「ん……」
カーテンから漏れ出た太陽の光が提督の目覚めを促す。
いつもならけたたましい目覚ましの音で夢の国から強制送還されるのだが、本日は目覚ましはお休み。
何故なら、本日は提督に休暇が与えられたからだ。
つい最近まで大規模作戦が遂行されていた。
艦娘と戦地に、提督は指示を昼夜を問わず行ない続けた賜物で作戦は少なからず犠牲を払いながらも成功を収めることが出来た。
基本的には作戦中と言うのは、艦娘はある程度のローテンションが組まれているために一時的な休息が確保されているのだが、提督には代わりはいない。
艦娘に指示を飛ばし、状況によって作戦の変更を柔軟に行いあるいは許可し、補給をする事がほぼできない資材の分配を効率よく行う。鎮守府の大黒柱とも言える存在には、一息つく暇すら与えられることは無い。
それゆえに、作戦中で一番消耗が激しいのは常時頭脳をフル回転させ、休む事無く動き回っては命令を与えている提督だと言われている。
ましてや、世間ではブラック企業や休暇の取得率、残業代未払いの問題が騒がれている。
かわりの人材が居ない提督をしっかりと保護、ないし世間へ提督はホワイティ―なイメージを定着させようとする政治家や上層部の陰謀で、作戦終了後は休日を返上した分の休暇を与えられている事になっている。
とは言え、作戦終了時に休暇を与えられても、作戦記録の作成や資材の支出の算出や通信が断たれた友軍の捜索などの後始末が残っているので、終了後は一日だけ休んで、作戦の後始末が終った頃に纏めて休暇をとるようにいつもしている。
そんなわけで、本日は愛しの休み。祖国を未知の脅威から守り続けている英雄に与えられた憩いの一時。
この一日の休日は寝休日となるのがいつもの事だが、今回もそのつもり。休みだからと言って限界を突破した身体を無理に動かすのはよくない。
休日ではあるが翌日には仕事なのだ。余計な事をして体調を崩して困るのはこの鎮守府であり自分。だから、ゆっくりと寝て休むのだ。
再び夢の世界へと旅立つ為、身体の向きを変え様とした所で、右手が全く動かない事に気が付いた。
何時の間にか無理な体制で寝てて、痺れたり攣ってしまったのか?
そうなってくると、治るまで寝辛くなるので結局起きないといけない羽目になる。
憂鬱になりながら右手で拳を作るように動かすと、何やら柔らかい感触を感じ取る。
ふにふにと弾力が殆どない上にすべすべとした滑らかな指触り。
霞がかった思考回路で右腕が攣ったりしていなかったことに安堵しつつ、顔を右に向ける。
そこにあるのは、布団から僅かにはみ出た太陽の光を反射する白金色の頭髪。
体を右側に向け、左腕で布団を軽く持ち上げる様にしてみると、そこには――
「すー……すー……」
提督の右手を両手で包むようにして握る、彼の相棒である響が安らかな寝息を立てて眠っていいた。
昨夜一緒に寝た記憶が無い提督は、なんでここに響がいるのかと頭の片隅で考えはしたが、起こすの可哀想だし響だしまぁいいかと言う思考が頭の中を占領したので、とりあえずもう一度眠る事にした。
意識が睡眠欲と言う底なし沼から浮上し始め、提督の瞼に二つの線が差している事を何となく察知する。
一つは太陽光線。春の太陽が瞼を焼こうとしているのがわかる。
もう一つは視線。その相手は言わずもがな空を彷彿とさせる響の水色の瞳。
「じーーーー」
どうやら提督の意識が覚醒した事に何となく気づいたらしく、わざとらしく見ている事を強調するような擬音を口にする。
彼女の視線とそれを意識させる擬音語に急かされて、提督は大人しく瞼を開けて太陽とパートナーを同時に拝む。
「おはよう司令官」
「……おはよう響」
響、いや正確にはヴェールヌイに改装しているのだが、彼女は司令官には響と呼ばれる事を望んでいるので響と呼んでいる。
話を戻そう。響は提督が視線を合わせるなり、僅かに口許を持ち上げる。感情表現が苦手な彼女なりに喜んでいると言う証。彼と長年連れ添った事により、自然と出る様になった表現。
「いい寝顔だったよ」
「そりゃ……どうも……?」
寝顔を褒められても反応に困る、と言う感情を込めて、響の世辞に礼を返す。
小さく声を漏らして笑う響を見て、心の中がじんわりと温かくなるが、提督は二度寝する前には押し込めた疑問をここで口にする。
「で、なんでここに居るんだ?」
「よく聞いてくれたね」
響の目に一際大きく光が宿る。予め用意した物をやっとお披露目出来るとでもいうかと言う様に。
「司令官には、私からご褒美をあげようと思ってたんだ」
「ご褒美?」
「そう、今回の長く、苦しい戦いに一区切りをつけた司令官に私からご褒美を用意したんだ」
「ほう……?」
響からのご褒美と言っても思い当る物は無い。提督の誕生日におそろいのマグカップやペアのネックレスを贈って貰ったりはしたが、彼女の何処か自信に満ちた口調的に贈るプレゼントとも違う物なのかもしれない。
「司令官には――」
「俺には?」
「私を一日自由に出来る権利をあげよう」
「……はっ?」
引き締まった表情で自信満々に言った響だったが、提督の朝一番の素っ頓狂な声でその表情は凍り付いた。
「その……悪かったって」
「……プィ」
目玉焼きとカリカリに焼いたベーコンの乗ったお皿をちゃぶ台に置きながら、自分で擬音を発しそっぽを向いたままの響の機嫌を伺う。
女性が『私を好きにしていい』と誘ったら、男の殆どは野獣となると秋雲から聞いたので、野獣となった提督を響の持ち得る超絶テクニックで提督の事を心身共に癒してあげようと思ったのだが、現実はあの様。
一日自由に出来る権利をあげようと響が言った時に、提督が浮かべた『こいつ頭がハッピーセットなんじゃないのか?』と言うような表情が脳裏から離れない。
その結果が、普段表情の変化に乏しい彼女が不満げに表情を歪めて頬を膨らませているのである。
「あのな、響」
「……なんだい」
いつもより低い声を出している事から、彼女がどれだけ不機嫌なのかわかるだろう。それに、顔もそっぽを向いたままで左目だけを提督に向けている状態。まるで彼女の姉である暁の応対をしているみたいだ。
こういうところは真反対な姉とそっくりなのだな、と提督は心の中で小さく息をついて、突然の提案に悪態(?)をついてしまった理由を素直に口にする。
「朝の、それに起きたての時に、『私を自由にしていい』って言われてもな、反応に困る」
「……欲望のままにしてよかったのに」
「俺はそんなに性欲を持て余してないわ!!!」
響とは肉体も心も通じ合っている仲ではあるが、朝一にそれも起きたての時に誘われて応えれるほど、提督は性欲を持て余してないし、時間を弁えない男では無い。
それに今いるのは、提督の私室とは言え、鎮守府の施設の一部だ。朝から盛りあった声が何かの手違いで漏れたりもしたら、提督のライフはゼロになってしまうこと間違えない。
「それに、自由にしていいって、何をさせればいいんだ」
響は顔を僅かに動かし、親指で寝室に向ける。
「ごーとぅーべ――」
「却下!」
響の表情は一見変化がなさそうだが、眉尻がほんの僅か下がっている。
割と本気でそういう事を期待していた様だが、時間と場所を弁えていて、寝起きのだるさも今一抜けきって無い紳士な提督は、彼女の提案を否決する。
「……冗談だよ。三割位」
「七割本気だったのか……」
性欲を持て余しているのは響の方なのは何となくわかって来ただろう。
響曰く、『体格差や年齢差を物とものともせず、全力で自分を愛そうとする彼が愛おしくて病みつきになってしまった』との事。
これは響の母性本能が強いのか、それとも提督は紳士の皮を被った何かのか。感じ方は人それぞれなので、これ以上は何も言うべきでない。
「とにかく、『自由にしていい』と言われても困るんだって。何をさせればいいか、思い浮かばないし」
「司令官は無欲だね。仕方ない――」
相変わらず不機嫌そうに、だけど、どこか弾んだ声色で、響は提督の胡坐の中に納まる。
「ほら、お箸を持って」
「あ、ああ……」
「ふふっ、持ったね。じゃあ、『私にアーンをさせる権利』をあげよう」
そう言うと響は目を瞑って大きく口を開ける。
まるで餌を待つひな鳥の様な響に、提督は与えられた権利を行使する為に、ベーコンを箸で摘んで響の口に入れる。
響はオリーブオイルでカリカリに焼かれ、コショウの効いたベーコンを味わう。
「流石だね。私好みのパーフェクトな味付けだ」
「ふ、そりゃどうも」
「じゃあ、『続けてアーンをさせる権利』をあげよう」
またまた口を開けて待機する響。
提督は『これって響のしたい事を、響にさせると言い方を変えて、やらせているだけなのでは?』と思いながらも、響の機嫌が直りつつあるのを察して、響が満足いくまで従う事にした。
朝食をとった後は、『一緒に散歩をする権利』、『私を膝に乗せてテレビを観る権利』、『お昼御飯を私に作ってあげれる権利』、『一緒にゲームをする権利』、『私に夕ご飯を作らせれる権利』、『私に背中を流して貰える権利』等、響から与えられた様々な権利を行使している内に寝る時間になってしまった。
就寝時間になっても帰らないと言う事は、本日は意地でも同衾するつもりなのだろう。提督が帰れと言っても『私と一緒に寝れる権利』を与えられたら、本日の流れ的に使うしかなくなるのは自明。
何より響は自分から布団に飛び込んで提督を待ち構えている。
布団の上で力を抜いて寝そべる響。彼女の美しい髪はダイヤの欠片様に僅かな灯りを反射し、そのパジャマの隙間からは白いお腹と可愛らしいおへそ、挑発するように自分から僅かに下げたズボンはフリルのついた水色のショーツを覗かせる。
「司令官……」
響は夢魔の様に妖艶に提督をあの言葉で誘う。
「『私を自由に出来る権利』をあげよう」
「……じゃあ」
提督は響の艶姿に生唾を飲み込むと―――
響の小さい身体を抱きしめて、二人の身体を布団へと閉じ込めた。
これは、今日初めて提督が響に提案される事無く思い浮かんだ権利。『響を抱き枕に出来る権利』だ。
「むぅ……」
誘いは完璧、今度こそはと思った響であったが、予想外の権利行使による失敗。響は彼の腕の中で不満げに頬を膨らませる。
「明日は仕事なんだ。勘弁してくれ」
「……仕方ないな」
響の声に含まれている不満は解消されてないが、響は一番司令官を支える大事な相棒なのだ。不満を心の中で蓋をして、提督の大きな体を短い腕で抱きしめ返す。
「その代りな。今度、長い休みをとれたら、『俺を自由にしていい権利』をあげるよ」
「……!!それは本当かい?!」
「もちろんだ。何だかんだ、疲れは癒せたからな」
響の我儘に付き合わされた気はするが、響の喜ぶ姿を見る度、共に笑いあっているうちに激務の疲れも失せ、今は穏やかな眠気に身を委ねることが出来そうである。
一人で過ごしていても、ずっと寝てるか、対して何もせずに終わるっていたかも知れない。それだけでは、疲れをとり切れなかったかもしれない。
誰かが一緒に居て自分の為に時間を使っている事で、癒える疲れもあるのだから。
「そうか……」
響は彼の胸板に顔をスリスリと擦りつける。その姿が小動物が甘えかけてきてる様で愛おしい。
「じゃあ、私からまた権利をあげよう」
「なんだ?」
「『私と一緒の夢をみる権利』だよ」
響は顔をあげると、提督と唇を重ねる。
ほんの一瞬だけの繋がり。それでも、一緒の夢を見るには十分な情報交換。
「おやすみ、司令官」
「おやすみ、響」
満たされた微笑みを交わしながら二人は共に瞼を下し、どちらからともなく手を重ね合わせる。
夢の中でも、『好きに出来る権利』は続くのか?
二人の法が適応する範囲を知るのは、頬を寄せ合って眠る二人のみぞ知ることだろう。