乱れた日々を送る彼女に、救いの手が差し伸べられる。
転換の第10章。
~50日目・3月15日・妊娠二ヶ月~
そこは屋敷の地下に作られた空間だった。全体的に薄暗く、ピンク色の淡い照明がぽつぽつと灯るばかりだった。十メートル四方の四角いその部屋、その正面にはステージが設けられていた。
その部屋にはまるでカフェのようにテーブルと椅子が並んでいた。そして、そこには二十人近くの身なりが整った男たちが座って酒を飲んでいる。しかし、男たちは誰一人正面のステージには目を向けていない。
ステージには部屋の中央へと伸びる花道があり、別に設けられた円形の小さめのステージとつながっていた。そのステージの真ん中には、天井とつながるポールが立てられている。
円形ステージの上に、澪は立っていた。彼女は黒いマントをまとっており、ピンク色のライトが暗闇の中彼女だけをうっすらと浮かび上がらせている。
澪は顔を真っ赤にしながらも、ゆっくりと自分に今か今かと視線を送ってくる男たちへと向かって立つ。ライトの所為かステージからでは彼らの顔は見えない。
「さあ、皆さん。待ちかねたね。我が奴隷成瀬澪のストリップショーの始まりだ」
部屋のどこからかノルベールの声が響いた。それに呼応して、男たちにも歓声が上がる。はやし立てる声や口笛も届いてきた。
澪はふうと息を吐いて覚悟を決める。
「皆さん、どうぞ、私の躰を見て、楽しんでください」
すらすらと、言いよどむことなく澪はそう言うと、マントをその場に投げ捨てた。
「おおぉ」と声が上がる。
澪の姿は異様だった。上半身は純白のブラウス、腰元には桃色のパレオを身にまとっている。ブラウスはかなり薄手で、その下が透けてしまっていた。何か身に着けてはいるようだが、九割以上の肌が露わになっているようだ。
会場の隅に置かれた、音声を記録できる魔方陣が刻まれた金属板が淡い光を放ち、音楽が流れ始めた。
それに合わせて澪は背後のポールに手をかけると、なまめかしく腰をくねらせながら踊り始めた。ぎこちなくも、すでに体にしみ込んだ振り付けをこなしていく。躰をポールにこすりつけながら、股を大きく広げてかがみ込んでみせる。澪の目の前に座っていた男性が、かがみ込んでパレオの中を覗いてきた。
――あぁ…………見てる……♥
ゾクゾク――――
澪の背筋が震え上がった。その感覚すら、すでに気持ちよくなってしまっていた。
それもそのはず。ノルベールの命令で、澪はもう二週間もこのようなことを続けていた。最初は恥ずかしさでふりを間違えて音楽に乗り遅れてしまっていたが、今では男達の前であられもない姿でポールダンスを踊ることに何の躊躇もなくなっている。
曲調が変わった。それと同時に、澪はブラウスとパレオを、男達の視線を焦らしながらゆっくりと脱いでいった。
その下に身につけていたのは、まるで革のベルトの拘束具のような外見だった。細いベルトが躰中を枝分かれしながら締め上げ、女性的なボディラインをこれでもかと強調している。特に胸の主張がすさまじい。二つの肉塊を根元で絞り上げて、まるでこぼれ落ちてしまいそうだった。革ベルトは澪の淫裂からお尻まできわどく覆っていた。そして、乳首にはピンクのハート型のニップレスがはり付けられている。ほぼ全裸のような姿だが、見えてはいけない部分はまだ隠れていた。
――んん…………ベルトが食い込んでっ…………♥
腰を揺らす度に、ベルトが局部をどんどん締め上げていた。すでにベルトの端から肉壺からあふれ出た蜜液がこぼれだして、ポタポタとステージを濡らしていた。めざとく男の一人がそれに気づき、口笛を吹いて見せた。
――感じてること……皆にもうばれてる……♥
背中をのけぞらせると、胸が大きく揺れた。
澪の胸は以前より一層大きくなっていた。それは、前に一度だけアントンが澪に使った、依存性の強い薬品の副作用だった。あれ以来その薬品を彼女は使っていなかったが、一度の使用で副作用が現れてしまっていた。いや、正確に言うならば、その副作用は、別に胸を大きくすることではない。
「澪ちゃん! いつものやつ見せてくれよ」
「そうだ、もう我慢できねえよ」
客席から声が飛んできた。
「っ…………かしこまりました」
澪はダンスを踊りながら、乳首に張ったニップレスを勢いよく剥がした。
「ひぅ――――――♥♥♥」
プシャッ…………
たったそれだけの乳首への刺激で、澪は絶頂していた。しかし、彼女の動きは止まらない。
ニップレスを客席へと放り投げた。一人の男がまるで餌に群がる鯉のように、そのニップレスに飛びかかった。
「おい、にわかが! そっちじゃねぇよ。見てな」
ニップレスに群がった男を、別の男が注意した。
そう――――この行為は、別にニップレスを外すことがメインなのではない。
「皆さん、私の……恥ずかしい胸を見てください♥」
澪は両手で下から胸を鷲づかみにすると、ぐっと手に力を込めた。
ピュルピュル――――――プシュッ
桜色の乳首から、白濁した液体が勢いよく噴き出した。いくつも枝分かれしながら弧を描き、それほど大きくないステージを飛び越え客席へと降り注いだ。
「ふああぁ♥ ん……で、出てる…………」
澪はそれだけで恍惚の表情を浮かべる。
「ぼ、母乳⁉ この女、出産経験でもあるのか⁉」
一人の客が漏らしたその言葉に、彼女は応えた。
「い、いいえ……出産の経験はありません。これは、以前注射した薬の副作用で、おっぱいが出るようになってしまいました。ただ、私の場合……」
胸をしぼっていた手を離し、今度は下腹部に当てる。
「ノルベール様の子を妊娠しています。お医者様が言うには、母乳はあと二ヶ月もしないうちに収まってしまうそうです。もちろん、出産したら普通に出るそうですが」
「つまり、これが乳を出すのは今の時期だけなのですよ。この機を逃したらしばらくは拝めないということです」
ノルベールが補足するように声を上げた。
「さて、澪。いつものを始めなさい」
「は……はい」
澪は小さく頷くと、ステージを降り始めた。客席の男達と同じ目線に立つと、自ら胸を抱えるように持ち上げて見せた。
「最近、胸が張ってしまって痛いのです。だから、み……皆様、もし良かったら、私の母乳を絞るの、手伝ってくださいませんか」
しんと男達は静まりかえった。しかし、それも一瞬のこと――――次の瞬間、我先にと澪へと男達が襲いかかった。
「ふあぁ♥ ま、待ってください……じゅ、順番に……んあぁっ、はぎぃ♥ あぁっ、そんなに強く吸わなくても……ちゃんと出ますから……♥」
澪の胸にしゃぶりつく者、玩具のように弄ぶ者、胸だけにとどまらず、彼女の唇に吸い付く者、挙げ句の果てに、隙を見て己の肉棒を彼女の淫裂へと突き入れる者まで現れた。
「あぁっ、んはっ♥ そんないきなり……入れたら……イッちゃう――――」
ビクビクビクッ――――
全身が性感帯へと開発されてしまっている澪にとって、男達にもみくちゃにされると言うことは、絶え間なく絶頂を躰にたたき込まれることと同義だった。飛び散る愛液、交わるよだれ、飛沫になる汗、吹き出る母乳――液という液が入り乱れた。
「あ、あぁぁ、んあ♥ も、もう、い、息ができにゃい――――ふぃあぁ♥ あぁ、あ゙ぁ゙あ゙ぁ゙、じ、じぬぅ゙ぅ゙、ひゃ、ひゃっかい……じんじゃう――――♥」
すでにまともな思考は吹き飛んでいた。ただ苛烈に刻まれる快楽を一身に受け続け、脱水になるのではないかと言うほどの体液を振りまいた。
ビュルルルルッ、ビュグ、ドクドクッ、ドクンッ
次第に男達が限界を迎え、澪へと精を無遠慮に吐き出していった。彼女の躰にかける者もいれば、膣内や直腸内へと注ぎ入れる者もいた。一度では満足しない男達は、一つしかない澪の躰を奪い合うように貪り、犯していった。
「あぎぃ…………はっ♥ ぎ、ぎもぢ、いぃ…………はぁ……♥」
妊娠をした所為なのか、澪はもう中出しに怯えるようなことはなくなった。それどころか、もう自分が快楽へ溺れることに罪悪感すら覚えなくなっていた。恥ずかしいダンスすらも言われた通りこなし、そして男達の欲望を躊躇うことなく受け止めた。
澪は、もう何も拒まなくなっていた。
「…………」
その様子の澪を、ノルベールはじっと見ていた。表情としては満足げな顔だった。しかし、その顔はどこか作り物めいていた。まるで、心の奥底では全く別の事を考えているかのように。
その彼の表情の機微を、しっかりと見分ける者がこの会場に二人だけいた。
一人は屋敷の執事長であるグライペル。長年ノルベールに仕えているのだから、彼の性格はよく分かって当然である。
それではもう一人は? それは、会場の隅でフードを目深にかぶった男だ。彼はずっと壁際に陣取り、そしてひっそりと息を潜めていた。
「…………大丈夫、もう間違わない。必ず、助け出すから」
そう小さくつぶやくと、男は会場を後にした。
そして彼――ガイアは、覚悟を決める。
全てを投げ出す覚悟を。
***
~51日目・3月16日・妊娠二ヶ月~
ルーチンのように、澪は朝起きてすぐにノルベールの部屋へと向かった。静かに寝室の扉を開けると、彼はすでに起きていて、ベッド横に置かれた豪奢な椅子に腰を掛けていた。
――寝坊はしていないはずなのに……。
「も、申し訳ありません……」
ご主人様であるノルベールより後に起床したことに、澪は咄嗟に頭を下げた。いつもならこの直後に激しい暴力を振るわれるからだ。しかし、今回はそんなことはなかった。妙に落ち着いた様子の彼は、自分の膝を叩いて見せた。それは、奉仕を始めろというサインだ。
「は、はい……」
――どうしたのかしらノルベール様……いつもと感じ違う。
少し訝しみながら、澪はノルベールの元に歩み寄り、彼の股に手を伸ばした。肉棒を取り出してやると、優しくしごき始める。真珠入りであるため手にゴツゴツ当たって滑りが悪いが、力の加減を変えることでその問題はすでに解決している。
「ん…………」
肉棒が膨らみ始めたことを確認し、自ら淫裂をあてがう。そして、ゆっくりと腰を降ろした。
ズブゥッ……
「んっ……♥ ひうっ――――」
すぐに一番奥まで行き着き、自分の体重が子宮にかかる。それだけでもう軽い絶頂を迎えてしまう。
「澪」
澪が動き始める前に、ノルベールが呼びかけてきた。
「は……はい、らんでしょうか? んんっ……」
「お前は、私のなんだ? 言ってみろ」
不思議な問いだった。そんなこと、当然わかりきっていることだろうに。
だから、澪は素直に答えた。
「私は……ノルベール様の専用のメイドで、性奴隷です。いつもあなた様のおちんぽを受け入れる準備が出来てる……いやらしいただのメスです」
以前の澪なら絶対に言わないようなことを、この時の彼女は普通に言うようになっていた。その言葉のどこにも、わずかの抵抗やためらいも存在しなかった。それほど、ノルベールに屈服していたのだ。
「そうか……お前」
「はい?」
「もう飽きた。殺すとしよう」
「へ……?」
ドゴッ――――
唐突に、ノルベールが澪の腹を殴りつけてきた。今までのような、力加減のされたものではなく、男の腕力のそのままぶつけるような、容赦のない暴力だった。
「はがっ、があ……はっ、な、何、を……なさるんです、か?」
事態が理解できない。一体何だというのだろう。
今度は彼女の華奢な首に手を回し、力を込め始めた。
「はぎゅ…………か――――」
ギリギリと頸骨が悲鳴を上げる。
「ど、どうし…………て…………」
「言ったであろう? 価値なしとなればすぐに殺してやると。」
「でも……わ、わだじを……気に入った…………って……」
「あぁ、そうだな。私は、いつまでも私に対して向けてくる反抗心に満ちたお前の瞳が気に入っていた。それを歪ませ、私に従順になるよう躾けることがこれの醍醐味だ。しかし、そうまで堕ちきってしまっては面白みの欠片もない。お気に入りは他にまた探すとしよう」
「っ…………!」
『前のが壊れたところだったしな』
初めてノルベールにあったときの発言がフラッシュバックする。
「でも…………お腹には、あなた様の赤ちゃんが……」
「産むつもりだったのか? お前、私の妻にでもなったつもりだったのか?」
「――――!」
考えてみれば、ノルベールは澪を孕ませるという宣言はしたが、産ませるとは言っていない。
――弄ばれていた……いや、違うんだ。私はずっと……勘違いしていた……。
ずっとノルベールに奉仕を続けていることで、四六時中行動を共にすることで、それが当たり前になっていた。だから、これからもずっと彼の側にいるのだと思っていた。それが、当たり前なのだと勘違いしていた。
しかし、澪はノルベールの大前提を完全に失念していた。彼は嫌がる女に暴力を加えることで性的な悦びを覚え、そして気に入った気に入らないに関わらず奴隷を犯し潰してきたのだ。現在において、気に入った奴隷が彼の周囲にいないことが、何よりの証拠だった。
そして、澪も決して例外ではなかったのだ。いや、他の奴隷の中ではきっと長く使えていた方だろう。それほど、澪は彼に反抗し続けていた。それでも、妊娠が発覚したことで完全に折れてしまった。それにより、澪はノルベールにとって価値がなくなった。
ギリギリギリ――――
「ああぅっ……――――」
頭が破裂しそうなほど熱を帯び始めた。
――そんな……殺される……。
澪は、自分の不遇さより、度重なる考えの浅はかさに嫌気がさしていた。
――結局、快楽に負けていただけ……本当に、ただのメス犬に堕ちていただけ……。
呼吸が出来なくなり、頭がぼーっとしてくる。
――こんなの……救いようないじゃない。
ノルベールの無表情が視界に飛び込んでくる。
――最後に一度くらい……刃更に会いたかったな……
意識が薄れる。暗闇に溶けていく――――
――――――――――――――――――――
「澪!」
急に首に込められた力がなくなった。誰かに体を強く引かれ、抱き留められた。
「っ…………ばさ……」
言いかけた言葉を何とか呑み込む。そこにいたのは、ガイアだった。そして、少し離れたところに、背中から血を流したノルベールが倒れていた。
「待たせたね澪、ここから逃げよう」
「ガイ…………ア? どうして……」
「あのときは逃げて本当にごめん。許されることではなかった。だけど、許されるならもう一度僕にチャンスをくれないか?」
ガイアはまっすぐ澪の瞳を覗いてきた。その強い思いに、澪は胸の高鳴りを感じた。
「貴様……大人しく身を隠していればいいものを……」
ゆっくりとノルベールが起き上がろうとした。しかし、ガイアは無言で彼に歩み寄ると、手に持っていた剣を躊躇うことなく振り落とした。
刃は吸い込まれるようにノルベールの首元へと食い込んだ。
「がぁあぁぁぁぁぁぁ!」
切れ味が悪いのか、それともガイアの腕が悪いのか、ノルベールの首を切り落とすことはなく、中途半端なところで剣が止まった。それにより、苦痛が何倍にもなった。
「や、やめ……ろ゙……た、助けてくれ、グ、グライペ――――」
助けを呼ぼうとするノルベール。ガイアはそれを無視し、剣に体重を掛ける。
ノルベールは悲鳴を上げ続け、そして次第に静かになった。
「ガイ……ア」
返り血で染まったガイアを腰が抜けた澪は見上げた。彼はそれを優しげに受け止め、微笑んだ。
「好きだよ、澪」
「っ…………」
それは、以前に最悪な形で知った彼の気持ちだった。
「でも……私、こんなにエッチなんだよ? この人の子供、妊娠しているんだよ? だたの……性奴隷なんだよ。なのに、今まで本気でこの人に愛されてると勘違いしてたんだよ? 馬鹿でしょう? それなのに……」
「そんなに自分を卑下してはいけない」
ガイアは澪の手を取って立ち上がらせた。
「君はノルベールの所為でこんなことになっているだけだ。君が悪いわけじゃない。僕は、君が好きだよ。色々歪んでしまったけど、それでも君の手を取って一緒に歩いて行きたいと思うくらい、君が好きだ。君がどんな運命であろうとも、僕は君を支えるよ。お腹の子供も、僕が責任を持つ」
「――――――!」
あまりにもまっすぐな言葉だった。それだけで、こわばっていた澪の心を溶かしてくれるようだった。
「今はここから出るんだ。こんなことをしてしまったんだ。ノルベール派の人間に追われることになってしまうけど、死んでしまうよりずっとましだ。だから、一緒に逃げよう」
澪は泣いていた。ガイアの胸の中で。
――私は、この人に甘えてもいいの? こんなに汚れた私なのに、それは許されるの? でも………本当に、嬉しい。
「っ……ガイ……アぁ」
澪は、この道を進むことを決心した。
部屋の外がやけに騒がしい事に気づいた。きっとノルベールの悲鳴を聞き付けたのだろう。十人以上の人の気配がした。
「どうしよう……このままじゃ……」
「大丈夫だよ、澪、鍵はかけてある。それに……」
その時、どこか遠くで爆発音が聞こえた。とはいえ、屋敷全体が震えるほどの大きさだった。それは一回ではなく、三、四回鳴り響いた。
「何?」
「僕に協力してくれている人がいるんだ」
「協力……?」
部屋の外の気配が少し減った。爆発した場所へと向かったようだ。それでも残った数人が、必死に扉を開けようとしていた。ここは三階、窓から逃げることは出来ない。
「これで吹き飛ばそう」
そう言ってガイアは、懐から手に乗るサイズの麻袋を取り出した。
「火薬と小さな火の魔法石が入っている。これを……」
ガイアはわずかに麻布に魔法を込めたあと、扉の前へと置いた。
「こっち」
ガイアは澪とともに部屋の一番奥へと退避した。その数秒後、麻布が轟音とともに爆発した。ちょうど扉が吹き飛ぶほどの規模だった。
扉の前にいた人達は全員倒れていた。
「よし、行こう」
ガイアが立ち上がる。
澪は動かなくなったノルベールを一瞥した。正直感情が色々付いて行っていないが、自分が間違った感情を抱いていたことは分かった。とはいえ、自分を孕ませた男がこうも簡単に死んでしまうことに、複雑な思いがあることは確かだった。
――悲しくは……ないかな。でも、死んで清々したっていうのでもない……。
「澪、さぁ!」
ガイアは澪の手を引き走り出した。一階に降りたところで、屋敷の人間に見つかってしまった。
「まずい……」
「伏せて!」
背後から声が聞こえた。ガイアと澪は咄嗟にその場にかがみ込んだ。
頭上をガイアが先ほど持っていたような麻袋が通過し、廊下の先にいる男達のもとへと飛翔した。そして次の瞬間、爆発が男達を呑み込んだ。廊下には大穴が開き、そこから外へ出られるようになっていた。
「一体……」
「何やってんの! 早く行きなさい!」
澪たちを助けたのは、かつて彼女を騙した少女、アニックだった。
「あなた……」
「全く……せっかく私が逃げるためにこつこつ作ってた爆弾を、こんな形で使うことになるなんてね……一個作るのに一体どれだけ時間かかると思ってるのよ。本当に最悪」
「ありがとう、アニック」
ガイアが礼を言う。
「協力者って……」
「そ、私」
「っ…………」
「何まぬけな顔してんのよ。早くしないと次が来るでしょう!」
そう言ってアニックは、澪に自分の上着を掛けてやった。
「あ、ありがとう……アニック」
「ふん、自分を騙した張本人の命を救う馬鹿にお礼を言われても嬉しくないわ。私は、私がしたいように動いただけ」
アニックは澪に目を合わせることなく廊下を戻り始めた。
「アニック……あなたは逃げないの?」
「まだ、グライペルと決着を付けてない」
「…………執事長のグライペル」
「あいつ、いつもノルベールの影に隠れて大人しくしてたけど、影でノルベールに相手にされない女を喰ってたのよ。それはもう、手当たり次第に。六十も超えてるって言うのに、とんだエロ親父よ」
アニックは自分の下腹部をさすった。
「下手するとこの屋敷は、ノルベールに孕まされた女より、あいつに孕まされた女の方が多いのよ。だから、私はあいつと決着を付ける」
少し諦観の混じる声だった。
「…………そう、私も――――」
手伝う、と言いかけて、アニックに遮られた。
「あんたには関係ない。そこの王子様と一緒に逃げなさい」
アニックはガイアを見た。
「ごめんね、あなたの妹さん、見つけられなかった。おそらく、もう屋敷にはいない」
「そうか……いや、良いんだ。彼女は僕が見つける。ありがとう」
ガイアは澪の手を取って外へと出た。
「そんな、アニックを置いてなんて――――」
「本当に馬鹿な女だね、澪。自分の運命もままならないのに、人の心配ばっかしてんじゃないわよ。本当なら、誰かが誰かの事情に干渉しようだなんて身の程知らずの行為なの。究極的に、人間は孤独なんだから。私があんたをこうして助けたのは、私の事情に偶然あんたが巻き込まれたってだけ」
アニックはいくつもの麻袋を構えた。
「覚えておきな、澪。大事なのは、生きてるって事なんだ。取り返しが付かなくても、死んだ方がましだと思うような目に合っても、生きてさえいれば、生きようとさえしていれば、チャンスは消えない」
ガイアに引かれ、澪は走り出した。
「アニック!」
「こう見えて、あんたに感謝してんだよ?」
彼女は澪たちと反対方向へと駆け出した。振り向くと、いつの間にかアニックの目の前には身の丈ほどの長剣を持ったグライペルが立っていた。いくつか言葉を交わしているようだ。そして次の瞬間、目にも止まらぬ早さでグライペルの長剣がアニックの腹部を貫いた。だらんと彼女の躰の力が抜けた。
「アニック!」
ドゴオォォォン
それと同時に、屋敷が大爆発を起こした。大量の火炎が、二人を呑み込んだ。
「彼女の決意を……無駄にしてはいけない……」
ガイアも辛そうだった。彼は今にも泣きそうな顔をしながら、それでも屋敷の裏庭を抜け、森へと入った。
――生きてさえいれば。
それは、嘘偽りない本当の彼女の言葉だったのだろう。澪と初めて会ったときも、彼女は同じようなことを言っていた。
――彼女は、最後に自分の心情を捨ててまで、私を助けてくれた……。それなら私は、自分が生きることに必死になるしかない。彼女の意思を引き継いで……生きるしかないんだ。
澪はもう、振り向かないことに決めた。
歪んでしまった己の運命を受け入れ、生きていこうと決めた。
そして、澪とガイアの、二ヶ月に及ぶ逃亡生活が始まった。
***
~100日目・5月14日・妊娠4ヶ月~
街を転々と渡り歩き、ガイアが日雇いの職に就きお金を稼いだ。そして同時並行で、妹のミラの捜索もしていた。澪は自分も働くことを申し出たが、躰に良くないという理由で彼は許さなかった。風の噂で、ノルベール邸が全焼したという話を耳にした。生存者のことは分からなかった。
結局澪は、赤子を堕胎することはなかった。魔界にも中絶の技術はあるが、非常に不完全なものらしかった。腕の悪い医者を受けて、妊娠が出来ない躰になったという話も多いそうだ。ガイアは、それを一番心配した。
「澪の好きにすれば良い。どうしても嫌なら、僕は止めない。もし産むのだとしたら、僕が君と一緒に養ってあげる」
澪は中絶しなかった。
さすがに子供が産めなくなる可能性がある選択肢は、彼女には選べなかった。
そして何より、澪はもう前へ進もうと考えていた。
刃更への思いはまだ強く残っているが、自分の中でガイアがとても大きな存在になっているのは否定できない事実だった。だから、出来るだけ彼が悲しむ選択肢は選びたくなかった。
――もう刃更には合わせる顔がない。会ったら、絶対に彼を悲しませてしまう。なら、もう会わない方が良いのかもしれない。
そう考えることが多くなった。ガイアとともに歩む人生を選ぶべきなのだろうか、そうも脳裏をよぎっていた。
だから、澪はガイアの思いに応えた。
「私も……ガイアが好きだよ」
その言葉に嘘はなかった。ただ、言っていない思いがあるだけだ。
澪はこの二ヶ月、ずっとガイアと生活をともにした。彼はとても優しく、澪の躰を第一に考えた。
――とても優しい……でも……。
ガイアは一度も澪に手を出さなかった。生活を初めて一ヶ月で、ようやくキスが出来たくらいだった。それ以外、ガイアは澪の躰を気遣い、行為をしようとはしなかった。
しかし、毎日のように男と交わっていた澪の躰は、欲求不満でうずいてしまっていた。それほどに、躰の調教は進んでいた。
――今更そんなことに嫌悪感は抱かないけど、やっぱりガイアとしたい……。
ガイアが仕事に出ている日中、澪は自慰行為に耽るようになってしまった。これではダメだと思い、一度だけ彼女から求めたことがあった。その時は、フェラチオまではすることが出来たが、結局最後までは出来なかった。
「澪の気持ちはとても嬉しい。だから、安定期に入るまで待とう」
二人はそう約束した。
――安定期まで待てば、ガイアと出来る……。
澪は、そう考えるだけで躰の芯が熱くなった。
――この子が生まれたら、ガイアの子供がほしいな……子育てとか大変そうだから、すぐには無理だろうけど……。
澪はこれから自分の未来に思いをはせた。困難に溢れてはいるが、それなりに幸せな未来を。
しかし、運命はそれを彼女に許さなかった。
この時、澪は完全に記憶から外していた事があった。それは、クローディアの呪いだった。魔法を使うことで、催淫にかかるというものだ。普通に生活するにあたり、魔法を使うタイミングはなくて、一度も催淫を発動することはなかった。
だから、澪は完全に呪いの事を意識の外に置いていた。そして、クローディアの言葉を忘れていた。
『催淫の呪いの発動条件は魔法を使おうとすること。まぁ他にも常時発動の別の効果もあるが、それは今は知らなくてもいい』
彼女はかつて澪と初めて会った際、上書きした契約についてこんなことを言っていた。実際、その別の効果を発動させたことは今までに無かったし、発動しないなら大して気にすることでもなかった。
しかし、クローディアは澪が思う以上に先読みをして契約を施していたのだ。絶対に澪が幸せにならないように、徹頭徹尾策を打っていたのだ。
そのことに澪が気づくのは、彼女が安定期に入ってからだ。
新たな転落が、澪を待っている。
しばらく更新できなくて申し訳なかったです。
申し訳程度に、挿絵を入れるようにしてみました。ペン入れ無しで大したものではないですが気力が持てばどんどん更新していきます。不評なら……ちょっと考えます。
出来ることなら近いうちにもう一話出したいですが、無理な気がします。