渡しとくけえしっかり読んじょいて」
円香さんが立ち上がり、お尻のポケットに入れていたパンフレットを申し込み用紙と一緒によこしてくる。つまり、そんなものまで用意していたということは、僕の参加は既定路線だったということか。
「……健二君、信じちょるけえね」
ギュム。
円香さんは、僕のペニスを一握りすると、背中を向けてそのまま帰宅した。
「……」
僕は、円香さんのお尻のぬくもりが残っていたパンフレットを手に、しばらく惚けていた。
花子さんに、横目で鋭い視線を浴びせられながら。
「……全く、計算高い女ね。健二さえ誘えばあたしたちも来ると踏んだ上で、最初からここに来てたに違いないわ、あの子」
「でも、悪くないんじゃないかな。優勝チームには賞金十万円って書いてある」
やさぐれ気味の花子さんに、パンフに記載されている一文を告げる。
「何よ。お金であたしの参加意欲を高めようとしても、その手には乗らないわよ」
「それに、優勝チームにはマスコットガールから、お祝いのディープキスまでもらえるんだってさ」
やさぐれ続ける花子さんに、パンフに記載されているもう一つの優勝特典を教えてやる。
「知らないわよ。そんな怪しい女とディープキスするぐらいなら、あたしは健二と毎日でも……」
「マスコットガールは僕たちのよく知ってる、又下未衣ちゃんみたいなんだけどな」
「健二、あたしも喜んで参加するわ! すぐに脳筋女とメンヘラ女を招集して、頭数をそろえなさい!」
僕たちのコミケ仲間である未衣ちゃんの名前を口に出した途端に、花子さんの態度が豹変する。だけど、半ば強制参加を余儀なくされてしまった僕としては、この方が断然ありがたい。
「分かってるよ、花子さん。早く人数集めて、参加条件だけは満たしておかないとね」
興奮する花子さんをなだめながら、早速心当たりたちへと連絡して、用件を告げる。すると、彼女たちは何一つためらうことなく、二つ返事で僕の誘いに乗ってくれたのである。
「やってやろうじゃねーか、ちょうど良い腕だめしだぜ。それに、俺も一度ぐらい未衣ちゃんとキスがしたかったんだよな」
「健二君と協力プレイが出来るのなら、喜んで参加するわ。一緒に未衣ちゃんのチュッチュを勝ち取りましょ☆」
こうして、人数をそろえた僕は申し込み用紙を提出して、正式に綱引き大会へと臨むことになった。
まさか、あんな展開を経て、あんなオチが待っているとは夢にも思うことなく……
そして迎えた運命の12月31日、大みそか。僕たちの姿は会場である一水公園の広場にあった。
「健二、絶対に優勝しようぜ!」
「大丈夫よ、健二君。桃美の馬鹿力はさて置き、私だって綱引きにおける効率的な力の入れ方は心得ているから」
コミケ仲間の桃美ちゃんと、同じくコミケ仲間にして隣の部屋に住むOLの留里さん。
「心配はいらないわ……綱を引くためならば念力も使用可能らしいから、あたしも百人力よ」
「……何か、あたしが一番非力で戦力外みたいな気がして複雑なんじゃけど」
そして、花子さんと円香さんと僕。規定通りの五人が寒空の下で集い、凍える体を寄せ合う。
僕以外の四人は、おそろいの桃色法被(はっぴ)に赤ふんどしという出で立ちで、一目で分かるほどに本気度の高さがうかがえた。
「でもさ、健二君。いくらチーム名考えさせたのはあたしっちゅうっても『青空トイレッツ』はないじゃろう?」
そんな中、円香さんだけは提出時に僕が即興で考えついたチーム名が不満そうだった。
「えっ、そんなに変な名前かな? 僕としては、この顔ぶれにはピッタリの名称だと思うんだけど」
「いいんじゃねーの? 俺は健二の付けたチーム名、気に入ってるぜ」
「あらあら、円香ちゃんったらトイレって響きだけでエッチなことを妄想しちゃうハレンチガールだったりするのかしら?」
「別にいいじゃないの。あたしだって『トイレの花子』と呼ばれて久しいけど、一度も抵抗なんて感じたことはないわ」
だけど、桃美ちゃんたちが立て続けに肯定的な言葉を並べ立て、一気に旗色が悪くなる。
「分かったわよ、チーム名に関しては妥協してあげるわ。その代わり、絶対にあたしたちが勝つんだからね」
ギュム。
円香さんが『青空トイレッツ』への不満を押しとどめ、僕のペニスを握る。
「……分かってるよ。みんなの本気、僕はしっかり受け止めているから」
僕は、一人だけ普段着姿の自分を少し恥じつつも、ふんどしでは到底隠せないみんなのお尻を愛撫しながら始まりの時を待った。
やがて、一水町の町長・丸木田氏が壇上に現れ、開会式が幕を開けた。気が付けば、辺りには多くの参加者とギャラリーたちが集まり、冬とは思えぬ熱い空気が場を包んでいたのである。
綱引きの大会ルールは至ってシンプルだった。五人制でピストルの合図とともに綱を引き合い、どちらかのチームが全員手を離す、もしくは制限時間の十分を過ぎたところで試合終了。
最後まで綱をつかんでいたチーム、もしくは制限時間を過ぎたところでセンターラインよりも手前側に引き込んでいたチームが勝者で、当然ながら綱を手放したチーム、もしくは制限時間を過ぎたところでセンターラインよりも向こう側に引き込まれていたチームが敗者ということである。
「おいおい、開幕戦から俺たちかよ。まさか丸木田の野郎、抽選に細工しやがったんじゃねーだろうな」
「桃美ちゃん、それはないよ。だって彼は、ホームページによると公平性の代名詞でもある天秤座なんだぜ」
開会式直後の第一試合からいきなり選ばれて、不正を勘ぐる桃美ちゃんに口を挟んでおく。
「それに、順序の問題だけで試合数の不公平は生じないんだから言いっこなしだよ」
試合方式は参加した計16チームによるトーナメント方式で、こちらも至ってシンプルな話だった。つまり、賞金と未衣ちゃんが欲しければ4チームを退けて優勝しろ、ということである。
「それもそうだな。んじゃ、サクッと済ませてさっさと休憩時間にでもすっか」
「そういうこと。ほら、気合い入れて行くぞ」
桃美ちゃんのお尻を優しく叩き、みんなと一緒に大綱の前まで進む。
「あれ、まさか非力の健二君がこんなところに来ちょるとは思わんかったわ」
「林葉がおったらみんなの足を引っ張るんじゃないん? 戦う前からうちらーが勝ったようなもんじゃわ」
『青空トイレッツ』の一回戦の相手は、同級生の同人漫画家こと重村麻梨乃が率いる女子たち一味の『重村軍団』だった。
「僕が引っ張るのは『足』じゃなくて『綱』だ。すぐに分からせてあげるよ」
麻梨乃たちには目もくれず、みんなと一緒に綱を持ち上げる。
「おい、気にすんなよ健二。あのブスどもはモテない自分たちを差し置いて、お前が俺たちと仲良くやってるのを妬んでるだけなんだからよ」
「そうだね、ありがとう」
桃美ちゃんに優しく肩を叩かれたところで審判が合図の準備に取りかかる。
「両チーム、用意はいいな? それでは……はじめっ!」
天に空砲を打ち鳴らす音が響き、僕たちの戦いが幕を開けた。
『オーエス! オーエス!』
チームリーダーの僕を先頭に、力自慢の桃美ちゃん、より強い引き方を心得ている留里さん、両手に念力のパワーを回して引いている花子さん、一生懸命に気張っている円香さんの順で並んで綱を引く。
おそらく、最初は観戦している誰もが実力を互角程度に考えていたのだろう。
『オーエス! オーエス……!』
しかし、時間にしてものの一分も経たないうちに戦局が大きく動き出す。僕と円香さんはともかく、モモルリハナの力強い引きの前には、凡庸以下の麻梨乃たちなど敵ではなかったのである。
『ウギャ~~!!』
綱を完全に奪われた重村軍団の女子たちが、汚い悲鳴とともに土の上に転げ落ちる。この瞬間、僕たちの勝利と麻梨乃たちの敗北を告げる笛が、大きく鳴らされた。
「試合終了! 勝者、青空トイレッツ!」
審判のコールとともに、激しい歓声が響き渡る。
「やったな健二、最初の壁はクリアだぜ!」
「ああ、この調子で優勝まで一直線だ!」
僕たちは、互いとハイタッチを交わしながら観客たちへと手を振って、束の間の余韻に浸りながらステージを離れたのであった。
休憩時間、ベンチで桃美ちゃんと談笑している僕のところに見覚えのある顔ぶれがやって来る。どうやら、漫画家たちが暮らすアパート『望気荘』に出入りしている女の子たちのようである。
「えへへ。健二先輩、さっきの試合見てましたよ。すっごく強かったですね」
「いやいや、桃美ちゃんたちのおかげだよ。もちろん、リーダーとしてまとめ上げているのは僕だけどね」
排泄に快楽を見出す女子高生――葉枷奈美子ちゃんに、ちょっとだけ胸を張る。だけど、今日ばかりはそんな彼女も僕たちのライバルのようだった。
「よう桃美。今まで散々あたしを痛い目と臭い目に遭わせてきてくれたな。だけど、今日ばっかりはお前がやられる番だぜ」
奈美子ちゃんの右脇で、望気荘の管理人である巻上涼夏さん(通称・涼姫)が無駄に巨乳を揺さぶって胸を張る。
「何だ、お前らも綱引き大会に参加してたのかよ」
「無論だ。つい先ほど私たち『ひり出せ!ガールズ』も一回戦を突破した。順当に行けばお前たちとは決勝戦で戦うことになるだろう」
奈美子ちゃんの左脇で、巻上さんの学校でバレー部顧問をしている江上コーチが両手に腰を当ててポーズを決める。そして、そんな奈美子ちゃんたちの後ろには、間違いなくチームメイトなのであろう、これまた可愛らしい女の子が二人いた。
「これは冗談抜きで良いチームだね。君たちと決勝で戦えたら、勝敗以上に価値のある大切な思い出を残せそうな気がするよ」
「そうだな、団体戦って形で涼夏の奴をねじ伏せる勝ちパターンも悪くねーや」
僕たちが思ったままを口に出したところで、召集のアナウンスが流れてくる。早いもので、どうやら一回戦は全試合が終了して、既に二回戦が始まろうとしていたのである。
「それじゃ、僕たちはここで失礼させてもらうとするよ。決勝で会おうね、奈美子ちゃん……いや『ひり出せ!ガールズ』の皆さん」
「はい、楽しみにしてます!」
「ケッ! 桃美を潰した後で、テメエのチンポも潰れるぐらい弄んでやるから覚悟しときやがれ!」
僕たちは、奈美子ちゃんたちに笑顔(約一名除く)で見送られながら、二回戦の試合へと向かった。
彼女たちと戦いたいのはもちろんだけど、今は目の前の試合に集中である。
二回戦の相手は、コスプレ写真の撮影に熱意を注ぐ、カメラ小僧ならぬカメラ中年たちで結成された『ローアングル探求団』だった。
「このガキ、若いふんどし娘を独り占めしやがって。次コミケで会った時はただじゃ済まさねーぞ……」
「クソッ、うちは野郎だらけだというのにコイツときたら……」
「いや、そればっかりは僕に言ってもどうにもならないから、自分たちでなんとかして下さい」
怨嗟漂う中年たちの視線を受けながら、みんなと一緒に綱を持ち上げる。
「健二君、放っておきなさい。まともな努力もせずに、モテたいと思っているような輩はスルーしておくのが一番よ」
「そうですね……」
留里さんに優しく腰を揉まれたところで審判が合図の準備に取りかかる。
「両チーム、用意はいいな? それでは……はじめっ!」
天に空砲を打ち鳴らす音が響き、僕たちの二回戦が幕を開けた。
『オーエス! オーエス!』
一回戦と同じ順番で並んで、妙な嫉妬に狂う男たちを相手に綱を引く。最初のうちは、逆恨みながらも僕への憎悪が彼らの力を増幅させたのか、互角な引き合いが続いていた。
『オーエス! オーエス……!』
しかし、二分ぐらいが経過したところで戦局が大きく動き出す。結局のところ、モモルリハナの力強い引きの前には、体のなまった中高年たちの理不尽な怒りの力など年寄りの冷や水レベルに過ぎなかったのである。
『ぐわ~~!!』
綱を完全に奪われたローアングル探求団の中年親父たちが、醜い悲鳴とともに土の上に転げ落ちる。この瞬間、僕たちの勝利と彼らの敗北を告げる笛が大きく鳴らされた。
「試合終了! 勝者、青空トイレッツ!」
審判のコールとともに、激しい歓声が響き渡る。
「やったわね健二君、これで準決勝進出よ!」
「はい、これであと二つです!」
僕たちは、互いと握手を交わしながら観客たちへと手を振って、束の間の余韻に浸りながらステージを離れたのであった。
「わーい、健二お兄さん!」
休憩時間、自販機の前で順番待ちをしていた僕のところに小さな女の子が駆け付けてくる。間違えるはずはない、それは今大会のマスコットガールにして、大切なコミケ仲間である又下未衣ちゃんだった。
「見てたよ見てたよ、お兄さんたち最高にカッコ良くて、未衣ドキドキしちゃったよぉ☆」
大きめの白法被に身を包んだ未衣ちゃんが、両手を頬に当てながら恍惚とした表情を浮かべる。これ、大きくて下半身が膝の辺りまで隠れているけど、やっぱり未衣ちゃんもふんどしを穿いていたりするんだろうかね。
「それは嬉しいね。未衣ちゃんにそこまで喜んでもらえたのなら、僕たちも一生懸命戦った甲斐があったというものだ」
「うんうん。でもね、お兄さん。ちゃんと決勝戦まで来てくれないと、未衣拗ねちゃうんだからね」
どこか含みのある言い回しに、思わず首をひねる。
「どういうこと? まるで、決勝戦に特別な事情があるみたいじゃないか」
すると、未衣ちゃんは待ってましたと言わんばかりに満面の笑顔でこう答えたのである。
「へっへ~、何を隠そう決勝戦の審判は未衣なのでーす!」
誇らしげに胸を張る未衣ちゃんが、いつになく輝いて見えてくる。
「そうなんだ。だとすれば、決勝戦は最高の相手と最高の審判になりそうだね、うん」
「お兄さん、優勝しろとまでは言わないけど、せめて未衣のために決勝までは来てよね、約束だからね」
「ああ、約束する。僕たちは必ず、未衣ちゃんの元へたどり着くとね」
僕は、未衣ちゃんの目をしっかりと見据えてそう誓った。
「信じてるよ、お兄さん……それじゃあ、また後でね」
未衣ちゃんは、どこまでも優しくて可愛らしい目で僕を見つめ返すと、すぐにトイレへと直行したのであった。
さあ、いよいよ準決勝だ。
準決勝の相手は、知り合いの同人作家たちにして自警団を兼業している『パイナップルパトロール』だった。
「まさか、君とこういう形で合いまみえる日が来るとは思わなかったぞ。勝敗も大事だが、お互い良いゲームをしようではないか」
「こちらこそ、よろしくお願いします。全力で戦いましょう!」
顔見知りである乙山カヅキ氏に挨拶をして一礼する。彼らの後ろには、やはり僕のよく知っている方々がズラリと並んでいてた。
「良い仲間がいるではないか、健二君。しかし、俺も最高の仲間たちとともにここまで来たのだ、簡単には勝たせんぞ」
「ふみひでたちが東京遠征をしている間は、俺たちが地元の同人界を守らないといけないからね。悪いけど、君たちはここで終了だ!」
仲間との絆を同人活動以上に重んじると言われている、漢電池氏と小夜(こや)氏。
「…………(ニヤリニヤリ)」
「ぼ、僕もここまで来たからには優勝を目指してます。健二さんたち、覚悟して下さい!」
ソフトな物腰とは裏腹に、ひた向きな活動姿勢が好感を集めている、挿入亭圓楽氏と御命かすか氏。
どうやら、ここに来て僕たちは本当の意味で良き対戦相手に巡り合えたと言えそうだった。
「これは強敵の予感ね……健二、今まで以上に気合いを入れてかからないといけないわよ」
「そうみたいだね。彼ら、良い具合に団結している感じだ」
花子さんに念を押されながら、ゆっくりと綱を持ち上げる。相手が誰であれ、今の僕には全力を尽くすこと、それしかないのである。
「それでは……はじめっ!」
審判が空砲を高らかにぶっ放し、準決勝が幕を開けた。
『オーエス! オーエス!』
お互いが、精一杯の気持ちをこめて大綱を引き寄せ合う。モモルリハナの力は相変わらず頼もしかったけど、彼らの団結力はそれに匹敵する勢いで、何度も引き戻し合いを繰り返す。
『オーエス! オーエス!』
もちろん、僕も彼女たちに頼ってばかりではなく、出せる限りの力をしぼって綱に力を込めていた。
『オーエス! オーエス!』
やがて、綱の中心がほぼセンターラインの位置に立ったところで膠着こうちゃく状態が続く。こうなると、後は持久戦である。
「……」
ここで負けるわけにはいかない。誘ってくれた円香さんのために、決勝戦で会うことを楽しみにしてる未衣ちゃんのために、奈美子ちゃんたちのために。そして、リーダーである僕のために必死になって戦ってくれるモモルリハナのために。そんな想いを胸に、僕は痛みはじめた手首をこらえて、必死で綱を引き続けていた。
やがて、審判が二度目の空砲を鳴らして制限時間の終了を告げる。
「タイムアップ!」
そこで、僕たちはそっと綱を足元に置いて、判定を待ったのである。
「……勝者、青空トイレッツ!」
僕たちの勝利が告げられ、今まで以上に大きな歓声が響き渡る。よく見てみると、綱の中心は数センチ程度ほど僕たちの側に引き寄せられていた。まさに、薄氷の勝利というヤツである。
「悔しいが、今回は俺たちの負けだ。だが、実に良い試合だったぞ」
「そうだな。妻には悪いが、今回は賞金の代わりに土産話を持ち帰って喜んでもらうとしよう」
「こちらこそ、良い試合でした。機会があれば、また皆さんとお手合わせ願いたいです!」
次々と挨拶に来てくれる『パイナップルパトロール』の面々と握手を交わしながら健闘をたたえ合う。
「健二君、ちょっと来てや」
そんな中、全員との握手を終えた後で僕の手を握ってきたのは円香さんだった。
「えっ、でも小休止を挟んだらすぐに準決勝の二試合目が……」
「すぐ済むけえ来てっちゃ……桃美さん、留里さん、花子さん。ちょっと健二君を借りて行くけえね」
円香さんは、みんなの有無も聞かないまま、僕の手をつかんでどこぞへと引き連れて行ってしまったのである。まぁ、大体の想像はつくけれど……
「ほんと、こんな時のふんどしって面倒臭うてかなわんわ」
「そう言ってくれるなよ。僕としては、見てるだけでも眼福ものなんだぜ」
円香さんの赤フンをトイレタンクの上に置いて、一段上の和式便器に屈む彼女のお尻に目を凝らす。予想通り円香さんは寒さと緊張でお腹を壊し、猛烈な便意を催していたのである。そして僕は、テンパっていた彼女のふんどしを外す手伝いで、ここに連れ込まれたというわけである。
「でも良かったわ……ここの公衆便所って男女共用じゃけえ、一緒に入っても怪しまれんけえね」
「僕も、決勝戦を前に目の保養が出来て嬉しい限りだよ」
円香さんが法被をしっかりめくり上げて丸いお尻をさらけ出し、力強くふんばる。
ブリッ、ブリブリブビビ! ブブビリッ、ブリリッ!! ブブッ!!
円香さんは、僕の前で暴風雨のような激しい下痢便を、悪臭漂う放屁に混ぜてひり出した。
「……しっかり見ちょってええよ。あたしも健二君のチンポを見ちょるんじゃし、おあいこじゃろ?」
「う、うん、ありがとう」
少し目を背けがちにしていた僕に、円香さんが気を遣ってくれる。正直、便臭がキツくはあったけど、円香さんのお尻が便器の縁に密着している様が艶めかしくて、あまり気にはならなかった。
プシャァァァァァァ……
「最後の一試合、頑張ろうね」
「ああ、願わくば、笑顔で終われるようにね!」
ペーパーを受け取り、僕は迅速ながらも丁寧に、円香さんのお尻を局部を拭いた。出す物を出して、最高の形で最高の決勝戦に臨み、最高の相手と雌雄を決する。奈美子ちゃんたちのことを考えながら、この時の僕は何一つ疑うことなく、そんなことを考えていたのである。
『キャ~~!!』「ちっくしょお~~!」
手を洗い、円香さんと他愛もない話をしながらトイレを出ると、大きな悲鳴が響いてきた。間違いなく、それは奈美子ちゃんや巻上さんの声が混じっていたので『ひり出せ!ガールズ』の悲鳴に他ならなかった。
「健二君、あれって……」
「間違いない、急ごう!」
嫌な予感を胸に、円香さんと一緒にステージへと向かう。すると、思った通り綱を取られた『ひり出せ!ガールズ』のメンバーが、痛々しそうに土の上でひれ伏していたのである。
「試合終了! 勝者、コミックメイツ!」
笛が鳴り、審判の口から『ひり出せ!ガールズ』ではないチームの勝利宣言が高らかに告げられる。この瞬間、僕たちと彼女たちが決勝戦で戦う可能性は完全に消滅したのである。
「奈美子ちゃん!」
両足をのばして呆然としている奈美子ちゃんたち『ひり出せ!ガールズ』の元に僕たち『青空トイレッツ』のメンバーが一斉に駆けつける。綱を奪われた際に激しく転倒したのか、彼女たちは全員腕や膝を大きく擦りむき、出血を余儀なくされていた。
「健二先輩、あたし……」
「はっはっは、雑魚同士の慰め合いか?」
奈美子ちゃんのか細い声を踏みにじるかのように横柄な声が飛んでくる。
「あなたたちは……」
振り向くと、奈美子ちゃんたちを退けたチーム――『コミックメイツ』のメンバーが、不敵な笑みを浮かべながら僕たちを見据えていた。
「久しぶりだな、林葉。俺たちの恐ろしさ、決勝戦で骨の髄まで叩きこんでやるぜ」
「ダサ男はん、負けたメス犬連中を気にするんもええけど、あんたらもすぐにこうなるんやで」
顔見知りの同人作家――きトう氏と海豚(いるか)カバうどん氏が、憎々しいまでの顔芸を披露して挑発的な言葉を吐き捨ててくる。
「はっはっは、無様にひれ伏す敗者を眺めて憐れむのは実に面白いが、最後の相手が君たちとは実に興味深いではないか」
「全くだ。兄さん、彼らも完膚なきまでに叩きのめして、我々の優勝といこうではないか」
その隣では、サキマ真司氏と羊氏による『テクソディア兄弟』がさわやかな顔をして、失礼極まりない言葉を並べ立てていた。
「わっはっは。私の怪力があれば、こんな小童どもなど屁にもならんよ。さあ、休憩時間の間に優勝の前祝いとでもいこう」
彼らの背後にいた元ナディアックス編集長――冥土野鋼人(めいどのこうと)氏が、大きな笑い声を上げながら背中を向け、面々と一緒に引き上げる。
「……」
どうやら、最後の最後で僕たちはものすごく強くて、間違いなく厄介な相手と戦うハメになってしまったみたいである――だけど、今はそれよりも。
「ほら、立って。一緒に救護室まで行こう」
奈美子ちゃんの手を取って、ゆっくりと立たせながら肩を貸す。
「健二先輩、あたし、あたし……」
「いいんだよ、何も言わなくて。奈美子ちゃんの気持ちは十分に伝わっているから。だから、勝負するのはまた次の機会ということで、よしとしようじゃないか」
泣きじゃくる奈美子ちゃんをなだめながら、ゆっくりと一歩一歩を踏みしめる。気が付くと、僕に言われるまでもなく、みんなもそれぞれが動いていた。
「すまねーな……偉そうなこと言っといて、あたしが先に潰れちまってよ、クソッ……」
「気にすんな、今回ばっかりはお前の味方だよ。俺たちがあのムカつく連中を叩き潰して敵(かたき)を討ってやるから、大人しく休んでろ」
桃美ちゃんが犬猿の仲である巻上さんを肩に担いで慰めているのをはじめ、留里さんも花子さんも円香さんも、マンツーマンで『ひり出せ!ガールズ』の女の子たちをケアしていたのである。
「健二先輩……どうか、優勝して下さいね……」
「ああ、約束するよ。必ずね……!」
僕は、今大会の優勝を奈美子ちゃんの涙の前に約束した。それは「勝ちたい」気持ち以上に、「負けたくない」という感情に後押しされた、本心からの願いでもあった。
「ここまで来たからには、相手が誰であろうと勝利あるのみだ……いいね?」
『はいっ!!』
試合前に円陣を組んで、ふんどし姿のみんなを鼓舞して士気を上げる。
「何だぁ? 勝てもしねーのに、主役気取りのおまじないとはつくづくおめでたい奴らだぜ」
「あっはっは、全員まとめてボコスカりんにへこまして、鼻血噴かしたるさかい、覚悟せえや!」
きトう氏とうどん氏が挑発を仕掛けても動じず、僕たちは一斉に前を向く。
「はっはっは、留里君が敗者となる姿もさぞや愉快なものになるだろうね。今から楽しみな気分だよ」
「全く、サキマ君ったらいつもこんな人たちとつるんでるから、流石の私もちょっと疲れちゃうわ……」
留里さんは、知人であることを考慮しても、今回の真司氏には少し呆れ気味だった。
「はいはい、おしゃべりはいいから試合を始めるよ~」
審判である未衣ちゃんが両チームをなだめて、開始の準備に取りかかる。未衣ちゃんは、先ほどに同じくひざ丈までの白法被を羽織った出で立ちで、決勝戦の審判に臨んでいた。
「……」
鋼人氏の未衣ちゃんへのスケベ心満載の視線が非常に不愉快ではあったが、それでも僕は平常心を忘れず、綱を持ち上げた。
さあ、いよいよ『青空トイレッツ』と『コミックメイツ』の両チームによる決勝戦の開始である。
「それじゃあ……はじめ~っ!」
未衣ちゃんが空砲を打ち上げて、ついに運命の決勝戦が幕を開けた。
『オーエス! オーエス!』
大歓声の中、持てる力以上のパワーを振り絞って綱を引く。僕の見立てでは、先頭のきトう氏に次ぐ二番目にいる鋼人氏がキーパーソンで間違いなさそうだった。彼の底知れぬ怪力が『コミックメイツ』の原動力で、あとの四人は決して腕力があるようなタイプではないだろう。
『オーエス! オーエス!』
だけど、それでも僕たち五人分以上の力を有しているであろう彼が相手では、やはり分が悪かった。
「う……くっ……」
力を込めてはいるものの、それでも綱は相手の方へと引き寄せられる。
「グへへ。残念だったなぁお前ら……勝負はもう決まったようなもんだぜ」
試合中にも関わらず、きトう氏が顔芸級の憎々しい表情で挑発行為を仕掛けてくる。だが、彼の言葉通り、既に時間は五分以上を経過して、綱は明らかなまでに『コミックメイツ』側へと引き寄せられていた。
「そうかもしれませんね……だけど!」
僕はきトう氏の禍々しい視線から顔を背け、後ろの仲間たちへと声を張り上げる。
「みんな! まだ時間は残っている! 最後まで可能性を信じて、絶対に諦めるなっ!」
『はい!』
僕の言葉が効いたのか、少しだけ綱を引き戻すことに成功する。しかし、依然として綱の中心部分は『コミックメイツ』側にあり、その時には既に残り時間が30秒を切っていた。
――どうにか、奇跡を……!
残り時間に一縷(いちる)の望みを託し、強く念じたその時だった。
ビュウゥゥゥゥ――――!!
強い風が起こり、ステージを強く吹き付ける。そしてそれは、言うまでもなく両チームのメンバーはもちろんのこと、未衣ちゃんへも襲い掛かったのである。
「きゃあぁぁっ!」
強風が、ひざ丈まで覆っていた未衣ちゃんの法被を容赦なくめくり上げる。すると、僕たちの眼前にきゅっと股間の食い込んだ、未衣ちゃんの白いふんどし姿が露となったのである。
「いや~んもう、エッチな風!」
未衣ちゃんがあわてて法被を押さえこんでいるうちに、風はすっかりおさまっていたが、それと同時に未衣ちゃんの方を向いていた鋼人氏の動きも止まっていた。
「ぐっ、ぐぐぐっ、ぐぬっ……!」
バブ~~~~ッ!!!
すると、次の瞬間鋼人氏は盛大に鼻血を噴き上げて、すぐ後ろのうどん氏を巻き込んでこれまた盛大に倒れ込んだのである。
「ぎゃっ!」
鋼人氏とうどん氏が手を離し、たちまち相手の人数が減少する。
「お、オジサン……!」
そして、きトう氏たちの注意がそれたところを僕たちは見逃さなかったのである。
「今だみんな、精一杯の力を込めて行くぞ!」
僕の音頭で一斉に綱を持つ手に力がこもる。
『オ――エ~~~~ス!!!』
『うわあぁぁぁぁっ!!!』
僕たちの全力は、きトう氏たちから綱を完全に取り上げ、彼ら(きトう氏、真司氏、羊氏)をすっ転ばし、地面への顔面クラッシュをさせることに成功した。そして、残り時間一秒にして僕たちの勝利が確定したのである。
「試合終了! 勝者、青空トイレッツ、優勝おめでと~~~~!!」
未衣ちゃんのコールとともに観衆の盛り上がりが最高潮に達して、僕たちに盛大な拍手とエールが送られる。
「やったな健二、俺たちの優勝だ! これで賞金も未衣ちゃんのキスもがっつり頂きだな!」
「うふふ、自然の風まで味方してくれるなんて、あたしたちって最高のメンバーじゃないの☆」
「ごらんなさい『コミックメイツ』の連中を……全員鼻血たらしちゃって、完全に因果応報ってヤツよ……」
桃美ちゃんが、留里さんが、花子さんが、次々と集まってきて、僕は代わる代わる彼女たちと抱擁を交わし合う。
「健二先輩すごーい! ちょっとエッチだけど『青空トイレッツ』の皆さん、サイコーでーす!!」
「おい桃美、今日だけは素直に褒めてやるよ。だがな、あたしはいつか絶対にお前を何でもいいから打ち負かしてやるからな!」
奈美子ちゃんや巻上さんたち『ひり出せ!ガールズ』のメンバーが、次々と駆け寄ってきて祝福の言葉を送ってくれる。
「でかしたぞ! 俺は君たちの雄姿を土産話として、必ず妻に持ち帰る!」
「嬉しいね~。同業者とはいえ、俺はずっとアイツらではなく君たちを応援していたから感無量だよ、おめでとう」
漢電池氏や小夜氏たち『パイナップルパトロール』のメンバーが次々と歩み寄ってきて、僕たちを称えてくれる。そして、そんな彼らや彼女たちをかき分けて、未衣ちゃんがゆっくりと僕たちの前に満面の笑顔で現れたのである。
「へっへ~。それじゃあ未衣から、優勝チームへのプレゼント『でぃーぷきす』をみんなに差し上げちゃうよ~」
未衣ちゃんは、早速最初のターゲットを僕にしぼって可愛らしい顔を近づける。
「んっ、んっ……」
僕は、ゆっくり未衣ちゃんと唇を重ね合わせ、衆人環視の大歓声の中で互いの舌を絡め合わせたのである。
「……」
歓喜の輪の中で、どこか僕たちと距離を置いているかのように見えた円香さんをちょっとだけ気にかけながら……
表彰式も閉会式も済んだ、宵闇の迫る帰り道。僕は円香さんと二人きりで、昼間以上の寒空の下を寄り添いながら歩いていた。
「健二君って本当にあの人たちと仲がええんじゃね。あたし、最後の方は何か近寄りにくかったわ」
「どうして? 一応は同じチームメイトで、おそろいのふんどしまで穿いてたんだし、遠慮せずに近寄ればよかったじゃないか」
少し伏し目がちな円香さんを元気づけようとして、そっと肩を抱き寄せる。すると、彼女の体温が一気に伝わってきたかのように暖かな感覚が押し寄せてきた。
「……あたし、本当は賞金とかキスとかじゃなくて、健二君と一緒にこういう行事に出てみたかったんよね。それで、何かこう、自分の欲のためにあの人たちを利用したって言うかさ……」
「気にしなくていいんじゃないのかな? みんな満足そうだったし、僕だって十分楽しめたわけだしさ」
円香さんがどうして僕と一緒に綱引き大会に参加したかったのかは分からないけど、少なくとも僕たちの中に不満を抱いていた者は誰一人としていなかった。それは、賞金(みんなで山分け二万円)を受け取った時や、未衣ちゃんとのキスの時の彼女たちの幸せそうな顔を見ていれば、一目瞭然である。
「特に僕は、人生で最高の大みそかになったと思っているよ。何たって、みんなのふんどし姿を見られた上に、久しぶりに拝めちゃったからね。円香さんのウ……」
「言うなっ、バカ!」
ギュム!
「んっ……」
円香さんにペニスを強く握られ、そのまま強引に唇を奪われる。どちらも強い力で何かを吸い取られるかのようで、思わず腰が抜けそうになる。
「はぁ、はぁ……円香さん?」
「あたし、用事思い出したけえ先に帰るわ。健二君、三学期……いや、来年からもよろしくね」
「う、うん。よろしく……と言うか、良いお年を」
円香さんは、火照った体を僕から離すと、背中を向けて走り去ってしまった。
「……」
一人残された寒空の下で、円香さんの真意が見えてこないまま、キスから伝播したぬくもりが全身を暖める。こんなことまでして、果たして彼女は何を僕に伝えたかったのだろう。考えても考えても、この寒さの中では何も浮かんでこない。
やがて、雪が降り始めてさらなる寒波の到来を予感させる。
――また来年、かな……
僕は、見えない答えの解決を来年に持ち越すと、我が家への道を歩みだし、速やかに帰路へと着いた。
いずれにせよ、結果的には最高の大みそかだった。