現実とはつくづく厳しい。
身近にいるのは嫌な人間ばかり。悪いことだらけで、いいことなんて微塵もありゃしない。ストレスまみれ鬱まみれで発狂寸前。ぶっちゃけ、人生なんて投げ出したくなる。
比べて「二次元」の世界(主に萌えアニメなど)ときたらどうだ。現実とは違いなんと神々しく、美しいことか。
主人公たちを中心に織り成すスリリングな大冒険、エロス、エキサイティングな日常、エロス、痛快なサクセスストーリー、そしてエロスであふれかえっている。
何より魅力的なのは美少女キャラの存在。リアルよりもはるかに可憐かつ性格面も良質な、夢のような美少女が二次元では山ほどいるのだ。
ああ、こんな退屈で重苦しい三次元から抜け出したい。
二次元に行きたい。
二次元の女の子たちとお近づきになりたい。
願わくば、オッパイのおっきいお姉さんと――。
………そんなしょうもなく親父臭い妄想にふけり、だらしなく顔面をゆるませながら少年は。皇啓太《すめらぎ けいた》は、人通りの少ない住宅地の小道をただ一人ぼっちで歩いていた。
月は5月の中旬。時刻は5時ちょい前。
また日が高いにもかかわらずカアカアやかましいカラスどもの鳴き声に眉根を寄せつつ、啓太は小学校からの帰路についていた。
「はあ………」
くだらない妄想に一区切りがつき、ようやく現実世界へと戻ってきた啓太。そんな彼は本日の小学校であった出来事を思い出し、深々とため息つく。
皇啓太は近所でも有名なエロガキだ。
小学生にして性欲は旺盛。過保護すぎる叔母から買い与えられた成人向け雑誌やAVのおかげで性知識も豊富。
スカートめくりの常習犯であり、女性教員へのパイタッチといった痴漢行為はもちろん、銭湯の女湯のぞきまでやってのけるとんでもない男子小学生である。
だから、自然と集団の輪から外されてしまった。
ルックスはいまひとつ。叔母にさんざん甘やかされて育てられたせいで、わがままで自己中心的。中途半端に賢いのもあってか、年不相応にマセている。有り体に言えば、友達らしい友達もいない生意気なクソガキ。
小学生の子供社会は想像以上にシビアな世界。
スケベな性格の上、これだけの材料があれば必然いじめのターゲットになってしまう。
そのいじめの内容はしごく単純。今日も今日とて、クラス全員から「無視」された。殴る蹴るなどの肉体的暴力などは一切してこない、ベクトルの異なる地味な精神的攻撃。まるでいないもの同然として扱ってくるのだから、本当にたちが悪い。
または「陰口」。これもなかなかグサッとくる。わざと聞こえるように平気な面で「死ね」だの「学校くんなエロザル」だの毒づいてくる女子連中。リアルの、特に同い年の未発達な貧乳女子どもの陰湿ぶりとにたら、実にわずらわしいことこの上なかった。
「はあ…」
思い出すたび、啓太の口からはため息ばかりがこぼれおちる。
いじめてくるのは主にカースト上位の女子グループだ。
最初のころは一部の男子や比較的真面目な女子生徒が庇ってくれたのだが、だんだんとそのグループに引きづられていき、今となっては完全に傍観者か共犯者のポジションにおさまっている。
無論、面倒事を嫌う担任教師は見て見ぬふり。スクールカースト最底辺で問題児である啓太なんかどうなろうと知ったことか、と言わんばかりだ。
全くもって目を覆いたくなるほどのつらい現実。
そんな三次元から逃避した啓太を救ってくれたのが、二次元なのだ。
二次元ならいじめがあっても、たいていはご都合主義でどうにかなる。二次元なら女の子たちも優しいし、陰口なんか叩かない。二次元ならスタイルも良くて、ボンッキュッボーンな女性がわらわらいる。……まさに啓太にとっての理想郷。
しかしながら、どれだけアニメやラノベで癒されようと、義務教育を受けねばならない以上学校に行かなければならない。そこでまた現実と、いじめと戦わなければならない。学校が終わると、二次元でズタボロに疲弊し傷ついた心を癒す。それから現実へ引き戻され―――その繰り返しだ。
(やになっちゃうよ、もう)
いい加減疲れた。だるい。
二次元で癒すにも限界がある。
かといって不登校で引きこもり、叔母に迷惑かけるのもよくない。
けれど、そうなると少なくとも小学校卒業までこんな状況に耐えざるを得ないわけで……。
「ちぇっ」
だいたいなぜ自分がこんな目にあわなきゃいけないんだ。
女が好きで何が悪い。オッパイ大好きで何が悪い。エロいことが好きでいったい何が悪いと言うんだ。
身につのる苛立ちをぶつけるかの如く、啓太は道端の小石を蹴っ飛ばす。
当たりどころが良かったのか、石はきれいな弧を描いて思いの外遠くへ飛んでいく。
そのときだった。
啓太が『ソレ』の存在に気づいたのは。
ポトッと石が落ちたその少し先。そびえ立つ電信柱の根元。影に隠れるように、ソレは横たわっていた。
「……?」
けげんに思いつつもなぜか惹き付けられるかのように、啓太はソレの元まで歩み寄っていく。
そして、おそるおそると拾い上げた。
「なに、これ…??」
こうして、啓太はついにソレと―――その一冊の『ノート』との出会いを果たしたのであった。
「『二次元の女の子とエッチなことできちゃうぞノート』?」
思い切り胡散臭いものでも見るかのような目で、啓太はソレの表紙に刻み込まれた文字を読み上げた。
場所は変わって啓太の自宅。その私室。
この部屋は色々とカオスだ。
壁にはアニメやエロゲのポスターがべったり。棚には肌色面積の多い美少女フィギアがびっしりと。
まだ小学生の子供部屋なはずなのに、社会的末期感と哀愁が漂うドロドロのオタク部屋とかしている。
帰宅するやいなや啓太はさっそくこの魔窟じみた自室にこもり、ランドセルを学習机に放ると、拾ってきた例のノートを調べていた。
見た感じはその辺のコンビニにでも売られてそうな飾り気のない青い大学ノート。
どういうわけか表紙に黒字ゴシック体でデカデカとタイトルが書き込まれている以外、市販のノートとなにも変わらない。
ただ問題はネーミングセンスだ。なんだ『二次元の女の子とエッチなことできちゃうぞノート』って。名前がやたら長ったらしいし、アホっぽい。
ノート自体も平凡そのものだし、何ら特別感を感じ取れなし怪しさ満載である。
が、しかし。
(二次元の女の子、かぁ………)
生粋のオタクとしてか、そのワードに反応してしまった啓太は、ほとんど無意識的にページをめくった。
中身の方もたいして変わったものはない。違うところは裏表紙。そこには、この『二次元の女の子とエッチなことできちゃうぞノート』の説明書き、もとい使い方が黒字の箇条書きでぎっちりとつめこまれてあった。
ラノベで活字に慣れている啓太はスラスラとその説明文を黙読していく。
『ノート』の使用方法はごくごく簡単なもの。
一つ。この『ノート』とやらにアニメ・マンガ・エロゲ・ラノベなどの登場人物の名前を記入するだけ。そうすると一分も経過しないうちに、その二次元キャラクターが召喚されるとのことだ。
二つ。付け加えて、召喚の場所・召喚したときの状態の指定もできる。例えば「この家屋の浴場にて全裸で」といった具合に『ノート』へと書き込むと、その内容通り浴場で裸姿の二次元住人が出現する。まあ基本的に名前の書き込みだけで召喚できるので、これは飽くまでおまけみたいなもの。追加のオプションといっていい。
三つ。さらに召喚した二次元キャラの「言動」を『ノート』で自在に操ることもできるらしい。事前に『ノート』に書き込んでおけばキャラクターに攻撃を受けたり、逃げられたりといったリスクを回避できる。最も、操作できるのは召喚キャラの行動、身体のみ。精神まではコントロールできないみたいだ。
…他にもいくつか注意事項の記述があるが、大まかにまとめるとこんな感じか。
(二次元の住人を召喚……)
これで本当に二次元キャラを呼び出せるのなら素晴らしいし、すごいことだが――。
(ありえないでしょ、そんなの)
馬鹿らしすぎて失笑を禁じ得ない。
別段オカルト否定派でもないが、こんな小道具一つで魔法じみた超常現象を引き起こすことができるのなら誰も苦労しない。小学生どころか、幼稚園児ですら笑い飛ばすだろう。それくらいくだらなく思えた。
十中八九、何者かによる手の込んだイタズラに決まっている。何者かは知らないが、よほどの暇人であることは確かだ。
そう結論を下し、『ノート』を無造作に机の上へと放った啓太であったが、そこで少し考え込む。
……だが、もし。もし本当だとしたらどうだろう。
周囲からエロガキと称されているだけあって妄想癖な一面も持つ啓太は、そのまま思考の世界へとトリップした。
仮にこの『ノート』がホンモノならば、何を召喚させようか?
まず『二次元の女の子とエッチなことできちゃうぞノート』とかいう題名からして、召喚できるのは女キャラ限定なのだろう。
とすると、だ。
(やっぱりボインボインなお姉さんキャラだよねぇ)
となると候補はたくさん出てくる。
今までありとあらゆるアニメを視聴し、エロゲをやりつくしたオタク小学生だ。当然、選択肢も多い。
(う~ん。最初に呼び出してみたいのは……。そうだなあ……)
またも思考の海にダイブする中。啓太の脳裏にあるライトノベルの作品と、そのヒロインの顔とオッパイが浮かび上がった。
ハイスクールD×Dのリアス・グレモリー。
啓太が最近読み込んでいる作品であり、作中のメインヒロインだ。
基本的にハイスクールD×Dはバトルとラブコメ、そして啓太の大好きなエロス(主にオッパイ)をコンセプトとしたラノベである。アニメ化もされており、もちろん啓太はそこも制覇していた。
魅力的な美少女キャラが多数登場しているのだが、やはりこの作品名を聞いて一番始めに連想できるのは、メインヒロインをはっているリアスだった。
このヒロインは啓太も大変気に入っている。
出るべきところは出て、引っ込むべきところは引っ込んでいるナイスバディ。自分より年上である点もそうだが、目の付け所は内面的は部分。
勝ち気で負けず嫌い。それでいて面倒見が良く、母性もあり、お姉さんぶるところ。
ヒロインの気質としては王道な性格かもしれないが、だからこそ征服のしがいがあるというものだ。強気な女をモノにするシチュエーションはグッとくる。
そんなこんなでリアスがお気に入りな啓太。
ゆえに、原作で彼女と相思相愛な関係を構築している主人公・兵藤一誠に対しては嫉妬のあまり殺意すら沸かせていた。
だいたいこの主人公はいけ好かない。自分と同じ変態のくせして友達はいるわ、リアスや朱乃などの多くの異性からモテモテだわ、変なところで鈍感だわでいちいちむかつく。
男キャラが嫌いというわけではない。少年漫画の主人公らは好きだしカッコいいと思うし、憧れてるキャラもいる。
だがイッセーを筆頭とするハーレム主人公たちは別なのだ。
奴らは女子の好意に鈍感だし、たいしてカッコよくもないし、モテる理由が説得力ない男ばかりだし、啓太から見たらこれっぽっちも魅力を感じ取れない。とてもじゃないが、ヒロインの相手にふさわしくない。リアスとイッセーなんてその代表である。
……どうみても嫉妬による理不尽な言い訳だし、架空のキャラになに言ってだこいつとしか思えないが、啓太本人は至って真面目であった。
イッセーからリアスを奪いたい。あのムチムチの女体を抱いて、子種をそそいで、妊娠させてやりたい。文字通り、自分の女にしてやりたい―――。
小学生の分際でケダモノじみたドス黒い欲望にジリジリ身を焦がせる啓太。
その本能に突き動かされるように、啓太の右手は机の片隅にすえ置かれてあったエンピツを取る。
その手は独りでに『ノート』にエンピツをはしらせ、ゆっくりゆっくりと文字を刻んでいった。
『リアス・グレモリー 皇啓太の部屋にて』
(これでいいのかな……?)
召喚時の状態までは記入してないが、必要事項はきちんと押さえてあるので大丈夫だろう。
エンピツを元の場所に戻し、椅子の上であぐらをかきつつ、しばらく様子をうかがってみる。
………………………………やはりというべきか何というべきか。何もおこらない。
わかってたけどね。
本格的にアホらしくなり、啓太は自虐的な苦笑いを浮かべた。
論より証拠。結局この『ノート』は、ただのノートだった。
二次元は二次元。三次元は三次元。所詮は三次元の住人でしかない啓太が、二次元に干渉なんてできるわけがないのだ。
もう諦めよう。どうせ自分は三次元から、現実からは逃げらない。
さて、つまらない暇潰しはやめだ。
今日はToLOVEるをおかずにして、思う存分オナニーに励もう。
そう決意しながら啓太が腰を浮かせかけた次の瞬間であった。
カッとまばゆい白き光が部屋中にほとばしったのは。
「うわああああぁあっっ!!?」
突然の事態に啓太は仰天し、椅子から転げ落ちる。
正体不明の怪光線。そいつは窓より射す夕日に染まりし壁や床を真っ白に塗りつぶし、カミナリの光の如くくっきりと室内全域を照らし出していく。
なんだ、こりゃ。いったい何が起きている?
混乱のあまり我を失いかける啓太。
が、これはほんの一瞬の出来事だった。
啓太が我を失うのは待たずとしてその謎の光はかき消えた。まるで最初から存在してなかったかのように、あっという間に。
白昼夢の類だろうか。それにしてはやけにはっきり視認できたが。
とまれ、身の安全を確認できた啓太はホッとした。
まだ11歳の児童で小心者。こういった不足の事態には弱いのだ。
そんなヘタレなガキは自分の部屋に異常はないか、キョロキョロと見渡し始めた。
(あれ?)
と、ここでようやく気づいた。
壁際にセットされた、子供用にしてはやや大きめなベッドの上。そこに人影があることに。
誰だ?
おっかなびっくりながらも、ソロリソロリと啓太はベッドへと歩を運ぶ。
そこで彼は本日二度目の驚愕を体験した。
紅い長髪の女子高生。美しき悪魔っ娘。魔王の妹―――リアス・グレモリー。
啓太のベッドで、その彼女が静かに寝息をたてていた。
エロは次話になる予定。
更新は来週になると思います。