正午を過ぎて午後の業務に取り掛かろうとする頃合い。執務室に来て遠征の報告を来た陽炎が何気ない様に言った。
「私と不知火って好みが合いすぎて困るのよねー」
「ほぅ…」
陽炎が突然何かを言い出すのには慣れている。それは、鎮守府の創設期からの仲だと言う事もあるし、陽炎なりにこの退屈な書類仕事が捗るように言う気遣いだ。まぁ、陽炎が話をするのが好きだというのもあるのだが。
普段なら妹達の話や、休暇のお出かけであったことなど、聞いてて中々飽きない話をしてくれる。今日はどちらかと言うと姉妹よりの話の様だ。
「どんな時に困るんだ?別に仲睦まじいようで大した問題の様には感じないが?」
好みが合うと言う事なら、人の好みで左右されやすいお土産などの要素で困らないので、別に悪くないように思える。なのに陽炎は困ると言ったのだ。それは興味が湧くと言う物。
陽炎はその返事を待っていたと言う様ににやりと表情を歪め、指を一つだけ真っ直ぐに伸ばして、宙に想像を投影するようにして語る。
「ほら、お土産で貰ったケーキが全部違う種類だった時とか、欲しい物があと一つしかなかった時とか、ね」
「…成程」
そう言われれば確かに好みが合うという事が美点とは一概には言えないだろう。陽炎が言ったような事案、互いに譲れない物がある時は死活問題だ。それに陽炎と不知火は負けず嫌いなのだ。簡単には譲ろうとしないだろう。
好みの一致。それで困る事例で気になる事はある。まだ確定事項では無いが、この好みまで一緒だったら少し面白い。
「ところで陽炎」
「ん?」
話の流れ的には、こういう場合はどうなんだと質疑応答になる事は陽炎にも予測できた。お喋りが好きな陽炎は質疑応答が長く続くのも中々に好きだ。
「この前、不知火に好きだと告白されたんだが―――」
「え…、うそ…、えっ…ホントに…」
先ほどまで会話を楽しむように頬を吊り上げていた陽炎の表情が素に戻り固まる。その後、両手を頬に当て考え込む様な動作を取ると、少しずつ彼女の顔色が彼女の名に冠している陽の様に赤く染まっていく。
「うひゃああああ!!」
一瞬だけ不知火の告白と言う言葉に思案を巡らそうとしたようだが、質問の意味の理解の方が早かったようだ。
同じ好み。不知火からの告白。そして、このあからさまな恥ずかしがるような仕草と表情。もうわかってくれただろう。陽炎の好みは『男性の好み』も不知火と一緒なのだ。
「し、不知火が司令の事をす、好きだからと言って、私も司令の事が―きだと思うなんて、漫画やアニメの見過ぎじゃないかしら?!」
提督は何も言ってないのに、自分から提督の確証を裏付けるような事を裏返った声でしゃべる陽炎。不知火と違って、一種の抵抗や羞恥心がまだ残っているのか、好意を伝える為の言葉は僅かな空気の流れでかき消されるほどに小さい。
提督は椅子から立ち上がると、わざとらしく眉を落として悲しむ様な表情で陽炎に詰め寄る。
「そうか…。じゃあ、陽炎は俺の事が嫌いなのか」
「き、嫌いだなんて…」
わざとらしい寂しさに彩られた言葉。普段の陽炎なら提督の態度が演技だと気づけるだろうが、自分から罠にはまっていく陽炎は焦りからか気づけない。
その間にも提督は陽炎に詰め寄り、陽炎は逃げるように後退する。何時の間にか後退できなくなり、陽炎の背は空調で良く冷えた壁にぶつかる。
彼の事が直視できなく逃げ出そうとするが、彼は逃げ道塞ぐように壁に手をつく。
「じゃあ、どうなんだ?」
逃げる事も出来なくなって彼の事をもう一度見つめる。彼はあくまで芝居のつもりではあるのだが、瞳の奥底は不安で揺れている。
陽炎は答えを言うまで逃げれない事を悟り、そっぽを向きながら答える。
「き、嫌いじゃ…ない…」
嫌いじゃ無い。そう伝えただけなのに、陽炎の顔は先程よりも増して赤くなっている。まだ、変な所で素直な妹と違って、好意を言葉にするのは難しい。だから、今はこれしか言えない。
「ん…。そうか」
陽炎の答えに満足と安心を得た提督は、彼女を解放する為に壁についた手を離そうとするのだが、
「失礼します司令。明石さんの所から例の物を受け取って」
他所から見るとあまり宜しくない状況の最中、明石からの書類を受け取りに行った不知火が帰ってきてしまった。
「陽炎、どうしてそんなに司令と近くにいるのですか?」
不知火は陽炎と提督の事を鋭い目で見ると、陽炎に注目する。こうなった原因は提督のせいなのだが、今は陽炎に問題があると判断しらしい。
「こ、これにはふかーいわけが…ね?」
陽炎はごまかす様に笑うが、不知火の鋭い眼光はとけない。
「陽炎、これは『陽炎型司令不可侵協定』に反しています。どうなるか…おわかりですよね?」
突如不知火が口にした聞きなれない単語と、異様に怯える陽炎と深海棲艦相手にも出さないドスの利いた声に、提督の頭は混乱の真っ最中である。
「司令。今すぐ陽炎型をここに召集するように放送してください」
「アッハイ」
射殺さんとするばかりの不知火の眼光。命の危機すら感じた提督は、つい部下である不知火に敬礼をしながら返事をする。
「それと、小一時間程、この場をお借りします。いいですよね?」
「イエス、マム」
「司令?!」
不知火の言う『いいですよね?』という言葉は提案の言葉ではない。すでに決まった事を確認する方の意味だ。不知火が纏う負のオーラと眼光で提督の背筋から嫌な汗が出る。先程から、陽炎が半泣きで提督にSOSを送っているが、閻魔に睨まれているような状態の提督では陽炎を助けられない。
「お手数かけて申し訳ありません。では司令、ご退室を」
「オッス」
「しれーい!」
陽炎が珍しく情けない声で助けを求めているが、提督は不知火に全面降伏な上に不知火に背を押されて無理矢理にでも退室させられている最中だ。
提督を部屋の外に追い出し扉を閉めれば完全に隔離出来るのだが何故かすぐに閉めない。不知火の事をじっと提督が見ていると、不知火もやっと言葉を口にした。
「司令、最後に言っておくことが」
「ナンデスカ?」
「司令には言ってませんでしたが、不知火と陽炎の好みはかなり合うんです。舞風と野分の様に姉妹で好みがかなり一致する子は他にもいますが、驚くことに私達陽炎型は、ある事についての好みは全員一致します。もう、何の事かおわかり頂いてると思いますが、その事を胸にしまっておいてくれると不知火は嬉しいです」
ある好み。不知火の告白。陽炎の態度。『司令不可侵協定』。他にも、妙に陽炎型は積極的な所があったのだ。
それだけでも、判断材料は十分だ。つまり陽炎型の『皆』は提督の事が――
先程から妙に回転がよかった提督の頭が、ついにショートしてしまったようで提督はその場で固まる。
「では、小一時間程のご休憩を漫喫してください。滞った仕事は陽炎型総出で終らせますのでご安心を」
不知火はやり切ったと言った表情でドアを閉めた。その後、数秒もしないうちにドアの向こうからこんな会話が聞こえて来た。
「さて、今から陽炎の罪状を纏めておきます。今の内に白状しておいた方が、刑罰は軽くなりますよ?」
「ふざけんじゃないわよ!何一人だけ告白なんてしてんのよ!!」
「な、何故それを――」
ドアの向こうでは陽炎と不知火の愉快な口喧嘩が始まっている。
「平和だな…」
頭の中の何かの回路が焼き切れ、思考能力が無くなった提督は二人の怒声を聞きながらそう思う事にした。
結局その日の陽炎型裁判は六時間にも上ったと言う。
陽炎、不知火への糾弾の声からボロが出た人が何人もいたのである。
追加の罪状としては、舞風と野分が三日に一回は提督と一緒に寝ている事、雪風と時津風が提督と混浴、天津風と初風が提督と秘密のお出かけ、浜風と磯風による提督の耳かき等々、不平と不満から勝手に暴露されたのである。
因みに一番の罪状は、萩風の媚薬入り料理であった。(尚、それを食べた提督はすぐ体調に異変を感じ、急病による体調不良として治るまで面会謝絶で部屋に閉じこもったので、何も起こらなかった)