第49話(壱) 最初で最後の初体験
夏休みも終わりに近づいていたある日。僕は久しぶりに二人きりの時間を過ごしたくて、去年の担任である香子先生の家に向かっていた。
――先生、元気でやってるかな……
決して絶世の美人というわけではないけれど、どこか可愛くてそれでいてセクシーな先生の姿を思い浮かべながら心を弾ませる。思えば去年の今頃は、彼女に誘われる形で僕たちは花火を見に行ったりもしてたのだ。
それが進級とともに離れ離れになって、段々と会う機会も話す機会も減って行き…………
――ダメだよな、このままじゃ!
僕はふるふると首を振りながら、猛暑の中を立ち止まることなく進む。正直なところ、約束をしていないので家にいるという保障さえもなかったのだけど、それでも僕は動かずにはいられなかったのである。
「…………」
たとえるならば、砂漠の中でオアシスを求めてさまよい歩く旅人のような心境とでも言うべきなのだろうか。
ともあれ、僕はこれから大きな出来事が起こるなどとはつゆ知らず、ただ一途な気持ちだけで先生の家へと歩みを進めていた。
「この暑い中よう来てくれたね健二君、嬉しいわ」
抜き打ちで訪ねたものの先生は家に居てくれて、快く僕を出迎えてくれた。ちなみに家とは言えども先生が住んでいるのは築数十年のアパート・式和荘の108号室である。
「はい、何と言いますか……とにかく先生に逢いたかったんです」
自分でも分かるぐらいシンプルな理由を口にしながら部屋の中をぐるりと見渡してみる。
「…………」
先生の部屋は相変わらず物が少なく綺麗に整頓されていて、心地良い清潔感を匂わせていた。
「まぁ、大したもてなしは出来んけど、冷たいものがあるけえ飲みんさい」
先生が僕のために冷蔵庫から飲み物を取り出してきてくれる。
「えっ」
だがそれはお茶やジュースといった類のものではなく、小瓶に入った別のドリンクだった。
「どうしたんやろうか? これ、ただのリ〇ビタンDなんやけど」
「いや、それは分かるんですけどここで栄養ドリンクと来ましたか、しかも2本も」
2つ用意されたリ〇Dを前にして、僕は率直な見解を口にする。だけど先生にとってはそれが当然のチョイスのようだった。
「うん。やっぱまだ暑いけえ、健二君が夏バテせんようにと思って」
「そういうことですか、ならお言葉に甘えて」
僕は先生の好意をしかと受け止めると、キャップを開けてリ〇D2本を早々と飲み干してしまった。
――いいな、この感覚……
すぐさま口の中に程良い甘味が広がって、それに伴い疲れていた全身から新しいパワーのようなものがみなぎってくる。すると、先生はそんな僕に向かってこんなことを聞いてきたのである。
「もう1学期が終わってしもうたけど、新しいクラスはどんなかね?」
「どんなって言われても……多分、幼稚園時代も含めて一番良いクラスに入れたんじゃないかとか思います」
僕は思った通りの正直な気持ちを口に出して伝える。肝心な部分まで包み隠さずに。
「もちろん、香子先生さえ居てくれれば完璧だったと思ってるんですけどね」
「健二君……」
僕の言葉が嬉しかったのか、先生は頬を染めながら口元を緩ませていた。
「うん、先生も今のクラスは去年よりええクラスになったとは思うとるけど、やっぱり健二君にはおってほしかったね」
「先生……」
どうやらお互い考えていることは一緒のようだった。
「この夏休みが終わったら進路のことで色々と慌ただしい時期が来ると思うけど、健二君は何か目指しとるようなものがあるんかね?」
先生が急に難しい話題をふってくる。まさかここでこのタイミングでそういうネタを出しますか、という感じである。
「……今は何とも言えません。でも就職であれ進学であれ、たった一つ言えるのは己の決めた道に全力を尽くすということです」
ややごまかし気味の返答だったものの、僕は即興で無難な言葉を選んでどうにかやり過ごす。
「まあ、健二君らしい言い方とは思うけど、そう考えとるんやったら先生も安心やね」
先生はやや首をかしげながらも僕の答えに納得をしてくれたみたいだった。
『………………』
しかし、そこからは互いに会話を交わすこともなく気まずい沈黙ばかりが続く。
――おかしいな、久々に会って話したいこととかたくさんあったはずなのに……
話題のストックを用意していたはずなのだが、何故か言葉が出てこない自分に歯がゆさを覚える。全く、どうして僕はいつも肝心なところで不器用になってしまうのだろう。
そんな中、先に動いたのは先生の方だった。
「……先生、ちょっと部屋を空けるけえ健二君はゆっくりしちょきんさい」
「ああ、はい」
先生が立ち上がって部屋から出て行ってしまう。
「…………」
僕は大きくため息を吐くと、もどかしさの中で先生が戻って来るのを待ち続けたのであった…………
15分が経過したものの、先生はまだ部屋に戻って来なかった。
「………………」
もう一度ため息を吐きながら、僕はこの状況下に妙な違和感を覚える。決してうぬぼれているわけではないが、先生のような人が来客を放置し続けると言うのはどうにも不自然だ。
――もしかして……!
僕はある予感を胸に部屋を後にして廊下に出る。するとトイレの方から艶めかしい音が聞こえてくる。
「……」
僕は半開きになっていたドアをこっそりと開けて、中の様子を覗き見た。その中では――
「んっ、んっ……け、健二君…………」
あろうことか、先生が便器に屈んだ体勢でオナニーをしていたのである。
――先生……もしかして、僕のことを考えながら…………
視界にどどんと飛び込んでくる先生の大きなお尻を凝視しながら僕はペニスを膨らませる。そのお尻の下には先ほどひり出したのであろう彼女の下痢便がこんもりと盛られていて、激しい異臭を放ち続けていた。
「健二君……健二君……」
クチュッ、クチュクチュ!!
先生が僕の視線に気付くこともなく、局部をいじりながら名前を呼び続ける。その姿は滑稽な風にも見えたけれど、僕には決して笑えるようなものではなかった。
「…………」
何故ならば、僕だって何度も先生を想いながらオナニーを繰り返していたのだから――
「香子先生」
僕は小さな声で愛するべき人の名前を呼ぶと、便器に屈んでいるその姿を背中から抱きしめてあげた。
「け、健二君?」
急に背後を取られた先生が、ハッとしながら後ろを振り返る。だけどそんな顔もまた愛しくて、僕にとってはたまらなく魅力的だった。
「いつからそこにおったんやろうか……」
「僕の名前を呼んでいたところからです。先生、僕を待たせている間に何度イッたんですか?」
抱きしめる腕に力を込めながら、さり気なく大胆な質問をぶつけてみる。
「うん、2回ほど絶頂させてもろうたよ。もちろんどっちも健二君のことを考えながらやけど」
先生が僕の質問をあまりにも正直に答えてくれる。こうなってくると、僕と言う名の暴走特急は終点に着くまで停まることなど出来るはずがなかった。
「一人でイクなんてずるいですよ。先生、今度は僕も……」
「そうじゃね……」
僕は先生とキスをすると、お尻を拭いてから彼女と一緒にトイレの中でこれまでに経験したことがないような幸せな時間を満喫した。
生まれてこの方17年と5か月&2週間。この時、僕は――林葉健二はかつての恩師である岸村香子を相手に童貞を卒業したのであった――
初体験から30分後。再度腹痛を起こした先生に付き添うような形で、僕たちは再びトイレの中にいた。
「何か……久しぶりに激しく動いたけえ、お腹の中が活性化したような感じじゃね」
ブリブリブリブリブリ!! ブブブブッ、ブリリッ!! ビリビチャアッ!!
先生が和式便所に屈んで大きなお尻から激しい下痢便を垂れ流す。僕はそれを顔がくっ付いてしまいそうな程の至近距離で瞬きをすることもなくしっかりと眺めていた。
「いつもながら良い眺めです。さっき3発も出したばかりなのに、僕もペニスが活性化しちゃいました」
僕はビンビンに膨れ上がったペニスを先生の手に握らせる。
「健二君、さっき出したばっかりなのにすごい元気なチンポじゃね…………」
ジョロジョロジョロジョロジョロジョロジョロジョロ……
先生が僕のペニスに感心をしながら放尿する。その光景はまるで、動物たちが喜びの最中に披露する『うれション』を見ているかのようだった。
「……香子先生、愛してます」
「うん、先生も健二君のことをいつまでも愛しとるよ」
僕たちは再びキスをすると、抱擁を交わし合いながら心行くまで互いの絆を深め続けていた。
こうして僕の童貞は、先生の処女と一緒にその歴史に幕を下ろしたのであった。
第49話(弐) 桃美ちゃんに女のたしなみを
夏休み最後の金曜日。僕と新旧クラスメートの七葉ちゃんと円香さんは、どういうわけだか町長の丸木田氏によって町役場の来賓室に招待されていた。
「林葉健二君に棚田円香さん。実に久しぶりだが、元気そうで何よりだね」
「はい」「ああ、どうも……」
「春野七葉さん、はじめまして。姉の瑞葉君から聞いた通り、君は本当に可愛らしい春の妖精のような女の子だね」
「そうですか? ありがとうございます」
ソファに腰掛けていた丸木田氏がにこやかに僕たちを出迎えてくれる。
「…………」
しかし彼の笑顔とは裏腹に、僕の両脇にいる円香さんと七葉ちゃんは少し表情が青ざめているかのようだった。
「それにしても町長、この部屋って無駄に寒くないですか? 何か外が暑かったから、ここが余計に冷たく感じて……」
「私も円香さんに同意見です。私たち、薄着してるからお腹が冷えて……」
思った通り、室内の空調が効き過ぎていて彼女たちには逆効果になっていたのである。
「うむ。すまないが私は暑いのが大嫌いなのだ。君たちにはキツいかもしれないが、しばらくは我慢していてくれ」
だが丸木田氏は彼女たちに配慮するつもりなど全くなさそうだった。
「…………」
とりあえず僕も丸木田氏に同意見だったので、彼のためにささやかなフォローを入れておく。
「二人とも。そう町長にケチを付けなくたって、ほら」
僕は彼女たちに室内脇にある小部屋を指で示す。そこは、この役場で唯一の女子トイレだった。
「お腹が冷えても良いように、ちゃんとトイレは用意してあるんだから」
『……』
ギュム!!
……僕は円香さんと七葉ちゃんに両脇から挟み込むようにしてペニスを握られてしまった。
「オホン。トイレに関しては遠慮なく使ってくれて構わないのだがそれはさて置き、だ」
そんな中、丸木田氏が目の前の光景に笑いをこらえつつも咳払いをして本題へと切り込んでくる。
「実を言うと君たちを今日ここに呼んだのは他でもない、君たちの仲間である丸尻桃美のことで相談があったからなのだよ」
「桃美ちゃんのことで……?」
ふと出てきたその名前を反射的に聞き返す。
「どういうことですか町長? 桃美さん、何かしでかしちゃったんですか?」
「いや、それはないじゃろう。あの人はああ見えて悪いことするタイプじゃないと思うし」
七葉ちゃんと円香さんも桃美ちゃんのことが気になったらしく、やや心配気味な表情を浮かべている。
「うむ。それがだな、実は……」
そんな中で丸木田氏は一つため息を吐くと、険しい面持ちで僕たちに桃美ちゃんにまつわる相談事を打ち明けたのであった。
「私は彼女を知っている身として、あの行き過ぎた男勝りな性格を見ているといつか手酷い目に遭うのではないかと気がかりでならないのだよ。だから君たちの手であの子を少しでも謙虚な性格に変えてほしいんだ、頼んだぞ」
「つまり、丸木田町長は『俺っ子』な桃美さんを女の子らしくさせてほしいっちゅうことよね?」
「だろうね。難易度は高いと思うけど」
帰り道。腹痛を訴えた七葉ちゃんのために公衆便所に立ち寄った僕たちは、個室の中で丸木田氏から持ち掛けられた相談事をまとめ上げていた。
ブリブリブビュルッ!! ビビビリビチビチビチッ!! ブゥ~~ッ、ブリビリビリ!!
「いや~ん☆ 徹底的にお腹を冷やした後だから、ウンチもオナラもいっぱい出ちゃいますぅ~~」
『…………』
目の前で段差型の和式便所に跨り、綺麗な桃尻から盛大に下痢便をひり出している七葉ちゃんの排泄音をSEにして……
「失礼ながら桃美ちゃんって女らしさとは無縁な子だからね。簡単に感化されてくれるとは思えないんだよな」
「健二君、それあたしも同感」
プシャァァァァァァァ…………
七葉ちゃんの放尿音が響く中、僕と円香さんは同時にため息を吐く。
「あはっ☆ 私、オシッコをしてたらいいこと考えついちゃいました」
そんな中、最初に妙案を思いついたのは透明カラーなオシッコを噴射していた七葉ちゃんだった。
「何か良い手があるのかい?」
僕は七葉ちゃんのお尻を愛撫とともに拭きながら、その真意を探ってみる。
ブビィッ! ブッ、ブプッ!
すると、七葉ちゃんはウンチ並みに臭いオナラを出し続けながらその手法を教えてくれたのである。
「つまり、桃美さんに女らしさの利点を教えてあげれば良いんですよ。そうすればきっと、分かってくれると思います――」
数時間後。桃美ちゃんを図書館に誘った僕たちは、漫画コーナーの机に席を取って思い思いの漫画を読みふけっていた。
「桃美さん。たまにはこんな漫画も読んでみませんか?」
その最中で七葉ちゃんが自分の読んでいた少女漫画を桃美ちゃんに薦めてくる。それは、地味で目立たない女子高生がイケメン王子様とでも呼ぶべき男子との間に苦難の末に恋を実らせるという、典型的な恋愛モノだった。
――なるほど、漫画の女の子を通じて女らしく振る舞うことの良さを理解させるという魂胆だな……
七葉ちゃんの思うところを察しながら、僕と円香さんは漫画を読むフリをしながらチラチラと二人の様子をうかがう。
「うーん……何かピンと来ねえんだよな、こういうのって」
しかし、桃美ちゃんはパラパラとめくっただけでその漫画を読むのをやめてしまったのである。
「そうですか、でしたら……」
「お前こそ、これ読んでみろよこれ」
次の作品をチョイスしようとしていた七葉ちゃんだったが、その前に桃美ちゃんが読んでいた少年漫画を渡される。それは、冴えない男子高校生がボクシングを通じて成長し、それに伴い多くの女の子と仲良くなっていくスポーツ&ハーレム漫画だった。
――これ、中盤以降はボクシングそっちのけでお色気路線まっしぐらだったよな……それが良かったんだけど!
作品の要所要所を思い出しながら、反射的に股間が熱くなる。だが、熱くなっていたのは僕だけではなく――
「わわっ、すごく良いですこれ! 女の子たち可愛い上にオッパイ大きくて眼福です!」
「だろ? ついでにこの主人公が便所でも覗くなり盗撮するなりしてくれりゃあ最高傑作になったんだけどよ、これはこれで結構いけるだろ?」
気が付けば七葉ちゃんはすっかり桃美ちゃんのペースにハマっていて、自分が少年漫画の方に熱を上げていた。
「これ……完全に作戦失敗ってヤツだよね」
僕は円香さんだけに聞こえるようそっと小声でささやく。
「そんなん見て分かるじゃろ? 大体あんなやり方でうまく行くはずないじゃん」
円香さんも僕だけに聞こえるよう小声でささやき返してくる。そして――
「こうなったらあたしがやっちゃげるわ。もっと効果的な方法でね」
図書館を後にした僕と円香さんは、桃美ちゃんと一緒にメイド喫茶に寄った。ちなみに七葉ちゃんはと言うと件の少年漫画がよほど気に入ったらしく、全12巻の貸し出しを済ませるとそのまま家に帰ってしまったのである。
「珍しいじゃねーか。健二はともかく円香、お前まで俺と一緒に昼飯とはよ」
「いや、気にせんでええけえ好きな物を頼みましょうや」
珍しがる桃美ちゃんを尻目に円香さんが呼び出しボタンを押して僕たちのテーブルにメイドさんを招集する。
「お帰りなさいませご主人様、ご注文は?」
やって来たメイドさんは一目で分かるほどの美人で、茶髪と栗色の瞳が可愛らしい素敵な女性だった。
――ははぁ、こういう女性を間近で見せて見習わせようってクチか……
円香さんの考えを理解しながら、僕はメニュー表に目を通す素振りをしながら女の子たちの動向に気を配る。
「ねえ桃美さん、メイドさんってええですよね? 可愛くておしとやかで、普通の接客業以上にお客さんからも慕われとって」
「ああ、まあな」
「こういう女らしさって、やっぱり憧れちゃいますよね」
円香さんが桃美ちゃんに『メイド推し』を始める。確かに、こういう形で女の子らしさを推奨するやり方もありと言えばありなのかもしれない。
しかし、その後で取った桃美ちゃんの行動はというと――
「ところでアンタ、今日はどんなパンティを穿いてるんだ? 俺に見せてくれよ」
「えっ?」
桃美ちゃんが椅子に座ったままメイドさんのスカート裾をつかむ。
「ご、ご主人様、およしになって下さい」
「良いじゃねーかよパンティの1枚や2枚見せたってよ、ケチケチすんなっての」
メイドさんが拒絶反応を示すも桃美ちゃんはなお食い下がる。
「なあなあ、アンタ可愛いんだし彼氏ぐらいいるんだろ? ちゃんとチンポをなめてやってるか?」
「ちょっと桃美さん、それぐらいにしんさいや。あんまり絡んだらメイドさんが……」
そして、見かねた円香さんがようやく口を挟んだその時だった。
「えっと……今日は黄色のTバックを穿いてます。それから、彼氏は年下の同人作家で定期的におチンポ様のケアをしてあげています……」
『!!』
メイドさんがまんざらでもなさそうな顔をして、恥ずかしい質問をカミングアウトする。その衝撃の回答に、僕たちはただ驚くばかりだった。
「へえ、やるじゃねーかアンタ。俺も基本Tバックだからよ、アンタみたいなのが穿いてるって聞くと嬉しくなっちまうぜ」
「彼氏おるんじゃね、やるじゃん。あたしもチンポのケアなら得意じゃけえ、コツとか教えちゃげるよ」
桃美ちゃんと円香さんが両脇からメイドさんに羨望の眼差しを向ける。
――あ、あれ? 可愛いとかおしとやかって話はどこに……
気が付けば円香さんは本題を忘れてメイドさんのプライベートを根掘り葉掘り聞き探り続けていた。
「………………」
こうなってくると、いよいよ僕の出番みたいである――
メイド喫茶を出た僕と桃美ちゃんは、寄り添いながらまだ日差しの厳しい並木道を歩いていた。ちなみに円香さんはと言うと件のメイドさんがよほど気になったらしく、会計後も店に残って彼女に付きまとい続けていた。
「何だよ、さっきの円香も七葉も全部丸木田の差し金だったのかよ。あの野郎、余計なことをしやがるぜ」
「そう言ってくれるな桃美ちゃん。彼も彼なりに君のことを心配してくれてるんだから」
僕たちは汗をかきながらも互いの体温が伝わる距離まで密着しながら歩く。
「こうしていると、本当の恋人同士みたいだよね」
「ケッ、何だよそりゃ。恋人も何も、お前は出会った時から俺の男じゃねーかよ」
ふと口に出した僕の言葉に桃美ちゃんが頬を染めながら反応する。口調はどうあれ、こんな時の桃美ちゃんはやはり年頃の女の子である。
「……でも、丸木田の野郎はともかくお前が望むのなら、俺もちっとは女らしくなってみようかな」
「桃美ちゃん……」
どうやら桃美ちゃんは、僕のために自主的に自分を変える気になったみたいである――と、僕が安堵していたその時だった。
「よぉ林葉。相変わらずシケた面して歩いてやがんな」
背後から不愉快な声が聞こえてきて、僕は顔をしかめながら振り返る。
「あなたは……」
そこにいたのは、これまでに幾度か僕に対して悪態をつきながら絡んでいた漫画家――きトう氏だった。
「はっはっは。このクソ暑い中ホルスタイン女と密着デートとは、実にお前らしくて笑いが止まらねーぜ」
きトう氏が僕をあざ笑いながら手持ちの扇子でバタバタと自分をあおぐ。だが、彼が余裕を見ていることが出来たのはそこまでだった。
「まぁせいぜい不細工同士で仲良く寄り添い合って、街中に笑いのネタでも提供すればいいさ――って!?」
ボゴオッ……!!
直後、渾身のストレートを顔面に受けたきトう氏がアスファルトの地面に沈められる。
「あが、が、が……」
「悪いな健二。やっぱ俺、女らしくなんて出来ねえわ」
言うまでもなくその一撃を見舞ったのは桃美ちゃんだった。
「よぉきトうさん、まだ何か言いたいことがあるんなら聞いといてやるぜ? 顔面の保障はしねえけどよ」
「ひいっ! お、お助けーー!!」
きトう氏は桃美ちゃんに詰め寄られるとあわてて起き上がり、悲鳴とともに逃げ出したのであった。
「はは。結局俺にはこういうキャラが性に合ってるんだよな」
「そうだよね。やっぱり、桃美ちゃんは桃美ちゃんらしくあることが一番なんだよね……」
僕は桃美ちゃんを背中から抱きしめると、そのぬくもりを体全体で受け止めた。精一杯の愛情と、感謝の気持ちを込めて…………
9月1日。新学期の最初となるこの日、通学路の途中で丸木田氏は僕たちを待っていた。
「話は聞いたよ。結果的には芳しくなかったみたいだが、よく頑張ってくれたみたいで感謝しているよ」
「すみません、力及ばず」「このミッションはやっぱり難しかったですね」「それよりも私、桃美さんに面白い漫画を紹介してもらったんですよ☆」
丸木田氏の労いの言葉に僕たちは三者三様で応じる。円香さんと七葉ちゃんはともかく、僕の場合は結果を思うと感謝をされても複雑な心境だった。
「だがこの経験を通じて桃美君が女らしさというものを少しでも意識してくれるようになったのなら、それだけでも収穫だ。私は成果があったと思っている」
「丸木田町長……」
その言葉に、僕は心を救われたような気分がした。つまり、僕たちのしたことは無駄でも無価値でもなかったということなのだ。
「いずれにせよ、君たちは良いことをしてくれたということだ。さあ、胸を張って学校に行きなさい」
『はい!!』
僕たちは力強く返事をすると、丸木田氏に背中を見送られながら学校への道を歩いて行った。
吹き付けてくる心地良い秋風に心身を癒されながら――