日が西に傾き、生きとし生けるもの全てを微睡みへと誘うような昼過ぎの時間帯。
昼休みは一時間前に終わり、午後の業務へと取り掛かっているであろう時間帯の執務室。
温かな西日が射しこむ部屋の中。応対用のソファに座るのは鎮守府の最高責任者である提督。
「あー!ミスったぁ!!」
その提督の膝を枕代わりにしてスマートフォンでソーシャルゲームに勤しむのは、二次改造を施された最上型航空巡洋艦、その三番艦の鈴谷だ。
「てーとく、動かないでって!」
スマートフォンでリズムゲームを楽しんでいた所に、提督が脚を動かしてミスを誘発させたのだ。ミスをした事により、自分の中で作られ始めていたタイミング、感覚が全てズレ始め、急いでリカバーに走る。
「……」
しかし、提督の攻撃は止まない。寧ろ、鈴谷の応対で堪忍袋に亀裂が入った提督は、三三七拍子のリズムを笑顔で刻む。
「わっわっわっ!やめてって!いまマジで最高スコア更新してたのにぃ!!」
三拍子に乗りながら驚きの声をあげる鈴谷ではあるが、今の波状攻撃で完全に鈴谷の仲のリズムを破壊された。
その結果、ミスを連発し、猶予が無くなり、画面に表示された文字は『Failed・・・』。即ち、攻略失敗。某和太鼓ゲームで言えば、ノルマクリア失敗、と言った所だろう。
鈴谷はスマートフォンをテーブルに乗った書類の上に起き、若葉色の瞳を細め、不満を表すかのように頬を膨らませる。
「ちょっとー、フルコン行きそうだったんですケドー」
フルコン、つまりフルコンボと言う最高スコアに届くペースだったのだろう。提督の妨害が無ければ。
しかし、鈴谷の横暴さに提督、キレた!
「いい加減にしろ!今は仕事の時間だろ!!」
そう、先ほど説明した通り、昼休みの時間は一時間前に過ぎた。今は提督が大好き(白目)な書類仕事のお時間である。
昼休み中に鈴谷が執務室に来たと思えば、ソファで休んでいた提督の腿の上に寝っ転がり、そのまま荒巻スカルチノフと化したのだ。
何を言っても、弾力性のある頬っぺたをぽんぽん叩いても、柔らかいほっぺをつついても、挙句の果てにお腹をくすぐっても退こうとしなかった為、諦めてソファ近くのテーブルに置いていた書類を手に取って、仕事を再開。
暫くは、鈴谷は気が緩んだような表情で仕事に取り組む提督の顔を見あげていたのだが、構って貰えないと判断してからは、提督の注意を引く様に妨害に動き始めた。
スマートフォンを取り出して、デートスポットを調べては「ここどーよ」と提督に聞いたり、時たま提督の腿にイヤらしく指を這わせてくすぐってみたり。
最初の内は提督は鈴谷が見せて来たデートスポットに関しては、「いいんじゃないか?」だとか「よさげだな」とか、薄いながらも反応を返してくれたので鈴谷も一喜一憂していた。
指を這わせたときは、こそばゆさに身を捩ったり、小さく声をあげてくれたので可愛いと思ったりもした。
しかし、人間と言うのは慣れ順応していく生き物である。デートスポットを見せても、くすぐってみても反応が無くなった。
そうするのであれば仕方がないとばかりに、最終手段として両腕を大きく天井に伸ばしてゲームを始める事にしたのだ。そうすることによって提督の視界を塞ぎ、意地でも鈴谷の事を意識させる為に。
……誤算だったのは、思ったよりも熱中してしまった事と、予想外にもいつもは失敗する譜面の難所を乗り越えノーミスクリアが見えてきてしまった事。好きな人の前ではいい所を見せようと、無意識に頑張ってしまったのかもしれない。
話を戻そう。提督が不機嫌なのと同じ位に、鈴谷も本当は不機嫌だったりする。
「鈴谷、デートをドタキャンされてすごーく傷ついてるんです。それのフォローとか、提督してくれないの?」
「うぐぅ!?」
ドタキャン。それはつい先日の事だった。久方ぶりに休暇を鈴谷に合わせる事が出来そうだったので、久方ぶりに二人っきりで出掛けようとしたのだ。
鈴谷は楽しみの余り新しい服を姉妹達にアドバイスを受けながら何着も買い、妹から化粧の指導を受け、提督とだって相談しながら三日かけてプランを決めた。
しかし、待ちに待ったデート当日。提督に緊急の案件が入り、その予定は見事に流れてしまった。
なんとか早く終わらせようと努めたのだが、案件が終わったのはすっかり日も沈んだ頃。わざわざ案件を片す為に手伝ってくれた鈴谷や皆には申し訳ないとはずっと思ってるし、鈴谷にたいして何もフォローもしてあげれてないのも事実。
提督の表情に陰る。さっきは鈴谷を邪険に扱った事を今更ながら後悔が湧いて来たからだ。
「すま――」
すまない。そう謝罪の言葉を完全に口にする前に、言葉は全て鈴谷の胸の中に埋まる。彼女が突如、上半身を起き上がらせて、提督の事を抱きしめたから。
「なーんてね。それは冗談だよ。提督のせいでも、誰のせいでも無い事くらいちゃんとわかってるし」
幼子を慰めるかの様に抱きしめながら提督の髪を梳く。鈴谷の声色には不機嫌さは無く、包み込む様な慈愛すら感じさせる。
「でも、デート出来なくて、落ち込んでるのはホント。だから、鈴谷のこと、ちょっち構ってよ。三十分だけでもいいからさ。それが、今の提督のお仕事ってことで」
「……報酬は?」
「報酬は鈴谷の笑顔だよ?どお?どーお?」
提督の頭を解放し、向き合う形になると提督だけの為に満面の笑みを浮かべる。鈴谷の居る位置が窓際なので、その笑顔に後光が差しているかの様。
彼女の笑顔に呼応するように提督も笑みを返す。
「最高の仕事だな」
「でしょ?これでお仕事もちょっちサボれるし、鈴谷にはとって一石二鳥だし!」
「……仕事が終わりきらなかったら責任はとって貰うぞ?」
「大丈夫大丈夫!鈴谷も手伝ってあげるから!」
提督は淡々と言ってはいるが、その表情は笑みを浮かべたままであり、対する鈴谷も笑みを絶やすことは無い。
鈴谷は提督の腿をまた枕代わりにし、提督は飽きれつつも書類を置いて、愛おしむような視線を彼女に注ぐ。
昼下がりの微睡む様な時間帯。二人だけのゆったりとした休憩時間が密かにとられたのであった。