前日譚1
朝の目覚め。
仕事だったり学校だったりで忙しい皆さんの自転車や自動車の音が聞こえる。
窓の外を見てみると、スーツ姿の中年のおじさんが全力で自転車を
皆様、本当に申し訳ありません。皆様が一生懸命働いてる間、僕は...
「おやすみ」
...春休みです。
「はるさ〜ん...はるさ〜ん」
小さな、けれど確かな声が聞こえる。
間違いなく紅葉だ。今日は何か用事があっただろうか。
...あぁ思い出した。今日は何も用事がない。
一先ず玄関へと向かい、ドアノブを回す。
「...どうしたの?」
紅葉は紙袋を持って立っていた。
長い黒髪はボサボサのまま。昔から変わらない。ゆるふわ(笑)ヘアーだそうだ。(笑)が重要とのこと。
大きな瞳に知的な顔立ち。女子にしては背が高い。いや、というか男子よりも高い。胸も普通にあり、スタイルはかなり良い。本人はお尻の大きさを気にしていたが、女性らしさを感じるシルエットはとても魅力的だ。
はっきり言って美人。しかし人気はあまりない。彼女がとっつきにくい性格であったのもあるが、やはり中学生に彼女の魅力はわからなかったようだ。中学生は頭が良いことがモテる条件ではないらしい。
「え、えと...とりあえず部屋に入れてもらっても?」
「あ、うん」
とりあえず部屋に入れる。
見られて困るものは全て隠してあるし、彼女は部屋を勝手に漁ったりしない。
「それで...?」
再び質問を投げかける。
彼女は少しの間俯いていたが、すぐに顔を上げると
「私、高校デビューがしたいんです!」
と叫んだ。
...えーっと。
高校デビュー...高校に入学するときに、周りに自分を知っていることが少ないことを利用して新たな印象を与えたり、キャラを作ったりすること。
もしかして、彼女は中学校生活に不満があったのだろうか。当時も何を考えてるかわからなかったが、少なくとも楽しそうだった。
「あの...何か言ってくれませんか...?」
「あ、あぁ、ごめん」
とりあえず、深く考えないでおこう。知的な彼女が自分で色々考えたのだろうし、僕が口を挟むことはないだろう。
「それで、えっと...僕に何をして欲しいの?」
僕に話を持ってきたということは、何か頼みがあるんだろう。中学生の頃の話をしないでくれ、程度なら了承するつもりだ。
「あの...服を...」
「服?」
まさか服を買って欲しいとかそういう感じなのか!?まさかのカツアゲ...怖い――
『はるさん、服買ってください♡』
――怖くない、ぜんぜん怖くない。むしろなんでも買ってあげちゃう。
「服を、見て欲しいんです...似合ってるか...わからない、から」
「え、あぁ...服を見て欲しい、ね」
つまりお洒落か...紅葉はセンスもいいし、普段からお洒落なイメージがある。
しかし、大人びた、落ち着いた服装であることが多い。高校生になったからにはそれ相応の服装をしたい、ということだろう。...高校、制服なんだけど。
「わかった。その紙袋に?」
「あ、はい...そうです」
「なら、とりあえず着替えてみて」
「はい...」
僕は部屋を出て行く。今のうちに飲み物でも取ってこよう。
僕は彼女に頼られて少し舞い上がっていた。
「あの...どうですか?」
部屋に戻ると、女神がいた。
純白のワンピース。何故か靴下も脱いで、ただ白の布1枚を着ている。いや、実際には下着もつけていると思うが。というか、純白のワンピースって...。高校生はそんなの着るだろうか。
「えと...すごく、可愛い、よ」
「か、かわ...っじゃなくてですね!...高校生っぽい雰囲気、出てますか?」
僕にはこんな可愛い娘を傷つける言葉は投げられない。もし「高校生っぽくない」と言えば、彼女は再び服を探し求めるのだろう。
よく見ればあの服、新品だ。タグがまだ付いている。
僕が出した答えは、
「うん、すごく可愛いよ」
明言しないこと、である。
話のノリは維持しつつ、相手の意見に賛同を示さずに済む、超高度なコミュニケーションスキルだ。
「...それ、私がよく使っている奴ですね」
「な、なにが?」
バレてる...。
「もういいです...これはお蔵入りです」
女神タイムはこれで終了――
「次の服、持って来ますね」
――とはいかないようだ。
「まだあるの?」
「ええ。同じ服装をするのは、乙女としてまずいですから」
そう言って彼女は自分の家に戻っていった。
彼女、照れがなくなってきたようだ。