クルス×胡桃
ただいまの一コマ
「ただいま胡桃さん」
若竹色の髪の少年クルス・シルトは、断崖の穴倉の中に構えた家に帰るなり愛する妻の名を呼んだ。
目の前にはベッド、ベッドの上に腰を掛けるは腰下にかかるほどの長い髪を後ろ髪を二本の、両の横髪をこれもそれぞれ一本ずつの二本。
計四本の三つ編みにしたコカブラウンの髪を触りながら、彼の帰りを待っていた妻の姿があった。
濃色の青の制服、格子模様の膝上丈の赤いスカート、太腿近くまでを隠す黒いソックス。
いつもと何も変わらない姿をしたクルスの奥さん──―胡桃の、ルビーのように赤い瞳が彼に向く。
「クルスっ」
その姿を見咎めた胡桃は、ぼんやりしていた表情を一変させて破顔し、笑顔となり、クルスに抱き着いた。
「お帰りなさいクルス。貴方の帰りをずっと待っていたのよ」
胡桃はずっと待っていた。この断崖の家で、この穴倉の中で、シメオンに協力した少年、シメオンから逃げ出すきっかけとなった愛する少年、愛する夫の帰りを。
彼が傍に居てくれないと寂しい。彼が傍に居る事こそ私たちの普通。その在り方の通りに嘗ての少女部隊だった胡桃は、少女部隊の頃の制服をそのままに若竹色の髪の年下の少年クルスの帰りをずっと待っていたのだ。
あなたが居ないと心が締め付けられる。あなたが居ないと寂しさで死んでしまいそう。ありったけの想いを込めて胡桃は訴えるのだ。
「私ね。クルスが居ないと死んじゃいそうなくらいに寂しいのよ」
「大袈裟ですよ、お仕事をして帰ってくる。ただそれだけの、毎日と同じ繰り返しの事じゃないですか」
クルスは抱き着いてきた胡桃の背中を、彼女の背中に流れる三つ編みを優しく撫でる。
慈しむような、ではなく、慈しみその物の愛撫を彼女の髪に背中にと送り続ける。
三つ編みの編み目にしっかりと指を這わせて髪の手触りを指で感じ、胡桃の、妻の三つ編みを撫でながら、クルスは彼女を落ち着かせようとするも。
「大袈裟じゃないよ。ここはブラックスポットだもの。私と同じで戦闘には向かない貴方のことだから、いつ何処で命を落としているかもって、怪我をしているかもって考えると気が気じゃいられないの……」
胡桃のクルスへの心配を抑えることはできないのだ。
胡桃はクルスを愛している。クルスだから愛している。
クルスがクルスだからこそ、クルスと出逢ったからこそ彼女はクルスと共に生き、クルスと共にシメオン内部で活動し、着の身着のままシメオンを脱出し、この穴倉の中で彼と結婚をした。
この厳しい以外の言葉を見出せないブラックスポットで夫婦となったのだ。
何度も何度も、幾度も幾度も肌を合わせ、体を一つにし陸み合い、愛し合い続けた。
暑い日も、寒い日も、朝も、昼も、夜も、時を忘れて愛し合い胡桃のお腹には──。
そんな愛おしい伴侶が外へ出て帰ってくる。たったそれだけのこと。それがどれだけ嬉しくて幸せを感じることか。
「そんなの、僕だって同じです。胡桃さんが居るから、だから僕はこの環境下でも生きていけるんだ。胡桃さんが居なければ、もしも胡桃さんが死んでしまったのなら、僕はこの命を絶つと思います。愛する貴女の居ない世界で僕は生きられないから」
「クルス……」
愛とはいと深きもの。
底の見えぬもの。
深淵の奥へと続く終わりのない暗闇。
深い深い、呪いとも受け取れようものでもあるのだ。
クルスと胡桃の愛はそれほどに根深く、絡み合い解けぬものなのだ。
だから、いずれかが死ねば生きていけない。そう思えてしまう。
しかし、だが、同時にこうも思えるのだ。
クルスが。
胡桃さんが。
二人が互いに生きているのならば、例え極寒であろうと、灼熱地獄であろうとも、生きていく事が出来ると。
愛とはいと高きもの。
空を飛んでも、飛び続けてもけして終わらない太陽の光の中そのもの。
どんなに暗い地であろうとも照らし続ける陽光の輝きそのもの。
高い高い、天よりもなお高い、希望そのものであるとも言えるのだ。
「クルス……」
「胡桃さん……」
静かに優しく抱き合い、唇を触れ合わせる二人。
クルスという名の希望。
胡桃という名の希望。
二つの希望は絡み合い、けして解けることはない。
「んっ、あむ……」
解けない愛は、そのままの形をベッドへ移す。
「は、あ……あぁっ! くる……す……っ」
胡桃の口から愛の嬌声が迸り。
「ふ、くうっ、胡桃さん」
クルスの口よりその愛に応える声が返される。
ただいまの一言。
ただいまの抱擁。
それより幾分も経たぬ間に二人はこうなる。
晴れの日も。雨の日も。雪の日も。
この一年の愛は常に燃え盛っていた。
どうにも止まらない。止められない愛は交合を以ても昇華しきれず、かと言って交合以上の愛情の示し方を知らない二人は、ただひたすらに肉体同士で重なり合った。
クルスが外に出すことも無い。愛する胡桃に全てを出し切るのは常として持ち、クルスに愛される胡桃は常時クルスの精を己が身で受け止めるのだ。
そうして一年間愛し合い続けた末に。
そう、胡桃のお腹には既に一つの小さな命が宿っていたのも無理からぬ程にクルスの愛を受け、クルスは彼女を愛した。
深く、そして高く、二人の愛は、闇へも光へも。そう、黒にも白にもその頂きへと至っていたのであった。
終わり。
こちらは私の友人が昔描いてくださった小説のその後を私の独自解釈で描いたものです。
簡潔に説明いたしますと、クルス君がシメオンに捕まり、その世話係の様な者に胡桃が付き、やがてクルス君と胡桃は愛し合うようになる。
愛し合った二人。クルス君は愛する胡桃の為にもシメオンに協力するようになります。そしてシメオンと神父様たちの戦いの後、二人はシメオンを脱出し深い穴倉の中で暮らすようになる。
毎日のように愛し合い、やがて結婚。この際アルカがクルスを見つけてやってきますが祝福してくれております。
胡桃はクルス君の子を妊娠中です。でもクルス君は彼女への愛を抑えられない。
胡桃も彼への愛を抑えられない。ゆえにこうして抱き合ってしまう。
ただいまの数分後には、といった、クルス君と胡桃のただいまの一コマでした。
短編集内の各お話と投稿予定(未定)の続きやお話で読んでみたい作品はありますか?(ご期待に副える事が出来るかどうか分かりませんが、一ご意見としてお伺いしたいと思います)
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