Distance:着任
「やっと会えた!陽炎よ!!」
初めて彼女を迎えたときいきなり言われた言葉がそれだった。正直、何で初対面の相手にやっと会えたとか言われたのかわからなかったが、とりあえずようこそとだけ返した。
「聞いてるわよ。司令はまだまだ着任したてで、色々と勝手がわかってないって」
まさしくその通りだ。自分は本当に最近この鎮守府を任された。それ故、全く勝手がわからない。今までは五月雨と二人で頑張ってきたが日に日にやる事が多くなって二人だけでは処理が追いつかずてんてこ舞いだ。
だから、陽炎に聞いた。君は鎮守府の運用方法がわかるのかと。
「うーん…。私もあんまりわかってない…かな…」
先ほどまで元気一杯だった彼女の顔は苦笑いへと変わる。
――そうか、君もわからないのか…。
私の身体の中から先程の言葉で湧いた陽炎への期待が溜め息と共に吐き出される。
「そ、そんなにがっかりしないでよ?!私、力になろうって思って、鎮守府の運用方法とかの知識を詰め込んで来たんだから!」
陽炎は胸を張って力になれる事をアピールする。今の自分には詰め込みの様な即席な知識を持つ人物でも十分ありがたい。マニュアルを片手に色々と仕事をするのは効率が悪いし、何より精神がすり減る。
だから、彼女に静かに懇願するように絞り出した。君を頼ってもいいのかな?と
「任せてよ!私の実力期待してね!」
両手を強く握り、期待に応えようと気合を入れる彼女に手袋を外した右手を差し出す。私の意図がわかったらしく彼女も私に応えるように右手の手袋を外して、強く手を握り返してくれる。
――これから宜しく。君を頼りにさせて貰うよ。
「私こそ。これから宜しくね!」
陽炎の無邪気な笑顔は太陽の様な温かい輝きを放っていた。
Distance:上司と部下
バタバタした忙しい時期から数か月たった。
今はある程度落ち着き、昔のような忙しさは特別な作戦の時だけである。
その中でも一番貢献してくれたのが、
「ただいまー。演習終わって艦隊が帰って来たわよー」
さっきまで旗艦として演習を行っていた陽炎だろう。
最初期の頃は詰め込みとは言え彼女の知識にはよく助けられた。仕事の効率化、運営の最適化。殆どの事に陽炎は絡んでいると言ってもおかしくは無い。
着任する艦娘が増えるにつれて彼女の詰め込みの知識は経験があった艦娘達に一時的に引き離される事にはなったが、陽炎はもっている知識で満足することなく、更に知識を増やして運用の知識がある艦娘と引けを取らないほどになった。
陽炎は目に見えて努力家で、新たな事に先陣で挑む好奇心もある。
そんな彼女だからだろう。彼女には私の補佐として秘書艦をやって貰っている。
「はいこれ。演習の成果よ」
陽炎は自信満々に書類を私に手渡す。書類に目を通すと陽炎が一番戦果を挙げている事が示されていた。
――相変わらず凄いな。流石、この鎮守府のエースだ。
「ふっふん♪私は一番艦だもの。このくらい朝飯前よ」
褒められて自信満々に微笑む陽炎。彼女は文句なしにこの鎮守府のエース。火力で勝る戦艦にも、守りの要である空母にも負けない働きをする皆が認めるエース。
そんなエースである陽炎が私に訝しげな視線を送って来た。
「司令、ちゃんと休憩をとってる?」
隠していたつもりだが上手く出来て無い。どうやら疲れが顔に現れてるらしい。普段は忙しくは無いが、特別な作戦以外でも忙しくなる事は勿論ある。今日は鎮守府の資材や支出の決算を纏めないといけない。しかもその締め切りは明日だ。本日やれと言われて明日締め切りとかふざけすぎだろ。
と、愚痴はここまでにしよう。何を隠そう上手く休憩が取れていない。この面倒くさい案件をとっとと片付けたい一心で気がついたら昼も逃していた。
事情を説明したら陽炎に呆れたような表情をされてしまった。
「はぁ…。仕方ないわね。ほら、何か軽く作ってあげるから休憩にしましょう」
しかし書類を終わらせた―――
「きゅーうーけーい!わかった?」
――わかった…。わかったから、そう凄まないでくれ…。
「わかればいいのよ。ほら、私も手伝ってあげるから」
――ありがとう。じゃあ、今は休憩しよう。
「うん。じゃあ、ちょっと待ってて」
私を説得できたからか、陽炎の足取りは軽く、上機嫌でツインテールを揺らしながら執務室から出て行った。
部下に注意されて部下のいう事に従う上司…か。
これではどっちが上司なのか傍からはわからなくなるだろうな。
そんな馬鹿らしいことを考えて、ふと笑みが零れた。
Distance:友人
あくる日の休日。陽炎が私の部屋にやって来た。
理由は陽炎も休日だった事と、中の良い艦娘達や姉妹は皆遠征や出撃で居ないので退屈だったからだそうだ。
私の趣味は読書で読める物は何でも読む。小説や漫画に薄い本(流石に隠してはいるが)とにかく色々読む乱読家だ。
そんな私の部屋には本棚が沢山あり、置いてある本の量も勿論多い。特に漫画の量が多いから、私から漫画を借りる人達は多い。
簡潔に陽炎が来た目的を言うと、暇だった陽炎は私の部屋で漫画を読む事にしたのだ。
この部屋は快適だし、飲み物だって好きな物を飲んでいいって許可してあるし、御飯時になれば私が陽炎の分も用意して二人で食べる。
簡単な漫喫代わりの空間と言っても過言では無い読書空間だ。…自分で言っててなんか悲しくはなるが。
昼食を食べ終え、私達は再び読書に励む。今まで部屋に居座った子はいたが、大抵の子は私と同じ空間で読書をするだけと言う沈黙が長時間続く空間に耐えきれず、結局続きは自室で読むという子が多い。
そんな子達が多い中、陽炎が私の部屋でゆっくりしている時は途中で帰る事はせず、大体が夕飯まで食べて帰る事が多い。
私としては誰かと共に読書をするのも悪くは無いのだが、陽炎の様な活発な女の子はもっと出掛けるべきではとも思う。
まぁ、休日は引きこもって読書が多い私の言えた義理では無いが。
「ねぇ、何読んでるの?」
読みたかった漫画を全巻読み終えてしまったのだろう。陽炎が興味深そうに肩越しに私の本を覗き見る。
――これか?小説だ。巷で話題なんだが知らないか?
「ああ、そう言えばテレビでやってたかも。芸人が書いたって本?」
――そう。その本だ。…まぁ、内容は私的には中の下と言った所だと思うが
「司令、ホント本に関しては辛口ね」
――当たり前だ。私は生粋の読書家だからな。自慢じゃ無いが一万冊本を読んだって言いふらせるぞ。
「流石にそれは誇張し過ぎよ…」
陽炎が苦笑いを浮かべる。いや、誇張でも何でも無かったのだが。しかし、それ以上言うと友人が少ない様に思われそうだし止めて置く。
陽炎は私の読んでいた小説にはそれほど興味は無かった様で、内容を聞くような事はせず本棚で新しい本を物色し始めた。
――なぁ、何で休日の日に私の部屋にくるんだ?陽炎位の年頃の女の子ってよく外出してそうな物だが。
特に理由は無いが、何となく、本当に何となく陽炎が休日にこの部屋に来る理由を聞いてみた。先程も言ったっ通り陽炎位の年頃は元気がありあまる年頃だし、外ではしゃぎまわってておかしくないと思っていたらだ。
陽炎は指を唇に当てた動作を取って考え込む。その動作が何処か色っぽく、私の視線は彼女の唇に吸い込まれる。陽炎が時折無意識にやる色っぽい動作は私の鼓動をいつも高める。
陽炎程の魅力的な女性なら街に出ればもてはやされるのにといつも思う。
考え込んでいた陽炎だが、ある時ピンときたと言いたげに指を唇から離す。
「うーん…。落ち着くからかな?ほら、司令と居る時間って結構長いでしょ?だから、司令と一緒にいると何か何してても楽しい気がするし落ち着くからかな?」
落ち着く。そう言われて悪い気はしない。そうか、陽炎は私の事を信頼してくれているのだろう。だから、こうして休日を身を寄せてきているのかもしれない。いや、流石にそれは自惚れすぎか。
私はぶっきらぼうに、私も陽炎と居る事は悪くないと返す。
陽炎は私の態度に隠れた気持ちを察してくれたようで、彼女らしい輝かしい笑みを浮かべる。
「そっか。ありがとう司令」
何の礼かわからないが、とりあえず私もありがとう陽炎と返す。
お互いに何の礼かわからなくなって考え込むが、答えが見つからなくて自然と笑みをこぼし合った。
Distance:友達以上
ある日、陽炎の笑顔を直視出来ない事があった。陽炎の優しい木漏れ日の様な笑みを向けてくれることが嬉しくて、その喜びを何故か許容しきれずに顔を背けてしまったのだ。そんな事をされた陽炎の反応は最初こそ不思議そうな物だったが、最近は傷ついたような表情をされてしまっている。
陽炎の傷ついた表情は深く心を抉られるような痛みに襲われる。
最近、陽炎とも上手く会話が出来ていない。しようとしても上手く会話が続いてくれない。
陽炎と共にある時間が愛おしい。陽炎が居ないと心のどこかで穴が開いたような気持になる。
このもどかしい想いには心当たりがある。
その想いとは恋という感情だろう。
私は陽炎に恋をしてしまった。彼女の無邪気な笑顔に、明るく気さくな彼女の性格に。いや、細かい言い方はよそう。彼女の全てに恋をしてしまった。
まさか、私との年の差がかなりある少女に恋をしてしまうとは思ってはいなかった。
この思いと向き合わざるを得なくなった理由がある。
「ねえ、司令…」
影が差した表情で陽炎が尋ねる。その表情は静かに私の胸を穿とうとしてくる。
「司令はさ、誰にその指輪を渡すの?」
陽炎がどこか淋しそうに言った指輪と言う言葉。この指輪の存在が想いと向き合わざるを得ない原因だった。
練度が最高値に達した艦娘の能力を更に向上させる特別な装置であり、司令官と艦娘の絆を象徴を具現化した物。
ケッコンカッコカリの指輪。それが、今私を一番悩ませてるものだ。
陽炎の問いに、私はまだ決めて無いと言ってしまう。
いや、決めて無いのは嘘だ。本当は決まっている。ただ、私の意気地の無さがあと一歩を踏み出してくれない。
「そっか。ちゃんと考えて渡しなよ?練度が最高になった人はまだ少ないし、それに能力の向上は一番見逃しちゃいけない事なんだから。無駄に使っちゃうような事しちゃ駄目だからね」
陽炎は何処か意地悪に微笑むが、その笑みに彼女の想いが込められて無い事は共にいる時間が長かったからこそわかっている。
私が本当に渡したい人は君だ。そう一気に言ってしまえれば気が楽なのだが、言えないのが私のヘタレな所だ。
「何か、疲れちゃった。司令が指輪を見て悩んでるの見るのさ何だか私も辛いの。ちょっと演習とかで疲れたし休憩を貰っていい?」
相変わらず寂しそうに私に告げると陽炎は扉に手を掛けて、この部屋から去ろうとしてしまう。
…ええい!!このままではいかんだろ私!!覚悟を決めろ!!
私はバンと強く机に手をついて立ち上がる。大きな音に驚いた陽炎が私の方に振り返る。
「な、なんなの?!」
ーー陽炎!22時に執務室に来てくれ!君に言いたい事がある!!
私の言葉に陽炎が驚き、黙って硬直する。
重大な事が言えて無い!?結局私はヘタレだ!!
そんな自虐を顔に出さないように耐えて、陽炎からの返答を待つ。陽炎の顔からは陰りが消え、見る見るうちに明るくなり私が好きな温かい陽の様な笑みを浮かべた。
「うん行く!!絶対行くから!」
僅かに頬を赤らめた陽炎は興奮気味に執務室から出て行った。
今度こそ覚悟を決めよう。陽炎に想いを伝える。世間の目何か気にする事や、陽炎を傷つけてまで自分を誤魔化すようなことはしない。指輪を渡すと共に陽炎に言って見せよう。例え、拒絶されたとしても構わない。だから、勇気を持って言って見せよう。
陽炎、私は君の事が好きなんだと――――
Distance:恋人
執務が終わり、陽炎と共に私の部屋に帰って来た。
あの日の指輪を送ると同時に敢行した想いの告白は見事に実り陽炎とは恋仲になった。
互いに時間と場所を弁えているため、皆がいる前だと仲がより近くなったようにしか見えないだろうが、二人っきりの時は違う。
陽炎が私によく甘えてくるようになった。甘えてくる陽炎の姿を見れるのは恋人である私の特権だ。
最初は休日に甘えてくるだけだったが、段々と私と陽炎も欲張りになり、共に過ごせる時間を多く確保する為に陽炎と同居する事になった。
家に帰り、夕食を食べ、入浴もおえたら、二人の時間だ。
今は陽炎の綺麗な狐色の髪を梳かしてあげている最中。陽炎の髪はブラシに絡まることの無い健康的で美しい髪だ。…変態チックで言い辛いが陽炎のシャンプーがまたいい匂いでそれもまた心地い。
「でね、演習先の鈴谷さんてば――」
髪を私に任せながら陽炎は上機嫌で演習先で仲の良い人達との話をしてくれる。話をしている間、彼女の笑顔が絶えることは無い。楽しそうな笑みに誘われて私まで自然と笑みを浮かべてしまう。仕事の疲れも全て忘れられる至福の一時、この一時があるから最後まで頑張れる。
陽炎の髪を梳かし終えると陽炎がありがとうと一言言い、私を胸に抱き留める。腕を私の後頭部に回し、優しく撫でてくれる。
何だか、幼い子供になったような気分だが陽炎が撫でてくれるのはとても心地いい。妹達を褒める時にもそうやってやってくれているからか、彼女の撫で方は上手で自分も陽炎の弟になった様な気分にさせてくれる。
「ふふっ♪頭撫でられてときの司令子供みたいで可愛いわよ♪」
どこか悪戯な雰囲気があるが彼女の声色は上機嫌そのもので、髪を撫でる手も私の事を愛でてくれようとする思いを何となく感じ取れる。
陽炎が頭を撫でてくれると落ち着きすぎて少々眠くなってしまい中断させられてしまうのが少し悲しい所ではあるが。
私の頭を撫でるのを止めると陽炎は私の胸に飛び込んで強く抱き付いてくる。
私の事を離さないように強く、だけど痛みを感じないくらいには優しく。
「司令…」
陽炎の切なさげな声を納めたくて、私も陽炎に腕を回す。彼女の小さい体は私の全身で覆われてしまった。
「大好き」
私が抱きしめ返した事で更に上機嫌になった陽炎が嬉しい言葉を言ってくれた。返す言葉は決まっている。
――私も大好きだ。
「うん。司令大好き」
――陽炎、大好きだ。
「司令の事、ずっと愛してるから」
――私も君の事を永遠に愛するよ
私の胸から顔を離すと陽炎は私の方に手を置いて、ゆっくりと目を瞑る。
陽炎の期待に応えるように、私も瞳を閉じて、彼女と口づけを交わす。
陽炎の左手薬指に指輪が月の光を受け取って煌めいた。
Distance:??
真っ暗な世界の中、柔らかい感触が頭の下にある事に気が付いた。
閉じていた瞳を持ち上げると、愛しい人の顔だけが視界に移っていた。
「もう、無理は禁物って言ったでしょ?良い場所取って、あの子の晴れ姿を見るんだ言っても、倒れたら元も子も無いんだから」
その言葉で私が寝る前に何をしていたのかを思い出した。
そうだ。私は―――私と陽炎の娘の運動会を特等席で見るための場所取りを朝早く起きてしていたのだ。
早起きしたのなんか久しぶりで、陽炎が私のとった場所に来てから力尽きるように寝てしまった。その時は枕何かしかなかった筈なのだが、この感触から顧みるに陽炎は膝枕をしてくれていた様だ。
――悪い。足は痺れて無いか?
「私は大丈夫よ。こんな事したの久しぶりで何だか嬉しかった」
陽炎はあどけなさを感じさせない綺麗な表情で昔を思い出すかのように笑う。
今は娘がいる為、自宅でも節度をもったスキンシップをしてるから、些細な事でもっとスキンシップを取りたいと言う思いが発散できたのだろう。
とは言え、ここは人が多い所だ。流石に恥ずかしさはあったみたいで、陽炎の耳は僅かに赤い。
「あっ、ほら!あの子の番が来たわよ!!」
恥ずかしさを誤魔化す為か、少し大声で陽炎は言う。今行われている競技は徒競走。陽炎の血を濃く引いた自慢の娘は運動神経がよく足は速い。
スターターピストルの音が鳴る。私達の娘が走り出す。
「いけー!!」
――いけっ!!追い抜け!!
私達は娘の走る様を大声で応援する。その甲斐があったのか、それとも娘の実力が高かったのか私達の娘は一位になった。
「やったぁ!!」
陽炎と勝利のハイタッチを交わす。
陽炎の太陽の様な笑み、それは大人になった今では昔以上に美しく感じる。
私が家族を愛し続ける限り、その笑みは更に美しい物となり得るのだろう。魅力を失うことの無い私の太陽を永遠に愛する事を改めて私は誓った。
現在このシリーズのお話のリクエストは承っておりませぬ。
理由をもうしますと、当時キャラ把握に難航して書けなくなったことと、以外と好き勝手に書けないために、ネタが尽きてしまったからです。