このまま永遠に快楽に溺れていくかと思われたその時、リリンの一言が転機になる。
苦渋の第13章。
~225日目・9月16日・妊娠8ヶ月~
澪のお腹はかなり大きくなっていた。出産予定日まで二ヶ月を切った現在、誰が見ても澪は妊婦であると断定できる姿だった。
そして、人間牧場に捕らえられてからの約三ヶ月間、澪は一度も逃げ出すそぶりを見せなかった。
逃げ出したときの失敗したリスクを恐れたとか、こんな歪んだ場所をそのままにしておけないとか、そういう考えでは無かった。
単純に、極単純に――――――澪はセックス漬けの毎日に、快楽ばかりを刻まれる日々に、溺れてしまっていた。
人間牧場は日々三十人前後の男が死亡し、同じだけの男をどこからかさらってきている。それは魔界だけではまかないきれず、澪のいた世界からも密かにさらってきていた。
澪はそんな男達に、毎日のように犯されているのだ。
その行為が例え流れ作業のようなものでも、快楽に狂ってもおかしいことでは決してなかった。
「あぁ♥ 激しぃっ、はああぁっ、あ゙ぁ゙♥ お゙ゔぅ゙ぅ゙ぅ゙ゔゔぅ゙ん♥」
澪にとってもう何代目か分からない男が、彼女の尻を鷲づかみにして腰を打ちつける。肌と肌がぶつかる音が鳴り響き、オスの雄叫びとメスの嬌声も重なりあった。
澪の顔は、快楽に完全に歪みきっていた。ほぼ白目を剥き、舌は口からこぼれ、よだれが滴り、涙と鼻水で顔中はしとどに濡れている。
「ぐお゙お゙ぉ゙ぉ゙ぉ゙お゙!」
「はあぁぁぁあぁああん♥♥♥」
一層強まる男の腰の律動に応じるように、澪の喘ぎ声も激しくなる。そして、男が澪の一番奥へと肉棒を突き入れた。
ビュルビュルッ、ビュルン、ドクドクツ……ビュルルルルッ
ブジュッ、ブジュルル……
澪の膣内に男は己の欲の液をぶちまけた。それと同時に彼女も大きな絶頂の波を迎え、搾乳機に大量の母乳を吐き出した。
「あ゙ぁ゙っ、んぎゅん♥ はぐぅ……んあっ♥ あ゙ぁ゙あ゙ぁ゙、はにゃぁ……♥」
ジョロジョロジョロ…………
澪の失禁により、地面の黄色いシミがさらに広くなった。しかも、その量が尋常ではない。
「お゙ゔぅ゙ゔゔゔぅ゙ぅ゙ぅぅ」
男も同時に失禁していた。しかも、澪の膣内でだ。二人の尿が結合部で混ざり合ってさらに地面を汚した。
「本当に…………汚いなぁ……」
そんな様子の澪を、リリンは彼女の目の前に立って見ていた。軽蔑とも言えない、哀れみとも少し違う、そんな微妙は表情だった。
リリンにとってそれはもう見慣れた光景だった。
なぜなら、リリンはこの三ヶ月、ほぼ毎日のように裏キーブライト牧場に通っていた。悪臭漂うこの場所にも、もう完全になれてしまった。その理由は単純、澪がいるからだ。
「一体……私は何を考えてるんだか…………」
小さく口元でそうつぶやいた。
実際、リリンは自分の行動に理由付けが出来ていなかった。なぜかどうしようもなく、澪を放っておけなかったのだ。
「自分でここに連れてきたのにね……」
やはり小さくつぶやいた。澪には聞こえていないだろう。ただでさえ、男達の雄叫びと女の嬌声が響いている空間なのだ。小さくつぶやいた程度の言葉が聞こえるはずもない。
そう考え、リリンはいつものように独り言をこぼす。
「クローディアも今牧場で何かしてるし……私、あの人嫌いなんだよね」
いつものように、どうせ聞こえないと思いながら、リリンはそう言った。
しかし、それが引き金となった。
ぴたりと澪の喘ぎ声が止んだ。
「クロー………………ディア…………ですって…………?」
低く、しっかりとした声がリリンの耳に届いた。
「え…………?」
その瞬間、リリンの足下――否、牧場中の床に、超巨大な、真っ赤な魔方陣が広がった。
「これは…………」
その強大な魔力の波動に、リリンは畏怖の念すらも感じた。これほどの魔力を、彼女は目の当たりにしたことがなかった。
それはまさに、王の気配だった。
バキッ――――――――
その音は、澪の拘束が壊れる音だ。それを皮切りに、他の女達の拘束具までもが次々と壊れていった。
「何を…………!」
「クローディアが…………ここに!」
澪の声は、まるで地獄の底から響くようなそれだった。
魔方陣の光は一層強まった。
そして、リリンの目の前は真っ赤に染まった。
***
「それで、一体あなたは何を見に来ているのですかな? いい加減教えてもらっても良いのでは?」
裏キーブライト牧場の事務室、その一室ででグライペルが椅子に座りながら、目の前に立つ女に問いかけた。
「何度も言っているでしょう? 私は、ゾルギア様を復活させるための準備をしているのだと」
その問いに答えた女は、クローディアだった。
「復活……復活ですか。あなたは本気で言っているのですか? 死者の蘇生……それは、あのゾルギア候こその悲願であったはず。あの方は愛する女性を生き返らすべく膨大な時間を研究に注ぎ、そして結局断念したのですぞ。それを、あの方の琴線に一切触れなかったあなたが、どうやって成し遂げようというのですか?」
「言葉を慎みなさいグライペル。命が惜しくなければね」
蛇のような鋭い眼光を、目の前の老人に向けた。
しかし、さすがは年の功。その視線に一切動揺した様子はない。
「どちらにせよ、あの方のかつての臣下だからといって、この施設を我が物顔で歩き回るのは止めてもらいたいんだがね? ここの施設の長は私だ」
「長……あの方がお隠れになってから縮小の一途をたどる、この施設のねぇ。それって、そんなに誇らしく言えるようなことなのかしら?」
「…………要件はそれだけか? 何もないのなら出て行ってもらいたいのだが?」
ドゴオォォォン――――――――
その時、すぐ近くでけたたましい轟音が響いた。
「何だ⁉」
「これは……」
部屋の扉が開けられた。
そこに立っていたのは、全裸姿の成瀬澪だった。以前よりかなり大きく膨らんだ胸と腹部。腹部には妊娠線が浮かび上がり、胸の蕾の先端からは白濁汁がにじみ出ている。
そして、彼女の足下の周囲には、放射状にひび割れが生じている。
「ついに……見つけた、クローディア!」
澪はクローディアを強く睨み付けた。快楽に溺れ呑み込まれかけていた精神を、クローディアへの激情により一気に引き戻したのだ。
――こいつが……私の全てを……こいつが……。
「覚悟は出来ているんでしょうね」
「職員達は……きっと全滅ね。それはウィルベルトの力ね。催淫は効いていないのかしら? 本当は、そこに立っていることだって辛いんじゃなくて?」
さすがのクローディアも、まさか澪が拘束を突破してここまで来るとは思っていなかったらしい。わずかに額に汗が浮かんでいる。
しかし、クローディアの言うとおり、現在澪は激しい催淫に犯されていた。
立つこともままならないような疼きが、子宮から全身へと広がっている。今の彼女の躰では、風が当たるだけでも絶頂してしまいそうなほどだ。
――だけどね……。
「こんなの……オナニーでもしてればいいだけよ。だけどね……あんたは、百回どころか、百万回も殺してやらないと収まらないのよ!!!」
澪が手を前にかざすと、部屋全体に重力魔法がかかった。
「っ…………!」
クローディアもグライペルも動けないようだった。
重力魔法は、澪の父親である前魔王ウィルベルトのから引き継がれた、恐ろしく強大な力だ。澪はすでに、先の大決闘でその魔力を使いこなせている。
「く……これほどか……」
「よくも、私の日常を壊してくれたわね……」
澪の手に炎が生まれた。
その魔法は、ウィルベルトから受け継がれたものではなく、生来から備わる彼女自身の魔法だ。
「お、おい……私は関係ないだろう。だから……」
グライペルが慌てたように澪に叫んだ。剣においては凄まじい戦闘力を持つ彼だが、身動きがとれず、しかも肝心の剣を持っていないとなれば、ただの老人も同じだった。
「うっさい! あんたも同罪よ! はああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
手から放たれた巨大な炎球が、二人の悪魔をまるごと呑み込んだ。二つの火だるまは、もがき苦しむようにうごめき、その場に倒れ込んだ。
二人は、悲鳴すら上げる暇無く完全に焼き尽くされた。
――ようやく、殺してやった……。
「はぁ…………はぁっ…………くっ……」
澪は限界だった。
考えてみれば、かなり久しぶりの催淫の呪いだった。最後に呪いを受けたのは、ノルベール邸でのことだった。
ズキン――――
「っ――――ああぁぁっ!」
腹部に強烈な痛みが走った。今まで戦いの中で、多くの怪我をしてきた澪だったが、そのどの経験よりも激しい痛みだった。
――そんな……これって……。
澪の考えの通り、その傷みは紛れもない陣痛だった。
本来ならまだ二ヶ月ほど先になるはずの出産予定日だが、今まで散々子宮に無理をさせてきたことで、それが早まってしまったのだろう。
しかも極めつけは、クローディアの呪いの催淫だ。催淫では子宮の痙攣を促す。それが、最後の後押しとなってしまったのだ。
「そんな……もう、生まれる……の? ああぁぁ……!」
澪はその場に蹲ってしまった。
何とか楽な体勢を探しながら壁に寄りかかり、脚を広げた。
淫裂の間からは、明らかに愛液とは違う液体が大量があふれ出ていた。どうやら破水したようだった。
「はぁ……はぁ……はっ……」
――ここで…………産むしかない……。
ここは人間牧場の事務室。すぐ側には、二つの焼死体が転がり、とても清潔な場所とは言えない。それでも、もう立ち上がれる気がしなかった。
ズキンッ――――――
断続的な名状しがたい激痛が澪を襲う。
何て痛さなのだろう。呼吸が出来る気がしない。
「ひぅ…………ああぁあ……」
永遠にも思えるような痛みの中、澪は必死に力んだ。子宮の中にいる胎児を押し出すイメージを持ちながら、下腹部に力を込めた。
その途端に更なる激痛が走る。想像を絶する痛み、いや、もはや熱に近い。その凄まじいエネルギーで、躰が引きちぎられそうになる。
膣内をゆっくりと大きなものが通る感覚があった。それはじわじわと、しかし確実に外へ出ようと進んでいく。
その時、自分の陰部から胎児の頭が少し見え始めた。
――あと……もう少し……。
ズキン――――
「いううぅっ!」
プシャッ…………
――え……?
澪自身も驚いた。陣痛の波が襲ってきた瞬間、彼女は潮を吹いてしまったのだ。
――陣痛でイクなんて……そんなこと……。
ズキズキッ
「あぁぁぁぁっ、ああぁ、はあぁぁぁ!」
プシュッ……ジョロロロ……ブシャァァ――――
また絶頂してしまった。失禁するのと同時に、母乳も吹き出た。
こうなっては確信するしか無い。澪は、出産の痛みでさえ快楽に感じてしまっているのだ。
――私の躰……こうなっちゃってるんだ……でも、今は集中しないと……。
澪は息を深く吐いた。
例え痛みが快楽だとしても、ここからが長い戦いだった。
***
「ふぎゃぁ、おぁ、おぎゃぁ……」
脚の間で弱々しい声を上げて泣く、小さな生命がそこにはあった。澪の血で真っ赤になっているが、その泣き声が確かに命がそこにある事を示してくれた。
「はっ……あぎっ……ふぅ♥ も、もう…………痛すぎて……イキすぎて……はぁん♥」
要した時間は実に三時間だった。
澪にとっては永遠にも感じる長い時間だった。その所為か、澪は指一本動かす力が残っていなかった。出産による体力の消費に加え、何十回何百回と痛みによる絶頂を迎えたことで、疲労困憊だった。泣いている自分の子を抱き上げる事すら難しい。
――何とか……抱いてあげたい……。
赤子は女の子だった。早産なためか少し小さい。
――名前……考えてる余裕もなかった……。
何度かガイアと話し合ってはいたが、結局決められないままここまで来てしまっていた。
「時間は……ある。大丈夫……いいの考えてあげるから……」
「淫乱女の娘ですもの。きっと優秀な娼婦になるんじゃないかしら?」
「っ……!」
いつのまにか、澪の目の前には殺したはずのクローディアが立っていた。
「ど……どう…………し、て……」
焼き殺したクローディアの死体のある場所を見た。しかし、そこには確かに二体の焼死体があった。
「なに……が……」
「非常事態を想定してクローンを作っておいたんだよ。陰毛じゃなくてしっかり頭髪からね。それでも、まさか殺されるなんて展開になるとは思わなかったよ。おかげでここに駆けつけるのに時間がかかってしまった。それもまぁ、良いタイミングに立ち会えたようだけどね」
「…………」
「家畜たちや職員たちも歩ける者は全員逃げちまってる。重力魔法を使ってくれたおかげで上階の普通の牧場までボロボロだ。大分派手にやってくれたね。これは、お仕置きが必要じゃぁないか」
絶望的だった。
痛みで現在も催淫どころではないが、クローディアを前にほとんど澪は動けなかった。体力も残っていない。魔力を使うどころでももちろんなかった。
「いい顔だねぇ、成瀬澪。やっと仇敵を殺せたと思ったのに、実はそれはぬか喜びで、そいつに自分の子供を殺されるんだからね」
クローディアの手には、短剣が逆手に握られていた。
「知っているんだよ。ノルベールにレイプまがいに孕まされた子供でも、あんたにはすでに大切な存在になっている。いっちょ前に母性が芽生えてるんだねぇ、反吐が出るよ。でも……そりゃぁ、殺してやればさぞかし気持ちいいだろうねぇ?」
「っ……や、やめて! そんな……」
必死に立ち上がろうとするも、足腰に力が入らない。
「大丈夫。あんたは殺さない。ただ、その赤子は殺してやる。惨めったらしく八つ裂きにしてやる」
「やめて……わ、私はどうなってもいいから……その子だけは……」
「自分の命を賭けてまで守りたいっていう存在を壊してやるのがいいんだ。これが、私のあんたに対する復讐よ」
――どうして……こうも、うまくいかないの……どうして……?
クローディアが短剣を振り上げた。光に反射し刃がきらめく。
「やめてぇぇぇぇぇぇ!!!」
そして無情にも、短剣は赤子へと振り下ろされ――――
ガキィィィ――――――ィィィン
「っ…………!」
「何……?」
クローディアの短剣は止められた。第三者の長剣により弾かれたのだ。
「どうしてあんたが……」
クローディアが眉をひそめた。澪も理解が追いつかない。
彼女と赤子の間を遮るように、そこにはリリンが立っていた。
「リリン……」
「危ない危ない。気絶してた」
頭から血を流しながら、リリンは笑って見せた。
リリンは澪の重力魔法による牧場の崩壊に巻き込まれていたのだ。それで今まで、気を失っていたらしい。
「どうしてグライペルの犬が成瀬澪の味方をする? あんたからしたら、主人を焼き殺した敵なんじゃなくて?」
「そうね。確かに私は生まれたときからグライペル様に命を捧げてるわ。でもまぁ、それはそれ以外に私に選択肢が無かったから。育ての親みたいな感じではあったし、別に嫌いじゃなかった」
「ふふふ、所詮は牧場産まれの家畜の血を引く愚か女か」
「え……?」
クローディアの言葉に澪は驚く。
――今……リリンがここの生まれだって……?
「言われた通りの事をしてる方が何も考えなくて楽だったってだけ。でも、私は昔からここが嫌いだった。正直、澪がここをぶっ壊してくれて清々したって感じ」
「それで、成瀬澪を助けたと?」
「う~ん、まぁそれでいいよ。自分でも澪を助けた理由ははっきり説明出来ないんだよね。でも、一つ言えるのは……」
リリンは長剣の切っ先をクローディアへと向けた。
「私は、昔からあんたが大っ嫌いって事」
「…………そう……それは結構」
クローディアがわずかにかがんだ。
「っ――――――」
ドゴォッ――――
「ぐっ!」
目にも止まらない早さで回転したかと思ったら、クローディアの回し蹴りがリリンに炸裂した。リリンは咄嗟に刀身でそれをガードしたが、あまりの威力に彼女の躰は壁へと吹き飛んだ。
「おっと悪いね。足が出ちまったよ――――」
次の瞬間に、クローディアはリリンの真横に立っていた。
「っ…………このぉ!」
リリンは手に持った剣を真横になぎ払った。
ギイィン
しかし、その刀はクローディアに届く前に見えないバリアに阻まれ、中頃からへし折れた。
「な…………」
「私の作る壁を、その程度のなまくらで切ろうなんて無理な話さ」
「っ……剣が無くたって!」
リリンはその場で高く跳躍した。躰を今日にもねじりながら拳を旋回させ、クローディアの脳天へと振り下ろした。
「分からない小娘だね」
クローディアはその拳を片手で受け止め、勢いを流すように関節をひねりながらリリンは床にたたきつけた。
「がはっ……」
「リリン!」
ほんの一瞬の攻防だった。しかし、たったそれだけで実力差は歴然だった。
「私はあのゾルギア様の臣下なんだよ。いくらグライペルに鍛えられたからと言って、この私に勝てると思ったのかい?」
澪の目から見ても、リリンは十分に戦闘の手練れだ。しかし、クローディアはそれ以上に強かった。
「くっそ」
すぐにリリンは起き上がり、クローディアと距離を取った。
――このままじゃ……。
澪の思考が巡る。
どうやったらクローディアに勝てるのか。リリンは見たところ、剣術と武術が武器だ。しかし、クローディアは武術以外に魔法も使える。その種類は未知数で、どうやらリリンはクローディアの手の内を知らないようだった。もちろん、澪は魔法を使ったりリリンを援護したりするような体力はほとんど残っていない。今すぐにでも気絶してしまいそうなほど満身創痍だ。
つまり、圧倒的な劣勢だった。
しかも、リリンは手負いなうえ、澪と赤ん坊を背に戦っている。
このままでは、リリンにとって消耗戦だ。
――どうしてリリンが私たちを助けてくれたのか分からない……今まで私を騙してきたのも事実……でも、私は、私自身の直感を信じる。それが、この子が助かる可能性が一番高い選択肢なら……!
「リリン……そのままで聞いて」
澪は目の前でクローディアと対峙するリリンだけに聞こえるように囁いた。
「…………」
リリンは無言で敵を睨み続けている。澪はかまわず続けた。
「この子を連れて、ここから逃げて」
「っ…………」
「あんたなら……いい。とにかく、この子だけでもこの女から離したい。その後のことは、あんたの好きなようにしていい……。頼み事が出来る立場じゃないのは分かってる。でも、もう他に、私には頼れる人がいないの」
リリンが息を呑むのが分かった。
澪にとっても苦渋の決断だった。
本心をいえば、ずっと赤ん坊の側にいてやりたい。不確定要素のあるリリンに預けることもいやだった。しかし、その他の選択肢は澪には残されていない。それでも、一度助けた命を、後からどうこうするとは思えなかった。だからこその判断だった。
「本当に……大層な女ね」
「あぁ?」
クローディアがリリンの言葉に片眉を上げた。
「あんたに言ったんじゃねぇよ、蛇女が!」
リリンは中頃から折れた剣を、赤子のすぐ横の床に突き刺した。
「⁉」
一瞬、澪も息を呑んだ。あと少し目測を誤れば、子供を串刺しにしていただろう。
当然、リリンの目的は赤ん坊を殺すことでは無かった。
リリンの剣は、澪と赤子を繋ぐへその緒を断ち切ったのだ。
「お前……!」
リリンは折れた剣を床から引き抜くと、クローディアへと投擲した。
「っ……こんな攻撃――――」
クローディアがその攻撃に気を取られている隙に、リリンは赤ん坊を抱き上げ、部屋から飛び出た。
「させるか!」
「それは………………こっちの台詞よ、クローディア!!!」
満身創痍で頭痛も酷い。しかし、澪は残った体力を全て絞り尽くし、クローディアに火炎魔法を打ち込んだ。
「っ…………こざかしい」
炎はクローディアに当たる直前でバリアに阻まれたが、クローディアの周囲を炎で包囲する事に成功した。魔法により生み出された炎は、簡単には消せない。
その間にリリンは持ち前の瞬発力をフル活用し、まんまと逃げおおせた。
「ありがとう……………………リリン」
そして澪は、体力を全て使い果たし気絶した。
~230日目・9月21日~
澪が目を覚ますと、澪は全裸の状態でどこかの床に倒れていた。手足は拘束され、巧く動かせない。
「ここは…………」
見覚えのある場所だった。忘れるはずもない。
そこは、ウィルダート城、その中にある正面ホールだった。
しかし、床には見覚えのない魔方陣が描かれていた。かなり巨大で、ホール中を埋め尽くすほどだった。人の気配はどこにもない。
――ここは城のはず……なのに……。
「気分はいかが? 成瀬澪」
吹き抜けになっているホールの上に階、その手すりからクローディアは澪を見下ろしていた。
「クローディア!」
澪は咄嗟に魔法を使おうとした。
しかし、躰のどこにも魔力が湧き上がらなかった。それどころか、魔法を使おうとしたら発動する催淫の呪いすらもかからなかった。
「どうして……⁉」
「あれから何日経過したと思ってるんだい? あんたの魔力なんか……」
そう言ってクローディアは、懐から何かを取り出した。
それは、手のひらにのるサイズの朱色のガラス玉のように見えた。
「それは……」
「あんたの魔力、その根源さ。一欠片も残さず抽出しちまったのさ」
「っ……そん、な……」
「その魔方陣はその時に使われたものさ。もう儀式は終了済みなんだ。そして……」
もう片方の手に、クローディアは別のガラス玉を取りだした。今度は、赤黒い色をしていた。
「こっちが、前魔王ウィルベルトの魔力。これで、あんたの魔力は全て無くなったわけだ」
「…………うそ……」
魔力を持つこと、魔族であることは、かつて澪自身を何度も苦しめた事実だった。しかし、そのおかげでこれまで生き延びてこれたことを考えれば、失ったことに対する喪失感は凄まじいものだった。
――それに……そう、それは刃更との……。
「おや、その顔。今になってようやく、東城刃更のことを思い出したって顔だね」
「っ…………何を……」
「分かるさ。だって、東城刃更に最後に会ったのはいつだい? 230日前だ。その間にお前は、処女を奪われ、何百人、いや、何千人ともセックスして、精神を削るような思いをして、そして妊娠出産までしちまったんだ。そりゃあ、意識の外に出て行っちまうさ。前の男のことなんて」
「っ…………そんなことは……」
しかし、澪はそれ以上強く言い返せなかった。
もちろん、刃更のことを忘れたことなど無かった。しかし、もうかつてほどの強い感情を彼に向けられなくなっている事は事実だった。
澪が刃更と初めて会ったのは、高校一年生の夏休み中頃。そして、クローディアに魔界に連れて来られたのが1月末。つまり、刃更と一緒に過ごしていたのは約六ヶ月弱だ。それに対し、魔界での生活はおおよそ八ヶ月近くになる。
もうすでに、刃更とともに過ごした時間以上に、魔界にいるのだ。
「東城刃更とやっていた情事だって、今のお前からしたらただの『お遊び』にしか思えないんじゃないかい?」
「違う……それは、刃更以外の行為は、愛のないもので……」
「愛? 何今更純情ぶってんのさ。あんたが何人の男とセックスしてきたのか教えてあげようか? 私はサキュバスだからね、それくらい臭いで分かるんだ」
「…………」
「3104人だ」
「………………!」
澪は耳を疑った。
本当にそれが、自分がまぐわってきた男の数なのだろうか。
正直、人間牧場では途中から記憶が飛んでいて、何人としてきたかなんて覚えていない。しかし、あの牧場の体制を考えれば、その数もおかしくはない。
「まぁ当然だね。人間牧場では毎日三十人から四十人ほどの新しい男が入ってきて、四ヶ月もの間そいつら全員とやりまくってたんだから。あんたのマンコは、もう真っ黒でガバガバなんだよ。見てみな自分の躰を。あんたの躰は、どう見てもセックス大好きのビッチ体型なんだよ」
澪は自分の躰を見下ろした。
クローディアの言うとおり、八ヶ月前と比べるとかなり様変わりしていた。ただでさえ大きかった胸は情事や母乳によりさらに肥大している。ピンク色だった乳首はいじられすぎて黒ずんでいるうえ、乳輪も大きくなっている。腹部は出産した直後であるためか妊娠線が残り、少したるんでもいる。しばらく運動できない日々の中、栄養のあるものを食べさせ続けた結果、脚や臀部には肉が付いている。
とても、高校二年生の躰とは思えなかった。
「そうだ、ちなみにここがどこかも教えてやろう。ここはお前の知るウィルダート城じゃないよ」
「え…………?」
「ここはウィルダート城をそっくりそのままコピーし、魔界の並列時空に虚数次元的な空間を構築したんだ。扉を使えばいつでも本物の城と行き来できるようにしてある」
澪はその話に聞き覚えがあった。
かつてゾルギアが人間界に作った城も、同じ方法で構築された空間に作られていた。
「それで……魔力の抽出をするためだけに、こんな場所に私を連れてきたっていうの?」
澪は必死に考えていた。魔法を完全に使えなくなってしまった自分に、どうやったらクローディアを殺し得るか、それだけを考えていた。すぐに刃更の事が頭から抜けていることに、澪自身は気づかない。
「ここは言ってみれば控え室さ。私の悲願は人間界で行われる。下手に魔界で行えば、厄介な邪魔が入りかねないからね」
「悲願……」
「そうさ。あんたたちにこんな回りくどい仕掛けをしてきたのも、全てはこのためさ」
――『たち』……やっぱり……他の皆にもクローディアは何かしてたのね……。
クローディアの醜悪さにつくづく嫌になる。彼女は澪にしたようなことを、他の皆にもしたのだ。そして、きっと刃更にも。
「あんたの願いって……」
「ゾルギア様の復活さ」
「そんな……!」
その言葉を聞いた瞬間、総毛立った。
澪の育ての親を殺した敵にして、澪のウィルベルトの力を奪おうとし、あまつさえ躰さえも手込めにしようとした男。それがゾルギアだった。
「あんたたちの日常を壊したのも、快楽に溺れる生活を強いてきたのも、全てはゾルギア様を復活させるためだったのさ。いい気味だね、成瀬澪。自分に酷い仕打ちをした男を、生き返らせるためにさらに悲惨な目に自分が合わされたんだから」
「殺してやる!」
澪は必死に立ち上がろうと床の上をのたうち回った。しかし、手足が拘束されて出来るのは膝立ちが限界だった。
歯が鳴るほど強くかみしめた。
悔しかった。憎たらしかった。今すぐクローディアの首筋に噛みついて、肉を引きちぎってやりたかった。
「憎悪に歪む顔、いいね。そして、その感情をぶつけようにも自分が無力な故、それが叶わない。本当に……気持ちが良い。私のゾルギア様を殺した報いにはちょうど良い」
「そのゾルギアに相手にされなかったんでしょ、あんた」
「何?」
澪はかつてクローディアの逆鱗に触れたその言葉をあえて言った。
「ゾルギア様ゾルギア様ってあんた何回も言ってるけど、結局あんたあいつに全然相手にされなかったんじゃないの? もしかして、生き返らせたら今まで振り向いてくれなかったゾルギアが、自分を見直してくれるとか思ってるの? はっ、どうして自分が相手にされなかったのか考えたこと無かったの? 絶対それ、単純にゾルギアに嫌われてんのよ。それか、どう見ても女として魅力を感じないかのどちらかね。ひょっとしたらどっちもかも」
「…………そんな挑発に、今更私が動揺すると思っているのかい?」
上階にいたクローディアがフッと姿を消した。
次の瞬間には、澪の真後ろに立っていた。
「シェーラの空間移動魔法って便利ね。こうやってあんたを出し抜けるんだから」
「え……?」
澪は髪を強く引っ張られて引き倒された。痛みで口が開いたところで、クローディアが澪の口に手を突っ込み舌をつまみ上げた。
プツッ……
「あがっ…………⁉」
クローディアは澪の舌に細く短い針を突き刺した。
「離せ!」
澪は躰をよじりクローディアの手から逃れた。
――……何か、薬を打たれた⁉
「気づいたようだね。でも残念、今回は媚薬じゃないよ」
「何が残念よ」
「生理調整剤よ。出産後に生理が開始するまで個人差があるけど、それなりに時間がかかる。これは、それを早めるものよ」
「一体……何のつもり……?」
「さぁ? じゃ、私は行く。一ヶ月後、また会おうじゃないの」
「待ちなさいよ!」
澪が食い下がるも、クローディアはさっきと同じように一瞬にして姿を消した。
――気配が消えた……。
気づけば、手足の拘束も解かれていた。
「どうするつもりなの……?」
クローディアが去った後、澪はどうすることも出来なかった。だから、彼女はウィルダート城中を歩き回ることにした。しかし、どこにも誰もおらず、また、どうやっても外に出ることが出来なかった。戸や窓はびくともせず、壊すことさえも出来なかった。
食料庫に食べ物だけは山ほど有ったため、出られなくても飢え死にするようなことはないだろうが、これでは広い城に幽閉されているも同じだった。
「何なのよ、もう……」
長い時間歩き回ったために澪は疲れてしまい、かつて自分が案内された部屋で休むことにした。
ベッドはふかふかで、気持ちが良かった。
――ベッドに横になったの随分と久しぶり。
澪は考える。一体クローディアは、どういう方法でゾルギアを生き返らせようというのだろうか。
クチュッ……クチュクチュッ……
ゾルギアはかつて、死んだ愛する人を生き返らせようとしていたと、マリアの母であるシェーラに聞いたことがあった。しかし、結局それは失敗に終わったとも聞いた。
死者の蘇生なんてことが本当に可能なのだとしたら、澪にだって生き返らせたい人がいる。もちろん、育ての親の義父母だ。彼らを生き返らせることが出来るのなら、どれだけいいだろう。
ジュン……クチュッ……じゅぷぷっ
と、あれこれ考え事をしている最中、澪は無意識に行っていたことがあった。あまりに自然で、まるでルーティンのようなそれに、彼女自身は違和感を持たないのだ。
澪は、両手で自分の陰部をいじり回していた。
――ん~いまいち奥に届かない。何か長いものないかな……。
そして、本当に自然に膣に入れる長いものを視線で探した。
澪はすでに、壊れきっていた。
倫理も道徳も、性に対する考え方も、あらゆるものがかつての澪ではなかった。
――あ、イキそう……。
ビクビクビクッ――――
「ん…………♥ ふっ……♥」
軽い絶頂を迎えながら、澪はまだ思考を回し続ける。
そして、一連の物語はとある収束に向かう。
全てが明らかになる。
次回終章。
本日中に投稿します。