そんなとき、勇者としての生活に決定的な引導を渡されることになる。
公衆トイレの悲劇と薬漬けの日々の終わりが語られる。
●●●
「どこでワタクシの拠点を突き止めたんですかね」
とあるビルの一室。十五番目のクローンの胡桃は、とある男と相対していた。
その男はジーパンにTシャツのラフな姿だが、日本人離れした金髪に目立つ八重歯が特徴的だった。
「ワタクシも暇というわけではないんですよ。これから魔界に行かなければならないんですから」
男は見た目からも分かるように、日本人であるどころかそもそもこちらの世界の人間ですらない。こちらとはつまり、勇者が守る世界のこと。こちらではない、ということは、あちら――――魔界の住人であると言うことだ。
「私は野中胡桃。と言っても、これから正真正銘の『野中胡桃』になる予定なんだけどね」
「クリント様の人形……ですか。そんな存在が、一体ワタクシに何の用ですか?」
「私は、あなたにとって有益な情報を上げることが出来るわ」
重いプレッシャーを放つ男を相手に、偽胡桃は一切物怖じしていない。
「ヒューバートさん。世にも珍しいヴァンパイアの末裔さん。クリント様が、一体何の目的で動いているのか、知りたいと思わない?」
「…………」
ヒューバートと呼ばれた男は、胡桃の真意を伺うように目を細めた。
「あなた、クリント様に認められたいのよね。知っているわよ。でも、むやみやたらに動いてうまくいかないことはあなたが一番分かっているのではないの? そのためには、彼が一体何の目的で動いているのか正確に知る必要がある」
「そうですね、その通り。それではクリント様のお人形さん、あなたは彼の意向を知っているというのですか?」
「えぇ、正確には、彼を動かしている姉の意向を知っている、ということよ」
「ふふふ、もちろん、ただでそれを教えてくれるわけではないのでしょう。あなたは、ヴァンパイアであるワタクシに何を求めているのですか? 話の内容如何では、貴方に暗示をかけて話だけを聞き出すと言うことをしても、ワタクシとしては全くかまわないのですが」
偽物の胡桃は、目の前の軽薄に笑う青年をまねて、同様に笑って見せた。
「クリント様を楽しませる余興にもなると思うから、私の話に乗っておくことをお勧めするわ。私の目的はただ一つ、『本物』になりたいだけ。そのための手助けを、あなたにはして欲しいの」
~3月20日~
○○○
夜の十時を回った頃、胡桃はある町の公園、その公衆トイレにいた。女性用の個室で、一人便器に向かっていた。
「おえ゙ぇ゙…………かはっ、はっ……あぅ、おえ゙ぇ」
胡桃は嘔吐していた。つわりなのか、それとも使い続けている薬の影響なのか、胡桃自身には分からなかった。ただ気持ち悪く、一日に十回以上はこうしてえずいてしまっていた。
期間としては妊娠一ヶ月ほど。しかし、胡桃は変わらず数多くの男達を相手に援助交際を続ける毎日を送っていた。
だから、胡桃は刃更や姉の柚希の現状を全く把握していなかった。この時期には、もうすでに刃更はクリント達の手によって身動きがとれない状態になっていた。
「はっ……もう、吐くものないや……」
胃に何も残っていないのか、吐き気ばかりで肝心の吐瀉物は何もなかった。
――今日は……どこで寝ようかな……。
手洗い場で口をすすぎながら、胡桃は今日の寝床をどうするか考えた。最近はネカフェかラブホのローテーションばかりだった。
ふらふらと公衆トイレを出ると、切れかけた街灯に照らされた公園の噴水が視界に入った。この時期のこの時間、この公園の噴水の水は止められているようだった。
「おやおや、話で聞いた以上に落ちぶれていますね。本当に勇者なのですか?」
「っ…………!」
噴水の縁に腰をかける青年が一人いた。金髪で目立つ八重歯。どう見ても日本人ではない。いや、それどころか――――
「魔族……」
「ご明察。ワタクシ、ヒューバートと言います。こう見えてヴァンパイアをやっています」
「…………」
――ヴァンパイア。聞いたことがある……確か、かなり希少な種族だったはず。
「それで、その吸血鬼様がどうして私の前にいるのかな?」
「クリント様がらみ、と言えばいいですかな?」
「っ――――クリント!」
胡桃は勇者の力を解放した。途端に勇者の戦闘服に換装し、青色の衣服に身を包んだ。
胡桃はクリントに東城刃更に近づかないようにと言われている。しかし、肝心のクリントからの直接の接触は今までに一度もなかった。強いて言えば、彼の配下のアドミラスや自身のクローンである偽胡桃とは何度か会うくらいだった。
そんな中、新たな顔ぶれが胡桃の前に現れたのだ。しかも――――
「血の気が多いですね」
「そんなビンビンに殺気を放っているのに何を言っているのかしら」
明らかにヒューバートは敵意むき出しだった。突き刺さるような嫌な気配が、胡桃にむけられていた。
――一体何が目的⁉
突如現れたヒューバートの目的が、胡桃には全く想像が付かなかった。クリントの差し金だとしたら、妙な今更感があった。
胡桃は男に霊操術の籠手を構えた。
「全く……しょうがない小娘だ」
ヒューバートはジーパンのポケットに両手を突っ込んだまま立ち上がった。武器を構える様子はなかった。
――でも、油断できない。まずは風の精霊の力で牽制を……。
「っ⁉」
霊操術の籠手の力を発動させようとした。しかし、籠手は少しだけ力が励起しただけで、すぐにほとんど反応を示さなくなった。どういうわけか、精霊達とコンタクトがとれなかったのだ。精霊達を繋がれないと言うことは、力を借りられないと言うことだ。
「どうして……」
「なんです? そちらから来ないのなら、ワタクシから行きますよ」
ヒューバートは目にも止まらない早さで胡桃に詰め寄った。
「っ…………このっ……」
ドゴッ――――――
「かっ……」
男の蹴撃が胡桃の腹部に炸裂した。軽い彼女の躰は、その衝撃に耐えられず後ろに吹き飛んだ。
「あぁぁ!」
地面にたたきつけられる直前、グンと腕を強く掴まれた。
「いっ――――」
掴んだのは、他ならぬヒューバートだった。
――速――――
彼の膝蹴りが、再び胡桃の柔らかい腹部に突き込まれた。
「おぐぅ……」
たまらず胡桃は膝を突いて蹲った。
「ごほっ……あぁ……かはっ……」
――何こいつ……強い……。それに……どうして精霊術が使えないの⁉
「どうやらあなた、精霊にすら見放されたようですね。勇者としてあるまじき醜態をさらし続け、あまつさえ快楽に溺れた。まぁ、契約していたとしても、見放されて当然ですかね。そんな状態では、この籠手もただの飾りですね」
「そん、な……」
バギッ――――
「あぁ――――」
胡桃は脇腹を蹴り上げられた。
「契約が破綻してしまった勇者ほど、弱い物はないですね」
何度も、何度も、ヒューバートは胡桃の躰を蹴りつけた。蹴りの勢いで肩や足の防具は粉々に砕け、衣服のあちこちも裂けた。
――力が、入らない……どう、して……。
しかし、それも当然と言えた。不規則な生活リズムの他に、連日の吐き気で胡桃はほとんど栄養をとれていない。体力が著しく落ちてしまうのも、全く不思議ではなかった。
「それじゃ、とどめと行きますか。いや、仕上げと言った方がいいですかね」
髪を掴まれ、持ち上げられた。
――まずい……これは、本格的に……。
「さようなら、『勇者』」
ヒューバートはそのまま――――――――――――――胡桃の首筋に噛みついた。
「っ……な……が――――――」
首筋から、自分の血液が吸い出されていくのが分かった。手足の末端が痺始め、呼吸は著しく浅くなっていく。
――血を……吸ってる……殺される……!
しかし、胡桃の躰は動かなかった。抵抗一つ出来ず、彼女の意識は闇の中に呑み込まれていった。
●●●
偽胡桃はとある公園の公衆トイレに足を踏み入れた。女性用ではなく、男性用だ。掃除が行き届いていないのか、かなり匂いがきつい。個室は三つあり、一番奥には人の気配があった。扉は閉まっていない。
――ヒューバートは上手くやってくれたみたいね。
偽胡桃は奥の個室へと近づき、中を覗いた。
「なかなか似合うんじゃない? これって自虐なのかな?」
個室の便器には、自分の素体となった野中胡桃本人が座っていた。いや、座っていると言うにはあまりに異様だった。両手は背中側で縛られた状態で便器に座らされ、足首には頑丈そうな鉄枷がかけられ、無理矢理床に固定されていた。これでは立ち上がれても、その場で体の向きを変えるだけで精一杯だろう。しかも、彼女は黒い布で目隠しがされていた。服装としてはボロボロの勇者の戦闘服のままだった。
「その声…………私の偽物……」
「いいえ、私が『本物』よ。ま、そんな議論はもう無意味。だって、もうあんたには反論の余地がほとんど残っていないんだから」
「まだそんなこと……一体何のつもり? 私をこんなところに縛り付けて」
「あんた、霊操術の籠手が使えなかったんじゃないの? さっきのヒューバートとの戦闘で気づいたでしょう?」
「…………それは……あの男が何かしたのよ」
偽胡桃は胡桃の目隠しを取った。
「っ…………!」
偽胡桃のすぐ後ろに、ヒューバートが立っていることにようやく気づいたようだった。彼は何も言わずに彼女の背後に立っていたからだ。
「あなた、ワタクシの話を何も聞いていなかったのですか? あなたは、精霊から見放されたのですよ。だけど、それはまだ挽回が及ぶ段階です。勇者として正しいことをしていればまだ許される範囲です」
「それなら……」
敵からの情報でも胡桃にとってはそれは吉報だったようだ。明らかに嬉しそうな表情を浮かべた。
「ちょっとヒューバート。情報は正しく伝えなくちゃ」
「ふふふ、そうですねぇ」
「?」
不敵に笑う偽胡桃とヒューバートに、胡桃はいぶかしげな視線を向けた。
実際偽胡桃は、不敵に笑うどころか腹を抱えて大笑いしたい気分だった。目の前の素体が、あまりにもマヌケに見えたからだ。
「まだ挽回が及ぶ、だけどそれはあんたじゃないのよ」
「何を言ってるの? 霊操術の籠手は私のものよ」
「正確には、あの籠手は『勇者野中胡桃』のものよ。そしてあんたは、もうすでに勇者としての資格を持っていない。ギリギリ戦闘服への換装は出来るようだけど、それ以上は何も出来ない。なぜなら――――」
そう言って偽胡桃は、懐に隠し持っていた小型ナイフを取り出した。
「っ…………何を」
「ちょっとした実験よ」
偽胡桃は手に握るナイフを逆手に持ち、拘束されて動けない胡桃の胸、その奥の心臓へと突き立てた。
「がぁ…………はぅ…………かはっ…………」
ナイフを強く押し込み、そして捻った。完全な致命傷だった。
傷口からおびただしい量の鮮血が溢れだした。例え血を止めたとしても、血液を送る臓器を破壊されたら、人体は生命維持が不可能であろう。
――自分で自分を殺すって変な気分。
胡桃の顔色は見る見るうちに青ざめて血の気が引いてく。もうこうなっては、助ける術はない。
そう――――――――――――普通の人間ならば。
「まぁ、死なないんだけど?」
そう偽胡桃が言い終わる丁度そのころ、胡桃の胸の傷は跡形もなく消え去っていた。一瞬の出来事だった。
「え…………」
本人は何が起きたのか理解できていないようだった。彼女にとっては間違いなく刺された痛みがあったはずだ。しかし、その痛みは今はもう何もない。
「残念ね、『吸血鬼野中胡桃』 あんたはもう勇者じゃない。その代わり……」
偽胡桃は手を前に出して見せた。その手は次第に光を帯び始め、そして銀色の物体が現れた。それは間違いなく、霊操術の籠手だった。
「っ…………どう、して……どうしてあんたが、それを具現化できんのよ!」
「勇者の素質はその血筋かどうかで決まる。あんたも知ってるでしょう? つまり、血液に勇者たり得る因子があるってこと。そして、精霊との契約も勇者の血液を媒介に行われる。さっきあんたは、ヒューバートに血液を吸い出された。それにより、あんたは吸血鬼としてヒューバートの眷属になった。そんな肉体が、勇者として認められるわけがない。対して、私は偽物ではあるけどあんたを元にして作られたクローン体。そして、あんたから吸い出された血液を、ヒューバートに体内に入れてもらった。いわゆる輸血ね。つまり、あんたの勇者としての因子が私に移されたって訳」
血液内の勇者たらしめる因子の移動。本当なら、輸血元の本人が勇者であることに変わりない。しかし、今回は酷く例外的だった。なぜなら、肝心の勇者本人が吸血鬼――つまり、勇者の敵である魔族になってしまっている。
それにより何が起こるか。
「精霊との契約は、この私に移ったってこと」
偽胡桃は、さらに勇者の服に換装して見せた。
「勇者の因子がわずかでも体内にあれば、私でもこの戦闘服になれる」
十五番目のクローンであったはずの偽胡桃は、勇者胡桃の力を見事奪って見せた。いや、それどころか、勇者としての存在まで本物からかすめ取ってしまった。
○○○
にわかには信じられなかった。
状況があまりにも一変しすぎて、胡桃は着いていけなかった。
――私が……吸血鬼⁉ 勇者の敵である魔族になって……霊操術の籠手も……もう私の物じゃない⁉
酷く歪んだ笑みを浮かべる自分のクローンを、胡桃は呆然と見上げるしかなかった。
「せいぜいあんたは、男達に腰振って金をもらっていれば良いのよ。刃更兄ちゃんの隣にも、私が代わりにいてあげる。私が、勇者胡桃になってあげる」
「じゃぁね、元勇者胡桃」
偽胡桃は踵を返し、公衆トイレを後にした。
「ま、待ちなさい! 返して……返してよ、それは、私のよ」
立ち上がって追いかけようとした。しかし、足枷により足を踏み出すことが出来なかった。
「『元勇者』」
ヒューバートが胡桃の視界を遮るように立ちはだかった。
「っ……よくも、あんたぁ!」
噛みつかんばかりに胡桃はキューバートに食ってかかった。
胡桃に引導を渡した張本人。唐突に出てきて、全てをひっくり返した男。
「まぁまぁ、そんな貴方に、ワタクシからの選別です」
トイレに誰かが入ってくる気配があった。一人ではない。複数人だ。
「…………?」
ヒューバートの後ろには、汚い身なりの男達が五人立っていた。
「周囲にいたホームレスの方々です。彼らに奉仕をして差し上げたらどうですか? 貴方にはお似合いですよ」
ホームレスの男達の目は、どこかうつろだった。明らかに正気ではない。
ヴァンパイアは『魔眼』による暗示を使うと胡桃は聞いたことがあった。彼らはヒューバートにより操られているのだろう。
「吸血鬼なら誰でも出来て当たり前の芸当です。まぁ、生まれたての貴方には無理でしょうが」
「っ……!」
「さようなら『元勇者』」
ホームレスの間を抜け、ヒューバートもトイレを出て行った。
「待って…………待ちなさいよ――――――」
ホームレスの男の一人が、胡桃の頭を押さえつけた。ここ数日の不摂生がたたり、勇者としての腕力で男を振り払う力が彼女には残っていなかった。
「やべぇよ、こんな可愛い女の子とやれるなんて思ってもみなかったよ」「なぁ、俺童貞なんだよ。俺からやらせてくれよ」「馬鹿、俺だって童貞だよ。こういうのは早い者勝ちなんだよ」
一体彼らにどのような暗示がかけられているのかは分からない。しかし、少なくとも胡桃の話を聴くような冷静な男達には見えなかった。
「いや、ちょっと……どいてよ……」
「俺こいつ知ってるぜ。金持ちとやりまくって小遣いもらいまくってるって噂になってる中学生だぜ」「そうか、残念だったな。俺達は一文無しだ。ただでやらせてもらうぜ」
男は胡桃の勇者服のスカートをたくし上げ、中のショーツを脱がせにかかった。
「くそ、枷が邪魔で完全に脱がせられねえ。まあいいや」
男はショーツを膝まで降ろしたところで、自分の肉棒を取り出した。
その瞬間、悪臭が辺りに立ちこめた。
――臭い……一体、どれだけ洗ってないの⁉
数多くの男性器を見てきた胡桃でも、さすがに思わず吐き出しそうだった。色が黒く、垢や白いカスがこびりついていた。
「おい、ここで良いんだろう?」
「待って……まだ、濡れてないって――――」
ずぶぅ…………
酷く汚れた肉棒が、胡桃の肉壺へと突き入れられた。
――入ってきた……いやだ、気持ち悪い……。
いくらセックスが好きになっている胡桃でも、清潔感を持ってこれまで行為に及んでいた。だから、彼らとの行為は嫌悪感しか湧いてこなかった。
「おうぅ!」
ビュグッ、ビューッ、ブビュルルッ
「え…………」
入れただけで男は射精してしまった。ドロドロとかなり粘性のある精液が、胡桃の膣内へと注ぎ込まれた。
「勝手に、中に……」
「おい、どんだけ早漏れなんだよ」「仕方ねえだろ、初めてなんだから。あ、孕んでも俺等責任とれねえから、勝手に降ろすか産むかしてくれ」
――だ、誰があんた達の子供なんか……
胡桃は現在妊娠しているため、これ以上妊娠するようなことはないものの、自分勝手な物言いに気分が悪くなった。
「あ……しょんべんしたいわ」
胡桃に挿入したままの男が、ぶるりと腰を震わせた。
「っ…………な……待って、何考えてるのよ……まさか」
「まぁ、こうして便所に縛り付けられてるって事は、お前も便所なんだろう? 別に良いだろ」
「っ…………いいわけ――――」
ジョボボボボボ…………
胡桃の膣内、そして子宮内に、明らかにさっきよりサラサラとした温かい液体が満たされていった。
「嘘……嘘…………何で……おしっこなんか……」
「男ってのは射精した後になんかしょんべんしたくなる生き物なんだよ。ビッチなら知ってんだろう」
屈辱的だった。膣内放尿はされたことが何度かあったが、ここまで惨めな思いは初めてだった。自分の躰を本当にただの公衆便所のようにぞんざいに使われたようで、かなりの嫌悪感を覚えた。
そこで初めて、胡桃は援交にそれなりのプライドがあったのだと悟った。男を悦ばせ、気持ちよくさせることが出来る自分の躰。その報酬として、かなりの額のお金を受け取っていた毎日。そのなかで、その気になれば好きなだけお金を稼げる躰を、自分は持っていると思っていたのだ。それは、クリントの命令とは、偽胡桃の罠とか、刃更に対する罪悪感とか、そう言ったものとは全く関わらない、別のベクトルの感情だった。
「おい、何してんだよ。代われ」「うおっ、引っ張るなって」
別の男が胡桃の前に割って入ってきた。すでに自分の欲根を取り出していて、すぐにでも行為を始められるように準備していたようだ。
ズブブブッ
「やめてって……あぁ、また勝手に……」
別の男の、またもや酷く汚れた肉棒が精液と尿まみれの淫裂に挿入された。しかし、その男も数回程度のピストンですぐに射精してしまった。
――も、もう出たの…………⁉
入れられただけでももちろんそれなりの快感が胡桃の中には生まれていたが、彼女の満足させるだけの快感に至らなかった。そのことが一層、自分が女扱いされていない、人間扱いされていない事の証明の様な気がして、一層悲しくなった。
――本当…………私をただの便器として見ていない……。
「さすが中学生まんこ。きつくてすぐ出ちまったよ」
胡桃にとっては、犯されること自体も屈辱的ではあった。しかし、行為そのものが酷く彼女にとって不完全燃焼で、奇妙なフラストレーションばかりが溜まっていった。そのねじ曲がったストレスと、惨めな気持ちがない交ぜになり、胡桃の感情は今までにないほどぐらぐらと揺れた。矛盾はしないものの、本来両立するものではない感情が、彼女の精神を瓦解させ始めた。
「あ、俺もしょんべんするわ」
「ちょっと…………わ、私は、あんたたちの便器じゃない…………も、もうおしっこしないで……ちゃんとエッチしてあげるから……だから……出さないでぇ!」
胡桃の抵抗もむなしく、二度目の放尿が膣内で行われた。
ジョロジョロジョロジョロ…………
温かいを通り越し熱いとさえ思える汚い熱量が、彼女の中を陵辱した。
「うぅう…………出さないでっていったのに……」
次々と涙がこぼれてきた。ただでさえ勇者で無くなった事実を受け入れられていないのに、その上でのこの追い討ちだ。胡桃は堰を切ったようにボロボロを泣き始めた。
「うえぇ゙ぇ゙…………あぁ゙ぁ゙ぁ゙あ゙ぁ」
「すげ、ぞくぞくする」
胡桃の号泣は、男達を高ぶらせるだけだった。
その次も男達はどんどん胡桃の膣内で射精した後、決まって放尿した。終始、胡桃は泣き叫んでいた。
悲しかった。悔しかった。
自分が一体何をしただろうと思った。
好きな人の側にいることを許されず、大切にしていたものは跡形もなく奪われた。薬に溺れ、散々レイプされた後に妊娠し、挙げ句の果てに女としても人間としても尊厳を奪われた。
もう何もかもがいやだった。
「ごめんなさい……ごめんなさい……ごめん、なさい…………」
胡桃はひたすら謝っていた。一体誰に謝っているのかは彼女にすら分からない。
ホームレス達はそんな彼女にかまうことなく、欲望のまま行為を続けた。
~3月25日~
噂を聞き付けた坂峰五十鈴は、とある公衆トイレを訪れた。トイレに入った瞬間、酷い悪臭が漂った。複数人の気配もあった。
「あんたたち、そこで何をしてるの?」
男性用トイレに躊躇無く五十鈴は踏入り、中の男達を怒鳴った。
「何だ、なんで女子高生がこんなとこに……?」
五十鈴は高校の制服を着ていた。背中には長い筒状のバッグを背負っていた。だからこそ、彼女の異様さが際だった。
「悪いんだけど、そこにいる女の子、渡してくれない?」
汚れた格好の男が一人、前に出た。彼らは個室の一番奥に集まっている。そこに五十鈴の目当てはいるらしい。
「あぁ? 悪いがこれは俺達の便所だ。文句があるならお前が代わりに俺達の便所になるか?」
「お金なら払いましょう」
そう言い五十鈴は、懐から一束の札を取り出した。思わず男達はその額に息を呑んだ。
「俺達がお前をねじ伏せて金を奪い、お前も俺達の便所にするとは思わねえのか? 頭の足りねえお嬢ちゃん?」
「そうですか」
五十鈴は目にも止まらぬ早さでかがみ込み、背中のバッグを開けた。
「っ…………!」
五十鈴の手には抜刀された日本刀が握られていた。その切っ先を、男の鼻先に突き付けた。
「その前に、私があなたたちをねじ伏せるとします」
「っ――――――ひぃぃぃぃぃ!」
完全に怖じ気づいた男達は、五十鈴の脇を走って通り過ぎ、トイレを出て行った。
「全く……」
五十鈴は納刀し、個室一番奥へと近づいた。
そこには、原型の分からないボロボロの服を着た、精液と尿まみれの胡桃がぐったりしていた。
「この調子じゃ、この子が持ってた薬やお金は全部盗まれちゃってるわね……ごめんね、もうちょっと早く来ていれば良かった」
胡桃は五十鈴の登場にも、全く反応を示さなかった。生きてはいるようだが、衰弱しているようだった。
「お腹の子、無事なら良いんだけど」
五十鈴は携帯電話を取りだし、誰かに電話をした。
「もしもし……えぇ、いたわ。運びたいから男手をちょうだい。え? あぁ、うん。どうしてそんなことしたかって?」
誰かを話している様子の五十鈴。悲しそうな顔で胡桃を見た。
「分からないわ……私にそこまでの義理はない。でも、助けたいと思ったの。強いて言えば……昔死んだ妹に似てるからかな」
五十鈴は決意の表情をした。
「彼女を、うちの組で保護するわ。本人は嫌がるかも知れないけど、このままだとお腹の子供どころか、胡桃ちゃんが死んじゃうし。彼女が元気になったら、彼女が望む仕事も与えてあげるつもり」
勇者でなくなり、底辺まで堕ちきった胡桃は、とある暴力団を取り仕切る少女に引き上げられることになる。
失った物は何も戻ることはないが、それでも胡桃は、生き残るという選択肢を失わずに済んだ。
胡桃編をお読みいただきありがとうございます。
毎日投稿週間四日目です。そしてヴァンパイア編の第三話です。
恒例の説明ではありますが、ヴァンパイア編は四人のヒロイン(マリア、柚希、胡桃、ゼスト)にまたがる物語(各一話)です。
胡桃編は柚希編の直後の時系列です。まぁ別に物語としては分離してるので、前後は気にしなくても大して問題ないです。
胡桃はこれから少しでも救われてくれたら良いですね(人ごと)
では明日ゼスト編に投稿されるヴァンパイア編の最終話をよろしくお願いします。あくまでヴァンパイアシリーズの最終話なので、ゼスト編は終わりません。まぁそろそろだとは思いますが。
ちなみに、唐突ですが本日もう一本投稿します。番外編として梶浦立華に焦点を当てた物語です。一週間待てずに割り込み投稿ですw
お時間があれば、次も読んでもらえたら嬉しいです。