澪は安定期を迎え、ようやく彼と結ばれるはずが……?
絶望の第11章。
~124日目・6月7日・妊娠5ヶ月~
澪は現実世界から隔絶されてから離れて約4ヶ月が経過した。学生の日常の大方は、学校生活であると言っても過言ではないが、当然彼女はこの4ヶ月間、学校に一度も行っていない。
彼女は本来、この時期は高校二年生に進級しているはずである。しかし、彼女は三学期の大半を学校に行っていないため、進級できているかどうか怪しい。たとえ出来ていたとしても、すでに二ヶ月以上を棒に振っている。そして何より、彼女は現在、お腹に子供を宿している。今すぐ日常に戻れたとしても、今までのような日常を送ることは到底不可能だった。しかも、中絶は彼女自身の判断で行っていない。当然、思い人である東城刃更とも今までのような関係に戻ることは絶望的だ。
だから澪はもう、この魔界で生きていく覚悟を決めていた。それなりに波瀾万丈で、なげうつにはもったいないほど大事にしたかった毎日だった。出来ることならずっと掴んでいたかったし、完全に諦めることも出来ていなかった。
澪はまだ刃更のことを愛していて、忘れられていないのだ。
それでも、今の彼女には考えることが沢山あった。まずは、この三ヶ月間常に行動を共にし、そして思いも共有したガイアの存在だ。
澪は確かに刃更の事が好きだ。
しかし、ガイアのことも好きで、大切になっていた。その思いは日に日に強まっている。
それに加え、お腹の赤子の存在も大きい。澪の中には、確実に母性が芽生え始めていた。正直、生活がこれからどうなるか分からないため、不安な気持ちがあることは否定できない。しかし、澪は思ったより悲観していなかった。思い悩むくらいなら、明るい未来を想像してそれに向けて努力したいと考えていた。ノルベールの子供ではあるが、ガイアは澪と一緒に養うと言ってくれているし、子供ごと愛してくれている。複雑な気持ちは残るものの、お腹の子供には罪はない。ならば、三人でどうにか生きていこうと、澪は考えていた。
現在澪たちは、ギトールという小さな街に家を借りて暮らしていた。ガイアがかつて暮らしていた屋敷は、追っ手が来る可能性が一番高いと考えて一度も行っていない。
生活としては、基本的にガイアが働きに出て、その間澪は家で彼の帰りを待つというものだった。
今日も澪は、家で一人でいた。
「…………すごい大きい……」
澪は姿見の前に立っていた。
体型を隠す服装を着てはいるが、お腹の膨らみは結構目立ち始めていた。その姿を見るたび、自分が本当に母親になるのだという実感が湧いてくる。胸もこれまで以上に大きく膨らんできていた。
――これ……バスト100超えてるんじゃないでしょうね……。
おもむろに、その胸に触れてみる。自分でも驚くほど柔らかく、それでいてかなり感度が高い。試しに触れただけでも、甘い疼きがわずかに生まれる。服の裾をたくし上げ、腹部をあらわにする。その手をそのままお腹の中央へと持って行き、少し引き延ばされてたへそに指を入れてみる。
ビクン……
「ん…………」
さらに疼きが増した。ノルベールに開発された躰は、どこでも性的快感を得ることが可能だ。
――ホント、変な躰になっちゃったな……。
「はっ…………んん……♥」
澪はいつのまにか、自慰行為を鏡の前で始めていた。
日中、澪はガイアが仕事に出ている間、家事をこなす毎日だった。それでも、家事が一段落すると、基本的にすることがない。そんなとき、澪は決まって自慰行為に耽っていた。
――こんなの、ガイアに申し訳ない。だけど……止まらない……。
右手で胸を、左手で陰部をいじり始めた。
クチュッ……
澪の躰は始めに胸に触れた時点ですでに濡れていた。その愛液を指で押し伸ばしながら、膣内の気持ちいい場所を爪を立てないように擦り上げる。
――あぁ……ガイアとしたい……エッチしたいよぉ……。
澪はこの三ヶ月間、一度もガイアと性行為してこなかった。それは彼が澪の躰を気遣ったからであり、そのことで彼女は何も文句を言うことが出来ない。自分や子供のことを思ってくれるのは、この上なく嬉しいし、それに不満はない。しかし、心では不満がなくとも、躰は不満だらけだった。
――でも、今日の夜、出来るんだ……。
澪の躰は安定期に入った。それはガイアとの約束の期日であり、今日から彼と行為が出来る。それを考えるだけで、澪は股を濡らしてしまっているのだ。
コンコン
その時、玄関の扉がノックされた。借家は石造りの二階建ての建物で、その二階部分を借りて住んでいる。二階部分は建物の外側に付けられた階段を上ることで入ることが出来るが、建物の正面には別の玄関が備え付けられているし、建物の裏側に回らないと階段には気づけない。つまり、入ろうと思わなければここには来ない。
――大家さん……? でも、今月の家賃はしっかり払ってるし……。
澪は不審に思いながら扉に近づく。
――もしかして、ノルベールの追っ手?
彼は確かに死んだ。しかし、彼の仲間が澪たちを探している可能性は十分にあった。今までにそれらしい存在は確認したことがないが、だからといって油断は出来ない。
居留守を使うか、澪は逡巡した。その時だった。
「澪さん……いらっしゃいますか? 私です……リリンです」
「っ……!」
リリン。ラギー商会で澪と同時期に商品となり、そして同じくノルベール邸に買われた少女だ。彼女とはほとんど話したことがない。接触としては、彼女のおしっこを澪が一時期飲んでいたことくらいだ。
澪は恐る恐る扉を開けた。
そこには、以前より少し短い――肩口に切りそろえられている――黒髪の、小動物を思わせる雰囲気の少女が立っていた。年の頃は澪より少し下くらいだ。
「あなた……どうして……」
「い、いきなり押しかけてごめんなさい。ま、街で澪さんに似た人を見かけまして、それで……もしかしたらって思って……あの、あのときのことを謝りたくて……」
「謝る?」
一体何のことを言っているのか、澪は一瞬分からなかった。
「あの……その、無理矢理、私の粗相を……」
「……あぁ」
ここでようやく、リリンは澪に尿を飲ませたことを謝っているのだと気づいた。ラギー商会での調教の一週間、その後半でのことだ。あのときは、とあることで課せられたペナルティーで、ラギー商会の人間や奴隷たちのトイレに澪はなっていた。
「そんなことは……それより入って。お茶くらいしか出せないけど」
「あ、いえ……長居するつもりはない、です。申し訳ないですから。ただ、こうしてお話しできただけで嬉しいですから」
「そう……」
「それと、お伝えしたいことが……」
リリンは少し緊張した顔をして、澪を見つめた。
「どうやら、グライペルさんが澪さんを探しているようなんです」
「! グライペル……」
ノルベール邸の執事長グライペル。六十才を超える老人だが、ノルベールに相手にされない奴隷の女たちを次々と襲っていたという卑劣漢だ。その実、ノルベール邸の奴隷の中では、ノルベールよりもグライペルに孕まされた女性の方が多かったという。アニックもその毒牙にかかったが、その後に彼は彼女によって殺されたはずだった。
「どうして……」
「彼はノルベールが殺されて屋敷が燃えた後も、澪さんとガイアっていう男の人を探しているらしいの。それも、沢山の仲間を連れて……」
澪は息を呑んだ。このまま何事もなければ良いと思っていたが、どうやらそれは甘い考えだったようだ。
「三ヶ月も何事もなかったのに……」
それは単に運が良かっただけなのだろう。せっかく生活も安定してきたところだったが、このままではここもいつグライペルにばれるか分からない。
「私も急いで行かないといけません。もう少し話したかったですが……」
「ううん、確かにその事情なら、リリンさんはあまり私と一緒にいてはいけないですね。こうしてしっかり話せて良かった」
「…………私の方こそ。それでは……」
リリンはペコリとお辞儀をした。
扉を閉じる間際、彼女は小さく囁いた。あまりに小さい声で澪には一部しか聞き取れなかった。
「――――今すぐ逃げた方がいい――――だって――――」
「え?」
バタン、と扉が閉まった。何を言ったのか聞き返そうと澪が再び扉を開けると、リリンの姿は忽然と消え去っていた。
***
その夜、澪はリリンから聞いたことをガイアに話した。
「そうか、グライペルが……まさかあの爆発で生きているなんて」
「ええ」
ベッドの上で二人は黙り込んだ。
「今すぐここを出ないといけないとは思わないけど、でもいつまでもはいられないだろうね。街を出るにもお金や準備が必要だし……」
現実問題、街を出ると言っても簡単ではない。生活するにはお金が必要だし、住む場所が必要だ。
「出来ることなら、澪が出産するまではあまり派手に動き回りたくない」
ガイアは澪の躰をいつも第一に考えてくれているのだ。
「それじゃひとまず、このまま様子見?」
「そうなるだろうね。これからは澪は外出を控えた方が良い」
「え……でも……」
「どっちにしろ出産までは澪に仕事はさせられない。買い出しは僕がするから、澪は子供と自分の躰のことだけを考えているんだ」
「うん……ありがとう」
ガイアの優しさに澪は心が温まった。それで改めて、澪は決心を固めた。
澪はガイアをベッドに押し倒した。
「み、澪……?」
「だって、約束したじゃない……安定期に入ったら、エッチしてくれるって。それとも、ガイアはしたくない?」
「っ…………そんなことない!」
今度はガイアが起き上がった。彼は澪を押し倒すことなく、優しくベッドに寝かせ、覆い被さった。
「良かった……もしかしたら、私だけなのかと思ってたから」
「そんなわけないだそう。僕だって……み、澪と、したいさ」
ガイアは澪にキスをした。最初ぎこちなかったキスも、最近になってようやく慣れてきたようだ。
――可愛い……♥
澪は現在、ピンク色のネグリジェ姿である。ガイアはその裾をまくると、澪の陰部があらわになった。
「澪……履いていないのかい?」
「う、うん……ガイアとすぐにでも出来るようにと思って……嫌だった?」
「そんなことないって」
澪の淫裂はすでにぐしょぐしょに濡れていた。この時をずっと待っていたからだ。
「それじゃ、入れるよ」
「うん……来て♥」
――やっと、この時が……。
長く待ち望んだ瞬間だった。
これでようやく、ガイアと繋がれるのだから。
ズブゥ…………
――来た来たっ……これが、ガイアの……。
規格外のノルベールよりはずっと小さかったが、それでもガイアのそれは平均的なモノよりは大きかった。
熱く太い感触が膣内一杯に広がる。それが澪は嬉しすぎて涙がこぼれた。
――やっと繋がれたんだ……私、今すっごい幸せ……♥
「ガイア……どう……?」
澪はこの喜びをガイアと共有したくて、彼に尋ねた。
「………………………………………………………………」
ガイアは澪の言葉に反応しなかった。何も言わず、黙ったままだった。
「どうしたの? ねえ…………」
「があああぁぁぁぁぁぁあぁぁぁあぁぁあぁああ!」
「⁉」
突如、ガイアは雄叫びを上げた。それはまるで、野生動物の鳴き声に近かった。彼は両手で澪の胸を鷲づかみにし、腰の抽送を始めた。胸を掴んだ力は決して愛撫の時のそれではなく、握り潰さんばかりだった。
「が、がい、あ…………はっ、がぁ……」
身籠もっている澪にはかなりきつい強引な抽送――それは到底、気遣い人間のガイアの行為とは思えないものだった。むしろそれは、動物の野性的な交尾に近い。
――どうしたの……ガイア? 一体、何が?
ガイアはまるで、理性を失ったかのように、澪の躰を貪っていた。
ガリッ
「いぎっ――――」
ガイアは澪の乳首を口に含むと、歯を立てた。
プシュゥッ……
澪の躰はそれだけ絶頂してしまうほど開発されてしまってはいたが、それでも予想外の刺激で快感に溺れる余裕はなかった。今起こっている現状に、ただただ戸惑っていた。
ズチュッ、ドチュッ――――
その間にもガイアのすさまじい勢いの律動が澪を襲った。彼女のお腹には彼の全体重がかかり息苦しくなる。
「あぁ……ゔぅ」
「がああぁぁぁああぁあぁああ!」
ビュルルルルッ、ビュググッ、ビュクンビュクン、ブジュウゥ
子宮が膨らんでいるためにかなり狭くなっている膣内、理性を失った欲の濁流が解き放たれた。
――あぁ、ガイアの精液なのに……なのに……こんなのって……。
乱暴に犯されるのには慣れていた。しかし、心を許した相手からされるだけでここまで心が引き裂かれるような思いをするとは思わなかった。
「!」
まだ哀しみと混乱の渦中にいた澪だが、一時的に抽送が止んだことで思考が引き戻され、そして気づくことができた。ガイアの首に何やら怪しい光を放つ模様が浮かび上がっているのを。その模様からは、確かに魔力が感じられた。
――間違いない。これは……クローディアのもの……!
『催淫の呪いの発動条件は魔法を使おうとすること。まぁ他にも常時発動の別の効果もあるが、それは今は知らなくてもいい』
ここでようやく、澪は初めてクローディアとあったときに言っていた言葉を思い出した。契約の上書き、その隠された効果。
きっかけは分からない。しかし、ガイアの変化がクローディアの魔法の呪いによるものである可能性は大いにあった。
――何とかしないと……。
しかし、澪には打開策が思いつかなかった。理性を失った男性をはねのける腕力は彼女にはない。無理を出来る躰でもないし、魔法を使うことも彼女にとっては論外だった。
「うがあぁぁぁぁあああぁ!」
ガイアはまた雄叫びを上げた。膣内の肉棒は一度出したとは思えないほど全く衰えを見せていない。
――まだ続けるの?
いくら安定期に入ったとは言え、安静が必要な躰だ。これ以上この乱暴な行為が続けば、お腹の子供どころか澪の命も危ない。
――どうしたら……。
ドゴッ
「はっ…………はっ……え?」
突然、澪にのしかかっていたガイアが吹き飛んだ。彼は壁にたたきつけられ、そのまま気絶してしまった。
「何が…………」
「無事ですか、澪さん」
澪の横渡るベッドのすぐ横に、リリンが立っていた。
「え……リリン?」
彼女は全身黒いレザースーツに身をまとっていた。
――助けてくれた……? あれ、今……何でガイアはあんなに吹き飛んだの?
「大丈夫ですよ。死なない程度に蹴り飛ばしましたので」
「っ…………!」
一人の男が吹き飛んで気絶するほどの衝撃だ。それが、目の前の気の弱そうな少女とどうしても繋がらなかった。相変わらずリリンは、小動物のような瞳でこちらを見ている。
「これを、あなたは……?」
魔法の気配はなかった。つまり、単純な筋力だけで、リリンはガイアを蹴り飛ばしたというのだ。
「私、小さい頃から人殺しの方法だけを教えられて生きてきたんです。私……だから、これくらい何てことないんです――
てか、もう演技することも疲れた」
――え?
突然、リリンの口調が豹変した。今までのような小動物のような雰囲気も欠片も存在しない。澪が驚愕してい間に、彼女は床でぐったりするガイアに歩み寄っていた。そして――――
バキィッ
リリンの蹴撃がガイアの腹部に突き込まれた。
「か――――」
「リリン、あなた何をしてるの⁉」
澪が咄嗟に立ち上がろうとすると、リリンが叫んだ。
「動くな!」
「っ……」
空気が震えた気がした。その迫力に澪は思わずすくんでしまった。今の声が、目の前の少女から発せられたものだとは信じられなかった。
「それ以上動くと、この男、蹴り殺すから。悪いけど、私にとっては蟻を潰すくらい簡単だから」
相手を人とも思っていないような凍り付く視線だった。声も今までよりずっと低い。もしかしたら、本当の地声は低くて、ずっとキーを上げて喋っていたのかも知れない。
「わ、分かったわ……分かったから……もうやめて」
「……それでいいわ。それよりも、話に聞いた通りね、クローディアの呪い」
「……今、あなた何て?」
聞き捨てならない名前が、リリンの口から発せられた。
「クローディアって言ったのよ。あんたに、魔法を使うことを封じ、そして、オスを発情させる呪いをかけた張本人だよ」
前者の効果は澪がよく知るものだった。魔法を使えば強烈な催淫がかかり、子宮に男性の精液を受け入れるまで解けることのない呪いだ。
しかし、後者は初めて聞くものだった。
「どういうこと……?」
「言葉の通り。あなたには、常に発動している呪いがずっとかけられてたの。それは、周囲の男性を必要以上に発情させるというもの。っていっても、その程度は大した物ではないわ。レイプ魔予備軍が正真正銘のレイプ魔になるくらいのものよ。だけど、その呪いの恐ろしいとこは、澪――あんた自身の思いで呪いの性質が変わることにある」
リリンはガイアの頭に足を乗せた。思わず息を呑む澪。しかし、リリンの取った行動はそれだけだった。
「私の思いって……?」
「その呪いの変化の条件は、相思相愛になること」
「っ……」
「クローディアは危惧した、もしかしたら、あんたのことを助けようとする男が出現するかも知れないと。そして、あんたが、東城刃更への思いを忘れてその男を好きになることを。そうなってしまえば復讐にならない。だから、先手を打った。あんたが誰かを愛し、その誰かに愛されたとき、常に発動している発情の呪いに一つ効果が追加される。その効果とは、男の理性の喪失」
「理性……」
「きっかけはセックスすること。それにより、あんたが思っていた男の理性は吹き飛び、増幅されていた性的欲求が爆発し、あんたを襲い続けるようになる。さながら、獣のように。それを考えると、ノルベールは本当に、あんたを愛してたわけじゃなかったんだね。残念だったね」
大して面白くなさそうに、リリンは鼻で笑った。
「全て……クローディアの手のひらの上だったというわけ……」
澪は今すぐにでも泣き崩れてしまいそうだった。つまりは、ガイアは自分の所為で、あんな風に変わり果てたようになってしまったのだ。
「あんたは、クローディアの手下なの?」
「手下? ふざけないで。私は生まれたときからグライペル様に命を捧げてんの。何でもグライペル様とクローディアが昔なじみだってんで、協力してやってんだって。全く……あんたの監視のためにわざとラギー商会に潜入するとか本当に必要だったのかってんだ。でもまぁ、おしっこを美味そうに飲むあんたには笑わせてもらったけどね」
つまりは、こういうことなのだ。
グライペルは最初からクローディアと繋がっていて、彼の命令でリリンは澪の監視役としてラギー商会、そしてノルベール邸にまでついて来ていた。クローディアが一体どうやって澪の動向を常に監視しているのか謎だったが、こうしてみれば沢山の監視の目が常に澪には付いていたのだ。
「あんたにガイアを会わせるってのも、実はグライペル様の案なんだ。このマヌケ男なら、あんたを見過ごせないで助けようとするんじゃないかって。それであわよくば、愛し合ってくれたら面白いだろうって」
「…………」
澪はもうこれ以上リリンの話を聞きたくなかった。今すぐ耳を塞ぎたかった。しかし、それすらする気力が湧かなかった。
「でも、この男、思った以上にやってくれたよ。まさかノルベールを殺すなんてね。あのアニックって女にも手ひどくしてやられたもんだ。まぁあの女は、グライペル様が腹の子供ごと八つ裂きにしたんだけど。それでも、おかげであんたたちを見付けるまでに随分時間かかっちまった」
大方事態が見えてきた。しかし、澪には疑問が残った。
「どうして……昼間、あんたはこの家を訪ねてきたの? そのまま奇襲して、私たちを捕まえれば良かったのに」
「…………別に、気まぐれにあんたの様子を見ようと思ってただけ。それはともかく、今私がここに来た本当の目的を話そうか」
リリンは今度、ガイアの頭に乗せる足に力を入れた。
「どうだい? 取引をしようじゃないか」
「取引?」
「あんた、グライペル様の奴隷にならないか? 大人しくなってくれりゃ、この男は見逃してやる。殺さないって事だ。もし拒否するなら、このあたしが今すぐあんたの腹ん中の赤ん坊を引きずり出して、そしてこの男も殺す。なに、子は二度と産めなくなるかもしんないが、あんたのことは殺しはしないさ。それは、クローディアの望むところじゃない、らしいんでね。どっちにしろグライペル様の奴隷だけどね」
「…………」
受け入れれば自分が奴隷になるだけで済む。
拒めば自分が奴隷になるだけではなく、ガイアとお腹の子が殺されてしまう。
つまり、自分さえ今の生活を捨てれば、大切な人が誰も死ななくて済むのだ。
今の生活――ガイアと、いつか産まれる子供と一緒に、慎ましくも生きていく生活だ。
それは、澪が今望む最高の願いだ。それさえ捨てれば良いのだ。
取引とは名ばかりで、それは結局澪への脅しだ。
――そんなの……。
澪の中に、葛藤は一切無かった。自分の感情を切り捨てるのは、もう慣れきっている。
「分かった。グライペルの奴隷になるわ。だから、ガイアと、子供を助けて」
「………………そうかい」
リリンはガイアから足を退けた。
「この男のことは大丈夫、らしいよ。あんたが離れれば、失われた理性も元に戻るって」
「…………そう」
――つまり、この呪いがある限り、二度とガイアには近づけないって事……。
それでも、ガイアの理性が失われて壊れてしまうのは澪にとって何よりも嫌だった。そうなるくらいなら、もう会えない方がましだと思えた。
――彼が生きててくれるなら……それで……いい。
リリンは澪の両腕を背中側に回して拘束具で動けなくした後、玄関へ歩くように促した。
「それじゃ早速行こうか。この男が眠っているうちに去ってしまいたいだろう?」
澪は床で倒れているガイアを見た。よほど痛かったのか、苦悶の表情を浮かべている。今すぐにでも駆け寄ってやりたいが、それをする資格は自分にはない気がした。
自分が彼を巻き込んだ、澪はそう思っていた。自分が彼を好きにならなければ、彼はここまで大変な思いをすることはなかったはずだ。自分が、彼の思いに応えてはいけなかった――そういう自責の念を、澪は抱かずにはいられないのであった。
「ごめんなさいね、ガイア」
――刃更への思いを見ないふりをして、その結果、ガイアを傷つけた。私には、誰かを好きになる権利なんて、もう無いんだ。
「さようなら」
色々な思いの全てを別れの言葉に乗せた。
もう何も言わなくて済むように。
そして、気持ちすらも置き去りにした。
***
「そういえば、私はどこ連れて行かれるの?」
移動中、澪はリリンに尋ねた。移動中といっても、真夜中の街を二人で歩いているだけだが。
「グライペル様が密かに経営してる牧場よ。ノルベールにも秘密にしてたらしいし」
「牧場?」
すぐに嫌な予感がした。直感に近いそれはしかし、的を射ていた。
「そ、牧場。名前は――
『人間牧場』っての」
「…………悪趣味そうね」
その名前の響きに、澪は恐怖を禁じ得ないのであった。
盛大なエロ回前の溜めの話なので、エロが少ないです。
その代わりと言っては何ですが、万理亜編と柚希編も同時に投稿しました。
お時間があれば是非見ていってください。