※この作品はR-18です。

寝る前に読むには長すぎる艦これ噺   作:なぁのいも

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リクエストととある曲の歌詞からピンときたので


指先と雨の水槽

 さあさあと降り注ぐ闇夜の雨に閉ざされた鎮守府。

 

 次々と施設内の灯りが消えていく中、電灯の消える気配が無い部屋が一つ。その部屋とは執務室。鎮守府の運営を任された提督が一日の大半を過ごすことになる場所である。

 

 だが、執務室に居るのは鎮守府の主である提督では無い。白のブラウスとワインレッドのブラウスに身を包んだ濡羽色の髪の少女、早霜だ。

 

 早霜は執務室の窓から外の景色を見ている。雨粒が大きな音を立てて窓を叩き、荒れ狂う波が大蛇の様にうねっている海原の景色を黙々と見つめている。

 

 早霜が執務室に居て、提督が何故いないのか?その答えは単純なもの。提督は大本営の方に居るからだ。

 

 普段の出張であれば、彼の第一秘書艦であり、ケッコンと言う制約を交わした早霜も同行するのだが、今回の集まりは提督達だけで重大な会議が何日も行われるため、艦娘の同行を認められなかったのだ。

 

 その為、提督と早霜は互いに惜しみながら、提督は鎮守府から離れて大本営へと向かい、早霜は提督の代理として鎮守府を任される事になった。

 

 最初の内は提督が会議の隙を見て何度も連絡をくれた事、鎮守府の皆が早霜が寂しがらないようにとお手伝いの名目で早霜のもとに集ってくれたので、寂しさを感じる事は無かった。

 

 だがしかし、日が経つにつれ、提督からの連絡が少なくなった事が、彼女の心に重くのしかかり、やがて彼から『いつ帰れるかわからなそうだ』と心底疲れた声で電話越しに伝えられたことが彼女の心に深い影を落とした。

 

 そこから会議は長引き、或いは白熱しているのだろう。最後の電話で余裕が無くなった様で、彼からの電話も途絶えた。

 

 早霜にとって鎮守府の仲間たちは確かに大切な存在だ。だけど、かけがえのない人の穴を埋める事は容易い事では無い。

 

 普段からローテンションな彼女は、水底に落ちるかの様に沈んで行き、やがて提督に想いを馳せるように窓に映るの景色を眺める事が多くなった。

 

 晴れた日は、『あの人の笑顔の様』、曇りの日は『困ってるあの人の様』、雨の日は――

 

『今の私の様』と。

 

 早霜は指先を窓に触れる。大雨によって冷やされた無機質な感触が指に還る。

 

 この雨は今の私の様だと彼女は言った。提督に会うことが出来ず、声すら聞けず、哀情を募らせる私の様だと。

 

 例えるなら、彼女が触れているこの窓は水槽の様な物。彼女に蓄積された悲哀と侘しさは水槽に溜まった水の様な物。水槽から伝わる冷感は彼女に募った思慕そのもの。水槽に映る景色は彼女の心情そのもの、ぶつける事が出来ない思いを自分にぶつけて落ち着かせようとしているかの様。

 

 早霜は一度深く、深く息をつく。

 

 雨の景色は嫌いじゃなかった――目に映るの景色が目まぐるしく塗り変わっていくようで。

 

 雨に冷やされた窓に触れるのも嫌いじゃ無かった――自分の冷えてしまった心と似ている様で

 

 独りで居る事も平気だった――本当に?

 

 だけど、いつからか、物足りなくなってしまった。嫌いじゃ無かったものが平気だったものが、物足りなくなってしまったのだ。

 

 ――なんでだろうか

 

 その答えは、今の彼女には見つからず、憂いを帯びた溜め息をつく。

 

 窓を叩く雨音はより一層大きくなる。同時に荒れ狂う波も大きくなっていく。

 

 やはり、この窓に映る景色は彼女の心の中の様。早霜は自虐的に笑った。

 

 ――本日の業務は既に終わっている。就寝して明日に備えよう。あぁ、その前に、あの人にもう一度電話をかけてみようか?

 

 窓から手を離し、踵を返そうとしたその瞬間――彼女の手の甲が、彼女の手より一回り大きい温かな物で覆われた。

 

 その瞬間、雨音だけを捉えていた聴覚と、窓の冷たさだけを感じ取っていた手の平の触角は全て失われ、手の甲に全感覚が本能的に集まった。

 

 思い出したのだ。嫌いじゃ無くて平気であったことが物足りなくなった理由を。

 

 雨の景色は好きだった――彼と一緒に穏やかな日を過ごすことが出来るから。

 

 雨に冷やされた窓に触れるのも好きだった――重ねられた彼の手の温かさをよく味わう事が出来たから

 

 独りで居る事は苦手になってしまった――彼と一緒にいる素晴らしさを知ってしまったから。

 

 早霜は背後を振り返る。

 

「ただいま」

 

 そこには、雨で濡れた裾と肩口とは対象に晴れた日の青空の様に澄み渡る笑みを浮かべる提督の姿が。

 

 早霜思わず息を飲む。いつ帰ったのか、連絡をしてくれたら出迎えたのに、とか、言いたい事は沢山あった。

 

 だけど、それらの責めるような言葉達よりも、今は温かい言葉をかけてあげなさい、と彼女の心は命じた。

 

 ――ああ……あの雨の水槽は私の心の中を写し取ったものなんかでは無かった。

 

 彼が傍にいてくれる。それだけで、悲しみの水は喜びへと変わり、冷たさだけを還した水槽の感覚は包み込む様な温かさを教えてくれる。

 

 窓を強く叩く雨の様な脅迫感も、荒れ狂う波のような寂しさの猛りももはや在りはしない。

 

 何故なら――

 

「おかえりなさい、司令官」

 

 彼が傍にいてくれる。それだけで、早霜は雲の切れ目から差す日の光の様な神秘的で穏やかな笑みを自然と浮かべる事が出来るから。




インスピレーションを受けた曲は『楽園の君』です。
皆!聴こうね!
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