※この作品はR-18です。

一目で惚れたわけじゃない   作:添牙いろは

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らいとスト~カ~

 愛する 女性(ひと)を失ってしまったことで、瀧からはすっかり生気が抜けてしまった。

 本当に彼女をあのまま返して良かったのか――今でも少しだけ後悔している。

 それでも、あの時はそうするしかなかった。

 恋心に負けて引き止めていては、二度と離すことなどできなかっただろう。

 一夜限りの甘い夢――それを、いつまでも引きずるべきではない。

 今頃彼女も元の鞘に収まり、あるべき生活へと戻っているはずだ。

 しかし――

 瀧の中からある種の予感が消えることはない。

 きっと、三葉との繋がりは今もまだ続いている……と。

 それはもしかすると、彼女の 母胎(おなか)の中かもしれない。

 自分の子だとはっきりしたならば、どうやって責任を取るべきか――

 しかし、瀧はそこに絶望を感じない。

 すべてを精算したならば、そこには大切なものが残る。

 最愛の 女性(ひと)と、

 彼女との間に儲けられた、我が子が。

 ならば、それは戦いである。

 己の幸せを掴み取るための。

 争いの中で傷つけてしまうであろう三葉には、生涯を賭けて償いたい。

 ゆえに、彼女との再会は、戦の火蓋が切って落とされることを意味する。

 そう覚悟していたからこそ――

 不意打ちのような邂逅に、瀧は呆気に取られた。

「三葉さん!?」

「その……あのー……おかえり」

 仕事を終えて帰宅してみると、扉の前に一人の女性が立っていた。

 もう二度と逢えないかもしれない――そんな覚悟で送り出したのに。

 昨夜。

 これに瀧は――忘れ物でもしたのか? と部屋の中を思い返す。

 唖然としている彼に、三葉は少し不服なようだ。

「あら、今日はさ(・)ん(・)付(・)け(・)なの?」

 そう切り込まれて……瀧の胸はドキリと痛む。

 できれば、呼びたい。

 が、それは昨日だけのことではなかったか。

 しかし……呼びたい。

 自分の腕の中にいた頃のように。

「み、三葉……」

「なぁに? 瀧君❤」

 名を呼び、呼ばれただけで、瀧の目元は綻んでいく。が、何とか己を引き締めつつ、過度の期待は押さえて、平常心で。

「その、どうして、急に」

 ここに来ては、昨日の過ちが疑われてしまう。

 自分たちは無闇に接点を持ってはならない。

 だからこそ、用件は簡潔に済ますべきだ。

「えとね……大切なお願いがあって……中に入れてもらってもいい?」

「あ、あぁ、うん、そうだな」

 呼び捨てに続いて、タメ口。

 彼女は年齢的にも、社会人的にも先輩だというのに。

 だが――今日の三葉は何故か年下に見える。

 その瞳はまるで――

 学生に戻ってしまったような。

 

 突然の勢いに押し切られてしまった瀧は、再び人妻を自宅に連れ込む。

 このような真似は二度としないと誓ったばかりなのに。

 特別な一日は、もう過ぎ去っている。

 今夜は深入りすることなく、すぐに帰さなければならない。

 だが、三葉がここに来た理由は――

「お願い……抱きしめて」

 そう呟いて、両腕を差し出してくる。

 しかし、その手は質素なものだった。

 年頃の女性が身につける装飾品が一つもない。

 夫婦の契りを示す、左薬指の一輪までも――!

 そんな三葉を、瀧は抱くことなどできない。

 彼女は、確信を持って、罪を犯そうとしている。

 自らの家庭を、壊そうとしている。

 そんなことに……加担するわけには……!

「だ、だめだ、三葉……ここは、君の家じゃない」

 君が帰るべき場所は、他にある。そう言い聞かせようとするが――

「そんなの、判ってるわよ」

 これまでのはにかみから一転して目尻を吊り上げる。

 しかし、その両目はみるみる潤み――

「でも、私の家には……瀧君がいないの……!」

 帰りたくない。そんな家には。

 私を迎えてくれるのは、

 出迎えたいのは、

 瀧君なのだから――!

 堪えきれなくなった涙が頬を伝う前に――瀧は自らの両腕で、三葉の身体を奪い取る。

 彼には、それを見ていることなどできなかった。

 彼女の瞳から、悲しみが零れ落ちる様など。

 愛する 男性(ひと)の胸に抱かれながら――

 瀧君って天然なのかも、などと三葉は思う。

 最初は追い返そうとしておきながら、何故こんなことをするのか。

 するにしても、タイミングが悪すぎる。

 ここで抱きしめられたら――もっと好きになってしまうのに。

 彼なら自分を悲しませることはない。

 どんな悲しみも、癒やしてくれる。

 そう信じられてしまう。

 まるで突き放す気が感じられない。

 もっと、もっと、

 彼のことが欲しくなってしまう……!

 瀧君となら、どこへ堕ちても構わない。

 どんな奈落の底だとしても、私を励まし、慰めてくれるのなら……!

 三葉は目を閉じ、少しだけ背の高い男の唇を目指す。

 これに瀧は……迷っていた。

 彼女は明らかにキスを求めている。

 当然、瀧とてそれを欲していた。

 しかし、これ以上雰囲気に飲まれてはならない。

 とはいえ、こう堅く抱き合っていては逃げ場もなく――

 彼の混乱は収束を待たず――時間切れ。

 女の唇を、男の唇で受け止める他なかった。

 しかし、それは唇だけに留まらない。

「んっ、ん、ん……ふぅ……ん……っ」

 柔らかな女の身体が、硬い男の身体に押し付けられる。

 クネクネと、グニグニと。

 それはまるで、自分の身体を擦り込むように。

 だが、三葉はどこまでも欲が深い。

 この程度では全然物足りない。

 服が邪魔。

 下着が邪魔。

 もっと、肌と肌で感じ合いたいのに――

「瀧君っ! シャワー浴びてきて!」

 唇を離して、何の脈絡もない突然の物言い。これに、瀧は目を瞬かせる。

 しかし、抱擁を突き放すようにグイグイと押し出されては、彼には従うことしかできない。

 脱衣所へと放り込まれて、扉はパタンと閉められた。

 一人になって瀧は……襟元に鼻を近づけてみる。

 何か……臭ったのか……?

 やはり、こういうものは自分では判らない。

 それでも、三葉が不快に思うのなら、汗は流した方が良いのだろう。

 瀧は使い慣れた浴室に向けて、粛々と用意を進めていく。

 その物(・)音(・)に、三葉は静かに耳を傾けていた。

 

 蛇口を捻り、温かな雨を浴びながら、瀧は考える。

 ここで身綺麗にしたところで……自分はどうすればいい?

 さっぱりした身体で、改めて彼女を抱きしめろというのか?

 そんなこと……許されるはずがない!

 とにかく、三葉の要求は叶えた。

 そして、追加要望にもこうして応えている。

 これで終わりにしよう。

 すべてを精算するべく、瀧はワシャワシャと頭を掻き毟る。

 煩悩はすべて洗い流してしまおう。

 何も考えずに、無心で――そのため、彼は気づかなかった。

 献身的な良心を無為にするべく、不審な影が近づいていたことに。

 カチャリ、と開け放たれたことで、瀧は驚き顔を上げた。

 そこで見たものに、彼は――

「…………!」

 見違えた三葉の姿に、隠すことも忘れて瀧は見惚れる。

 もちろん、顕になった女性の身体は美しい。

 だが、それよりも彼の心を釘付けにしたのは……その髪だった。

 三葉はただ――シャワーで濡れないよう、頭の後ろで一つに束ねて上げただけ。

 しかし、それが瀧の心の奥底を激しく揺さぶる。

 彼女とは、昨日初めて逢った関係のはずだ。

 しかし……

 何故だか、胸がざわついてくる。

 まるで、初めて恋に落ちたかのように。

 その後ろ髪が、どうしても気になってしまう。

 別段珍しくもないはずの、ポニーテールが。

 当然、男子として、女子の裸を無視することはできない。

 少しだけ目を落とすと、柔らかそうな乳房が湛えられている。

 抱き合った際の温もりを思い出すも――すぐに目の先は再び頭上へ。

 彼女が髪を束ねたのは初めてのはずだ。

 なのに、まったく初めてな気がしない。

 それは昔、自分がもっと幼かった頃に恋い焦がれていた。

 この少女を抱きしめ、もたらしたいと願う幸福感。

 小さな身体を 膣内(なか)まで犯し、

 自分の欲望が彼女の 子宮(おなか)を満たしていく。

 二人が交わって産み出されるものを思うと、今にも抱きしめてしまいそうだ。

 それで、気づく。

 やはり、この人と逢ったのは初めてではない。

 きっとどこかで、遠い昔に――

 熱に浮かされた男子の瞳を見て――三葉は自分勝手に安堵する。

 帰るように言いながらも、嫌がっているようにはどうしても見えなかった。

 もし自分を受け入れてくれるのなら、ここでも拒まれることはない。

 今度こそあるべき形で抱いてもらうために、彼女はやって来た。

 相手の気持ちは、一目瞭然。

 紳士的に追い返すこともなく、女の身体をマジマジと視姦している。

 ビクビクと股の間を迫り上げている。

 自分の 肢体(カラダ)に、異性として欲情している――!

 ならば、もう恐れることはない。

 思いのままに、伝えたいことを。

「瀧君……私……っ!」

 しかし、切り込まれた方は恐れ慄く。

 彼女の表情を見れば、続く言葉は明らかだ。

 もしそれを聞かされてしまったら……きっと、もう放せない。

 昨日のように送り出すことなどできない。

 自分の心が本能に負けてしまう。

「ダメだ、それ以上は――」

「私、瀧君のこと――」

 彼は耳を塞ぐこともできない。

 何故なら、すべては遅すぎた。

 彼の心はとっくに掴まれている。

 遠い昔に、記憶が深く閉ざされようとも。

 決して、忘れることはなく。

 だから……瀧の心は、とっくに奪われていた。

 ならば、それを聞くしかない。

 その言葉を、求めて止まないのだから……!

 

「……愛してる」

 

 身体で結びつき、

 心で結びつき、

 もう瀧には三葉を抱きしめることしかできない。

 瀧の胸の中に三葉はあり、

 三葉の身体はシャワーよりも熱い。

 ただがむしゃらに唇の内側を求め合い、

 ようやく一息ついた時、三葉は請う。

「今夜だけでいいの。今夜だけは――」

 ここまで聞いて、瀧は彼女の言葉を遮った。

「待て! それは、昨日だけの――」

 もしかすると、あの時の自分もこんな顔をしていたのかもしれない。

 それを目の当たりにして、瀧は少しだけ我に返った。

 が、三葉としてはここで引くことなどできない。

 今夜の彼女は、確たる意思をもって、罪を犯しに来たのだから――!

「瀧君ばっかり約束させて、ズルイ」

 自分の名以外口にするなだの、

 今日だけは自分の女になれだの――

 三葉自身も、それを望んでいたところはある。

 が、それは瀧の方から告げられたこと。

 ならば、今度は自分の頼みも聞いて欲しい。

 女のコから悪戯っぽく睨まれて、瀧はたじろぐ。

 一日付き合わせた身として、彼女の願いは拒めない。

 だから、彼はそれを飲む。

「わかった……今日だけは――」

 終電までの数時間は、三葉のためだけに尽くそう。

 と、覚悟したのだが、彼女の視線は揺るがない。

「今夜は仕事の飲み会で、そのまま同期のコの家に泊まってくことになってるの」

 ゆえに、終電で帰されても、逆に不審に思われてしまう。

「だから……今夜は私を寝かさないで。朝まで私を愛し続けて。お願い」

 今日の彼女には、他に行く宛もない。

 ベッドで抱かれる、彼の腕の中以外には。

 

       ***

 

 枕元がブルブルと震えている。文字を打つのが面倒になった時は通話してくることもあるから……と備えておいて良かった。

「ん、ん、ふっ、あぁ……」

 瀧の脈動を 性感(カン)じながら、三葉は彼の背から右手を下ろす。そして、手探りでシーツの上を撫で回すと……その振動の在り処に指が当たった。首筋に瀧の唇を浴びながら――彼女は通話のボタンに触れる。

この時ばかりは、瀧も腰つきも鎮めざるを得ない。

 が――

「もしもし……うん、今、同期のコの家で――っ」

 嫌がらせのように一度だけ快楽が響いた。

 喉の奥でそれを何とか押し留め、三葉は淡々と会話を続けていく。

「あ、何でもない。そろそろ、寝ようかな、って。ちょっと、 受精(の)みすぎて酔ってるみたい……」

 酔っているのは、アルコールではなく恋心。

  受精(の)みすぎたのは、瀧の愛。

  膣内(なか)では今も瀧の 陰茎(カラダ)が小刻みに震えている。その綱渡りのような愛撫に、三葉も少しずつ慣れてきた。

「うん、ぁ、ぁ……うん、大丈夫。明日はそのまま会社……にっ!?」

 スマートフォンを構えていた方とは逆の耳。そちらに息を吹きかけられ……カプリと甘噛み。同時に胸の先端を摘み上げられては、普段の声色ではいられない。

 両手で搾られ、鼓膜を攻められ、さらには女の 子宮(おく)を目指して――

「あ、はぁん❤ 今日は……あぁん……っ❤ あっ、いい……美味しい……お店……でぇ……いっぱい……いっぱい……っ❤」

 

 ジュプッ、ドクンッ、トクン、トクン……

「あ、あぁ……うん、じゃあ……おやすみ……❤」

 

 通話を切ると、三葉は力なく端末をこぼれ落とす。少なくとも、今夜は掛かってくることもないだろう。

 夫の声を聞きながら、

 夫ではない男の前で肌を晒して、

 夫ではない男に抱かれ、

 夫ではない男に女のすべてを犯されて――

 それでも、彼女の中に背徳感はなかった。

 三葉にはもう、瀧しか見えない。

 瀧さえここにいて、抱きしめてくれるのなら――!

 ゆえに、平然と言い放つ。

「お待たせ❤ それじゃ、次は……」

 だがその時――自責に泣き崩れそうな男のコの顔を見た。

 瀧は、ひたすら己の所業を悔いる。

 何故、こんなことをしてしまったのか。

 彼女の通話中に喘がせるような危険なマネを。

 瀧に、彼女の家庭を壊すつもりはない。

 そのつもり、だった。

 しかし……

 押さえようもない敗北感。

 それを感じてしまった。

 自分とは別の男と築いている、別の日常に。

 自分の知らないところで、自分の知らない男と笑い合い――

 愛し合っている。

 それが悔しくて――我慢ならなかった。

 今の三葉は俺と共にある。

 俺を愛してくれている。

 それを思い知らせたくて――

 だが、それは最悪の我儘。

 一歩間違えれば、僅かな幸福の欠片すらもこの手からこぼしかねない。

 だというのに……!

 このとき三葉は、初めて浮気をされた男の悲しみを知った。

 しかし、その相手は本来詫びる相手ではなく――

 浮気相手である瀧という男のコに対して、

 婚姻の契を交わした相手に浮気をしてしまったことに……

「……次は、私が上になってあげる」

 ここまでも、三葉は瀧を求めてきた。が、それはあくまで受け身の姿勢で。

 だが、今度は正真正銘、彼女から彼を求めようとしている。

 私には貴方が必要だ――そんな意思を、その 女体(カラダ)で示そうとしている。

 抱き合ったままゴロリと転がり男の上へ。

 その腹上で、三葉は裸の身体を起こす。

 横になった男の上に跨って、

 男の性器を自ら咥え込む――

 なんて貪欲な女だろうか、三葉は瀧を立てながら思う。

 それでも、それを恥じることはない。

 瀧の前でなら、すべての快楽を曝け出せる。

 どこまでも快楽に溺れられる。

 その果てで、子供を授かることができるのなら――

「瀧君……私が気持ち良く……してあげるから……」

 そしたら、今度は瀧君が私を気持ち良くして。

 私たち、どこまでも気持ち良くなれるんだよ。

 だって……愛し合っているのだから。

 愛し合わずには、いられないのだから……

 

       ***

 

 夜の帳はすべてを包み隠してくれる。

 だが、それを陽の光によって剥ぎ取られては――夢からも醒めざるを得ない。

 お互いこれから、現実と向き合うこととなる。

 瀧の、瀧としての生活と、

 三葉の、三葉としての生活に。

 だが――

 瀧はあまりに三葉を愛しすぎ、

 そして、三葉から愛されすぎてしまった。

 瀧は三葉を求めすぎ、

 三葉は瀧を求めすぎてしまった。

 求めるがままに与えられる快感。

 そして、自分を求められる快感。

 瀧にはもう、それを手放すことができそうにない。

 だが、それを求めれば求めるほど――

 愛する人の日常を蝕んでしまう……!

 もう、ここには来るな――瀧は三葉を拒絶したい。

 が、三葉の瞳は、それを許さない。

 三葉には、瀧が言いそうなことは何となく分かる。

 だから、それに対して先手を打った。

 私は、貴方が欲しい。

 もう二度と逢わないなんて、絶対に言わせない――

 そんな目で見つめられては……瀧の心は脆くなる。

 結果、その諫言は酷く中途半端に。

「こ……今夜は、その……来るんじゃないぞ……」

 そして明日も、明後日も、逢わずに済めばそれが一番なのだろう。

 いつしか、この思いが色褪せてくれるまで。

 三葉はその字面に対して是で答える。

「……うん」

 だが、込められた真意まで汲み取りつつ……その願いを受け入れるつもりはない。

 日付が変わったらすぐに逢いに来るからね、と。

 だが、瀧もまた、黙って視線に悲しみを込める。

 逢ったとしても――もう抱き合ってはならない。

 不貞の子を身籠らせては、決定的な不幸となってしまう。

 この二日間の罪については、償う覚悟はできている。

 が、これ以上、彼女の未来を掻き乱すわけにはいかない。

 瀧は彼女を見送り、少し遅れて家を出た。

 自分の、自分だけの日常を全うするために。

 

       ***

 

 一日孤独に苛まれて、瀧は昨夜の三葉の気持ちを思い知る。

 家に帰っても、彼女はいない。

 玄関の前で、待っていてはくれていない。

 今なら、彼女がやってきた理由がよく解る。

 許されるのなら自分とて、すぐにでも彼女のところへと赴きたい。

 しかし、この寂しさにも徐々に慣れていかなくてはならないのだろう。

 愛する人と接すれば接するほど、その危険性は増していく。

 愛する人との時間が終わりに近づく。

 いつか終わりが来るとしても……せめて笑顔で別れたい。

 が、今はまだ無理だ。心が求めすぎてしまっている。

 身体の調子も優れず、早めに仕事を切り上げてきたものの、独りでは夕食を摂る気も起きない。

 明日はきっと、三葉と逢える。

 そんな約束はしていないけれど――きっと、再び来てくれるはずだ。

 連日遅くまで引き止めることは難しいが、一緒に夕飯を食べて、その笑顔を向けてくれれば、自分の心は救われる。

 そのとき、彼女を送り出せるだろうか。

 例え性を求められたとしても、強い心で。

 ……だが、すべては明日の夜のこと。

 自信のない想定から、彼は逃げた。

 今日という冷たい日を早々に終わらせるため――帰宅後、瀧はすぐさま布団に潜り込む。

 せめて、夢の中で彼女と逢えるよう祈って。

 

 あまりに強く想いすぎたからか――彼の願いは呆気なく成就された。

 頭の両脇で髪をチョコンと束ねた女のコは、どことなく三葉に似ている。

 が、妹と呼ぶにはあまりに小さい。おそらく、まだ小学生くらいなのだろう。

 だから、思う。彼女は、自分と三葉の間に生まれた子供なのだと。

 家族三人でこうして食卓を囲む――そんな日が来るのだろうか。

 夢のような光景だからこそ、夢であることが判ってしまう。

 それでも瀧は、三葉を感じることができて幸せだった。

 しばらくは和やかな団欒が交わされていく。話題は、学校の話だったり、仕事の話だったり。

 だが、クラスメイトの兄弟について触れると、娘は突拍子もないことを言い出した。

「ねぇママ、私も弟か妹が欲しいなー」

 そして、チラリと父親の方を見やる。どうにも、知っているような口ぶりだ。子供を作るための、その過程を。

 だからか、三葉の方も臆することはない。

「いいわねぇ。じゃあ、今夜にでも早速作りましょうか❤」

 子供の前で随分開けっ広げな母親である。これには父親として苦笑いを浮かべるしかない。

 が、娘の方は、男親が思う以上に早熟だった。

「え~? すぐ作りなよ。私も応援するからさ!」

 お、応援って……大人をからかうもんじゃない、と叱るべきところかもしれない。

 だが、母親の方にその気はなく、むしろ――

「そうね。じゃ、瀧君、赤ちゃん作ろ❤」

 立ち上がった三葉の肩から、服が滑り落ちていく。

 中の下着も一緒なのか、一瞬で胸からお腹まで顕になってしまった。

 が、ここには娘もいるというのに!

「三葉っ、その……この子の前で、そんな……」

 大きな大人は慌てふためくも、それを見た小さな女の子は楽しそうだ。

「いいからいいから♪ 私、そういうの平気だし!」

 トン、と娘に肩を突き飛ばされて気づく。瀧自身まで既に……全裸であることに。

 大人の毛を生やし、その中から激しく突き出したところを目の当たりにしても、幼子が恐れることはない。

「ママ、ママー、パパってばギンギンだよ~」

 むしろ、面白おかしく茶化されてしまった。

 ダイニングの椅子から転げ落ちたはずが、背中はいつの間にかベッドに収まっている。

 娘からの眼差しを受けながら……妻は夫に乗り上げてきた。

「それじゃあママ、これからセックスするけど……気持ち良く 絶頂(イケ)るようにパパを励ましてくれる?」

「うんっ! パパ~、射精してくれないと赤ちゃん 妊娠(でき)ないけど、ママも悦ばせてあげてね❤」

 そ、早熟を通り越して……これは何だかヤバイんじゃないか!? 性に対して距離が近すぎる!

 そんな危うさを母親は感じていないのか、すっかり夫の性に魅了されていた。

「あはぁ……ママのアソコに、パパのおちんちんが…… 挿入(はい)っちゃったぁ❤」

「わぁ、すご~い! あんなに大きくて太いのに」

 無邪気な言葉責めに、瀧は不覚にも照れてしまう。

 何より三葉の 膣内(なか)は一人産んだにも関わらず、昔のままの締め付けで――

 昔の――ままで――

 

「ん、ん……あ、はぁ……あ、起きちゃった?」

 

 どこまでが夢で、どこからが現実かはまだ判らない。

 ただ……暗い部屋には自分と三葉だけ。少なくとも娘の姿はないようだ。

 これに、思わずほっとするも……一抹の寂しさは拭えない。

 とはいえ、このようなことを続けていては、本当に 妊娠(でき)てしまうのだろう。

 二人の間に、愛の結晶が。

「ぁ……ぅん? あれー……瀧君、もしかして…… 射精(で)てない?」

 寝起きでぼんやりしていたからか、堪えることができてない。

 溢れるがままに漏らしてしまい……三葉の 子宮(なか)をじんわりと温めていく。

 だが、未だに瀧は状況を理解できていない。

 逢えないと思っていた 女性(ひと)がそこにいる。

 それはまさに、夢のようなことだから。

「三葉……今日は逢えないはずじゃ……」

 彼女のことを恋い焦がれるあまり、孤独な記憶が一日分飛んでしまったのかもしれない。

 そんな異常な現象すら、何故か瀧は疑わずに受け入れてしまった。

 が、彼らは正常な時の流れの中にいる。

 ゆえに、三葉の言い分はもっと現実的なものだった。

「もう日付は変わってます~ 逢わない約束は、昨日でしょ?」

 棚の置き時計の方に首を捻ると……たしかに、〇時一五分。彼女は辛うじて約束を守ってくれたようだ。

 しかし……それで瀧も状況を把握する。ここは紛れもなく自分の部屋だ。夢でも幻でもなく、意識もはっきりしている。

 だとして、どうやってここまで来たのだろうか。

「鍵……もしかして……」

 掛け忘れ……? 普段は習慣的に施錠しているが、昨夜は失意に疲れていたと自覚もしている。

 だが、彼は戸締まりを疎かにすることはなかった。

 疎かにしなかった上で――

「こちらでお世話になっている立花の婚約者ですー、って管理人さんに言ったら、簡単に合鍵出してくれたよ? ちょっと不用心かもね」

 そう言って、左手の甲を彼に向ける。薬指には確かにその証が嵌められていた。それで――大家のご老人はちょっと歳もいっていることもあり、迂闊にも信じてしまったのだろう。

 だが、そこで瀧は更なる違和感に気づく。自分の左手にも、硬い感触があることを。

「え、アレ? これって……?」

 彼に指輪を付ける趣味などない。そのようなものは買ったこともないし、自分の指のサイズすら知らない。

 だというのに……

「ふふ、気に入ってくれた? 昨晩、瀧君の手を握りしめながら……こっそり測ってたんだ❤」

 あまりのことに頭が働かなかったが、三葉の言いようから、彼女が用意したものだということは判った。

「あ(・)の(・)男(・)のとは違うものを、昼のうちに用意してきたの。でも似たデザインのを選んだし……多分、気付かれないと思う。だから……それは外しちゃダメよ? 私と瀧君の…… 結婚指輪(ペアリング)だもん❤」

 この勢いに……瀧はさすがに怖気づく。管理人を騙して合鍵を作り、まさか指輪まで……!?

 そもそも、こんな深夜に彷徨いていては、本来の相手から怪しまれてしまう!

「三葉! さすがにこう立て続けに――」

 連続三日ともなれば言い訳も難しい。が、今夜は今夜で別の理由があった。

「大丈夫。今夜はあ(・)の(・)男(・)の方がいないから」

『あの男』――その呼び方も二度目ともなると、瀧にも確信が持てる。彼女の心の中にはもう夫はいないと。

 少なくとも、彼女の気持ちだけは自分と共にあると。

 その喜びに――瀧の邪な場所が膨れ上がってきた。

 三葉はそれを我が身に 性感(カン)じ――幸せを分かち合えたことを嬉しく思う。

 が、それも長くは続かない。

「俊樹先生付き添い~って今頃二人で関西よ」

「俊樹……先(・)生(・)……?」

 彼女の家庭について、知れば知るほど苦しくなる――それで、瀧は無意識のうちにその話題から逃げてきた。

 が、ここにきて――それを痛烈に後悔することとなる。

「ああ、私のお父さん政治やっててね、あ(・)の(・)男(・)はその秘書なのよ」

「政治――!」

 つまり自分は、そ(・)の(・)筋(・)の男の妻を……寝取ってしまった……!?

 それが公になったら、きっとただ事では済まないだろう。

 得体の知れない恐怖に縮こまり……力なくニュルリと抜けてしまった。

 だから、言いたくなかったのだけど……と、三葉は溜息をつく。が、今更彼を放すつもりもない。

「私ね、瀧君の前でだけ、女のコに戻れるの」

 父親に言われて結婚を決めた時、自分の中から女が薄れていくのを感じていた。もう、きっと恋を知ることなんてできないんだろうな、と。

 しかし……彼女は知ってしまった。本当の恋を。

 出逢ってしまった。本当に愛すべき相手と。

 だから、もう戻れない。あ(・)の(・)男(・)の女には。

「瀧君の男のコの前でだけ、女のコなの。瀧君の男のコに犯されて、汚されて、真っ黒になっても……瀧君に染め上げられて、自分が女だって実感できるの……!」

 離れてしまったところを繋ぎ合わすことなく、三葉は瀧の上にゆっくりと舞い降りる。女の胸を、男の胸で抱いてもらうために。

「真っ黒でも何色でも……私、瀧君との子供が欲しい。瀧君との子供じゃなきゃ愛せない。だから…… 妊娠(はら)ませて。あ(・)の(・)男(・)よりも先に……!」

 今更、親(・)孝(・)行(・)を中断するわけにもいかない。このままではあ(・)の(・)男(・)に 妊娠(はら)まされてしまう。

 そんなのは……絶対に嫌。

 せっかく、恋を知ることができたのに。

 せっかく、この 男性(ひと)の子を産みたい、と願える相手に出逢えたのに!

「瀧君の精子、私に全部ちょうだい。絶対に瀧君の子を妊娠するから。瀧君の子を産むから。だから――!」

 壊れそうな告白に、瀧は思わず彼女を抱きしめていた。

 この先、自分はどうなってしまうかわからない。

 三葉自身がいうように、二人の関係は真っ黒なのだから。

 それでも。

 愛する人が、自分の子供を欲しがっている。

 ならば、それを叶えずにはいられない……!

「ありがとう……三葉。俺、絶対に三葉を 妊娠(はら)ませてやる……!」

 さっきまで萎えかけていたのに、随分自信を取り戻したものね――その浮き沈みは、彼女には少しだけ滑稽に見えた。

 だから、それ以上尽くすことはなく。

 むしろ、その証拠を見せて欲しい。

「じゃ、私の女のコを犯してくれる? ちゃんと妊娠できるように……❤」

 瀧の上から飛び退くと、彼にお尻を向ける。

 汚いところまですべてを曝け出して。

 それでも、瀧の前では恥じらわない。

 失うような恥もない。

 これ以上ないほど、恥知らずな関係を続けていくのだから。

 ただただ快楽を貪り続けていくのだから。

 性を慰め合うことによる、身体の快楽を。

 そして、恋心を焦がし合うことによる、心の快楽を。

 瀧の中から未来に対する恐怖が消えることはない。

 だが――

 快楽の果実を目の前に捧げられては、それに味わわずにはいられない。

「三葉……く、ぅ……好きだ……三葉ぁ……っ!」

「愛してる! 瀧君……愛してるのぉ……っ!」

 自らの意思で腰を振り、込み上げてくる性欲で彼女の性欲を満たし続ける――こんなことを続けていては、必ず 妊娠(はら)ませてしまうだろう。

 しかし、それは避けられない。他ならぬ、母体たる三葉が望んでいることなのだから。

 だが……彼女の父親は只者ではなく、夫までもその関係者ときている。

 我ながらとんでもない女性に惚れてしまったものだ。

 と、肩を落とすも、もう三葉から抜け出すことなどできようもない。

 こみ上げてくる精を感じながら、せめて 膣外(そと)に……などと逃げたくなるも――

「お願いっ!  膣内(なか)にっ! 瀧君で 子宮(なか)をいっぱいにしてぇ❤❤❤」

 そんなことを、熱っぽく求められては……

 

 ビュクッ! ビュルッ、ビュクンっ!

「あっ、あはぁん……瀧君の……いっぱぁい……❤」

 

 また、やってしまった。

 そして、次もやってしまうのだろう。

 三葉から、求められる限り。

 その 胎内(なか)に新たな生命が宿るまで。

 彼女に、自分の子は産んで欲しい。

 が、関係者を怒らせるのは怖い。

 本能と理性の板挟みの中で、行き着く先は、そこだけか。

「じゃ、今度は私が乗ろっかな~♪ 瀧君ばっかりじゃ疲れちゃうでしょ?」

 合鍵を持たれてしまった以上、我が家とて安心していられない。

 隙を見せれば、寝ている間であってもこうして搾り取られるのだろう。

 先のことは考えられずに……神に祈るように、瀧は快楽の中に身を投げた。

 願わくは、平穏な日常が一日でも続かんことを――

 

 

 

 なお一年後、子供の血液型であっさりバレた。

 

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