第一項:出逢い
おばあちゃんが言っていた。
私達の生まれ育ち、慣れ親しんだこの世界とは別に、結界を隔てた向こうに、人と異形が平和に暮らせる場所がある。
おばあちゃんはその世界に迷い込み、そのたどり着いた場所を---
~幻想郷~
と呼んでいた。
◇
-初夏-
-長野県・山中・狩猟可能区域内-
木々が生い茂り、日差しも木の葉で程よく遮られた、初夏のなだらかな山中に、ひとりの若い猟師がいた。
年齢は20代前半、整った顔立ちに、長いか短いか微妙なところの黒髪、前髪はさり気なく真ん中で分けられ、無精ひげもない。
しかし、彼は一風変わった服装をしていた。
どこぞの軍隊をモチーフにした黒いレプリカの野戦服に黒の野戦帽、腕捲りをしており、帽子と左腕には蛍光オレンジのバンドがあり、猟師であると周りに示している。
手袋は、釣りで使うような親指から中指までがハーフフィンガー、薬指と小指がフルフィンガーの黒タクティカルグローブ。
そして靴も、これまた黒で大手安全靴メーカーの特殊難燃ゴム底のサイドジッパー付きレスキューブーツ。
腰回りは、米軍のピストルベルトに弾入れやその他小道具がちょっとゴチャゴチャと、しかし綺麗に配列して着けている。
最後に、両肩部に銃の反動吸収パッドがあるオリーブドラブ(自然色に模した緑色、軍隊で最もポピュラーな緑色)の狩猟ベストを着ていた。
また、彼は一般的な猟師と明らかに異なるものがあった。
まず、彼の持つ猟銃、《ナイツ・アーマメント AR-10》だ。この銃は、過去に違法改造の例があり、購入・譲渡などのあらゆる形での入手が禁止されていたものだ。
それ以前に、ライフルタイプは免許を取得し、ショットガンを10年、法に触れることなく実績を積んで、試験を受け、合格し、初めて持てるものだ。
更に腰には台湾のリントン製のサバイバルナイフが横に差してあった。
しかし、驚くべきはそこではなく、彼の右腿にあった。
そこにあったのは、レッグホルスターに収められた黒い大型拳銃《IMI(イスラエル・ミリタリー・インダストリーズ) デザートイーグルCal.44》だった。
日本は、言わずと知れた銃にこっぴどく厳しい国だ。なのに彼は、有り得ない持ち合わせをしている。
しかし、決して意味なく持っているのでは無い。
彼は、グアムでの射撃場で、かなりの好成績をもち、また、日本で、狩猟に関する法律調整のため、試験的にライフル、そして狩猟用ピストルを所持、使用している。
最も、真の理由は別にあるが、それは追々。
「しっかし、デザートイーグルは重いわ・・・」
法律調整の観点から、犯罪転用に至らないように、
・実包は最低限マグナム弾に区分される物
・大型、かつ狩猟用として製造・販売されている物
・また、外部の部品取り付けは認めるが、滅音器、あるいはそれに準ずる部品を禁止する
と言った条件が課せられている。
ただ、彼はかなりのガンマニアであるが故、AR-10もデザートイーグルもとことんカスタムしている。
まずはAR-10、狙撃スコープはドイツのカール・ツァイス製のレーザー距離測定機能付き高性能スコープに、ハンドガードはレールタイプ、そのレールの下側にはフラッシュライト、上側にはレール型レーザーサイトがついていた。
一方のデザートイーグルは、アイアンサイトはノバックモデル、銃上側にしかないレールを軸に銃身を覆う様にして下側に増設レール、そこにレール型レーザーサイトとその下にシュアファイア製フラッシュライトが付いている。
っと、完全に逸脱したカスタムが施されていた。
さて、そろそろ本題に戻ろう。
実は今日、毎年恒例の狩猟シーズンで、今年で5回目の参加だ。
いつも通り、訳あり特注の黒い日産エクストレイルを走らせ、昨晩の夜、いつもより1日遅れで地元の猟友会の集会所に着いた。
そしてその集会で、気掛かりな発言を耳にした。
---天狗を見た
それを口にしたのは壮年のベテラン組のひとりで、40後半ぐらいのおっさんだった。
◇
-昨晩・地元猟友会集会所-
「アッハッハッハッ!そりゃ何の冗談だよ源さん」
「そうそう、天狗なんてこの世にいるわけゃねぇでしょ?源さん疲れてんじゃないの?」
「そういやぁ、近頃役所や警察に行って手続きとか面倒押し付けてたからね。ごめんね」
「そう思うなら書類ぐらい書くだけで終わらすなよ、ったく」
ここには、天狗を見たと言う源さんこと
あっ。自己紹介忘れてた。
俺は
親族は・・・まあ、居ない。
訳は暇なときにでも話すよ。
「ところで源さん、話の続きをお願いします」
「おお、そうだったな。今日が狩猟の初日だってのは知ってるよな?」
「ええ、私は別件でさっき着きました」
「それで龍牙君が来るまでの間、昼頃なんだが、その時は、俺と原ちゃんで一緒にいたけど、途中から個人で動いたんだ」
「今日は熊の巣を見つけるつもりで、分散したんだったな」
「なる程」
冷たい缶コーヒーを飲みながら静かに話を聞く。
「それからしばらく山ん中あるってたら、茂みからガサガサってきこえてよ、近づいたんだ。そしたらそいつが---」
「天狗だったって言いたいんだろ?」
「そう、宗像さんの言った通り、天狗だったんだ!頭には赤い天狗帽子で耳の先はトンがってて、天狗下駄を履いていて、背中には大きな黒い羽根が生えてたんだよ!!」
・・・何だろう、何か引っかかる。けど、何が?
「んでなんだって?その天狗は女だったっていってたっけ?」
「ああ、若い女で、17、8歳くらいに見えたな。あと、白いワイシャツと黒い短めのスカートだったな」
若い・・・女・・・・・・まさか!?
「
「うん?どうした?何か思い当たる事でもあんのか?」
「・・・はい」
高橋さんの言葉に俺は応えた。
「多分、それは本物の天狗、烏天狗かも知れません」
「お前まで、何腑抜けた事言ってんだよ」
「とにかく、俺は明日、1人でその天狗を探します。仮にそちらで見つけても手を出さないで下さい」
◇
-長野県・山中・狩猟区域内-
「確か、この辺りって言ってたよな」
手元のGPSを確認しながら、源さんが目撃したという場所まで来た。
あの日の話によると、源さんはその時、余りに突然過ぎてついライフルを撃ってしまったと言っていた。
「これは、血痕か。とすると、弾自体は当たっちまったのか」
近頃、この辺りは熊の被害が急増した為、多くの猟師がいる。
「人であれ熊であれ、早くしないと命が危ないな。さて、・・・ん?これは・・・フィルムカメラ?」
そこに落ちていたのは、銀と黒の2色のいかにもってデザインのフィルムカメラが落ちていた。
「おばあちゃんの話だと、確か好奇心旺盛で異世界で新聞を出してる記者だって言ってたっけ?」
よく見回すと、明らかあせって逃げたような痕跡があった。
「確か、撃った直後にはもう姿が無かったって言ってたな」
ひとまず、この痕跡を辿って行くことにした。
◇
しばらく歩き続けて、そろそろ10分になるか。辿って行くに従い血痕の間隔が短くなってきていた。そして---。
「あそこか。・・・相当怯えてるだろうな」
なだらかな斜面に、さり気なく空いている穴に、血痕は続いていた。
少し近付いてみると、入り口は少し屈まないと通れないが、その先は普通に立って歩けるようだ。
AR-10のフラッシュライトで中を照らす。
よく見ると、それが防空壕であるのがわかった。
「龍牙君!」
後ろから声がして、振り返るとベテラン組の4人が近寄ってきた。
「ここか」
「恐らく。宗像さん、こいつ預かってて下さい」
「どうする気だ?」
「当然、面会ですよ」
AR-10を預け、デザートイーグルを引き抜き、コッキング。
「んじゃ、行って来ます」
レーザーとライトを点けて中に入る。中に入って気付いたが、これは軍用の防空壕に思えた。約10メートル程の直線的な廊下と、それに並んで左右に合計14程の部屋、そのほとんどの扉が壊れてるか、半開きかだ。
幸いと言うべきか、血痕は拭われておらず、隠れた部屋を見つけるのは容易だった。
銃を構えたまま、扉のギリギリまで近付き、半開きの扉から慎重に中を覗く。
「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ」
見つけた。源さんの言った通り若い女の天狗(?)だ。しかし極端に弱っていた。壁にもたれ掛かり、左側腹部を右手で押さえていた。
俺は銃を下ろし、扉を開けて中に入った。
「ハァ、ハァ、あ、見つかっ、ちゃいました、ね」
「はい、見つけちゃいましたよ」
怯えながらもほんのりと笑顔を作って冗談混じりに言の葉を並べた彼女に対し、とっさに場を和ませようとちょっと乗った。
「わたし、を・・・仕留めにきた、んですか?」
その質問に対して、胸が締め付けられる感じがした。そして俺は答えた。
「いんや、デートのお誘いに来ました、なんてね。本音は、君を助けに来た」
「え?」
俺はベストの空いていた左胸ポケットからカメラを取り出し、彼女に差し出す。
「君の、だよね?」
「あ、はい、そうです」
持ち主確認の済んだ所で、カメラを彼女の左手に持たせた。
「まずは傷の手当だな」
次に、左腰のポーチから応急手当具を取り出し手当の準備に掛かる。
「傷口を見せて。大丈夫、焼き鳥とか好きだけど、食ったりしないから」
彼女は恐る恐る右手をどかし、傷口を見せた。やはり、おばあちゃんから聞いた通りだ。彼女の傷口はかさぶたが出来上がっていない貫通痕だけだ。それに源さんが撃ったのは7.62x51の弾丸で、普通の人間なら当たったら衝撃で肉が破裂したかのようにぶっ飛ぶはずだが、彼女にはそんな痕跡は無い。
「ひとまず、傷口を塞ごう」
俺は、軍用包帯とガーゼひと切れで前後の傷口を塞ぐ。
「どうして?」
「ん?」
「どうして、私を助けるんですか?私は、烏天狗、妖怪ですよ?」
「それは、おばあちゃんから、御剣カエデから君のことを聞いているからだよ。射命丸文さん」
「!?あなた、カエデさんのお孫さんだったんですか!?痛っつぅ!」
「余りに興奮するなって、妖怪と言えどきついだろ」
「はい、すいません」
「・・・これでよし!立てるか?」
「んっ!・・・痛ッ!」
「まだ無理か。・・・よし、乗っかんな」
そう言って、屈みながら彼女に背中を向けた。
「ありがとうございます。んしょっと。痛たた・・・」
極力補助しながら、彼女を背中に乗せ、立ち上がる。
「辛くないか?」
「大丈夫です」
「ほっか。ひとまず外に行こう。ここは休むには余りに不衛生だ」
そう言いながら、外へと足を運ぶ。
「あの・・・」
「ん?」
「ありがとうございます。助けていただいて」
「気にすんなって、おばあちゃんも昔厄介になってたって言ってたし」
「そうですか・・・えと・・・」
「ん?・・・ああ、悪い悪い、自己紹介してなかったな。俺は御剣龍牙。御剣カエデの孫。好きな呼び方でいいよ」
「でしたら、これからは龍牙さんと呼ばせてください。あと、私の事は文と呼んでください」
「分かった。これから色々あるだろうけど、よろしくな。文」
「はい、よろしくお願いします。龍牙さん」
かくして、ひとりの人間と一匹の妖怪、御剣龍牙と射命丸文は、思いがけない形で出逢った。
そして、この出逢いがこれから始まる全ての物語の序章であることには、当時誰にも判る者はいなかった。