春季、二の月に入れば、この学園での生活サイクルと言うものが出来上がってくる。基本的に朝は《戦闘学》で、昼を挟んで《魔術学・基礎》と《神秘学》が入るのが基本の生活スタイルになった。少なくとも今月は。例によって《戦闘学》での単位は既に取得済みで、みっちりとした基礎体力作りは流石に勘弁狙いたい為、ガラム教授に許可を貰って、朝の時間は弓を射撃場に持ち込んで、射撃練習をひたすら行う事に費やしている。無駄に思えるような基本的な射撃練習。しかし基礎は絶対に裏切らない、と師である親父は何時も言っていた。
武芸に極みなんてものは存在しない。
極めた、なんて言っている奴は自分に天井を作っているだけだ、とも。
故に基礎を磨け。基礎は積み上げられるだけ積み上げる事が出来る。故にそれを鍛える。そしてその周りに技術はついてくるのだから、基礎を磨くという事はその延長線である技術を育てる行いでもある。故に決して馬鹿にしてはならない。だから朝の時間は全て射撃に費やす。正直な話で言えば基礎体力はあるだけあった方が良い。だがそれ以上に武具の修練と基礎鍛錬は死ぬまで響く。一射一射が将来の戦いに影響を残すのだ。故に朝の《戦闘学》の時間はさっさと単位を貰ってひたすら射撃練習を行う。
ガラムも此方のフィジカルをチェックして、基本的な体作りは必要ないと理解してくれている為授業を取った先から単位をくれている。ただ、その代わりにちょくちょく弓の鍛錬に手伝いを入れてくれている。といってもガラム自身、弓はそこまで得意ではなく、専門的な話は出来ない。とはいえ、技術とは関係のない、基本的な体の動かし方に関しては非常に知識がある。
そもそも近接戦士であるガラムは剣や斧、槍に対する理解が深い。だがそれは別に他の武器に対して理解がないという訳ではない。何かを使うからこそ他の武器に対する理解が必要なのだ。対処を行うという事はつまり知らなくては出来ない事である。
「弓はなぁ……直線的な動きしか出来ないとか、受け流せばいいからとか油断していると軽く死ねるからなぁ……。俺も若い頃は弓を相手にして舐めたせいで山越えの狙撃で腕を切り落とされた事があったからな」
という風に、知る事は死から遠ざかる事になる。流石にガラムの経験は極端すぎるというか山を越えて狙撃するという意味不明な領域は理解したくもないが、武器に対して知恵があるのであれば、その対処法が解るものであり―――つまり、何をすれば嫌なのか、何が対処しやすいのか、それを経験という部分からガラムは良く理解している。
対魔物に関しては辺境での経験と生活がある以上、良く理解しているつもりだが、それとは別ベクトル―――対人戦での弓の動かし方に関しては寧ろ、ガラムの方が知恵者だった。獣型や植物型の魔物が多かった辺境に比べ、都会の環境であるが故に人型の方が此方は多いらしく、対人想定の戦闘方法を学ぶ必要があった。
そういう事でガラムが助けに来てくれる時は大体対人戦レクチャーの為になる。
本来であれば二年から始める内容らしいが、優秀であり、学ぶべきであれば問題はないとの事。
そういう事で、新しい知識や技術の発掘が始まっていた。
「良し、しっかり近接格闘術まで仕込まれているみたいだな? 世間では弓使いは接近すれば簡単に潰せるなんて勘違いが多いからな……それにしても流石辺境出身か、剣や槍も問題なく使えているな。いいか、対人戦における弓は兵器だ。剣や槍のリーチの外側から一方的に射撃して攻撃できる武器だ。距離がある状態で戦闘を開始できるなら最強の武器だと言っても良い」
ガラムの話は経験談が多いが、それは重要な蓄積されたデータとも呼べる。そんな訳で朝の時間は大体射撃で基礎を伸ばしつつ、対人戦に関するレクチャーを先生から受けて過ごす様になった。こうやって誰かから自分が知らない事を学ぶと、自分が今までどれだけ小さな世界で過ごしてきたのかが良く解る。
それで朝が終わると午後の魔術の授業に入る。
辺境にいた頃、魔術を教えてくれたのは親父だった。だが親父の魔術の授業は一般的な魔術の授業とは大きく違っていたらしい。一般的な魔術に対する基礎の積み重ねは基本的に魔術とは何であるか、という事を理解する事から始まる。何故発生するのか? 式がどういう意味を持つのか? そういうところから理解を始めるのが魔術の基礎修練らしい。
式AはXXXの効果を発揮するが、式BはZZZの効果を発揮する。だがこれを合わせる事で魔力を炎属性へと変換する事が出来る。つまり式A+Bを利用する事で炎属性の魔法を使えるようになる、という訳だ。
これを親父は教える事がなかった。
そもそも魔術発動のプロセスは分けるとこうなってくる。
魔術神経を使って魔力の生成→術式による属性・規模・範囲の指定→イメージ補完による効率化→魔力の消費→魔術の発動。
これが基本的なプロセスになる。その中でも一番重要と言われているのが術式の部分と、そしてイメージによる補完だと言われている。ぶっちゃけた話、魔術の術式には
そして残りはイメージによる効率化を徹底した。それが己がやっている無詠唱魔術の正体である。
術式は数式みたいなものだ。故に算術に優れている人間ほどするりと術式を記憶できる。その為徹底して親父には算術を学ばされ、その上で何故それぞれの現象が発生するのかを教えられた。原理を理解し、そしてその現象の発生を把握する事によって何故魔術が発動し、それが結果を生み出すという事に対するイメージを明確に取得する事が出来る。これはどちらかというと《自然学》の中の領分に入る。だが親父はその中でも特に難しい部類―――光の原理等を解説する事が出来た。それは《自然学》の中でも相当上級のものであり、今更ながら、何故親父がそんな事を知っていたのかが疑問となってくる。
―――ともあれ、イメージの取得とは原理の理解、そして反復からの馴染ませによって生まれる。
辺境で親父に修行を付けられていた時はそれをひたすら繰り返していた。その為、教えられた魔術に関してはほぼ問題なく、ノータイムに発動させるという特技が生まれてしまった。ノータイムで手元に矢をアポートさせるのもその反復と原理への理解を親父が徹底して教え込んだという点にある。
だがその代わり、何故術式がどういう働きをするか、という基本的な要素が完全に抜け切ってしまった。そういう知識は将来的に魔術の道を本格的に歩む場合、魔術の改造や改良などでまず必須とされる知識である。その為、魔術の研究となるとこの知識がないと話にならない。テンプレートの魔術も術式を改竄する事で自分への最適化を行う事が出来る―――というより、術式を弄ったりするのは新術の開発や、自分が使いやすいように魔術を改造する為でもある。
奥の手はあっても、自分の強化は出来るだけ図りたい―――この授業は未知ばかりで楽しい。
案外、こういう魔術に触れる授業が自分は好きだったらしい。辺境にいては見つけられない楽しさだった。少なくともマーヴィンの授業は解りやすく、そして感覚派だった自分にもキチンとした理論で教えてくれる為、他の皆と同じレベルでついて行ける―――とはいえ、魔術の習熟に関してはどうやら他の学生たちと比べ、自分が常に数歩抜き出るレベルで高いらしい。その元が親父が教えてくれた自然の法則への理解に基づく事から、親父には感謝しかない。
……とはいえ、益々親父の過去に対する謎が深まるばかりでもあった。
そして春季、二の月に入った《神秘学》の話になる。
この授業に出ているのは推薦入学の5人組のみ。その為、教室で見る顔ぶれは固定されている。自分、レヴァン、そしてシスティナは何時も通り、
サアキはパンダ登校を学習した。
具体的に言うと馬の代わりにパンダに騎乗して登校してくる。
一か月かけて慣れたかと思ったらこれだよ。絶対に飽きさせないという鋼の意志しかパンダからは感じられない、そんな二の月の事だった。《神秘学》の授業ではそれぞれの才能を伸ばす事を目標としている為、元々生徒の数は極限まで減らしているとの事だった。その為、授業はロシュ教授とのマンツーマンで進行して行く。流石にスカウトしてきた張本人だけあって伸ばす長所がしっかりと見えている人物だった。たとえば、だ、これは授業中に指摘された事だった。
サアキの長所は錬金術に対する天性のセンスと繊細な指先。何をどうすればいいのか、というのが本能的に理解しているし、作成に入る際に細かく調整を行う事が出来る。それが故に誰よりも知識と知恵を必要すると言われている。作成は確かに必要な技術だが、それ以上にそのセンスを活かすには錬金術という学問に対する理解と、数多くある素材の使い道、その特性を良く理解する必要があるという事だった。また非常に好奇心が強い分、やや短絡的に思考してしまう部分が弱点となっている、という評価だった。
まさしくその通りだった。
レヴァンに関しては非常に珍しい魔術―――おそらくは帝国唯一の龍魔術の使い手であり、高い素質と火の属性への親和性を持っている他、先天的に動物と心を通わす事が上手なため、方向性としてはしっかりと子龍のレグナの面倒を見て、成龍へと成長させる必要があるとの事。勉強は龍の生態や何が出来るのかをしっかりと認識しつつ、ちゃんと相棒でありながら上下関係を教え込む事―――レヴァンはどうやら貴族としてもかなり上の階級の出身らしく、それであるが故に甘さと幻想を見ている部分がある。故に学園で世間と現実というものを知ってもらうべく、積極的に他人と関わるアルバイトの数を増やして社会勉強をするべきだと言われている。
パンダはパンダなのでそれ以上の言葉はなかった。流石パンダ。
俺の場合は時空魔術に対する修練と知識だった。貴種三属性の一角である時空属性は大きく分けて時間と空間を司る属性である。親父はこの内、空間の部分を良く教えてくれた。これに関しては親父はエキスパートとも言える知識を披露し、そのおかげでノータイムアポートなんてもので矢を手元に寄せる事が出来る様になっている―――その反面、時間概念に関してはほぼノータッチだった。其方は親父の専門外らしく、概念的な事に関する知識しか教えて貰えなかった。
そしてロシュ教授からすればそれは本当に勿体ない事らしい。時空魔術は極めれば転移、転送、加速、減速、品質の劣化を防ぐ為の品質の時間停止等の利便性に富んだ魔術を使えるようになるらしい。時空属性は扱える人間が少なく、理解するのも難しいが、逆に貴種三属性の中では一番便利な属性だとも言われている。極まった時間使いは時間を止めて行動し、極まった空間使いは異世界を生みだすとも言われている。
流石にその領域に到達するには一生あっても足りず、延命手段を見つけ出して人間の寿命を超えなくてはならないが、その領域に行かなくても時空魔術は凄まじく便利であり、それを保有しているだけで一つのステータスになるし、時空という人類では中々触れる事の出来ない概念を追求する為の道具にもなる。空間の側面だけ見て時間側の側面を見ないのはあまりにも勿体ない、というのがロシュ教授の言葉だった。
それはそれとして、田舎者であり、辺境出身であるという事を強く考え過ぎているのが駄目だ、とロシュ教授はズバリと言ってしまった。新しい環境、未知の文化、全く違う考えや場所であるのは事実だ。だがそれはそれとして、この学園に来ることを決めたのは自分自身だから卑下する事無く自分の実力と才能を正しく把握し、他人に誇れる様に胸を張るべきだと言われてしまった。
ぐうの音も出ない正論だった。
こんな風に、喋り方やテンションの高さとは裏腹に、教育者としてのロシュ・フォールは恐ろしい程に優秀だった。課題は軽いチームワークを前提としたもので、それをこなすと単位を4くれる。だがそれで授業は終わる訳ではなく、毎回《神秘学》の教室で自分の生徒の到着を待っている、恐ろしい程に教育熱心な男だった。
この環境は恵まれている。間違いなくそう言える環境だった。
特別である事を特別であると自覚させる。
正しく現状を認識させ、そしてそれを飲み込ませる。
長所と同時に短所を教える。その上で長所を伸ばす事と短所を補う事を手伝う。
言葉にすれば簡単かもしれないが、実際に実行してみるとそう簡単な事ではない。それをあの男は一人一人見極めて、そして的確にその手伝いをするのだ。まだ付き合いは一の月しか経過していないが、クラスにいる誰もが教師として認めていた。才能を伸ばすという意味ではこの男以上の人物もいないだろう。
そう、誰もがそう思う。
―――課題の時以外は授業に出ないシスティナを除いて。
「―――あ」
「むっ」
百発目の矢を的の中心に刺さっていた矢に射撃した。前の矢を半分に割りながら矢が的の中心に突き刺さった時点で弓が限界を迎えた。弦が折れるのと同時に軽く指が弓の持ち手に喰いこみ、パキ、と嫌な音を立てた。力を軽く抜きながら弓の持ち手を確認すれば、軽く砕けている持ち手の姿が見えた。これはもうだめだな、と直感的に判断する。
「まだ作って半年しか経ってないんだけどなぁ……」
修復のラインを通り越す破損状態に突入してしまった愛弓を見てそう呟かざるを得なかった。半年前に自分で作ったばかりの新品の弓だったが―――そういえば辺境にいる時よりも遥かに速いペースで弓を使っているのだから、壊れるのは当然だったのかもしれない。基本、武器とは消耗品だし。とはいえ、
「素材は何を使っている?」
「バオンブ木を使ってます。辺境だとアレ、割と当たり前の様に群生してますから」
「あー……アレか。アレは此方の方では中々見ないからな。それは確か自作だったな? となると自作に拘りでもある訳か?」
「いえ」
今日も弓術に付き合ってもらっているガラムに対していや、と答える。弓を自作しているのは
「辺境ならではの文化だな。こっちでは一人で何でもやるよりは分担作業で効率化を計る方が主流だからな。お前もいい機会だ。学園内で武器を作ってくれる相手を探してみたらどうだ?」
「あー……そうですね。探してみる事にします。これじゃあ鍛錬続けられそうにありませんし」
「あぁ、今日はもう上がっていいぞ。何時もそうだけどな」
ガラムの言葉に苦笑しながら駄目になってしまった弓をもう一度見て、溜息を吐いた。完全に使い物にならないだろう、これでは。弦を張り替えた所で持ち手が軽く砕けてしまっている。これでは何時折れてもおかしくはない状態だ。正直な話、会心の出来だっただけに寂しさを感じる。はぁ、と溜息を吐いていると、まだ残っていたガラムが声をかけてくる。
「この学園には趣味や課題、或いは研究として武器を創ったりしている連中はいる。そういう連中を探してみろ。武器屋で大量生産品を購入するよりも遥かに楽しいぞ」
「どうも、ありがとうございます。……弓がないと話にならないんで、早速探す事にします」
「はは、そうしろ。お前の成長に関しては俺も楽しみにしている」
軽くガラムに頭を下げてから射撃場を出る事にする。
「参ったな……弓の方は全く考えてなかったな」
勿論―――弓の新調にはお金がかかる。そして苦学生に新品の弓を、高性能なものを用意するだけの金はない。今だって生活に使うお金を計算し、家計簿をつけながらやりくりしている生活なのだ。その中でも多少の余裕があるのはサアキの護衛で森の中に突撃し、ゴーレムをミンチにしたら魔石の素材を採取する、そのループでお小遣いを稼いでいるからだ。とはいえ、それで生活が楽になる訳ではない。
俺に出来るという事は他の学生にも出来る範囲でもあるのだ。つまりこの程度の金策でお小遣いは増えても生活の困窮が改善される訳じゃない。
やはり一番の敵は金だった。
授業に出ないシスティナでさえ《神秘学》チームで採取に向かう時はキッチリ参加している。
やはり金。どこまで行っても金の問題が常に付きまとう。悲しいが定期収入がないのは辛いのだ。誰だって美味しいものを食べたいし、楽な生活をしたいし、良い装備を整えたい―――やはり金が必要だった。
とはいえ、ガラムの言う通り、このヴェルグ学園では様々な事を研究している学生の姿が見られる。その中にはドワーフの鍛冶師や、人間の武器職人なども存在する。無論、授業としても《鍛冶科》みたいなものが存在すると聞いている。その為、商売とは別にライフワークで武器を作っている奴はいる。武器屋に行くのではなく、そういう連中と渡りをつけるのが一番だろうと思う。
だがあいにく、知り合いにそういう職人はいない。
ボンバーガールなら知ってるが。
「ロシュ教授には視野を広く、もっと交流を持てって言われてたんだけどなぁ……」
漸くその言葉の意味を理解した気がする。他人とのつながりは最終的に自分が困った時に助けてくれる人間の数や繋がりに直結するのだから、関われるだけ関わって、仲良くしておく方が得なのだ。ただ、そういうキャラでもないのが実に困る。
壊れた弓を片手に射撃場を出て、とりあえずは学生課を見てみるか、と歩いてみる。というか心当たりがそれぐらいしかなかった。それに学生課なら有名な学生のリストを持っているだろう、という魂胆だった。そんな訳で射撃場を出て学生課へと向かおうとグラウンドを歩いていた所でおーい、と声をかけてくる姿が見えた。
クラウだった。
「おーい、レイー……ってうぉ、派手に壊れてるじゃねぇかそれ」
「あ、解る? 半年前に作ったばかりだけど最近かなり使ってたから壊れちゃったんだよ」
持ち手が砕けているところを見せるとうわぁ、と声がクラウの口から洩れる。そんなクラウを見てそうだ、と思いつく。こいつは自分とは違って非常に社交的な性格だ。顔が広いと言っても良い。多くの人と交流の出来る、器用な奴だ。だからきっと武器に関する事も知っているんじゃないか? と思って一応聞いてみる事にする。これで駄目なら学生課に行けばいいのだから。
「―――という訳で、新しい弓を探しているんだけど安く弓を手に入れられる場所を知らない?」
「あー……一応幾つか思いつく所はあるな」
「マジか」
「マジマジ」
やっぱり持つべきは有能な友達だなぁ、と軽く感動しながらクラウの話に耳を傾ける。
「この学園で職人になろうとしている奴は最終的に自分の工房とかを持つ事を目標としてたりするからな。だから学園の提供する資源と環境で自分を鍛えられるなら鍛えられるだけ鍛えたい、って思っている連中ばかりだ。基本、向上心の塊のような連中しかいないしな。だけどそんな武器職人だって単体で完結している訳じゃない……使い手がいなけりゃ話にならない。それに腕の良い奴に武器を使って貰う事はメリットにもなる」
「売名か」
「そ、正解」
流石にそれは解る。そして推薦入学というこの学園でおそらくは一番目立つポジションにいる学生に武器を使って貰えれば、それだけで名前が売れる。あいつはアイツの作った武器を使っている……という事は! みたいに勝手に想像で補完してくれる。だけどそうか、やはり別グループは別グループでそれぞれ思惑があるんだなぁ、と思う事だった。そんな事を考えつつ、クラウに案内を頼む。
「その代わりに今度パンダ先輩を紹介するから」
「紹介しなくていいから……紹介しなくていいから。な?」
「必死過ぎるだろ」
顔を見合わせて笑いながら、クラウの先導でクラウがつてのある鍛冶職人志望の学生へと案内してくれる。その先導に従って歩く。サングラスにオールバックとどこか近寄りがたい容姿とは裏腹に、人当たりが良いこの友人は見た目とは裏腹に、という意外さがある。とは言え、しっかりと体が鍛えられている事もあるし、未だに本人が何を目指しているのかも解っていない。もうちょっと仲良くなったら聞き出してみたいものだ。
研究室等がある校舎に踏み入りながら、クラウが口を開ける。
「そういや苦学生って話は聞いてたんだけど、実際生活ってどんな感じなんだ?」
「俺? 奨学金で学園に関する事ならある程度金を出して貰えているよ。月初めにお金を貰ってそれが生活費になってるんだ。ただ基本的に食料とか消耗品とか、そういう事に使うお金だからほとんど娯楽とか趣向品とか、武器に関するお金は残らないんだよな。だからこそアルバイトが必要なんだけど」
「あー……予想してたよりも結構厳しいな」
「あぁ、辺境とは物価がまるで違うって言うかこっちが高い。その分収入が安定しているんだろうけどさ……辺境でなら2、3か月は生きられる筈だったお金で1か月しか持たなかったからほんと驚いたわ。街の外で狩猟して節約しようかと考えたぐらいだしな……」
「実にワイルドだな」
苦笑する。それぐらいこの学園回りでの物価は高いのだ。まぁ、物価はどれだけ金銭が潤滑に回っているのかを示す値でもある。物価が高くても困窮する者がいないという事はその値段であっても生活レベルが安定している、という事の証明であり、その物価であっても問題なく支払う事の出来る社会が形成されているという事になる。辺境での生活は金銭よりも物々交換によって賄う部分が大きい。金よりも食料や道具の方が尊ばれるのだ。
「まぁ、俺の狩猟生活はともかく……これから行くところってどんな所なんだ?」
「ん? 鍛冶職人ってよりは武器・兵器の研究会って奴だな。別の分野の職人が数人集まって作ったクラブみたいなもんだよ。一つの分野だけじゃなくて、複数の分野で集まって作成すればすげぇもんが作れる、って感じの発想でな。全員ロマン派の人間だから凄く意気投合してて見ている分には楽しいぞ」
「見ている分には」
「まぁ、マッドだからな」
少しだけ帰りたくなってきた。とはいえ、弓が手に入るなら尋ねるほかはない。金がない状態では文句を言う事も出来ないのだ。パンダを売りとばすという案も却下されてしまった今、タダになりそうな話であればそれに乗っかるしかない。でもこの学園の学生はユニークなのが多いからなぁ、と連日学食で繰り広げられるフードファイトを思い出す。
闇の属性を受けて光るダークバゲットセイバーと神への祈りが通じて、一時的に神の力を降ろしたソーセージダガーとの死闘は未だに記憶に新しい。
そして食べ物を粗末にするな、とフライパンとオタマの二刀流で学生全員を殲滅した給食のおばちゃんの姿も記憶に新しい。
この学園、馬鹿しかいねぇ。
そんな事を考えているとあっさりとクラブへと到着する。予想外の静かさに誰もいないのか、と思って首を傾げていると、クラウが此方へと視線を向けた。
「耳、塞いでおけよ。ここ、特別にうるさくて遮音しているからな」
「あー……」
成程なぁ、と思いながら両手で耳を押さえ、そしてクラウも自分の両耳を抑えた。そのまま、器用に足で扉を横へと滑り開けた直後、凄まじい音量が部屋から飛び出してきた。
「うおおおおおおお―――!! 爆発する! 爆発する! 爆発すりゅうう―――! 爆発しちゃう―――! マジやべぇ―――! 砕け散るぅ―――! 砕け散っちゃうのおおおお―――! 助けて。超助けて。逃げるなよ、逃げるなよ……!」
「来るな、こっちに来るんじゃねぇ! 死ね! 一人で死ね! 孤独に死ね!」
「バーリーアー」
「一人だけ結界装置使って安置に逃げ込んでるんじゃねぇよ!! 入れて! 僕も入れてぇぇぇええ―――! ミーを入れるのだぁぁぁアア―――!」
扉が閉まった。直後、扉越しに衝撃が廊下へと伝わってくる。そのまま数秒間、無言で扉を眺めてからクラウと視線を合わせ、更に数秒間待ってから扉を開いた。先ほどとは違い、静けさに包まれたクラブルームは僅かに煙で溢れており、クラウが風の魔術を発動させて煙を外へと運び出して行く。それに合わせて中に入りながら、クラブルームを見た。
そこには死屍累々とした様子が広がっていた。白衣の男が一人窓から頭を突き出してぶら下がり、半裸のドワーフが床に半分焦げながら転がり、スカートを完全にめくらせた色気が欠片も感じさせない状態で逆さまに壁に叩き付けられている女が一人、そして一人だけ、無傷な状態で白目をむきながらバリアの向こう側で気絶している少年の姿。リアクションに困っていると、むくり、と自分の口で言葉を零しながらドワーフが立ち上がった。
「これはこれは―――クラウじゃねぇか。どうした、両腕をドリルにしに来た? 今ならサービスで頭と股間にもドリルを装着するぞ」
「いらねぇよ。心底いらねぇよ」
「そうか……この改造は既に二回やってるんだがな……」
「嘘だろお前」
クワトロドリル改造を受ける人間がこの世の中にいるのかよ。驚きを通り越してその勇気に敬意しか感じられない。この世の狂気はパンダさえも凌駕するのか、と世界の神秘、不思議を感じ取ってしまった。ともあれ、そうしている間に他の連中も起き上がってきた。約一名、バリアの向こう側で気絶し続けているが、それを除いた三人が起き上がった。
「あー……酷い目にあった」
「でもやっぱり爆破オチ必要だろう……っと、忘れてた。やぁ、クラウ。そっちの人はなんなのかな? お客さんかな?」
「ほんと相変わらずだな、お前らは……こっちは友人のエルディレイ・リュンセル。名前を聞けば誰なのかは解るだろう?」
「ほほう、五傑衆の一人か」
あ、さっそくグループ名出来てる。そんな事を考えながら片手を上げて、挨拶をする。
「紹介に預かったエルディレイだ。弓が壊れたから新しいものが欲しいんだけど金があんまりなくてな……ここなら何か、条件付きで都合できそうって話を聞いたんだが」
それなら俺達の所に来て正解だぜ、とドワーフが言う。
「自己紹介するぜ―――三年生、ドワーフで武器の作成を専門にしているガラドアだ」
「んじゃ僕も……三年、魔科学を専門にしているイェイツだ。よろしくー」
「さ、三年……機構学専門……オルティレイア・フェブリシア・ティドール・カレンデス……よ」
「お前の名前クソ長いよな」
「通称デス先輩」
「死人が出そうな名前だなぁ……というか三人全員先輩でしたか」
言葉遣いを正した瞬間、クラウがあー、と声を漏らしながら手を振った。それを見て首を傾げていると、ガラドアが笑った。
「まぁ、俺達は確かに3年生だ―――だけど5回目のな!」
「留年の王者とは俺達の事よ」
「嘘だろ」
此方のリアクションを見て留年三人衆がゲラゲラと笑っている。その姿を見て呆然としていると、まぁ、とクラウが呟く。
「裏ワザなんだよ」
「裏ワザ?」
「学費はかかるし、成果を提出し続けなければいけないけど、学園の保護扱いで卒業せずにここで研究し続ける裏ワザみたいなもんだよ。経歴がクソみたいに死んで行くし、結局は学園の子飼いになるって訳だけど、留年扱いでここに残り続けるって方法はあるんだよ……」
「卒業したくない! したくない!!」
「こんな好き勝手研究できる環境を逃がしてたまるか!」
「ヒィーヒヒヒィー!」
約一名主張が奇声になっているが大丈夫だろうか? いや、きっと大丈夫ではないのだろうと思うが、とりあえず聞こえなかったフリをする。それよりも重要なのは弓の事だ。メインウェポンがないとまるで安心できないのだから、出来る事ならここで一つ手に入れたいのだが、
「で、弓が欲しいんだけど、なんとかならない?」
「弓か……前に作ったコンポジットボウがあったな? だけど銃の方が使いやすくないか?」
「いや……銃って使い捨てするには高すぎるし、専門のメンテナンス知識必要だし、何より弾の生産が簡単に行えないから全体的にコスト高い上に曲射の類い出来ないからな。魔・物との使い分けも出来ないから即座の切り替えも辛い」
「あぁ、成程、ガチな奴か。ちょっと引っ張り出してくるから待ってろ」
「じゃあ俺は舞ってる!」
そう言ってイェイツが言葉では表現できない冒涜的な踊りをし始めた。表現するのであればそれは間違いなく舞いだった。だがそれは言葉としては到底表現する事の出来ない動きをしていた―――そう、それは見る者から正気を奪う冒涜的で人類が目にしてはならない何かを秘めた舞いだった。時間さえあればこいつら発狂してるのか? という根源的恐怖を脳裏に植えつけるには十分すぎる。
帰っちゃ駄目だろうか?
そんな事を考えている間にガラドアが弓を持ち出してきた。その手に握られているのは機械弓であり、自分が自作してきた木の弓と比べると遥かに洗練されたものを感じる。それを感じ取りつつ、受け取る。そしてそれを片手で握り、回転させるように手の中で動かし、真っ直ぐ構えた。握りと重量は悪くない。
「で、どうだ?」
「んー……試射、いいですか?」
「的、的っと……あ、バリアにぶち込んでいいよ。後敬語とかいらないからうちら」
「あ、ども」
部屋の隅にはバリアが結界装置によって展開されており、その向こう側では未だに爆発の衝撃で気絶している少年の姿が見える。良く見れば頭に生えているのは獣の耳だ。獣的特徴が薄い事を考えると獣人のハーフだろうか? 珍しいものだと思いつつも、耳が敏感なせいで気絶してしまったんだろうなぁ、と理解する。
弓を構える。遠慮はいらないらしい。矢筒から矢を一本抜き、重さや弾力を確かめる様に引いて行く。弦を限界まで引き絞った所でバリアへと向けて一射、放った。音と共にバリアに矢が衝突し、威力が殺される様に矢が落ちた。
「どう―――」
ガラドアが言葉を続ける前に矢をアポートした。無言のまま5連射早打ちで打ち込み、そのまま早打ちで二倍の10連射を行う。
―――そのまま止まる事なく20連射をバリアに叩き込む。
正確に一点を穿つように叩き込み続けた矢は一瞬で一点に穴を開け、貫通し、
「あー、驚いたわ―――っ!?」
そう言って起き上がろうとした顔の横に矢が連続で突き刺さり、一瞬で白目になって今度は床に倒れた。指に感じる感触、反動、そして弓の手ごたえを感じながらアポートで放った矢を手元へと引き戻しつつ、矢筒に矢を戻す。バリアに弾かれたのはどうやらそのまま使えそうだな、と思いながら感想を口にする。
「駄目だな。このペースだとメンテナンス込みで二カ月ぐらいで全壊する」
この機械弓の感想はそれが全てだった。
「扱いやすいし矢を力強く打ち出せる為に反動を強くするのもいい。だけどその反面連射と速射に対する耐性が低すぎて今のだけで結構損耗している。この感じだと射撃練習が終わった後で毎回持ち込んでメンテナンス頼む必要が出てくるな」
機械弓を眺めながら言い切った。もうちょっと言葉を選んだ方がいのかもしれないが、武器とは自分の命をかける道具だ。そこに妥協を許す事は出来ない。辺境の頃使っていた弓は自分が妥協せずに作った品であり、消耗品である事を前提に使い潰していたのも事実だ。だがここにきてもなお、消耗品として使い潰す訳にはいかない。
そう、
―――金がかかるからだ。
「……すまん、やり過ぎたかもしれない」
此方を眺める視線に対して答えると、音が爆発した。
「使い潰す? 使い潰せるのか俺達の作ったもん!?」
「来たぞ、無茶ブリの気配が来たぞ……!」
「これだ! 自慢の物を駄目だとぶっ壊してくれるような奴をずっと待っていた!! 合法的にぶっ飛んだものが作れるぜ!!!」
逆にテンションが上がり始めていた。えぇ、と呟きながらテンションが上がって冒涜的な舞いや震えすぎて分身し始めているキチガイどもを見た。そういう人種かぁ……と、どこか納得しつつも、確かにこの連中であればぴったりかもしれない、というのが自分の評価だった。これだけ滅茶苦茶な人格をしているのにまだいるという事は、それに見合った成果を出せているという事なのだろう。そして友人の紹介を疑う事はない。
この連中なら俺に見合う武器を作ってくれるかもしれない、と、テンションを上げ過ぎて殴り合いに発展している三人を見ながら思う。やっぱ不安になってくる。
「これを理由に予算を学園からふんだくろうぜ」
「スペックを最大限まで引き出す為、って言ったら通りそう」
「いや、あの学園長の事だ。絶対通るって」
気絶している一人を放置して三人で頭を揃えて相談を始めていた。その姿には情熱を感じる。やや方向性は違うが、それでもやりたい事に対しては一直線、本気で取り組もうとしている事だけは伝わった。ここにサアキを連れて来たら面白そうだな、なんて事を考える。あのパンダライディングボンバーガールならこの連中と非常に意気投合しそうなのだ。
と、そんな事を考えていると、デス先輩が待った、と声をかけてくる。その背後でガラドアとイェイツが躍り出す。常に新鮮なネタを提供しないと溺死してしまうのだかろうか。
「今まで使っていた弓ある? 参考に欲しいんだけど。あと武器に求めるものとか」
「ある」
壊れた弓を取り出し、それをデス先輩へと渡しながら、自分が思う武器に求められるものを口にする。
「個人的に……いや、親父から学んだ事だが、武器に対して一定以上の攻撃力を求める必要はない、って言われている。どれだけ武器を強力にした所で一定のラインを超えれば即死させる事は出来るし、相手がどんなに堅牢であろうとも技術と工夫を凝らせばそれを抜いて殺す事は出来る。故に武器に過度な火力を求めるのは過剰でしかない」
だから武器に必要なのはシンプルに、
「耐久性と安定性。どれだけ使っても損耗せず、使い続けられる耐久性。どれだけ使っても歪む事なく使い続けられる安定性。武器に必要なのは何よりもその二つだ。世界最強で何でも切れる剣があったとして、ただの鋼の剣があるとする―――結局、首を断てば死ぬんだから、首を落すのになんでも切れる力があっても意味なんてない。戦士として求めるのは何時までも信頼し、使い続ける事の出来る相棒だ」
それが武器に求める事。照準の補正を行う弓はいらないし、打ち出す威力を強化する機能も必要ない。とことん頑丈で、そして安定している武器が欲しい。使い捨て前提ではあったが、前の弓はその条件を見事に満たしていた。使っている木材は辺境で見つかる木々の中でも恐ろしく硬いもので、削り出す為には狩猟した魔獣の爪の中でも最も鋭いと言われるものを使った。今持っている短刀はその爪を加工したものだ。家のものだったが、辺境を出る際に親父に持たされたのだ。
「……成程、一理あるし、実にシンプルな内容だ。普通ならここで職人泣かせだと怒る所なんだろうが―――お前が満足するラインでの完成品というのはかなり難しそうだな」
「遠慮なく言わせて貰うならたぶん
「……見せて貰ってもいいか?」
その言葉に頷きを返しながら弓を握りなおす―――呼吸を切り替え、筋力を一時的に引き上げながら体内を流れる血流を感じ取り、魔術を発動させた。それで生み出すのは光の塊―――それが形成した矢だった。半透明だが幾何学模様の刻まれた光の矢をゆっくりと弓へと番え、
全力で弦を引く。
―――弓が持ち手から真っ二つに折れながら弦が切れた。
真っ二つという惨状が正しい機械弓はそのまま破壊されたパーツが床へと落ちてしまった。それをガラドアたちが拾い上げ、そして此方で握っていた残りのパーツを回収し、それを見ながら早速どうするかを話し始めていた。その姿を眺めていると、完全に仲間はずれになっているような気分だったが、職人の魂の炎を灯したことだけは確かだった。連中から視線を外し、クラウへと視線を向ければ、サムズアップが返ってくる。
「どうやらキチガイ連中に気に入られたようだぜ。色んな意味で頭が悪いし、極限まで相手を選ぶけど、有能さだけは折り紙つきだ。間違いなく最高の仕事をしてくれるぜ」
「ここまで金の請求に関する話が出てこないのがどうも不安で素直に喜べなくてな」
「あぁ……その心配はいらないだろ。おーい、ガラドアー」
「あ? 金? んなの予算を学園長からふんだくってくるからいらねぇよ! そんな事より俺達にしばらく時間をくれ。絶対に満足するもんを作り上げてやるからな! それまでは適当に俺の作品から好きなのを持っていってくれ。あっちに飾ってあるから適当にもってけ」
ぽかーん、と口を開けてまるで金に興味のない集団の行動に驚き、頭を抱える。いや、武器の入手コストがこれで削減されたのはいいが、これでいいのだろうか、と思わなくもない。だが滅茶苦茶盛り上がっている職人組−1を見ているとこれでいいんじゃないかなぁ、と諦めなくもない。とりあえず、しばらくは弓が使えなくなりそうなため、代わりの武器が必要になる。
「まぁ……善意に甘えるとすっか」
「あぁ、そうしろ」
クラウに背中を叩かれながら研究室の隅にある武器のスペースへと向かった。そこには乱雑ながら様々な武器が飾られており、王道的なものよりはどこかマイナー、或いはマニアックなものが多い。色々と珍しい武器が飾られており、少しだけワクワクしてくる。たとえば壁にかかっている細い槍。それを手に取って軽く振るってみる。先端は刺突専用に作られており、切り裂くのには適していない形状だ。だが振るうと柄が良くしなる。確かこうだったな、と記憶の中から動きを引っ張り出しながら突きから大地を叩くようにバウンドさせた突き上げ、槍全体を撓ませるように動かす、東方の武術の動きを真似る。
「クソ使い辛いわ」
「そこまで使ってそう言うのかよ……」
壁に戻しながら今度は三日月の形をした巨大な武器を手に取る。ジャンルは……斧だろうか? それを振り回しながら話を続ける。
「いや、親父から二流程度には何を振り回してもいいように育てられたからな。後はセンスと才覚と経験の問題だから直感的に合う、って感じる武器との出会いだって。だから武器はなんであれ、大体二流程度でいいなら使える―――んー……これでも駄目だな」
面白いが重心移動が非常に面倒だ。これを扱える達人がいたとしたら恐ろしい程の破壊力を見せてくれるだろうが、趣味ではない。壁に戻しながら適当に床に刺さっていた大剣を抜く。それを軽く振り回していると、クラウが言葉をかけてくる。
「なんかお前の話を聞けば聞く程、その親父さんのとんでもなさが際立ってくるな」
「親父? まぁ、あんまり昔の事を語りたがらないからなぁ……。ぶっちゃけ、俺も親父の昔はよく知らないんだよ。酒で酔わせたら……! と思っても絶対に口にしないし。周りに聞いても解るのは昔、俺が生まれる前に辺境に母さんと
この後で俺が生まれたらしいが、それが原因で母さんは死んでしまったらしい。その為、母親の顔を知らずに育ってきた―――とはいえ、不満はなかった。ムカつくし、殴りたい笑顔を見せてくれる親父だったが、それでもいい親父だった。
「まぁ、多芸な人だったよ。何故か頭良いし、器用だし、強いし。自慢の親父だよ」
「うーん、聞いてると益々気になってくるなぁ」
「ははは……まぁ、卒業しない限りは会えないだろうから我慢してくれ。こっから辺境まで一ヶ月かかるし」
「良くそんな所から来る気になったな」
「本当にな」
本当に不思議なものだ、と思いながら大剣を壁に戻す。これも悪くはない。だが面白味がない。この際、キチガイマッド共に倣ってもう少し冒険してみるのも悪くない。そんなこんなで壁を眺めていると明らかにヤバイオーラを放っている剣が壁に飾られていた。鎖で縛られている上に杭で壁に打ち込まれている姿はどこからどう見ても呪われている。
「なんだあれ」
「酔った勢いで作ったら過程不明で生み出された産物らしいぞ」
「滅茶苦茶切実な声が聞こえるんだけど」
「気のせいって事にしておこうぜ」
無視して次の武器を見る。壁にかかっていたのは大鎌、或いはサイスと呼ばれる武器種だった。大型のそれはデスサイスとも呼ばれ、扱い辛さであまりにも有名な武器となっている。こんなものまで作っているのか、と半ば呆れながら片手で握り、持ち上げた。結構重量があるな、と思いつつ軽く回転させるように振るい、そして刃の方を見る。良く研がれ、磨かれている。作りもかなりしっかりしている。
神格ゴリラでもなければそう簡単に壊す事はないだろうな、と見る。
「これでいっか」
「もっと使いやすいもんがあるんじゃないのか?」
「いや、これでいいよ―――母さんがサイス二刀流使いだったらしいし」
「お前の家族本当どうなってんの?」
一応実家には母さんが生きていた頃使っていた武器が飾ってあるが、大鎌を二つ同時に操って戦うスタイル、一体どうやっていたのかは親父の口伝でしか伝わってこないが、相当無茶苦茶やっていたという事だけは伝わってきた。まぁ、そんな母さんに倣って使ってみるのも一興だろう―――二流程度には扱えるのだし。
「まぁ、これぐらいは軽い軽い」
「才能ある奴って境遇からして普通とは違うんだなぁ……」
「ただ単に環境の違いだと思うんだが」
ともあれ、軽く肩に担ぐように大鎌を持ち直しながらこれ貰ってくぞ、と言葉を向けると適当に手を振られる。本当にこれで問題ないらしい。職人のその熱中する様は、武人が鍛錬から戻ってこない姿と非常に酷似しているな、と思える。とはいえ、これで助かったのは事実だ。軽く頭を下げ、感謝の意志を示してから部屋を出る。
部屋から出た所で、ここまで付き合ってくれたクラウに言葉を向ける。
「こう―――ここに来る前は都会って場所はもっと薄情で怖い所だと思ってたわ。初めてきた時も結構ビクビクしてたし、見るもの知る事新しい事ばかりで気後れしてたな」
「今はどうだ?」
「……付き合いが出来ればあんまり変わらないな、って」
「ま、どこもそんなもんだよ。環境もそうだけど基本、付き合いでどうにかなるもんさ」
そう言って笑うクラウにありがとう、と言う。きっと、自分が前よりも多少は社交的になれたのはこういう友人がいてくれたからだろう。この学園での生活もいつの間にか、友人たちと一緒に居て、遊んでいる時間が当たり前になってきた。少し前まで……辺境にいる間では考えもしなかった事だった。あの頃は鍛錬し、勉強し、そして生き残る事だけを考えていた。
学園生活も悪くはなかった。
天にも昇るとはまさにこういう気持ちだった。
「その……今日はよろしくおねがいします!」
「いや、此方こそよろしく頼む。休日にこうやって誰かと外に出るのは初めてなんだ」
春季、三の月。つまりこのヴェルグ学園へと来てから三ヶ月目―――漸く、クレアとのデートにかこつける事に成功したのだ。ここまで来るのにクラウの協力を得て二ヶ月かかった―――ありがとうクラウ、サンキュークラウ、お前は友人の鑑だ。今度熊肉狩ってくるわ。そんなテンションと心境だった。
学園の入口で合流したクレアは普段の制服姿とは違い、私服姿になっている。白いノースリーブ型のインナーにチェックのスカート、そしてその上からカーディガンを着ている。やはり可愛い。こんな子をデートに誘えるなんてツイてる、としか言えない。心の中でガッツポーズを決める。とはいえ、あまり邪な気持ちを抱いても駄目だろう。
心の中で信仰する神である武と守護の神であるエルクレセルに祈る。彼の神は辺境の男たちにとっては守り神の様な存在である。狩猟の中で生き、そして死んで行く辺境の男たちは常に自らを磨き続ける為、武を司る神、エルクレセルとの相性が良く、多くの男たちはエルクレセルを信仰している。自分もエルクレセルの信徒だ。故に今日一日が無事に済み、良い日である事を祈る。普段から鍛錬に励んでいるからこれぐらいの邪な考えは許して欲しい。
「えーと……今日はクレアが行きたい所があるんだっけ?」
「はい、前々から行きたかったお店が何件かあったんですけど一人じゃ中々敷居が高くて……」
「あぁ、その気持ちはなんとなく解るかな。良いお店だって言われても一人だと気後れしちゃって誰かと一緒じゃないと恥ずかしくなるよな」
「そうなんですよ! 特に良い場所だとなんだか一人だけで行くのも勿体ない気がしちゃって……あ、場所なんですけど―――」
と、口を開いて言おうとするクレアの口の前に人差し指を置いて言葉を止める。ぽかん、とした表情を浮かべてクレアが動きを止めている間にポケットの中に忍ばせておいた詠唱紙を抜き出し、それに魔力を通す。詠唱紙とは大体形状としてはカード型がポピュラーであり、自分が使うのもそういうタイプだ。そして基本、使い捨てである詠唱紙を使用すれば、発動させた端から一瞬で燃え尽きて灰となる。そうやって魔術を完成させる。
「それは……最近授業で完成させた術ですよね?」
「そう、光の鎖だな」
魔力コストを増やす代わりに伸縮自在化されている光の鎖は様々な使い道がある、便利な光属性の魔術だ。ここ数か月、《魔術学・基礎》を受講し、その成果とも言える魔術でもある。それを軽く余らせるように握った所で、回転し始め、投擲の準備を整える。そうやって準備が整った瞬間、近くの物陰から赤い影が学園へと逃げる様に飛び出してきた。
「気配がすると思えばやっぱりか!」
空を飛んで逃げるレグナに対して迷う事無く鎖を投擲し―――レグナへ衝突させ、鎖を胴体に巻きつけて束縛する。地面に落ちてきたレグナをそのまま鎖を縮小させて引き寄せる。ずり、ずり、と大地に引きずられながらレグナが招き寄せられ、それを見たクレアが、
「確か、レヴァン様の……」
「あぁ、アイツの相棒だけど―――おい、いや、オラ、見えてるんだろお前」
引き寄せたレグナの頭を掴み、その視線を真っ直ぐ此方へと向けさせると、レグナが滅茶苦茶ビビった様子で手を振ってくる。どうやら全力で謝っているらしい。だが許さん。なのでレグナを鎖で拘束したまま、全力でスイングさせ、回転させながら投擲の準備に入る。
「主従揃って少し、眼を回しておけ!」
投げるのと同時に拘束していた鎖を解除し、学園の方の空へと向けてレグナを射出する。レグナと視覚を共有していたレヴァンの事だ、今頃目を回して床に倒れ込んでいるに違いない。ふぅ、良い仕事をした、と呟きながら額の汗をぬぐい、軽くブラフを込めて口に出す。
「さて―――パンダって鍋にして喰うと美味しいらしいんだよな」
背中にサアキを乗せたパンダが全力疾走で学園へと向かって逃げて行く。本能的に命の危機を感じ取ったのか、今までにないスピードで疾走するパンダは背中にしがみつくサアキの悲鳴を木霊させながら消えて行く。その後ろ姿をクラウが走って追いかける。フルコースかよテメェら。と思っていると、横でクレアが軽く笑っていた。
「ふふふ、すみません……仲が良いんですね」
「ほぼ毎日顔を合わせている奴らだからな。何だかんだで一番ダンジョンに潜ってる面子だしな。自然と仲良くなるもんさ……約一名除いてな」
「……システィナさん、ですか?」
彼女の事を知っていたのか、と軽く驚きながらクレアへと視線を向ければえぇ、という返事と少し困ったような表情が来た。何時までも学園の前で立っている訳にも行かないし、目的地へと向けて二人で歩き出す。
「システィナは……有名なのか?」
「そうですね、ある意味では有名ですね」
それはどういう意味なのだろうか、と首を捻っていると、クレアが話を続ける。
「推薦入学組は毎回注目の的になっていて、ゴシップの話題の中心にもなります。娯楽で満ち溢れている学園ですが、それでも優秀な人間や目立つ人間は話題としては人気のあるものですからね。だから見た目が奇抜なパンダさんや、錬金術の授業で度々教室を爆破しているサアキさんとかは割と話題に上がっています」
あぁ、それは想像できるな、と思う。
「そこまで派手に動いていないレヴァン様やレイさんであっても、関連する話題を口にする時は羨ましがったり、笑ったりと話題に欠きません―――ですがシスティナさんにはそれがありません。彼女は一切授業にでません。彼女が授業に出ている事を確認しているのは《神秘学》の時だけで、五傑衆が揃っている時だけです。ですから逆にそのミステリアスな部分が想像を掻き立てるといいますか……」
「あぁ、うん。大体解った……つーかアイツ、授業出てなかったんだな」
「《神秘学》の時はどんな感じなんですか? システィナさんは」
「アイツか? 相変わらずやる気がないよ。言われたらやる、って程度のやる気しか見せないよ。ただ奨学金で通ってるのは事実でやや困窮しているからバイトとかは割と積極的に混ざるな。大体はほとんど喋りもせずに混ざるだけだけど」
「そう、ですか……なんか、寂しいですね」
「寂しい、か」
それはどうなのだろうか? システィナの事は正直に言うと
「いや、今は思い出すのを止めておこう。アイツの話はめんどくさい」
「酷くないですか?」
「いや、だって嫌いだもん、あいつ」
断言してやや拗ねる此方を見てクレアは笑い声を零す。仕方がありませんね、と声を零しながら二人で都市部の道路を歩いて進んで行く。春季、三の月ともなると大分夏季が近くなってくる。中央に近いこの学園都市は四季がはっきりしており、春は暖かく、夏は暑く、秋は涼しく、冬は寒い。その変化が他の地域よりもはっきりとしている。その為、夏季に近い今、春季といえども段々とだが夏の日差しを感じ始める暑さを感じられる。俺も服装はそれに合わせて軽装にしてあり、上着は何もなく、白い襟付きシャツと茶色のボトムスというラフな格好を選んでいる。……これ以外の格好が熱くて話にならないという意味もあるが。
なんとなくだが、話題が途切れてしまって、此方から話しかけづらい。こういう場合、どうやって声をかければいいのだろうか、そんな考えが頭をぐるぐると回る。
「それにしてもあの鎖の使い方上手でしたね?」
「お、お、おう!」
いきなり言葉を向けられて少しビクリ、と背筋を伸ばす。
「鎖の扱いは糸の扱いとそう変わらないから……糸の扱いは弓の弦の張り替えに必要な技術だから徹底して教えられているしな。そこらへんの技術だったら学園一を名乗るだけの自信はあるよ……まぁ、鍛錬と勉強ばかりで俺の過去なんてそう面白いもんでもないと思うし、それよりもクレアが入学したきっかけとか知りたいな」
「え、私ですか? ……そんなに特別な理由でもないと思いますよ?」
そんな事はない、と言う。少なくとも勉強と鍛錬のみで一切彩のなかった此方の人生と比べれば、クレアの方が色々と楽しいだろうと思う。少なくとも好きな子の話を聞いていて、つまらない顔を浮かべる奴はいないだろうと思う。目的地である学園の卒業生が開いた新しいカフェへと到着する。外に広がるパラソルの下の席を選んで座りながら、メニューを片手にクレアが話をする。
「たぶんもう解っていると思いますが、私は貴族です」
コクリ、とその言葉に頷く。クレアの言葉遣い、そして仕草からは隠しようのない知性と品性の輝きが見れる。幼い頃からそういう教育を受けた者のみが見せる様な輝きだ―――たとえば身近な人間で言えばレヴァンがそうだろう。付き合いが増えてきた事と実家から離れているのが理由か、かなり砕けた口調になってきている。レグナもレヴァン以外になつく様子を見せているのも成長だろうか。
「帝都に実家のある貴族なんですが……特別突き抜けた才能がない限りは基本、女は政略結婚の道具です。ですから私もそうなる運命でした」
「それが嫌で飛び出した、と」
「はい……と言っても味方は居たんですけどね。そのおかげでこうやって無事に入学できています。今頃お父様はお怒りでしょうが……学園に入学してしまえば此方のものです。無理矢理退学させる事は貴族の力では無理でしょう」
「そうなのか?」
「はい。学園長がそういうのを大嫌いでして……昔、そういう関連のちょっとした事件があった時、学園長が立場を捨ててパリスと言う個人になってそのまま相手の家へと火炎放射器を背負って突入したとか」
「ロック過ぎて尊敬する以外の理由がない」
只者ではない、と思っていたがやっぱり只者ではなかった。もっと平和的解決が絶対にあっただろうに、迷う事無く火炎放射器で焼き払おうとする辺りが実にこの学園のトップが誰であるのかを証明してしまう神の一手だった。やっぱ上がアレだから学園全体もアレなんだなぁ、と納得しかない。
「そういう訳で少なくとも在学中は実家がアレコレしてくる事はないんです」
「……という事は卒業後が危ない?」
その言葉にクレアは静かに頷きながら注文を取る。それに合わせて此方でも気になった物を幾つか注文し、メニューをウェイターへと渡す。クレアが一人で入るのは少し難しいというだけあって、カフェテラス席は綺麗に揃えられた木製の白いテーブル様に彩られており、足元のタイルとは違う色で鮮やかさを表現している。大通りには面しているものの、やや距離がある為、今座っている場所から大通りを眺める事が出来、それだけでも割と時間を潰せそうだった。
「まぁ、その前にコネクションをつなげたり、自分の有用性をどうにか発揮すれば……問題なさそうですね。後は裏ワザとして神への愛の誓いを立てて出家するとかありますね……本当に最終手段ですけど」
「宗教に身を捧げるとなると貴族から除名されるからな……」
今の時代、宗教と信仰は生活と密接な関係を持っているが―――帝国では
家を捨て、家族の縁を切って僧侶となる。そうする事で政治の道具として使えなくするという手段だ。だけどそれはあまりにも、
「悲しすぎないか?」
「そう、ですね。ですからこれから三年間、自分が出来る限りの事をやって、そして自分の本当の価値を見出したいんです」
あと、と少しだけ頬を赤らめながら、
「……その、政略結婚よりも出来たら恋愛婚なんかも……」
クレアのその言葉にコクコク、と頷いて同意する。それを見ていたクレアが笑いを零し、それを見て少しだけ幸せになる。やはりやはり好きな子には笑顔でいて貰いたいなぁ、と思いながら運ばれて来る飲み物に目を向け、この日をめいっぱい楽しむ事に集中する。
「―――流石湖畔は涼しいですね」
サアキが水によって冷やされ、そして風によって流されてきた冷気を浴びながら呟いた。夏季に入るとうだるような暑さが襲い掛かってくる為、重装備でダンジョンへと挑む人間は軽い地獄を見る事になる。比較的にそういう環境や状況になれている俺とは違い、なれていないレヴァンとパンダは死にそうな顔をしてぐったりと倒れていた。また同時に、システィナも死ぬほどめんどくさそうな表情を浮かべていた。気持ちは解る。だけどお前ら、
「俺一人に戦闘任せて涼もうとするのほんとやめろ」
跳躍しながら湖面から頭を覗かせる七つの巨大な蛇頭、それぞれから放たれる水弾を回避し、空中でロールしながら弓で速射を放つ。頭、眼、首と素早く射るが、凄まじい生命力を保有しているのかそれでは死なず威嚇するような声を放っている。完全に一対六、しかも相手の本体は水の中という不利すぎる勝負が成立していた。
「レヴァンッ!」
「あつい……」
「きゅぅ……」
「森の中じゃないんだからブレスで焦がせよ!! あとパンダ!!」
「笹食いてぇ」
「クソが」
こいつら熱波にやられてまるで働く気がねぇ。後ろで湖畔でしか採取できない素材を採取しながらサアキがバイト代を増やしますから、と言うと多少やる気が出てくる。大地の上に着地しながら即座に光の矢を生みだすとそれを矢に番え、ノータイムで放った。一メートルほどの大きさがあるであろう水蛇の頭を綺麗に吹っ飛ばした光の矢は普通のとはまるで破壊力が違う。ただその破壊力は弓自体に負担をかけるものであり、3マッド+被害担当がまだ改良中であり、試作品1号であるコンポジットボウの寿命をすり減らす行いでもある。
矢を消費するか。
弓を消耗するか。
辛い選択肢である。故に、
「いい加減働け」
「ごふっ」
水蛇の頭を二つ消し飛ばしたところである程度余裕が生まれる。スライディングしながら倒れているレヴァンの腹に蹴りを入れ、そのまま湖の方へとレグナ共々蹴り飛ばす。
「バトンターッチ! バトンターッチ!」
「こんなの俺の知ってるバトンタッチじゃない! クソォ、レグナァ!」
「きゅいー!」
水辺に転がりながらギリギリ踏みとどまったレヴァンは水蛇からの攻撃を回避しながら近づこうとしない姿へと向けてレグナの視線を誘導させた。右手の動きで指揮者がオーケストラを指示する様にレグナを誘導しながら魔力を供給し、レグナが口を開いてブレスを吐いた。まだ子供とはいえ、それは龍の息吹。扇状に広がるブレスはそれこそ20メートル範囲を容易く炎で埋め尽くし、水面から頭を伸ばす集団を一瞬で飲み込んで頭を燃やし尽くした。焼けた肉の匂いを風に乗せながら、炎によって熱せられた風が熱風となって襲い掛かってくる。
「ぐわぁぁ―――!」
「だからやりたくなかったのに!」
「あ、あついー……」
「この世の地獄か」
「毛皮脱ぎたい」
パンダがパンダとしてのアイデンティティを投げ捨てにかかる程度には暑かった。まだ夏が始まったばかりなのにこれで大丈夫なのか? とは思わなくもなかった。とはいえ、酷いのはレヴァンとパンダの人外&貴族タッグだった。平民出身である自分、サアキ、システィナは暑いと思っていても行動不能になるレベルじゃない。というかレヴァンは炎属性なら暑さぐらい耐えろよ、と思わなくもない。ともあれ、
「これで周辺の魔物は殲滅し終わったか?」
「……気配はない。離れすぎない限りは平気の筈」
システィナが気配を探り、応えてくる。アルバイトの時だけはほんと手伝うよな、お前。そんな視線を向けるが無視される。そのやり取りを見てかサアキがあははは、と小さく笑う。
「水冷石を作るにはどうしても湖底にある素材が必要だからね」
水冷石、それは錬金術でのみ作成できる道具らしい。なんでも水の様な涼しさを常に発し続ける石であり、一定までの熱から身を守ってくれるらしい。今回のサアキの戦力の肝はこれだった。本格的な夏場が始まる前に作成し、学園のグラウンドで鍛錬する学生や、自分達の様に夏の暑さの中ダンジョンへと潜る学生向けに販売する。
暑さというモチベーション殺しから身を守る他、体の冷却は無駄な体力の消費を抑える事も出来るだろう。
これは売れる。
というか欲しかった。現在進行形で欲しい。いや、だって暑いし。
「おーわり! これ以上採取したら環境に悪いしこれぐらいにするとして……次は湖の中ですね」
「じゃ、俺はここで待ってるな」
「きゅきゅぅ」
「お前らは本当にもう……」
最初の頃の威厳を一切見せなくなったレヴァンはこれが素なのかもしれないなぁ、と思いながらサアキから飴玉を貰う。ブリーズジュエルと呼ばれるこの飴玉は口の中に放り込む事で水中の中でも息をし続ける事が出来る飴玉らしい。サイズは親指ほどのサイズだが、これで口の中で転がす事一時間の間は呼吸が出来るとの事。それに合わせ、予め先輩から購入した、湖の水中探索用の魔術式が掘り込まれた詠唱紙を取り出す。同じように準備してきたサアキとシスティナが魔術を発動させ、パンダに至っては装備だけ置いたらそのままだった。自分も水の中では弓を使えない為、背に背負っている大鎌だけを持って行く事にする。
「準備完了! 行きます!」
そういうと口の中にブリーズジュエルを放り込んだサアキが湖の中に飛び込んだ。それを追いかけるように湖の中へと跳びこみ、後からシスティナが追いかけて、そして最後にパンダが飛び込んでくる。
湖に飛び込んだ瞬間から燃え尽きる代わりにその役割を果たした詠唱紙が魔術の効果を発揮させ、水中の中で感じる独特の動きづらさと重さを緩和する。そのおかげで地上よりはまだ鈍いが、ある程度自由に動けるようになる。とはいえ、やはり射撃武器や、自分の様な光の魔術、或いは炎の魔術使いは圧倒的に苦戦を強いられるだろう。
その為に湖にいる魔物で一定範囲内のは全部釣り出して態々殲滅したのだから。
「ぶくぶくぶく―――」
言葉は流石にでず、ブリーズジュエルが生み出した酸素が泡となって口から溢れ出して行く。勿体ない為素早く口を閉ざしながら、普段は見る事も踏み込む事もない、湖の中の世界を見る。明るい太陽の光によって照らされた湖はその湖底までもが非常に良く見える。遠くへと視線を向ければ魔物の気配を感じられるが、此方へと近寄ってくる気配はない。サアキが仕事を出来る様に気を付けながら、直ぐ近くを泳いで通って行く魚の姿を眺める。
上へと視線を向ければ平泳ぎで華麗に泳ぐパンダの姿が見え、即座に視線を外して下へとどんどん潜って行くサアキの姿を見た。その姿を今はシスティナが追いかけている。人格はまるで信頼していないが、その腕前は信用できる。下へと向かうサアキの護衛をシスティナに任せるとして、この中層とも呼べる領域でぷかぷかと漂う様に流されず、警戒しながら湖の中の世界を眺める。
太陽の光を受けて輝くその世界はまるで宝石に埋め尽くされているかのようだった。
こんな経験、こっちに来なきゃ出来なかっただろうなぁ、なんて事を考えながら上へと視線を向ければ、
魚を食ってるパンダの姿が見えた。また何時ものか、と思いながら視線を外しつつ、くすりと笑う。まぁ、楽しい日常だよな、と。ここまで日常が盛り上がる事なんて考えもしなかった。だからこそこの日常がたったの3年で終わってしまう事にやや不満を覚える。3年……それだけがここにいる許された時間だ。特にやりたい事の見つからない自分はきっと、3年間が終わったらそのまま辺境に帰るだろうと思う。それ以外にやりたい事が見つからないからだ。
そう考えると明確にやりたい事のある皆が少しだけ……羨ましく思える。
そんな思考に没入していると、此方へと向かってくる巨大な魚影が見える。体長3メートルほどの巨大で、牙を生やした魚がサアキ、システィナを狙うかのように湖の中を泳いでいた。放っておけば神格ゴリラに刺身にされそうだが、それじゃあただのサボりの為、このまま見過ごして放置する訳にもいかない。一直線にサアキ達を食べに行こうとする牙魚を妨害する意味でも詠唱紙を消費し、光の鎖を生みだして放つ。純粋な光ではなく光を固形化して生み出した鎖は水の中での減衰率が低い―――物質化している分、減衰率が下がるのだ。その為、水の中でも勢いだけを軽く殺される様に進み、素早く魚に巻き付いた。それを受けた魚は即座に外敵の存在を理解し、サアキとシスティナから視線を此方へと向けるが、その前にシスティナが剣を抜き、全力でそれを振り抜いていた。
凄まじい神格としての腕力が水を割り、湖を局地的に割った。
「パーンーダー……スイングゥ!」
鎖の端を掴んだパンダが筋肉を膨張させながら巨大な魚の姿を一気に陸地へと向けて大きく開けた湖から投げ出した。それが湖の上空へと投げ出されたところで、陸地から放たれたビームにも等しいブレスが一瞬で魚を包んで消し炭に替えた。叩き出された水が元の形状を取り戻そうと戻ってくる湖底へと向かって落下しているのを眺めながら、
やっぱりここでの生活は楽しいな、と笑い声を零す。
研究室に戻ると今回の探索―――夏季に入った事で解禁された《修練の森》のエリアBで採取した素材をサアキが並べ、錬金釜での錬金作業を早速開始していた。魔術のおかげで濡れても即座に乾く事が出来る為、服装が多少痛むという事以外は特に心配する必要もなく、あっさりとそのまま研究室に帰ってきた。サアキが持ち込んできた保管用の冷蔵庫を開けると、その中には素材以外にも私物を入れておくスペースがある。そこには自分が持ち込んだ果物酒が保存してある為、それを取り出して蓋を開ける。
レヴァンの持ち込みのソファにどかり、と音を立てながら座り込んで果物酒を片手に冷えた研究室での優雅な午後を過ごす。
「はぁー……暑かったぁ……」
「森はまだ日陰が多い分マシらしいぞ。秋季から行けるようになる《飛翔の山》はもっとひどいらしいぞ。夏は日影が少なく太陽に近くて地獄。冬は寒くて地獄。どっちにしろ地獄だとさ」
「でも山の方は鉱脈が多いし、環境もガラっと変わるから採取できる素材も大きく変わってくるし、作れるものも変わるんだよね」
サアキの言葉からは絶対に行くからな、という鋼の意志を感じさせた。実際の所、この中で一番お金を稼いでいるのはサアキだ。取得しているのは錬金術の授業だけではなく、商売の授業も受講しているらしい。その影響か、何をどうやって売ればいいのかをしっかりと理解し、自分の製作物をどうやって売り込めばいいのか、そういう事を良く学び始めている。その為、作って売るだけではなく、作って効率的に売る、という事で収入が上がっているのだ。
必然的に、それは俺達の収入にも繋がる。
頑張れサアキ、働けサアキ、悪徳商人となれサアキ、俺達の夕飯に一品を増やす為に。
「ふぅー……しかし最初はこの面子でどうなるもんかと思ったけど、意外とどうにかなってんな」
パンダがソファの横に座りながら果物酒を片手そう言った。パンダの言葉は確かに同意できるのだが、その見た目でお前にだけは言われたくなかった。お前だけは言っちゃ駄目だろうが。そんな事を思いながらも軽く受け流せるようになったのはこの面子でぐだぐだするのも数か月という時間が生まれたからだろうか。
「まぁ、こうやって顔を突き合わせてダンジョンに潜るのも日常的なもんになってきたしな」
「まぁ、これだけ顔を突き合わせていれば当然か。他のグループには混ざり辛いしな」
ぶっちゃけてしまえば、他のグループとはレベルが違うのだ。学年を一つ上げない限りは対等とも呼べるレベルの相手がこのグループにはいない……システィナの場合、この学園を探しても同等の相手は存在しないだろう。そして実力が違いすぎるメンバーで組んでも成長は出来ない。必然的にこの面子で行動が増える。年度初めにロシュ教授が言ったとおりだった。この5人で活動する機会は圧倒的に増えてる。
マッド工房の新作である機械弓を抜き、その調子を確かめる様に弦を引きながら軽いチェックを行う。やはり光の矢を放つと弦の損耗が早いな、と思う。弦の張り替え自体は自分でも出来るし、時間がある時にやってしまおう、と決める。ただ今は、労働の疲れを癒す為に果物酒で喉を潤す事にする。
「そういやぁ、お前ら授業の方はどうなんだよ」
「あ、私は秋季から二年と一緒に授業受ける事になりました」
そう言ったのはサアキだった。錬金釜で行う作業は止まらない。
「一年で学ぶ雑学はやや足りていませんが、実習部分やレシピに関してはもう出来る範囲全部終わっているので、雑学部分が終わったら二年の内容をやっても問題ないって判断されましたので、今度からは二年用レシピで色々作れそうです」
「正直に言うと、俺達5人で一番活躍して期待の株ってサアキだよな」
「というか俺達全員がサアキに頼ってる」
「サアキ様……! サアキ様……! 我が信仰心をお受け取りください……!」
「神様に怒られるから止めようよ……」
サアキのやや震える声に笑い声を零しながら、レヴァンの方はどうなんだ、と視線を向けてみる。それを受けてレヴァンはそうだなぁ、と声を零す。
「俺は《魔物学》《生態学》とか生物関係の方を学んでるけど、結局やってるのはレグナを育てる為の知識と経験の収集だからな。レグナ以外にも何匹か魔物をテイミングして育成しているけど、こっちは大きな変化はない。元々龍の成長はそんなに早くないしな。時間をかけて、ゆっくりと育てるさ」
そう言ってレヴァンは膝に乗せて眠るレグナの頭を優しく撫でた。食欲旺盛な子龍は腹が減り出すと凄まじい勢いで凄まじい量食べるが、それでも子供だ。良く食べ、良くはしゃぎ、そして良く寝る。学園にいる間のレグナの生活はそんなもんだった。時折レヴァンと訓練している姿も見られるが、基本的にはまだ子供なのだから、詰め込み過ぎずに育てているのが解る。一歩一歩、サアキの様な飛躍ではないが、着実な成長を遂げているようだった。
若年組の成長は悪くないらしい。
「そういうレイさんはどうなの?」
「俺? ひたすら基礎修練しか繰り返してないからあんまり成長って呼べるものは実感できないわ。弓もマッド共に全力で使い潰して、使い潰した弓を持ち帰って来いって、って言われてひたすら壊しては新しいのを作ってもらうサイクルだし……あぁ、ただ最近は色々と魔術の勉強するのが楽しいな……こう……」
指で空間に術式を描いて行く。今まではその意味が解らず、暗記するものだったが、今では大凡ではあるがその意味が解ってくる。そしてその意味が解ると親父から教えられた術式の中身も理解してくる。今更ながら、親父に与えられた魔術は未完成、或いは未熟者が使えるようにデチューンされた物ばかりだった。光の矢は数が少なく、出力が低くなるようになっているし、アポートも距離や重量に制限がかかっている。そういう意味では過保護だったのかもしれない。
「まぁ、お前らよりも歳を取ってるからな、俺は。お前らほど劇的な成長はないさ……パンダもそんなもんだろう?」
「ん? あぁ、授業に関しては俺は普通に単位取得しているだけだけどな―――最近彼女が出来た」
「!?」
「ふぁ!?」
「嘘だろお前……」
「!?!?!」
システィナがベッドから落ちる音がした。顔を赤らめながら恥ずかしがるパンダが極限まで気持ちが悪いが、どうやら本当らしい。再び嘘だろお前、と心の中で呟き、誰もが混乱、驚愕、恐怖する状況の中で、パンダがコートの内側から一枚の写真を取り出した。
「これが俺のガールフレンドだ」
システィナが降りてくる。そうだよな。気になるよな。そう思いながら自分も素早くパンダの横から写真を覗き込む。その中に一体どんなもの好きの姿が移っているのだろうか、と思いながら。そうやって覗き込んだ写真。
そこに写されていたのは―――クマだった。
「へへ、この腰のラインがたまらねぇだろ?」
「はい、解散」
「きゅいきゅぅ……」
パンパン、と手が叩かれ、一斉にパンダの周りに集まっていた姿が解散する。その様子を見ていたパンダが露骨にショックを浮かべた表情を浮かべるが、無言で部屋の隅に積まれてある笹を渡せば丸まって笹を喰い始める。こいつの扱いにもこの数か月でずいぶんと慣れたものだった。そしてパンダが終わった所で最後はシスティナだけが残る。視線をシスティナへと向ければ、興味なさげに梯子を上ってベッドへと向かうのが見える。話すつもりはないらしい。まぁ、それに関しては何時もの事だ。引っ込んでるなら勝手にしろというだけの事だ。
「はぁ、なんか昔の騒がしさが嘘なぐらい平和だなぁ、ここは。春季から夏季は繁殖期でもあるから辺境にいた頃は大変だったのになぁ」
「あぁ、あっちは騎士団とか兵団がいないから自分で間引きを行うんだっけ……そりゃあ大変だ、繁殖期前の間引きを行わないと大襲撃が発生して生活圏が滅びるからな」
魔物は二種類存在する。魔素という物質から自然発生するタイプが一種類。もう一種類は人や動物の様に交わる事で子孫を残すタイプ、この二種類が存在する。その内、交わって子を残すタイプの魔物は春季から夏季にかけてが繁殖期となっており、この季節になると大量に子供を作る他その為の母体を求めて人間を攫ったりしたり、或いは食料を求めて人里を積極的に襲撃する姿が目撃される。これらを放置していると凄まじい数に膨れ上がった魔物が集団となって生活圏を奪い取りに来る―――これが大襲撃と呼ばれる現象になる。
それを発生させない為にも定期的な狩猟とは別に、殺す事だけを目的とした間引きによる個体数の大幅な低下も必要となってくる。ここで完全に狩りつくすまで殺してはならないのが辺境での生活だ。一部の魔物は魔物を食らう。その食物連鎖は動物とは変わらない。人間に関わらない場所で人間に対して益を齎す魔物は存在する―――無論、人間を目撃すればその瞬間に殺しに来るが。だがそれまではある意味自然のサイクルを守る為の一部として利用できる。
首都等の資源が豊富で治安が安定している地域なら関係ないが、定期的な収入として魔物を利用している辺境では狩りつくす事が出来ない様になっている。あの魔物の骨が、あの魔物の爪が……と、生活に必要な部位を持つ魔物が全滅してしまった場合、それを頼りに生活する事が出来ないからだ。
その為、辺境のこの時期は間引き作業で忙しく、また同時に一番死者の多い時期でもある。
「あー……平和で素敵」
「国家情勢的にはそうでもないらしいけどな」
レヴァンの言葉にそうなのか? とパンダが写真を握りながら言葉を挟んでくる。その言葉にレヴァンが頷きながらそうだな、と返答する。
「実家から聞いた話だが帝国と隣国との関係が最近、徐々にだが悪化しているらしい。ヴェルグ学園の位置は王国の反対側だからあんまり気にする必要はないが、国境の方ではにらみ合いと小競り合いが既に始まっていて、今にも戦端が開きそうだって話だ。なんでも王国に神託の勇者が出現し、今こそ帝国を攻める時だって言ったのだとか。王国内では有名な話だとさ」
「神託の勇者か……そりゃあ怖いな」
帝国は宗教を政治に絡めない為、神託を得て勇者となった神核を持った超人というのが存在しない。その為、神の助力を得て戦争を行うという事が出来ない。だがその代わりに神に縛られた政治や統治という事を行う必要もない―――神という概念からある意味脱却した国家でもある。その為、一部神々からは不遜である、と睨まれているのもまた事実だ。
親父は昔、自分にこう言った。
「神々にとっちゃ人間ってのは所詮チェスのピースでしかねぇんだよ。基本的にはポーンだ。そして神核を与えて昇格。無限に等しい命を持つ連中にとっては信仰を集めて力をつけるのがステータスの様なもんさ。……まぁ、だけど武神エルクレセルや医神テルメアみたいに純粋に人々とその努力を愛しているって連中もいるがな。軍神とか光の神々はエゲつないぞ。何て言ったって正義を背負ってるからな」
そう言う親父も武神エルクレセルなら、まぁ、いいな、と信仰していたりする、変な親父だった。
……ともあれ、神託の勇者が出没するとなると帝国の未来が不安になってくる。神核を得た勇者は単身で魔神と戦えるだけの実力を持った超越者だ。単身で軍隊のいる街に攻め込んで勝利するだけの強靭さを持ち合わせているのだから。
故に基本的に国家間の闘争ではどれだけ勇者や英雄と言える人間を揃えられるかにかかっている。
―――そこらへんのセオリーが全く通じないのが帝国のらしさ、なのだが。
「しかし神託の勇者がいるって事は今回はマジで戦争に発展しそうだな」
「場合によっちゃあ徴兵もあるかもしれないか?」
「いや、父―――聞いた話によると今年は豊作だったことも含めて士気と戦意も高いし、勇者の一人や二人は囲んで数で殺すから大丈夫だって……なんでも勇者完全殺害マニュアルを完成させたとか」
「勇者完全殺害マニュアル」
ちょっと内容が気になる。でもなぁ、帝国だしなぁ、とも思う。たぶん囲んで仲間の屍を超えて相手を疲弊させながら確殺するとかそういうラインだと思う。
「まぁ、帝国には翁がいるしな」
「まぁ、あの爺さんが存命中は帝国を落すのは無理だろうな」
「えーと……アデルバルト将軍ですよね?」
サアキが作業を続けながら確認する様に名前を出し、それにレヴァンが頷いた。
「別名
システィナ
それを正面から切り殺したのがこの勇者殺しの将軍だ。
そりゃあ伝説にもなる。
だが年齢は既に70を超えている―――その寿命ももうあまり長くはないだろう。或いはそれを知っているからこそ帝国に喧嘩を売っているのかもしれない。
「ま、戦火に飲まれない限りは関係のない話さ」
「ま、そうだね。侵攻ルートがあるとして確実に帝都の方が先に来るだろうからな。こっちに来ることはないだろう……ただなぁ、今回の神託の勇者に関しては中々面白い話を聞いてはいるんだよな」
レヴァンの言葉に首を傾げ、酒の入ったボトルを空にしながらその先を促す。それを受けたレヴァンがそれがだな、と言葉を置く。
「―――此度の勇者は異世界人らしい」
割と楽しそうな学園生活。
学園時代は才能を伸ばす時代。どういう才能が有り、それを発掘し、そして見極める為の時代。そして見極めた才能を伸ばす為の時代でもある。それが終わると成長の時代が来る。
つまり学園時代でのイベントはまだまだ序の口。
それにしてもプロットでは既に最初の事件が始まってる頃なんだけどなぁ……。