「―――ひゃぁー……これが噂の、か。予想よりでけぇなぁ……」
驚きの声を漏らしながら見つめる先―――草木に囲まれた道の先には門と、そして街一つ存在するのではないか、という規模で大量に存在する大量の建築物の姿が見えた。どれだけ金がかかっているのかを見る事が出来る。これで学園、と言っているのだから凄い。自分からすればどう見ても一つの街にしか見えない……いや、実際にはそうなのだが。
なにせ、その名前が学園都市なのだから。
感嘆と共に眺めていると、背後から蹄が道路を踏む音が聞こえてくる。邪魔にならない様に道路の端へと避けて行けば、豪華な馬車が二頭の白馬に牽かれながら学園都市へと向かって行くのが見える。ほへー、と声を漏らしながらその姿を眺め、苦笑する。ああいう貴族用の馬車は自分の様な平民には一生縁のないものだな、と笑いながら背に背負う荷物を確認し、歩き進む。学園都市の入口に繋がる門を馬車が抜けて行くのを見ながら、自分も門へと近づけば、通り道をふさぐように槍を持った男が立ちはだかる。
「ここから先は学園都市ヴェルグだ。許可なき者を通す事は出来ない」
そう言って道を塞ぐ男からは並々ならぬ気配を感じる。その強そうな気配に触れつつ、ややビビりながら予め用意しておいた紹介状をポケットの中から抜き、それを門番へと渡した。それを受け取った門番は数秒間、紹介状を確認する。持ち上げた右手で軽くスキャンする様に紹介状の上に手を振るうと、紹介状に薄く、青白い光が浮かび上がってきた。それを確認した門番が頷きながら紹介状を折り畳み、此方へと返してきた。
「どうやら本物の様だな、通っていいぞ……新入生か?」
「どうもです。まぁ、辺境の猟師志望だったんですけどね。なんか、気が付いたらコネと権利を獲得しちゃいまして……」
「ははは、そうか、それは困ったものだな。まぁ、世の中、勉強して悪い事等一切ない。老いれば老いる程勉学の機会とは廃れ、そして受け入れられなくなってくるものだ。であれば受け入れられる内、貪欲に学ぶ意思がある間に存分に学ぶ事が重要だろう。励むと良い、ここで学ぶ事は一切君の無駄にはならない」
「ありがとうございます」
軽く頭を下げてから学園都市へと続く大門を抜けて行く。その向こう側に広がっているのは自分が今まで住んでいた辺境とはまるで別の世界だった。道路は整備された上でタイル詰めとなっており、そこら中に存在する建築物もどれも自分の村にあったような木で出来たばかりのものではなく、壁が色鮮やかなタイルで飾られており、まるで文化の違いを見せつけられる。都会ってこんなにおしゃれなんだ、とカルチャーギャップに軽く戦慄を受けつつも、視線を奥へと向ける。
そこにはひときわ目立ち、そして大きな建造物が見える。
「アレがヴェルグ学園……」
この都市の名前ともなった学園。元は貴族用の学園ではあったが、オーナーが変わった事により平民にもその門を広げる様になり、最新の技術などの研究、テストなどを行う事で発展しているのがこの帝国所属のヴェルグ学園になる。魔人、精人、亜人、機人、一切の種族差別を行わずに受け入れて統治する帝国は優秀なものであれば道を示せ、という理念の下にこの学園都市を運営している。
そんな学園に―――自分は、紹介状を片手に通う為に来ている。
「こんな場所に縁があるとは思いもしなかったよ、親父」
別れ際に貰った家宝のペンダントを麻の服の上から軽く握り、勇気を分けて貰いつつ、レンガ張りの道路を歩いて学園の方へと進んで行く。正直、旅をしてきたぼろぼろの服装な為、周りと比べると物凄く浮いているんじゃないか? と心配にしかならない。周りを見ればまるで皆が視線を向けているような気分になり、人目に晒されるのが恐ろしくなってくる。やっぱり都会には来ないで、辺境に引っ込んでいた方が遥かに平和だったんじゃないだろうか? 既に胃に痛みを覚えつつ、真っ直ぐ、学園の校舎へと向かって歩いて行く。
凄まじい人の数と、そしてその交通にやや気後れしながらもなんとか学園の前まで行く。近づけば近づく程学園の大きさは目に見えてくる。メインとなる校舎はどうやら六階近くある様に目算、存在していた。そしてその周りにはそれと同じぐらいの高さの校舎や、それよりも高い塔なんてものが存在していた。完全に自分の知らない世界である為、うわぁ、と思わず声を零してしまう。
「どこへ行けばいいんだこれ」
周りに視線を向ける。そうやって見つけるのは統一された制服姿ばかりである。上は黒のブレザーに白いシャツ、そして下に同じく黒いボトムス、しかしブレザー部分に軽度の魔力反応を感じられるうえ、装飾が施されている……見た目どおり、という訳じゃないらしい。結構豪華な制服の様に思える。女子の場合、ボトムスがチェックのスカートになっており、中々に可愛らしい。
そんな事を考えながら眺めていると、誰もが制服そのまま、ではないという事に気づく。もしかして制服必須ではない? 必須だったら経済的な理由で即死が確定するんだけど、と少しだけ安心感を感じていると、
「―――あの」
「あ、は、はい!」
後ろから声をかけられた。驚きながら素早く振り返れば、そこにいたのは自分が見た事もない美少女の姿だった。光を受けて輝く銀髪、傷一つない白い肌、宝石の様な煌めきを見せる翡翠色の瞳。そんな彼女はお伽噺に見た様なお姫様の様な美しさをしていた。その格好がこの学園の制服姿から、彼女もこの学園の生徒であるのが解る。
「えーと、お困りの様ですが、大丈夫ですか?」
「え、あ、あ、えっと、その……」
話しかけられたことと、初めて見る美しさにどもりつつ、急いで紹介状を引っ張り出す。それを見た彼女が、少しだけ驚いたような表情を浮かべた。
「まぁ、推薦入学ですか?」
「あ、はい。ロシュ・フォール教授って人の推薦なんですけど」
「フォール教授ですか? 凄いですね……あ、とりあえずはセクレタリーに向かうと良いと思いますよ。あの校舎に入って直ぐの所にありますから」
「ありがとうございます」
「いえいえ、今年から同じ一年生同士、仲良くしましょうね」
軽く握手を交わし、そして先に彼女が去って行く。その背中姿を軽く呆けながら眺め、頭を横に振る。そんな場合じゃなかったな、と。このどうしようもない思いは後日、バイトでもして得た金で娼館に行って発散するとして、それよりもまずは最初に、自分の処遇がどんなものなのか、それを聞かなくてはならない。
言われた通りの校舎へと向かえば
「すいません、ロシュ・フォール教授の紹介で来たものですが……」
「紹介状はお持ちですか? はい、少々預かりますね……確認の方を行いますので少々お待ちください」
受け取った受付嬢は紹介状をチェックする様に再び門番と同じことをした後で、備え付けられた機械に手を伸ばしていた。おぉ、電話―――何たる文明の利器。知識としては知るが、こうやって使われているのを見るのは初めての事だった。本当に科学の発達とは不思議なものだなぁ、と思いながら十数秒ほど受付嬢の言葉を待っていると、電話が降ろされた。はい、という言葉と共に紹介状を返される。
「この校舎の六階に学園長室があるので、そこへと向かってください。そちらでフォール教授とレグルス学園長が会ってくれるそうです」
「どうも、ありがとうございます」
紹介状を受け取りながら六階まで階段を上るのか……少し面倒だなぁ、と思いながら受付を出た所で軽く廊下を見渡し、軽く上へと続く階段を見つけた。通り過ぎて行く学生のほとんどは制服姿だから、どうやら非制服姿なのは一部だけらしい? とはいえ、制服が軽く改造されて形を変えているのは良く見ればそこらで確認できている。制服を改造してもいいのか、とちょっと、校風の自由さに驚く。そんな事を考えながら階段を上がって行く。ここまで来ると人の数も密集具合も更に上がってくる。人の少ない辺境から来た身としては何ともこの人の多さは居心地が悪い。さっさと抜けてしまおう、と階段を昇るペースを更に上げて行く。
それで一気に六階まで上がり、学園長室と書かれたサインがぶら下がっている大きな扉を見つける。今更乍ら、ここまで来ると緊張感を覚える。とはいえ、辺境の男としての意地もある。恥ずかしい所は見せられない。ここまで来たのだから覚悟を決める。背筋を伸ばし、扉の前に立って二回ノックする。
「失礼します! エルディレイ・リュンセルです!」
「宜しい、入りなさい」
入室を許可する声は聞いた事のない男の声だった。おそらくはそれが学園長なのだろう。そう思いながらもう一度だけ失礼します、と声を出しながらゆっくりと扉を開けた。
その向こう側に広がっていたのはシンプルな一室だった。壁には書類棚が、大量のペーパーがデスクの横には積み上げられ、トロフィー棚が壁には存在し、金銀の輝きを見せている―――が、装飾と言えばそれぐらいだった。無駄という物を多く省いた部屋。それがこの学園長室に対して自分が抱いた印象だった。なんというべきだろうか……効率重視、とでも言うのだろうか。来客用のソファとテーブルはあるが、それを抜けば執務室として機能する為の機能しか残されていないような部屋だった。
そんな学園長室の奥、窓を背に、デスクの向こう側の椅子に座る姿が見える。その姿は予想していたよりも若く、見た感じ30代程度の若さの男だった。寧ろその横に立っている鼻の下にある角ばった白鬚の老紳士の方が姿的には学園長と言われて納得できるだろう―――だが老紳士の方は自分が知っているロシュ・フォール教授である以上、彼ではなく、若い男の方が学園長なのだろう。
「辺境から良く来た。とりあえず疲れているだろう? そこに座りたまえ」
「あ、はい、どうもありがとうございます」
頭をぺこぺこと下げながら片手で示された来客用ソファに両手を膝の乗せ、若干畏まる様に座りながら、ロシュ教授に頭を軽く下げた。
「久しいね、エルディレイ君」
「お久しぶりですロシュ教授……なんというか、おかげでこんな遠くへ来ちゃいました。一生辺境で猟師をしてそれで人生を終わらせるものだと思っていたんですけど……」
「はっはっは、君の様な才能のある若者にこそ学問への道は開かれるべきなのだよ。辺境でただの猟師として腐らせるには実に実に惜しい。私はそう思った。故に君は気おくれなぞせずに、胸を張るべきなのだよ」
HAHAHA、と調子の良い風に笑うロシュ教授はこの学園へと来るために自分をスカウトした人物だ。見た目は初老に入っているクセにアグレッシブなこの人は自分の足で辺境まで来て、そして態々自分をスカウトしに来た変人だった。
―――曰く、才能のある者はそれを磨く義務がある、と。
それを実践する為に自分の足で世界各地を回って才能ある少年少女をスカウトして回っているのがこのアグレッシブ老紳士である……らしい。少なくとも、自分はそういう説明を受けた。どこまでが本当なのかは解らないが、紹介状一つでここまで来れてしまったのだから、全部が嘘であるようには思えない。父もまともな教育を受けるチャンスがあるのであれば、ぜひ受けるべきだという後押しもあって今回、
自分はこの学園都市へと来てしまった。
「フォール教授から報告は受けている。成程、君がエルディレイ君か……」
学園長はそう言うとテーブルの反対側、対面側のソファに座った。物腰の柔らかさは感じるが、その瞳の奥には強い意志と、此方を値踏みするような探る目線を感じる。ひぃ、怖い、と心の中で思いつつもそれを表情に出す事はない。だけど心は全力で辺境に帰りたがっていた。それを見透かす様に学園長は笑みを浮かべた。
「なるほど―――確かに未だ磨かれぬ原石を見るような気持ちだ。流石フォール教授。こういう才能の発掘において君に勝る者はいないね」
「いえいえ、パリス君の審美眼程ではないとも。まぁ、何より私の場合は趣味の領域が多いからね!」
HAHAHA、と学園長と教授が笑ってるけどこっちは全く笑えなかった。寧ろ早く解放されたかった。やっぱり都会は魔窟だよ親父、と心の中で親父に語りかけていると、で、だ、とパリスと呼ばれた学園長が此方へと言葉を向けた。背筋をピシリ、と伸ばしながらはい、と答える。
「君は具体的には何が出来るのかな?」
その言葉にえっと、と言葉を置き、
「弓が得意です。あと眼が非常に良いです。……あとなんでしたっけ? 二重属性? とかいうものです」
「ほう、二重属性」
「しかも光と時空属性の二重という実にレアな組み合わせだよパリス君」
「ほうほう、成程成程。それは確かに逸材だ。やはり才能というものは生まれに関係なく宿るものだ。血筋だなんだと口にするのは実にくだらないな。うん。……おや、どうしたんだいエルディレイ君? そんな怯えた表情をして? ははは、なぁに、私は生まれや血筋で人間を見比べたりはしない。私は才能と実力、そして成果で判断するからね」
「逆に言うと成果が出せないなら退学させるって事だけどね」
HAHAHA、と二人が揃って笑うけどやっぱり笑えなかった。血筋やら生まれやらの部分で学園長の視線がガチで誰かを殺せそうだった辺り、笑える要素が一切なかった。なんというか、もう既に辺境に帰りたかった。
「パリス君、それだけではなく彼は専門の教育を受けた訳でもないのに最下級の魔術なら詠唱紙なしで発動できるよ。それ以外にも基礎教養過程ならもう既に父親の方で教育が終わっているようだから選択としては除外してもいいね。あとついでに言えば腕っぷしもばっちりだね」
「ほう」
だから視線が怖いってば、と口に出せる事もなく居心地の悪い視線にさらされて身じろぎをする。それを受けて学園長と教授が遊びすぎたか、と小さく笑い、真面目な話をしよう、と言葉を変えてくる。
「それではこの学園に関する詳しい話をエルディレイ君は受けているかな?」
「あ、いえ……その、才能、そして未来ある若者に相応しい教育を施し、磨き上げる為の場所としか……」
親父はこの話を聞いて妙に乗り気だった。真っ当な教育機関で教育を受ける事が出来るのであれば、それは親父から物事を学ぶのよりも遥かに効率が良いだろうし、人生、最後まで生き残って食っていけるのは賢い奴だけだ、とも言っていた。親父も森の猟師として暮らしていたはずなのに、なぜか村一の賢人で村長までが知恵を借りに来たりする為、息子ながら、良く解らない親父だ、なんて感想が出てくる。
「その説明は正しいのだが……もっと細かい話をしよう」
「まぁ、私も細かい説明をしなかったのが悪いんだけどね! ……ここ、ヴェルグ学園は意欲ある者達を年齢問わず、生徒として受け入れて育成している。所属としては帝国の所属になっているけど別に帝国内に限定している訳じゃない。他国にも勉学の門は広げられている」
「まぁ、野蛮な他種族と一緒に学べるか、と他国からは蹴り飛ばされてるんだけどね!」
笑うのはほんと止めてください。
「話が逸れたね……基本的に帝国内の各所に対するコネ等を私や教員たちは持っている。ここで優秀な成績を収めれば行きたい所があるのであれば、そこに対する口利きも出来るだろう。ここは騎士の為、貴族の為、学者の為、等という制限はない。それぞれの分野のエキスパートを呼び込んで最高の教育を施す為の場所だ。民の教養としっかりとした育成のシステムが国を富ますとは陛下のお言葉だ。故に身分や種族関係なく、一切の隔たりもなく我々は教育を施す」
「故に基本的な教育システムは選択制の授業となっているよ」
「選択制、ですか」
授業と言われたら、こう、コースがあって、それを選んでそのコース内のものを学んでゆく……みたいなイメージがある。というか基本的な教育とはそう言うもんだった筈だ。それを伝えるとそうだね、と頷きを返される。
「一年生の間は基本的な教養を得る為に《基礎教養》授業を選択する必要はあるが、それ以外は基本的に我が校での授業の選択は自由となっているよ。学びたくない授業を学ぼうとしてもそれが頭に入る訳ないし、料理人を目指しているのに鍛冶を学んでも意味がないだろう? 自分が目指したい将来、行きたい場所へと行くために才能を磨く事が我々の理念だ」
「たとえ非才の土くれであれ、芸術家がそれを丁寧に磨き上げればそれは原石を削り作り出す美術品にも劣らぬ輝きを持つ―――だが磨き方を間違えればどこにでもあるただの器だ。余分な修練を課して変な風になってしまっても困るだろう? そういう訳で生徒一人一人が自分の将来を見据えてプランニングする様に我が校のシステムは出来ているのだよ」
それは……理に適っていた。というかかなりまともで安心するし、これなら自分が嫌だと思う事もやらされずに済みそうだな、と心の中で軽い安心感を覚える。
「基本的に授業の選択は月始めに行う。そしてその月の間は選択した授業に参加する……まぁ、ここら辺の細かい話は学生課で聞いたほうが君もいいだろうね」
ただ、と学園長が話を置く。
「―――君は推薦入学であり、ここに来たという事は学ぶ意志があると見て、判断する。奨学金制度に乗っ取って君の生活に必要な最低限の資金援助は行う。ただその代り、君は特別である、という自覚を持たなきゃいけない。半年を一期とする我が校では推薦入学によって入学した特別な才能の持ち主たちに特別な課題を提出する。それに無事応える事によって君が当学園において本当に相応しい生徒であるかどうかを判断させて貰う」
こくこくこく、と頭を頷かせる。それを見て教授が小さく笑った。
「なに、君は心配する必要はないとも。私が見た限り、一期末の課題程度だったら今の君でも余裕でこなせると思う。そこまで気負う必要はないとも」
「は、はい」
「ふふふ、君の才能を磨くという事で此方でも最初の方は幾つか、必須で君に受けて貰う授業を指名させて貰う。だけどそれ以外は基本的に自由だ。娯楽の為に金が必要ならアルバイトが募集してあるからそれに精を出すのもいいだろうし、恋人を求める貴族なんかもいるんだから恋愛の一つを楽しむのも悪くはない。君の他にも今年は四人推薦入学の生徒もいる、彼らと交流し、才能を磨き合うのも悪くはない……自由に楽しみたまえ、君が成長する事を諦めない限り、この学園は君の味方であるともさ」
「はい!」
勢いよく返事をした所で、学園長からの説明が終わり、ロシュ教授がそれじゃあ、と此方へと向かってくる。ステッキを片手に握った老紳士はこっちだよ、と軽いノリで退室を示してくる。最後に一度、学園長に対して頭を下げながら学園長室を出る。出た所で待っていたロシュ教授が軽くウィンクし、
「それじゃあこれから三年間お世話になる君の家へと案内をしようじゃないか」
学園を一旦出て街中に戻ると、学園から歩いて十分ほどの距離までやってきた。そこで足を止めた場所は二階建ての一軒家だった。その前に立ち、足を止め、えっ、と声を漏らした。
「いや、あの……教授?」
「なにかな?」
此方の言葉を気にする事なくロシュ教授は扉の前へ進むと、鍵を取り出して家の扉を開け、そして中に進んで行く。その姿を見てえぇ、と声を零しながらロシュ教授の背中を追い、家の中に入る。装飾品の類はないが、家具等が存在する室内は綺麗に整えられており、何時でも住まう事が出来る状態に整理されていたのだが、
「……あの、これは」
「うん? 勿論君がこれから三年間を過ごす場所だよ」
「いやいやいやいや」
「なに、遠慮する事はないとも。私個人が保有する物件だからね!」
「いやいやいやいや……この家を、俺一人ってのは流石にないですよ。ないない」
その言葉に笑いながらロシュ教授が家の鍵を渡してくる。
「はっはっは、気にする必要はないとも。それだけ期待されているのだと思って勉学に励んでくれれば良いのさ。既に君の制服もスペアを合わせて二階の寝室に運んであるから、それを確認したまえよ? あぁ、後これは当面の生活費だ。これでしばらくは生活して欲しい」
あっさりとそう言って重みのある布袋をロシュ教授は手渡し、笑いながら手を振って去って行く。えぇ、と声を零しながら、夕日を浴びながら街の中へと消えて行くその姿を見送った。本当にこれだけで放置するのか、と軽く困惑しながらも布袋を開けて確認すれば、そこには村にいた頃の感覚で二カ月ほどは暮らしていける程度のお金が入っていた。これだけあれば当面の生活費で困らないのは事実なのだが―――事実なのではあるがえぇ、と声を零すしかなかった。
いや、まぁ、金のない家だから奨学金制度を利用しなきゃ賄えないのは事実だし、推薦入学だから期待されているのは事実なんだろうが、
「これほどのもん、なのか……?」
辺境の田舎育ちにはそこらへんが良く解らない。家にいる間は親父と勉強し、森に出ては日々の生きる糧を得る為に弓を握って狩猟していた自分の生活では、この都会で受ける期待や支援と呼べるものは、異質に近いものだった。
「才能、ねぇー……」
指を持ち上げてその先にビー玉ほどの大きさの光の玉を生み出す。息を吸う様に行使する魔術はしかし、一般的にはもっと面倒な工程を取る必要があるらしく、そこまで簡単に行えるものではないらしい。親父からはこれぐらい簡単に出来る様になれ、と頭を叩かれながら勉強した自分には良く解らない話だ。第一、自分は辺境の男だ。
辺境の男は強くなくてはならない。辺境には多くの魔物が存在する。故にそれと戦えるように鍛えられなければならない。無論、自分も辺境の男として自分を鍛えてきた。だがそこに勉強を詰め込み、学校に通ってしっかりとした教育を受けて来い、とケツを蹴り飛ばしてくるのは我が家の親父ぐらいなものなのだろう。
「才能っていわれてもなぁー……」
才能ってなんだよ……と、言ったところで、既に家から追い出されてここまで来てしまったのだ。聞いた話、色々と学べるようだし、辺境の男として更に己を磨き上げて、嫁の一つでも作って帰るのも悪くはないのではないか、と思わなくもない。
とりあえず、善意のあるスカウトなのだから、頑張れるだけ頑張ろうと自分の中で結論した所で、軽く室内を見渡す。玄関からはリビングに繋がっており、ソファやテーブルが置いてあり、テーブルの上には少し厚めの本が置いてある。テーブルに近づいて本を持ち上げれば、それはヴェルグ学園の入学案内書であるのが読めた。
「ほーん……」
ソファに座り込みながら入学案内書を読み込む。
普通は入学に対して入学金とは別に試験を必要とするらしい―――推薦入学である自分はここ、パスである。試験内容は読み飛ばし、そのまま校舎の構造や、授業に関する項目を確認する。
「ほー……やっぱ一年や二年じゃ選択できる授業が違うのか」
一年目で必須の科目は《基礎教養》。これは歴史、社会、数学、読み書きを教える、人生で生きる為に最も必須と呼ばれる部分を積み込むための授業であり、現在の国家と呼べるものを正しい状態で認識する為の授業でもある。一年はこの授業を受ける事が必須なのは、最低ラインの教養がなければ他で何をしようとも、将来的に騙されたりする可能性が存在するからとか。
おっしゃる通りである。
「戦闘、軍略、社会、政治、魔術、経済……うわぁ、たくさん取得できる授業ってあるんだな……」
まぁ、一年は取得できる授業の数が二年よりは幅が狭いので、その中でも自分に何か関係があるとしたら戦闘と魔術ぐらいだろう。そもそもそれぐらいしか自分には取りえがないし。レンジャーの授業は正直気になるが、一年では無理で、二年からなので、やはりこの二つぐらいしか自分には合いそうな授業はない。
「と、なると空いた時間はバイトに回せそうだな」
確認すれば近くには魔物が存在する疑似ダンジョンもあって、そこで鍛錬する事も出来る様になっている。授業にかまけて鍛錬をおろそかにしていたら文字通り親父に殺される―――定期的に潜って力をつける必要もあるだろう。
「あぁ……なんかめんどくさくなってきた……」
辺境にいた頃は勉強の事だけで頭を悩ませればよかったのに。そう呟きながらソファに横になって倒れ―――ない。矢筒と弓がそのままだったやばいやばい、と呟きながら背負っていた弓と矢筒を外し、それをソファの横に置いてから改めてソファに横になって倒れた。
「メシを狩りに……行く必要はないんだったな。買うんだった。後制服とか色々と見なきゃいけなくてえーと……」
考えた所ではぁ、と息を吐きだす。本当に遠い所へ来てしまった。なんで俺はこんな所へ来てしまったのだろうか。いや、何故かは解るのだが、この先やっていけるのだろうか? という不安しか自分の胸にはない。もっと、簡単に生きる事は出来なかったのだろうか? もっとシンプルに他の辺境の男の様に生きる事は出来なかったのだろうか。
……まぁ、ここまで来てしまった時点で全ては遅い。
「あ゛ー……俺も学生、かぁ」
親父は学生時代は青春が許される唯一の時代だ、なんて言って笑っていた。果たして、どんな感じなのだろうか? 興味がないと言えば嘘になる。だがそれ以上に新しい環境に対する戸惑い等が強くて、中々起き上がる気分にはなれなかった。とはいえ、長い間何も口にしていないという事実もあり、腹は段々と空腹を訴え始めていた。
「……食ってから考えるか」
懐の中にロシュ教授から受け取った金の入った布袋を仕舞い込みつつ、弓を手に取ろうとして―――この街中では必要ないよな、と苦笑しながら伸ばそうとした手を止める。とりあえず見た感じ、最低限の家具と道具だけは置いてある。支度金は渡されているのだから、この金で必要そうなものを揃えるべきだろう。ついでに、自炊した方が安いだろうし、そっちの準備も進めるべきだろう。
考え出せば考え出すほどめんどくさくなってくる。
だが結局、ここに来ると最終的に決めたのは自分の判断だ―――だとしたらその判断には責任を取らなくてはならない。
「うっし、やるか」
やる気を込める様に声を出し、暗くなる前に最低限の仕事を果たす事にする。
―――朝、慣れないベッドの柔らかさに四苦八苦しながらも朝の用事を終わらせて袖を通すのはヴェルグ学園の制服の姿だった。上下黒に白いシャツ、それ以外には赤で装飾が施されている、学生の証だった。姿見の前に立って見る自分のその姿には残念ながら、大変違和感が付きまとう。その為、迷う事無くブレザーを脱ぎ捨て、その代わりにずっと愛着している狩猟者のマントを装着する。制服の改造や、ある程度の服装の自由は校則によって約束されている為、こんな格好でも文句を言われる事はない。……なら、これでいいだろう。正直、ブレザーは動き辛くて困るのだ。
そうやって着替え終わった所で家を出る。
向かう先は学園の学生課だった。入学案内に簡易地図があったのを昨夜の内に頭の中に叩き込んだため、大まかな位置は解る。学園敷地内にある校舎とは別に存在する一階建ての建造物へと向かい、既に開かれてある扉を抜ける。
既にそこには大量の生徒の姿が見えた。グループを形成し、軽く聞き耳を立てればどの授業を選択する、なんて話で盛り上がっているのが聞こえる。
……一人で辺境から出てきた自分にそういう友達はここに存在しない。故郷に残してきた友人たちに会いたい―――と思ったが、元から友達なんていねぇや、と思い出して特に寂しく思う事もなかった。
だがその考え自体が寂しくて死にたくなってきた。とっとと用事を終わらせよう。
学生課のカウンターへと進めば、向こう側には同じ学生服姿に小さな帽子を被った、灰髪の少女が座っているのが見えた。此方の姿を見てはい、と笑みを浮かべてきた。
「学生課へようこそ! 何の御用でしょうか?」
「えーと、授業の選択に来たんですけど……」
「お名前をどうぞ」
「エルディレイ・リュンセルです」
名前を告げると何らかの機械を通して受付の子が確認するのが見え、数秒後頷きながらはい、と言葉を返してきた。
「エルディレイ・リュンセルさんですね、確認が取れました。推薦入学おめでとうございます。学園長から幾つかの指示があるのですが……その前に基本的な説明の方を宜しいでしょうか?」
受付の言葉に頷く。
「では、ハジメマシテ。私、学生課の担当をしているマイラ・アールスです。学生服姿ですが、れっきとした職員ですので間違えないでください?」
「職員」
「はい」
「制服は」
「趣味です」
突っ込むのは止めるか。心の中でそう呟く。なので黙って頷きを返し、話の続きを求める事にする。それを受けたマイラがでは、と言葉を置いた。
「この学生課では基本的に生徒の授業の選択を行う他、一部の課題の提出先ともなっております。その為、この先何度も学生課に何度も訪れる事となると思いますので、忘れないでください。続いて授業の選択に関してですが、基本的にはその生徒に許されている授業を此方でリストアップして提示しますので、月初めに絶対に授業を選択してください。月初めに授業を選択しなかった場合、授業に参加したとしても単位は取得できませんので、ご注意ください」
単位が取得できないと確か進級が出来ない筈だ、と思い出す。
「ちなみにその授業における最高得点を出し続ければ単位の方は割と余るので、優秀な一部の生徒は半期で単位の取得を終わらせ、残りの時間を自由に過ごす事も出来ます」
「あ、必要単位の取得が終わったら授業に出る義務がないんだ……」
「はい。ちなみに来期に単位の持越しを行う事も出来ないので、必要以上に単位を取得するのは経歴の箔付け以上の意味はありません」
成程、と呟いて記憶する。そして、と言いながらマイラが近くの壁の掲示板へと指差す。
「彼方には学園内で頼みたい依頼等が貼り付けられています。手伝ってほしい、アレを調達して欲しい、等と様々な種類の依頼がありますが、どれもちゃんと報酬の発生する物なので、もしお金に困る様であればここで依頼を見繕って解決するのも悪くはありません。アルバイトによる経験は人間の人生に深みを与え、勉学だけでは学べない事を学ぶ良い機会になる、とも言います。その為、勉学に差支えない程度であれば精力的にアルバイトに参加する事を推奨しています」
アルバイトを推奨してくれる環境というのは実に嬉しい話だよな、と思う。なんだかんだで遊ぶ為のお金だけではなく、欲しい道具は色々とある。特にこういう場所であれば色々と欲しいものは増えてくるだろうし……そう考えるとやはり、金は欲しい。アルバイト、自分でも出来ればいいんだがなぁ、と思いつつ、マイラの話の続きを聞く。
「授業の選択は授業初日の一週間前から一日前までの間に行えます。つまり本日から五日後までですね。そして一年生であるリュンセルさんは本来であれば《基礎教養》を選択しなくてはならないのですが、学園長よりそれを免除する様に、と言付かっています。その代わりに《魔術学:基礎》のを今月は絶対に選択する様に、と言われました。それとは別にフォール教授が熱烈なアピールをしていたので《神秘学》を取得する事もお勧めします」
「神秘学、ですか」
入学案内に乗ってない名前の授業に少しだけ首を傾げる。その仕草を見て、マイラが言葉を挟み込む。
「一部授業、或いは講義は一般公開されておらず、クラブやサークルみたいに教師が気に入った生徒にのみ開示、勧誘する場合もあります。《神秘学》はそういう授業の一つです。ロシュ・フォール教授の授業内容はこの世に関する神秘とその法則等に関する事ですから、魔術方面に進むのであれば非常にオススメできる授業ですよ?」
オススメ、というか受けて貰わないと困るという感じの表情を浮かべている。やっぱりアレだろうか、推薦入学にはこう、責任とか義務とか色々あるアレだろうか。そこらへん、自分には良く解らない―――だが、この学園に通い、学べば自分がどれほどの存在なのか、それを学ぶ事も出来るだろう。自分の実力や行える事は正確に理解する。それは辺境で生き延びる上では重要な事だ。
……何時までも子供の様に我儘を言って、迷っていられる訳ではない。
「一期に必要な単位は全部で
「えっ、そんな早く単位の取得終わっても平気なんですか?」
「はい、基本的にヴェルグ学園に通う生徒は
「はぁー……」
あのテンションの怖い学園長、ああ見えてかなりの人格者だったらしい。
……ともあれ、授業の選択をしてしまおう。
・《戦闘学》
・《魔術学・基礎》
・《神秘学》
今月……来週からの授業の選択を完成させる。選択を終わらせるとタイムスケジュールをマイラが渡し、それのおかげでどの時間にどの教室へと向かえばいいのか、というのが解る。それ以外にも最初の授業には何を持って行けばいいのか、というのもマイラが丁寧に説明してくれる為、これなら初日に関しては問題はないな、と安心できる。
「推薦入学という立場は奇異の視線で見られる立場ではあり、色々と大変かもしれませんが、ここは良い場所です。応援していますよ」
「ありがとうございます」
受け取ったタイムスケジュールを折りたたみながらポケットの中にしまい込む。これで授業選択は終わり、知り合いもいないのでこのままここに残っている理由もない。運動場や射撃場もあるのだが―――今は弓を持っていない。借り物の弓で射るのは嫌だし、射撃はまた今度にして、部屋や家の把握の為に帰るか、と決心する。
……早く、友達が欲しいものだ。
軽く溜息を吐きながら学生課を出て行こうとしたところであら、と此方へと向けられる声が聞こえた。
「もしかして昨日の新入生さん?」
その声に振り返れば、昨日、敷地内に入って困っていたところを助けてくれた銀髪の子がいた。その姿を見てあ、と声を零すと、少し焦りながらどうも、と言葉を返した。
「昨日は助かりました」
「いえいえ、いいのよ。同じ新入生同士、仲良くすべきものだもの、えーと―――」
「あ、エルディレイ、エルディレイ・リュンセルです。エルディレイでもレイでもお好きなように。エルはちょっと女の子っぽくて嫌なのでそれ以外ならなんでも」
「なら、レイさん、と呼ばせて貰いますね。私はクレア・ラングリスです。よろしくおねがいしますね」
手を伸ばしてくるクレアに対して此方も手を伸ばし、ハーフフィンガーグローブに包まれた此方の手で握手を交わした。そうやって交わす手の感触は柔らかく、うわぁ、うわぁ、と心の中で呟きたくなる、自分とも親父ともまるで違う生物の感触だった。
「レイさんは授業の選択に?」
「あぁ、うん、はい。推薦入学なせいでちょっとした制限があるんですけどね。まぁ、《戦闘学》と《魔術学・基礎》に《神秘学》の方を」
「え、レイさん推薦入学だったんですか? これは色々と大変そうですね―――あ、そうだ、そこまで口調を畏まらなくても大丈夫ですよ。私はこの口調が素ですから」
「じゃあお言葉に甘えて。正直、言葉や態度を取りつくろうのはあんまり得意じゃないんだ」
「確かにそう見えますわね」
解る? と言って軽く笑う。うん、掴みは悪くはないんじゃないかな、と自分に言い聞かせながら邪魔にならない様に、壁の方に寄る様に誘導しながら、そのままクレアと話し続ける。
「それにしてもレイさんは推薦入学でしたか……となるとフォール教授に発掘されたんですね?」
「……やっぱり有名なの? あの教授」
「帝国で一番優れた才能の発掘者だと言われていますよ。ふらっと学園を離れては数年に一度、才能の原石とも呼べる人物たちに推薦状を用意して入学させるとかでも有名ですとか。ただフォール教授に発掘されて入学した人たちは誰もが大成したって言われていますね」
「今年は俺を含めて5人スカウトしてきたのが来ている、なんて話だったっけ……」
「そうなんですか? 前は5年前に3人スカウトされた、って話なら聞いた事があるんですけど……5人って結構当たり年かもしれませんね」
仲良くなれるといいんだけどなぁ、と呟けば、クレアがきっとなれますよ、と笑う。笑っている姿が本当に可愛い。出来るならもっと仲良くなりたい所だが、
「じゃあ、俺はそろそろ次の用事があるから」
「あ、そうでしたか。では私も授業の選択があるのでここらへんで。さようなら、レイさん」
「じゃあな、クレア」
あまりしつこく食い下がっても印象が悪くなるだけだ。あまり長く、深く話しすぎずに適度に会話を切り上げて別れる。マントの下で見えない様に軽く拳を握ってガッツポーズを決めながら、足早に学生課を出て行く事にした。
暖かな春の陽気を感じる。
新入生、在校生関係なく生徒たちが笑いながら敷地内を歩いている。
軽く頬を撫でる風が喧騒を拾ってくる。
空は青く、どこまでも澄み渡って見える。それは辺境で見た空と何も変わりはない。
だがここにはあの慣れ親しんだ森の匂いがない。魔物の脅威がない。辺境の不便さがない。ここは既に、あの故郷とは全く違う場所であり、その面影さえ見えない遠い場所へとやってきてしまったのだ。あのまま、故郷に閉じこもるのも悪くはなかったのかもしれない。だが、
「……うん、まぁ、悪くないんじゃないかな」
悪くない、と思っている女の子と少し話せた程度テンションが上がるぐらいには俺は単純だった。
来週からの授業、これで頑張れるぜ、と思える程度には単純な男だった。
辺境の男は、総じて資質的に馬鹿男なのだ。
流石に一週間も経過すると家には慣れる。ここら辺の図々しさは辺境で生きる為の知恵、経験みたいなものである。とはいえ、この柔らかすぎる程にやわらかいベッドにはどうあっても慣れない。そんな事を考えながら早朝、目を覚ます。
春季一の月、初授業の日に遅れるなんてとんでもない。予定していた時間よりも少しだけ早く目を覚まし、歯磨きなどの朝の支度をさっさと終わらせてしまう。親父に徹底的に仕込まれた無駄に磨かれた料理の腕前を自分だけに披露して朝食を作ると、制服に着替え、上着の代わりに何時ものマントを装着し、朝の授業が《戦闘学》である事から愛用の弓を背に、矢筒を腰に装着し、最後にベルトに短刀を仕込んで準備を完了させる。
一人暮らしなのだから余計な面倒はない。家でのアレコレはさっさと終わる。
……とはいえ、ただいま、おかえりの言葉に返答がないのは、少しだけ寂しい。
学園へと続く道路に出ながら、歩いて学園へと向かって行く。道路には自分以外にも同じように学園へと向かう学生の姿が見える。と、陶器の砕ける音が聞こえた。
「花瓶がぁぁぁ―――!?」
「これで5回目だぞなにやってんだお前―――!」
花屋から聞こえてくる怒声に小さく笑い声を零しながら、学園へと向かって行く。広大な敷地を保有する学園に入ってから、校舎へと向かう事無く五つ存在する巨大なグラウンドの内、二つ目のグラウンドへと向かう。《戦闘学》の最初の授業はここになる、と事前に説明されていた。そこへと向かえばまだ学生の数は多くはなく、疎らといった様子だった。ついでに言えばそこに見えるのはトラックだけで、《戦闘学》の実戦で使いそうな巻き藁や木人などはなかった。
その光景を見て、ははーん、と思った。弓、部屋に置いてくればよかった、と。
かつての経験から、大体何が起きるのか想像出来た。
そんな事を考えながら適当に立って待っていると、少しずつだがグラウンドに生徒の姿が増えてくる。自分の様に周りを軽くキョロキョロと見ては集まっている生徒の姿を見て、既にグループを形成しているところはグループへ、そうではない者は自分の様に黙って観察したり、欠伸を噛みころしていたりする。
そうやってしばらく、授業の始まりを待っていると、朝日を受けながら近寄ってくるジャージ姿の巨漢が歩き寄ってくる。その身長は目測で二.二を超えており、筋肉の鎧を纏っていると表現できる様な肉体を持った男だった。纏う雰囲気は間違いなく一線級の戦士が纏うそれであり、正直、こんなところにいる事に違和感を覚える様な実力者だった。そういえば、学園都市の門番をやっていた男もかなりの手練れだった……帝国ではこういうレベルの人材がゴロゴロしているのだろうか? 今までは考えもしなかった事だが、帝国って恐ろしく強いのではないだろうか、と思い出した。
「―――時間だな。これで全員か?」
周囲を見渡す様に男が視線を向け、それにつられるように自分も周囲を見た。そこには四十近い生徒の姿が見えた。この授業が一年生用の授業である事を考えると、必然的にこれは全て、一年生である事が通じる。授業一つにこんなに生徒が出るのか、と軽く驚嘆の声を押し殺しながら視線を教師へと向けた。どうやら教師の方も確認が終わった様で、頷きを作っていた。
「良し、ようこそひよっこども、ヴェルグ学園の《戦闘学》へと。始業式なんてものはないし、面倒な自己紹介で貴重な時間を潰すような事は俺はしない。俺はガラム、今年度の《戦闘学》を担当する教諭だ。俺を呼ぶ時はガラム教諭、教授、或いは先生と呼べ。いいな?」
「はい」
疎らながら返答がガラムに返される。それを受けて良し、とガラムが応える。
「この授業は《戦闘学》……つまり貴様らひよっこ共に戦い方を教える為の授業だ。俺は貴様らにここで得た知識、経験を一体何に使うか、なんて事に興味は持たない。だが俺は貴様らに対して興味を持つのは、一体どこまでその殻を破れるか……己の限界を超え、先へと進めるかという事だけだ。そしてそれが出来る様になるために俺がここにいる」
いいな、とガラムは言う。
「学生課で言われた通り使う武器を持ち込んできたか?」
ガラムのその言葉に隠しきれない興奮と共に一部が武器を抜いたり、柄に触れたり、これからそれを振るう機会があるのではないか、とややテンションを上げているのが見える。だがこれから訪れる未来に対して、ご愁傷様、と心の中で祈りを送っておく。
ガラムは学生達の反応をみてから頷いた。
「
「えっ!?」
「使わないの!?」
「使わん。それ以前の問題だ。何をしようにもまずは体が資本だ―――基礎的な体力もなしに何をするつもりだ? という訳でこれから半年間、貴様らひよっこ共をみっちりと鍛える。最低限武器を持って戦えるという行動が取れる様な体力までな! もし既に合格ラインに体力が届いているのであれば単位をくれてやる! さぁ、武器を持ったままグラウンドを走れ! 休みなどない! 少しでもサボろうものなら―――」
どこからともなくガラムは石を取り出すと、それをそのまま、片手で握り潰した。
「こうだ……!」
それは紛れもない脅迫だった。教師がそれでいいのかお前、と言いたくなるのだが、ガラムの言葉は理に適っている。ぶっちゃけた話、何よりも最初に必要なのは体力である。基礎体力がなければ何をするにしても駄目だ。その為、武器を振るう前にみっちりと体力を、そして筋力を付けさせられた記憶が自分にもある。それを懐かしいなぁ、と思いながらトラックに沿ってグラウンドを走り出す。
ある程度のグループはこの流れを予測できていたのか、自分の様に文句を言う事もなく走り出すが、残った者達はぐちぐちと文句を言いながら走り出す。
見た所、倒れるか吐くまで走らせるつもりだ―――ペースを保って授業の終わりまで走り続けられるように体力を調節した方がいいだろう。故にあまり早く走り過ぎないように気を付け乍ら、一定のペースを保って走る。辺境の整備されていない、ゴツゴツとした足元と木々が邪魔する森の中とは違い、整備されたグラウンドのトラックは非常に安定しており、走りやすい。背に弓と矢が入った矢筒を装着していても、日常的に装備して走り回っている身としては、これぐらいの重量が増えた所で大した問題にはならない。ただ少しだけ、日が熱いな、と思いながらマントを軽く肩にかける様に後ろへと流し、風を浴びる様に走る。
「うぉぉおおおお―――!」
吠えながら全速力で走る馬鹿が一定数いるが、この先、大丈夫か? とやや不安を覚えながらも姿を見送り、自分のペースを保って走り続ける。
この程度だったら容易い。何時間でも走り続けていられる。
「負けてたまるか―――!」
「一番はこの俺だ―――!」
「頑張るなぁ……」
マラソンで学習するのは不明な終了点に対する体力の分配の仕方、装備を装着した状態での体力の損耗率、装備を装着した状態で走るという行動に対する慣れ等がある。その為、体を鍛える為に走る事から始めるのは間違いではないし、走り方一つを取ってその人間がどれだけ自身を鍛えてあるのか、というのは良く見える。たとえば適当に走っている奴、或いは全力で走っている奴はまず経験がなく、何も考えていない。
本当に先の事を考えている奴は自分の体力がどれだけあるかなどの体力管理だけを行うのではなく、自然と走り方や呼吸の仕方で体力の消耗を抑えるのが解る。たとえばこれは辺境の男に必須の事なのだが、悪路を走破する事前提で体力をつける為に体を鍛える為、体のバランスや重心、それを高いレベルで安定させる事を覚えさせられる。走っていて無駄に疲れるのは体の重心がブレて無駄に体が揺れを作り、それに体力を消耗するからだ。ちゃんとボディコントロールが行えているのであれば体のブレを抑え、無駄な体力の消耗を防げる。
……と、こんな風に細かい事ながら、マラソン一つで色々と見る事が出来る。
とはいえ、自分は既に通り抜けた道だ。退屈と言ってしまえば退屈だ。爆走する先頭集団に追いつかず、その後ろで遅くはないが早くもない、マラソンペースを維持したまま走り、軽く欠伸を漏らす。走るだけなら楽なのだ。割と。
「お、余裕そうだな」
軽く欠伸を噛みころしていると、横から並走する様に追いついてきた姿がある。サングラスを装着した、金髪にオールバック姿の男で、此方の様に一定のペースを保って走っている。
「俺、クラウってんだ。よろしくな」
「エルディレイ、よろしく」
伸ばされた手で握手を交わしながら、ペースを落とす事無く走り続ける。
「いやぁ、爆走しちゃってあれでこの先、大丈夫かねぇ?」
「大丈夫じゃないだろ……アレ、絶対に疲れて止まった所を先生にケツを蹴り上げられるぞ」
「あぁ、やっぱりそうなると思ったか……やっぱりエルディレイはどっかの武家の子? かなり鍛えられているって解っているからちぃと気になったんだけど……」
「俺? 俺は辺境出身なだけだよ。推薦入学と奨学金制度でなんとかここに入ったんだよ」
「お前が今年来た五人の推薦入学生の一人か! あー……成程成程、じゃあこれぐらい出来ても当然って事だ」
「いや、それなりに鍛えた事のある人間ならこれぐらい出来て当然だろ」
「そんな事ないんだよなぁ」
クラウは笑いながらも此方のペースに合わせて走っている。喋りながらでも一切息を切らさない辺り、この男も相当鍛えているというのが伝わってくる。なんか今、俺、普通の学生をしていないかこれ……? と少しだけ心が弾む。
「ここにいる大半は貴族の次男、三男ばかりだ。一応試験があるにはあるが、それは本当に見込みのない奴を落す為のラインであって、入学自体はそこまで難しくないんだよ、これ。奨学金制度もあるから平民や農民の類いでさえ入学できるしな」
「へぇ……」
「んで入学してくる連中の大半ってのは将来的なパートナーを探しているか、或いはこの先で何らかの職を見つける為に入学した連中だ。ちなみに割合としちゃ貴族よりも平民の方が数が多いんだがこの理由、解るか?」
クラウの言葉にいや、と頭を横に振る。
「んじゃあバラすけど簡単な話、奨学金で入学したとしてもアルバイトや金策の為の手段を学園側で大量に用意しているんだよ。街の方を歩けば簡単に住み込みで働ける場所を見つけられるぜ? 保証人は学園がやってくれるしな。そのおかげで奨学金の返済を計画的に行う事が出来るんだよ」
「あぁ、つまり事前に鍛えてきたような連中やコネを持ってどこかへと行くだけの能力がある奴はここに来ないのか」
「そういう事だ。一部例外はあるけどな。だけど基本的には入学してから鍛える、って奴の方が多いんだよ。だからほら、良く見れば年齢が低い奴の方が多いだろう?」
クラウにそう言われながらマラソンしている連中を見る。言われてみれば年下―――13~15歳ほどの少年少女が一年生のほとんどを占めている様に見える。そんな自分は今年で20になる。結構これ、年齢差が大きくてキツイなぁ、と気付かされ、思う所がある。それを察したのか、クラウがかははは、と笑い声を零した。
「ま、俺も下の歳の連中とは混ざり辛いんで、こうやって話が出来そうな同年代を探してたって訳よ。これから三年間、お互いに楽しくやっていかないかエルディレイ?」
「こっちも辺境から飛び出してきて全く知り合いがいなくて困ってたからな、色々と話してくれるとスゴイ助かるよクラウ……あぁ、俺の事はレイでいいよ。親しい相手にはそう呼んでもらっているから」
「お、そうか。ならよろしくなレイ」
再び握手を交わしながらマラソンをしつつ、この学園に関する話をクラウから聞き出す。
なんでも、学園という場所は基本的に平民向けの場所ではない。その為、このヴェルグ学園というものは他の多くの学園と比べると異色であり、そしてそれが原因で貴族の数は普通の学園と比べると比率的には少ないらしい。
学園という場所自体がそもそも貴族にしては不要なのだ―――なにせ、貴族であれば家庭教師を雇って専用のプランを立てた方が勉強効率は高いのだから。それでも学園というシステムが存在するのは平等な価値観を与える為、集団での生活を行う為の経験をする為、そして同時に貴族同士の繋がりを生む為の場所であり、学園自体での勉学そのものは重視されていないのが従来の学園であった。
だが多くの異種族を抱える帝国は貴族よりも地位のない人間―――或いは者の方が数が圧倒的に多く、そういう存在を有効活用するのであれば勉学の門を平民等にも広げる必要がある。それ故に学園は平民でも受講できるようにシステムを変えた。
「ただそれだけじゃあ資金が足りないから一部、皇帝陛下から資金援助して貰っているらしいぜ。まぁ、それと引き換えに一番優秀な人材は率先して帝国の運営の為の人材として紹介されてるんだけどな……前の推薦入学の組、三天人、知ってるか?」
「超知らない」
「まぁ、辺境育ちならそうだろうな」
クラウは苦笑しながら話を続ける。
「三天人ってのはぶっ飛んだ才能と成績を残した前回の推薦入学組に対して与えられた称号……ってか毎回、推薦入学組には纏めたグループ称号みたいなもんを勝手に回りから付けられてるんだよ。んで、それに見合うぐらいの成果と成績と打ち出してる訳だからな。確か一人は魔道技術研究所の副所長、もう一人は帝国軍の将軍に、最後の一人は冒険家として世界に旅立った、って話だったな」
「そりゃあすげぇな」
と、呟いたところで、クラウの視線が此方へと向けられているのに気づく。
「いや、レイもその推薦入学枠なんだぞ」
「あー……でもなんかそういう自覚薄いんだよなぁ」
自分は推薦を受けて入学した、故に特別である……と言われても、ピンと来ない。少なくとも自分が世間からしてどれだけのものか、それをまず知らない。とりあえずは平均と呼べるレベルを知らなきゃ何も始まらない。そんな事を考え、クラウと並走し、雑談している間にあっさりと朝の授業に終わりが来る。
数時間、ノンストップでのマラソンの結果、当然の様に屍の様な生徒の姿がグラウンドに転がっていた。まるで後先考えずに走っていたのだから、当然と言えば当然だった。そうじゃなくてペースを守って走っていた連中の中でも、その大半は疲れて荒い息を吐きながら大地に転がり、水を貪欲に求めていた。
大半の生徒が必要とされる体力のラインに到達していないのが発覚した。その中で、自分やクラウを初めとして六人のみがマラソンを終えても余裕を持っており、軽くか、或いはほとんど汗をかいていなかった。その残された面子を見て、ガラムが良し、と呟く。
「お前ら6人は4単位くれてやる。今月はもう授業に出なくてもいいが……サボってたら体ってのはあっさり鈍るからな。それが嫌なら普通に授業に参加しろ。それとも他にやりたい事があるなら相談に乗ってやるから俺の所に休みの間に来い、手伝ってやる」
「うっす、ありがとうございます」
「どうも」
軽い感謝の言葉をガラムに告げながら授業が終わる。昼飯は―――一旦家に帰って食べる事も考えたが、その後で魔術と神秘の授業が二連続で入っている。その事を考えたら荷物を置く為に家に帰るのも面倒だ。学園にはロッカーもある事だし、そこにしまっておくのも出来るし、ここは素直に学食に向かう事にする。
「俺は学食に向かうけどクラウはどうする?」
「俺か? 俺も学食だし一緒に行くわ。ここの学食、色んな種族に合わせて料理を用意しているからかなりバリエがあるだけじゃなくて、料理研究会の成果を発表する場所でもあるから、かなり美味しいものも混ざってたりするらしいってよ」
「へぇ、俺、基本自炊だから学食使うの今日が初めてなんだよな。それはちょっと楽しみだなぁ」
笑いながらグラウンドを後にし、そのまま学食のある校舎へと向かって進む。この学園にいる大容量の人間を収める為の学食なだけに、凄まじい大きさを持つ学食エリアは外から見ていても解り、近づけば風に乗って料理の匂いが運ばれて来る。食欲を誘う刺激にこれは楽しみだな、とクラウと笑いながら楽しみにしている、
―――学食の窓を突き破って転がる生徒が十人ぐらい飛び出し、そのまま悲鳴と怒号と共に学食への扉が開け放たれた。一気に逃げ出す人々の姿、カラフルに彩られた生徒の姿、口に細長いバゲットを咥えたまま気絶する教師の姿。外へと飛び出してきた首にソーセージを撒いた学生が叫ぶ。
「―――フードファイトだぁぁぁぁぁぁぁああああ―――!!」
直後、学食内へと続くソーセージの反対側が引っ張られ、叫んだ生徒が学食へと引きずり込まれた。爆発音と衝撃を散らす学食を見て、ふぅ、と息を吐きながら、
「学食はまた今度にしようか」
「そうだな」
学食から飛び出してきた学生がバゲットを剣の様に構え、光り輝かせながらビームを放っていた。最近のパンってすげぇんだな、なんて思いながらその光景に背を向け、適当に街で昼食を取る為にクラウと肩を並べて歩き出す。
「―――で、レイは辺境出身って訳か。道理で良く鍛えられている訳だ」
「まあな。辺境で体を鍛えないという事は死ぬ事と同義だからな」
スパゲティーにフォークを絡め、塊を創ったらそれを口の中へと運んで飲み込んで行く。軽い運動の後であるが故に、お腹は空いていた。これならもう一皿いけるんじゃないかなぁ、という塩梅だった。
「辺境はここや首都の方みたいに駐留している軍人がいないからな。中央や栄えている都市だったら軍隊が魔物の定期掃討を行ってくれるから平和だけど―――俺達の住む辺境はそれがない。その上で成長と進化を続けるせいで強靭で、凶悪な魔物が多い。だから俺達辺境の男は生まれた時から戦う運命にある」
「だから辺境の男は強く、辺境の戦士は恐ろしく屈強だって聞いてるな……そっからどうやって推薦入学を得たんだ?」
うーん、と首を捻りながら思い出す。ロシュ・フォール教授との出会いは割と唐突だったよな、と。
「俺の故郷……辺境のセングレンは樹海と隣り合った場所でな、偶に新種の魔物の調査の為に来る学者の姿は見るには見るんだ。だからロシュ教授の事も最初はそういうもんかなぁ、って思ってたんだ」
「ほうほう」
「でも樹海の方に行かず、俺達の村で一週間ぐらい、文化を経験する為とか言われて一緒に生活したんだよ。それと引き換えに色々と教えて貰ったりしてな。その結果、いきなり実は学園のものでスカウトしたいんだけど推薦入学に興味ない? って脈絡もなく持ち出してきて……」
「噂に違わぬ奇人っぷりだなぁ……」
あのロシュ・フォールを奇人と呼ばずして一体誰を奇人と呼ぶのだろうか。まぁ、しかし、ここへと来るのは自分の見解を広める意味でも有用な事だと思っている。あの教授から感じているのはまず間違いなく善意であり、情熱だ。あの破天荒な言動と行動を見せながらも、あの教授は一切の邪気、邪念の類を抱いていない。だからこそ割と驚いた。
「あの教授、本当に埋もれた才能を発掘する事をライフワークにしている臭い」
「まぁ、変人で有名な教授だからね、フォール教授は」
まぁ、これからは彼の授業も受講しているのだから、顔を合わせる回数も増えるだろう……その事にちょっと不安を感じつつ、話を続ける。辺境の話から今度はクラウの話へ。
「つっても俺はそんな特殊じゃないんだけどな。どこにでもいる貴族の三男坊だよ。ただ三男だとまともに財産も家も継げないしな。政略の道具に使うにしたって地位が低すぎるし。最終的に自分でどっか功績を立てるかなんか技能がなきゃ生きていけないからな、父上と母上に頼んで、家庭教師を付けて貰ってたんだよ」
「あれ、家庭教師いたのにこっちに来たんだ」
「まぁ、家庭教師つっても質があるからな。ぶっちゃけ学園で受けられる勉強の方がよっぽどレベルが高いよ。だから俺は入学したんだ。ちなみに将来の目標は帝国の経理部に喰いこんで平和な人生を過ごす事だな」
「驚く程欲がない」
「欲をかいてもあまりいい事はないしな―――そう言うレイの方はどうなんだよ、お前」
「俺か?」
やりたい事は……まぁ、今の所は決まっている。
「出世とかは俺から最も縁遠い話だからな。腕を磨き、知識を蓄え、それで辺境に戻って生活を豊かに出来れば……って程度の認識だな。そもそも一生を狩人として過ごすと思っていた所にスカウトなんてかかるから教育を受けた所でどうしろってんだ……」
「ははは……じゃあレイは覚悟した方がいいかもしれないな」
クラウのその言葉にからになった皿を横に押し出し、ウェイターを呼んで追加の注文を取りながら話に耳を傾ける。
「いいか、あの奇人ロシュ・フォールが見出した才能の原石はどれもが帝国の要職に就いている。変人、奇人なんて言われてはいるが、その才能を見る目は確かだ。そしてここの学園長はそういう長所を伸ばしたりする事に関しては凄く上手い。だから今まで推薦入学してきた連中は蹴りでもしない限りは帝国に大きく貢献する人物となるだけの成長を遂げている。このパターンが正しければ、お前も間違いなくそういう連中と一緒の枠組みに入る事になる」
クラウはそう言うが、少し前まではただの狩人として鍛え、そして森や山を駆け抜けていた自分が国の為に、なんていうのはまるで想像の付かない事だった。それにどれだけ頑張っても、未だに親父には勝てないでいた。その事を考えるとクラウの言葉は実感が薄い。とはいえ、平均と一般というものを知っている彼がそう言うのであれば、きっと、そうなのだろう。
此方の表情を見て考えを脱したのか、フォークの先端を此方へとむけながらま、とクラウは言葉を置いた。
「ま、これから三年間この学園で学べるんだ。今はまだ解らなくてもその内やりたい事が見つかるかもしれないし、焦る必要もないだろう」
「あぁ、それもそうか」
「適度に学んで、遊んで、鍛えて、そして探せばいいんだよ。学生時代なんて人生に一度きりだしな」
クラウの言葉は真実だった。少々都会に来て気圧されている部分もあったのかもしれない。もう少しだけ、肩から力を抜く事にしよう、と、そう思いながら昼食の続きに手を出した。
午後、《魔術学・基礎》の時間となる。
此方は午前中の《戦闘学》というかもはや筋トレ学という感じの授業とは違い、校舎内の教室で行われる様だった。教室はチョークボードを一番前に、そこから扇状に段差を付けて広がって行く形状をした教室だった。奥の方からでもチョークボードは見やすいように出来てはいるが、それでもなるべく前列に座った方が見やすいだろう。最前列に座りながら、弓などの代わりに持ち込んできたノートとペンを取り出し、何時でも授業のメモを取れる様に準備を終わらせる。
―――実はまともな魔術の授業なんて人生で初めてだから割とワクワクしている。
辺境では学校の様なシステムはない。その為、基本的に必要な事は村の賢人が教えてくれる。自分の場合、それは親父だった。その親父にしたって自己流の部分が非常に多く、延々と数学ばかりやらされていたので、普通の魔術に関するアプローチと言うものを自分は良く知らなかった。これで漸く世間一般の魔術と言うものが解るな! と、ややテンションが上がっている部分もある。
「あ、レイさん」
「あっ」
授業の始まりを待っていると、教室に入ってきたクレアの姿を見つけた。どうやら魔術に関する授業を彼女も受講していたらしい。軽く手を挙げてくる彼女に対して、此方も少しだけ、緊張しながら手を挙げて振り返す。笑みを返したクレアはどうやら、既に女子グループの中にいるらしく、他に二人の女子と共に適当な席に座る。
そうだよな、都合よく隣に座ってはくれないよな。
心の中で残念……何時か、もうちょっとだけ自分に自信が持てるようになったら、口説こう。そう思いながら最後に入ってきた大人へ―――教師へと視線を向けた。
「うっし、時間だしこれで全員だな? 初日から遅刻してくるような奴は教室にいれるつもりは僕はないぞぉー」
そう言う男は少しぼさっとした黒髪にモノクルを装着していた。ネクタイは緩められており、印象的にはややだらしなさが見える。だがそれとは裏腹に、指をスナップさせただけでドアを閉める他に結界まで張った腕前を見るからに、間違いなく魔術師としては優秀な人物であるのは解る。そもそも纏う気配があのガラム同様、一線級に近いものを感じる。この学園は化け物の巣かよ、と心の中で呟きながらもだらしのない教師の声に耳を傾ける。
教卓の裏に立った教師は指をスナップさせ、背後でチョークを浮かべ、チョークボードに文字を走らせながら口を開く。
「さて、ようこそ一年生諸君、僕の授業へ。君達が魔術と向き合って行く上で、おそらく一番目にするであろう教師が僕だ。一年で受講できる魔術関連の授業は基礎と応用の二種類だ。《魔術学・応用》を受講できるのは秋季からだけど、それを担当するのも僕だ。そして二年になってそれぞれの属性分野に特化して行く上で、基本四属性に関する授業を受講するのであれば、また僕の生徒となる事だろう。だから今の内に媚びを売っておけよ」
教師の言葉に軽い笑い声が教室に響いた。それを聞いて良し、と教師が言った。
「どうやら今年の生徒はユーモアが通じるらしいね。たまーにそれを真面目に受け取っちゃう堅物がいるから困ったもんだ。魔術の世界とは伝統を守りながらも
そう言いながら教師はさて、と言葉を置く。
「―――僕の名前はマーヴィン、マーヴィン・クライド・ヘルマンだ。ヘルマン教諭でもマーヴィン教諭でも好きな方で呼ぶと良いよ。ただマーくんって呼ぶ奴は昔から火あぶりにする事だけは決めてるから気を付けて欲しい」
それを語るマーヴィンの眼がガチだった。過去に何かがあったのだろうか? そう思いながらも話は続く。
「基本的に僕はつまらない授業が嫌いだ。そもそも学ぶという行い自体が楽しくなければ意味はないと思っている。楽しく、そして積極的に学ぼう、それが僕の教室でのコンセプトだ。だからと言って甘い訳じゃないから気を付けてくれよ?」
マーヴィンがそう言ってる間にチョークボードには色々と書きこまれていた。それを確認したマーヴィンがそれじゃあ、と言葉を置くので、ノートにチョークボードの内容を書き込み始める。
「ま、初日だし焦ってもしょうがないから簡単な事から始めようか。この世における魔術の基本的な話から始めようか」
マーヴィンがモノクルを外し、それを布で軽く磨いてから装着し直す。
「さて、皆が知っての通り、魔術とは魔力を消費コストとして発動させる現象に対する総称になっている。僕たちは体内で魔力を生成する事ができる。それを術式というプロセスを通す事によって魔術というアウトプットを発生させる事が出来る。間に色々と細かい部分はあるけど、おおざっぱに説明すれば魔術と呼ばれる現象はそうやって発生している。僕ら魔術師はこれを感覚ではなく明確に組み上げられたロジックによって構築し、運用している―――その為、
魔術とは学問だ。そして魔術の大半は理解にある。マーヴィンの言う通り、魔術とはただ覚えれば使えるという訳ではなく、知識の積み重ねの上に魔術を行使するのに必要な術式を正確に記憶するか、或いはそれを記載した外付けの術式を用意しなくてはならない。そう、魔術における最大の難点は理解にある。理解なくして、魔術は発動できないのだ。
「その為、魔術を学ぶ上では《自然学》を学ぶ事が非常に重要とされている……まぁ、これを受講できるのは二年からだから、今の君達には早い話だけど……なんで、自然を学ぶ事が重要なのか、説明できる人はいるかな?」
手が幾つかあがり、その中からマーヴィンが一人選ぶ。
「はい、どうぞ」
「はい。それは魔術によって発動する現象は基本的に自然に発生する現象を由来としているからです」
「うん、正解だ」
マーヴィンが生徒に頷きを返す。
「僕らが行使する魔術というのは基本的に自然に見られる現象を意図的に発生させているものが大半だ。それはそれぞれ存在する属性を見れば良く解る話だ。基本四属性になる火・水・土・風で始まり、相互補助属性の光・闇、貴種三属性に分類される時空・幻想・虚無、そして上位属性として認識される神格・世界。僕が名を挙げた内、前半の物は自然界・物質界で見受けられる属性になる、後半の貴種と上位属性は目視する事が極めて大変である概念属性と呼ばれている」
概念属性―――基本四属性の様に見て、触れて、感じられる属性とは違い、限定された状況でもない限りは干渉する事が出来ない概念をベースとした属性の事を示す。これらの属性は非常にレアであり、まず見る事は出来ないと言われている。
ちなみに自分はその貴種属性の内、時空属性を持っている。光属性の方はそこまで珍しいものでもない。
「僕らは生まれた時点で基本的に一種類、非常に稀なケースで二種類の属性を保有して生まれてくる。僕らが魔力を生みだし、魔術を行使する都合上魔術神経を使用する以上、自分の属性に使う魔術は大きく影響される。自分の保有する属性の魔術は使いやすいし、逆に相反する属性は使い辛くなってくる……ま、ここら辺も基本の基本だね。ここまででの話で質問のある生徒はいないかな?」
うん? と言いながら教室内をマーヴィンが見渡してくる。だが今上がった話はどれも本当に基本的な話だ。魔術を覚える上で真っ先に知らされる、教えられる内容だと言っても良い。正直、それを知らない人間なんてたぶんいないだろう。それぐらい魔術というものは生活に密着している。たとえ勉強していなくたって、これぐらいの話は誰もがどこかで聞いた事があるだろう……本当にただの予習だ。
「さて、僕たちが魔術を使う上で利用する術式はそのほとんどが算術による現象に対する演算行為に当たる。その為、レベルの高い魔術師を目指すのであれば必然的に高いレベルで数学、或いは算術を収める必要があるんだけど……無論、誰もがそんな事が出来る訳じゃない。だから僕たちは詠唱紙や術式を焼きつけた
詠唱紙、それは使用する魔術の術式、数式を事前に書きこむ事によってそれを消耗する事で即座に魔術を発動させる為の道具だ。使い捨てである為、使用したら使用した分を自分で作成して補充しない限りは、自分の使いたい魔術を使う事は出来ないだろう。
その詠唱紙を何枚も重ねて本の形に纏め上げたのが魔道書だ。此方も詠唱紙とは変わらないが、紙そのものが焼けついて消える詠唱紙に対して、魔道書は使用した場合は術式だけが消えるので、特殊なインクで中身を書き足せばそのまま継続して使い続ける事が出来るのだ。錬金術の産物でもある為、魔道書そのものが補助具として魔術師をサポートする、とも聞いている。
なお、魔力の生成は精神力を体内に存在する魔術神経を使って魔力へと変換するというプロセスを通す必要がある。この魔力への変換効率は先天的な効率の他、繰り返す事によって魔術神経が最適化を行うので、変換効率が上昇し、結果的に扱える魔力が増えるという形になる。
「―――その為、魔術の世界で自分の心を奮い立たせる意味でも詠唱を行うというのは珍しくない。
そこまでマーヴィンが話したところで、鐘の音が鳴り響くのが聞こえる。
「おっと、どうやら今日はここまでのようだ。今日は初日という事もあって基礎の基礎、或いは常識と呼べる部分をおさらいしただけだけど、次回からはしっかりと君達を半人前の魔術師へと育て上げる為のカリキュラムを進める。少なくとも僕の授業を継続して受講するのであれば今年度の終わりには君達が最下級の魔術であれば無詠唱か、或いは詠唱紙一枚レベルで済ませるところまで育て上げる予定だ。魔術の世界はきれいごとが通じない―――才能と努力の世界だ。そして才能があって努力した所で報われる訳じゃない。それでも、間違いなくこの世界一つの法則に触れる事の出来る学問だ。君達が僕みたいにそれに魅せられる事を祈っているよ。それじゃあ、おしまい! お疲れ様!」
ノートに本日の授業内容を書き終わりながら、ふぅ、と息を吐く。見た目はだらしないが、予想以上に中身はしっかりとした先生だった―――まぁ、当たり前か、と思いながらノートを鞄の中にしまっていると、一瞬だけ、クレアと視線が合った。
手を振ってくる彼女に対して手を振り返しながら……どこか、少しだけ恥ずかしくなって足早に教室を出て行く。さっさと逃げよう、という気持ちになりながら、教室を出た所でさっさと本日最後の授業があるであろう教室へと向かって駆け足で向かって行く。
《神秘学》を行う教室は魔術の教室からそう離れてはおらず、階段を上って一つ上の階に―――5階にあった。下の方は騒がしく人が多いが、5階や6階はそれと比べると静かであり、人の気配があっても大きな音はない、静かなフロアだった。
502、と数字の書かれた教室の番号を見つける―――これが《神秘学》の教室だ。既に中に気配がある事から、中に人が集まっているのだろう。少しだけ焦りながらも扉を開けて、教室内部に入る。
教室の形状、大きさは下の階、魔術の授業に使った教室と一緒だった。だがそこにいる生徒の人数は圧倒的に少なく、そして同時に個性的な面子が教室内にはいた。
まず一人目、教室の一番奥に座っているのは両腕を組む、赤毛の少年の姿だった。年齢は俺よりも若く、15~16程に見える。燃える炎の様な赤毛を逆立てさせており、鋭いその眼と合わせ苛烈な印象を見る者に与える。だがその少年の雰囲気を邪魔するのは少年の座っている机の前に座っている生物だった。単刀直入に言えば―――それは竜だった。赤い鱗に包まれた竜の子が涎を垂らしながら机の上で眠っており、その可愛らしさが少年の気配を完全に相殺している、不思議な光景だった。
二人目は焼け朽ちた様な灰色の長髪をした女だった。ややゆるふわっとした長髪はそうやって整えられたのではなく、自然と放置していたらそうなった、という感じをだらしなく伸びた髪を見れば理解出来る。興味なさげに窓際の席を確保する彼女は窓の外へと視線を向けており、まるで興味を抱く事もなく視線を此方に向けず、瞳を下ろしたままずっと、顔を窓の外へと向けている。その姿からはあまり良い印象を受けない。
そして三人……三人目? おそらくは三人目。
パンダだった。
白と黒の毛皮に包まれたパンダが最前列の席に座っていた。しかもちゃんと制服を着ている。
「……」
しかも笹を食ってる。窓際の女とかドラゴンと一緒の少年とかどうでも良くなるインパクトだった。パンダが、教室で、制服姿で、笹を食ってる。これ、教室間違えたかなぁ、なんて事を思っていると、笹を食っているパンダが顔を持ち上げ、此方へと視線を向けた。
「どうした坊主、《神秘学》ならこのクラスで問題ないぜ。さっさと座ったらどうなんだ?」
「あ、はい」
しかも喋った。声はかなりハードボイルドな感じだった。もう考えるのは止めようこれ。心を無にして笹を食っているパンダから少し離れた―――ドラゴンと少年の横の席に座った。自己紹介を始めるその前に、小さい声で横の少年に呟く。
「アレ、パンダだよな」
「どこからどう見てもパンダだな」
「……動物だよな?」
「……動物だな」
「笹……食ってるね」
「笹を……食べてるな」
「俺がおかしいのかこれ」
「いや、俺もこれは何かがおかしいと思う」
そのまま、無言で少年と握手を交わした。今、ここに友情は成った。やっぱり教室にパンダがいるのは可笑しなことだったんだ。良かった、これが都会の常識とか言われたら辺境に帰る事を真剣に悩むところだった。ともあれ、パンダのおかげで会話の取っ掛かりは出来たのだ、握手を交わしながら自己紹介をする。
「エルディレイ・リュンセル」
「レヴァン・グラナートだ、宜しく頼む」
「此方こそよろしく頼む。俺、辺境出身で都会とか中央の常識とか全くないからな」
「ほう、辺境の男か。これはまた珍しいものだ。辺境の男、戦士と言えば屈強で知られるが基本的に人生が辺境で完結している為に滅多に此方に出てくる事はないのだが―――」
「あぁ、俺、推薦入学だから、スカウトされたんだよ」
「エルディレイ、お前もか」
「その言い方からすると―――」
そこまで口にした所で再び教室の扉が開いた。言葉を止めて視線を入口の方へと向ければ、教室に入ってくる二つの姿が見える。一人目は改造制服を着た子だった。ポケットを増やした上でポシェットを斜め掛けにし、羽の付いた帽子を被った少女で、此方は年齢が15~16程、透き通る青い色の髪をして、どこか神秘的な雰囲気があるも……どこか、動きや表情にそそっかしさを感じる。今もどこか焦ったような表情で、急いで椅子を探している。
「まぁまぁ、そんな焦る必要はないよ。この《神秘学》を受けているのは君達5人だけだしね」
「は、はい!」
等と言いながら焦った結果、顔面から床に倒れ込み、それで動きを止めてからゆっくりと椅子に座った―――パンダの横に。そしてパンダを見て動きを停止している。そうだよな、だってパンダだもんな……。頷きながら少女の困惑に納得しつつ、教卓の裏に立ったロシュ・フォールの姿を見た。満足げな様子で、揃った5人を見ていた。
「さて、私の名前に関してはもはや説明する必要もないだろうなにせ、君達一人一人をスカウトした張本人だからね! まぁ、つまりここにいる5人は推薦入学組という訳だ。非常に解りやすいね?」
誰もが個性的であるが故、もしかして……とは思っていたが、本当にそうだったらしい。年齢も性別もバラバラ、背景さえも全員違うだろう。帝国を歩き回ってスカウトしてきた、という言葉に偽りはなかったらしい。
「これから三年間、どんなに嫌でも君達5人は一つのグループ扱いされるだろう。それは君達が他者とは隔絶した才能を保有するであるが故、仕方のない事だ。そして才能あるものはないものからは嫉妬され、迫害されやすい。そういう意味でもぜひ君達が互いに友好を築いてくれると私としては嬉しいものだ。そういう意味でもこの授業は君達5人しかいない―――まぁ、後は趣味なんだけどね!」
コメントし辛い。妙な沈黙と笹を食べるパンダの音だけが教室に残る。それを受けてロシュ教授がはっはっは、とステッキを回転させながら笑った。
「それじゃあ全員が揃った事だし、この《神秘学》という授業に関してを説明させて貰おうかな? といってもあまり難しい授業じゃないよ。この授業は君達の様な特別な能力や特別な背景のある生徒専用に開かれている授業で、その才能をより効率的に引き出し、運用する事を目的とした授業なんだ。それはつまり、必然的に貴種三属性や上位属性に対して触れる回数が増える為、世界が保有する神秘を理解する事でもあるのさ。……さて、このクラスで貴種三属性、或いは上位属性に対して干渉能力、或いは潜在的に属性を保有している生徒はどれぐらいかな? 手を挙げてみ給え」
そう言って自分が手を挙げ、窓際の雰囲気の悪い子、そして最後にクラスに入ってきた子、自分を含めた三人が手を挙げた。それを見て、うんうん、とロシュ教授が頷く。
「もう下げてもいいよ。……普通の授業ではこういう貴種や上位の属性に関してはほとんど触れない為、これらの管轄は基本的に私の管轄になる。何せ、この帝国で先天属性でもないのに貴種三属性に世界属性の魔術を十全に扱えるのは私だけだからね! ここらへん、私凄いからね! エキスパートだからね! 少しは尊敬していいよ!」
「わぁー! 教授凄いでーす!」
最後に入ってきたそそっかしい子だけがパチパチパチ、と手を叩いて褒めていた。それで気を良くしたのか、ロシュ教授がむっふん、と胸を張って息を吐いた。
「さて、そう言う訳でこの授業の趣旨は基本的に君達が保有する神秘の追及であり、それらへの理解を深めて行く事だ……そして5人全員ちゃんと受講してくれたし、私の方からはプレゼントとして学園内に色々と設備の揃った研究室を用意してある。これからの3年間、君達は何度もそこに集まり、相談し、助け合いながら成長をするだろう―――なにせ、基本的に私が出す課題は君達5人全員が一丸となって挑むものばかりだからね!」
ロシュ教授のその言葉に、パンダが手を挙げた。パンダって質問するんだ……笹食ってるだけじゃないんだ……と首を傾げながらも話しに耳を傾ける。
「ロシュ教授よぉ……だけどさぁ、俺達はぁ、それぞれ別々の才能を持ってここへとスカウトされてきてるんだろう? だとしたら課題で一まとめにするのは非効率的なんじゃねぇかぁ?」
「それはそうだが、それとは別に君達才能のある人間は社会的には孤立しやすい。君達を一まとめにしてグループで活動させようとするのは将来的に君達が孤立しない為だ。抜きん出た者は常に孤独ではああるが、それは環境でどうにかなるものだよ。君達がここで健全な青春を過ごせればそれは間違いなく未来への宝になるだろうからね……まぁ、無論、個人個人で別に課題を出しもするけど」
「なるほど、熱いじゃねぇか先生」
「アレ、パンダらしいよ」
「そうらしいな。パンダとは一体」
ハードボイルドパンダとか良く解らない生物がクラスメートだという事実を俺は直視したくなかった。こんな貴重な経験も欲しくなかった。というか何故ロシュ教授は普通に喋る事が出来るのだろうか、獣人でもない、純粋なパンダなのに。
そんな事を考えている間にパンパン、と両手をロシュ教授が叩いた。
「さて、記念すべき最初の授業だが……まずはこれから3年間、一番顔を合わすであろう相手の名前と特徴を覚えて貰う事にしよう! という事で今日の授業はこの教室にいる同期の事を覚える事だ。お互い、自己紹介をしようか!」
今までの授業、寧ろ定番中の定番とも言える自己紹介がなかった分、妙な安心感を覚える。言う事やってる事非常識なクセして、授業は割とオーソドックス、というか王道だよな、と。これなら少しは安心してもいいかもしれない。そう思いながらロシュ教授が自己紹介に条件を付ける。
「名前、年齢、出身、自分が思うスカウトの理由……後はそうだね、将来の目標があったらそれを言おうか」
地味にハードルが高い気がするが……まぁ、これぐらいなら特に問題もないか、と思いながらそれじゃあ、とロシュ教授が言う。
「パンダくんから始めて貰おうかな!」
「トップバッターの格が違う」
「この後に続くの嫌だぞ俺は」
そうひそひそと裏でレヴァンと話している間に、パンダが立った。二足歩行で。普通に喋るのと動くだけでもう面白いからアレ、存在自体が卑怯だろうと思う。
「俺は……いや、過去の名前はもう捨てた。だから俺の事はパンダと呼んでくれ」
「過去の名前は捨てた」
「東の竹林で修業していた所をスカウトされてな……こう見えても28歳」
「年上だったのか……」
「俺がスカウトされた理由? この熱いハートが見過ごせなかったからだろう! 俺は目指すぜ! 最強の漢を目指してな!」
無言のまま、両手で顔を覆う。ツッコミどころが多すぎてどこから突っ込めばいいのか、もはや自分には解らなかった。ただ一つ、自分に理解できるのはこれから3年間、自分はパンダと一緒にスカウトされたという愉快すぎるグループの一員として社会から理解されるという事だった。もうだめだ、これは色々とおしまいだ。ネタとしての強さでも永遠にパンダに勝てる気がしない。もうお前がナンバーワンでいいよ。野生に帰ってくれ。
「いやぁ、何時聞いてもアツイパンダだねぇ……さて、良い感じに場が盛り上がった事だし、次に移ろうか」
「盛り上がったというか完全に燃え上がったんですけど」
「さあ、次は隣に座っているサアキちゃんに頼もうかな!」
「ふぇ、私ですか!?」
「ソウダヨー」
パンダの横であわあわし始める少女の姿を見て、パンダがサムズアップを向けて頑張れ、落ち着けとか言っているがお前が口を開くだけで落ち着けなくなるぐらい面白くなるからほんと黙っててくれ、と無言の視線で伝えようとするが、それはどうやらパンダソウルには届かないらしい。パンダソウルとは一体。
そんなクソくだらない事を考えている間に、何時の間にかサアキと呼ばれた少女が立ち上がっていた。
「え、えーと……サアキ・トライト15歳です! この学園には逮捕されない為に入学しました!」
「開幕犯罪宣言」
「まともなのがいないぞ」
「ちちち、違います! いえ、確かに犯罪者でしたけど!」
「こわ―――あ、いや、冗談だからそこまでガチで泣きそうな顔をされると困るから」
後ろから手をぶんぶんと振り回しながら泣きそうになる少女にストップを入れる。止めろ、俺に年下を泣かすという汚名を着せるのは止めてくれ、と数秒ほど必死になだめてから、サアキの自己紹介が再開する。
「さ、サアキ・トライト15歳です。えーと……故郷のシュミッツで錬金術師をしていました―――ですけど無免許だったのでそれがどうやら犯罪だったようでして。バレちゃった所をフォール教授に助けられて、学園で錬金術師の資格を取得してみないか、ってスカウトされました。自己流で爆薬錬金は駄目だったみたいです……」
パンダに犯罪者のいるクラスルーム。中途退学はありだろうか?
「あ、ちなみに私がスカウトされた理由は属性が幻想だかららしいです。個人的に錬金術が好きなのもありますけど、幻想属性は創造を行う作業と非常に相性が良いらしいんです。私自身も錬金術を行う免許を取ってそれで自分のお店を持つ事が夢です!」
「だけど無免許時代に爆発物弄ったんだよな」
「潜在的テロリスト」
「ロックだぜ……」
「味方がいない!?」
寧ろなんで味方がいると思ったんだろうか。そこが激しい疑問であった。……しかし幻想の先天属性とは非常に珍しい。幻想の属性は物理法則に縛られないこの世の存在を司る属性だと言われている。それ故に見た目からはあり得ない効果の数々を発揮する道具を作成する分野などとは非常に相性が良いともされている。確かに、才能はありそうな少女だった。
パンダに才能があるかどうかは解らないし、解りたくなかった。
「さて、それでは次はエルディレイくんにしようかなっ!」
「ちょっと可愛らしく言っても騙されませんよ」
苦笑しながら座っている席から立ち上がり、自己紹介を始める。
「エルディレイ・リュンセル、辺境……セングレン出身だ。教授を抜けばたぶんこの5人組の人間では一番年上になるか?」
「おいおい、俺を忘れてるぜ坊主?」
人間つっただろ、という言葉を抑え込む。
「今年で20になる。スカウトされた理由はおそらく光属性と時空属性で二重に先天属性を保有しているという事と、教授曰く弓の腕前が
まぁよろしく、と片手を上げて挨拶をしてから再び椅子に座る。具体的に自分の何がありえない、というのは実はまだ良く知らないのだが、授業を受けている内に自分の何が他人とは違うのか―――その違いを自分で自覚する事が出来るから、そうやって自覚する方が良いだろう、とはロシュ教授の言葉だった。
……その言葉が、ちょっとだけ気になっている。
「さあ、次、レヴァンくん!」
名前を呼ばれてレヴァンが立ち上がった。
「レヴァン・グラナート15歳だ。故郷は……まぁ、秘密にさせて貰いたい。俺がスカウトされた理由は俺が高い
そう言うとレヴァンは涎を垂らしながら眠っている子竜―――いや、子龍を持ち上げた。
「こっちが相棒のレグナだ。俺もレグナも龍魔術師として大成する事を目指してる。相棒共々よろしく頼む」
堂々とした、見事な自己紹介だった。レヴァンの言葉からはどこか、人の前に立つ事に慣れた様な、或いはそう言う類いの訓練を受けた様な感じがあった。人と目を合わせ落ち着いて喋り、その上で姿は堂々として、揺らさずにはっきりと喋る。簡単な様に見えて、人間、慣れていないと恥ずかしさが先立つものだ。そういうのが彼からは一切見えなかった。
座って戻ってきた所にお疲れ、と声をかけると少しだけ照れくさそうにありがとう、と言葉が返ってきた。
「さ、それじゃあ最後行こうか!」
そう言って、視線が最後の一人―――窓際で目を瞑り、授業や教室に対して一切興味を抱かない彼女へと向けられた。
視線を向けられた彼女はゆっくりと視線を窓の外から外し、そして目を開いた。野暮ったい程に伸びた灰髪は僅かな動きでも反応する様に揺れ、その合間から覗かせる琥珀色の瞳でクラスを見渡してから、座ったまま、退屈そうに口を開いた。
「……システィナ、18歳。スカウトの理由は生まれつき神格を保有しているから。目標は―――」
言葉を区切り、数秒間、無言を維持してから口を開いた。
「―――死ぬ事」
そこまで言葉を告げるとシスティナは黙り込んだ。それ以上関わり合うつもりもない、と明確な拒絶の意志を見せながら。その態度に驚かされつつも、或いは神格等という物を背負って生まれたのであれば仕方がないかもしれないと思う。
神格―――或いは神格属性。それはつまり神としての側面を保有するという事の証明である。
人間の身で神格属性を保有する事は不可能だ。魔術として行使するのであれば、敬虔な信者の祈りに対して報いる為に神が一時的に力を貸したり、神罰として一時的に行使されるというケースも存在する。だが基本的に人間は神格を保有出来ない。天に住まう神々が神核と呼ばれるコアを人に与える事によって、人間は初めて神格を得る事が出来る。
だがこの神核も取得はそう簡単ではない。
熱心な信者が己の存在が勇者、或いは英雄であると証明し、その上で神に認められない限りは成立しない。
だがこの神格属性と呼ばれる属性はその希少性を含め、凄まじい力を保有する。あらゆる概念、属性からの干渉を大幅に遮断するだけではなく、どんな物質であろうと神意の下に断罪する事が出来るのだ。神核もなく、生まれつき神格を保有していた、という事は生まれながらにしての神、地上に生まれた最新の神になる。
神は永久を生き、一定の年齢から老化しなくなり、美しい姿のまま悠久を生きる。
―――神を殺せるのは同じ神であるが故、死はほぼ成立しない。
或いは、ある程度自分の未来が見えてしまっているシスティナは、己の運命に絶望しているのかもしれない。
「パンダ、犯罪者、神のいるクラス」
「神よ寝ておられるのですか」
僅かな呟きに対して素早く返答がレヴァンが返ってくる。握手を交わしながら俺達は常識を守ろうね、と心の中で固く近いながら友情を確かめ合った。やっぱり普通じゃねーよこのクラス。そう思いながら溜息を吐くと、ロシュ教授がさて、と声を張り上げる。
「君達5人がこれから一緒に活動する事が多くなるといったね? それじゃあその活動の拠点となる研究室に案内をしよう。さ、教室を出て向かうよ!」
依然、テンションの高いロシュ教授に言われるがまま、テンションの低い状態で席から立ち上がり、ノート等を鞄の中に押し込んで教室を出る。いきなり研究室、と言われても色々と困るのだが、そんな事を気にする事もなくロシュ教授が生徒を先導する。教室を出た所で隣の校舎へと続く渡り廊下を通り、二つ隣の校舎まで進む。前見たマップの内容を思い出す限り、確か此方はクラブや部室等がある校舎だった筈だと思い出す。
「ここだよここ」
そう言いながら一つの扉の前でロシュ教授が足を止めた。そのまま、扉を一気に開けて、中に侵入する。それに付き従うように中に入り、部屋の姿を見た。
研究室と呼ばれたその部屋は研究室らしくはなかった。広い部屋にはソファや本棚などの家具が置かれてある他、大きな釜を搬入してあり、作業台が設置されている他、梯子を昇って二階に該当する部分も存在し、軽く片腕で梯子からぶら下がって上を見た所、そこにはベッドが二つ程並んであった。飛び降りながら作業台に近づき、予想外に備わっている設備に驚きを隠せない。広さもそこそこある為、軽い運動程度なら問題なくできそうだ。
「この作業台なら矢を作れそうだな」
「あ、これ最新式の錬金釜ですよ! 最新式! 魔素の微調整までできそう……凄い……」
「うぉぉ、すげぇ、この子龍用のベッド火石使って状態を常に暖かく保ってるのか……」
「笹プランター……!」
そしてシスティナは無言のまま、梯子を上ってベッドに飛び込んでいた。やっぱそのベッドはお前用だったのか……と軽く呆れつつ、視線をロシュ教授へと向けた。
「どうかな? 君達が快適に過ごしやすいように用意して貰ったんだけど」
「正直援助が多すぎて怖いぐらいですわ」
「まぁ、それは追々成果を出して貰って返して貰うよ。君達が成長するだけで利益は出るんだから―――今までもそうだったし。だからそこまで気負う必要はない。期待は確かにある。だがそれとは別にそれを押し付けている訳じゃないからね! まず最初の一年は慣れる事から始めようというのが私達の考えだ。本格的に始めるのは来年からだ。今年は生徒という立場を存分に楽しむと良い」
言っている事はまともだった。ただ、これだけの援助を見れば、どれだけ此方に対して期待しているのか、それが良く見える。それを考えてしまうと……お金の事を考えると、やはり胃が痛くなってくる。それを知ってか知らずしてか、ロシュ教授は笑う。
「それでは君達に最初の課題を出そう。この課題を終わらせる事が今月の《神秘学》の授業であり、来月まで授業に出る必要はない」
此方が言葉を飲み込む為の間を数秒ほど待ってから、ロシュ教授は言葉を続けた。
「―――君達に与える課題は《修練の森》のエリアAにいるボスを討伐する事だ。そう難しくはないだろう?」
授業はそうやって課題の提示と共に終わった。研究室……或いは拠点とも言える場所を得た俺達はそこから動く訳でもなく、どうするべきかを考えてそこに残っていた。窓から夕陽が差し込んで世界をオレンジ色に染め上げていた。ここから見る夕陽は、自分がいた辺境とは何も変わらないんだな、と少しだけ故郷を思う。
「《修練の森》というのは学園側が作った人工ダンジョンの一つですよね? 森林タイプのダンジョンで幾つか区分けされている」
「詳しいんだな」
「はい! 私、錬金術師志望なので、素材の入手できる場所はチェックしているんです! 基本的に素材は無料で入手できるならその方がコスパ的には優秀ですからね……」
その言葉で悟る。このサアキという子、自分と同じ貧乏サイドの人間だ、と。
「しっかしダンジョンに潜って来い、ってか。めんどくせぇ課題をだしてくれるもんだぜ」
「聞いた感じ、《修練の森》自体そこまで辛い場所って訳でもないから、基本的な協調性を見せてみろ、ってところだろ。それだけじゃなくてこれから3年間嫌でも顔を突き合わせるんだから、少しは交流を計れ……って所か」
まぁ、大体そんな所だろうな、とは思う。それにしばらく狩猟をしていなかっただけに、自分も今は軽く体を動かしたい気分だ。そう言う場所が用意されているのであれば好都合だ。そう思いながら視線を梯子の上へと向けた。
「―――で、お前はどうするんだシスティナ。お前が参加しなきゃ単位が出ないんだが」
「……結果だけを伝えてくれ」
参加はする、だが受動的……というかやる気は全くない。その姿勢からは全くいい印象を受ける事がない。まぁ、やる気は当人の問題だ―――足を引っ張らないのなら、どうでもいいだろう。腕を組みながら残った四人で顔を突き合わせる。この際、その内一人がパンダであるのを忘れることにする。
「とりあえずそのまま挑戦して失敗をするのも馬鹿らしい。一回トライアルで探索するのはどうだ? お互い、まだ出会ったばかりだ。連携も何もないだろう。とりあえず手の内を見せて、それで動けるかどうかを判断する為に明日ぐらい《修練の森》で軽く体を動かすとか」
「あぁ、確かにそれがいいだろうなぁ。一か月も時間が用意されてるんだ、焦って攻略する必要もねぇんだ。とりあえずはお互い、何が出来るのかを見極める事としようぜ。お前ら時間は何時頃空いているんだ?」
時間割を取り出しながら確認する。自分は現在の所戦闘・魔術・神秘の3つしか受講していないが、他の皆も取得している授業に関しては3つで抑えられていた。それが重く必要となる授業故、お互いに被る授業はない。だが気になるのはパンダの授業だった。
《料理》、《音楽》、《建築》。
お前、何を目指してるの? 全力でいれたくなるツッコミを抑え込む。
「時間割を見た感じ、明後日の朝なら全員時間が都合出来る、って感じか」
「それじゃ、明後日の朝、《修練の森》前で集合って形になるが、大丈夫か?」
声をシスティナに投げた所で、返答はない。それで了承したと考えておこう。流石に授業を放り捨てる程いい加減な人物ではないと信じたい。ともあれ、と言葉を置く。
「今日はこれで一旦解散ですか、ね?」
「だな」
「じゃあ、また明後日!」
「あぁ、それじゃあ」
軽く明後日、《修練の森》に集まる話をして、この日は解散となった。
二日後、《修練の森》の前に来る。
服装は何時もの制服にマント姿ではなく、辺境で狩猟の最に装着して装備に変えてある。ロングブーツに袖の長い黒インナーと黒いボトムス、矢筒にナイフに弓、そして水薬を幾つか装備し、辺境の森に侵入する時と同じ準備を完了させて森の前で待つ。目印になるつもりで一番最初に到着したつもりだったが、既にパンダが森の前で待っていたので、軽く手を振りながら近づく。パンダはパンダ姿の上から黒いロングコートに、腰にガンベルトを装着して二挺拳銃をそこに収納しているのが見えた。
パンダの指でどうやって握るんだこれ。そんな事を考えていると、パンダが此方へと視線を向けてくる。その視線は此方の格好を追っているようで、
「なんつーか……森の中に隠れたら見えなくなりそうだな、お前の格好は」
「狩猟者……いや、こっちじゃレンジャーって方が解りやすいか。俺達は森や山の中で生きる術に長けているからな。必然的に潜伏とかが得意になってくる。肌をほとんど露出しないのは毒草対策だったりするんだな、これが」
「あぁ、成程なぁ……俺も長袖にした方がいいかもしれねぇなぁ……」
コートの袖をまくっていたパンダがそう言って袖を伸ばし始めるが、正直お前毛皮があるからそんな心配しなくてもいいだろう、とツッコミを入れたかった。なんでこの不思議生物にはツッコミどころしかないのだろうか。なんというか、色々とコメントとリアクションに困る。だから誰か、早く助けて。
「お、早いな二人とも」
声に視線を向ければレヴァンがやってくるのが見えた。レヴァンの方は制服姿だったが、此方とパンダを見て、そして頭の上に乗せているレグナを下ろして両腕を抱く様にしながら、
「……もしかして俺も何らかの防具、用意した方が良かったか?」
「これは俺の持ち込みの品だしな」
「俺も辺境で使ってたもんの方を信頼しているから使ってるだけだ。その制服も防具としては中々性能が良いからそれでも問題ないと思うぞ」
「そうか、良かった……こういうのは初めてだから正直に言うと、な?」
「まぁ、そこは俺に任せろ。森の歩き方に関しては自慢じゃないが自信がある」
「竹藪の中なら任せろ」
状況、限定されすぎてない……? そんな事を考えつつ男子三人で女子の到着を待つように馬鹿話に花を咲かせていると、遅れてだが女子が一緒にやってくる。システィナもサアキも格好は同じ学園の服装だが、システィナは腰に剣を一本装着しており、そしてサアキの方はスカートのベルトに色々と装着しているのが見える。
「全員揃ったみたいだな」
「お待たせしましたー! 森に潜るならついでに素材の採取もしちゃおう、と考えた結果持ち込む物に困っちゃいまして……マジックバッグも容量には限界があるし、色々と時間かけてすみませんでした」
ぺこぺこと頭を下げるサアキの動きが終わるのを待ってから、購買部で売られていた森の地図を取り出す。それをひらひら、と見せながらとりあえず音頭を取る。
「あー……軽くだけど事前にこの森に関しては話を聞いてきた。エリアAってのは一番危険度が少なく、そして出現する魔物も弱くなってる。さすが人工的に整備されているだけあって、エリア別に取れる素材の種類や出現する魔物の強さが細かく設定されている様だ。このエリアAってのは一年生が許されているエリアで、そしてこの学園が保有する人工ダンジョンの中では一番楽なものらしいな」
「加えて言うなら実戦経験のない者が勝負度胸をつけたり、初めての実戦経験を得る為の場所だからそこまで難易度は高くないが―――間違えれば死ぬ可能性がある、というのは人工であってもなくても同じらしい」
まぁ、そこに関しては生きる以上仕方のない事だし、恐れるだけ無駄だ。死ぬときは足掻くだけ足掻いてからスパっと死ぬのが辺境の流儀だ。
「出てくる魔物はほとんど獣型ばかりだ。一番多いのは猿の魔物で、硬い果実や石を投げつけて襲い掛かってくるらしいぞ」
「そこまで情報があるってなら簡単そうだな」
「まぁ、でも今回は慣らしなんですから、あまり欲張らずに頑張ってみましょう?」
サアキの言葉にそうだな、と答えながら足を動かす。とりあえずはレヴァン、サアキはこういう経験がないように見える。パンダは読めないし、システィナは相変わらず喋ろうとしない。この集団の中で自分がリーダーシップを取らない限りは、パンダが年齢的にリーダーをする事になる―――それだけは回避しなくては。
そんな決意を胸に抱きながらとりあえずは、という事で森へと踏み込んだ。
《修練の森》はその名の通り、学生が己の腕を鍛える為の場所である。その他、錬金術に使える素材の採取、鍛冶に使えそうな鉱石の採取などが行える場所であり、学生が様々な目的を果たす事を出来る様に調整して生み出されたダンジョンになっている。無論、ある程度の安全は確保してあるが、100%の安全なんてものはない。
常に死の可能性はある。だがそれは生きていれば当たり前の事だ。それを恐れていたら何もできないだろう。
弓を片手に、踏み均された道を進んで森の中へと入って行く。
「道がちゃんと出来ているところは人の匂いが強すぎて魔物が寄ってこないな、これは。様子を見るなら道を軽く外れた方が良さそうだな」
「そんな事が解るのか?」
「基本、獣型は匂いに敏感だ。それでいて臆病だから必要以上に人間の匂いが強い所には飢餓状態でもない限り近づいてこないよ。逆に言えば森の中とか人の匂いが薄い所は気が強くなるから積極的に襲い掛かってくるしな……まぁ、ここら辺は経験だ。何度も森に挑み、生きる為の方法を模索すれば自然と身に付く知識だ」
「なるほどぉ―――あ、これ材料になる!」
返答をした、と思った瞬間、どうやら錬金術の素材になるものを見つけたらしく、ダイブする様にそれへと向かって行った。その姿に軽く溜息を吐きながら呆れながらも、そういえば子供だったな、と思い出し苦笑する。レヴァンもどうやらサアキの作業に興味があるらしく、サアキに近づき、採取作業を見て、採取に関するレクチャーを受けていた。その光景から視線をそらし、今度は視線をシスティナへと向ける。
会話に混ざらない彼女だったが、一応このグループについてきている。ただ能動的に会話に参加するつもりはないらしく、ずっとだんまりを決め込んでいる。別段空気を悪くしている訳ではないが、やはりやる気がないように思える為、印象は悪い。何よりも此方を見てから視線を外し、興味なさげに振る舞うのが癪に障る。まるで全てが無価値であるかのような視線を彼女は向けているのだから。
これ3年間付き合うと思うとやや憂鬱になるな―――なんて事を考えた瞬間、森の方から気配を感じた。木々の間を跳躍しながら迫ってくる姿が見える。
「魔物―――」
レヴァンが言葉を放った瞬間には、矢が猿を射抜いて木々の上から落とした。
「……が、来た……ぞ?」
「この程度なら余裕だな」
音を立てて大地に落ちた猿には三本の矢が突き刺さっている。心臓に二本、そして首に一本、貫通する様に突き刺さっている。それを見たサアキはあー、と声をあげながら猿へと近づき、素材として使える部位の解体を行い始める。ナイフを取り出して採取を行う辺り、此方の作業はどうやら慣れているようだった。自分も近づきながら猿の体から矢を引き抜き、矢尻の様子等を確認する。これなら三本共問題なく使えそうだな、と矢筒の中へと血を拭ってから戻す。
そして自分に向けられる視線に気づく。
「なんだよ」
「いや、寧ろ此方がなんだよって言いたい。今のなんだよ」
「ただの早打ちだろ?」
左手で握る自作の弓を持ち上げる。魔術で手元に矢を三本手繰り寄せる。
「待て、今、何をした」
「ん? これか?」
矢筒から新たに一本、矢を手元に転送する。それを見てレヴァンとパンダが頷いた。何をした、と言われても、
「手元に矢を呼び寄せただけなんだが」
「無詠唱で?」
「便利だしな、親父も出来ると一気に狩猟が楽になるからって真っ先に教えて貰ったわ」
後は矢を一本弓に番え、それを射出しながら素早く爪弾きで次の矢を番えながら放つ。それを素早く連射する様に行えば、実に簡単に早打ちとなる。木に突き刺さった矢を回収しつつ、そこまで難しいもんじゃないだろう、と言いながら矢筒に矢を戻せば、成程、と声を向けられた。
「このクラスにまともな奴はいないな」
「修練すればこれぐらい出来るだろ」
第一、親父の方が未だに自分よりも強いし、魔術も腕前では上だ。アレと比べてしまうと自分なんてまだまだ、児戯に等しい。修練も、知恵も、知識も、経験も足りない。そうだ、ここにいる間に親父を超える事を目標として鍛錬するのも悪くはない。ここでは親父から学べない事が多く学べる。それを学んで、辺境に帰った時に親父を倒して辺境一の戦士を名乗るのも楽しそうだ。
「まぁ、そんな訳で射るのが得意だ。一応物理に強い奴用の対策として切り札もあるけど此方はなるべく使いたくないし、魔術攻撃が出来そうなレヴァンとサアキに任せる」
「そんな事しなくてもなんかレイ無双が見れそうだが」
「矢は準備しなきゃいけないし消耗品だから正直俺に任せて欲しくないんだが……矢を買うのは金がかかるし、作るのは作るので時間がかかる。今までは自由な時間があったからいいが、これからは学生として課題とかしなきゃいけないから矢を使い切ったりするとちょっと……」
「世知辛すぎる理由だったな……」
今使っている矢も自作のものだが、使い続けられるようになるべく硬いものを選んで作っている―――だが辺境に育っていた木と同じ木が此方にある訳じゃないし、作業台が研究室にあっても、同じクオリティの矢が作れる訳じゃない。必然、購入した方がいいのだろう。だがその金はどこから来る?
俺のバイト代だ。
なお現状、まだアルバイトはやっていない。
実に辛い現実だった。
「という訳で手抜きという訳じゃないが、索敵はするから戦闘の方は任せた」
「ふっ、この俺に任せろ―――」
パンダの話を聞き流しながら縋る様な目線をレヴァンへと向けた。お前だけが頼りだ、と。しかしその視線を受けて、レヴァンはあらぬ方向へと視線を泳がせた。
「いや、ほら、レグナも俺も火属性だからな……」
「きゅいきゅい」
レグナの頭の上でくつろぐ子龍はそう鳴くと口から炎の球をぼふっ、と吐き出して即座に消した。森の中じゃお前、無能じゃねぇかよ、という視線を送るが、レグナはほんと申し訳なさそうな表情を返してくるだけだった。
「……なら私が前に出よう」
そう言って今まで傍観に徹していたシスティナが前に出る。いいのか? と視線をシスティナへと向けるが、
「ここで足踏みしていても時間の無駄。さっさと終わらせたい」
「正直な事で」
やっぱこいつ好きになれないわ。拒絶の意志が強すぎる。とはいえ、働くなら感謝するだけだ。こっちも矢は無限ではないし、どういうペースで魔物が出現するのか、解ったものじゃない。矢はなるべく温存させたいものだ。故に、
前衛にパンダとシスティナ、後衛に残りの三人を置くという形で《修練の森》の探索が始まる。
こうやって行動する事によってお互いに何が出来るのか、というのが伝わってくるし、それを通して理解する事が出来る様になる。
まずレヴァン。属性は火。属性に関しては普通だが、龍魔術という特殊な魔術を使う。簡単に言えばほとんどの魔術が詠唱紙や魔道書、杖等を使った補助道具を使い、事前に刻まれた魔術を発動させるのに対して、レヴァンの魔術にはそれが必要ない。或いは子龍のレグナがその魔術の術式そのものだと言っても良い。その為、演算や詠唱コストを支払う必要はなく、魔力をレグナに供給するだけで素早く魔術を発動させられるという凄まじい利便さが存在する。ただその属性が火であり、使える魔術は炎の爪、炎のブレス等と炎に偏っている為、森の中では非常に戦い辛く、無能の烙印を一時的に受けてしまっている。
次にサアキは道具を使って戦うタイプだった。元々無免許の錬金術師として活動していたという言葉に偽りはなく、彼女が持ち込んだマジックバッグの中には色んな道具が詰め込まれており、それを使って戦うのが彼女のスタイルだった―――というか主に爆弾を投げつけて戦うのが彼女のスタイルだった。ただレヴァンとは違い、爆発に対して火の属性を使わない、風属性の爆弾を使っているおかげで発生するのは暴風の爆弾である為、レヴァンとは違って無能の烙印は喰らわなかった。それ以外にも食べ物や
そしてパンダは―――やりやがった。
マジでガン=カタしやがった。パンダ式
サアキ>パンダという力関係が生まれた瞬間だった。
それにパンダはその肉体だけではなく、射撃も割と得意らしく、少なくとも戦った雑魚相手に銃弾を一発たりとも外す事はなかった―――だが此方も、弾丸の金がかかるという理由で銃を握りながら接近して殴り殺すというワイルドスタイルで戦う事を行っていた。
やはり最大の敵は魔物ではない。金だった。矢弾が使えない弓使いと双銃に環境によって魔術が制限され戦えない龍魔術師。
森の無能三人衆の結成でもあった。
そうやって最後に残るのは……システィナだった。
一言で彼女を表現するのなら―――化け物だった。彼女の剣術に技術はない。彼女の剣術に才能はない。彼女の剣技には情熱がない。彼女の戦いはただの作業だった。そこには人間らしい積み上げるべきものがない。ただただ淡々と剣を抜き、それを振るい、そして殺す。それだけだった。相手が早いならそれよりも早く動く。相手の強度なんて気にせず振り下ろして殺す。相手がどんなに強力でも神格という属性で問答無用で傷もなく耐え抜く。人間の戦い方でも獣の戦い方でもなく、それはまさしく能力の暴力。神にのみ許された傲慢な戦い方だった。
そしてそれを制限もなくフルスペックで使える以上、この中で一番有能だった。
―――と、思ってたら、
「あっ」
システィナの剣が折れた。どうやら神格持ちの馬鹿怪力に耐えられなかったらしい。なお勿論の事、システィナがスペアの剣を持つような事はない。その為、剣が折れた後で、全員で集合し、円陣を組みながら、おそらく一番重要な話を持ち出す。
「―――この中で、奨学金で通ってるの何人いる……?」
レヴァン以外の全員が手を挙げた。
「苦学生の集まりかよ」
「だけど生活に必要な分の金しか貰ってないから余分に使える金はないぞ。武器の購入とかメンテとか弾丸の購入とか」
「スポンサーかバイト先が必須だな……!」
視線がレヴァンへと向けられる。お前、貴族とかそっち方面の人間だろう? という視線を向けられ、レヴァンが頭を横にぶんぶんと振るう。
「いや、学生の間は家とは極力関わりを断ってる。だからほとんど状況は一緒だ」
「全員貧乏かよ」
頭の悪い所で思わぬ罠だった。まさかお金が足りないからまともに戦闘する事が出来ない、なんて状況になるとは思いもしなかった。頭を抱えながらこれ、どうしようか、と考えているとあの、とサアキが声を出した。
「……錬金科の生徒は製作物の販売許可あるので、ここで素材を採取してそれで製作して売る、って手段もあります。売り上げは護衛料って事で皆で割ればいいですし……ただ、それなりの金額になるものを作ろうとすると今では材料が足りないです。魔石とか需要があるし魔術の練習で消耗が激しいから割と良い値段でたくさん売れるんですけど……必要な素材がここらへんでは……」
「何が必要なんだ?」
魔石の作成に必要な素材のリストをサアキが見せてくる。四人でそれを覗き込みながら、確認し、そして地図を取り出す。魔石とは魔力の消費コスト代わりになってくれる道具だ。これを持っていれば自分が魔術を使う時、魔力の代わりとして消費する事でコストカットする事が出来る。その為、魔術の練習等で精神を損耗させたくないときなどでは非常に重宝する道具だ。故に、常に需要が存在する優良商品だ。確かに数で作ればいい値段になるだろう。
自分が用意しておいた《修練の森》の地図を取り出し、予めマーキングしておいた採取できそうな素材の群生地と照らし合わせる。
「えーと……沢はここだな」
「必要となる鉱石の採取はこの鉱脈で出来るな」
「魔力注入用の触媒となる魔月草は……ここだな」
レヴァンが指差した場所は《修練の森》、エリアAの一番奥、事前にロシュ教授にボスがいると言われた場所だった。その場所を確認し、5人全員で顔を合わせ、そして地図を仕舞ながら武器を抜いた。
「金の為ならしょうがない」
「今日の内にケリをつけよう」
「晩御飯のおかずを一品増やす為に」
「矢弾が尽きようと売上で黒字になると信じて」
「今こそボスを滅ぼす時」
金欠という絶望の前に、5人の意志が一つとなった。
「―――ん? 5人揃って早かったね。む、確かにそれはボスとして配置したロックゴーレムのコアだね。どうやら全員でちゃんと力を合わせて森を突破したみたいだし、私からは文句なしの4単位を上げよう。……それにしても、君達、今からどこへ向かうんだい? なんかやる気満々って姿だけど」
「購買部へ売り込みに」
自分の書きたいものだけをかいてそれで感想を貰えるって最高に幸福な事だと思わない?
先生の説明だけじゃ解り辛そうなので。
水>火>風>土 テーブル1
光⇔闇 テーブル2
虚無=幻想=時空 テーブル3
1=2=3 ※3テーブルの間で優劣なし
その他<神格=世界
属性相性はこんなもん。この世に無属性なんてものはない。属性のない魔術や攻撃を行うと自動的に保有する先天属性に攻撃が染まるからである。
というわけで学園時代はループモノ、それが終わったら戦記モノかな……って感じで。