※この作品はR-18です。

美しくも残酷なこの世界   作:てんぞー

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Begining - 3

夏季二の月

 

「―――続いてリュンセル1年生、どうぞ」

 

 そう呼ばれ、待機している場所から前に出る前まで射っていた3年の先輩が待機エリアへと入れ替わる様に戻ってくる。すれ違う様に前に出ながら白線の前で足を止め、配布された統一規格の弓を手にし、矢筒から一本の矢を引き抜く。矢を握った手をぶらりと下げながら、正面へと視線を向ける。数百メートル先―――200メートル先では木製の鳥が台の上に設置されている。それを射抜けば良いというのがこの競技らしい。実にシンプルだが特にやりがいは感じないなぁ、というのが本音だった。相手が一切動かない事に違和感しか覚えない。

 

 ―――これなら中てて当然ではないか。

 

 弓を構え、矢を番え、そしてノータイムで矢を射る。

 

 当然の様に矢は目に突き刺さった。

 

「リュンセル1年生、命中。引き続いて50メートル引き離します」

 

 台が更に50メートル奥へと運ばれ、新たな木彫りの鳥がそこに乗せられる。こんなもんでいいのかなぁ? と思いながら自分の出番は終わったので、待機場所へと戻って行く。それと入れ替わる様に呼び出された2年生の先輩が白線まで進んで行く。弓を握って進む姿はやや緊張している様にも見える。待機エリアまで戻ってきた所で、軽く振り返りながら観客席の方へと向ける。そこには自分の友人を初めとした様々な人に、多くの学生や教師の姿が見えた。それも当然だ。

 

 ―――これは年に一度ある弓術の大会なのだから。

 

 剣等とは違いやや実力が計り辛い弓という武器、その武芸の成長を実感する為の場所でもある。本来は1年生は参加する事が出来ない大会ではあるのだが、今回は自分だけ特例という事で参加を許して貰っている。無論、それは自分の年齢と腕前が1年生という枠に収まるレベルではないから、という事に理由がある。それに2年生の先輩なんかまだ16、17歳だ。年下なのだ。なので20歳である自分も参加許可を得られた。そう、これには自分から参加したのだ。

 

 ―――優勝賞金が出るから。

 

 全身全霊を持って挑むしかない。武神エルクレセルよ、我が武芸の冴えを括目せよ。

 

 そんな事を考えながら正面の景色を眺めていると、2年の先輩がミスり、3年の先輩が中てた。それに続く様に前に出る。木鳥の場所を確認したら矢を抜き、番え、そのまま一瞬で狙って中てる。それだけの作業を完了させて即座に待機場所へと戻って行く。その作業工程には3秒も必要としない、この程度出来て当然の修練は重ねてきた。そしてそれを見た2年の先輩の順番が来る。一射外しているので、後のない二射目。

 

 十数秒間狙う様に動きを止めてから放ち―――外す。

 

 失格となる。

 

 これで残されたのは己と3年の先輩だけだった。更に50メートル奥へ、300メートル地点へと移動される木鳥を眺めながら横に並ぶ先輩が口を開いた。

 

「いやぁ、流石五傑衆と呼ばれるだけはあるねぇ。構え終わってから放つまでの時間がほぼノータイムなのにはびっくりするよ」

 

「そうなのか?」

 

「いや、だって、狙う時間は必要だろう?」

 

 先輩のその言葉に首を傾げると、先輩の名前が呼ばれる。去る前に先輩に伝える。

 

「矢とは射ったら中るもんだろう? そこまで難しい話じゃないだろう」

 

「……あぁ、成程。根本的に違うのか……こりゃあ優勝は無理そうだな」

 

 苦笑しながら去って行く先輩の背中姿を眺め、首を傾げる。流石3年生だけあってその射撃は堂々としたものがある。だがその態度から自分とは見ている世界が違うのだ、そういう事が伝わってくる。それであぁ、成程、この弓を射る感覚は普通ではないのだ、と、時間をかけて射撃する他の皆の様子を見て漸く理解する。だがそれを理解した所であぁ、そうか、悪かったな。程度にしか思えない。まぁ、才能とは所詮そんなものなのだろう、と300メートルの射撃を成功させる先輩を見ながら思った。この程度の距離で間違えそうにはない為、自分だったら今まで通り一瞬で済ませるだろう。

 

 ―――そして予想通り、一瞬で終わる。

 

 そのまま、先輩との勝負は450m地点まで続いた。450m地点で先輩が失敗し、それを自分が成功させたところで大会の優勝者が決定した。余興に500メートル地点を射らせてもらい、早打ちで三射全てを木鳥の目に叩き込んだところで大会は本当に終わりを告げた。

 

 

◆

 

 

「―――それじゃあレイの優勝を祝って乾杯ー!」

 

「乾杯!」

 

 ビールの注がれたジョッキを叩きつけてそれを一気に呷る。苦い液体が喉の奥へと流し込んで行く感覚を味わいながら一気に息を吐き、これだ、これをずっと求めていたのだ、とジョッキを木製のテーブルに叩き付けた。そこから皿の上に並べられた串焼きに手を取る。シンプルに塩で味付けされた串焼きは質素なものの様に見えるが、その焼き加減には職人の技が見える。刺さった肉を頬張るように噛みつけば、即座に口の中に肉汁が溢れ出すのを感じる。

 

「あ゛っ゛―――……この組み合わせは人をダメにする」

 

「はっはっは、気持ちは良く解る!」

 

 笑いながらクラウが横の席で串焼きとビールを片手に同じように肉とビールという最高の組み合わせを堪能していた。ここにいるのは無論、クラウだけではなく、弓術大会で応援に来てくれていた知り合い、友人たち全員がいる。数はそう多くはない。元々交友関係が広いタイプでもないのだ。とはいえ、五傑衆、レグナ、クラウ、そして最後にクレアまで揃っていると結構賑やかになってくる。その中にはシスティナの姿もある。当然だろう。

 

 この祝勝会は優勝賞金を使ってやっているのだから。

 

 テーブルの反対側ではレグナが凄い勢いで肉にがっついており、凄まじく周囲からの視線を受けているが、店の女将は逆にそれを気に入っているのか笑いながら次から次に料理を運んでは並べてくる。それに舌鼓を打ちながらも、あまりにハイペースに飲み食いするのも勿体ない、とペースを落とす事にする。

 

「それにしてもレイさん本当に凄かったですね! こう、バビュン! シュパッ! シュバッ! グサッ! という感じに一瞬で勝負を決めちゃうんですから」

 

「擬音系が多すぎて意味が解らなくなってるけど……まぁ、確かにあそこまで格が違うともはや勝負になるかどうか以前の問題だよな。傍目に見るとお前ひとりで全員蹂躙し切る様なもんだったぜ、アレは」

 

 パンダが串から抜いた肉を笹で包みながら話す―――笹で包みながら、というところで二度見をする。本当にマイ・笹を持ち込んで肉を笹と食っていた。どういう事だろうか、これは。そう思いながらも脳が理解する事を拒否するので、そのまま無視して話を続ける。

 

「蹂躙、と言われてもな。これぐらい出来なきゃ生きていられなかった環境だったし、これぐらい出来て当然って感じに親父には教えられていたからな。とはいえ、こっちに来て漸く自分の異常性ってのを認識しつつあるよ。俺、結構凄かったんだな」

 

「凄いというか化け物だよ。弓は狙って射る武器だぞ? なのに狙う時間が必要ないってどういう事だよ……」

 

「狙う暇があったら死ぬだろ?」

 

「そこが異次元なんだよなぁ……」

 

 そう言いながらも笑い声を響かせる。実際、今回の勝負、或いは大会は丁度良い定規だった。ロシュ・フォールは君の弓術は異常であり、ありえないと言っていた。当初、その意味が自分には全く解らなかった。1年の授業では弓術を選択する事も出来ないし、ガラムも弓を教える事は出来ない為、明確に競い合える相手がいなかった―――だがこうやって漸く誰かと競い、この学園におけるトップランクを目撃し、その腕前を把握した事で漸くどれだけ自分が異常なのかを理解出来た。その上で優勝賞金も手に出来たのだから、良い日だった。

 

「ま、めんどくさい話は止めにしよう。折角酒と肉があるんだし」

 

「そうそう……というか今日は本当に奢りでいいのか?」

 

「どうせ遊ぶ為に金を稼いでるんだし、これぐらいぱぁーっと使わないと損だからな。システィナを見習えよ」

 

 システィナを見れば一切会話に参加せずにひたすら肉と野菜をバランスよく食べ続ける姿が目撃できる。あの女、他人の金で肉を食っている癖に一切に会話に参加する気がないのだから図々しいというレベルを超えている。もはや尊敬できる領域のふてぶてしさだった。視線が一斉にシスティナへと向けられ、それをシスティナは受け止めるが、気にする事なく肉を食べる。

 

「あの女を見習え。奢ってもらってるのにありがとうの一言もなく当然のように食ってるあの乞食女を」

 

「ひょ、評価が酷いですね……」

 

 クレアがそう言うが、システィナに関してはそんなもんだ。この女を物理的に止める事の出来る人間はいないし、精神的にもシャットアウトしているので言葉は届かない。若くながらもまさに神と呼べるだけの暴虐の塊だった―――とはいえ、暴力的な方向へは一切それが向けられていないから助かるのだが。

 

 あーやめだ、やめ。なんでこんな時に不愉快な女の事を考えなきゃいけないのだ。止めよう。

 

「そんな事よりも夏季三の月が近いし、夏季の休校が見えてきたな……確か一か月丸々休みなんだっけ?」

 

「そうだぜ。ヴェルグ学園では夏季と冬季で一か月ずつ長期の休みが入る。その間は授業を一切行わない……けど、まぁ、教室や施設は開いているから単位の取得が終わっている場合と特に状況は変わりはしないんだよな、これ」

 

「まぁ、長期の休みは離れているご両親と逢う為の時間ですからね。学業がメインで学ぶ事を至上としているこの学園ですから施設の閉鎖だけはありえないんですが、それでもやはり長い間家族から離れていると寂しくなって、それが意欲とかに影響するから帰省用の長期休みがあるそうですよ。私は用事もないので学園に残るつもりですが……皆さんはどうなんですか?」

 

 クレアの言葉を聞いて、一か月程度では辺境に向かうだけで終わるな、と苦笑してしまう。必然的に自分は居残り組だろう。戻るだけの理由も存在しなかった。

 

「俺は一旦帝都に戻る。父上に顔を見せないと拗ねそうだしな」

 

「あ、私も帝都に一旦帰省予定です。休みの間はなるべくお婆ちゃんと時間を過ごしたいので」

 

 レヴァン、そしてサアキはどうやら帰省予定だったらしい。正直な話、レヴァンの背景に関しては朧げながら、どこの所属なのかを察知してある。そもそも子龍を卵から育て、所持出来るだけの家柄のある貴族なんてものは限られている。つまり彼は貴族ではなく―――まぁ、そこは良いだろう。サアキの方は確か両親がおらず、祖母と二人暮らしだった事らしいから、一人にしておくことは心配なのだろう。その気持ちは解らなくもない。

 

「竹林に戻っても笹食う以外の事がねぇしな、俺はこっちに残るぜ」

 

「テメーこっちでも笹しか食ってねぇだろ」

 

「おいおい、笹はエネルギー補給、健康改善、肉体改造に適している万能フーズだぜ? あまり笹を舐めるんじゃねぇよ……?」

 

 顔面殴り飛ばしてやろうか、と思っていると横からクレアがまぁまぁ、と宥めてくるので渋々ながら振り上げようとしていた拳を下ろす。

 

「システィナは―――」

 

「残る」

 

「解りやすいな。クラウは?」

 

「俺か? 実家に帰るのもつまらないしなぁ……。学園に残ってる方が楽しいだろうし帰省は見送りだな」

 

 となるとここにいる面子で残るのは自分、クラウ、パンダ、システィナ、そしてクレアだ。ちなみにキチガイ研究会も一応この祝勝会に呼んだのだが、それよりも今回の大会で記録したデータを転用したいと張り切って研究室へと飛んで行った―――まぁ、あの様子を見る限り絶対に帰省とかする訳がないよな、という感じだった。

 

 ふぅ、と息を吐きつつ椅子に寄りかかり、酒を口にする。苦学生である自分が普段はこんな豪華な事が出来る訳ではない。サアキの護衛以外にもアルバイトは増やしている。基本的には素材採取の護衛だか、或いは魔物の部位の一定数の納品等の依頼だ。そう言う事をこなしてアルバイト代を稼いでいるが……それでも生活が豊かになる訳ではない。フルタイムで働いている訳じゃないのだから、当然と言えば当然の事だった。

 

 だからこうやって大人数で集まって飲み食いできる機会は、実はそんなにない。手作りの料理とかでパーティーするならまだ話は別だろうが、こういうちゃんとしたお店で食べるのは無理だ。

 

「……悪くはない」

 

 純粋な感想だった。こんな時間も、悪くはない。そう思って小さく微笑む。

 

「楽しそうですね、レイさん」

 

 クレアが声をかけてくる。その言葉にそうだな、と小さく苦笑した。

 

「正直な話、ここまでここでの生活が楽しくなるとは一切思っていなかったんだ、俺は。辺境から出てきたばかりの俺は都会という物に対してもっと怖いイメージを抱いていた。学園そのものに対してそこまで期待を抱いていなかった、というのもまた正しいんだがな。だからここまで笑えるようになるとは一切思っていなかった。正直に言えばもっと辺境での生活の延長の様なもんだと思ってたのさ」

 

「だけど違ったんですね?」

 

 あぁ、と呟く。

 

「……もうちょっと若い頃にこういう出会いが欲しかったな」

 

 20過ぎてから漸くこういう楽しさに巡り合えたのはいいが……少しだけ、寂しい。

 

 

◆

 

 ―――夏季。それが二の月にもなると凄まじい暑さになってくる。太陽の光はもはや熱線と呼べるレベルにまで上がり、外を歩くだけで体力を奪う程になる。その対策にサアキが作った水冷石を懐に忍ばせているが、そのおかげで暑さをいくらか緩和出来ている。当然、熱の全てを緩和出来ている訳ではないが、それでも多少緩和すればそれで耐えきれるぐらいには熱に対する慣れはあった。元々、陽の下で走り回る事が多いのだから、当然といえば当然なのだろう。だがそんな熱に全員が耐えられる訳ではなく、割と死にそうな顔で歩き回る学生の姿が見える。そんな表情を眺めていると此方までやられてしまいそうなので、素早く目的地へ、

 

 学生課へと跳びこんだ。

 

 校舎同様に空調が効いていて常に涼しさを保っている学生課はオアシスだった。ここにいる間は熱波から逃れる事が出来る。その為、自分以外にも逃れる様に一時的に学生課で涼む姿が見える。そんな姿を目撃しながらも人の間を避けて掲示板へと向かって行く。その際に向けられる畏怖の様な視線には一週間で慣れてしまった。今までも五傑衆という目立つネーミングを与えられたグループにいただけあって、その手の視線は受けていたのだ。それが少しだけ強くなった程度、問題はない。

 

 ともあれ、掲示板の前へと移動する。暇な時間は基本的にアルバイトに回している―――それはロシュ教授にも推奨されている為、問題のない行為。それに少し前の優勝賞金で懐が潤ったとはいえ、お金はどれだけあっても困らないものだ。何時、何が必要になるか解ったものじゃないのだ。だったら溜めておける時に溜め込まなくてはならない。その為、夏季休校が近づいてきた今でもこうやってアルバイト探しに精を出す。

 

「ば、ば、ば、バイトー……と、いいのねぇかなぁ」

 

 掲示板に張られる大半の依頼は学生が自分の研究などで行う手間を削減する為のものであり、メインは創造タイプの分野にいる学生がXXXを持って来てほしい、とかいうタイプの依頼にある。だが定期的に学園側からも《賞金首》と呼ばれる魔物を作成し、それを人工ダンジョンに放逐、懸賞金を付けて討伐を学生に任せている。これらは戦闘系列の学生に対して比較的に大きな金額を入手する為のチャンスを与えるのと同時に、命を懸けて戦う強敵との経験を積む為の措置でもある。

 

 安全に戦えばいいのではないか? とは思うかもしれない。

 

 だが安(・)全(・)が(・)守(・)ら(・)れ(・)た(・)状(・)態(・)で(・)は(・)学(・)べ(・)な(・)い(・)事(・)も(・)あ(・)る(・)のも事実だ。

 

 たとえば模擬戦の回数を増やせば殺すという事に対して意識しなくてもブレーキがかかってしまう人間がいる他、殺(・)さ(・)な(・)い(・)という事に慣れてしまう場合がある。後者は殺し合う場合においては致命的なミスに繋がる。また命を懸けなきゃ実力を発揮できないという人種は存在するのだ。そういう才能を発掘する為にも死亡する可能性というのは必要だったりする。完全な安全を守って強くなる、なんてのは傲慢な考えだ。

 

 強くなるためには何かを捨てなくてはならない。

 

 それは関係性だったり、人間性だったりする。

 

「ふむ……指定エリアの大半が2年か3年か」

 

 掲示板に張られている依頼のほとんどは採取、或いは作成依頼であり、賞金首の依頼も1年には存在しなかった。当然ながら1年の間は選択できる授業が少なく、特殊な許可を持っていなければ専科に集中する事は難しい。その為、研究室を持っている1年はごくわずか、その中でも依頼をしてまで素材を必要とするのは更に僅か。入れるエリアも作成できる範囲も少なく、誰かにお使いを頼む必要はない。

 

 それに比べて2年・3年となると授業の範囲が増え、そして同時にやりたい事にのみ集中できるようになる。複数人で集まってクラブや研究室で専門の研究を始めると時間が足りなくなり、増えたダンジョンの探索の時間を研究に当てたくなる。その場合、やはり潜れる人間に頼まざるを得ないだろう。それに夏季休校となれば纏まった時間が捻出できるようになる。授業がない分、自分の好きな事に集中するだけの時間が生まれるのだ。その為、夏季休校前に依頼を出して素材を集めさせ、休みの間はひたすら引きこもって研究……と、勤しむらしい。

 

「ダンジョンの解放ペースは変えてくれないからなぁ、教授は」

 

 安全性とかの問題を考えているのだろうし、判断としては正しい。ただ、目の前で選択できない依頼があるのを考えると少々悔しいと言っても許されるだろう。選択できればそれはそれでいいお小遣い稼ぎになるだろうし。何せ、2年や3年の依頼は1年向けの依頼と比べて高額だし、何よりも賞金首に付く値段は3年生ので1年生向けの賞金首と比べ、その値段は最低で5~6倍はある。それだけの危険度を孕んでいるというのは事実だが、それとは別に一回の討伐でそれだけ金が出てくるのは羨ましい話だ。

 

「どうにかして上の賞金首と戦う方法はねぇかなぁ……」

 

「―――あるぞ」

 

 そんな言葉に振り返れば、見た事のない男の姿があった。服装は学園の制服だが額に黄色いバンダナを巻いた褐色肌に白髪の青年の姿だった。その見た目からすると……年齢は俺と同じぐらいだろう。しかしその褐色肌の色と髪の色には覚えがある。

 

「砂漠の戦士か」

 

 砂漠の戦士とは南部のコーテル砂漠に住まう砂漠に生き、砂漠を流離う部族で魔物と戦う事を専門にしている者達の事だ。特殊な曲刀を使って戦う彼らは砂地という不安定な足場、そして遮蔽物のない砂漠という環境で戦う事に適応した人種だ。

 

「噂は聞いている、辺境の戦士。俺は3年、ナバールだ」

 

「1年、エルディレイだ」

 

 手を出し、握手を交わし合う。握った手からどれだけ鍛錬を積んできたのか、それが年月という単位で理解出来る。良く鍛えられた戦士だ、と手を交し合うだけで解った。戦士として信用・信頼できる手の強さだった。ともあれ、手を放しながらどういう事だ、と言葉の続きを求めた。

 

「確かに低学年はダンジョンに対する侵入制限がある。だがそれは監督する上位学年がいれば話は別だ。ただ最低限の規則として一人の下級生に対して二人の上級生が必要となるだけだ」

 

「それは初耳だったな……」

 

「2年になった時に教えるからな。1年の時に教えると1年生が暴走しかねない」

 

「あぁ……」

 

 それなら確かに納得できる理由だな、と思っているとナバールの背後からまた見知らぬ学生が近寄ってきた。此方はナバールとは違って白人種だった。ピンクブロンドのツインテールで髪を結っている少女だった。

 

「あ、ナバールいたいた。それに有名人くんもいたわね。ハロハロー、私は3年のフィリス。よろしくね?」

 

「よ、よろしく」

 

 此方はナバールとはうって変わって物凄いキャラの軽い女だった。ナバールとフィリスの並びは非常に違和感のある並びだった。とはいえ、二人とも3年生である事を考えると、少しは敬意を見せた方がいいのだろうか? そう考えた所で気にするな、と察したようにナバールが声を先にかけてきた。

 

「俺もお前も年代は一緒だ。生まれは違えども同じ戦士、であるならば対等で良いだろう。それよりも《飛翔の山》の頂上を根城とする賞金首の討伐を行いたい―――一緒に狩らないか?」

 

「……いいのか? 俺としては非常に助かるが」

 

「弓術大会で武芸の冴えを見せて貰った。あれだけの弓技、ここで匹敵する者を見つける方が難しいだろう。それだけの武ある者と肩を並べるのは誉だ」

 

「む、そうと言われてしまっては断れないな。その言葉を裏切らぬよう全力で力を貸そう」

 

「うわ、すっごい男の空間って感じのが出来上がってる。やめやめ、漢臭いからやめー!」

 

 ナバールと話していると間にフィリスが割り込んできた。片手でチョップを叩き込みながら割り込み、そして会話に加わってくる。

 

「本当に普段は言葉数が少ないのに、波長の合う相手だと饒舌になるわよね……それよりも、私達は《飛翔の山》の頂上、つまりは3年用のエリアCに行きたいの。普段はこいつとコンビでやってるんだけど、頂上部は小型の亜竜(ワイバーン)とかが生息するわ。竜や龍程じゃないけど、それでも高い魔法への抵抗力とか持ってるから、出来たら銃か弓の飛び道具の使える後衛が一人欲しかったのよ」

 

「という事で俺、か。任せてくれ。亜竜程度なら問題なく狩れる」

 

「だろうな」

 

「その信頼はどこから来てるのよ……」

 

 フィリスは呆れながらも、どこかやや此方を疑っているような視線を向けている。まぁ、此方は年齢が同年代とはいえ、まだ1年生なのだから、それが引っかかっているのだろう。となると実地で証明する他ない。

 

「何時からの予定だ?」

 

「上るのに時間がかかるし、昼を食べてからって事にする予定だったけど」

 

「あい、解った。装備を整えて来る。臨時収入で懐が潤っているんだ、少し多めに矢を使っても問題ないだろう」

 

 実戦データがあればあるだけ、弓の作成を頼んでいる連中も張り切ってくれる。ダンジョンに挑むと決まればここでたらたらやっている必要もないナバールとフィリスに集合の場所と時間を聞いて、一旦別れる事にする。その他にも山登りは時間と体力が必要となる為、事前に申請しておく必要がある―――そういう準備も必要である為、山登りは面倒ではある。

 

 だが山を探索するのは辺境に住んでいた以来の事だ、ワクワクを抑える事は出来なかった。

 

 

◆

 

 

「来たか」

 

 静かにそう呟くナバールと、此方へと手を振るフィリスの姿を見つける。ナバールの格好は変わらないが腰には曲刀が装備されており、フィリスは魔術師向けのマントを制服に装着しており、魔道書を腰のバインダーから吊るしていた。剣士と魔術師という最も基本的な構成だった。それに対して自分も手を振り返す―――格好は何時も通り、レンジャー装備になっている。だがいつもと違う点はマッドから新しい弓を受け取ったのと、そして矢、そして食料や水の類を何時もよりも多めに用意してきた事だろう。

 

「俺が最後か、待たせた」

 

「いや、さっき来た所だからそこまで待っていない」

 

「それよりもこっちの方は初めてだし、軽く説明しとく?」

 

 頼む、とフィリスに言葉を告げながら正面の山道から続く山へと視線を向けた―――学園の裏手に存在するその巨大な山の頂は雲を抜けているとさえ言われている。実際、雲にその切っ先が突き刺さっているのは下から見える。これだけの山を一体どうやって用意したのだろうか、というのは気になる所だった。

 

「えっとね、《飛翔の山》は神からの対価として生み出して貰った山らしいわ」

 

 確かに神の奇跡であればこれも叶えられるだろう―――一部の神々は信仰心の厚い信徒等の願いに対しては真摯に向き合ってくれる。自分が信仰する武神エルクレセルも命(・)と(・)引(・)き(・)換(・)え(・)に(・)す(・)る(・)覚(・)悟(・)と(・)そ(・)れ(・)だ(・)け(・)の(・)信(・)仰(・)心(・)に(・)偽(・)り(・)の(・)な(・)い(・)心(・)を持つのであれば、奇跡の一端を貸してくれるだろう。故に神の奇跡の産物だと言われれば納得できる。ただし、その対価はどんなものだったのだろうか? それも学園の為に? と首を少し傾げざるを得なかった。

 

「基本的にこの山でのエリアは高さ毎に切り分けられてるけど……ぶっちゃけ、登って移動するのは面倒でしょ? だから《修練の森》とは違ってそれぞれのエリアの入り口を結ぶ転移像が存在するのよ……これね」

 

 そう言ってフェリスは横にある女神像に軽く手を触れた。緩いドレス姿の女神像は美しさをそこに永遠に残している様にさえ見える。

 

「冒険の女神エリン様の象ね。なんでも一定範囲内であれば像同士でリンクを形成して、像の間での転移を行えるようにする遺物なのよ。とはいえ、遺物―――発掘品で、古い遺跡とかからしか出土されないから貴重品よ。壊したら間違いなく首が飛ぶから注意ね」

 

 その言葉にコクコク、と頷く。乱暴に扱うのは絶対に止めよう、と。

 

「この山は全部でAとBとCのエリアで分かれている。俺達の目的地はCから更に上った先にある。遭遇によっては帰りは明日の朝になるかもしれないが……大丈夫か?」

 

「単位は取得し終わっているし事前の申請も終わらせている、問題ない。それよりも3年で許可の出る狩猟相手というのに興味がある」

 

「ナバールと同類ね、貴方……」

 

「戦士だからな」

 

「戦士だからだな」

 

 同じ戦士同士、ナバールとは波長が合う。それを見てフィリスが溜息を吐き、呆れた様な表情を浮かべてくるので、苦笑しながらフィリスの先導に従って女神像に近づく。どうやら魔力を通す事でその機能を使用する事が出来るらしく、魔術師のフィリスが女神像に手を乗せ、魔力を注ぎ込んで行く。

 

「それじゃ、エリアCに跳ぶわよ」

 

 そう言うと足元に魔方陣が出現し、一瞬の閃光と共に視界が切り替わる。その直前に感じ取ったのは膨大な術式と時空属性の発現だった。転移も確か時空属性の産物だったな、と思い出しながら視界が切り替わった。一気に酸素が減る感触と共に、空気圧の変化と風の強さを肌で感じる。マントが風に揺れながら場所の変化を如実に伝える。

 

 振り返りながら視線を背後へと向ければ、下へと続く獣道と、そして眼下に広がるヴェルグ学園の姿が見えた。

 

「すげぇなぁ……」

 

「本当は3年からじゃないと見れない景色なんだから感謝しなさいよ?」

 

「ここから先は徒歩だ。目指す頂上は常に雲の切れ端によって太陽の光を浴び続ける場所だ。本当に頂上という訳ではないが、現時点で学生が許可される範囲で登れる一番高い場所だから頂上と呼ばれている場所だ。そこを目指す」

 

「了解。そっちのがここの知識と経験もあるし、従う事にする」

 

 左手に弓を背から取り出して握る。矢を矢筒から一本抜き放ってそれを常に片手で握りながら、ナバールの先導の下、エリアCの探索が始まる。足元は整備されていない踏み均された獣道とも呼べる状態にあり、訓練されていない人間であれば歩くだけで体力を消耗するものだろうが、ナバールもフィリスもどこか、慣れた様子がある。

 

「二人はコンビで?」

 

「1年の頃からな」

 

「もう、ナバールったら誰とも話さずクラスの端っこにいるのよ? 明らかにつまんなそーな顔をして! だから私が引っ張り出してやったのよ! 2年になってからは後輩とか出来て色々とマシになったけどね」

 

「1年の頃は……まぁ、価値観の問題があったからな。2年になるころには文化も考えも人それぞれ、と学んだだけだ」

 

「この可愛げのなさだけは一生もんよね……って亜竜(ワイバーン)が来るわよ!」

 

 話し始めた直後、風を打つ翼の音が聞こえてくる。進行方向へと視線を向ければ、その空に緑色の鱗に包まれた亜竜の姿が見える。飛翔するのは3匹程、此方をどうやら捉えたらしく、鼻息荒く滑空してくるのが見える。

 

「あいつ等魔法への抵抗力高いから空から落とさない限り相手するのが面倒なのよね」

 

「まぁ、今回はそれに関して問題ないだろう。……頼んだぞ、後輩」

 

「任せろ先輩」

 

 矢を弓に番える。機械弓は度重なる改良によって耐久度が飛躍的に上昇している他、魔力への大幅な耐性も取得している。破壊するたびに前よりも良い性能の弓を用意してくるあの4人組の探究心に関しては脱帽する他ない。段々と手に馴染むような使い易さを感じ始めている。そんな事を考えながら滑空する亜竜を見る。距離は200メートル程で真っ直ぐ此方へと向かってきている。

 

「―――余裕だな」

 

 矢を放つ。一瞬で放たれた2連射が先頭の亜竜の両目を穿ち、空中で悲鳴を起こしながら動きを乱した。それに並び追従する亜竜が先頭の一匹に衝突する。それで一気に3匹の体勢が崩れた。亜竜は竜と比べれば弱いが、それでもその鱗は強靭なものだ。殺すのなら鱗のない部分から縫う様に射殺せば良い。

 

 故にノータイムで続けて3連射入れる。

 

 矢が一本ずつ亜竜の首筋に突き刺さり、それと同時に亜竜の首が爆発する様に吹き飛んだ。

 

「火袋か」

 

「竜だと首下までが堅牢になっているから無理だが、亜竜程度なら首の中にある火袋を射抜けば勝手に爆発して死んでくれるからな、楽な相手だ」

 

「あぁ、うん。ナバールが誘った意味もこれ以上必要ないって理由も解ったわ。3年にいても実力はトップクラスありそうね……というか露払いしない?」

 

「いや、矢は多めに持ってきているが数に限りがある。それに他人にだけ任せればよい、自分だけが戦えば良いという考えを戦士は持たない」

 

「至言だな」

 

「戦士の世界が良く解らない……」

 

 宗教と信仰の考えと似たようなものだから、解る相手には解るが、解らない相手には伝わらない。ただナバールの生活と思想は此方と似た様な物らしく、ウマが合うのだ。デキルならもうちょっと早く―――春季の始まり頃に逢いたかったなぁ、と思わなくもない。その方がたぶんもっと楽しかっただろう。とはいえ、文句を言っても仕方がない。

 

「亜竜は任せろ。一匹たりとも近づけないからな」

 

「陸の魔物は俺に任せろ。フィリス」

 

「はいはい、私は魔力を温存して補助に回ればいいんでしょ? 賞金首までは楽をさせてもらう事にするわね」

 

 獣道を再び頂上へと向けて歩み始める。このやや酸素が薄くなってくる感覚は懐かしさを思い出させる。呼吸を浅くしながら体の動きに流れを作り、そして体内の揺れを制御する。そうやって体力の消耗を防ぐのだが―――そういう動きに関してはナバールの方が上手の様に見えた。流石砂漠の民族だけあって、体制御に関する技術が一つ抜けているな、感服するばかりだった。そしてそれは戦闘になってからも変わらない。

 

 道を塞ぐように飛び出してきたのは狼の魔物だった。茶色の毛皮は周りの風景に溶け込むような色をしており、大人しく気配を殺せば索敵を得意とするもの以外からは姿を隠せるだろう。群れで出現した狼は上から飛びかかるように登場すると数で囲んでくる。当然狙ってくるのは後衛に位置する自分とフィリスになる。上から飛びかかってくる気配と影に対して即座に速射を叩き込んで自分とフィリスの安全を確保しても、後方に4匹、前方に3匹という布陣で囲まれる。

 

 そうやって囲まれる―――直前に、既にナバールは動き出していた。

 

 足元がまともに整備されていない道であり、早く走ろうとすれば足を滑らせそうな環境であろうと関係なく、姿勢を低く、一瞬で踏み込みと同時に狼の首を狩り落としながら流れるようにカトラスを振るい、3匹を一瞬で処理した。瞬殺とはその言葉に相応しい。強靭に鍛えられた足腰に剣士としての特殊な歩法を鍛錬で積んでいるな、と判断しながら狼から離れる様に飛びのく。その動きに合わせて狼が飛びかかってくるが、それよりも早くナバールが踏み込み、残りの4匹を切り捨てた。

 

「この程度だろう」

 

「何がこの程度よ。普段はそんな張り切って戦わないでしょ。後輩の前だからって張り合わない」

 

「……」

 

 直後、フィリスに怒られて少しだけナバールが意気消沈していた。もしかしてこの二人付き合っているのだろうか? まぁ、流石にそれを詮索するのは野暮というものだろう。しかし地上戦だと本当に恐ろしいぐらいの技量があるな、と思えた。

 

「その瞬発力は俺には真似できないな」

 

 果たして何年間鍛錬を続けてきたのだろうか? 不安定な足場で生まれ、育ち、そしてそれでも足腰を鍛え続け、その上で更に鍛錬を重ねる。鍛錬を重ねるだけではなく効率的に鍛錬を管理し、そしてそれをひたすら繰り返し続けて当たり前の様にこなせるようになっている。先ほどナバールが見せた動きはそういうものだ。自分にはまねできない。生まれ持った環境とそして鍛錬の賜物だ。

 

「それを言うのならお前の弓術の腕も同じものだろう。多くの者はそれを才能のみと見るが、それは違うだろう。指先の異常な硬さからどれだけ指を切り、それでも治療して繰り返してきたのが伝わってきた。まるで鋼の様な手だった。才能に胡坐をかかず、それでも鍛錬を重ねてきた戦士の手だ、俺が真似した所で到底到達できそうにない程のな」

 

 ナバールがそう言い返し、互いにふ、と笑い声を零す。

 

 それを見てたフィリスが間に跳びこむ。

 

「その男の世界止めろ」

 

 仕方がないなぁ、と溜息を吐きながら歩き出すと露骨に不満げな表情を浮かべてフィリスも歩き出す。三人で陣形を崩す事無く、再び頂上へと向かって歩く。戦闘を挟んだとはいえ、ほとんど消耗はなく、足場がやや不安定である事を除けば安定した旅路となる。フィリスも流石にここに来る3年生だけあって、山肌を進む足の動きはどこか、慣れの様な物を感じさせる。

 

 3年生の平均が解らないが、どちらにしろ、二人とも信用できる実力はある。

 

 そんな事を考えながら奥へ、奥へと向かって進んで行く。

 

 久しく探索していなかった山という環境なだけに、テンションは高かった。生息する魔物も辺境にいたものと比べると弱いのは事実だ。だがそれを加味しても、3年で討伐できる魔物とはつまり、1年や2年が取得できない素材がある事でもある。特に竜、亜竜もそうではあるが、その体には無駄がないと言われるレベルで素材になる。サアキの様なマジックバッグは所有していない為持ち帰れる素材、持ち歩ける素材は限定されるが、それも爪や牙だけでも非常に良質の素材となるだろう―――つまりサアキに高値で売り付けられる。

 

 最高の臨時収入だった。

 

 ただそれとは別の意味でもこの探索は成果を出していた。五傑衆以外での探索なんてほぼやらない上、全体的に格下相手ばかり組んでいた為、やや実戦における連携が鈍りがちだったのも事実だが、ナバールという明確な強者が出て来てくれたおかげで久々に有意義な連携訓練も行えている。流石3年の戦闘を専科しているだけはあると思う、今から辺境に来て一緒に戦って貰いたいぐらいだった。

 

 足を大きく滑らせれば転落、そのまま真っ逆さまに山から落ちて死ぬというスリルがあり、強風が常に押し出そうと煽ってくる。そんな山の斜面を歩く久しい感覚が故郷を思い出させ、身体内の活力を漲らせる。何よりも、森とは違った山の魔物は殺意に溢れていた。卒業間近の3年生が修練や素材集めの為に利用する為のダンジョンエリアだけはある。

 

 亜竜は飛行しており、魔法以外の戦闘手段がなければ空から引きずり落とさない限り勝機が見えてこない。狼は群れで行動し、囲んで襲い掛かってくる。岩肌に擬態したスライムが突然飲み込もうと足元から襲い掛かってくる。起動するその瞬間まで岩にしか見えないゴーレムが通り過ぎようとすると目覚め、殴りかかってくる。

 

 ちゃんと索敵、或いは気配を察知できる人間、魔力の流れを察知できる技能がない限りはまともに探索出来ない。この山のこのエリアは、そういう難易度の場所だった。それだけではなく山登りの知識と技術も必要とされ、1年生であれば一人も生き残れず様に死ぬような難易度だろう。とはいえ、繰り返し鍛錬し、知識を整え、そして準備を完了させた3年生や登山経験者であれば話は別だろう。

 

 この殺しに来る意志の高さは森の中で中々感じられなかったものだ―――充足感を感じる。

 

 そして同時に、どれだけ学園生活が正しくても、自分が一番適応できるのは自然の中、命を奪い合うその環境の中であると自覚する。やはり、これでは騎士なんて到底無理だな、と判断する。どうあがいても戦士が限度だ。文化的なのは似合わない。守護者は似合わない。

 

 本能と誇りの戦士でいれば十分だ。

 

 ギラつく心を思い出しながら、山を登って行く。それは疲れ、そして苦しいとも言える道のりだが、逆に言えばそうでもなければ鍛錬にはならない。久しい感覚が体を支配して行く中、上へと向かえば向かう程魔物の襲撃が増えてくる。最初は陸と空で完全に分担し、フィリスの出番がない戦闘が続くが、段々とヴェルグ学園が小さくなってくる距離、空の色が変わり始める頃にはフィリスも魔術を使った妨害によって魔物の動きを制限する様に動かし、自分とナバールの戦闘力を最大限発揮する様に動いていた。元々そういう戦い方を専門として来ているのか、ナバールの動きに合わせて動くのは非常に様になっていた。

 

 そうやって頂上へと向かい続けると、一定の高度まで上がった所でパタリ、と魔物の出現が止まった。

 

 その代わりに、頂上から強い気配を感じる。

 

「基本的に頂上は休める場所にもなっているからな、魔物避けを設置してある……まぁ、学園側が用意した賞金首だけはこのルールに当てはまらないがな」

 

「だから倒せばそこで休んでから下山出来るわよ……と言っても、この感じだと下山は明日に回した方が良さそうね」

 

 段々と暮れて行く夕陽を見れば、頂上で用事を終わらせて下山を始める頃には夜になるのが見えている。そして夜の山を下山するなんて事は自殺行為以外の何物でもない。大人しく休める所で休むのが一番なのは間違いない。

 

「ま、倒してからの話か」

 

「そうねー……まぁ、倒せる事にもう疑いはないけどね。この面子で倒せないなら神格でも連れて来いって話よ」

 

「神格ゴリラ……」

 

「……?」

 

 システィナの異名に関しては身内ネタなのでやっぱり通じなかった。笹食い白黒に続いて笑いを取れるネタなのだが、やっぱり身内ネタは身内ネタか。そう思いながら矢筒を確認する。消耗しながらも回収してここまで来ている結果、残された鋼の鏃を持つ矢は全部で40本残っている。これなら極度に消耗しなければ余裕だな、と判断する。とはいえ、慢心は死を招くから余裕だ、という思考は排除しなくてはならないのだが。

 

「とりあえずやるか。相手は?」

 

「大型亜竜。今まで殺ってきた亜竜を大型化させて、更に竜に近づいた個体だそうよ。火袋の炸裂は狙えそうにないわね」

 

「じゃあ物理的に殺すか」

 

「それが一番だろうな」

 

「この男共と一緒に居るとまるで別世界に踏み込んだ気分になってくるわね……あぁ、もう! さっさと終わらせて夜営の準備しましょ!」

 

「あいよ」

 

「任せろ」

 

「返事だけはいいんだから」

 

 軽く笑いながら山を登って行き、やがて傾斜が緩やかになって行く。それと同時に威圧するような気配を頂上に感じる。待ち構える様な気配に武器を握りなおす。頂上が見えてくる頃には言葉数は減り、そして警戒しながらも足取りはやや強くなる。そのまま、頂上へと到達する。

 

 ここまで登ってくると雲が大分近くに見えてくるが、不自然に雲の切れ端が存在し、ぽっかりと空に穴が開いていた。そこから夕陽が差し込んでおり、綺麗なオレンジ色に世界を染め上げている。頂上と呼べる広場はやや整備されたように人工的な平らさと広さを持っているが、育つ素材は自然の物の様に思え、伸び伸びと育っている。それを証明する様に木が一本、力強く奥で育っているのが見えた。

 

 だがその前に陣取る様に存在するのは巨大な亜竜の姿だった。両腕そのものが翼となっており、後ろ脚の二足歩行で立ち、全身青い鱗で覆った、今まで戦ってきた亜竜と比べると二回り以上大きな姿をしていた。それこそ人間であれば噛まずにそのまま飲み込めそうな大きさだ。礼儀が良いのか、広場へと入って初めて大きく翼を広げ、去る様に威嚇してくる。

 

 その威嚇する亜竜の眼に矢が瞬きをするよりも早く二本、到達した。

 

 だが矢は眼(・)球(・)に(・)ぶ(・)つ(・)か(・)っ(・)て(・)弾(・)か(・)れ(・)た(・)。

 

「3/4竜って感じだな。目に刺さらない感じとか」

 

「手持ちの装備で鱗を貫通できるか怪しいところだな。剥ぐか」

 

「こいつらはほんとーにーもー」

 

 初手で目つぶしで来たら楽なのになぁ、と思いながら広場の中を走り始め、ナバールが一気に前に出た。飛び上がろうとする亜竜の翼の下から岩が突き出し、羽ばたこうとする亜竜の翼の動きを阻害した。それによって亜竜の飛び上がろうとする動きが妨害され、亜竜の動きが一瞬停止する。それに合わせてナバールが首筋を撫でる様にカトラスを振るった。火花を散らしながらカトラスが抜けるが、鱗は僅かな傷痕を残して破損には至らない。

 

 やはり硬い、そう思いながら矢を速射した。視認するよりも早く放たれた矢は亜竜の頭に衝突し、凄まじい衝撃音を鳴らしながら亜竜の表情を驚愕で染め上げながら頭を跳ね上げさせた。矢に備わる貫通力を全て衝撃へと変換させる特殊な射法―――その反動で射った矢の鏃が粉(・)々(・)に(・)砕(・)け(・)て(・)い(・)る(・)為、一射で一本矢が駄目になる、という大変不経済的な技となる。

 

 使いたくなかったが、竜クラスとなってくると相当な業物でもないと鱗を貫通したり切断する事は難しい。その為、一番有効な攻撃手段が打撃となる。脳を揺らし、そのまま脳を潰すのが一番簡単な殺し方だ。とはいえ、ここに鈍器を扱う仲間はいない。有効なのは土系の魔術での物理的衝撃だろう。

 

「ここだ」

 

 跳ねあがった亜竜の首の下に潜り込むとナバールがカトラスの柄を顎下に押し付け、そこに柄の上から掌底を叩き込んだ。轟音と共に亜竜の頭が更に跳ね上げられ、頭を守る鱗に罅が入る。

 

「はいはい、大人しくしててね」

 

 フィリスが言葉を吐きながら大地を操作し、腕を複数生み出す。それは亜竜の翼と足を掴み、逃亡する動きを完全に封じ込める。それに合わせて矢を射る。貫通力ではなく衝撃へと変換される衝突の矢は亜竜の動きを制限、阻害、崩す様に関節へと向かって打ち込まれて行く。翼の観察、そして膝を中心に叩き込む事で動きの始動、及びそのバランスを崩し、対応させるという選択肢をあっさりとそぎ落とす。

 

「二発目だ」

 

 噛みつこうとする亜竜を回避しながらナバールが二発目の衝撃を叩き込んだ。今度は亜竜の頭を覆う鱗が砕けて落ちる。その瞬間に速射で矢を一気に頭に突き刺し、その動きを縫い付ける様に停止させた。

 

 そして銀閃が煌めく。

 

 鋼が軌跡を描き、刃が頭に埋めてから振り抜かれた。削り落とす様に振るわれたカトラスは亜竜の顔を削ぎ落し、その顔の内側の構造を晒し、そこに矢と魔法が一瞬で突き刺さる。蜂の巣と言っても良い惨状に、もはや亜竜が生きているかどうかを確認する必要はない―――間違いなく即死だった。

 

「ふぅー……終わったわね。飛ばれてたら厄介だったから地上からの開始で助かったわね」

 

「飛ばれてたら矢が刺さらず魔法に抵抗する高速飛行する質量を相手にする必要があるからな」

 

「改めて考えるけど飛行している竜とは絶対に戦いたくないな」

 

 笑いながら賞金首の討伐を完了させる。その終わりはあっさりとしたものだったが、しかし同時に間違えれば誰かが大怪我を、或いは死亡するかもしれないという緊張感に満ちたものだった。敵を殺す時は一切動かさずに徹底して一方的に殺す、というのが基本な為、受ける事や時間をかける事は考えずに終わらせた。

 

 しかし、それでも達成感はあるし、久々に狩猟をしたような感触に、満足感があった。

 

 

◆

 

 

 鍋の中ではグツグツと音を立てながら肉が煮込まれていた。そこに放り込まれた香辛料等で食欲を誘う匂いが鍋からは湧き上がっていた。それは討伐した大型亜竜の肉を使ったシチューだった。亜竜の肉は臭みが強いが、血抜きしてから処理を行えばその臭みを大幅に抜く事が出来る上、煮込んで食べると非常に食べやすく、美味しい。やや残る臭みは香辛料等を使って誤魔化せばよい為、亜竜の肉を鍋にして食べるというのは一般的な食し方だった。ただあまり匂いが流れても困るので、軽い風の魔術で匂いが拡散しすぎないように注意するのは必要な処理だった。

 

 こういう時、様々な魔術を使える魔術師がいると本当に便利である。

 

 フィリスはそういうタイプの魔術師だった。適度にどの属性も幅広く使える代わりに跳び抜けたものがない。つまりは発想と器用さで勝負するタイプの魔術師だ。ナバールの様な一芸に特化しきったタイプの人物の相棒としては寧ろこういう器用なタイプが穴を埋められる為、良いコンビだったりする。

 

「お、出来てきた出来てきた」

 

「一狩り終えた後のメシの時間……止められないな」

 

「この時が楽しみでしょうがない」

 

 持ち込んできたお椀を渡せばそこに亜竜のシチューが注がれて来る。それとは別に用意しておいたパンを取り出し、パンでシチューを食べ始める。口の中にシチューとパンを軽く流し込みながら、たっぷりと息を吐く。

 

「はぁー……幸せ」

 

「食堂とかの整った食事もいいが、やはりこの現場で食べる雑な食事が忘れられない」

 

「なんというか、椅子に座って食べるのよりもそこで焼いたり軽く調理して食べる方が落ち着くというか……解るよな?」

 

「あぁ」

 

「雑で悪かったわね。おかわりはいらなそうね?」

 

 即座に謝る。メシには勝てない。鍋の下の焚火の明かりに照らされながら軽く笑い声を零しながら空を見上げる。ぽっかりと空いた雲の切れ目からは星空が見える。雲によって隠されない夜空は美しく輝いており―――その輝きは辺境で見たものと一切変わらず、どれだけ遠く離れていても、この空の下である事実には変わりはないのだと、気づかせてくれる。

 

「改めて誘って貰ってありがとう。良い経験になった」

 

「気にしない気にしない。先輩と後輩の間柄なんだから、年齢はどうあれ先達には甘えるものよ」

 

「お前は最初は疑っていたけどな」

 

「そりゃあ1年生の子をいきなり引っ張ってきてこいつ、連れてくぞ……とか言われたら疑いもするわよ」

 

 途中で入るナバールの声真似が絶妙に上手い。くすり、と声を零しながら、いやぁ、とシチューを食べ、お代わりに手を出しながら笑う。

 

「本当に良い経験だった。普段はもう少し適当にやっているからな……ここまでちゃんと連携組んで動くのは久しぶりだった。本当に楽しかった」

 

「……そうか。こっちも自由に動けて楽しかった。俺もフィリスも卒業までは後半年と少ししかないが」

 

「それでもまた組んでもいいと思えるぐらいには楽しかったわよ」

 

 パンをシチューにつけ、その上に軽く肉を乗せながら噛み千切る。体の内側から温まって行く感覚を感じながらも、ふぅ、と息を吐く。

 

「そうか、先輩たちは後半年近くしかないのか……もう卒業後の展望は?」

 

「俺もフィリスも旅に出る」

 

「旅に?」

 

「そ、こいつ、就職するつもりないらしいの。まさにダメ男よね」

 

 駄目男という言葉に露骨に嫌そうな顔をナバールが浮かべる。だがその選択肢が自分には非常に意外に映った。

 

「砂漠へと戻らないのか?」

 

 ナバールは砂漠の戦士であり、砂漠を出る事は滅多にない。故にここにナバールがいるのも非常に珍しい事で、自己研鑽が終わればそのまま砂漠へと帰るものだと思っていた。だがフィリスの話を聞く限り、ナバールに砂漠へと戻るつもりはないように思えた。それを聞き、ナバールが何故砂漠へと戻らないのかが気になってくる。この男は自分に近い男だ。そして自分は辺境へと戻る事を卒業後に考えている。だからこそ、砂漠へと帰らない事を気にする。

 

 それに対して、ナバールは答えた。

 

「―――世界は広い」

 

 シンプルに、その一言に全てが詰め込まれていた。

 

「俺は学園へと来て自分の世界の狭さを知った。学園へと来ても俺の帰るべき場所は砂漠だけだと思っていた。だがおのずと俺は自分の視野と世界の狭さを知った。勿体ない。確かに砂漠の戦士である事は誇りだ―――だが世界は広い。砂漠だけで一生を終えるにはあまりにも勿体ない。俺はそう感じただけだ」

 

 それは―――羨ましい、と思える事だろう。場所は違うが、育った文化は似たようなものだ。一つの環境で育ち、そして戦士として死ぬ。そういう文化の中で生まれたものだ。それ以外はあまり知らず、興味も持たないのが俺達だ。だがナバールはそれだけではもったいない、といったのだ。その結論へと至れたナバールが羨ましかった。

 

「変われたのか」

 

「さて、それはどうだろうか。あまり実感できる事ではないからな。……ただ、この学園での3年間は色々と学ばせて貰う3年間だった。多くの知らない事に触れ、そして学ぶ事の出来る3年間だ。俺はそこに満足している。そして砂漠に戻らないという選択を後悔していない」

 

 そこでズズズ、と音を立ててシチューを飲みながら、ナバールが言葉を区切り、

 

「……3年間ある、ゆっくりと知るのも悪くはないだろう」

 

 その言葉にコクリ、と頷く。まぁ、卒業の事を考えるのはまだ早いか、と心の中で呟きつつも、話題はそこから変わる。今度の話題の内容は今、帝国で巷を一番騒がしている事に関してだ。つまりは帝国と王国の戦争だ。

 

 帝国の名をグリンバルド、

 

 王国の名をアルゼレアという。

 

 領土の大きさで言えば帝国の方が遥かに大きいが、歴史は浅い。つまり帝国は成り上がりの国家なのだ。その背景にあるのは多種多様の種族を差別する事なく受け入れ、登用する事によって形成した特殊な人種の坩堝による統率と自由への意志、そして合理的な国家の運営による経済と政治の成長だった。他の国家がどう足掻いても神の考えや主張によって成長が左右される中で、帝国はその神の声が国家に介入しない。その為、神の機嫌を伺わずに自由な国家運営が可能となっている。

 

 ―――それが原因で定期的に戦争に巻き込まれているのは事実だ。

 

「国境で中規模の衝突があったみたいね」

 

「という事は本格的に戦争が始まりそうだな」

 

「帝国の今までの事を考えると王国を潰すか降伏でもされない限りは止まらないだろうな」

 

 他の国家とは違い、帝国は神が統治する国ではない。その為、特定宗教の様に困ったら勇者を呼び寄せて戦わせるような事は出来ないのだが、その代わりに多くの混合する種族から来る高い文化と広い知識を保有しており、他国では見る事の出来ない多くの技術を保有している。たとえば銃、アレは他国ではまず見かける事のない武装になる。手先が器用な亜人、知能の高い魔族、古き知恵を保有する機人、異なる種族が手を合わせる事で再現する事に成功した古代の遺物の一つだったりする。

 

 そしてこの手の戦争は帝国にとっては珍しい事ではなく、過去に何度か別の国から戦争を吹っ掛けられている。ただそれで国を完全に滅ぼすというパターンは少なく、ある程度殴って弱らせたら領土を少しだけ切り取って手打ちにするというパターンが多い。

 

「神を祭る国家を滅ぼすと神が怒るからな、厄介なものだ」

 

「物凄く面倒よねー。別に神様が言った訳じゃないのに神の意志ぞ! 今こそあの不敬なる帝国を討つ時! ……って別に神様は一言も討てとは言ってないけど黙っている時点で黙認しているのも一緒なのよね。それでいて攻め込むと正当防衛って事で口出ししてくるし」

 

「俺の親父に言わせて貰うけど、自分から人に干渉する神程ロクなものはない、とさ。主義主張の時点で火種を生んでいるから、一番良い神は押し付けず、心身ともに清廉に保つ為の心構え、或いは生き方を伝える様な神が一番だって」

 

「あぁ……なるほど、確かにそれは一理あるな」

 

 親父はなんというか、宗教という存在そのものを面倒がっていた。神の奇跡は必要ない、そんなものがなくても人間は生きていける。信仰をするならそれを押し付けるな、それは自分だけが抱いて信じろ、と言っていた。祈りは他人の物ではなく己の物だ、とも。昔はその事に違和感を抱かなかったが、大きくなって色々と知るに連れて、親父が抱き、そして教えてくる宗教に関する価値観が普通とはまるで違う事に気が付く。

 

 宗教とは生活の基本である。それが基本的な考えであった。

 

 だが親父は違った。生きるのに宗教なんて無くても特に問題はない、とはっきり言っていた。

 

 まぁ、親父がおかしいのだ、親父が。それに影響されて自分も少々周りとは違う信仰心の抱き方をしているが、だがそう考えても帝国という環境は世界的に見て珍しい場所だよな、とは思う。親父の様な考えが非難されなかった事がその証拠だ。

 

「まぁ、それはともあれ……今回も帝国の勝ちか?」

 

「順当に行けばね」

 

「問題は王国で用意した勇者の質だな。神格者は一人いるだけで戦場の流れを変える。当然ながら勇者を保有しない帝国はそれに対する対策を立てている……つまり帝国と王国の戦いの肝はいかに帝国の策略に乗らずに王国が勇者を運用できるか、という点にあるだろうな」

 

「問題は帝国がそこらへんのノウハウに関しては今までの戦闘の分もあって秀でている、という事か」

 

「考えなしに野戦を選ぶようななら間違いなく帝国が蹂躙して終わるだろうが……流石に、相手がそこまで愚かだとは思えないな。国境付近で衝突したのならたぶんそれは囮だろう。それで目を引きつけている間に内地に入り込んで工作をすると見た」

 

「勇者を帝都に運送して電撃作戦とかどうかしら?」

 

「流石にその警戒はしているだろ。寧ろそういう手で来てくれた方が殺しやすいと思う」

 

 基本的に強者は帝都に集っている。無論、それは帝都城にいる皇帝陛下を守る為だ。その為、帝都を狙って突撃でもしてくれた方が遥かに殺しやすいのだ。帝都を強襲された方が勝てるとかいう可笑しさに関してはあまり考えない方向で行こう。どの世界も上位の戦士はあり得ないと表現できるだけのレベルもある。ガラムはその世界に片足を突っ込んでいた時期もあるらしく、聞いた話は凄まじい。

 

 曰く、山を消し飛ばす。街が丸ごと一つ凍る、勇者との1対1の戦いの余波で軍が滅ぶ。

 

 上の世界とはかくも恐ろしいものか、と話を聞いた時は思った。

 

 ……ただ、確かに世界は広そうだなぁ、とは思う。今の自分では思いつかぬことも多いのだろう、と。それを知るのは……どうだろうか、楽しい事なのだろうか? 学ぶのは楽しい、だがそれは辺境へと戻るという事が最初に来るからだ。他の事を目標とするのはまだ良く解らないが、とりあえず、

 

「戦争、早く終わって欲しいな」

 

「そうだな……」

 

「ねー。物価が高騰するから嫌なのよね」

 

 帝国の勝利と将来の平穏を祈りながら夜を過ごした。

 

 

夏季三の月零■■

 

 *tick* *tack*

 

 ―――あー、クソ……暑い。

 

 自室、寝汗に体をベトベトに感じながら眼が覚める。

 

「あー……暑い……」

 

 ベッドの中で寝転がりながらも部屋を冷やす為の道具は天井に備え付けられた大型の扇風機のみ、学園にある様な冷房の類はこの家には存在しない。とはいえ、サアキから買い取った水冷石を天上の扇風機に装着している為、涼しい風が送られて来るだけ、まだマシなのだろう。これがなければ相当な地獄だろう。既にベッドシーツなんて蹴りころがし、ベッドから落としている。下着姿で眠ってもなおそんな寝起きなのだから、夏の暑さは恐ろしい。

 

「やだー……授業やだー……」

 

 いや、待て、夏季休校だからそういやぁ授業なんざねぇよ、と思いだす。

 

「じゃあ寝るか……」

 

 もう一眠りしようとして―――完全に眼が冴えており、眠れない事実に辿り着く。それよりも軽い水浴びを済ませて汗を落したほうが遥かにさっぱりするだろうとも思えた。それに、鍛錬は継続しているものだ。継続される鍛錬は生活となる。既に冴えた目と頭は鍛錬へと挑む事に積極的になっている。このままベッドで転がって眠り続ける事は難しいだろう。我ながら、良く鍛えられたものだと思う。故にあっさりと体を持ち上げ、蹴り落としたベッドシーツを拾い上げて、それを折り畳んでから、朝の諸々の準備を終わらせる事にする。

 

 風呂場で水浴びをし、汗を流して寝汗で固まった黒髪を解し、歯を磨いて顔を洗い、新しい制服に着替える。部屋に置いてある冷蔵庫には卵と肉が入れてある。フライパンを取り出し、油を敷いて温めながら朝食を作ろうとしたところで、ドアがノックされる。

 

「あいあい」

 

 一旦火を止めながら扉へと向かえば、その向こう側にパンダの姿が見えた。

 

「よう」

 

「よう、じゃねぇよ。こんな朝から何やってんだ。朝飯食うか?」

 

「いや、笹食ってきた」

 

 扉を開ければそこにはパンダの姿が―――モーニング・パンダ。どれだけ眠くても一瞬で目が覚める事態だな! と思いつつも、もはやパンダにも慣れきった今、新鮮さは少なかった。考えればこのパンダとも既に半年の付き合いになっているんだから慣れるのは当然と言えば当然だった。適当に座っておけ、と言葉を出しながら台所へと戻って軽い朝食を作るのに戻る。

 

「俺の家の場所言ったっけ?」

 

「いや、学生課で調べてきたんだよ。見た事ないしな。暇だし。どうせならどういう所に住んでいるか見てこようかと思ってな。暇だし」

 

「二回も言うか」

 

「休校になると遊ぶか自主鍛錬する以外にやる事がねぇからな。だったらダチの家に遊びに行くのも一つだろう?」

 

「彼女はどうした」

 

「……猟友会に狩られたぜ……」

 

 マジモンの熊だったのかよ……というツッコミを飲み込んで、このパンダを一体どうやって慰めればいいのか、それに激しく悩む夏の朝だった。

 

 

◆

 

 

 パンダ・モーニングを超えた所でパンダと共に学園へと向かう事にした。昼に差し掛かれば熱波はもっと殺人的なものになるだろう。その前に涼しい研究室に逃げ込んでしまえ、という魂胆である。この暑さの中、当然のようにアルバイトする気にもなれず、簡単に体を動かしたら後はダラダラしてしまおうというのが本日に計画だった。故に特に焦る必要もなく、パンダと適当に学園へと続く道を歩いているのだが、歩きながらも四方からはパンダに向けられた声が聞こえてくる。

 

「おー、今日も男前じゃねぇかパンダ」

 

「当たり前だろ?」

 

「おや、今日もクソ暑そうな姿ね、パンダ。毛皮は刈らないのかい?」

 

「このパンダスキンは俺の自慢だからな!」

 

 妙に街でのウケが良かった。まぁ、見た目はパンダなのだ。口を開かなければ愛らしい姿をしてるのだから、ある意味マスコットとしては機能するだろうな、というのは解る。ただやっぱこれ、中身が一番イロモノすぎてどうあがいてもマスコットは無理だろう、と思う。というか無理だ。とはいえ、街に馴染んでいる姿を見ているとなんとなくだが面白さを感じる。そんな事を考えているのが視線でバレたのか、パンダが説明してくる。

 

「いや、ホラよ、アルバイトあるだろう? 俺は学園のじゃなくて街の方を受けてるからな。その伝手でこっちの方は顔が広いんだよ」

 

「あぁ、成程な。結構やるんだな」

 

 俺の場合は学園内で済ませている上にそこまで交友関係を広げていない為、パンダがこうやって多くの人々に対して顔を見せているという事が割と驚きだった。

 

「いや、さ、俺はパンダだろ? 見た目はこういう感じだろ? 侮られたり珍しがられるからな、長期でどこかに腰を落ち着けるなら顔を広げておいた方が良いからな」

 

「あー……」

 

 割と物凄い真っ当な理由だった。というかこいつ、自分がパンダって事に自覚があったのか、と軽く驚きを抱く。そんなこんなで軽い新事実を得乍ら、あっさりと居住区画を抜けて学園へと到着する。夏季休校となった学園にいる学生の姿は大幅に減っているが、逆に自由時間を得た学生たちは学園の設備を利用して自由にはしゃぎ、自分の目標に没頭している。流石才能を磨き、目標を目指し、到達する事をやり遂げさせると豪語する学園だけあって、学生達のモチベーションは非常に高い。自由時間や休みがあるなら遊ぶ事よりも励んでいる姿の方が良く見られる。その姿を見ていると自分もまた、と思ってしまう事もしょうがないだろう。

 

「まぁ、いいか。今日は研究室で魔術の勉強をするか」

 

「そういやぁ光の魔術はかなり得意としているよな、お前は」

 

「原理が理解出来るからな」

 

 パンダと手身近な校舎の中に入り、校舎の廊下を歩き渡って研究室へと向かう。熱線が届かない校舎内は涼しく、今までは抑え込まれていた汗がぶわっと噴き出してくるのを感じる。暑い所にいると出ないのに、涼しい所に入った途端一気に湧き出してくるのは何故だろうか、くだらない事を考えつつも溜まり場として利用する研究室に入る。既に人の気配があるが、それは感じ慣れた神威の気配と共にあるシスティナの気配だった。

 

 相変わらずやる気が皆無の女だった。

 

 まぁ、システィナの事はどうでもいい。適当に冷蔵庫からジュースを取り出し、それを片手に、研究室に置いてあるノートや本を自分の定位置となっているソファ横のテーブルに置き、どかり、と座り込みながらノートを開く。

 

「そういやぁ光の原理が理解出来るつったけど、どういう事だ?」

 

「ん? 世の中、何がどうすればどうやって発生するのか、それを理解する事が魔術を使う事においては重要だ。そして光もただ光っているってだけじゃなくて明確に性質が存在している。光にもちゃんと原理が存在していて、俺達が色や明るいという事を認識するにはその原理が関わってくる、って話だ」

 

「成程、解らん」

 

 まぁ、普通はそうだよな、と思う。光は波であり同時に粒子であるとか、様々な説が存在するとか他人に説明した所で理解されないだろう、とは思う。だけどその基礎知識が自分の魔術を使う上での大きな助けになっているのは事実だった。というか徹底して原理等を叩き込まれた身としてはそれなしで魔術を行使する連中が一体どういう理論で魔術を使っているのかが気になっていた所だった。

 

「お前が意外なインテリだって事はよーく解った」

 

「意外と言うなよ。頭が悪そうな見た目ってのは自覚してるんだから」

 

「はっはっはっは」

 

「動物園に売りつけてやろうかこいつ」

 

 げらげらと笑うパンダを軽く脅迫しつつ、息を吐く。

 

「と言っても俺はほぼ光専門で、時空属性はそこまで芳しくないからなぁ……」

 

「そうなのか?」

 

「時間と空間に関する原理の理解が難しい。時間は常に一方へと流れているのにその加速ってどういう事だよ、って話だよ。時間って常に一定の筈なのにそれが遅くなる場合があるってどういう事だよ……!」

 

「あぁ、うん。気持ちは解るな。だけど光は得意なんだな?」

 

 まあな、と答える。

 

「光の矢、光の鎖、目晦まし、光の糸、アポート、後は姿隠しが光の魔術で俺が辺境にいる間学んだものだな」

 

「それ以外になんか魔術はないのか?」

 

「あとは神術が少々……それ以外は必要としなかったから学ばなかったな。魔術を使って戦うよりは弓で射殺す方が早いし確実だしな。矢が通じない相手は光の矢で射殺せばいいし。物(・)理(・)だ(・)け(・)、(・)魔(・)術(・)だ(・)け(・)だ(・)と(・)対(・)応(・)さ(・)れ(・)や(・)す(・)い(・)からな。弓で両方出来るようになるならそれでいいし」

 

「あぁ、成程な。確かに物理と魔術で二種の攻撃手段がないと詰むよな」

 

 簡単な話だが硬くて魔術に強い生物、というのは本当に珍しい。そういうのは一部の上位生物であり、竜や龍、或いは悪魔等の存在になってくる。その為、物理的な攻撃手段と、それが通じない場合の連続で使える魔術的な攻撃手段の二種類を用意しておくのが戦いの中で生き残る為には重要だと言われている。銃という武器はそこらへんが非常に難しく、魔弾と銃弾で切り替えて戦える銃は非常に高価で、遺物レベルの物だと話に聞いている。二挺拳銃のパンダにとっては死活問題だろう。

 

 なお神術とは魔術の一種―――ただし一定以上の奉納を神に対して捧げた、信徒に与えられる魔術である。神は信仰の見返りとして自らが司る力の一部を魔術という形で信徒に対して返す。その奉納品は信仰であったり、行動であったり、或いは何らかの物質であったりする。自分が信仰する神である武神エルクレセルへの奉納品は武である。日常的に己を鍛える事、武を磨き合う為に命を懸けて戦う事、それらの求道をエルクレセルは尊ぶ。

 

 だからストイックに武に生きる自分達の様な者とは非常に相性の良い神なのだ。

 

 自分も、神術の三つや四つは使える程度には敬虔な信徒ではある。

 

「まぁ、使える手札が増えるのは良い事だし、知識が増えれば増える程魔術ってのは強くなる。だから勉強が一番大事なんだよな―――後は術式の暗記」

 

「真面目だなぁ、そこは」

 

「真面目にやらなきゃ死―――なないか、ここでは。どうも自分を高めなきゃ死ぬって感じの考えがあって、武や知を磨く事が日常になってるんだよな。止まったら死ぬというか……向上心のない奴は死ね?」

 

「武人過激派」

 

 笑いながらジュースで喉を軽く潤しながら、ノートを眺める。そこに書きこんであるのは最近覚えようとしている新しい魔術だ。いや、正確に言えば魔術の派生だ。光の矢は軽く改造されていて姿、形、大きさをカスタマイズ出来る様にしてある。その為、ただ光の塊というのも味気ないので、辺境にいたデザインの上手い奴に頼んでかっこいいデザインを作って貰って、それをイメージベースに光の矢を構築している。明確に覚えられるデザイン、形等があった方が魔法のイメージ効率は上昇するからだ。だけど今の所、速射で複数に対応し、素早く撃滅する事は出来ても、一定数に対する範囲攻撃が出来る訳ではない。

 

 一応爆撃の真似事は出来るのが、面制圧という点では手段が限られていると言っても良い。そう言う訳で現在は新しい魔術の派生を作成中だった。簡単に言ってしまえば打ち上げた光の矢を分裂させて、矢雨として降り注ぐという派生魔術を習得の最中だった。似たような魔術は存在する。火雨、氷雨、一定範囲を持続的に攻撃し続けるタイプの魔術だ。それをアイデアの構築にしている。

 

 光という属性は質量を持たない時点では光速で移動する為、光の矢は放たれてから避ける手段は事実上皆無なのだ。だが魔力を通す事で光には質量が発生する。その為、回避する事も切り払う事も出来る―――とはいえ、時空属性による時間操作を除けば最速の属性になる。

 

 大体の生物は一定のラインを超えれば即死する。光の魔術で一番難しいのは即死ラインの質量の見極めによる光という性質から速度を奪わない事にある。竜の様な一部の生物を除けば、生物的な硬度には限界がある。その為、一定ラインの殺傷力を保持すれば、それ以上の殺傷力は余分となり、攻撃速度を落とす原因となる。

 

 一つの魔術から別の形へと派生させるだけでも結構考える事が多いのだ。

 

 時間はどれだけあっても足りない。

 

「子供の頃はあれだけ長く感じた鍛錬の時間も、こうやって自分から取り込む様になるとまるで足りなく感じてくる……不思議なもんだ」

 

「それが成長って奴だろ? 羨ましいもんだぜ、青春まっただ中じゃねぇか」

 

 パンダのその言葉に笑い声を零す。確かに、これも青春と呼べるのかもしれない。鍛錬して、働いて、遊んで、恋をして―――そういう日常があるのだから、それで間違いがないのだろう。苦笑しながら再び喉を潤し、そしてノートの他に図書館で借りてきた光の魔術に関する参考書を広げる。ただ術式を暗記するだけではなく、ショートカットや無駄を省く事は重要な事だ。今、全てを頭の中に叩き込む必要はない。

 

 少しずつ。少しずつ学ぶ為に頁を捲る。

 

 

◆

 

 

「ふぅー……大分暗くなっちまったな」

 

「珍しく熱中しちまったしな」

 

 そうやって息を吐きながら窓の外へと視線を向ければ、既に夜の闇が空を覆っているのが見える。夕飯を食べてからも再び研究室に戻って本を読んだのは、家に帰ってもどうせやる事がないという単純な理由からだ。この夏、授業がなくて早く起きる必要がないのなら、研究室で一夜を過ごすのもまた選択肢としては悪くない。

 

 その為のベッドもあるし、着替えも持ち込んであるし、食べ物だって研究室に持ち込んでいる。つまりここで一夜を過ごそうと思えば割と普通に出来るのだ。今の所、その常連は夜通しで錬金するサアキぐらいのものだが、誰もが定期的に私物を持ち込んでこの部屋をデコレートし始めていた。その為、割と快適な空間に変貌している。

 

「そろそろシャワーでも借りるかねぇ」

 

「システィナも帰ったし、俺も帰るかな……お前は泊まるんだっけ?」

 

「おう、偶にはここでグダグダするのも悪くなさそうだしな」

 

「まぁ、休みの特権だな。んじゃぁな」

 

「また明日」

 

 パンダにおやすみ、と手を振るとパンダが窓を開け、そこから飛び出して家に帰って行く。一応五階はあるのだがここ、とはいえ、その高さであれば自分も平気だし、驚く様な事はないか、と軽くスルーする事にした。パンダが無事大地に受け身を取りながら着地したのを見届けてから窓を閉じ、軽く欠伸を漏らしながら置いた着替えなどを確認する。

 

「あったあった……最初は研究室なんて貰っても困るのに、と思ったのにまさか入り浸る様になるとはなぁ」

 

 苦笑しながら着替えを見つける。それを軽く重ねて脇の下に押し込んで抱えると、シャワールームへと向かう。一階にあるから階段降りなきゃならないのは面倒だよなぁ、なんて事を考え上がら足で研究室の扉を蹴り開ける。口笛を吹こうとして、夜中、口笛を吹くと蛇が来るぞ、と脅した親父の言葉を思い出し、小さく笑う。あの頃はまだ蛇が怖くて必死に練習してた口笛を吹くのを止めてたなぁ、と口笛を吹かしながら廊下を歩いて行く。

 

 流石にこんな時間になってくると人の気配はまるでないが、ちょくちょく別の校舎等で人の気配を感じる。やっぱり休みだという事もあって泊まり込みで作業している人はいるようだ。ご苦労な事だ―――そう思いながらも今の自分も似たような状況だから人の事は言えないな、と一人、誰にも聞こえない様に笑った。

 

 今、最高に夏休み満喫しているなぁ、とは思わなくもなかった。

 

「とっとと汗が流したいもんだ」

 

 呟きながら口笛でどこかで聞いた曲を流す。あんまり上手ではないが、こういうのは雰囲気が大事なのだ、と、そう思いながら階段を下りて行く。地味に会談が多いから校舎内でも転移する事が出来る様にならねぇかなぁ、と思いながら階段を二段飛ばしで降りて行く。

 

「よ、っと」

 

 小さく呟きながら階段を一番下まで降りた。後は廊下を歩けばシャワールームだ。部活動や鍛錬の後は大体汗で酷い事になっている為、それを考慮して設置されたのがシャワールームなのだ。こっちに来て感動した事の一つは凄まじいレベルにまで整備された水道だろう。

 

 井戸で水を汲む必要がない人生、実に素敵だ。

 

 辺境でも水道を配備してくれないだろうか? 絶対に生活が楽になる。とはいえ、その金はどこから出したものか、軽く頭を抱えた所で、

 

「―――」

 

 着替えを後ろへと投げながら膝を折って体を落した。直後、服が柔らかい衝撃と共に何かに衝突する音を得た。柔らかい、布と人に触れる様な音と共に銀閃が頭上を走るのが見えた。それと同時に見えるのは黒い布に覆われた姿であり、明らかに怪しさの中に感じる明確な殺意だった。突然の事態に対して、

 

 冷静に、自然に対応する。

 

 振るわれた腕が戻る前に掴み、それを捻る様に引き寄せながら相手の懐へと潜り込む。逆の手が伸びる前に背中から衝突し、密着する。腰に突き刺すような動きを逆の手が取ろうとするが、それを開いている手で掴んで止めながら、そのまま背中側から縄跳びで投げる様に両腕を引っ張って手首を捻りながら正面に回した。背中から襲撃者の姿が落ちて行く。捻り上げられる手首が曲がってはいけない方向へと曲がり、力を入れて折られながら床に叩き付けられた。その両手に握られていたダガーが落される。

 

「吐かないなら殺す」

 

 内心、突然の事態に心臓がバクバク音を立てながらもそれを口にした。

 

 対人経験は―――これが初めてではない。殺人の処女は辺境にいる頃、戸惑いを無くす為にと野盗等の討伐で何度か連れていかれ、既に散らしている。故にこうやって捕まえ、拷問にかける事も初めてではない。とはいえ、経験が少ないのは事実だ。表情には見せず、内心ではかなり焦っている。床に倒れる黒衣の姿に対して、感情を見せずに率直に告げるが、

 

「―――もう遅い」

 

 女の声がした。その直後、爆発音が聞こえた。抑え込んだそのまま、視線を窓の外へと向ければ、夜中なのに明るい炎の色が街を照らしているのが見えた。馬鹿な、と言葉を口にしようとした瞬間、抜け出そうとする気配を感じ、

 

 ―――反射的に手首だけではなく肩関節を踏み抜いて砕いた。

 

「がっ―――」

 

 そのまま足を首へと落とし、そのまま踏み抜いた。骨の砕ける音と共に命の消える気配を感じた。軽く足で顔を覆う黒衣を剥がせば、そこには赤毛の女の顔があった。

 

「女を殺す事になるとはな……」

 

 気分が良くない。そう思いながらも手から零れたダガーを二本とも回収してベルトの中に差し込み、殺した女の体を調べる。腰には矢筒が、背には短弓が、胸の間にはまた一本ダガーが隠してあり、ベルトには投擲用ナイフと毒薬らしきものがあるが、流石に嵩張るので此方は回収しない。それよりも文章か身分を特定する類いのものはないのだろうか、と黒衣を剥がして確認して行くが、それらしきものが見つからない。

 

「チ、何もないか。女の密偵は膣にさえ物を隠すって聞いたけど……流石にそこまで探すのは駄目だな」

 

 即座にこれだけ対応できる自分、割とやるんじゃね? と浮かれそうな心を理性で抑え込む。とりあえず武器を調達したのは悪くない。ただこんな事になるなら武器を持ち込んで来れば良かった、と心底後悔する。そんな事を考えている間に再び爆音が響いた。窓の外へと視線を向ければ街の方で派手な爆発が発生していた。

 

「何が起きてるんだ一体……」

 

 呟きながらも校舎の外へ―――向かわず、階段を走って登って屋上を目指す。何事もまずは確認のしやすい足場を取るのが重要だ。何が起きているのか、それを正確に自分の目で確認しなければならない。となると屋上に上がってみるのが一番早い。外壁を蹴って跳躍するのが移動的には一番早いが、それは目立つ。故に音と気配を殺して階段を駆け上がって行く。

 

 一気に階段を駆け上がって屋上へと続く扉を音を殺して開けた。そのまま姿勢を低くして滑り込む様に屋上の柵にまで移動する。最も高い場所から見える景色は普通は良い筈なのだが―――この時ばかりは地獄が見えた。

 

 街が燃えている。

 

 目には街の光景が良く見える。軍人らしき姿が剣で襲い掛かり、人を殺そうとしている。いや、殺している。その勢いは凄まじく、今朝までは笑っていた人々が一方的に狩られて行く姿が見える。それに抵抗する様に一部の者達が凄まじいペースで兵士を狩り殺しているも、甚大な被害が出ているのが事実だった。

 

「なんだ……これは……」

 

 そうとしか呟けなかった。この景色はなんだ、と、そうしか言えない。自分が普段見てきた景色とは全く違う変貌に一瞬だけ呆然とする。だがそれも一瞬だけだ。

 

「街に行って―――」

 

 助けなくては、と呟く。当たり前の善性を引っ張り出す。この状況で見ているだけでいられる程自分は小心者でも臆病ものでもない。救えるかもしれない命を放り出して逃げるのは吐き気がする行いだ。故に直ぐに街へと向かおうとして―――横に一気に跳躍した。

 

 直後、風切り音と共に先ほどまでいた空間を粉砕する様に大剣が振り抜かれていた。意識外からの奇襲が多すぎるだろうが、と毒づきながら転がり、奪った弓に矢を番えて素早く構えた。

 

「へぇ、これを避けやがるか」

 

 そう楽しそうに笑うのは眼帯を装着した大剣を握った剣士だった。短い茶髪を揺らしながら大剣を引き戻した。隙だらけの様に思える動きだが、ずっと警戒しており、接近や攻撃を果たした瞬間、暴風の様に迫ってくるのは見える事だった。故に距離を置く様に少しだけ距離を下げ、弓と矢を構えたまま警戒する様に心を落ち着かせ、冷静に眺める。男の服装は一般的な傭兵のものだが、

 

「―――王国か?」

 

「流石に解るか」

 

「聖戦の加護を受けているのなら気配で解る」

 

 濃密な聖戦の加護―――つまりは神より戦争へと向かう者に対して与えられる戦う為の加護を男は纏っていた。傭兵らしい姿をしているが、信用のある相手なのかもしれない。ともあれ、自分に気配を察知されずに奇襲してくるレベルの相手だ、まともに戦えばこっちが順当に押し負けるだろう。油断なく弓を構えながら、頭の中で術式を起動させ、待機状態に落とす。

 

「……目的を聞いても?」

 

「今から死ぬ奴にそれを教える必要はあるのか?」

 

 軽口には乗るが、情報は漏らさない―――面倒な相手だ、こいつは慢心しない。王国が相手である事を考えると正面衝突を迂回、国境での戦いは囮で背後にある重要施設の破壊に来た、というところだろうか。

 

「恥知らずが―――なにも関係のない人々ばかりだろう、こっちは」

 

「王様によりゃあ帝国に住まう民って時点で罪深いらしいぜ? ま、これも戦場の慣わしだ―――大人しく死んでくれやぁ!」

 

 切り込んでくるのに合わせて閃光を放ち、目晦ましで視界を潰しながら姿隠しの魔術で一時的に姿を隠す―――親父はこれをステルスだとか、そんな風に呼んでいた。短時間の間他の存在から姿を透明にするだけの魔術。斬り込んでくる暴風に対して後ろへと大きく跳躍する様に回避し、そのまま屋上から飛び降りる。

 

「ッチィ!」

 

「誰が化け物の相手なんざまともにするか」

 

 こういうのは教員に―――ガラムとかロシュとか、あそこらへんの化け物に任せればいいのだ。断じて自分の管轄ではない。そう思考しつつ体を丸め、回転しながら大地へと到達、衝撃を逃がす様に軽く転がり続け、無事に立ち上がって走り出す。足跡と土埃は残るが、それでも追いかけてまで殺そうとする手間は犯さないだろう。そのままグラウンドを全力で走り抜けながら校門を抜け、燃え盛る街へと突入した。直後、背後から破砕音が聞こえる。振り返れば学園の一部校舎が砕かれるのが見える。その景色を振り払いながら、中央通りに出る。

 

 燃え盛る建造物と、壊された姿が道路にぶちまけられ、見た事のない地獄を形成してた。朝までは普通の街並みだったのに……そう思いながら逃げてくる人の姿と、それを追いかける鎧姿を見た。

 

 迷う事無く矢を放った。

 

 一切遠慮のない矢は一瞬鎧姿に到達し、首元のヘルムと鎧の隙間に曲(・)が(・)る(・)様(・)に(・)に入り込み、そのまま綺(・)麗(・)に(・)首(・)を(・)斬(・)り(・)落(・)と(・)し(・)な(・)が(・)ら(・)貫通した。首の斬り落とされた兵士はその場で倒れ、頭は宙に舞ってから落ちた。逃げていた人が此方へと視線を向ける。

 

「あ、ありが―――」

 

「んな事はいいから早く逃げろ!」

 

「あ、あぁ……本当にありがとう……ありがとう……」

 

 感謝しながら助けられた男が走って街の入口へと向かって行く。その道先が無事である事を祈りつつもクソ、と吐き捨てる。それと同時に感じる敵意と殺意へと向かって素早く移動しながら矢を射る。一瞬で確認した敵の姿へと向かって知覚される前に弓を射り、反応を許す前に即死させて終わらせる。心底、野盗を殺した経験があって良かったと思う。なければここで延々と地獄を見るハメになっていただろう。そんな事を考えながらも、この状況では自分は何をすべきなのだろうか、その考えが掴めず、大通りを走りながら目に見える敵を容赦なく射殺して行く。それぐらいしか自分に出来る事は解らなかった。

 

「クソ……皆は無事か?」

 

 同じ講義を受講している皆が心配だった―――五傑衆は全員、ハイレベルな戦闘技能を保有している上、半数は今学園にいないから安心できる。だが一般学生の方は、普通の子供だ。そのほとんどがまだ若い学生なのだ。自分やナバールの様な戦士気質の人間の方が遥かに珍しく、そして少ない。いきなり人を殺すのは簡単だ。

 

 だがその後に生まれてくる殺人の感触を忘れる事は出来ない。

 

 それを忘れるか、或いは覚えても何も感じないものだけが殺し続けられる。

 

 子供にそれを求めるのは難しい。故に、出来る奴が動かなければならない。

 

「―――クソがっ」

 

 屋根の上に気配を感じ、闇に溶け込む密偵の姿が見えた。その姿を視界に収めた瞬間に射殺しながら屋根から落とし、路地から飛び出してきた剣を回避し、振るった腕を蹴りながら押し出し、そのまま踏み潰す様に相手の体を下へと押し落す。そのまま、頭を下げる様な体勢の相手の姿の首裏に矢を手掴みで突き刺し、引き抜いたのを弓に番え、次に飛び出そうとしていた姿に突き刺して首を射落す。続けて飛び出す姿を殺し、返り血を浴びる事もなく燃え盛る道路を進んで行く。

 

「はぁ、はぁ……とりあえず、人のいる場所を探さなきゃな」

 

 一方的にやられているだけではなく、どこでは押し返すような強い気配を感じている。ガラムの様な戦闘のプロフェッショナルがいるのだ、そう簡単に陥落するとは思えない。となると生き残りがどこかに集まっている筈だ。

 

 ……皆も、そこにいる筈だ。

 

「行こう」

 

 自分に言い聞かせる様に言葉を吐き、歩き出す為に足を前に出す。そこで声が聞こえた。下品な男の声だった。楽しむような男たちの声が何をしているのかを即座に声で悟り、移動をする前に声のする方向へ、兵士を殺しに行く。燃え盛る大通りを外れて路地に入り、その裏手で行われている事を見つけ出す。

 

 そこには兵士が二人、女を持ち上げて犯していた。竿を両穴に沈め、反応もなく寄りかかる女の姿を一方的に犯している。素早く助け出す為に弓を構えた所で、反応のない女の姿を見た。

 

 ―――良く、見てしまった。

 

 整えられ、美しく輝く筈だった銀髪は乱暴に乱され、毛先は軽く焦がされたかのように縮れている。瞳は一切の色を映し出さず、傷のなかったはずの肌は血に濡れ、そしていたぶられたかのような痕が残っていた。大きく割けられ、はだけられた胸元、口から滴る鮮血。それは彼女が苦しんだ上で死んだという証拠にしかならなかった。嬲った上で殺し、そして殺してからもその死を辱めているという事実に、思考が停止する。

 

「クソ、冷たくなってきやがった。締め付けはいいのに、な」

 

「まぁ、いいじゃねぇか、これぐらいの役得があっても。どうせ帝国民だろ?」

 

 楽しむのに夢中でまるで此方に気が付かない兵士の姿を見て、その言葉を聞いて、殺意と怒りが一瞬で脳を支配した。

 

「ぁ」

 

 漏れ出すか細い声は一瞬で変質する。

 

「ぁ―――あ、ぁぁああああああああ―――!」

 

 激怒へ、絶叫へ、慟哭へ―――殺しという殺意だけが一瞬で視界を覆った。

 

「あっ、や―――」

 

 喋るな。そう言葉を放つよりも早く矢が走った。それは一瞬で男の頭を射り、跳ね飛ばした。目の前で仲間の頭が消し飛び、血の噴水が出来上がったのを見た男は腰の動きを停止させ、彼女の体を落としながら下半身を丸出しにしたまま、逃げ出そうとする。

 

 だがその前に矢が走る。足が吹き飛ぶ。転がりながら兵士が大地に倒れる。迷う事無くその股間心臓、命乞いをしようとする口、そしてその眼に矢を叩き込み、一瞬で即死させる。

 

「嘘だろ……嘘だと言ってくれよ……」

 

 握っていた弓を落しながらまだ繋がっていた男の体をもう一つの死体の方へと蹴り飛ばしながら、大地に落ちた彼女の―――クレアの体を拾い上げた。僅かに残る体温はしかし、徐々にだが薄れて冷たくなり始めていた。それは彼女という生物が肉塊に、ただの人の形をした肉に成り果ててしまった、という事実を証明していた。膝を大地に尽き乍ら抱き上げたクレアの髪を指で梳き、嘘だろ、と呟く。

 

「そんな馬鹿な……」

 

 こんな事になるなんて。

 

「まだ好きだって言えてないのに」

 

 少しだけ髪を整え、光のない瞳を閉ざす様に瞼を下ろし、むき出しになっている胸を隠す様に服を軽く引っ張って整え、その亡骸を抱きしめた。アレ程燃えたぎっていた殺意は一瞬で霧散して、ただ悲しみと虚無感を広げていた。何故彼女がこんな仕打ちを受けなきゃいけないのだ、と。ただ、ただその亡骸を抱きしめる事しかできなかった。そのまま、しばらく動きを止めていると近寄ってくる気配を感じた。

 

「ここにも―――」

 

 誰かが言葉を放ち、そしてそれを停止させた。視線が此方へと向けられているのを見て、視線を持ち上げる。その先にいたのは自分よりも若い、黒髪の少年だった。年頃は―――レヴァン達と同じぐらいだろうか。この路地裏での出来事を見て、停止している。兵士らしからぬ動きだが、感じる気配には神威の加護がある―――王国の兵士だ。

 

「そ、れ、は―――」

 

「見ての通りだ。解るだろ? 殺した上で女を犯していたお前の兵士だよ」

 

「―――」

 

「尊厳を奪った挙句その死さえも穢すのか、王国は。聖戦とは言葉ばかりで畜生の集まりだな、貴様らは。戦える人間のいない場所を襲って満足か」

 

「おう、そこまでにしておけ。戦争なんてもんは所詮こういう事だろ? 負ける方が悪いんだよ」

 

 続いて、その背後に先ほど逃げてきた傭兵までやってきた。こちらは少年とは違って一切の動揺がない。慣れているのだろうか、こういう風景に。

 

「人じゃない」

 

「そりゃあそうさ。誰かを殺して喜ぶような連中が人な訳あるか。聖戦だ、神の為だ、つっても本質的に殺して犯して辱めている事に変わりはねぇ、それが人である訳ねぇだろ。全員クソの様な獣だろうが」

 

「それもそうだな」

 

 その言葉は正しかった。正しく、そして間違っていた。そんな事あり得て良い訳がない。そんな事を思い、憎しみと怒りが胸中を満たす―――だがそれよりも、悲しみが勝った。弓を握ろうとして、しかしそれを手にしようとするだけの力が出なかった。それよりも初恋の散るショックと、そしてこの惨状に対する悲しみの方が強かった。立ち上がる力が―――でない。

 

「……もちっと気合いのある奴かと思ったけど、違うか。ま、これも仕方がねぇか」

 

 亡骸を抱きしめたまま、大剣が振るわれる。そこに痛みはなく、鮮血が舞った。体から力が抜け、あっさりと体が倒れる。

 

「どれだけ……体を鍛えても心は、って事か……」

 

「……胸糞の悪い話だったな。オラ、行くぞ坊主。まだまだ殺す相手はたくさんいるからな」

 

 少年の揺れる瞳が倒れる此方の姿へと向けられる。後悔するような、怯える様な、悲しむような、感情が複雑に入り混じった瞳だった。少年を見ていれば彼がこの場に不釣り合いであるというのは何よりも解る事だった。何故、彼はこんな所にいるのだろうか。そんな事を一瞬だけ考えるが、それももはや意味はない。

 

 虚しさだけが胸を包み、そして力を奪って行く。それに抵抗するつもりは欠片もない。

 

 俺も所詮はこんなものか……すまない親父、と胸中で呟き、眼を閉じる。

 

 ―――もう、二度と開けるつもりもなく。

 

 *tick* *tack* *tick* *tack*




 R18だって言ったじゃろ? 

 それはそれとして、どれだけ鍛錬を重ねても遭遇し、経験し、重ねなければ人の心は強くならない。という訳だ頑張って強い心を育てよう。マルチバッドエンドが用意されているけどな!

 R18じゃなきゃ出来ない表現はある。それは単純な性描写だけではない。もっと、R18という内容であれば出来るものもあるのだ……。
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