第29話(壱) ギョーザがこわい
ドシン! ドシン! ドシン!
「たたっ、助けて、誰か……」
降りしきる雪の中、巨人の足音に追われながら一目散に逃げ回る。ノロマな僕に対して巨人の速度は速く、うかうかしていると踏み潰される距離までその足は迫っていた。
「あれ?」
やがて、その足音が消えて巨人がピタリと立ち止まる。すると、その大きな体は、突然下着を下ろしてその場に屈みこんだのである。
「……まずい!!」
即座に危険を察した僕は、大あわてで距離を取ろうと猛ダッシュを始める。巨人はそんな僕をあざ笑うかのように肛門を開くと、大きなお尻からとてつもない下痢便を噴き出したのである。
ブリブリブリリッ! ブリビリビリ!! ビビッ、ビリビチャァ~~ッ!!
「うわ~っ!!」
巨人の下着とお尻の形には見覚えがあったものの、そんなことを考える暇もなく、僕は死にもの狂いで迫り来る下痢の津波から逃走した。しかし、ノロマな僕に対して茶色い津波の速度はとても速く、振り返るとそれはすぐ真後ろにいて、今まさに僕を吞み込もうとうねりを上げていたのである。
「わわっ! やめろ、やめろ、やめろっ…………」
「やめろ―――――っ!!!」
ボンッ!
あわてて飛び跳ねると、僕は大きな膨らみに顔面から衝突した。いや、飛び跳ねてなんていない、僕は顔だけを起こして飛び起きたとでも言うべきか。
「うぷぷっ……」
その感触と臭いは、女の子のお尻の中で間違いなさそうだった。
「健二……お前、何やってんだよ。そんなに俺のケツが好きなのか、嬉しいけどさ」
「あっ」
気が付くと、僕はコミケ仲間である丸尻桃美ちゃんのTバックのお尻を両手でわしづかみにして、その割れ目に顔面から突っ込んでいたのである。
「ゆ、夢か……」
さっきまでの大味な展開が全て夢だと知って、気が抜けながらも安堵する。
「何の夢見てたんだかよ、こんなにチンポ勃たせちまってさ」
桃美ちゃんが僕の体の上でうつ伏せになったまま、いつの間にかずり下ろしていた生のペニスに舌を這わせてくる。だけど、それはこの際さて置いて。
「ちょっと待ってくれ。休日とはいえ、どうして桃美ちゃんが僕の家に来て、こんな体勢で僕の上に乗っかっているのさ。今日はコミケの日じゃないだろ?」
「いやな、今日アーケード街で面白そうな催し物があるみたいだからさ、お前を誘ってやろうと思ってここまで来たんだよ。そしたら嬉しそうにチンポおっ勃たせて寝てやがるからよ、全部しぼり出そうと思って……」
「全部出そうとするなよ。ストック残しとくぐらいの気を利かせてくれても……って、すぐ溜まるんだし別にいいけどね」
桃美ちゃんのアクティブ過ぎる行動力に呆れつつ、本題に入り込む。
「それで、催し物って何だよ? 楽しくなさそうなイベントだったら僕は行かないからね」
「うっせーな、おもしれーに決まってんじゃねーかよ。何たって、タダで飯が食えるんだぜ」
ギュム!
僕のペニスを強く握りながら、桃美ちゃんがなおも舌で愛撫を続けてくる。朝勃ちをしていたペニスは、見るまでもなくビンビンに膨れ上がり、限界を迎えようとしていた。
「タダ飯とは興味深いね……だったら僕も、桃美ちゃんに、ご相伴、され、てっ……!」
ビュルッ、ビュルビュルビュルッ!! ビュクッ、ビュッ!!
言葉の途中でペニスが限界を突破して、僕は桃美ちゃんの顔面に盛大に浴びせかけていた。
「あー……四日分のチャージが、一瞬でぶっ飛んじゃった……」
「へへ。今日は健二のチンポ汁もタダ飯も、俺が根こそぎゲットだぜ……」
顔に飛散した僕の濁液を指ですくいながら、桃美ちゃんが喉の奥へと流し込む。この時点では、僕も彼女も『タダ飯』の恐ろしさなど、知る由もなかったのである。
僕が桃美ちゃんに連れられて行ったのは『ギョーザ早食い選手権』の会場として使われていた、アーケード街の小さな広場だった。
「何だよ。タダ飯とか言っといて、ただの早食い競争じゃないか」
「そう言ってくれるなよ。俺としちゃあ食費も浮くし、好物のギョーザが好きなだけ食える嬉しい行事なんだぜ」
「分かったよ。だったら、桃美ちゃんの快食ぶりをしっかり楽しませてもらうとするかな」
結局のところ僕は不参加を表明したけれど、桃美ちゃんを見届ける形で会場に残ることにした。正直、妙な胸騒ぎがして、彼女から離れたくなかったのである。
程なくして開会式が始まり、町長の丸木田氏が自分の嗜好を織り交ぜた挨拶を開始する。
「けっ、テメエの趣味とか興味ねーからとっとと食わせろっての……」
「桃美ちゃん。きっと丸さんも、今大会のために色々と奔走して開催までこぎつけてくれたんだ。文句があっても心の中に押しとどめておこう」
悪態をつく桃美ちゃんをたしなめながら、刻一刻と迫る開始時間を前に気持ちが高揚する。部外者でありながら、僕もやはり勝負の展開に興味津々だったのである。
「それでは、はじめぃ!」
号令とともに丸木田氏がドラを鳴らし、早食い選手権が幕を開けた。鳴るが早いか、十数名の参加者たちが一斉にギョーザにタレをつけてかぶり付く。
「うらあっ!」
その中でも、紅一点にして他の屈強そうな男たちとは一線を画している桃美ちゃんの姿は、やはり一段と目を引いた。
――頑張って、桃美ちゃん……!
大会のルールはシンプルで、大皿に盛られた150個のギョーザを最初に完食した人が優勝という典型的な早食い競争の方式である。ただし、ギョーザは箸を使って一つ一つ、タレをつけて食べることが絶対条件で、つけ忘れて食した場合は即座に失格となる。また、一時間という制限時間が用意されていて、時間を過ぎた時に完食者がいない場合は優勝者なしという形で閉幕する、ということである。
「ウボァ~……俺、もう限界……」
早速一人、人相の悪いマッチョ男が椅子から転げ落ちて脱落する。よく見ると、彼は以前コミケで僕に絡んできた悪党面のカメラマンだった。僕でも腹を空かせていれば30個ぐらいは食べれるというのに、十数個で根を上げるとは本当に口先ばかりで根性のない男である。
その一方で桃美ちゃんは、一つ一つをビチャリとタレ付けしながら大きな口を開け、他の誰よりも豪快にパクついていた。
――桃美ちゃん……パワフルな食べっぷりが、可愛いよ……
その時の僕は、勝負の行方などそっちのけで、ずっと桃美ちゃんを見つめ続けていた。その間にも次々と脱落者が続出して、気が付くと、残っていたのは桃美ちゃんを含めて二人だけになっていた。
「ウーン、ウーン」
生き残りの片方が、明らかに限界を迎えていたであろう胃袋へと無理矢理ギョーザを流し込む。しかしそれも無駄な努力に終わり、ジャスト20個を残して彼も椅子から転げ落ち、ギョーザにノックアウトされた――――これで、残ったのは桃美ちゃんただ一人となった。
「うぷっ。俺、もう……」
だが、その桃美ちゃんも30個近くを残して完全に動きが止まっていた。やはり好物と言えども、食べる量には限界があるということなのだろうか。
『もう時間ないぞ、頑張れー!』『負けるなー、あと一息だぞー』
観客たちの声援も空しく、桃美ちゃんが箸を置いてゼイゼイと息を吐く。
「……」
そんな桃美ちゃんを見ているのは辛かったけれど、何としても彼女には完食を成し遂げてほしかった。だから僕は、誰よりも大きな声で大胆なエールを送ったのである。
「頑張れ桃美ちゃん、完食したら今夜は一緒にお風呂に入って、好きなだけ僕の体を磨かせてあげるからっ! だから負けないで! もう少し、最後まで走り抜け……いや、食べ抜いて!!」
「おぉ……」
僕のエールを耳にした丸木田氏が目を丸くしながらこっちを見ていたが、そんなことは一向に構わなかった。僕はただ、桃美ちゃんの力になりたい一心で、思ったままを叫んだだけなのだから。
「……へへ。ありがとな、健二。だけど、後で約束はちゃんと守らせてもらうぜ!」
すると、それまで完全に燃え尽きていた桃美ちゃんが顔を上げ、再び箸を手に取った。その眼差しには、一目で分かるほどに大きな光が宿っていた。
「うおぉぉぉぉぉ―――っ!!!」
そこからはまさに音速の巻き返しだった。残り時間3分をものともせず、目にも止まらぬ早業で桃美ちゃんが次々と残ったギョーザたちを食べまくる。タレの付け方がますます乱雑になってはいたけれど、それでも彼女は一つ一つのタレ付けを忘れず、スピーディに口の中へと放り込んでいたのである。
「ごちそうさんっ!!」
ついに最後の一つを喉の奥へと流し込み、桃美ちゃんが指を突き上げて、完食をアピールする。
「それまで!」
丸木田氏がドラを鳴らして終了をアピールする。残り時間はわずか10秒、まさに土壇場の逆転劇だった。
「完食達成、優勝者・丸尻桃美ちゃ~~ん!!」
丸木田氏のコールとともに観客の声援が湧き起こる。この瞬間、僕も桃美ちゃんの勝利をようやく実感した。その丸木田氏が桃美ちゃんを立たせ、彼女の拳を天に持ち上げご満悦の表情を浮かべる。
「外見だけの屈強なムサ男たちが次々と無様にひれ伏す中、最後までギョーザの山にトライしたこの子に、皆さん、盛大な拍手を~!」
大きな拍手と声援が鳴り響き、観客たちが桃美ちゃんを惜しみなく称える。しかし、当の桃美ちゃんは明らかに顔が青く、全く喜んでいるようには見えなかった。
「うぅっ、もう、限界……」
「……まずいっ!」
ただならぬ様子に危険を察知した僕は、ポケットに常備していたビニール袋を広げてすぐに桃美ちゃんへと手渡した。そして、桃美ちゃんはその中へと豪快に体調不良の要因を吐瀉したのである。
「ウボエェェ~~ッ……ゲヘッ、ゲヘッ、オエ~~ッ……」
ビシャッ、ビチャッ、ビチャビチャビチャ! ビチャチヤッ!!
桃美ちゃんが涙目になりながら、袋の中に未消化状態のギョーザたちを吐き散らす。僕は背後に回って、その背中をゆっくりとさすってあげた。
「う~っ、健二……」
「よくやったよ、桃美ちゃん。最高にカッコ良かった、うん」
一通り吐き終えて、少し表情に色が戻った桃美ちゃんに今度は小声でエールを送る。正直なところ臭いがキツくはあったけど、彼女のそばにいられるのならそんなものは考える必要もなかったのである。
「えーっと、君たち……」
桃美ちゃんのゲロ袋を取り上げて、丸木田氏が一つ大きく咳払いをして続ける。
「体の具合はどうあれ、ちゃんと優勝の賞品は持って帰ってもらいますからね!」
先ほどまでとは打って変わって、微妙な顔の観客たちと呆れ顔の丸木田氏を見ながら少し居心地が悪くなる。桃美ちゃんの優勝は嬉しかったけど、どこかバツの悪い幕切れだった。
帰宅中に便意を催していた桃美ちゃんは、家に帰るなり一目散に僕を連れ込みトイレへと駆け込んだ。
「俺のケツがピーピーうるせー、下痢便だ~~!!」
ブリブリブビビッ! ブリリリリッ!! ブビッ!ブビッ! ブリブジュッ!!
ズボンとパンツを同時にずり下ろして便器の上に屈み、大きなお尻から暴風雨のような下痢をこれでもかと言うほどにまき散らす。まるで、先ほど目にしたあの光景のように。
――そうか、今朝見た夢はこのことだったのか。つまり、あのデカ尻の女の子は桃美ちゃんだったってわけね……
ああいった夢ばかりが正夢と化し、現実になってしまう辺りが良くも悪くも僕らしくて思わず笑みが漏れてしまう。
「おい健二、せっかく見せてやってるんだから、チンポ勃たせてねーでケツ拭いてくれよ」
「よく言うよ、自分から連れ込んどいて偉そうに。それに、ここは僕の家のトイレだぞ」
「別にいーじゃねーかよ。お前ん家(ち)の便所は俺の便所、俺ん家(ち)の便所はお前の便所、だろ?」
ブシャァァァァ―――ッ……ブッ、ブブブッ!
桃美ちゃんが、奇妙な持論を展開しながら放尿と放屁を同時にする。まぁ、単なるジャ〇アニズムな独占欲ではない分、思考としてはマトモなのかもしれないけど。
「それにしても腹減ったなぁ……ゲロとウンコを出すだけ出しちまったから、あっという間に腹ペコになっちまったぜ」
「じゃあ、またギョーザを食べるかい?」
「とんでもねぇ! ギョーザはしばらく懲り懲りだぜ」
お尻を拭いてあげながら、桃美ちゃんと他愛もないような真剣な話で盛り上がる。
「でもね、桃美ちゃんが懲りたからってだけで逃げられるような問題でもないでしょうが」
「そりゃまぁな……」
「まさか、優勝賞品が調理済みの生ギョーザ1000個とか、聞いてないって話だよね……」
僕たちは、半ば強制的に受け取らされた賞品に頭を抱えていた。全く、あの町長は一体何を考えてこんなプレゼントを用意していたのやら。
「とりあえず、可能な限りは僕たちで食べるとして、残りは望気(のぞけ)荘と玖粗久井(くそくい)荘の住人にでも食べさせるとしよう」
「そうだな……でも健二、その後で一緒に風呂入る約束はしっかり守ってもらうからな!」
「当然だろ、分かってるよ!」
この後のプランを一緒に立てながら、桃美ちゃんのお尻をより強く拭いてやる。気がつけば、ギョーザ臭と便臭の入り混じったトイレの中で、僕のペニスも見事なまでに勃ち上がっていた。
第29話(弐) 玖粗久井(くそくい)荘の管理人
放課後、漫画家たちの共同住宅『玖粗久井(くそくい)荘』の前を通ると、中で奇妙な押し問答が繰り広げられていた。
「なーなーバアさん、うちにもここでアンソロ描かせてーな」
「はぁ、それがあたしゃあ漫画に関しちゃあ何の権限もありゃしねえ、ただの老いぼれですだ」
見たところ、昨年の綱引き大会で僕たちと戦った漫画家――海豚(いるか)カバうどん氏が、玖粗久井荘の管理人であるヒロミさんに無茶な要求を突き付けているかのようだった。
「あんた、あの笠松とかいう編集長と懇(ねんごろ)なんやろ? あんたが口利きして、うちを入れさせてくれたらええねん!」
「あんだってぇ? ねんごろりんのボコスカりんが、口聞いてくれねぇってか~?」
しかし、ただでさえ耳が遠い上に、認知症が進行しているヒロミさんに言ったところで彼女(?)に言葉の意味など分かるはずがない。
「……このクソババア、ふざけとるんやないわっ!」
「アヒ~ン!」
あっという間にしびれを切らしたカバうどん氏に蹴飛ばされ、ヒロミさんが力なく転倒する。流石にこのまま傍観しているのはマズいと思ったので、仲裁をすべく僕は敷地内へと足を踏み入れた。
「よく分からないけど、こんなお年寄りに暴力を振るうのはやめにしませんか?」
汚物を見るかのような目でヒロミさんを睨み付けているカバうどん氏の前に、両手を広げて立ち塞がる。しかし、僕では説得力がないのかカバうどん氏に鼻で笑われる。
「なんや、お前この間のハーレム野郎やないか。女はべらせてニヤニヤして、ホンマ気持ち悪かったわ」
「今そんなことは関係ないだろ。そんなにここのアンソロに参加したければ、実績を上げた後で編集長に直談判でもして納得させれば済む話じゃないか」
「ふん、いじめられっ子風情がうちに指図したらどうなるか、骨の髄まで教えたるわ!」
カバうどん氏が指を鳴らすと、どこからともなくヤバそうな顔ぶれがゾロゾロとやって来る。
「君たち……!」
「よー林葉。相変わらず冴えん顔しちょるの、お前」
間違えるはずがない、連中は中学時代に僕をいじめていた不良たちだった。
「うちに話があるんやったら場所変えような、人目につかんとこでゆっくり話そうな」
不良たちに取り囲まれ、強制的に別の場所へと連れられる。気がつくと、ヒロミさんは既に逃げおおせたのか、その場にもう姿はなかった。
――良かった、あの人だけでも助けられたみたいで……
彼女(?)だけでも逃がすことが出来たので、そこだけはひとまず安堵する。僕自身は……まあいいや、考えないでおこう。
一水川の河川敷に連れ込まれた僕は、着くや否や不良の一人に思いきり胸ぐらをつかまれる。
「おいおいカバうどん先生。ゆっくり話すとか言っといて、これは違い過ぎるだろ……」
「あっはっは、なんでうちがお前と話さなあかんねん。お前と話すんはこいつらに決まっとるやろ」
カバうどん氏のゆがんだ笑顔が、突き刺すように僕を見据えてくる。そして、僕をつかんでいる手の力が強まり、胸ぐらがより締め上げられてくる。
「おい林葉、好きな奴がおるんじゃろうが? 正直に言ってみいや」
突然おかしな質問を投げかけられて目が丸くなる。だけど、答えなければ何をされるか分かったものではないので、僕は正直に答えることにした。
「い、いるよ……香子先生。そう、僕が好きなのは、クラスの担任をしている岸村香子先生だ」
「おい、誰かっちゃそれ。お前、俺らーの知らんような奴の名前を言うないや!」
正直に答えたつもりだったが、連中はそれが面白かったらしく、カバうどん氏ともども盛大に爆笑した。
「おい林葉。そんな知りもせんような奴の名前出されても分からんじゃろうが、知っとる奴の名前を言えっちゃ」
「そんなことを言われても困るよ。君たちの知ってる人と言ってもよく分からないし……」
「あぁん!?」
言葉の途中で今度は両手を使って胸ぐらを締め上げられる。今の言葉の中に、そんなことをされるような理由があっただろうか。
「中学の時の同級生とかおるじゃろうが。あの中にも誰かおろうが、言うてみいや!」
「し、知らないよ、今さら中学時代の女子とかもう忘れちゃったよ……」
本当のことを言うと、当時の女子や女性教師たちのことを忘れていたわけではなかった。ただ、あの灰色時代において、僕が恋愛感情を抱くような相手など一人もいなかった、それが事実である。
しかし、僕を締め上げる力はさらに強まり、まるで首を絞められているかのように息苦しくなってくる。
「なんやぁ、話がしたかったんやろ? 黙っとらんでホンマのこと言わんと、そのうち息も出来んくなるでぇ」
周囲の嘲笑に混じって、カバうどん氏が憎々しげに吐き捨ててくる。
「おるじゃろうがっちゃ、おい!」
「やめてよ、こんなことされても、僕は……」
絶望的な状況に、思わず気が遠くなりかけたその時だった。
ボゴオッ……!
僕の胸ぐらをつかんでいた不良の顔面に、渾身のストレートが炸裂する。
「がはっ……」
不良が目を剥いて転げ落ちたのを確認してその方向に視線をよこすと、そこには見覚えのある赤い服の男がいた。それは、間違いなく過去にも僕を助けてくれた赤マントの男だった。
「来てくれたんですね……!」
「勘違いするな、私はあのヒロミとかいう老婆に貴様を助けてくれと頼まれただけだ。あまり思い上がらないことだ……なっ!」
赤マントが打撃技で次々と不良たちを駆逐する。そして、ついにカバうどん氏との一騎打ちとなる。
「残念だが貴様に『玖粗久井荘』の一員たる資格はない……それを今から体に教えてやる!」
ここで赤マントは懐から二本のナイフを取り出して、その鋭利な先端をカバうどん氏に向けた。
「なんやそんなもん……うちがナイフの一本や二本で驚く女や思うたら、大間違いやでっ!」
「ほう、口先だけは流石だな……ならばこのナイフを受けてみろ!」
赤マントが鮮やかなナイフさばきとともに、カバうどん氏の横をすり抜ける。
ハラリ。
すると、カバうどん氏の服が破れて上下ともにパープルの下着姿が露となったのである。
「ギャ―――!!」
けたたましい悲鳴を上げながら、カバうどん氏が飛び跳ねる。
「うち、お嫁に行かれへ~~ん!!」
そして、その姿のまま妙なセリフを絶叫すると、そのままどこかへと逃げ去ったのである。
「あの、僕……」
「感謝をするならあの老婆にすることだ、俺は奴に言われたことを実行したに過ぎん」
お礼を言うつもりが、前回に同じく赤マントはつれない返事をするだけだった。
「だが、あの老婆は貴様に感謝していたぞ、それだけは伝えておいてやる」
「そうですか、それは良かったです」
「ふん……まあいい、事後処理は私が済ませておく。貴様はさっさと帰ることだ」
「はい! 今回も、ありがとうございました!」
僕は赤マントに深く一礼をすると、強引に連れて来られた河川敷を後にした。まさか、身代わりになって助けたはずのヒロミさんによって、結果的に僕が助けられる形になろうとは、夢にも思わなかった。
とりあえず、明日また玖粗久井荘に立ち寄って、彼女(?)にお礼を伝えておくとするかな……
「えっ、ヒロミさん辞めちゃったんですか?」
「ああ。昨日の一件でぎっくり腰になったみたいでな。もう降板するとか言って辞表まで出してきたんだ」
翌日の放課後に立ち寄った玖粗久井荘の敷地内で、我がクラスの副担任にして出版社『ナディアックス』編集長も兼任している笠松先生に、残念そうに事実を告げられる。
「それは無念です。せっかく昨日のお礼が言いたかったのに」
「気にしないことだ。生きていればそのうち会う日も来るだろう。それよりも……」
ふと、入り口に止まっていたトラックから、二人の男女が降りてくる。一人は前頭部の薄さが目立つ中年男性で、もう一人は清楚という言葉がピッタリ当てはまるかのような長髪の黒髪美人だった。
「笠松君。新しい子、置いてくよ。今日から頼むからね」
「任せて下さい。あなたの後任として恥じない管理人に育ててみせます」
「……」
先生の妙な言葉を受けて、薄毛の中年を思わず見つめてしまう。凝視すると、まるで以前にも会ったような覚えがあるような、ないような。
「何なの君? 俺にそっちの趣味はないんだから、いくら見とれても意味ねーぞ、ったく」
「す、すみません……」
薄毛の男性に注意されて、思わず頭を下げる。
「まあいいや。それじゃあ、頼んだよ!」
男性は、僕の肩を軽く一叩きすると、トラックに戻ってそのままどこかへと発進させた……と言っても、乗っていたのは助手席で、運転していたのは別の人だったけど。
「えっと……」
「本日より玖粗久井荘の管理人をやらせていただく柿津と申します、よろしくお願いします」
『お願いします』
先生と声をハモらせながら、一緒に頭を下げる。どうやら、今回の管理人はヒロミさんとは打って変わり、とてもしっかりした美人女性と考えて問題なさそうだった。
「それじゃあ柿津君、玖粗久井荘の中を案内するから俺について来てくれ」
「はい」
「……健二君も来るか?」
「はい、喜んで!」
少し間があったものの、先生は柿津さんだけでなく、僕もアパートの内部へと招待してくれた。もちろん、断る理由など微塵も存在しなかったので、僕は二つ返事で承諾した。
「ならば二人とも、俺の後に続いてくれ。案内人として、俺がたっぷり玖粗久井荘の魅力を教え込んでやる」
勇ましく先頭を歩く先生の後に柿津さんが続き、その後に僕が続く形で玖粗久井荘の中へと入って行く。
――うんうん、良い眺めだ……
僕の視線は、早くも柿津さんの大きなお尻に釘付けになっていた。