第27話(壱) ひり初めは闇の底
「健二お兄さん、明けましてオチンチンなのだっ!」
そんな物珍しい挨拶とともに、僕の家を訪ねてきたのはコミケ仲間の又下未衣ちゃんだった。
「おめでとう、未衣ちゃん。今年もよろしくね」
ヒマワリのような笑顔がまぶしい未衣ちゃんに、挨拶を返してその小さな体を抱きしめる。もう一つ、祝福の言葉を添えて。
「……それと、お誕生日おめでとう」
「お兄さん、未衣の誕生日覚えててくれたんだね。未衣、感激だよ☆」
1月1日・元日。それは新しい年の始まりにして、未衣ちゃんの誕生日でもある、僕にとっては二重の記念日であった。だからこそ、その未衣ちゃんがこんな日に僕を訪ねてきたのが気になるわけで、すぐに本題へと切り込む。
「ところで、今日は僕に何の用なんだい? 悪いけど、来るとは思わなかったからプレゼントは何も……」
「未衣、プレゼントなんていらないよ。その代わり、今からお兄さんと一緒に初詣はつもうでに行きたい」
「分かったよ。一緒に初詣だね、そんなのお安い御用さ……って、一緒に?」
その場のノリで安請け合いをしたものの、それが明らかに初詣の名を借りたデートのお誘いであることに、承諾してから気付いてしまう。
「へっへ~。今日だけは、健二お兄さんを未衣が独り占めしちゃうんだからね」
ギュッ。
しかし、嬉々としながら僕の左腕にしがみついてくる未衣ちゃんを前に、断るという選択肢など存在しえなかった。
「未衣ちゃん……」
その純粋無垢な笑顔に、思わず心がとろけそうになる。こんな日に、何の予定も約束も取り付けてなかった僕にとって、未衣ちゃんの来訪はまさに人的な意味での『お年玉』だったのである。
「それじゃあ、行くとしようかな。せっかくの誕生日なんだし、今日は未衣ちゃんの気が済むまで一緒にいてあげるよ」
「わーい、お兄さん大好き!」
無邪気になついてくる未衣ちゃんの頭を優しく撫でながら、ゆっくり天を見上げる。上空は雲一つない晴れ模様で、お出かけ日和を象徴するかのように、太陽が輝きを放ち続けていた。
まるで、僕が未衣ちゃんと一緒に出かけることが必然であると言わんばかりに。
自宅から徒歩二十数分の場所にある『一水神社』は、元日ながらも人だかりはまばらで、じっくりと巡るにはうってつけの穴場スポットだった。
「……そりゃあ地味でマイナーな神社だから、少し遠くてもみんな有名どころに行くって話だよね」
「そうだよね~。でも、未衣としては人が少ない方が、気分的に楽だから嬉しいかな」
右腕にしっかりとしがみ付きながら、未衣ちゃんが僕の考えと全く同じ見解を口にする。基本的には僕も(コミケ会場以外での)人混みが嫌いな性格なので、この状況は願ったり叶ったりに他ならなかった。
これならば、未衣ちゃんとの時間を気兼ねなくまったりと過ごせそうな雰囲気である。
「未衣ちゃん、まずはどこに行く?」
とりあえず、本日の主役である未衣ちゃんに主導権を委ねてみる。すると、未衣ちゃんの口からは意外な言葉が飛び出したのである。
「も~。お兄さん、神社に来たらまずはお参りに決まってるじゃない。何はなくとも、神様へのご挨拶は礼儀だよ」
「ま、まぁ、そうだよね……」
およそ小学生とは思えない、大人な発言にちょっとだけ面食らう。最初は間違いなく露天巡りが来るだろうと予測していたのだけど、どうやら未衣ちゃんは精神面では僕より年上だったりするのかもしれない。
「よーし。じゃあ、早速神様のおうちまでレッツゴーだよっ!」
「そうだね、ゴッドセーブザ・未衣ちゃんだ!」
某国の国歌タイトルのような造語を口にして、未衣ちゃんと手をつなぎながら石段を登る。前に一人で来た時は妙に長く感じた登り道だったが、未衣ちゃんと一緒だとあっという間で、気が付けば僕たちの目の前には雄々しき本殿がたたずんでいた。
もちろん、僕たちの場合は中に入れないから拝殿止まりになるのだけど。
「う~ん、いつ見てもカッコ良いたたずまいをしてるな~。未衣、ここで暮らしたくなっちゃうよ」
「おいおい、そんな出来るはずもないことを考える前に、神様にご挨拶だろ」
「テヘッ、そーだね☆」
未衣ちゃんと一緒に手水舎(ちょうずや)で手を洗い、拝殿の前に立つ。そして、二人で一緒に五円玉を賽銭箱へと投げ入れる。未衣ちゃんはともかく、僕がお賽銭に五円玉を使うのは、古典的な『ご縁』を求めるゲン担ぎのようなものだった。
カランカランカラン……
これまた未衣ちゃんと一緒に、鈴を鳴らして頭を二つ下げ、柏手を二度打ち最後に手を合わせて拝む。
「……」
今年一年、平穏無事で健康な毎日を過ごせますように。僕の大切な人たちが幸せでいられますように。そして……素敵な彼女が出来ますように。
少し色めいたことまで願いながら、目を開いてゆっくりと顔を上げる。隣の未衣ちゃんは何を願っているのか、まだ必死に祈願を続けていた。
――未衣ちゃんも、彼氏が欲しかったりするのかな……
気持ち遠い目をして見つめているうちに、ようやく未衣ちゃんが顔を上げる。
「えへへ。お互い願い事が全部叶うと良いね、お兄さん」
「ああ……でも、神頼みだけじゃなく、僕たち自身の努力も必要だと思うけどね」
白い歯を見せてニカッと笑う未衣ちゃんに、ちょっとだけ大人目線で最もなことを言ってみる。言うまでもなく、これは僕自身への戒めでもある。
「うんうん。お兄さんも出会った頃に比べると、とても芯のしっかりした男の子になったみたいで未衣は嬉しいよ」
「そ、そうかな?」
未衣ちゃんに感慨深く喜ばれ、思わず赤面する。自分では良いことを言ったつもりだったけど、こんな風にあしらわれてしまう辺りがやっぱり僕だったりする。
「ほらほら、お参りも済んだんだし、ここからは初詣を楽しむ時間だよっ」
「そうだね」
再び未衣ちゃんと手をつなぎ、拝殿を後にする。ここからが、本当の意味でデートタイムの幕開けでもあった。ちょっとした、古風な施設特有のホラースポットも含めて……
それから、僕たちはありとあらゆる場所を散策しながら元日の神社を満喫した。
「はは、大吉引いちゃった。今年は幸先が良さそうだよ」
「未衣は末吉だよ。どっちかというと小さな感じだけど、未衣の名前と字が似てるから何だか嬉しいな」
一緒に引いたおみくじでは、規模は違えどお互いに『吉』が出たので笑顔を交わして、近くの木枝に括った。
「お兄さん、お守りは同じやつを買おうよ。未衣とおそろいのを持ってれば、きっとご利益も倍増するよ」
「その言葉、信じさせてもらうよ」
社務所の売店では、おそろいの星型『無病息災』守りを買って、売り子の巫女さんに露骨なまでのジト目を向けられた。
「……お幸せに」
「いや、そういうことではないと思うから」
そんな言葉も祝辞に聞こえてしまうほどに、未衣ちゃんとの時間が愛おしい。
「うっわ~~……どこのお店も美味しそうに見えて、未衣ヨダレが出ちゃいそうだよ~~」
「こういうお店は美味しそうに見せるのが売り方だからね……普通の店よりも、気持ち以上に高いけどさ」
露店巡りでは、僕が甘口アイスカフェオレを飲んでいる間に、未衣ちゃんはタコ焼き・イカ串・チョコバナナ・焼きそば・フランクフルトにフルーツ牛乳と、食べ歩き状態だった。
「僕らに幸あれ」
「好きな人といつまでも一緒にいられますように!」
来客用の大型絵馬の前では、お互いに思ったことを青ペンで書き込み、しっかりと名前も刻んだ。
「いや~神社って見どころ満載で、こういう日に訪れるにはうってつけの場所だよね。今日は未衣ちゃんとここに来られて良かったよ」
「へっへ~。未衣に感謝してよね、お兄さんの退屈を紛らわせてあげたんだから」
未衣ちゃんが両手を腰に当てて、誇らしげに胸を張る。
「でも、お兄さんは一つだけ肝心な場所を忘れているよ。未衣とお兄さんの心をつなげる、ラッキースポットを」
「肝心な場所?でも、本殿のお祓いは予約制だから、僕たちには入ることが……」
ギュム。
いきなり未衣ちゃんに、ため息交じりでペニスを握られる。
「お兄さん、そんなところがラッキースポットなわけないでしょ。あっちだよ、あっち」
「あっ……」
未衣ちゃんが指で示したその先には、立て札にしっかりと案内書きが記されていた。左を指した赤い矢印と『トイレはこの奥です』と書かれた黒い文字が。
「未衣、ウンチがしたくなっちゃった。やっぱり一年のひり初めは神社のおトイレだよね☆」
「そ、そうだよね……」
満面の笑顔を見せる未衣ちゃんを前に、苦笑いを浮かべながらも一緒にトイレへと直行する。まさか、あんなものを目の当たりにするとは思うこともなく……
「きゃっ、何よこのトイレ……!」
未衣ちゃんは、僕と一緒に個室に入るなり開口一番そんな声を上げた。一水神社のトイレは、衛生面こそ少しは行き届いていたものの、男女共用で小便器と個室が一つずつ隣り合っている構造だった。だけどそれはいい。
「あ~。流石に絶滅したかと思っていたけど、この辺りはまだまだ遅れている地域なんだねぇ……」
個室のトイレは古い施設ならではの和式で、段差式だったりするのだけど、それだって別に構わない。
しかし、驚くことにこのトイレは水洗式ではなく、くみ取り式の俗に言う『ポットン便所』だったのである。まさかのまさか、このようなトイレが現代社会に今なお生存していようとは。
「……」
小さいころ、親戚の田舎で尿意を催した時に、トイレが離れのポットン便所で恐ろしくて、近所の公園で済ませた記憶がよみがえる。
「未衣怖い、何か落っこちちゃいそう……」
間違いなく初見であろう未衣ちゃんが、こんなものを見て物怖じしないはずがない。男の僕ですらオシッコをするのに抵抗があったというのに、この上に屈んでウンチをするのに腰が引けるのは当然の話である。
だけど、ここにしかトイレがない以上、これを使う他に方法はない。うっかりこんな場所で野糞をしようものなら、新年早々の大罰当たりである。
「未衣ちゃん、怖がらないで使ってごらん。何も恐れることはないからさ」
僕は、一つ深呼吸をすると未衣ちゃんの震える体をそっと抱きしめた。
「……本当に未衣、落っこちずにウンチが出来るの?」
「大丈夫、未衣ちゃんは落ちないよ……だって、僕がいるもの」
根拠はないけれど、未衣ちゃんを安心させたい一心で、柄にもなくクサいセリフを吐いてみた。
「……じゃあ、お兄さんを信じて未衣、ここでウンチするからちゃんと見ててよね」
ギュム。
気持ちの整理がついたのか、未衣ちゃんは僕のペニスを一握りすると、一段上の便器に跨り、小ぶりなお尻を丸出しにしてブラックホールのような空間の上に屈んだ。
「えへ。年明けの初ウンチがこんな変なトイレじゃ『ウン』が良いんだか悪いんだか分かんないや」
プシャァァァァァ……
未衣ちゃんが白い息を吐き、便槽の底へと放尿する。見慣れている光景ではあるけれど、こういうトイレで見る排泄姿にはどこか違う趣のようなものが感じられた。
「良いんじゃないのかな? だって、このご時世にポットン便所が使えるなんて、千人に一人いるかいないかの割合だと思うし」
「そーかなぁ。でも、未衣だけじゃ不公平だから健二お兄さんと仲の良い女の子たちにもここを使わせてあげたいな」
ブプッ、プッ。
未衣ちゃんがまたとない素敵発言をしたところで放屁して、肛門を開く。
「う~ん……」
ムリムリムリムリムリリッ……ムリリッ、ブピッ!メリメリッ!
そして、そこから一気にたまっていたウンチを出して『ひり初め』をしたのである。
ブリブリッ、ブブーッ! ブッ、ブブッ、ブリビリビリ!!
「すごい……」
相当ため込んでいたのか、未衣ちゃんは僕の前でいつにない程の大量排便をした。そう、これならば多すぎて流れないかもしれない水洗よりも、好きなだけひり出しても差し支えのないポットンでウンチさせて良かったんじゃないかと思える程に。
「ふう、スッキリした☆ ほらお兄さん、いつまでもオチンチン勃たせてないで、未衣のお尻を拭いてよね」
「あ。う、うん」
備え付けの木箱に置いてある、昭和中期ごろのトイレで使われていそうな堅そうな紙で未衣ちゃんのお尻を拭く。まぁ、新聞紙じゃない分だけ、少しはマシなのかもしれないけど。
「何かザラザラしてて、未衣お尻気持ちわる~い。やっぱりここって変なトイレだね」
「同感だね。って言うか、こんなトイレを改装もせずにずっと置いておくこと自体が驚異的だよ」
未衣ちゃんの文句に概ね同意しながら、フキフキをしつつ彼女のお尻と局部の感触に股間を固くする。
気が付けば、薄気味悪いポットン便所の個室の中は、愚痴をこぼしながらも和やかムードに包まれていたのである。
「あんなトイレも世の中にあるんだね~、未衣ビックリしたよ」
「僕も驚きだよ。小さい頃には何度か見たけど、とっくに絶滅したと思っていたからさ」
帰り道、日が射してすっかり寒さも落ち着いた昼下がりの並木道を、僕は未衣ちゃんと腕を組んで歩いていた。どういうわけか、デート帰りの話題がずっと先ほどのポットン便所の話で持ち切りだったりするのだけど。
「でも、貴重な経験が出来たから未衣的にはオッケーかな。お兄さんの優しさも、嬉しかったしさ」
「未衣ちゃん……」
寒さが一転、僕の体が火照ってきて火がついたかのように熱くなる。もしかして、僕は未衣ちゃんに対して特別な感情でも芽生えてしまったのだろうか。
「ところでお兄さん、おうちに帰ったら未衣に新刊の同人誌を読ませてよね。またエッチなのを買ったんでしょ?」
「もちろんだよ。今回はコミケ不参加で通販購入をしたクチだけど、いつも読んでるシリーズが節目の十巻になったから、エロ感慨深いものは感じたね」
「すっごーい! 健二お兄さんが愛読するような同人誌をシリーズで十冊も描くなんて、未衣尊敬しちゃうよ~」
答えが見出せないまま、他愛ない会話を続けて盛り上がる。どうやら、今の僕はそれで良いのかもしれない。心に引っ掛かりを覚えていない限り、肉体的にも精神的にも現状が満たされているのであれば、それが答えだと思うから。
「そうそう。それとね、ここ数年トイレ盗撮漫画を描いてる人がまた一人出てきてね……」
「やだ~。同人作家の人たちってお兄さんよりもエッチで、未衣恥ずかしくなっちゃう~」
僕たちは、どちらからともなく体をより密着させながら、自宅までの道をまったりと歩き続けた。
おみくじの大吉が、恋愛面で早速効果を発揮したのかもしれないとも思わせる、そんな初詣の帰り道だった。
第27話(弐) ふみひでの無期限休養
「健二先輩! 探してましたよ!」
始業式を間近に控えた冬休みの終盤、近所をウォーキング感覚で散歩していた僕のところに駆け寄ってきたのは、スカトロ嗜好の持ち主である葉枷奈美子ちゃんだった。
「全く、家に行っても留守だし、近くのお店にもいないし、どうしてこんな大事な時に外をほっつき歩いてるんですか!」
「どうしたんだよ、僕が運動がてら外を歩いてたら悪いような言い方をしちゃって」
奈美子ちゃんの一方的な言い回しに、思わず顔をしかめてしまう。だが、問題となる本題はここからだった。
「一大事なんです一大事! 同人界のエロスを揺るがす、ショッキングな出来事が起こっちゃったんです!」
「何だよ、EUから離脱国が出ようと泡沫候補が大統領になろうと、僕は別に驚きやしない……」
「ふみひで先生が同人活動をやめちゃうんです――っ!!」
「なに――――っ!!」
奈美子ちゃんにつられ、思わず大声を張り上げる。だけど、それが僕にとっても驚嘆せざるを得ない衝撃的なニュースだったことは言うまでもない。同人サークル『Juicy Fish』の『ゆめみふみひで』は、僕の二次元エロスにおいて、最も愛してやまない名作を作り続けてきた人なのだから……
翌日、同人作家たちが集うアパート『望気荘(のぞけそう)』で、僕はふみひでに事の真偽を確かめた。
「本当にやめるのですか?」
「ああ、本当だ。俺は同人活動を休止して、商業誌に専念する」
初めて入る彼の部屋は、アニメとアイドルのポスターに彩られた空間で、オタク色全開ながらもどこか幻想的な雰囲気を漂わせていた。それだけに、こんな形で訪れることが残念で仕方がないのだけど。
「冬コミ前から俺たちには言っていたのだが、どうやら本気らしいぞ。俺は強力な競争相手が減るのだから、止めはしないけどな」
「まぁ、これでふみひで本人のビジュアル目当てで来ていた女性客が俺たちに流れてくれたら、結果的には万々歳なんだけどさ」
僕の両脇で、ふみひでの同志にしてライバルである八乙女もんとのすけ氏と尾晒(おざらし)通氏が口々に肯定的な見解を述べる。つまり彼らとしては、ふみひでの意思を尊重したいということなのだろう。
「……」
その傍らでは、挿入亭圓楽氏が苦笑いを浮かべながら、自分の顔を指差していた。
「なるほど。耽美なルックスのふみひでさんに集った数多の固定客を、自分たちのサークルに引き寄せて売り上げと知名度を伸ばしたい、と」
コクコクコク。
僕の言葉が完全正解だと言わんばかりに圓楽氏が首を縦に振る。どうやら、僕が思っている以上に同人界という世界はシビアだということらしい。最も、ビジュアル面に関して言えば、単にふみひでが突出しているだけで、普通に望気荘の顔ぶれは美男子ぞろいだと思うけど。
「そういうことですか……」
「ああ、そういうことだ。ちょうど俺も、今まで以上に数多くのアニメを観賞して、二次元の海をより長く泳ぎたいところだったからな」
とりあえず、名残惜しくも納得をした僕に『ふみひで節』が炸裂する。ああ、考えてみればこれがこの人のライフスタイルなんだよな。芸術性と耽美な風貌に恵まれていながら気まぐれの天然気質で、まるでおとぎの国で生きているかのような世界観。これこそが、ふみひでがふみひでたる所以なのである。
「さて、健二君。この辺りで面白くない問答はお開きにして帰ってくれないか。休止するにあたって、今から俺も大事な儀式をしなけれなならないんだ」
「えっ? 大事な儀式って……それは、僕がいたらいけないんですか」
「当然だ。これは俺以外の男子禁制で執り行う猥褻……もとい、大切な儀式だ。いわば『強制イベント』だとでも考えてくれ」
ふみひでが徐に立ち上がり、僕をジェスチャー付きで追い返す。
「八乙女君も尾晒君も挿入亭君も引き上げてくれ。君たちだって、次回のアンソロ本を描かねばならないのに、まだ原稿に手も付けていないのだろう」
そして、その勢いで部屋に居座っていた同業者たちをも追い返す。僕はともかく、八乙女氏たちまで追い払わねばならない自分以外の男子禁制の儀式というのは、一体何だと言うのか。
「そういうことなら仕方がないな。ふみひでよ、せいぜい漏電しないように充電期間を満喫することだ」
「俺はアンソロを掛け持ちしている上に、別ジャンルの雑誌にも連載を持っている多忙な身だからね。ここは言う通りにしておくとするよ」
コクリコクリ。
八乙女氏たちが一斉に引き上げて、気が付けば僕だけがふみひでの部屋に取り残される。
「どうした? 君も出て行ってくれないと、事が始められないじゃないか」
ふみひでの眼光が鋭く僕に向けられたその時、奈美子ちゃんが女性陣を引き連れてドカドカと入ってくる。
「やっほー☆ ふみひでさん、打ち上げ会に来ましたよ~」
「よぉ。たっぷり飲み食いした後はアレだろ、アレするんだろ? ニッヒッヒ」
「私を呼んだからには、しっかり楽しませてもらうぞ。お前の体を使ってな」
望気荘の管理人である巻上涼夏さん(通称:涼姫)や、彼女の学校のバレー部で顧問をしている江上コーチをはじめ、気が付くと多くの女の子たちが貢物を持ってふみひでに羨望の眼差しを向けていた。
どうやら、いよいよもって僕の出る幕など端役ほどもなく、ここを去る必然性を全身で感じてしまう。
「……ふみひでさん、長い間同人活動お疲れ様でした。あなたのことだから、気が向けばフラリと戻って来るのでしょうけど、それまではどうぞ商業誌に精を出しながらゆっくり休まれて下さい」
ふみひでに一礼をして、奈美子ちゃんたち女性陣にも軽く頭を下げ、彼らに背中を向ける。
「うむ、良い言葉だ。今後も君に幸あることを心から願っているよ」
「健二先輩ごめんなさい。今回は、ふみひでさんの気持ちを優先させてもらいますね」
こうして、僕はふみひでのエールと奈美子ちゃんのフォローを受け、望気荘を後にしたのであった。
ふみひでの部屋は、僕が退出してから即座に鍵がかけられたみたいだったが、中で何が行われていたのかはあえて詮索しないでおくとしよう。
翌日の午後、僕の家にポストカードが二枚ほど送られてきた。どちらも差出人は不明だったが、カードの絵柄で両方ともふみひでからの贈り物であることは明白だった。
「……」
『君に届く』『恋の形』と直筆で書かれたそれぞれのカードには、彼の描いたトイレの花子さんが可愛らしくも怪しい表情を見せていたのである。
「あら、健二君ったら随分と素敵な絵を描くお知りあいがいるのね……モデルが悪くて、ひいき目に見ても星二つしか付けられないけど」
僕の横で、隣の部屋に住むOL――小口留里子さんが、絵柄を認めながらも悪霊を見るかのような目つきで少女をにらみ付ける。だけど、僕的には星五つでも足りないほどの魅力的な二枚に他ならなかった。
「そんな小さくて張り合いのないお尻よりも、私の方が健二君のオチンチンを刺激する桃尻を持っているわよ」
「そりゃあ確かにサイズ的に物足りないのは否定しませんけどね」
花子さんが全裸の人形を手に、恍惚とした笑顔を浮かべている一枚目『君に届く』も魅力的だったけど、和式トイレにお尻を出して屈んでいる二枚目『恋の形』は、まさに春画と呼ぶにふさわしいエロスを醸し出していた。
――やっぱり、ふみひでは格が違うな……
ふみひでが同人の筆を置いた真意は分からなかったけど、僕にとっての彼が最高レベルの同人作家であった事実は変わらない。復帰するかどうかは別として、僕はただ、彼への変わらぬ敬意を抱き続ける、それだけである。
「留里さん。そんなに桃尻を自慢するんだったら、久しぶりに僕に吟味させて下さいよ」
「うふっ、上等よ❤Tバック越しに健二君にたっぷりとクンカさせてあげるんだから☆」
僕の申し出を快く承諾した留里さんが、短パンを脱ぎ捨てて紫色の極小Tバックに包まれた桃尻を露にして、そのまま座っている僕の顔へと迫り来る。
「うぷっ」
程なくして、留里さんのお尻が僕の顔に密着して、柔らかな感触が顔中に伝わってくる。
「どうかしら? 大きくも小さくもない、程良いサイズのお尻こそが魅力的だと思わない?」
「はぁ、最高です、ほんと、留里さんのお尻……」
冬休みの最終日、僕は自分の部屋で恥ずかしくなるほど淫靡な時に酔いしれていた。だけど、留里さんのお尻と花子さんのお尻に甲乙を付けるつもりはなく、今しばらくはこんな自分の性癖に溺れていたい、そんな気分だった。