-長野県・猟友会集会所・宿泊室・夜-
狩猟区域内で烏天狗こと射命丸文を保護した夜。
洞窟から出た直後はベテラン組は身構えるも、必死な説得でなんとか理解を得られた。
そして今、この狩猟シーズンの為に予約していた集会所の宿泊室にて、俺、御剣龍牙は烏天狗の射命丸文と話をしていた。
と言うのも、だいぶ体力を消耗していた彼女は絶命こそ免れたものの、疲弊しきっていた為、今はベッドですやすやと静かに寝息をたてていた。
彼女の衣服は血が付いていたため、洗うために今は俺の黒ジャージを貸した。(どんだけ黒が好きなのかは、聞かないであげてね♪)
え?下着?やってないよ。だって彼女に合う下着は今は無いし。何より不埒でしょ。
文から聞いた話では、この外の世界に迷い込む前に、向こうの世界、いわば幻想郷で《異変》が起こっていると聞いた。
余談だが、幻想郷での《異変》とは、不可解な怪事件や怪現象の総称とのこと。
そして、向こうで起きていた《異変》とは、博霊の結界に歪みが生じているとの事、理由は不明だが、少なくとも結界を張っている博霊神社、及び博霊の巫女である
文は、それを調査、いや取材と言ったか?どっちでもいいや、とにかく原因を探るべく飛び交っていたら、急に空間に亀裂が入り、抗う間もなく吸い込まれたらしい。
その後は、ご存知の通りだ。
腹部の銃創は、回復傾向にあり、文が言うには、あと1日2日すれば完治するとのこと。
おばあちゃんから幻想郷の妖怪の話に聞いた通り、身体は人間より頑丈ながらも、メンタル面は人間より弱いと聞いていた。
文が7.62mmの弾丸を喰らって腹部がミンチにならなかったのも、おそらくそれが理由だろう。そして、出逢ったあの時には、ひどく怯えていた。今は安心してくれているらしいが。
「・・・ん?」
文に視線を向けると、目から涙が流れていた。
その涙が、怖かったからなのか寂しいからなのか、どちらの意味で流れているものなのか、俺には判らなかった。けど・・・
「涙を拭う事ぐらいなら、出来るよ」
ささやくように言い、指で涙を拭った。
「・・・さて、そろそろ寝るかな」
この個室には、ベッドはひとつしか無いため、念の為に持ち合わせていて、用意していた野外ベッドと寝袋をに向かう。
衣服は上着だけを脱いで黒のタンクトップ姿になり、備え付けのガンロッカーに、AR-10とデザートイーグル、あと、今日は持ち出さなかった
そして、自分の手荷物のボストンバッグからハードプラスチックケースから、PSS
彼がこんな特殊な拳銃を持つ理由、それは、少し複雑なルートを経て、国連のエージェントとしての立場にあるからだ。
詳しい事は、またいずれ。
そして彼は灯りを消し、自身の寝床に就く。
◇
-翌朝ー
「ん・・・、ふあぁぁ」
私、射命丸文は、窓から差し込む朝日で目覚めた。
ふと、近くで物音がして右に視線を向けると、そこには私を助けてくれた恩人が、木で作られた椅子に腰掛けて、同じく木で作られた四角いテーブルの上に白い布を広げ、その上で大小様々な何かの部品を手入れしていた。
「ん?おはよう。起こしちゃった?」
「あ、いえ、おはようございます」
彼は私を見るなり、声を掛けてきたので返事をする。
「具合の程はどう?」
「はい、えっと・・・」
彼の質問に答えるべく、上半身を起こし、傷口を確かめてみる。・・・うん、問題無いかな。
「だいぶ楽になりましたね。まだ、本調子には至りませんが」
「そっか、ならもう少し休まないとね。ところで、お腹減ってない?」
「え?」
彼の質問に、声ではなく腹の虫が答えた。うぅ、恥ずかしい・・・。
「ははっ、夕べは食べる前に寝ちゃったからね。ちょっと待ってね、今用意するから」
「・・・はい、うぅ・・・」
笑われてしまった。非常に恥ずかしい。恥ずかしいけど・・・、なんだか悪い気がしない。何故だろう?
彼は椅子から腰をあげると、私の前を通過し、反対側の死角に姿を消す。すると水の流れる音が聞こえ、止まったかと思うと、今度は何かを開け閉めする音が聞こえた。すると彼が死角から現れ、その手には透明な膜の様なものにくるまれた白いお皿と、中には、三角形の白い何かが入っていた。
よく見ると、その白い三角形のものは、黄緑色と桃色の何かを挟んでいた。
「サンドイッチは食べられる?」
「さんどいっち?」
初めて聞く。質問から食べ物だと言うのは理解できたが、果たしてどんな食べ物なのだろう。
「初めて聞く?」
「はい、これってどんなものなんですか?」
「えっと、サンドイッチってのは、みみの無いパンで生野菜や生ハムを挟んで食べるんだ。野菜とか肉とか、苦手なのある?」
「いえ、特に無いですね」
彼は丁寧に説明してくれたが、何がなんだかチンプンカンプン。パンとかハムなど、幻想郷で聞いたことの無いものばかり。完全に分断されているから、外の世界の事は全然わからない。取りあえず、苦手な食べ物は無いから大丈夫かな。
再び龍牙さんに視線を向けると、お皿を覆っていた透明な膜をはがしていた。これに興味を持つのは、私の記者としての性なのだろう。
「あの、龍牙さん」
「ん?」
「その透明な膜は、一体なんですか?」
「ああ、これ?これはラップって言って、主に食品の保護に使う物だね」
「へぇ、便利ですね」
龍牙さんは、お皿からラップをはがすと、私にサンドイッチを差し出してきた。
私はサンドイッチに手を伸ばし、型くずれしないように持とうと触れた。そして、指先にヒンヤリと冷気を感じた。
「これ、冷たいですね」
「うん、さっきまで冷蔵庫に入れてたからね・・・って、冷蔵庫って知ってる?」
「はい、それなら知っています。知り合いの河童が作って持ってましたから」
「凄いんだ、河童って」
龍牙さんは、興味を持ったかのように感心していた。
まあ、技術力で河童達にはなかなか勝てないけど。
私は差し出されたサンドイッチを、崩れない様に両手でとり、一口。
「おいしい!」
「そう?口に合って良かった」
しっとりとした感触から始まり、しゃきしゃきとした野菜の食感、お肉も相まってとってもおいしい!
「これ、ここに置いとくから、自分に無理無い程度に食べてね」
そう言って彼は私の右横にサンドイッチの乗ったお皿を置いた。
そして、また先程と同じ場所に戻り、また部品の手入れを始めた。
私は、一つ目のサンドイッチを平らげて、二つ目に手をつけた。ん~~!やっぱりおいしい!
◇
昨日とは違い、文の表情に明るさが出ていた。食事も普通に食べているし。
昨日の怯えきっていた感じもなく、この様な何気ない会話をしている分には、至って普通の女の子。まあ、実年齢は1000歳越えてるらしいけど。
俺はひとまず、
五分と経たずに組み終わり、作動チェックを始める。
コッキングしてセイフティを弄りながらトリガーを引く。当然、暴発などされたらたまったもんじゃ無い。そしてセイフティをアンロックにして、引き金を引く。
---カチンッ
「ッ!!」
「!ああ、ごめん!!」
しまった!!文が居るのにうっかり撃鉄音を響かせてしまった!!
「い、いえ、大丈夫です・・・大丈夫ですから・・・」
昨日の一件で、すっかり銃が恐怖心を煽るものになっていたのを失念していた。現にあの防空壕からでたときから、銃が視界に入る度にビクついていたと言うのに!
「大丈夫。もう鳴らさないから」
「はい、・・・すいません」
「文が悪い訳じゃ無いんだから、謝らないでいいよ。むしろ、今のは俺が失念していたのがいけないんだから、謝るのはこっちだよ」
「いえ、そんな事・・・」
気まずい空気が漂い出し、沈黙するが、それを先に打ち破ったのは文だった。
「あ、あの、龍牙さん」
「え?ああ、何?」
「あの、もしよかったら、その銃の事、少し教えてもらっても良いですか?」
「・・・うん、構わないけど、どうして?」
「幻想郷にも、銃はあるんですけど、そこの銃とは全く異なっていますし、それに、幻想郷では避けられたのに、こっちでは当たってしまったので、私の中で疑問が溢れかえっているんです」
「いいけど・・・怖いんじゃないの?」
「確かに怖いです。でも、怖がってばかりでは何も始まらないと思いまして」
「・・・わかった」
「ありがとうございます。龍牙さん」
文の要望に答えるべく、俺は彼女のそばまで近寄り、AR-10を見せた。
文が言うには、どうやら幻想郷の銃は火縄銃であることが分かった。ただ、一部は、フリント・ロック(火打ち石)やホイール・ロック(100円ライターの着火に使う回るやつ)と言った外来物もあるらしい。
現代における銃の知識は、ぼちぼちある方だと(勝手に)自負しているつもりなので、狩猟以外の、国連エージェントとして即時対応用に所持している複数の手持ちの銃器を参考に使い、説明した。
◇
龍牙さんから、今の外の世界の銃についていろいろ聞いたけど、正直、恐ろしかった。
1秒間に何発もの銃弾が連続して放たれる造りや、音のしないもの、距離は短いけれど、離れれば当たる確率が高くなり、近ければ、人間なら木っ端微塵に、私の場合、推測だが銃弾が食い込みながらかなりの距離を吹き飛ばされるもの等、聞いておきながら言うのもどうかと思うけど、物凄く怖くなった。
けど、私は、個人的に乗り越えたい課題が出来た。
「龍牙さん、お願いがあるんですがいいですか?」
「何?」
それは---
「もう一度、さっきの銃の音を聞かせてください」
覚悟を決める事だ。
「・・・わかった。但し、本当に辛くて耐えられなくなったら、すぐに言うんだよ?」
「はい!」
彼は私の返事を皮切りに、銃の握り手の上の突起物を軽快な、しかし重たい金属をたてた。そして引き金に指を掛け---
カチンッ
「ッ!!」
金属の叩く音が響き、反射的に身構える。けど、すぐに慣れた。
龍牙さんと視線を合わせ、頷く。
カチンッ
「ッ!」
再び聞いた金属の叩く音が響く。さっきよりはだいぶましだが、まだ怖い。
◇
引き金を引く度に、金属の叩く音が聞こえる度に、彼女は震えた。
しかし、何度も聞いているからなのか、次第に震えは小さくなり、やがで震えることがなくなった。
「もう、大丈夫です」
「ん」
文の言葉に返事をして、銃をテーブルに立て掛けた。
「・・・何だか、不思議です」
「何が?」
「さっきまで、怖がっていたのに、今は落ち着いていられるなんて、我ながら可笑しな話です」
「ははっ、そうかもね」
お互いにくすくすと小さめに笑った。
すると、扉をノックする音が聞こえた。
「?」
「・・・おかしいな。源さん達は今朝は早めに出て行ったのに帰って来るのだとすれば早すぎる」
俺はすかさず、PSS消音拳銃を手に、扉に近づく。扉にはご丁寧にのぞき窓が付いてるので、そこから確認する。
するとそこには源さんがいた。如何にも急ぎましたと言わんばかりに呼吸が乱れている。
何があったのか確認すべく、扉を開ける。
「どうしたんですか源さん?そんなに焦って」
「ぜぇ、ぜぇ、い、今、山が大変な事に、なってるんだよ」
「どういう事ですか?」
「天狗のお嬢さん、他の猟師も見たらしくて、探し回っているんだよ。それも大多数」
「!!とにかく中へ、聴かれたら拙い」
急いで源さんを中に入れる。周りに人がいない事を確かめ、扉を閉じ、鍵を掛ける。窓に駆け寄り、カーテンを閉じる。
源さんを部屋の奥に招き入れ、第三者の耳に入らない状態にあることを確認して、話を聞く。
文も事態の重さを理解してか、真剣な顔で話に入る。
「それで、今はどんな状態ですか?」
「こっちに戻る前には、もうあの防空壕まで近付いていた」
「人数は?」
「10人近くはいたな」
「どんな猟銃を持ってましたか?」
「大体は散弾銃で、数人がライフル銃を持っていた」
「狙っている理由とかは聞けましたか?」
「さぁ・・・だけど、生け捕りを前提にしてるらしい。何の為かは判らんが・・・」
「・・・・・・すいません、私のせいで・・・」
「文、君が謝る事は無いって言ったろ?」
「でも・・・」
「でも、も、かも、も無いよ。文は悪くない。それだけだ」
「・・・・・・」
さて、どうしたものかな。今の時間は厳しいな。昼を少し過ぎた辺りが、動きやすいかな?少なくとも、車に乗り込めれば後はなんとかなる。
「ひとまず源さんは、散弾銃を持って現地に戻って下さい。後は何とかやってみます」
『その必要はねぇよッ!!』
「「「!!」」」
扉越しに声が聞こえ、直後に扉のドアノブ部分が強い衝撃で壊され、その衝撃で扉が開く。開いた扉の先には、まるで山賊の
後ろには、部下と思われる3人の男が、各々の散弾銃を持ち、その内1人の若い男が土木作業で使うような両手持ちの大きなハンマーを持っていた。
鬼塚達はズカズカと中に入ってきた。
「お、鬼塚さん、何でここに?」
「おいおい源さん?それはおめぇさんが言えた口か?」
「うっ・・・」
「1人だけ不審な動きすっからな、気になって後を追ったんだよ。そしたらまぁ、見事ビンゴ!こんなにかわいい天狗ちゃんを簡単に見つける事が出来たんだからなぁ!」
「ひッ!!」
欲望を剥き出しにした邪な視線と態度に、文は身を竦めて、怯え始めた。
危険と判断し、文の前に立ち、鬼塚の接近を妨げる。
「あぁん?何だテメェは?邪魔だどけ!」
「・・・彼女は怯えているんだ。変に刺激をするな!」
静かに、鋭い口調で警告する。
「小僧の分際で、生意気な事抜かしてんじゃねぇよッ!!」
鬼塚は左拳を龍牙の顔面目掛けて振るい---
「ふっ」
避けられ---
「はあっ!」
「ぐぉおっ!?」
逆に鳩尾に右拳の一撃を喰らった。
「だ、旦那ッ!」
「うっ・・・ごはっ!」
龍牙は殴った直後の姿勢からゆっくりと姿勢を正し---
「やるからには---」
顔を上げると---
「遠慮は無しだ!!」
その両目は、瞳が青紫に、そして瞳の少し外側から右上・左上・下の3方向からまるで爪で鷲掴みしているかのような鋭く赤いラインが入り、変化したその目は僅かながら光を発していた。
「ひぃっ!?」
「ば、化け物ッ!!」
鬼塚の連れてきたオマケ達は我先にと逃げ出した。鬼塚は、一撃を受けた衝撃でうずくまる形で気絶していた。
龍牙は目を敢えて元に戻さずに、文に視線を向けた。
「あっ!それ、その目は!」
「そう、おばあちゃんから直接受け継いだものだ。まあ、細かい話は後にして、早くここを離れよう。そろそろ《次》が来る」
「はい」
「り、りゅう、が、くん」
腰を抜かし、床に尻餅をついていた源さんに近寄り手を貸して立たせる。
「源さん、すいません、こんな恐ろしい事態を招いて。でも、今はこうする他無いんです。俺は彼女とここを離れます・・・・・・すいません」
それだけを一方的に言って、すぐに荷物の用意をした。自分の銃器や持ち合わせた道具類、後、文の服も乾いていたので取り込んだ。
「歩けるか?」
「大丈夫、歩けます」
「よし、じゃあまず、下に降りよう。そのあとは車で移動、気になることは、あとで余裕がある時に答えるから」
「はい」
文に自身の天狗下駄(デザインは天狗靴って単語が合いそうだが)を履かせ、うずくまったままの鬼塚を見て、安全を確認してから、荷物をすべて持ち、彼女と急いで1階に降りる。
1階に降りると、この集会所の受付の男性(最近来たばかりの30代でまだ名前を覚えてない)が気を失って床に突っ伏していた。しかし今は構っている暇はない。
集会所を出て、すぐの駐車場の俺の車(屋根にもライトの付いた黒の日産エクストレイル)に駆け寄り、文を助手席に乗るように誘導、半ドアにならないようにしたりシートベルトをつけさせたりとやり方を教え、次に荷物を後ろに放り込み、銃は専用ケースにしまった。
周りを警戒しながら運転席に乗り、シートベルトをして、エンジンを掛ける。
「え?わっ!わわっ!?じ、地震!?」
エンジンの振動に思わず驚き、慌てる文。
「大丈夫、地震じゃないよ。この乗り物の動力源が稼動しただけ。このあともしばらく揺れるから気をつけてね」
「え?はい」
アクセルを踏み、集会所から逃げるように車を走らせた。
・・・・・・やれやれ、とんだキチガイに目をつけられたな。