伝われ!!!!!!
天使の様な少女が居る。童話や神話などで見るような仄かな輝きを纏う天使の輪っかも、汚れを知らない白銀の翼もついていないのだが、その人物は確かに天使と言う言葉が似合う人物である事は間違いない。
常に明るく、皆を励まし、好きな人には素直で、でもちょっとだけ強がりな、そんな天使の様な少女が居る。
しかし、天使と言うのはあくまで比喩表現に過ぎない。だから、理由がわからず機嫌が悪くなっている時もある――
とある鎮守府の執務室。そこで書類仕事をしている提督と、小さく頬を膨らませながらソファに座って提督の事をジト目で見つめている舞風がいた。
提督と舞風はケッコンをした関係であり、この鎮守府で公認の恋人であり仮の夫婦の様な関係でもある。
特別な関係ではあるのだが、他人とは自分とは異なる存在。相手の事がわからなくなることもある。例えば、今の舞風の様に。
朝まではいつもの様に明るくて人懐っこい舞風だったのだ。それが昼を過ぎ日の光が燈色へと変わっていく内に、少しずつ舞風も不機嫌になっていった――様な気がしてはいた。
舞風に対して声掛けもしていたのだが、彼女のちょっとした不機嫌さは解消しきれなかった様で、今の様に頬を膨らませて、不機嫌さを露わにしている舞風が出来上がってしまったのである。
「舞風」
「……なんですか?」
舞風との心の距離がほぼゼロに近い仲になった時から、舞風は提督に敬語を殆ど使わなくなったのだが、今の様に、更に間を置いて返事をする時は明らかに機嫌が悪いと言う決定的な証拠だ。
考えられる原因と言えば、今日は舞風に構わってあげられて無いと言う単純な事。
舞風は普段からとても明るいのだが、その心の奥底には彼女一人では拭い切れない闇がある。本当の舞風は怖がりで――とても寂しがりな強がり屋さん。
だから、舞風の肩の力を抜くのを手伝う為によく構ってあげる様にしているのだが、本日は仕事が忙しく余り構ってあげれてない。
普段なら、不機嫌になる前に舞風の方からある程度のアクションをしてくるのだが、今は海域の攻略を任されている。その為に莫大な量の仕事がきているので、忙しいのは仕方ない。
そこはしっかりと舞風もわかっている。舞風から仕掛けてこないと言うのは、提督の邪魔をしたくないと言う強がり屋さんな理由があっての事。――本当は構って貰いたくて仕方ないのに。
不機嫌そうに細められた瞳を見て彼女の本心を察せた提督は、机から離れソファに座る舞風の隣に座る。
舞風はほんの一時だけ頬を膨らませるのを止め、期待するかのように萌黄色の目を見開いたが、またすぐに目を細めて頬に空気を貯め込む。
でも、提督はもうわかっている。彼女が一瞬だけでも不機嫌な態度を解いたのなら、その後の不機嫌な態度はアクションの一つに過ぎないのだと。期待するように上目遣いになってるのが、何よりの証拠だ。
「舞風」
提督は彼女の頭の上に筋肉質で硬い手を置いて、彼女の髪を傷つけないように優しく撫でる。
激しく撫でるような事はせず、髪の向きに逆らわないように、後ろから手前に。舞風は不機嫌そうに頬を膨らませる事も、目を細めるのも止めて、提督の手の温かさと感触を楽しむように、表情を緩めて、瞳を閉じる。
撫でる提督も撫でられている舞風も一言も言葉を発さない。提督が舞風がどのように撫でられるのが好きかわかっている為に、言葉を発する必要性がもはやないからだ。
提督の手が前髪に近づくにつれて舞風の呼吸が早くなる。舞風は前髪の方を撫でられるのが好きだから。
旋毛を撫でるようにすると、可愛らしい声が小さく漏れる。旋毛を撫でられるのはくすぐったさが強いから。
指がうなじの近くを掠った時は一度体が跳ねる。うなじは舞風にとって敏感な場所だから。
髪を梳き、あるいはくすぐるようにして舞風の髪を撫でている内に、先ほどの不機嫌な表情は何処へやら、今では心地よさに鼻歌でも歌いだしそうな位に緩んでる。
しかし、気分が最高潮を迎える前に一度終わりを迎える。それは、提督の手が舞風の頭から離れてしまったから。
いい気分だったのに。そんな恨み言を代弁するように、お預けをくらってしまった舞風はまた頬を膨らませる。自分は拗ねたと言う様に。
が、提督が両腕を大きく広げた事でそれは代弁でなく、ただのリアクションと化す。
提督が腕を広げるのは、仕上げに入る前の準備。舞風は表情を崩し期待するかのようにソファに両手をついて提督を上目遣いに見上げる。
「舞風」
次に舞風が期待するのは、合図。仕上げの準備が完了し、迎え入れる準備が整ったと言う合図。
提督は微笑む。微笑んで――
「おいで」
提督の胸に飛び込んできた舞風を迎え入れた。
舞風は両腕を提督の背中まで回し、離さないとばかりに力強く抱きしめる。
最近筋トレをサボっていながらも、まだまだ硬さを保っている胸筋に顔を突込みスンスンと小さく匂いをかぐ。暖房で僅かに汗をかいているのか、酸っぱさが鼻につくが、提督の男臭い匂いは健康さを感じさせるので舞風にとっては好きな匂いなのだ。
それに、胸元から発する彼の心音も好きだ。ドクドクと早鐘をうっていて、平常さを保ちながらも自分に抱き付かれている事による緊張と興奮を伝えてくれる彼の素直な心音が好きなのだ。
舞風が胸板に顔を埋めている間に、提督は舞風の髪を纏めているヘアゴムを取り払う。舞風の後ろ髪は重力に従い地球の中心へと向かって垂れる。
纏めていた後ろ髪を解かれた事に舞風の不満は無い。寧ろ、この時を待っていたとすらいえる。
提督は後ろ髪に櫛を入れるかの様に指を通す。舞風の髪は細部まで手入れをされるので、引っかかる箇所は無い。
そのまま髪全体に手串を通すと、また頭の上に手を置く。それは仕上げにかかると言う提督からの合図。舞風は小さく息を吸って自分の気持ちを整える。
舞風から小さな呼吸音が止み、舞風の準備も整った事を知ると、提督は仕上げとばかりに、舞風の整った髪をくしゃくしゃにするように乱暴に撫で始めた。
頭全体をくすぐるように、舞風の髪型など気にする素振りを見せないように乱暴に粗雑に舞風の頭を撫でていく。
「きゃー♪」
対する舞風は折角整えた髪型を崩されて怒る事はせず、悲鳴をあげる。その悲鳴は、ジェットコースターやお化け屋敷で敢えて声をだしてわざとらしく怖がるもの。恐怖からではなく、喜びから出る黄色い悲鳴。
舞風が一番好きな撫で方は、この様に乱暴に撫でられる事。曰く、気遣いも何も気にすることなく、ありのままに撫でてくれることが一番うれしいとの事。
時になで、時に擽り、時に押し込むようにして撫でる。舞風はその喜びを伝えるように小さく声を漏らし、変わりに抱きしめる力をちょっとずつ強くする。
もっと撫でて欲しいと催促するように、力の抜けそうな腕でぎゅっと提督の事を抱きしめる。その期待に応えるように提督も頭を撫で続ける。
ずっと撫でている内に舞風の腕の力がくたりと抜ける。沢山撫でられて満足したらしい、舞風はゆっくりと緩み切った顔をあげた。
「提督、ありがとう。それと、ごめんね」
礼は構ってくれたことを、謝罪は自分に自分に時間を割かせてしまった事を。
構わせてしまった事に対する罪悪感、それがわかってるから出た言葉。
舞風を満足させる為に三十分も時間を使った。でも、後悔はしていない。舞風が喜んでくれるなら、この位の時間は惜しくもなんともない。
「ごめんねは余計だ。俺は笑顔の舞風にで傍に居て欲しい。笑っている舞風が好きだから。だから、気にするな」
「うん!ありがとう提督!」
傍に居て欲しい。笑っている舞風が好き。
彼の言葉で嬉しさと気恥ずかしさが入り混じった赤さを顔に滲ませながらも、舞風は太陽の様な明るく元気一杯に言葉と笑顔を彼に贈る。
天使の様な少女が居る。童話や神話などで見るような仄かな輝きを纏う天使の輪っかも、汚れを知らない白銀の翼もついていないのだが、その人物は確かに天使と言う言葉が似合う人物である事は間違いない。
常に明るく、皆を励まし、好きな人には素直で、でもちょっとだけ強がりな、そんな天使の様な少女が居る。
しかし、天使と言うのはあくまで比喩表現に過ぎない。だから、理由がわからず機嫌が悪くなっている時もある。
それでも、彼女が天使と言う言葉に相応しい少女である事には変わらない。機嫌を取り戻した後の笑顔は掛け替えの無い笑顔になると、彼はわかっているのだから。