「お誕生日おめでとうございます(やで)!!」
拍手をしながらも表情の変化が無い桃色の髪を束ねた女性、快活な笑みを浮かべる黒髪のボブヘアーの女性と同じく笑みを浮かべて大きく手を叩くセミロングの黒髪の女性に祝われているのは、朝焼け色の髪を肩に届くまで伸ばした女性。
この四人の女性は、かつての深海棲艦との戦争で艦娘として戦争に従事した者達だ。当時の名前は、桃色の髪の女性は不知火、黒髪の二人は黒潮と親潮。そして、祝われている女性は陽炎と言う名を冠した艦娘だった者達。
それぞれが艦娘を辞め、世間に馴染んで早十年と言った所だろうか。もう艦種と言う姉妹関係は解消されているのだが、この四人の仲は相変わらず良好。
本日だって、陽炎の誕生日基進水日を祝うためにこうやって集まったのだから。他の陽炎型だった艦娘とも仲は良好なのだが、本日は予定を調整することが出来なかったらしく出席はしていない。その代り、沢山の祝いの連絡が陽炎の元に行っている。
この四人が現在居る場所は、企画者である不知火が予約した中々に高級なホテルのレストランだ。何でも、陽炎の為に特別なコース料理を作ってくれるように言ってあるらしい。
「皆ありがと!!」
陽炎は昔と変わらず周りも元気づけるような笑顔を三人に振りまく。しかし、その笑顔に若干陰りがある事を三人は察していた。
「その…ご迷惑でしたか?」
「ああ、いや違うのよ?!毎年の皆が祝ってくれるのはすっごく嬉しいし、その…」
自分達は余計な事を企画してしまったのかと不安を浮かべる親潮に、陽炎は大きく身振り手振りをして弁明する。その二人の姿に黒潮は苦笑を浮べて、陽炎の本心を代弁する。
「察してやりぃな。陽炎は本当は旦那さんと娘と一日中おでかけしたかったんよ」
「やっぱり、ショックだったのですね。家族で出掛けられなかった事が」
「皆ごめん。その…やっぱりちょっと引きづっているのかも」
陽炎はかつて自分達の指揮官であった提督と結婚し夫婦の関係となっていて、現在は幼稚園児の一人娘である『晴佳(はるか)』の子育てに勤しんでいる。
本来の今日の予定は、家族三人水入らずで出掛けに行くはずが、誕生日の二日前に急に旦那の仕事が入った為にその予定は二日前にキャンセルされてしまったのだ。その事を何度も旦那は謝っていたし、今の職で重要な立場に居る旦那の忙しさは理解しているので、寧ろ仕事に行って来いと背中を押したのだ。
そこまでは別に良かったのだ。いや、決して良くは無いが、まだしょうがないと思えた。
予想外だったのは、『おとうさんとで出掛けられないならお友達と遊んでくる』と少々ファザコン気味な娘が友達の家に遊びに行ったのだ。
子供の無邪気な言葉が胸に刺さったが、母親の我儘に子供を付き合わせるべきではないと心は冷静だったので、本日の朝に玄関から行ってらっしゃいと二人の背中を見送る事になった。
幸い、二人の予定を告げられたのが二日前で、不知火から毎年恒例の誕生日会は何時がいいかと聞かれたのも二日前なので、本日の昼から姉妹達による誕生会が催される事となったのだ。
「あぁ、ごめんなさい姉さん…その…気持ちを汲めかったです…」
「いや、気にしないでって。司令の忙しさもわかってるし、子供が活発に育っているのも嬉しいし」
「はぁ…母親の意見って事やなぁ…。うちも早く結婚したいわぁ」
「黒潮も親潮も早く相手を探しなさい。不知火はやっとあの人とこの前婚約しましたよ」
「うそぉ?!」
「なんですかそれ!?」
「なんやてぇ?!」
先ほどの暗い雰囲気は不知火から投下された爆弾発言に簡単に振り払われた。陽炎型であった女性たちの殆どが二十代中ごろの年齢とは言え、そろそろ相手を見つけて結婚したいお年頃。陽炎型の中で結婚している艦娘はまだ少ない為、結婚と言う話題には敏感なのだ。
不知火は左手のシルバーリングをかざしながら、黒潮と親潮を一瞥してふっと小さく自慢げに口許を吊り上げる。
「はぁ…うちら、陽炎はんと不知火はんののろけを一番多く聞く係になってしまうんかぁ…」
「ですね…早いうちにあたしも彼氏と結婚したいなぁ」
「って親潮はん彼氏いるん?!」
「あれ?黒潮さんに言ってませんでしたっけ?」
可愛らしく小首を傾げる親潮をみると何も言えなくなってしまう黒潮。陽炎型の中でも特に仲が良い四人の中で余り物となりつつある現状を嘆く様に息をつく。
「うち…余り物になるんかぁ…」
「だ、大丈夫よ!黒潮にもいい相手が出来るから!」
「んーじゃあ、司令はんとか――」
「それは駄目」
「ですよねー」
いつもの朗らかな雰囲気は何処へやらがっくりと黒潮は項垂れる。何と言葉をかけていいか迷っていた三人だったが、そこに前菜を運んだウェイターが料理を更に運んでくる。
目でも楽しめる華やかな野菜料理は沈んでいる黒潮を甦らせるには十分だった。
「よっしゃー!取りあえず今日は美味しい料理食べるんや!嫌な事全部美味しい料理で忘れればええんや!!」
「ちょっとー今日は私の誕生日なんだけどー」
ナイフとフォークを握りしめて気合と覚悟が十分な黒潮に陽炎はくすりと笑みを浮かべる。
家族で出掛けれなくて沈んでいた気持ちは三人のおかげで何時の間にか吹き飛んだ。
それに今は自分の誕生日会なのだ。主役である自分が楽しめないと、他の三人も楽しめなくなると言う物だろう。
「頂きます」
――それと、ありがとう。
心の中で祝ってくれたかつての妹達に感謝しながら、前菜を口に含んだ。
誕生会は食事だけでなく、三人からのプレゼント授与や、二次会でカラオケやウィンドウショッピングなど段々と盛り上がりつつ、名残惜しくも終わりを迎えた。
時刻は夕方も終わりを迎える頃合い。遠くの空には夜空と夕焼けの境界線が出来上がっている。
家に帰れば一人。出来るだけ長く子供を遊ばせてあげたいので、子供の迎えは旦那が仕事から帰る時に任せているからだ。
先ほどまでの盛り上がりは正に祭りの後。一人で家族の帰りを待つことに一抹の寂しさを覚えつつも家の前まで辿りつく。
そのまま家の中に入ろうとしたが、駐車スペースに旦那の仕事用の車が停まっている事に気が付いた。
普段なら、彼が帰ってくるまでにしては凄く早いのだが、そんな事より今は家に家族がいる事が重要だ。
陽炎が玄関のドアに手をかけて、家の中に入ると。
「「お誕生日おめでとう陽炎(おかあさん)!!!」」
愛すべき陽炎の旦那と娘が三角帽子を被って、片手一杯に持ったクラッカーを景気よく鳴らして出迎えた。
「あなた…晴佳……」
どうして早く帰って来てるのかという疑問より、二人が出迎えてくれてた事実に胸が一杯になる。
皆で出掛けたかった。そんな風に思った事も忘れて、愛する二人に祝われた事が嬉しくて、目頭が熱くなる。
「おかあさん来て来て!!」
ウキウキとした気持ちが抑えきれないと言わんばかりに陽炎譲りの人を明るくする笑顔を浮かべる。
「ちょ、ちょっとおっ!!」
愛娘に強引に手を引かれてバランスを崩しつつリビングに向かうと、そこには、唐揚げにサラダやパエリア、それに色とりどりの具材が乗ったクラッカー等がおかれた長テーブル、部屋の壁は沢山の折り紙の鎖や紙テープ、極めつけはHAPPY BIRTHDAY と文字が書かれた風船で飾り付けられていた。
「わぁ…すっごい…」
本格的なパーティの飾りつけに息を呑む。言葉を失っている陽炎に愛娘は自慢げに鼻を鳴らす。
「わたしがぜんぶかんがえたのよ!!」
艦娘だった頃に陽炎がやっていたように、腕を小さく回してグッと拳を握るポーズをとって自信満々に言う。
「そう晴佳が全部提案したんだ。このサプライズを」
彼が言うには、いつもの様に陽炎の誕生日を家族で出掛けて過ごそうと晴佳にいったのだが、晴佳はサプライズがやりたいと言い出して聞かなかったらしい。
なので子煩悩な彼は晴佳のサプライズを共に計画する事にしたのだ。不知火達の誕生日会も無理を言って本日行って貰ったらしい。理由を説明したら『可愛らしい理由ですね』と弾んだ声で快諾してくれたらしい。
「すまない…仕事とかは嘘だったんだ。こうやって家でひっそりと飾りつけをする為の…。その晴佳が友達の家に行ったていうのも…」
「そう…だったのね…」
「…嬉しくなかったのか…嘘をついてまで強行したから…」
「…うれしくなかった?」
不安そうに陽炎の事を見つめる愛おしい二人。全く二人は勘違いしている。嬉しくないから黙っているわけじゃ無いのだ。
陽炎は彼に座るようにジェスチャーすると、彼と愛娘、二人を力いっぱい抱きしめた。
「バカね…。嬉しいのよ。嬉しくて…嬉しすぎて…感情の整理が追い…つかなくて…」
「ははっ、そう言えば指輪を君に渡した時もそうだったかな」
「もー!その話はしないでったら!ばかー!」
「おかーさん、バカっていっちゃダメよ」
「いいのよこういう時くらい」
彼はプロポーズの時の事を思い出しながら、娘は乱暴に頭を撫でられてきゃっきゃと嬉しそうに声をあげながら笑う。
「ありがとう…嬉しくて……その……言葉が……」
「ああ、わかってるよ。良かった。なっ、晴佳」
「うんうん!おかあさんがよろこんでくれてしあわせ!」
「うん…。私…すっごく嬉しくて…幸せ」
二人の背に回る腕に更に力が籠る。二人も陽炎の背中に手を回して、皆で幸福を共有するように抱きしめる。
陽炎は温かい居場所を、幸せを授けてくれる愛する二人に、嬉し涙で彩られた笑顔を浮かべた。