(壱) 仕返しはトイレの中で
「なんでそこに捨てよるん!」
いきなり突き刺された怒声に思わず目が丸くなる。振り返ると、そこにはクラスメートの女子の中で僕が唯一可愛いと思っている、円香さんがいた。
「いや、だって鼻かんだ後のティッシュをゴミ箱に捨てるのは常識でしょ」
「これ見えないの?」
彼女が指で示したゴミ箱の上には張り紙がしてあった。黒い太字で「紙パック専用」と。
「ああ、確かに書いてあるね。でも、同じ燃えるゴミだし別にいいんじゃ……」
ギュム。
「わわっ!?」
弁解の途中でペニスを握られてしまった。
「クラス委員が言い訳しない。ゴミの区別ぐらいちゃんとしないと、香子先生にまで嫌われちゃうんだから」
「分かったよ」
担任である香子先生の名前を出されてしまっては分が悪い。僕は渋々と紙パック専用ゴミ箱の中の鼻紙(使用済み)を取り出して、近くのゴミ箱へと捨てた。
「ほんと健二君っていい加減だよね」
彼女は呆れたようにそう吐き捨てると、目もくれずどこかへと去って行った。
「……」
周囲の野次馬どものニヤニヤ顔と笑い声は不愉快だったけど、不思議と彼女には怒りのような気持ちが込み上げてこなかった。
――しっかりとつかまれちゃったよ、僕の……
奇妙な感情が交差して心の中に絡みつく、そんなある6月の昼休みだった。
「全く、何を考えているのやら」
その日の夜、僕は湯船の中で円香さんとの日々を振り返っていた。思えば彼女とは1年の頃からのクラスメートで、ちょくちょく嫌味のようなことを言われていたような覚えがある。
――だけど……
ただでさえクラスで浮いていて、居場所すらなかった僕は次第にフラストレーションを募らせ、気がつけば奇行に手を染めていた。なんと、小学生時代の自由帳を引っ張り出し、あろうことかそこに顔の見えない女子の排便姿を描き込んだのである。
ご丁寧に『円香のスウィートウンコタイム』というタイトルまで付けて。
――ちょっと背徳感もあったけど、それが余計にドキドキしたんだよなぁ……
色鉛筆での着色を済ませたその時、自作絵ながらその排便イラストの女性が本当に彼女に思えてきた。
そうなってくると、もはやそそり立つものを抑制することなど出来るはずもなく、この世に生を受けて15年と6ヶ月、僕は自分の描いた絵で人生初のオナニーをした。
――つまり、彼女は僕の最初のオカズようなものだった。なのに……
当時クラスメートだった男子たちに無理やり脱がされ、運悪く教室で彼女にペニスを見られてしまい、こう言われた。「健二君のチンポって小さくて不恰好でハッキリ言って無価値な代物だよね」と。
その言葉が尾を引いて、僕は精神的なショックでインポテンツになった。皮肉にも、何度となくオカズに使い続けていた彼女によって、インポに追い込まれてしまったのである。
――そんな小さくて不恰好で無価値な代物だって言うんなら、どうして……
さっきギュッとしてきたんだ、それも玉ごとパクリと包み込むように。
「……」
考えれば考えるほど答えが見えてこない。それなのに、握ってきた時の彼女の拗ねたような顔つきが脳裏に浮かんで股間を刺激する。
「あぁもう、分からん!」
僕は勢いよく浴槽から立ち上がると、風呂を出てすぐにこの前買った同人誌でオナニーをした。本来なら衛生的な意味合いで入浴前に済ませておくのだが、今日はしない予定だった。だけど、彼女の軽率な行為を前に、僕の理性はあえなく打ち破られてしまったのであった。
――……このままやられっぱなしで終わると思うなよ!
この時、僕の中でちょっとしたイタズラ心が芽生えようとしていた。
「えーっと、ここのpeepをpeepingにすることで現在進行形になって……」
「……」
それから3日後、昼休み直後の授業中に最高のチャンスがやってきた。担任である香子先生の授業も上の空で、いつもなら先生のお尻のラインばかりを眺めているところだが、今日は少し勝手が違った。
斜め前に座っている女子が具合悪そうな顔つきで、ずっと体を震わせてうつむいていたのである。もちろん、その女子というのは僕のちょっとした復讐相手である円香さんのことだ。
「円香さん、気分悪そうだけど大丈夫なの?」
「もう、授業中に話しかけてこないでよ……確かにちょっと辛いけど」
小声で声をかけるとそんな言葉が返ってくる。
――全く、人が気を遣っているというのに。
まだ授業が終わるまで30分以上残されている。それなのに、斜め前のモジモジ女子に気付いておきながら、見て見ぬふりなど出来るはずもない。
だったら、ここで僕の取るべき行動は。
「上にPleaseが付いてDon't peepじゃったら“覗かないで下さい”やけど単なるDon't peepじゃったら“覗くな”っちゅう強めの意味合いになるけえ……」
「先生」
周囲の虚を付いて徐に立ち上がる。
「どうしたんかね健二君?」
「円香さんがさっきから具合悪そうなんで、保健室に連れて行きます」
僕の思わぬ発言に辺りがどよめきを見せる。
「いや、ええって健二君! 私、そんな」
「クラス委員として、クラスメートのそんな姿は放っておけないからね」
無理やり押し付けられた役職とはいえ、こういう時はそんな肩書きも役に立つ。
「うん、まぁそういうことじゃったら健二君にお願いしようかね。円香さん、遠慮せんと行ってきんさい」
「……」
流石に香子先生にまでそう言われると居座ることも出来なかったか、円香さんは渋々と立ち上がった。
「じゃあ彼女は責任持って連れて行きますんで」
「頼むよ」
「それとDon't peepは『覗くな』と言うより『覗かないでね』って訳した方が可愛げがありますよ」
「ま、まぁそりゃそうなんじゃろうけど」
余計なことを言いつつも、僕はうまく円香さんを連れ出すことに成功した。
さあ、ここからが本番だ。
授業を抜け出した僕たちは、人気のない廊下を横並びで歩いていた。もちろん言った手前、保健室には連れて行くけどその前に行くべき場所がある。
「……ったく、具合なんてどこも悪くないのに」
「そんなことは百も二百も承知だよ」
「えっ?」
しれっと言ってのけたその言葉に円香さんが驚く。
「だからこうして足を運んでいるんじゃなないか。保健室じゃなくて……」
「……」
「ト・イ・レ」
見る見るうちに円香さんの顔が熟れた苺のように赤くなる。
「何よ、あたしが行きたがってるのが分かってたってこと?」
「一目瞭然ってヤツだね。でも、恥ずかしがらなくていいんだよ。僕もちょうど行きたかったところだから」
目的はちょっと違うけど。
「ホント、健二君ってエッチだよね。女の子のそんなところをバッチリ見てるなんてさ」
「いやいや、男なんてみんなそんなものだよ」
他愛ない会話を繰り広げているうちにトイレへとたどり着く。
「じゃ、あたしちょっと行ってくるから」
円香さんはそう言うと、こっちに目もくれずに女子トイレの方へ直行した。
「……」
流石に男女共用ではないものの、この学校のトイレというのは実に刺激的な造りである。何せドアはなく、通路から壁を隔てて隣り合っている両方のトイレの中が丸見えなのだから。まぁそれはそれで、普段だと小便器で用を足す男子の姿が目に留まって不快感の方が強かったりもするのだが。
バタン!
――入ったな。
僕は円香さんが個室に入った音を察知すると、周囲に人気がないことを確認して速やかに女子トイレへと踏み込んだ。
――恨むなよ……これは、みんなの前で人を罵倒したり玉握りをしてきたりした、君が受けるべき報いなんだ!
奥の個室が閉まっていたので、中央の個室に入り込んで床に顔を擦り付けながら隙間の先を覗き見る。
すると、ものの1秒もしないうちに視界の向こうに肌色の桃が落ちてきた。考えるまでもなく、円香さんのお尻である。
「……」
サイズ的には香子先生に劣るものの、形としては先生に引けを取らない桃型のきれいなお尻。女子の中でも小柄な彼女だが、スカートの下にはこんな物を持っていたのか。
「はぁ」
ブシャァァァァァ……!
僕の見解に気付くこともなく、円香さんが放尿を開始する。おいおい、こんなに溜め込んでいたのかよ。あんまり我慢ばかりしてると膀胱炎になっちゃうぞ。思わずそう突っ込みたくなるのをぐっとこらえて、にこやかにその光景を凝視する。
――あっ!
気がつけば、僕のペニスは熱を帯びて大きく膨れ上がっていた。
プシャァァ~~……
それに反するかのように、円香さんの尿の勢いが少しずつ弱くなる。それよりも尿の一部がお尻を伝って、陰毛からポタポタ零れ落ちている光景が実に艶かしい。
チョロッ、チョロッ。
やがて、蛇口を閉めた水道のように尿は水滴レベルの噴出にまで衰え、程なくして完全に止まった。
「ん、んっ!」
ブゥ~ッ、ブブブッ!!
「!?」
すると、意表を付くかのように肛門が開いて円香さんは大きく放屁した。
「はぁ、はぁ」
そこですぐに肛門が閉じたので、どうやら排便はしないらしい(残念!)。しかし、膀胱だけでなく腸内にまで色々と溜め込んでいようとは、円香さん恐るべし。
「ふぅ……」
一息つきながら、円香さんがペーパーで局部と尿が浸透してしまったお尻を拭いている。本来なら手を伸ばして、彼女のお尻を愛撫しながら触り心地という面で香子先生と比較したいところだったが、それをやったら間違いなく僕はおしまいだ。余計な考えを捨てると、そろそろトイレが終わりそうだったので僕は速やかに気配を消して女子トイレから退散した。
ジャ~~!
やがて、水の流れる音とともにドアが開いて円香さんが出てきた。
「おかえり。長かったね」
「女の子のトイレにそんな突っ込み入れないでよ、バカ!」
ギュム!
「わわっ!?」
覗いたことをごまかす意味でさり気なく声をかけたつもりだったが、またしても不意打ちの玉握りをされてしまった。しかも今回は勃起版である。
「やだ、何で勃たしてんのよ、気持ちわる」
「いや~、これもいわゆる生理現象の一種のようなものだから僕に言われても」
「もういい、あたし一人で保健室に行って来る。健二君は戻っといていいよ」
「あ、ちょっと」
僕が止めるのも聞かず、円香さんは一人で保健室に行ってしまった。
――水洗いだけでもいいから、手を洗おうとは思わないのかね……
彼女の衛生面での立ち振る舞いは頂けなかったが、玉握りをくらったことに関しては今回も不思議と嫌な感情は湧いてこなかった。
――ま、いいもの見せてもらったんだし、この前の鼻紙の件ともども水に流してあげようかな。
オチがトイレなだけに。と、そんなしょうもないことを考えながら頬を緩ませつつ、僕は香子先生の授業が続いている教室へと戻ったのであった。
「ふう……」
廊下で鼻をかんだ僕は、紙パック専用のゴミ箱を素通りすると、速やかにその先にあるゴミ箱に投げ捨てた。
「ようやく学ぶことが出来たみたいね」
振り返ると背後にはこの前と同じように円香さんがいた。
「そりゃあね、あれだけ言われたら僕も覚えるというものだよ」
「ま、健二君にしては上出来ってところかな」
可愛らしい笑顔を見せながらもこの言い草である。最も、お尻も肛門もバッチリ見せてもらった今となっては、その程度の言葉など痛くもかゆくもないけれど。
「良い褒め言葉だ。好意的に受け取らせてもらうよ」
「そう。だったらついでにご褒美あげちゃうわ」
ギュム。
「うっ」
またしても彼女の右手にペニスをつかまれる。
「じゃ、これからもその気持ちを忘れないようにね」
彼女は楽しそうな顔つきでそう吐き捨てると、目もくれずどこかへと去って行った。
「……」
トイレの件で気が済んだとはいえ、僕の中では違う意味で彼女に対する特別な気持ちが芽生えようとしていた。
――またしてもつかまれちゃったよ、僕の……
性的なアプローチに心が躍る、そんなある6月の昼休みだった。
(弐) 風邪の日の社会見学
「すみません、今日は休ませてもらいます」
「そうかね。まぁ、そんなに熱があるんじゃったら仕方がないね、お大事に」
「はい……」
香子先生の承諾を得たところで受話器を置いて息を吐く。全く、どうしてこうもついていないんだ、僕という男は。大げさでなく、そんな言葉を吐き捨ててしまいたくなる現状が痛々しい。
――今日を……今日という日を、人がどれだけ楽しみにしていたと思っているんだ……
今日は、学年全体による社会見学の日だった。それも今年の見学先は、ここ広島県でも屈指の人気ゲーム会社で、見学の後にはその会社が運営している饅頭(まんじゅう)工場も見て回るというスペシャルプログラムだったのである。
――それなのに……
昨日の掃除時間、花壇周りの草抜きをしている時に、2階の窓からバケツの水を盛大に浴びせられてしまった。犯人は隣のクラスの男子たちで、うち数人は1年生の頃のクラスメートたちだった。
言うまでもなく、僕を狙った上での意図的な行為である。
「……」
間違いなくそれが尾を引いていたのだろう。今朝、あまりにも体が熱いので熱を計ると、38度を越えていた。本当は無理を押してでも行きたいところだったが、ゲーム会社や工場のスタッフに風邪をうつすのだけは嫌だった。
だから、僕はやむなく素晴らしい1日になっていたであろう、今日という日を欠席することにしたのである。
――薬を飲んで寝るか……
僕は簡単に朝食を済ませると、間を置いてから市販の風邪薬を飲んで、布団の中へと戻った。
ぐっすり眠って嫌なことは忘れてしまうとしよう。
午前十一時。どういうわけかそんな時間に目が覚めて、すでに熱は引いていた。
いっそ夜まで眠れていれば諦めもつくだろうに、こんなところで起きてしまうとますます未練が募る。
――もうみんな会社に着いて、あの名物社長に出会ってる頃だろうな。
考えれば考えるほど目が冴えて眠れそうにない。
――だったら僕もウジウジしていないで、自分なりの社会見学ってヤツをしてみるか……
僕は身支度を整えると、前に即売会で買った同人誌の連絡先に記載されていた住所をメモして外に出た。『あの人』に会って色々と話がしたい、よく分からないけど今はそんな気分だった。
「ええっと」
一水町二丁目三番地・望気(のぞけ)荘。方向音痴なりにフィーリングを駆使して、どうにかそれらしき建物の前にたどり着いた。記載されていた情報が正しければ、ここに住んでいるはずだ。
僕が初めて同人誌を買ったサークル『Juicy Fish』のふみひでが。
――それにしても……
外観からして年季の入ってそうな雰囲気が、ひしひしと伝わってくる。この分だと、僕が一人暮らしをしている亀出羽(かめでば)荘の方が新しいのではないかとさえ思えてくる。まぁ、第三者的な目線ではどっこいどっこいなのだろうけど。
「おや」
敷地内に足を踏み入れた僕は、ふと駐輪場の片隅に人影を見つける。見たところそれは若い女性のようだった。
「って!」
その先で見た光景はにわかには信じられないもので、すぐに僕の目を引いた。
「ウ~~……ウ~~」
ムリムリムリムリムリッ……
女性はさも当たり前のようにそこにお尻を出して屈むと、うめき声とともに排便を始めたのである。
――す、すごい。これはなかなかのナイスヒップだ!
サイズ的には香子先生より少し小さめだったが、その形の良さは先生と同格と見て間違いない。そんな魅力的なお尻の持ち主が、人目につかない場所とはいえ野外排泄をしているのである。僕の股間はすぐさま膨れ上がり、大きなテントを張っていた。
「おい、そこのガキ。さっきから何見てやがんだよ」
「えっ」
女性がいきなり振り向いて声をかけてきた。
「お前だよ、チンポムックリ野郎」
「ぼ、僕のことを言っているのか」
大胆な言い回しに思わず言葉が詰まりそうになる。ちなみに、振り向いて露になったその顔は気丈そうでありながら悪い人ではない、そんな感じの美人さんだった。
「そこ動くんじゃねぇぞ、動いたら殺す、っていうか動かなくても殺す」
「どっちでも一緒じゃないか。だったらここに居るから早く済ませてくれ」
「けっ」
プシャァァ……
女性は再び前を向くと、僕に見られているのもお構いなしといった具合に放尿を開始した。
「……」
それにしてもデカいのを出したものである。これほどのサイズだと、流れずに便器が詰まりそうだから彼女がここで脱糞しているのはある意味正しいのかもしれない。
「さてと」
自前のティッシュでお尻と局部を拭き終えて、女性がゆっくりと立ち上がりこっちにやって来る。
「年頃の女がクソしてる秘密の花園をガン見しておいて、生きて帰れるとは思ってねぇだろうな」
「ちょっと待ってくれ。確かにあんだけ出したら便器が詰まりそうだから、トイレを使わずにそこでしたのは英断だと思う。だけど野外排泄は覗き見を承知の上でする行為じゃないのか?」
こんなところで殺されるわけにもいかないので、苦しいながらも便解ならぬ弁解をする。
「それに君こそ野糞にこんな場所を選ぶなんて、非常識じゃないか。ここはアパートの敷地内なんだぞ」
「うっせーなぁ。あたしはここの管理人だからどこでクソしようが勝手なんだよ」
「えっ?」
彼女の行動や言動からは、全く想像のつかなかったその肩書きに思わず目が丸くなる。
「冥土の土産に教えといてやるよ。あたしの名前は巻上涼夏。このクソアパートの管理人だ」
そこまで言うと彼女――巻上涼夏さんはカッコイイとでも思っているのか、親指を自分に向けてビシッとポーズを取ってみせた。おいおい、さっきまでデカ尻を丸出しにして排便姿を披露していた女がポーズ決めても、様にはならないぞ。
だけど、そっちが自己紹介をしたのなら僕だって。
「巻上さんか、よろしく。僕は林葉健二。近所の学校に通う現役の高校生だよ」
「ふーん。で、その高校生がこんな平日に学校サボって何の用だ?」
「この前即売会で同人誌を買ったんだけど、その作者がこの望気荘に住んでるみたいだからたずねてみたくなってね」
僕は巻上さんに偽りなく用件を伝えた。
「即売会だぁ?で、どこのどいつの同人誌を買ったんだよ」
「Juicy Fishのふみひでさんの新刊だけど」
するとその名前を耳にした巻上さんは、口元を緩めてニヤリと笑ったのである。
「へぇ、ふみひでかぁ。確かにあいつは望気荘が出来た当時からの住人で、相当の実力者だからな。そりゃお前も買いたくなるよな」
「よく分かってるじゃないか。ふみひでさんは本人の容姿もさることながら、絵は可愛くてボディラインは魅力的でストーリーは官能的で、ヴィーナスのような女の子たちをを作り続けている人だからね」
実際読んだ漫画は2冊だけで、持っているのはそのうちの1冊のみだがそれだけは確信が持てた。
「なるほどなるほど、エロスな健二はヴィーナスの作り手ふみひでに魅せられる、か。色々な意味で傑作だな」
さっきまでの殺意の波動に目覚めたようなオーラはどこへやら、笑い声を立てている巻上さんからは暖かな空気が流れていた。
「もういいや、ふみひでに免じてあたしのケツ見たのは大目に見てやるよ」
「巻上さん……」
よく分からないが僕は許されたみたいだった。即売会の時の香子先生といい、女性を納得させる不思議な何かを持っている、ふみひでパワーおそるべし。
「ついでだから教えてやるけどさ、ここはふみひでに限らず漫画家どもが集団生活を送っているアパートだったりするんだよ」
「そ、そうだったんですか」
それじゃあまるでト○ワ荘じゃないか。しかもこんな美人管理人まで住んでいるなんて、一○館の要素まで兼ね揃えているというのかこのあばら家が。
「ま、どいつもこいつも成年向けのクソみてぇな漫画ばっか描いてやがる物好きどもばっかだけどな」
巻上さんがゲラゲラと笑いながら僕の首に腕を巻きつけてくる。
「だけど一足違いだったな。あいつらは今……」
笑い顔が一転、巻上さんは神妙な面持ちになって僕にそれを告げたのである。
「あーあ、残念だったなぁ……」
翌朝、僕はいつもの通学路を歩きながらため息を吐いていた。結局のところ、望気荘まで足を運んだものの、ふみひでには会えなかった。巻上さんの話によると、彼だけではなく望気荘に住む漫画家全員が東京の即売会に出張していたということらしい。最も、その即売会というのは成人向け同人誌オンリーのイベントだったらしいので、仮に行っていたとしても入れなかったのだけど。
――ま、いいもの見れたんだし良しとするか。
昨日の晩は、出会ったばかりの巻上さんをオカズにオナニーをして、美少女雑誌のピンナップに思い切りぶっかけてやった。ふみひでのことは残念だったが、別の側面で収穫があったことを考えて良かったことにしておこう。
「?」
教室に入ると中には誰も居なかった。見たところ、校庭で臨時の全校集会が催されているわけでもないのに、どうして人気がないのだろう。
「あっ、健二君。ええところにおった」
そんな中、香子先生が教室に入ってくる。
「先生。どうしちゃったんですかみんな」
「うん、それがね……」
先生の話を要約するとこういうことだった。クラス別に生徒を乗せた6台のバスが並んで山道を走行していたところ、先頭のバスが前を走っていたバキュームカーのタンク不良によって、盛大に飛び出した排泄物を浴びて視界を失い大型ダンプカーと正面衝突を起こしたのだという。そして、車間を詰めて走行していた後続のバスたちが次々と追突して、見事なまでの玉突き事故が発生したとのことらしい。
それで、死人こそ出なかったものの、全員が骨折や裂傷、強めの打撲といった重傷を負わされて本日(もしくは数日)の欠席を余儀なくされたのだとか。
「じゃあなんで先生は無傷で当たり前に来ているんですか」
「えっと、ちょっと恥ずかしいんやけど……」
そこから先は頬を染めながらの恥話(ハズバナ)と化した。どうやら香子先生は、出発の直前に腹痛を起こしてずっと保健室で休んでいたらしい。
「なんか、お尻から火を吹きよるみたいにウンチが止まらんでね。ずっと保健室とトイレを往復しよったんやわ」
「お尻から火を吹くみたいに……」
もはや今晩のオカズネタは決まったも同然だ。だけど、それで先生が事故に巻き込まれなかったのだから、その腹痛は価値ある痛みだったということに他ならないだろう。
「ということは、今日うちの学年で出席している生徒は前日の欠席者のみというオチですね」
「そうじゃね、健二君以外は女の子ばっかりじゃったよ」
「それはそれは」
つまり、僕に水をぶっかけた奴らも痛い目を見たということか。ならば、こっちもこっちで納得しておくとしよう。
「あっ」
キーンコーンカーンコーン。
色々と話しているうちにチャイムが鳴って、ホームルームの時間になった。
「健二君。うちのクラスは健二君一人じゃけど大丈夫やろうか」
「平気です。こんな時こそクラス委員としてこの組を守らなければ」
あのイジメのスペシャリストになるのが将来の夢みたいな連中が一人もいない上に、先生とマンツーマンな一日。こんな素敵な日に張り切らなくて、いつ張り切るというのか。
「頼もしいね。ほいじゃあ始めようか」
「はい!」
空虚な教室に号令をかけて一日の幕を開ける。この数日で色々とあったけど、僕の心の中は満足な気持ちで澄み渡っていた。