銀蜻蛉舞う公園
無いかも知れないと思っていた小説の内の一作を探していたのですが見つかりました。
読みやすい様にと私なりの編集は加えておりますが一文字も弄っておりません。
こちらの作品は14年前の私の誕生日プレゼントとして描いていただいたリクエスト作品でして、後々私の描いた「BSの片隅で」のミウさんの原型とさせていただいたミウさんSSです。
銀蜻蛉舞う公園
日が天辺まで上り切った午後。クレーター状になっているここブラックスポットでは空気が滞留するため、「街」と比べ比較的温暖な地域なのだが、それによって午後の西日はじりじりとブラックスポットをより暑く照らし出して温暖を熱帯に変える。
それ故に露出の多い服を着る者も多いのだろうが、普段厚着のクルスもこの日に限っては姉から貰ったたった一つのTシャツと、いつもの七部丈ズボンを着て一陣の風が吹けば熱砂が吹き荒れる荒野を歩き続けている。
背中には、大量の銃火器と食料、そして大切な姉へのお土産。
大きなリュック一杯に詰まった明日への希望を背に抱えながら、クルスは点々と汗を滴らせながら、レジスタンスの支部へと歩みを進めていた。
歩を進める度に、背中の荷物の重みが少しずつ増していくような錯覚を覚えながらも、ただ彼はひたすらに歩いた。
(姉さんに……レジスタンスの皆さんに……少しでも役立てるように……歩き続けなきゃ……!)
確固たる意思をもった少年は、歳に似合わないくらいの大きな荷物を必死で運ぶ。
ふと一息つこうと、日差しから逃げるようにと岩影に隠れ、リュックの中から一本のペットボトルを取り出す。
中にはブラックスポットでは貴重な澄んだ飲み水が入っており、それが後ろから当たる陽光できらきらと輝いている。
(一口くらいなら、怒られやしないよね)
クルスは少しためらいながらも、ペットボトルのキャップを開けて、一口それを口に含んだ。
水を飲めば口内を、喉を冷たい水がさらさらと癒していく。普段飲むスーパーゲル状デロドロンドリンクとは違い、喉をすっと通っていく水にクルスは感謝しながらキャップを閉める。
再び光に煌めくペットボトルを眺めようと陽光にそれをあてようとすると、不意に大きな影が陽光を遮った。
(────―ッ、しまった! 野党かッ!!?)
自らの荷物を狙い、人影のつかないところまで着けられていたのかと、クルスはポケットから一つの拳銃を取り出して、警戒しながら直ぐさま後ろに振り向いた。
振り向いた銃口の先には、女性。
そこそこ背の高い、かなり露出の激しい服を纏っているオレンジ色の髪をしたポニーテールの女性が、今にも倒れそうな表情をしながら、銃口に手を当て「み……水を……その水を少々恵んではくれないか……」と懇願してきた。
戸惑い、とブラックスポットの経験から、クルスは銃口を女性に向けたままぐるりと辺りを見渡す。もしかするとこの女性が野党の釣り餌であり、油断した隙に荷物を全て強奪されるのではないかと思案するのもこの地では悲しくも当然。
ぐるり、キョロキョロと辺りを見渡してみるが他に人がいる様子も、人が隠れられそうな場所もない。
何よりここはレジスタンス以外殆ど使用する事のないルートだ。
クルスは確認のため、未だ銃口を降ろさずに女性に問う。
「貴女は一人……のようですが、レジスタンスの一員ですか? それともシメオンの一味ですか?
答え次第では……僕は……この銃口を引きますよ」
言葉自体には威勢はあるが、声自体には威勢の欠片もない。震えた声で、ブレる銃口の矛先の女性は掠れた声で「ああ……私はレジスタンスの一員、ミウだ……ネウト部隊長の部隊にいるのだが……
どうか……水を恵んではくれないか……? このままでは……」
ネウト部隊長──―その言葉を聞いた時、クルスは銃口を彼女に向けるのを止め、銃をポケットにしまいこんだ。
「ネウト部隊長の事を知っているということは、貴女もレジスタンスですね。レジスタンスの部隊長の名は、外部では偽名で使用されますからね……さあ、水をどうぞ」
「かたじけない」
そう言うと女性は差し出された水をゴクンゴクンと勢い良く飲みだし、ペットボトルが空になるとぷはあと息をついて、「感謝する、おかげで助かった」と言いながら地面に倒れこんだ。
「だ、大丈夫ですか!?」
唐突に倒れこんだ女性に慌て、クルスは顔を覗き込む。
「ああ、大丈夫だ。これだけの水さえ飲めれば……一週間は持つさ」
と言うと、陽光をよけるように腕を目の上に被せ、くうくうと眠りはじめてしまった。
「ちょ……ちょっと、寝たら不味いですよ! いくらここがレジスタンスの領域とは言え、テスタメントが巡回しにくる可能性があるんですか……ら……」
と出していた大声も次第に小さくなっていき、ついに声という音を成さなくなる。
振り向けばそこにいるのは……テスタメント。
「う、うわああああああぁあああああッ!!!」
直ぐさまポケットから銃を取り出し、ダンダンダンと銃弾を打ち込むがテスタメントの堅い装甲には敵わず、結局全ての銃弾を使い果たしても傷一つ負わせることが出来なかった。
そして、重機が思い切り足を上げて、クルスを踏みつぶそうと勢い良く足を降ろす―!
(──―もう駄目だ―ごめんなさい―姉さん……―)
残る人生は顔の前に両手を組み交わし、せめてもの防御をしながら死を待つのみ―そう確信した時のことだった。
テスタメントの鉄槌とも呼ぶべき足が、轟音とともに粉々に吹き飛んだ。
「……えっ!!? テスタメントの……足が……粉々に……!」
「……ボルステリングバズーカ!! どくんだ、少年!!」
振り向けばミウが両手を翳して、強大な何かの塊を形成している。
クルスはそれに従い、横に勢い良く飛んだ。
それと同時に、空気が張り裂けるような轟音が再び鳴り響き、テスタメントを残骸へと変えた。
「……ふぅ、危なかったな。怪我はないか、しょうね……」
「……すっ……すごい……! 貴女は……ニードレスだったんですか……! 助けて下さって、ありがとうございます!」
ミウの言葉を遮って、彼女の手を握りお辞儀を続けるクルス。
それにミウは失笑して、クルスの頭をよしよしと撫でた。
「助けてくれたのは、お互い様だろう? 私も感謝しているぞ、少年」
「お名前、ミウさんでしたよね! 本当にありがとうございます!」
「何、当たり前のことをしたまでだよ。何より、君のくれた水が無ければ今頃私は倒れてあのテスタメントに駆逐されていただろう。本当に感謝すべきは、私の方だ。
そうだ……そういえば君の名前はなんというんだい?」
「僕はクルスです、クルス・シルトといいます!」
それを聞いたミウは、堂目しまじまじとクルスを見つめる。
「なるほど、アルカ副隊長の弟君か。確かに、よく似ているな……」
ふっ、と笑った後、グイとクルスの腕を引いて、リュックサックをクルスから奪い、一緒に歩くように促した。
「クルス君、助けてくれたお礼にいい物を見せてあげるよ。ついておいで」
「えっ!? あっ、ちょっと……荷物大丈夫ですか? 僕が持ちますよ」
「これくらいなんてことは無いさ。さあ、行こうじゃないか」
と、リュックを返す様子もなく黙々とミウは夕陽沈み行く荒野をクルスの手を半ば強引に引いて、スタスタと歩いていくのだった。
*
荒野の最西端、に辿り着いたそこには一つのマンホールがあった。
「ここは……?」
地下道とも違う、ただの下水道の入口、といった所のありきたりなマンホール。
それをミウは得意気に指差して言った。
「このマンホールの道はね、「街」に繋がっているんだよ。それも、テスタメントが巡回していない貴重な場所。通ると、その先には今までに見たことのない景色が広がっているぞ」
「し、シティに行くんですか!!? そんな事して……」
「私が大丈夫といえば大丈夫だ。大体テスタメントごとき、さっきのように私が倒してみせるさ」
少し不安を覚え戸惑いながらも、もう既にマンホールの蓋は開かれ、当のミウは中に降りてぶんぶんと手を振っている。
「どうしたクルス君! 早く降りてこないか」
「あっ、はい! すぐに行きます!」
不安を抱いていても抱くだけでは何も始まらない──覚悟を決めたクルスは、下水道への梯子を降りて行く。
と、クルスはそこで違和感を感じる。普段通る下水道とは違い、異臭がしない……。むしろ柔らかな何かの匂いがする。
「ようやく来たか、ほら、まずは下水道を見てご覧」
それに従い目線を水の流にやると……立派な大きさをした魚が流に逆らうようにして泳いでいるではないか。
「さ、魚!? それも……生きている……! なんで……!?」
「答えはこの梯子の上にあるよ、さあおいで」
差し延べられた手に従って、クルスは手を取って梯子を昇り始める……少しずつ、少しずつ太陽の光が、いつもとは違う澄んだ空気が感じられて行く。
そして辿り着いた場所には……。
緑色に溢れる木々や草花、見たことのない虫が舞い自然が溢れていた。
「ここ……は……?」
「「街」にある公園という場所だ。ブラックスポットにはない自然が溢れ、澄んだ空気が私たちの汚れた肺を綺麗にしてくれる。そして心すらも、癒してくれる場所……」
夕焼けに映えるオレンジ色のポニーテールが、風でふわふわと揺れたりしているミウの上には、沢山の虫が飛び盛っている。
自分の上もそうだ。沢山の虫たちが、クルス達の上を飛んでいる。
「あの、この飛んでいる生き物は何と言うんですか??」
「蜻蛉、と言うらしい。水中で生まれ育ち、大人になった時には空を自由に羽ばたき、空で一生を終える……不思議な生き物だよ」
続けて近くにある池を指差し、あの流れからたまに魚が落ちてしまうんだ・あの池にはその蜻蛉の子供がいるんだと話していると、銀色に近いように照り輝いた水色の蜻蛉が、ミウの肩に一匹止まった。
それと同じように、クルスの頭にも一匹の蜻蛉が。
「そういえばここにいて大丈夫なんですか? もしシチズンの誰かが来たら……」
「大丈夫、「街」の人間はこんな所には滅多にこない。普段は己の築き上げた牙城に閉じこもり、群れを成して生活する。
こんな風な自然に戯れにくる人間なんて、日に何人かいる程度だ」
「そうなんですか……こんなに綺麗なのに……」
「人間ってやつは身近すぎる物の有り難みにはなかなか気がつけない物なんだよ。失ってから、初めてその大切さに気がつく。この美しい自然も、かつては現在ブラックスポットと化した所にもあっただろうに、醜くなってしまった場所からは目を背け捨てる」
そう語るミウの表情は、なんだか悲しげなものだった。クルスにとって先程まで輝いて見えた自然が、なんだか切なくて、下に聳え立つビルの乱立に寂寥とした感覚を感じた。
「いずれここも無くなってしまうだろう。あのビル達が日に日に近付いて来ているように……
そうなる前に、君と一緒に来れてよかったよ、クルス君」
ミウはふっと振り向いて、微笑んでみせればクルスの頬に軽くキスをして、先程のマンホールへと向かった。
「!!? み、ミウさん……!?」
「い、今のはさっき助けてくれたお礼だ! もう夜になる、その前にここを離れて帰ろう。
この情景と、私の言葉を忘れるんじゃないぞ、クルス君」
「……はい! わかりました!」
少年の心に残ったのは、銀蜻蛉が舞う美しい初めての自然。
少年の身体に残ったのは、頬に当たった柔らかい唇の感触。
そしてこの場所が今や残っているのかは、誰にも分からない。
けれど、必ず分かるのは、二人の心にずっとこの場所があり続けると言うこと。きっと、彼も彼女も忘れないだろう。
この黄昏の、銀蜻蛉舞う公園を。
(終)
短編集内の各お話と投稿予定(未定)の続きやお話で読んでみたい作品はありますか?(ご期待に副える事が出来るかどうか分かりませんが、一ご意見としてお伺いしたいと思います)
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