脳味噌を潰そうとも、苦悶する魔女の呻き声をアタランテは聞き逃さなかった。
何かは知らないが、何かしらの条件を満たしたのだ。ようやく光明が見えた。
痛みを感じるのなら倒せる。
殺せなくとも、心が折れるまで痛めつけてやればいいのだ。
そうすればジャンヌと共に抜け出せられるようになる。
「~~~~~~~~~~ッ!!」
神弓を収めたアタランテが狂戦士の如くシメールに襲いかかる。
そこから先の光景は『蹂躙』と呼ぶのに相応しかった。
逃げる間もなく捕らえられたシメールは一方的に殴り潰される。
殴打、脚撃、投げ技、絞め技、極め技。
人型が使える、ありとあらゆる体技を喰らわせられる。
いたる所から吹き出た血が、引き千切られた肉体が、砕け折れた骨が、零れ落ちた臓器が、溢れだした脳漿が飛び散っていく。
すべてシメールの物でありアタランテの物は1つとしてない。
周囲一帯が血と肉片にまみれ、鼻の奥をつく濃厚なニオイが漂うころになっても、荒れ狂う狩人の暴力は止まらない。
それは、つまり、魔女が死んでいない事の証でもあった。
アタランテが殴る――再度繰り返し殴る。
その、瞬きもできない間隙にシメールの傷は治っている。
魔女の再生能力は魔獣の攻撃能力よりも速い。
圧倒的な攻撃に弱まるどころか速くなってきている。
「うふふあぁ・・・・・・とても・・・・・・ああとても痛いです・・・・・・♡」
「ッ・・・・・・!?」
なんだ、コイツはッ。
なんなんだ、コイツは・・・・・・!!
「これは恋。間違いなく愛。貴女が抱いているジャンヌ・ダルクへの恋愛感情・・・・・・♡」
痛がっているのに笑っている。
打ち震えながら恍惚として受け入れている。
「いい加減――――死ねッ!!!!」
心臓を殴り潰した勢いで押し倒し、先端を槍の穂先のように硬質化させた二本の尾で両目を突き潰す。
「いっ、ぎゅ・・・・・・あ”あぁアァァアアアア♡♡♡」
回転して脳味噌を掻き回す。
「ンいぃぃぃぃぃっっっ♡」
これだけしても尚、魔女は悦びの声を叫ぶ。
その在り方に、言いようのない悪寒を覚えたアタランテは思わず身を引く。
「ああ待ってくださいな」
寂しそうに両手を伸ばした魔女はが立ち上がると、空洞になっていた両目と心臓が立ち所に回復していく、復元されていく。
そうしてシメールは、やはり微笑むのだ。
「まだ足りません・・・・・・まだまだ満たされていないのです♡ 貴女の恋をもっと感じさせてください♡ 貴女の愛をもっと味わせてください♡ 貴女の恋愛でワタシの欲を満たしてください♡」
ジャンヌとレティシアがいる方向を一目見て、法悦の表情で持論を語りだす。
「アタランテさん。確実に絶対に、『恋愛』を証明するには何が一番いいのか。その答えとは『痛み』だと思いませんか? 安全圏で口先だけなら誰でも何とでも言えるのです」
「ならば恋しているヒトの為に、愛しているヒトの為に、自分をどれだけ痛めつけられるか。そこに注目してみるべきなのです」
「先ほどアタランテさんは胸にくる行動を見せてくれました。貴女はワタシの魔眼から逃れるために脳を潰しました。カリュドーンの毛皮を被った事で得た身体能力を踏まえても危険な行動でしょう。それでも即座に実行してみせた」
「それは誰の為に? ――ジャンヌ・ダルクの為にです! あれほど憎んでいた女の為に貴女は自分の命を懸けた!」
「それは何故? ――ジャンヌ・ダルクが欲しいから! 陵辱に堕ちる聖女の姿が堪らなく好ましかったからでしょう?」
「貴女の恋愛は人間のそれではありません。獣の恋愛です。しかし、本物であるコトに変わりはありません。貴女はジャンヌ・ダルクという番いの為ならば我が身を捨てられる。躊躇なく、躊躇いなく、大仰な言動で宣言せずとも」
「さすがは『色欲』と対極を成す『純潔』の者です。そうこなくては」
そうして語り終えたシメールは吐息を零す。
「・・・・・・レティシアさんに『さっさと捕まえて』と言われてしまいました」
「!」
「ジャンヌさんはまだ捕まってはおりません。ただし、まあ、時間の問題でしょう。絶対に捕まえられるだけの切り札をお渡ししましたからね」
――――では、契約者の願いを叶えるとしましょう。
宣言の後に『色欲の魔女』が身に纏う魔力が爆発的に膨れ上がり、『赤黒い』と目視できるほどに濃密かつ多量に溢れ出てくる。
神話の中においても名高い宝具の真名解放に匹敵――あるいはそれ以上の魔力である。
「、――――っ」狩人としての理性が、魔獣としての本能が訴える「・・・・・・ァ」
――勝てない――
――
存在規模が、規格が違う。
ギリシャ中の勇士が集って退治したカリュドーンがそうだったように、これは複数の英霊で対峙するべき最上級の“魔”だ。サーヴァント一人で挑んでいいような相手ではない。
(だとしても・・・・・・そうだとしても!)
弱気になりそうになる己をアタランテは叱咤する。
ここで退けば何もかもが終わる。
(負ける訳にはいかない・・・・・・!)
ありとあらゆる手段を使ってでも勝たなければならないのだ。
女神への純潔の誓い以上の、カリュドーンと一体化すること以上の。
最も忌々しい自戒を破ってでも。
――だけど。
――それを想うと、手が震えて、口が開けなくなってしまいそうだった。
決めかねる狩人の前でシメールは成熟する。
キマイラの要素は抜け落ちた。
魔女の要素も消え失せた。
ここにいるのは本物の■■。
「まだこの姿をお見せするつもりはなかったのですけれど・・・・・・ちゃんと覚悟を見せてくれた契約者の願いとなれば聞かない訳にもいきません」
戦装束を身に着けた■■は旗を握り、七十二体もの■■が描かれたそれを地面に突き立てる。その立ち姿からは万軍を率いる将の気風が流れでていた。
紅玉の宝石のように光り輝く禍々しい魔眼がアタランテを捉える。
「『ワタシは』『貴女を』『逃がさない』」
言葉は、意思は、魔眼を更に強化する。
ガクン、とアタランテの躰から力が抜ける。
(なんだと――――?)
戦意が、闘争本能が、消えていく。
有り得ないことにシメールが敵ではないように感じられてくる。
心が引き寄せられそうになる。
「気色が悪い・・・・・・!!」
間一髪、目線を噛み千切って数多の矢を射る。
ギチリ・・・・・・異音。
放たれた矢たちが夜闇の中で蠢いた触手に残さず絡み取られる。
「二度も破られるのは久し振りですよ・・・・・・しかし、このワタシの誘惑に打ち克つ。
それもまた、ジャンヌ・ダルクへの愛の証明と知りましょう」
――『ソレ』は暗殺者の如き気配遮断で■■の背後に現われていた。
――『ソレ』は大小無数の触手を背中から伸ばす、百足のような巨蟲であった。
――『ソレ』は矢を口まで運ぶ。鏃ごと噛み砕く咀嚼音。そして嚥下音。
「器用な子でしょう? 材料があれば神殿クラスの陣地の作成も思いのまま。ワタシにだけ従う、ワタシのお気に入りの芸術的な使い魔で、ネメアよりよっぽど忠実です」
頭を寄せた怪物は撫でられると耳障りに鳴き、ゾロリと狩人に面を向ける。
「そうですよ。記憶を整理するためにも彼女の頭を弄らないといけません」
「なるべく早く捕まえましょうね、『■■■■■■■■(■■■■■)』」
――――――――――――――――――――――――――――四手先で。
――――――――後の先を行けるアタランテは詰められた。
◆
終わりは随分と呆気なかった。
邪竜と化したジークを見た途端、ジャンヌは正気を失い、茫然自失の状態になったのだ。
レティシアが頬を叩いても、首筋に剣の刃を押し当てても反応はない。
意図せず舌打ちがもれる。
・・・・・・少しぐらい抵抗してくれてもよかったのに。
「・・・・・・殺さないですよ、ジークさん」
頭上から感じる視線に応えると剣を鞘に収める。
すると軽快な拍手の音が聞こえ、レティシアは音がした方向を向く。
立っていたのは契約者のシメールだった。
「お見事です。ワタシの助けなしで捕まえられたようですね」
色欲の魔女は無傷だった。黒衣どころか髪の一本も乱れていない。
それどころか魔力を消耗している様子もない。
アタランテは――少なくともレティシアの認識では――強大な存在だ。その彼女が痛痒さえ与えられなかったというのか。
それほどまでに、この魔女は圧倒的な存在だというのか。
『・・・・・・まあ、そうね。英霊の座にいる本体の劣化体がサーヴァントなら、そいつは本体そのもの。存在の規格(スケール)が上なのよ。お綺麗な信徒ちゃんだったアンタじゃ何回挑んだって勝てやしないわ』
自分に力を貸している『復讐の魔女』の声が直接頭の中で聞こえる。
あの空間でなくとも会話をすることはできそうだった。
『・・・・・・戦うつもりなんてありませんよ。シメールさんは恩人なんですから』
そう答えてシメールと視線を合わせる。
「何か気になることでも?」
わざとらしく自分を確認する彼女に、レティシアは魔女を意識して言う。
「・・・・・・そっちは随分と余裕だったみたいじゃない。こっちは貴女が意味の分からない強化をしていた所為で危うくやられそうになったわ」
刺々しく言おうが悪びれずに微笑まれる。
「楽勝過ぎてもつまらないではありませんか。それにレティシアさんが負けても大丈夫でしたよ。ワタシがジャンヌさんも捕まえていましたからね」
「・・・・・・言ってくれるわね」
「切り札を出し惜しみした自分の失敗でしょう? 自分だけの力で勝ちたかったのなら油断するべきではありませんでしたね。あのときワタシに念話を送らず、ジャンヌさんから目を離さずにいれば、きっと見応えのある勝負になっていましたよ」
「わかった。私が悪かったからそれ以上言わないで。焼きそうになるから」
レティシアは主である己の苛立ちを感じ取ったジーク――――ファヴニールを諫める。
あと数秒遅かったら邪竜の息吹がシメールを焼いていたかも知れない。
・・・・・・そうなっても死なないだろうが。
「聖女・・・・・・サマはどうなったの」
ジャンヌを一目見たシメールは「ふむ」と頷き、
「色々追い詰められていたところに堕ちたジークさんを見せられたので、自己を守るために外界を遮断しているのでしょう。無理矢理起こすこともできますが、ここは整理する時間を差し上げた方がよろしいかと」
軽く指を鳴らす。
すると、ほぼ同時にジャンヌ・ダルクは消えていた。
空間転移は魔法に近しいとはいうが、異世界を渡り歩く魔女にとっては手品程度の扱いでしかないらしい。
「じゃあその間に」
「アタランテさんとしておきますか? 彼女ならすぐにでも出来ますよ」
「・・・・・・ええ、するわ。無様なところなんて聖女様には見せられないもの。一応確認するけど・・・・・・シメールさんもするのよね?」
「いいえ? 混ざりませんが? 見物させていただくだけです」
は?
「え・・・・・・なんでなんですか」
「混ざって欲しいのですか?」
「だ、だって・・・・・・『色欲の魔女』じゃありませんか」
ふふ。
「ワタシは面倒くさい女でして。本当に好きになったヒトには手が出せないのです」
性格によるものなのか、何かしらの制約によるものなのかは言わない。
「赦されるのであれば、心ゆくまで混ざり合いたいと思っているのですけれど」
するり。
滑らかに歩み寄ってきたシメールにレティシアは抱きつかれる。
「ひっ――――」
蛇のように、巻きつくように、両手が回される。
艶やかな唇が肩口から首筋を這い、濡れた息が耳朶に零れる。
柔らかい肉、甘い香りに包まれる――――いいや、丸呑みにされる。
生命の危機を感じるほどの魔性。
『復讐の魔女』の力を手にしたのに、奥歯をカチカチと打ち鳴らしてしまう。
喰われたい。
犯されたい。
混ざりたい。
一つになりたい。
そう願ってしまう自分が怖い。
「ほら」残念そうでありながら嬉しそうな声。「混ざらない方がいいでしょう?」
シメールが離れる。
「ひぃあっ・・・・・・っ・・・・・・っ!」
レティシアが膝をつき、荒く呼吸をする。今の今まで息をするのを忘れていた彼女の視界は明滅し、命を拾ったことを安堵する余裕などなかった。
見下ろしながらシメールは頃合いを見計らい、手を差し出す。
レティシアは迷い、結局は頼るしかないのだと受け入れる。
「期待外れでしたらごめんなさい。でもほら、ワタシは『異物』ではありませんか。ただでさえ伏線なしに乱入してきたイレギュラーなのです。そんなのがエッチにも混ざってきたら大抵の読者は読むのを辞めてしまいます」
「・・・・・・言っていることの意味が、よくわかりません・・・・・・」
「メタトロンの視点なんて知らない方が身のためです」
さあ、とシメールは両手を広げる。
その眼は遠く遠く――――物語の外を知っている眼で。
「ご覧遊ばせ、
◆
また、ワタシについてどうでもいい話を。
弱いワタシは屋敷の中から出ることができなくて、ずうっと同じ場所にいて。
寂しいとは思わなかった。エルタお姉様がくださったネメアがずっと傍にいてくれて。お母様やペトラさん、デルピュネーお姉様が様子を見に来てくれたから。
中でもデルピュネーお姉様は、特に。
みんな笑顔で来てくれた。
けれど時々、お母様は申し訳なさそうな顔に、ペトラさんは悲しそうな顔になって。
デルピュネーお姉様だけはいつも笑顔で接してくれた。
「貴女ならきっと、御母様が諦められてしまった夢を叶えられる」
「人類の、救済を――――」
◆
全身が安心感に包まれていた。
沈み込んでいるのに支えられている、まるで母に抱き上げられているかのような寝心地。
不安も恐怖もない。そんな柔らかく温かい優しさに包まれていた。
――まるで母親に抱かれているような。
――私にはほんの少しの間しか与えられなかった安らぎ。
整えられた寝台の上でアタランテは獣のように、あるいは胎児のように丸くなる。
暫くして頭を撫でられる感触に彼女は目を開く。長く眠っていたのか視界は霞んでいた。だが輪郭は捉えられた。
紫色のネグリジュを纏った少女だった。日光のような金色の髪に、細くも豊かな身体付き。純朴な信徒の雰囲気は彼女――ジャンヌ・ダルクそのもので――肺が空っぽになるぐらいに息を出してしまう。
――ああ、よかった。
――私は『色欲の魔女』を退けられたのか。
自分で脳を潰してからの記憶は覚えてないが対処できたらしい。
安堵したアタランテは少女を見上げる。
視界の霞みはやがて晴れていき、確かめようと顔に手を伸ばす。そうして触れた頬の感触と温かさに、彼女はついつい緩んでしまう。
「ジャンヌ。よかった。私は勝てたんだな」
微笑む少女は手のひらを重ねて目を開く。紫色の瞳。
・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・。
紫色――?
小さな違和感にアタランテは思い返す。
レティシアがいなくなった後、ジャンヌの瞳は蒼色になっていた。蒼穹こそが彼女の本来の色なのだろう。
それがなぜ元通りになっているのか?
ジャンヌがレティシアを受け入れて元通りになったのか?
「いいえ。貴女たちは負けてしまったんですよ」
冷ややかな言葉にアタランテは硬直する。
零れ出た「そんな・・・・・・」という何とも少女らしい呟きに、少女は――レティシアは肩を揺する。
「頑張られたみたいですけど残念でしたね。お二人とも囚われの身です。真逆の立場になった気分はどうですか」
「ジャンヌはどこだ、どこにいる・・・・・・アレには手を出すなっ」
「知っていますけど教えてあげません。というか貴女、今も私に命令できる立場にいると思っているのですか? 自分の立場を弁えてください」
そう言ったレティシアはアタランテの首に嵌められた物――シメールが事前に作成していた首輪をつつく。
『色欲の魔女』が込めていた術式は装着者の束縛であった。
「ぁっ・・・・・・」
呼吸を奪われたアタランテが喘ぐ。咄嗟に外そうとしても無駄であった。いったいどういう素材で作られたのか、魔獣の筋力を以てしても擦過傷の跡さえ付けられない。
暴れる姿を嗜虐の笑みで見守っていたレティシアが止めたのは数十秒後だった。息を必死にし、真っ赤に染まった顔で睨んでくるアタランテに彼女は仄暗い悦楽を覚える。
これから三日三晩自分を凌辱した女を、好きなように調教できるのだと思うと頭がどうにかなってしまいそうだ。
「私には逆らえないって分かってくれましたよね?」
エロが書きたいのに上手く書けないこのもどかしさぁ!
あ、シメールの宝具を一部公開します。
『■■■■■■(エトワール・シェルシェール)』
ランク:EX 種別:対星宝具 レンジ:1 最大補足:1人
エトワール・シェルシェール。
異なる世界――異なる星――異なる物語。
本来ならば関わることのない異世界を移り渡れる権能保持者。
『■■■■■■■■(■■■■■)』
ランク:A 種別:対神殿宝具 レンジ:1~30 最大補足:1人
現在使用不可能。
■■■■■■時限定宝具。
『■■■■■■■(■■■■■)』
ランク:A+ 種別:対軍宝具 レンジ:1~40 最大補足:400人
現在使用不可能。
■■■■時限定宝具。
『■■■■(ソフィア)』
ランク:EX 種別:対界宝具 レンジ:1~99 最大補足:1000人
現在使用不可能。
■■■■時限定宝具。
『■■■■■■■■(■■■■・■■■■・■■■■■■■■■)』
ランク:A++ 種別:対神・対命宝具 レンジ:1~99 最大補足:1000人
現在使用不可能。
■■■■時限定宝具。