七夕に間に合わせるために書いた作品なのでお察しください。
七夕。風鈴、花火、祭りに大量のお中元の素麺と言った日本の風物詩の一つ。
勤勉だった織姫と彦星が結婚してダブルニートになってしまった結果、大気圏上層に浮かぶ国家の統治者なお方に怒られ、ギリシア神話の女神ヘラの母乳が流れ出して出来た川を隔てて、物理的に距離を置かれる事になった伝説を持つ日。何か色々とずれている気もするが、人間の語る伝承は段々とズレが生じるので仕方ない。
何はともあれ本日は七月七日であり、七夕なのである。
七夕と言ったら、笹竹を飾って願い事を書いた短冊を吊るすのがもっともポピュラーな出来事だろう。
その後に、祭りで七夕踊りでも踊れば完璧かも知れないが、鎮守府ではそこまでは出来ない。
なので、せめて七夕気分を味わおうと、鎮守府の本館の入り口に笹竹を飾り、艦娘達に必須では無いが願い事を短冊に書いて吊るして貰っている。
本日の仕事が終った提督は、興味本位で色とりどりの短冊に書かれた願い事を読んでいた。
戦艦になりたい、皆で仲良く過ごしたい、料理が上手くなりたい、と微笑ましい物から、今度は最後まで戦い抜きたい、変な教団の教祖に祭り上げられそうで困ってるので天帝さん何とかして欲しいっぽい、どうせ雨が降るのよ不幸だわ…、と言った思わず苦笑してしまう願いまで様々だ。
似たようなお願いも勿論あるが、皆言い回しが違うので面白い。
次の短冊は誰の短冊か。新たな短冊に手をかけるが、
「あらあら、女の子の秘密を覗くなんていけない提督ね」
背後から聞こえた声の主を確かめる為に振り返ると、何処か意地悪な笑みを浮かべた村雨がそこにはいた。
「おいおい。この時間で出掛けるお前も人の事を言えないんじゃないか?」
夏で日の入りが遅いとはいえ、現時刻は八時。星々はその姿を露わにし、織姫と彦星のメインイベントも始まる頃合いだろう。
「村雨はお散歩してただけですよ。そうしたら、提督がいけない事をしてるから叱らないと駄目かなーって」
「ここの長は俺だ。果たして村雨に俺の注意が出来るかな?」
「流石に出来るわよ。願い事はあまり人に見られたくないものでしょ?見られたと知ったら、怒る子も出るんじゃないかしら?」
「ほぅ、口止めを俺に要求するとはな。良いだろう。何がご所望かな、お嬢さん」
「んー…スイーツ券二枚で勘弁してあげようかな?」
「…良いだろう」
「ふふん。良い感じ良い感じ」
提督は潔く負けを認め間宮の無料チケットを二枚を村雨に手渡す。村雨は不敵な笑みを浮かべながらもチケットを受け取りながら、今回は提督を良い負かせた事に心の中でガッツポーズを取る。
この口論は二人の間で行っているとあるゲームの延長線上にあるもの。こういう場面で提督に負けを認めされた事は彼女にとって密かな喜びでもある。
村雨がチケットをポケットにしまうと、先程までの笑みは消え、提督が短冊を見ていた時の様な興味を隠しきれない顔が表に出て来た。
「で、どんな願い事が書いてあったんですか?」
「色々だ。戦艦になりたいとか、皆と仲良く過ごしたいだとか、色々な」
「んー…もしかして、私の願い事、見ちゃいました?」
「まだだ。でも、何となく村雨の書いた短冊はわかった。あの水色の奴だろ?」
「あらあら、それだけで村雨のだってわかるなんて、提督ったら村雨の事好きなんですか?」
「さぁな。俺の勘は昔から当たるんだよ」
大胆な事を言ってみたが、提督は簡単には引っかかってくれない。指揮を執っている時の様に冷静に村雨の言葉を返す。
わかってはいるけど、よくわかってはいるけど、提督は簡単に隙は晒してくれない。今は村雨も隙を晒してないが、いつもは村雨ばかりが提督に攻められている。
実際、提督の言った短冊は村雨の書いた短冊なので、図星であった。今は短冊が裏返しで提督から願いが見えない事に内心感謝していた。
「あれは本当に村雨のなのか気になっちゃいます?」
「そうやって煽られれば気にはなるわな」
「じゃあ、次は何枚チケットを貰っちゃおうかなぁー」
先ほどの口止めだけでは足りなくなると、遠まわしに村雨は言う。
「…成程簡単に手出しはさせないと。じゃあ、仕方ない…か」
村雨の牽制に提督は顎に手を置いて、考え込むと降参するように両手を上げる。
村雨に間宮のチケットを渡し過ぎると、後日他の艦娘達に村雨を優遇した事を怪しまれるだろう。村雨の要求に応えるのもこれ以上は悪手。かと言って村雨を無視するのも悪手。
だから、今度は降参し、大人しく何もしない事にした。
村雨は不敵な笑みを浮かべながらも、心の中で喜びを露わにする。今の状況で下手に喜ぶと提督に付け込まれるからだ。
――うん。今日は何だか調子が良い。これはこのまま押し切れちゃうかも
提督に更なる追い打ちをかけるべく、村雨は行動に出る。
「そう言えば、提督は短冊に何を書いたのかしら?」
「俺か?俺はまだ付けて無いぞ。何せ、仕事が終わってから書いて、いまつけようかと思ってたからな」
「…それで、主な目的から外れて、皆のお願いを見てたわけね」
「まぁ、そう言うところだな」
呆れたような視線を送るが、提督はそんな視線はどこ吹く風と言ったようで受け流しているので効果は無し。
でも、提督が書いたと言うのは知る事が出来た。その願いをどうにかして知る事が出来ないだろうか。
「で、提督のお願いは?」
「さっき人の願いを見るのは良くないと言って無かったか?」
「あくまで、女の子のお願いよ。提督は含んでないですよ」
提督は成程と言いたいように頷く。
とは言え、このままでは提督が願い事を見せる理由にならない。だから、言葉巧みに――
「そうか。そんなに見たいか」
だが、村雨が考えを巡らせる前に、提督がニヤリと笑みを浮かべる。
「七夕だけの特別サービスだ。見たけりゃ、見せてやるよ!」
提督が不気味に口角を持ち上げたことに気づき提督の反撃の言葉に身構えるが、提督のしたことは村雨の予想を超えた事だった。
提督がポケットから自分の願いが書かれた緑色の短冊を取り出すと、村雨の鼻頭付近に短冊の上部を押し付け、顎まで短冊に覆われる。
――何をするんですかー!
そう言う前に、村雨の唇は短冊越しに何かを押し付けられた。
村雨は突然の出来事に驚き目を見開くと、そこには提督の顔が一面に広がっている。
何時の間にか首元に回されている腕、瞳を閉じている提督の顔。その二つから推移して得られる答え。今、自分の唇に短冊越しに重なっているのは――
その答えに辿りついた時、村雨の貌は夏の風物詩の花火の様に点火し赤く染まっていく。
短冊越しでは感触がはっきりとわからない。伝え聞くような温度も感じない。ああ、何とも―――
提督は村雨から距離をとると、村雨の口許についた短冊を優しく剥がす。
「よーく、わかっただろ?」
したり顔を浮かべる提督の耳は赤い。でも、今の村雨はその事をいじれる精神的な余裕はない。
二人がやっているゲーム。それは、どちらから言い出した物でも、明確なルールがあるわけでも無い。でも、一つだけはっきりとしている終了条件がある。それは、先に相手に想いを告げた方が負け。
何とも不可思議な恋愛を対象としたゲームである。
このゲームで優勢なのは提督だ。何故なら、村雨がちょっと何かをしただけで、倍以上にして返してくるからだ。
村雨が言葉を言えば、提督は言葉と行動で、村雨が行動を起こせば、それ以上の行動で。
今だって、見事に返されてしまった。先ほどまで、主導権を握れると思っていたのに。
村雨は重なっていたが、合わさってはいない唇に指で淡く触れる。今までこんな事をされた事は無かった。おかげで、心臓がフル稼働していて耳の奥で血液が全身に行き渡る音がずっと響いている。この音が提督に聞こえてしまったら、また何倍にも返されてしまう。そう思っても、一度ついたこの灯火は消えはしない。
思ってしまった。村雨は確かに思ってしまったのだ。焦れったいと。自分と提督の間にある短冊が邪魔だと。確かに思ってしまった。
二人の距離が縮んだ様で、彼の心が近づいているような嬉しさも感じ取れたのだが、想いを告げない自分の意地が邪魔だと。この障害が邪魔だと。あの一瞬の出来事で思ってしまった。先程の口付けもどきは、今の村雨の心をそのまま表している様だった。
「俺を負かしたいならこのぐらい積極的にならないと勝てんぞ?」
何も感じ取れなかった唇から何かを感じ取ろうと唇を指でなぞる村雨を尻目にカラカラと笑いながら提督は自分の願いが書かれた緑の短冊を水色の村雨の短冊の隣につける。村雨から願いが見えないようにわざわざ裏返して。
この隙に村雨の願いを見る事も出来たが、流石に気が引けたのでよした。
短冊をつけ終えても、村雨はぼうっと唇に指を添えたまま。そのまま固まる村雨が可愛らしくて、また先程の様な事をやってしまいたくなる衝動に襲われるが何とか抑え込む。そこまで、サービスする気はない。メインディッシュは、最高のシチュエーションで頂きたいからだ。
「ほら、いい加減帰るぞ」
村雨の頭をポンポンと叩き、提督は本館から離れていく。
「ほ、ほんとに困るんですけどぉ…」
何とか我に返った村雨は、弱音を吐きながら提督の後についていく。
提督の様に積極的になるのは、今の彼女には厳しすぎるから。
村雨の真っ赤に熟れた顔を冷ますように夜風が吹く。その風で、二人の書いた短冊が星達の明かりの元に晒される。
『あの子が顔を真っ赤っかにして告白してきますように』
『意地悪なあの人から告白されますように』
織姫と彦星の障害が天の川だけなのなら、提督と村雨の障害はお互いに告白されたいと言う意地だけだ。
二人の内、どちらが天の川を渡って会いに来る人物となるのかは、まだ誰にもわからない。