君が言った『一番に日の出が見たい』という我儘。
一番の日の出と言っても、初日の出は四か月前に終わったし、今の時期は春。こんな時に日の出なんか見て何になるんだろうと思ったけど、君の目にいつも宿ってる自信がなさそうだったから、僕はその提案に乗る事にした。
今の時刻は六時を過ぎた所。僕と君は、港で闇の彼方を見守っている。
春と言っても朝は寒い。その寒さを舐めてかかって薄着でここまで来たものだから君は大きくくしゃみをしてる。
「君は……もうちょっと予備情報を集めるべきだよ」
「うぅ……」
さっきまでは水平線に向かって仁王立ちをしていた威勢は何処へやら、身を低くして朝の冷たい海風を耐える構えを取る。
僕は呆れたようにため息をつきながら、着ていたコートを脱いで、君の方の上から駆ける。
肩にコートがかぶさった君は身体を大きく震わせて、僕を見上げる。
「さ、寒くないの?」
「いいよ。僕は慣れてるから」
ちょっとだけ、カッコつけようと思ったけど、
「クシュン!!」
防寒具から解放された体に、この冷たい風達は思ったより応えたようだ。
「……やっぱり寒いんでしょ?」
「花粉のせいだよ…」
お腹辺りで合わせていた手が勝手に動いて擦りあっている。僕の感覚神経の末端は、僕以上に素直で困る。
そんな僕を見つめる君。どうにかしてあげたいと思ってても、ここにある防寒具は一つだけ。
「そうだ!」
そう言って君は、僕の身体をぎゅっと抱きしめる。頬が重なり合う程に密着してて、吐息が耳に当たって擽ったい。
「こうすれば、二人とも暖かいよ!!」
そう誇らしげな笑みで提案する君。その顔は、食べごろのトマトの様に真っ赤に熟している。
かく言う僕も、近すぎて君の顔の熱がうつってしまったよう。君が呼吸して僅かに膨らんだほっぺたが、僕の熱されたほっぺたに当たって、融けるような熱さだと錯覚してしまう位に。
「あっ!見て!!」
君が水平線を指差すと埠頭の先に向かって走り出す。君の向かう先は闇の海。だけどその先にあるのは闇じゃない。闇は燈褐色の炎に灼かれ、青と白の生命を世界に吹きこんで行く。
日の出だ。なんの変哲もない春の日の出だ。
闇は晴れ、光に塗りつぶされていく。
その有様は、沈んでいた僕に君が微笑みかけてくれた時のよう。
朝の穏やかな光が世界を包む。その光の中で回想する。
僕が闇に惑わされた時に、いつも光差す方に導いてくれた君の事を
――そう、君は
――闇を切り裂く僕の太陽なのかな
日の出に合わせたかと言うようなタイミングで、桜を乗せた風が舞う。
君を彩るかのように花びらが君の事を包む。
一瞬だけ、僕と君の視線が桜に遮られる。その刹那、一際強く風が吹いた。
「わわっ!!」
気を抜いてた君がよろめく。よろめく君が向かう先は、まだ闇が晴れて無い水底。
僕は思い切り手を伸ばして、君の手を掴む。太陽を消されちゃたまったものじゃない。
「……気を抜きすぎだよ」
「あはは……ごめん」
苦笑いを浮かべながら君は僕の手を握り返す。僕はその手を離さないように強く握り返す。
僕は手を伸ばせば簡単に届く距離にいる君の顔をじっと見つめる。
ああ、君の髪の色は太陽の色に似ているなんて場違いな事を考えながら。
お互いの瞳の大部分を占めるのは、遮るものが無いお互いの顔。僕達は一言も発することなくただジッとお互いの顔を見つめる。
君の長い睫毛だとか、僕の姿を独り占めする薄い茶褐色の瞳だとか、瑞々しい君の唇だとか、だんだんと赤くなってる頬っぺたとか。
見つめ返してたくせに段々と恥ずかしくなったのか、彼女の方が限界を迎えて目を逸らしてしまった。
「ふっ……」
「な、何?!」
「ごめんごめん」
その姿が可笑しくて可愛らしくて思わず声が漏れてしまった。
そっぽを向いてしまった君のご機嫌を取りながら僕は思う。君が日の出を見たいと言った理由を。
君は、特別日の出が見たかったわけじゃ無い。僕と二人っきりになりたかったんだ。二人っきりで過ごす時間を送りたかったんだ。何気ない日常の中でも、特別な今日だからこそ。
嬉しい。僕は君にとって特別な人なんだね。
「白露」
僕は君の手を取る。女王に忠誠を示す騎士の様に。
そして、ポケットにしまっていた物を彼女の手の中にしまってあげる。
「忘れものだよ」
「忘れ物?」
首を傾げる君へ、僕からの答えを示す。
「これって!!!」
彼女の掌にあるのは指輪。君へと捧げる愛情の証。忘れものなんかじゃない。これは僕からの贈り物。
君は確かに僕の太陽。でも、太陽もいつかは沈む。僕は太陽が沈む時まで、あわよくばそれから先も共に居たい。
「おめでとう白露」
僕からの祝福の言葉は、元気に飛び跳ねる君には届いてなさそうだ。
だから、後で改めて言ってあげよう。
――おめでとう白露。いつも傍にいていくれてありがとう。
NLとして考えても、百合として考えてもイケる筈です。
一粒で二度、うん。美味しい!!