戦争が終わり、適性があると言う理由だけで集められ提督となった者達の殆どが今は退役をしている。
ある者は退役はしたが、海軍に連なる職に再就職し、ある者は認可を得て艦娘の社会復帰の為の施設を経営し、またある者は提督となる前の日常へと戻った。
そして、沈む夕日が照らす道を歩く彼も元は提督であったが、今は退役し一般人として、元の社会に溶け込んでいる。
「はぁー…」
薄らと昼間の通り雨に濡れた地面を眺めながら、街灯が付き始めた道路を疲れを貯め込んだ息を吐き出しながら歩く。
彼は退役した後に斡旋された職場に勤めているのだが、彼が今までこなしていた書類仕事より体力仕事が中心で、慣れない仕事で余計に疲れが溜まってしまう。
「疲れるなぁ…全く…」
手に持っていた鞄を肩から背に回し一際大きくため息をつく。この溜め息には少しだけ別の意味が含まれている。
それは、今の彼は独り身という訳では無く、提督を辞める際に引き取った元艦娘がいるからだ。
その元艦娘とは北上。彼女は元々児童養護施設の出身で、多くの艦娘が必要としなくなったこの時世、彼女は上から解体を言い渡された。解体と言ってもグロテスクなものじゃ無く、艤装との関連性や関係持たせなくする為の処置なので安心して頂きたい。
それで、解体を言い渡されたのはいいが、児童養護施設にもそう簡単には戻れない。どうしたものかねーと冗談交じりに相談したところ、彼がだったらうちの養子にでもなるか? と言い、自分から相談しておいて返って来た答えに困惑しつつも頷いたのだ。
提督自身も自分で言っておいて驚いたのだが、北上なら手がかからなそうだし悪くないかと考えて居た。
提督が退役し、その後を追うように北上も解体処理を行い、提督の貯金でそれなりに良いマンションを借りて二人で住んでいるのだが、問題が発生した。
現役時代では、割とフランクな関係だった二人なのだが、同じ部屋に過ごす様になって北上が何処か余所余所しくなったのだ。
彼が何かを聞いた時の返事は曖昧で、一緒にどこかに出掛けようとしても微妙な返事しかされず、変な溝が出来ているのだ。
何故か広がった北上との溝。その溝に彼は困り果てていた。
「どうしたんだろうな…」
日も沈み、星が浮かびあがる空を仰ぎまた溜め息を吐き出す。
――帰ったら夕飯を作らないとな。でも、北上のリアクションが微妙でなー
もしかしたら、北上は自分と一緒に居る事に嫌になったのかも知れない。…もしそうだったら、大人しく彼女の要望を聞こう。でも、どうやって切り出せば…。
最近はこんなマイナスな事を考えながら帰路についている。鎮守府にいた頃はこんなはずでは無かったのに。そうやって過去の北上の事を思い浮かべてみる。確かに面倒くさがりな面はあったが、あそこまで酷くは――
懐かしいと言うほど昔の記憶では無いが、何だかその事も遠い過去の様に感じて泣きそうになってくる彼。そんな彼はまだ三十代になってないギリ若者。少々情けない。
頭の中を過去にトリップさせていると、自宅マンションのドアの前までついていた。
あぁ、ちょっと居づらいよなぁ。北上も年頃の女の子だもんなぁ。
北上が余所余所しくなった理由を頭の中で思い浮かべながら、ドアに手をかけ帰宅する。
「ただいまー」
いつも言ってるが、玄関からリビングへと続く廊下から言っても返事が来ることは無い。リビングに入ってやっと、テレビを見ている北上から「お、おかえりなさい」と気まずそうに返事が来るのだ。
普段ならそう。その度にちょっと泣きそうな彼ではあるが、今日は違った。リビングのドアが開くと北上が玄関まで小走りでやって来た。それも、エプロン姿で。
「お、おかえり!」
若干、つっかえてはいるがいつもよりか幾分気軽に返事を目と鼻の先で返してくれた。
「お、おう。ただ今」
今までに無かった北上の反応に驚きつつも返事を返す。
「北上、そのエプロンはどうして?」
夕飯を作るのはいつもは彼の役目だ。だから、北上がエプロンをしているのはいつもだとあり得ない。
「その、夕飯作ってるんだ。だから、先にお風呂入っちゃってよ?ね?」
北上は若干引きつった様な笑いを浮かべながらも、玄関からあがった提督の手荷物をひったくって背中を押し、無理矢理脱衣所に押し込んでドアを絞める。
「ゆっくり入るんですよ~」
声から緊張の様な物が消えていないが、北上の声色は今までより昔の声色に近い。
しかし彼は、北上に無理矢理脱衣所に押し込まれた事により、実は自分はかなり臭っていたのではないかと言う疑惑が頭をよぎり、若干落ち込んでいて気が付いていなかった。
北上に言われた通り、普段より十分ぐらい長く風呂場に籠り、よく体を洗って湯船で汗を流した。
いつもより長く浸かっていたおかげか、疲労も良く取れてかなりさっぱりとした気分である。
普段より心地よい気分で湯船からあがり、タオルで体をよく吹き、寝間着に着替えてリビングに向かうと、そこには北上が作ったと思われる、大皿いっぱいに小山のように積まれたハンバーグとボウル一杯のサラダ、コーンスープにご飯と洋食のセットが並んでいた。
「じゃーん。凄いでしょ?」
先に座って提督を待っていた北上は、ニヤリと自慢げに口角をあげる。
その表情は、彼女が一番の戦果を挙げて自慢にしていた時と記憶が重なる。
「ああ…凄い…」
北上の作り上げた手料理と彼女の表情に何だか涙腺をくすぐられるが、それを堪えて北上とは対面に座る。
「ありがとう北上。頂きます」
「アタシも頂きますっと」
北上の余所余所しさは今は微塵も感じさせない。鎮守府に居たあの時の頃の様なやり取りに、提督の口角もついつい上がってしまう。
提督はハンバーグの山の天辺から一つを取り皿にのせ、一口大に切って口に運ぶ。
「旨い!!」
旨い。まだまだ工夫できる点はあるが、一つ一つ大きさも形も違うハンバーグの山からは北上が頑張って作った気持ちが伝わってくる。
その気持ちだけで、気持ちもお腹も満たされそうになっていたが、北上のハンバーグを一口食べると食欲がどんどんわいてくる。
もっと食べたい。もっと味わいたい。そう思うより先に箸がどんどん動いて、山から一つとって取り皿に移しては食べ、移しては食べを繰り返す。
ご飯の炊き方もいい。少し硬めに炊いてあるのが、ハンバーグに合う。コーンスープの甘みも飽きさせない。サラダも良い口直しになる。
「ちょっとー、アタシの分まで全部取らないでよねー?」
口ではそう言いながらも、北上の表情は自然と緩む。会話こそ少ないが充実した家族の食事風景がそこにはあった。
山の様にあったハンバーグも、ボウル一杯のサラダも、沢山炊いたご飯も全て食べつくしてしまった。
北上の料理はどれも温かみがあって、提督の箸を止めさせてはくれなかった。
「ありがとう。満足だよ北上」
若干涙ぐみながらお腹を押さえ、北上に改めて礼を述べる。
「よ、よしてよ。娘なんだから当たり前の事をしただけ」
当たり前の事と言いながら今までやって来た無かった事は今は置いておいて、北上は聞き捨てならない台詞をいった。
「娘…」
北上にも聞こえない声量で彼はごちる。
自分で言っておきながらちょっと恥ずかしかったのか、北上は頬を染めてぷぃとそっぽを向く。
「その…ごめんね。アタシ、今まで父親とかいなかったから、その…今まで以上に距離感が近くなってちょっとどうしたらいいかわからなくなった」
北上は児童養護施設の出身だ。父親や母親代わりの人達は居たのだろうが、それでも本当の父母の様な距離では無い。
彼だって今までは父親では無く、仲間だった。北上は父親とは仲間の延長線上だと感じてたらしいが、想像以上に距離が近くて、どうしたらいいかわからなくってたそうだ。
「それで、その…他所他所しかったでしょ?アタシもホントはどうにかして距離を近づきたいなーって思ってたんだけど、気恥ずかしくなっちゃって」
「それは、俺も同じだよ。北上とどうにかしてまた近づきたかったけど、どうやって近づけばいいかわからなかった」
「そっか、嬉しい。それでね、球磨っちたちに相談したんだ。どうしたらいいかって、そしたらさ」
北上はカレンダーを指差す。本日の日付は、六月十八日。はて?それが何の日だったか?
「あのね今日は父の日って言うんだって。普段のからの感謝を言うには丁度いい日だっていわれたんだ。だからね」
――いつもありがとうお父さん
普段は言えなかった感謝の言葉をふわりとした笑顔に乗せて北上は述べる。
その笑顔は今まで見たことが無い位に、愛らしく、可愛らしく、何より緩んだ笑顔。
今までの仲間としての立場では見れなかった北上の緩み切った顔。家族として認めた者に贈られる愛おしい表情。
彼の涙腺はついに決壊しそうになり、ダムの崩壊を隠す様に目元を腕で覆う。
「あぁ、ありがとう。ありがとう北上。北上が俺と家族になってくれてよかった!!!!」
「もぅ…涙もろいんだから…」
そうは言いつつも、北上の目元には薄らと雫が零れ落ちる。
「ありがとうお父さん」
「ありがとう北上」
二人は何時の間にか身を寄せ合って抱き合って涙を流していた。互いの温もりを認める様に。今までの溝を埋める様に。
改めて家族となった二人の関係は、ここから始まるのだから。
その日の晩、本日だけ特別に隣り合って寝ている布団にて
「ねぇ、お父さん」
「何だ?」
「アタシね、お母さんも欲しいかなって」
「なっ…何とぉ!」
「ほら、お父さんの事好きな人って沢山いたでしょ?鳳翔さんとか、大和とか、蒼龍とか筑摩とか他にも一杯さ」
「あ、あぁ…確かに好意は伝えられてたな。結局、返事は返せず仕舞いだったが」
「お父さんも早く結婚しないと、三十代を迎えちゃうよ?早く、好きな人作って新しいお母さんも欲しいなって」
「…急に積極的になったな北上」
「良いじゃん。可愛い娘のお願いだよ?」
「………善処はするさ。可愛い娘のお願いだからな」
「ありがと。あっ、大井っちはどうよ?結婚できる年齢にもうすぐなるし。あっ、でもアタシ大井っちより上だったのに何か複雑な関係になるなー」
「…そもそも大井からの脈があったのか俺は?」
「…あちゃー。まぁいいかな今は。とにかく、お父さんには早く結婚して、新しいお母さんと妹と弟プリーズって事」
「…ほら、もういい加減もう寝るぞ」
「あっ、最後に一つだけ」
「どうした?」
「手を握ってくれない?」
「お安い御用だ」
「えへへ、ありがとうお父さん」
「うん。お休み北上…」
「おやすみ、お父さん…」
戦後の世界で北上さんとのんびり暮らす話大好きなんですけどね。同志が少なさそうですが。