「―――頼、る」
その言葉を一瞬理解できないような表情をシスティナが浮かべ、そして俺とシスティナが全く同じ状況に巻き込まれ、同じ条件を背負っているという事を理解した。それでシスティナは考える様な表情を浮かべ、頭を横に振る。
「無理よ」
「ならば一人で動く事になるのか」
「えぇ……今までもそうだったしね」
その言葉に成程、と頷く。だからその言葉を続ける。
「……成程。という訳で一人で行動し続けた結果、情報不足で俺がまた地獄を見て先に死んで、それで状況がリセットされる訳か」
「うっ……」
「……協力が出来れば死ぬ前に目的達成できるかもしれないんだけどなぁー」
「……」
ワザとらしくそんな事を呟きながらシスティナへと視線を向けた。その物言いはやや、この重くなった空気を軽くするためのものであり、それを察したシスティナも少しだけ息を吐き、それで落ち着ける様に言葉を吐いた。
「私が死ぬ前に三度も死んでいる奴が頼りになるのかしら?」
「少なくともぼっちがぼっちを拗らせるよりは良い結果を出すだけの自信があるけどな」
「ボッチじゃなくて孤高よ。私は一人でいる事を選んでいるのよ」
そこまで喋った所で、互いに呆れの溜息を吐く。強情な娘だ―――だけど芯が強い。絶対に諦めないという意思を持っている。それが何よりも美しく、そして羨ましく感じた。自分が持っていないものだからだ。どうしようもなくなった時、自分はきっと……諦めるだろう。そして素直に死を受け入れるだろう。そして実際に受け入れた、足掻かずに。だから死んでもなお足掻き続ける彼女の姿を羨ましく思った。出来れば、自分もそうなりたい。
そんな資格はもはやないだろうに。
「解った。解ったわ。協力しましょう。その方が合理的ね」
「一人で戦い続けるのが寂しいって言うのならいつでも俺を頼っていいんだぞ? 寂しいです、エルディレイ様! ……って風に。だけど、まぁ、お前だとそこまでいくのに数年かかりそうだよな。他人に話しかけるの無理そうだし」
「それはコミュ障じゃなくてもはや言語障害ってレベルの話よ」
そこまで言ったところで、くすり、とシスティナが笑った。小さく笑う彼女の表情は初めて見るものだった。そういえばこの半年間、一度としてシスティナが笑っている姿や、楽しそうにしている姿を見た事がなかった―――今、小さくだが笑った姿を見て、なんだ、ちゃんと笑えるんじゃないか、という小さな安堵が胸に広がるのを感じていた。人間らしさがまだまだ沢山あるんじゃないか、と。そんなシスティナの小さな笑みにやや魅了されつつ、それじゃあ、とシスティナが言葉を出す。
「仲間が欲しそうで欲しそうで仕方がない顔をするから協力するわね。とりあえず情報交換をしましょうか?」
「そうだな、お前があまりにも哀れで一人じゃ寂しそうだし、情報交換して突破口を探り出そうか」
お互いに憎まれ口を叩きあいながら、この3日間―――まともに活動したのは二日間、その間の出来事を整理し、そして情報交換を行う事にする。まず基本的には朝の間は平和であり、昼になっても変化はない。だが夜になると状況が大きく変化する。夜になると王国軍が学園都市に対して強襲し、街と学園の両方に対して最大限の被害を出す様に殲滅作戦を行う様になっている。これが朝を迎えられない最大の条件になっている。
「俺が確認しているのは
「私は
「殺意高くない?」
「神格を最優先で殺す、みたいな気配は感じたわね」
まぁ、未熟とはいえ、神格を殺すつもりならそれだけの戦力は必要か。いや、先に死んでいない事を考慮するとシスティナは一人でその集団を乗り切った、という事になるのだろう。改めてそう考えると神格属性という先天的な才能の強さを目の当たりにする。明らかに技量は俺未満だが、それを超える暴力で戦えているし、全く死ねない。それはそれとして、凄まじいまでの戦力を感じるが、それだけ用意されたという事は、
「……事前にシスティナに関する話を知っていた?」
「神託を通して知っていたのかもしれないわね」
まぁ、そう考えると妥当だろう。しかし、システィナの話が本当だとするとそれだけの戦力があの時、街の中に存在していたという話になるのだ。正直な話、一体どうやってそれだけの戦力を送り込んできたというのかが気になる。神は助言や加護を与えたりはするが、直接的な介入は行わない。それは神としてのルールだったりする。その為、直接神が転送して送り込んでいるという点はまずないから安心して良い。
それ以外にもシスティナと情報を纏める。
歩兵以外にも街を燃やす為の魔術の部隊が存在しており、範囲に対して破壊効率の高い炎に特化された魔術師たちで街を燃やし続ける為、こいつらの処理を行わない限りは街への破壊は停止しない。指揮官はおそらくはシスティナと戦った将軍であり、将軍を殺せば軍が停止する可能性は高くなってくる。だがそれとは別に街中に神官や神官戦士が紛れ込んでおり、彼らが司祭から指令を受けて活動している為、そっちも消さなければ戦線を崩壊させる事は出来ない。
「―――優先度は司祭を消すほうが上かもしれないわね」
「その心は」
「最後のあの大魔術、
「アレは神罰だったのか……」
神罰―――或いは奇跡。神術は純粋な信仰を対価に神の司る力を魔術の様な形で発揮するものだ。だが神罰や奇跡はそれらと根本的に違う。まず第一にその要請を行えるのは相当な敬虔な信者―――狂信者や熱心な信徒と呼ばれ、認められ、そして神自身もそう認めた存在だけにのみ権利が与えられる。そしてその信徒が自らの命を捧げる事によって発動するのが神の奇跡や神罰というものである。
ちなみに神罰を乱用している宗教が存在している。
そう―――軍神と戦神である。此方は命を対価にしないが、寿命を捧げる事で教義を破ったか否か、魂を悪に売ったか否かを中心に判別し、偽った場合はその場で即死させるという凄まじい使い方をしているのである。そしてもし願った本人が偽っていた場合、その場で願った本人が死ぬのである。これを割と平気な顔をして使うのが連中である。
頭がおかしい。悪と戦う為に人間として大事なものを集団で忘れてない?
だけど納得が行く―――あんな残酷でおぞましい術、それこそ神の奇跡でもない限りは存在できないだろう。あんな魔術、人間が振るうにはあまりにもおぞましい。人間では扱え切れずに破滅するだろうが……あまりにも、引き金が軽すぎる。命を捧げたにしても、滅ぼす事に対してあまりにも躊躇がなさすぎる。
「……明日を迎える為の条件が少しずつだが見えてきたな」
「そうね。司祭が反応出来る前に殺す事。そして将軍を殺す事。その上で部隊をなるべく街に侵入させなければ大成功かしら、ね」
「絶望的だな」
今の所突然街に侵入した敵兵の理由が判明していないのだから、当然だった。今の自分達に発覚している事は相手が突如として出現している事であり、そしてそれを何故か察知できていないという理由だった。少なくとも数百という規模の相手をいきなり街中に呼び寄せて破壊を始めるというのは普通、不可能に近い筈だ。
「転移魔術だってそこまでとんでも転移は出来ないだろう?」
「普通ならそうだけど―――異界の漂流者が今回は存在するらしい話を私は聞いたわね」
「異界の漂流者?」
「えぇ、チキュウ人とか言ってたわね」
「うーん、異界の漂流者か……」
異界、或いは異世界。この世界はそういう存在が度々流れ着く事がある。この世界のどこかには次元回廊という場所が存在し、それが複数の異世界と繋がっているから、なんて話は聞いた事がある。その為、この世界は時折、異界から漂流してくる存在があるのだ。その筆頭は魔王
異界から流れてくる存在は先天的に優秀な才能を保有していたり、特殊な資質を保有しており、異世界から来る事が原因なのか、多くの魔王や魔神は世界属性を保有していたりする。その中に時折、普通の人間も出現するのは聞いた事がある話だ。
その中でチキュウ人は聞いた事がある。前にレヴァンが話をしていた存在だ。
「王国の勇者が異界から来たチキュウ人だったな」
「一人は勇者だけど、それ以外に勇者じゃないのもいるって聞き出したわ。連中は黒髪である事が特徴らしいけど―――」
「……一人、夜に見たな。恐ろしく強い傭兵に守られていたが」
「たぶんそいつがチキュウ人ね。一芸に特化しているのが多いらしいし、転移に特化していたりして、ね」
「……」
異界からの漂流者である事を考えたら確かにそれぐらいは出来そうだよな、とは思わなくもない。実際噂に聞くかつての漂流者たちの戦績や功績の類は跳び抜けたものが多い―――とはいえ、それを恐れて尻込みしていれば此方がまた死ぬだけだ、もう二度と死に戻りを繰り返したくなければ、全力で殺しに行かなくてはならないのだろうが。そこらへんの躊躇はない。あるのは死に対する恐怖だけだ。死にたくはない。あんな光景は見たくはない。それだけだった。だが思い出す。
あの夜、死んで行く中で憐れむような、後悔するような視線を向けてくる黒髪の少年の姿を。此方の姿を見て心の底から驚き、そして同時に自分が見ている光景に恐怖を感じているような、そんな表情を思い出す。加害者という立場に立つ事に対して一切の理解がなかったような、そんな子供の表情だった―――自分も、人の事は全く言えないが。
「……綺麗に夜に行動を移している事を見ると昼間の間に草が紛れ込んでそうだな」
「そうね、もう既に誰かしら潜んでいるかもしれないわ。見つけて吊し上げれば少しは情報が増えるかもしれないわね」
前途多難だな、とシスティナの言葉を聞いて思う。少なくとも、二人だけでどうこうする領域は完全に通り越している。軍隊と二人だけで戦え、なんて言われて実行できるのは本物の勇者か英雄と呼ばれる超越者たちだけだ。システィナは神格があっても無理だし、自分は英雄なんて器ではなく、そんな実力もないから無理だ。そうなると根本的に二人で目的を達成するには、
現状、攻撃が開始される前にケリを付ける方法が存在しない。
そして敵が街中に踏み込めば―――。
「顔色が悪いわよ」
「いや……大丈夫だ。それよりももっと情報が欲しい」
現状、一番足りないのは何よりも情報だった。相手はどうやって接近した? 何が目的なのか? それが全くはっきりしていないのだ。情報収集の必要があった。問題はそう簡単に情報を集められる訳ではないし、夜中になれば必然的に地獄が始まるという事だった。それにクレアを助ける為にどうしても自分は一手遅れてしまう。そしてその間に敵は人を殺すだろう。いや、別に知らない人間がどれだけ死のうが困った事はないのだ。
だが知らない所で自分の知り合いが自分と同じような苦しみを味わって絶望感の中で命を閉ざす事を考えると―――恐ろしい。明日を迎えた所でそこで一緒に明日を迎えたい連中がいないのであれば、それでは戦い続ける意味がない。皆と一緒に居たい。好きな人と明日を過ごしたい。そんな思いがあるからこそ意味がある。そしてそれを成し遂げるには現状、時間も、味方も、何もかもが足りなかった。詰んでいる―――この二人だけで、一日という時間だけで数えるのであれば、どう足掻いても詰んでいる。どうしようもなく、状況は追い詰められている。
「……システィナ、どうやって状況を突破するか、見えてるか?」
「私自身を餌に主力を引きつけて、それで素早くトップ二人を殺せば瓦解するかな、って」
「成程な」
確かにそれは現状、最善の選択肢に見えるだろう。というよりは現在の情報ではそれしか手段がないとも言える―――実際、これ以外の手段で戦おうとしても無理だろうとは思う。だけど、果たしてそれでどうにかなるのだろうか?
……いや、今はこれしか手段がないのだから、それ以外に考える事も出来ない。たったの二人だけで何かを成し遂げようとするのだから、当然ながら手段は限られてしまう。その中で最善を選ぶのなら持てる戦力で電撃作戦を挑むことになるのだろう。相手が反応する前に殺してしまえばそれで戦闘は終了する―――させる。現状、それ以外に手段はないと言っても良いだろう。
「となると、夜に速攻でケリを付けるしかないのか」
「今の所はそれしか情報がないから……ね」
そこで黙り、ゆっくりと目を閉じる―――おそらくシスティナも、これで全てが解決するとは思っていないし、おそらくはまた地獄に近い光景が生み出されるのだろう、と思っている筈だ。彼女は覚悟が決まっていた。彼女は目的を成し遂げる為であればどれだけでも苦しみという選択肢を取得できるのだろう。
「……捨てねば見えぬ事もある、か」
「どうしたの?」
「いや、なんでもない……なんでもない」
呟きながら考える―――俺は己を戦士失格だと考える。誇りはこの身にはない。自分はそう思っている。だが神罰を受けない以上、武神エルクレセル様は、未だに見守ってくれているのだろう。だからこの矜持だけは正しいのだろう。だからこの矜持を保ったまま、勝つ為に、その覚悟を得る為に、システィナと同じ目線に立つ為に―――自分も、捨てるものがあるのだろう。そう考え、軽く息を吐き、システィナと話を続ける。どこで会うか、どの時間帯にするか、どうやって動くのか。それをシスティナという唯一、この状況を共有できる共犯者に対して語り合う。そしてそれを話終わった所で一旦、合流の時間まで別れる事となる。
「じゃ、またあとでな、システィナ」
「そうね、また……ね、エルディレイ」
初めて彼女に名前を呼ばれたな……そんな事を考えながら家から出る彼女を見送った。
暑い日差しが太陽から降り注ぐ。燃える炎とはまた別の凄まじい熱に汗をかき始める。服装は既に戦闘用のレンジャー服とマント姿に、弓と矢を忍ばせながら歩く―――が、別段不信な格好ではない。街中を見れば武装している姿や、鎧姿を目撃する。それらの者たちは学園が保有する人工ダンジョンを目標としていたり、他にも周辺の治安維持の為の出動だったりで、そこまで珍しい光景ではなかったりする。その為、街中で武器をぶら下げて歩いていたところで奇妙な視線を向けられる事は―――ない。
「さて、今回ばかりはちゃんと装備を用意してきた―――後は情報か」
街中を特にあてもなく歩きはじめた。自分とシスティナが生きて明日を迎える為に必要とするのは情報だ。それを求めて歩き始めるのだ。とはいえ、何かヒントがある訳、という事でもない。既に草が忍び込んでいるとして、それを探し出すのは簡単な事ではない。だから草を探そうとしても無駄だろう。その為の特殊な訓練を受けている訳でもないのだから。
「どうしたもんか」
そこまで考え、街中を彷徨っていると、おーい、という声が此方へと向けられるのを感じる。聞き覚えのあるパンダボイスにパンダボイスの方角へと視線を向ければ、やはり見覚えのあるパンダがムーンウォークしながら接近していた。何故ムーンウォーク、と盛大なツッコミを入れたくなったが、その姿を見ているだけで笑いがこみあげてくる辺り、空気をぶち壊す事に関しては天才的な部分があるよな、と溜息を吐きながら認めた。
「なにやってんだお前」
「いや、お前を見かけたからな。ここはダチとして挨拶しなきゃ駄目だろう」
「ムーンウォークの事に関してだよ!」
「……?」
すっとぼけた表情を浮かべるパンダに対して迷う事無くローキックを叩き込んだ。地面をワンバウンドする様にパンダが転がり、そしてローリングしながら帰ってきた。んもう、ツッコミどころしかないんだから、こいつ、と心の中で呟きながら、もうツッコムのは止めよう、と諦めた。こいつはやっぱり考えるだけ無駄だ。パンダに関する完全なる敗北感を感じていると、それでよ、とパンダがにじり寄りながら肘で脇腹を突っついて来た。
「ん? どうなんだよ? んん?? なぁ、なにがあったんだよ、なぁ? むふふふ……」
「なんだこのパンダクソウゼェ」
「あぁ!? 隠さなくていいんだぜぇ……俺は見たんだぞ。朝、お前の家に窓から入って行くシスティナの姿がなぁ!」
パンダの声に両手で顔を覆った。そういやぁ今日という日の始まりはパンダが家に尋ねる事で始まったよな、と思い出す。あのノックがパンダが原因だとしたら、丁度システィナとパンダは入れ違う様な形でやってきた、という事なのだろう。なんだろう、致命的に見られてはいけないものを見られたような気がする。クソウザパンダはこのこの、と肘を叩き込んでいる―――地味にその威力が上がっている気がする。
「だぁーもぉー! 邪推する様なもんじゃねぇよ! だいたい俺には好きな相手がいるだろうが!」
「ヘイヘイ、もしかしてその子はシで始まってナで終わる子じゃないのかボーイ?」
「こいつは本当にもう……!」
どうしてやろうか、と、そこまで考えた所で、思いつく事があった。
「なぁ、パンダ。ちょっと真面目な話、いいか?」
「ん? ……なんかふざけられる雰囲気でもないな。なんだ、言ってみろ。ダチの頼みなら大体聞けるぞ」
パンダがそれを軽く笑いながら事もなげに言いのけた。普段はふざけているし、見た目はこれなのに、真面目になると物凄く頼りになるというか―――見た目とは裏腹に、知り合いの中で一番大人らしい大人をしているのはなんだかんだでこいつだよな、と思えてしまうのは少しだけ、面白い事なのかもしれない。とはいえ、今はそんな彼を便利に使ってしまう事を心の中で少しだけ謝る事にする。
「……夜にちょっとした用事があってな、俺が行ければ良かったんだけ行けなくなっちまってな―――に―――にある孤児院に向かってくれないか?」
「ん、いいぜ。任せろ」
明らかに怪しいし、真っ当な願いでもない。だがそれをあっさりとパンダは引き受けてくれた。なんと言えばいいのだろうか、あまりにもあっさりと引き受けてくれたパンダの姿に対して言葉が見つからず―――気が付けば、パンダに軽く背中を叩かれ、そしてパンダがそれに合わせて去って行く。
「ま、何を気張ってるのかは俺にゃあ解らねぇけど……今度俺にも教えろよ? 仲間外れは寂しいからな」
「パンダのクセに……」
本当に、無駄にかっこよくて頼れる馬鹿だよなぁ、と苦笑してしまう。そういえば前日も迷惑をかけっぱなしだし、凄い心配してくれたよな、と思いだす―――あの後で自殺して本当に申し訳ない、と心の中で謝る。助けてくれようとしたのに生きる事から逃げてごめん、と心の中で謝る。まだ恐怖は心の中にあるが、少しだけ、軽くなった。少なくとも前に進む事が出来る程度には。パンダの背中姿にさようならを告げながら歩き出す。これで孤児院とクレアの問題は解決できるだろう、と。少なくともパンダの実力であればあの程度の雑魚兵士であれば武器がなくても簡単に虐殺できるだろう。
これで夜に憂いはない。そう思いながら再び歩き出す。今回死んだとしても、これで次周からはパンダに頼めるな、と計算に入れながら考え始める。夜を超える為に他に必要なものは何か? そう考え―――更に味方を増やそう、と考える。
「―――現在ロシュ・フォール教授、そして学園長は帝都へと赴いているので学園にはおりません」
「そう、ですか。ありがとうございました」
そう言葉を吐きながら学生課を出る。参ったな、と呟きながら空を見上げる。一番味方になり、理解をしてくれそうな人物が学園にいないとは誤算だった。いや、そもそも最初に一方的に学園が最初は押し負けていた理由を考えるべきだった。トップが、指揮官が不在なのだからそりゃあ当然攻め込むチャンスだよな、と。納得するしかなかった。一番頼りになりそうな味方が不在というこの状況でどうするか、それを悩みながら学生課から逃げる様に校舎へと向かう。校舎の中に入った所で壁を背に預けて涼みながら、ここからどう動いたものか、と、考える。
情報も味方も足りない……だが知っている事から知識を埋める事は出来る。
大規模な敵の接近、神の奇跡、溶ける、王国の神―――現象などは知っていても、詳細を知らない事ばかりだ。もしかして重要な事を見逃している可能性もある。その事を考えると……それらについて調べるのが一番だろう。
となる向かうのは必然的に図書室だ。
と言ってもこのヴェルグ学園の蔵書は図書室と表現するよりは図書館と表現する方が正しい―――実際、丸々一つ図書館が校内に存在するのだから。その蔵書の数も国内では帝都大図書館に続きナンバー2を誇る程であり、学生や教師だけではなく、時折学者が調べ物をする為に専門の本を求めてやってくる程度には凄まじい。その為、帝都の大図書館で見つけられないのであれば、ヴェルグで探せ、と言われるぐらいには有名な場所となっている。自分も魔術の勉強の為に度々利用させて貰っていたが……これからは、ここに通う回数とペースも増えるだろう。
時間は有限である為、さっさと校舎を出て駆け足で図書館へとグラウンドを渡って向かう。図書館に入った所で軽くカウンターを叩き、司書を呼ぶ。眼鏡をかけた男子生徒が出てくる。
「おや、これはリュンセルさん。制服姿ではないとはまた珍しい。さて、どのような本をお探しですか?」
運が良い、と思った。受付に座っている男子学生は一学年上の先輩―――知っている顔だ。トマス、本の虫と自ら公言するぐらいに本を愛している変人だ。変人ではあるが―――非常に優秀な司書だ。挨拶はそこそこ、素早く本題に斬り込む。
「現代アルゼレア王国に関する最近のレポートやエッセイってあるか?」
「無論、ありますよ。特に今の
「あぁ、至急で知識が必要になった」
「成程、では私のオススメを幾つかピックアップしましょう。こっちです」
トマスはそう言うと受付の向こう側から出て案内をしてくれる。実際、案内がないと探している本のジャンルを探し出すだけでも凄い時間がかかる為、それを正確に記憶している司書の存在は助かる。所狭しと並んだ本棚がまるで迷路の様に入り組み、方向感覚を狂わせるような光景が続いている。だがそれに惑わされずにトマスは進んで行くと、やがて一つの本棚の前で止まり、箱の中に収納されている幾つかの紙の束を取り出す。
「そうですね……解りやすいのはこれで、政治と宗教についてはこれが、軍事に関してはこれでしょうか。あ、ちなみに此方の旅行記風のは結構ハラハラドキドキして読みごたえがありましたね。ではどうぞ」
「助かった」
トマスから幾つか預かったらそのまま床に座り込み、受け取ったエッセイを広げて読み始める―――変に本などを探すよりは、こういうエッセイ等の方が欲しい情報のみを抽出してまとめてあるのだ、此方の方が早く要点に辿り着ける。特にそこらへん、こういう学業に集中している学園ではかなり信用できるものだ。故にその場でそのまま読み始める。時間は限られているのだから。
―――読み始める。
アルゼレア王国。帝国から見て東部に存在する王国は領土の大きさでいえば帝国の半分程度しか存在しないが、このティーメル地方においては主要・大勢力の一つだと言っても良い規模と国力を保有している。王政であるアルゼレア王国は代々王族の長男が地位を継いで王となり、建国以来それを守ってきた。―――ここじゃない―――国教は炎と正義の神クリアネとなっている。クリアネという神は古代の神々の戦争では常に先陣を切り、古き神々と常に前線で戦い続けてきた血の気の多い神であり、同時に悪徳を唾棄し、正義を良しとする性格をしている。ただ同時に、大義を成す為であれば多少の不徳は仕方がないと許容する矛盾を孕んでいる。有名なエピソードとしては闇と月の神との戦いで早期に戦いを終わらせる為に騙して武器を奪い、その上で奇襲して暗殺した事に由来する。ある意味正義の為であれば手段を選ばない神として認識されている。
「……軍神とかとあんまり変わらない……」
いや、連中の方がもっと物騒だった。
エッセイに視線を戻す。
その気質が強いせいか、アルゼレアの民は悪を許さない者が多く、必要以上の娯楽等を求めない、質素な生活を行う事を美徳とする。また同時に闇の陣営によって生み出され、そしてその子孫である現代の蟲人達に対して強い敵愾心を抱いている。その他にも神々の騒乱の時代に生み出された多くの技術の危険性を訴え、掘り起こすべきではないと主張し、それが原因でグリンバルド帝国と良く衝突している。究極の理性と合理性を選択するグリンバルドと、伝統と神話を継承するアルゼレア王国ではどう足掻いても根本から相容れる事が出来ない。
「街を破壊する魔術の炎が強いのは信仰が原因か……奇跡の発動で人が溶けるのも炎から来るところか? それに教義的に躊躇する理由なんてものは一切ないな、これは」
正義という大義がある以上、疲弊しない限りは絶対に引かないだろう―――いや、或いは指揮官を殺したところで死兵化するだけかもしれない。それは相手のモチベーション次第だろう。だがクレアを犯すような暴徒化した姿を見る限り、そこまで信仰心が末端にはある様に思えない。連中だけなら指揮官の殺害で引かせられそうだな、と思う。
問題は信仰心の高い奴らだが―――クリアネの方は読むのを止めて、現在のアルゼレアに関する報告を読む。
現在のアルゼレア王国。簡単に言ってしまえば現在のアルゼレア王国は王族よりも教会の方が強くなってしまっている。その事が原因で宗教色が今まで以上に強くなっており、司祭や神官の言葉が通りやすくなってしまっている。その原因は現国王であるテイネル・アルゼレアが熱心なクリアネの信徒であり、多額の寄付を行って神殿を自費で増築する程に信仰しているという点にある。その為、クリアネ信仰の力がかなり増しており、そしてそれが影響でそれ以外の信仰がやや弾圧されている様な状況になっている。また同時にその金を捻出する為の一部の民や商人から恨みを買っている部分がある。
「ものすっごい解りやすい国家の破滅への序曲」
これだけであればおそらくアルゼレアも戦争という蛮行に手を出す事はなかっただろう。だが王国内で見た事のない不思議な服装をした黒髪の者が数人確認されている。チキュウと呼ばれる異界から漂流した異世界人らしく、その内一人がクリアネの勇者として認定され、神核を得る事に成功している。彼の神の事を考えると勇者が二人になる事は考えられないが、それでも勇者という決戦兵器に異界の才ある者達を使えば、戦線を押し上げる事や帝国に打撃を与える事も可能だろう。おそらく、近い内にアルゼレアは帝国に対して宣戦布告するだろう。だがその目的は侵略ではなく、略奪がメインとなると踏んでいる。帝国は他国と比べて特殊ではあるが、技術の発展によって国内は非常に潤っている。財政が傾きつつあるアルゼレア王国の目標は
そこまで読んだところで、読んでいたエッセイから視線を外す。
「略奪か……まぁ、確かに理由にはなる。だけど根本的にどうしようもない話だな」
金が足りないから他国から略奪する、というのは文化的ではないが珍しい事ではない。防衛できない方が悪いのだから。とはいえ、その対象となった自分達はたまったものではない。確かに学園都市であるここは多くの金が集まっているし、価値のあるものが多く存在する―――略奪をするにはうってつけの場所だ。だがそれではやや動機は弱くないかと思う。なぜわざわざ帝都の反対側にある様なこの都市を狙う。落して略奪した所で金品の輸送が手間だろう。それとも此方へと強襲したのと同じ方法で戻るのか? そんな簡単に移動できるとは到底思えない。
……何か、何か理由があると思うのだ。
とはいえ、それを考えた所で戦いが有利になる訳ではない。基本的な情報はこれで頭の中に叩き込む事が出来た。トマスが引き出したところでエッセイを戻しつつ、軽く体を伸ばして運動し、図書館に出口を目指す。結構集中して読んでいた為、時間もそれなりに経過しているだろう。
食事などを取って体を万全の状態に整えたら、システィナと合流だ。
暗くなり、相手の攻撃が始まる前の時間に決めておいた街の中央広場でシスティナと合流した。暗くなってきた事もあって人通りは大分減っているのが目に見えている。それでもまだぶらぶらと歩き回る姿が普段よりも多いのは休校で今の内に休みを堪能しようとしている人が多いから、だろうか。屋根の上から飛び降りる様にタイルの上へと着地し、歩いてシスティナの横に並ぶ。この女、こんな時でも服装は制服だけらしい。
「待たせたな」
「別に……そこまで待ってないわよ。それよりも準備は終わらせたの?」
「あぁ、連中炎の神様信仰してるからな。対策に火除けの魔道具を幾つか、後水神の護符を数枚買って来た」
「あぁ、だから炎ばかり使ってきていたのね……私、属性的に通じないし、対策とか考えた事なかったわ」
「嫌味か貴様。お前の様な超人と違って俺達一般人は徹底した対策を取らないと簡単に死ぬんだよ」
炎の魔術対策に火除けの魔道具。装着している間は熱を軽減するという効果を持った指輪を三つ、弓を引くのに邪魔にならない程度に装着している。それとは別に一時的に行う攻撃の属性を水属性に染め上げるのが水神の護符だ。とはいえ、属性が最初から付与されている魔術などでは意味がない。基本的に物理的な攻撃は
これ、一枚で数万はする高価な品だ。学割で購入しても貯金が軽く吹っ飛ぶ。だがこれで相手の魔術に対して光の矢を使わず、普通の鏃の矢だけで迎撃に入る事が出来る。何よりも魔力を消費せずに迎撃できる為、黒く塗って闇に隠れる様に加工された矢で音もなく射れば、位置がほぼバレないように動ける。
「まぁ、出来るだけの準備はしてきた」
「躊躇はない?」
「そんな余裕はない―――明日を迎えるだけでギリギリだよ、俺は。そんな事よりも其方を援護する為に此方は潜むから、作戦通りにちゃんとやれよ」
「……解ってるわ」
一瞬だけ、システィナの表情が変わったのが見えたが―――本当に一瞬だけだった。どういう変化だったのかはまるで見えなかった。だが気にするまでもない。恐怖を押し殺しながらフードを被り、完全に気配を殺しながら姿を消し、闇夜に紛れて屋根の上へと一気に音もなく、衝撃を殺して跳躍する。愛と勇気は必要ない。恐怖と殺意だけで体を動かす。この悪夢を終わらせる為であれば人でいる必要はない。人間性を、誇りを削ぎ落す。そうすれば恐怖が薄れる。もうあの悪夢は二度と見たくない。その想いだけが体を突き動かしている。それだけが今、自分の力となっている。
目的以外は全て捨てて、それで漸く見えてくる物がある。
屋根の上を音も姿もなく歩く。道路の上では待機する様に時間を潰すシスティナの姿が見える。時折キョロキョロ姿を探す様に視線を巡らせるのは此方を探しているからだろうか? どちらにしろ、システィナの武芸はお粗末と言えるレベルになる。純粋なスペック以外で彼女が勝るものはない為、潜んでいる此方を見つける事は出来ないだろう。
どうでもいい話だ。これからの戦いに集中する。
時刻は既に把握している。故に目を閉じ、祈る様に、今度こそ終わる事を願いながら時が来るのを待つ。
「―――来る」
何らかの前兆をシスティナが掴む様に小さな声で呟いた。そしてシスティナがそれを呟いた直後、神経を尖らせれば隠蔽された中に感じる魔力の気配を知覚する。生暖かい風を感じる。空へと視線を向ければ忌々しい炎が浮かんでいるのが見える。
また悪夢が始まる。
降り注いでくる炎に対してシスティナが軽く跳躍し、見せつける様に拳を空へと向かって放った―――拳圧、接触すらしていないそれで炎を砕き、降り注ぐ破壊を打ち砕きながら着地した。それはまるで相手の先制攻撃に対して挑発を返すような行い、ここにいるぞ、と喧伝するようなものだった。いや、実際しているのだろう。そしてこれだけの力を持っている存在を見逃す事は出来ない。システィナの体から溢れ出す神気が誘う様に空間に充満する。夜空に炎が増え、そして悲鳴や怒号が聞こえ始める。だがそれとは別の音も聞こえ始める。
―――鋼の音だ。
走り、迷う事無くシスティナへと向かってくる鋼の音。暗闇の慣れた目は燃える街の中を疾走する鋼の姿を見る。今まで自分が相手してきたようなハーフプレートの一般兵ではなく、それよりも練度が高まったフルプレートで完全に体を隠し、剣と盾を装着し、腰にメイスを装備した、隊列を組み、金属鎧を装着しているとは思えない速度で走ってくる精鋭兵の姿だった。その背後に付き従うローブ姿の神官戦士の姿も見えその目標が一直線に―――システィナへと迷う事無く向けられている。
―――いや、動きに迷いがなさ過ぎている。まるで
……まだ、システィナは何かを隠している。それを確信しながらシスティナと精鋭兵の衝突を見た。一定の距離まで接近した兵士の姿が凄まじい速度でブレる様に加速した。次の瞬間にはその姿はシスティナへと到達しており、その抜かれた剣の切っ先がシスティナの首に触れて―――動きを停止していた。その剣がこの戦いの為に用意された業物であるのは遠目に見ても理解できるし、神の加護が宿って強化されているのも見える。だがそれはまるで些事だった。システィナという神格を持つ存在の前では、その質量が違いすぎる。相性が良かったとしても、あまりにも質量が小さすぎる。猛毒を備えた蟻が分厚い皮膚の象に噛みつこうとしているものだ。顎が皮膚に刺さらないし、毒も通らない。
まるで意味を成していない。
首に触れた刃を片手で掴み、そのまま刃を握りつぶした。そしてそのまま、それで体勢が崩れそうな相手の姿に蹴りを叩き込んだ。
―――真っ二つに体が割れた。
腹を中心に割れた体は一瞬だけその空間で停止してから遅れて吹き飛ばされた。弾丸の様に飛ばされた上半身と下半身は後続に衝突し、水風船のように破裂しながら後続と共にミンチになった。スペック差を利用した圧倒的暴力だった。相性だとか強いとか弱いとか、そういうのとは次元が違う……そう、次元が違う。根本的に生物として同じラインに立っていない。
「押せ! 疲弊させろ!」
「ここで死ねば誉だぞ!」
剣を抜く事もなく拳と蹴りが振るわれ、一薙ぎで暴風と破壊が一気に巻き起こる。大地を抉り、近くの家屋を損壊させ、そして接近してくる兵士達の姿を簡単に引き裂く。それでもまだけだるそうな表情を浮かべる辺り、システィナが発揮している実力が本気からは程遠いと言うのが理解出来る。そもそも神格として溢れるほどの魔力を保有しているのに、この学園に入ってから戦う事で一度たりとも彼女がそれを使用するのは見た事がなかった。基本的な強化の魔術や、魔弾の魔術でさえシスティナは利用した事がない。
そもそも蹴ればその風圧で人を引き裂けるのだから、必要すらない。
―――これが神格という理不尽だった。
勇み、死兵となって兵士や神官戦士が襲い掛かる。どんな武器であろうともそれがシスティナの肌を傷つける事はないし、放たれる精神干渉や束縛の魔法はシスティナに触れる事なく
「……一直線にシスティナだけを狙って殺しに行っているな」
自分が前日まで見ていたモラルの低い兵士達とはここにいる兵士達はまるで違ってた。此方は精鋭中の精鋭、自分がまともに戦おうとすれば苦戦が必須とも言えるレベルの強さを持った兵士達だった。全員が死兵となっており、おそらく犯す事や奪う事なんてまるで考えておらず、
そこまでしてシスティナに拘る理由は何だ? 単純に足止めや倒す事が目標の様には思えない。絶対に殺さなくてはならないという殺意を抱いている様にさえ感じるのだから。
―――とはいえ、それを考える時間がある訳ではない。
兵の屍を飛び越える影が一瞬でシスティナへと向かって迫った―――その瞬間、システィナが初めて腰にさした二本の剣を抜き、二刀流で接近した姿を迎撃した。一瞬だけ生まれる火花と停滞の中、辺りを照らす炎によって影の姿が映し出された。短い赤髪の男はハーフプレートにマントを装着し、装飾の施された盾、そして片手剣を握っている。斬り込む姿は素早く、システィナには劣っているとはいえ、その劣る部分が技術力の高さによってカバーされている。システィナの動きづらい場所へと潜り込むような動きで接近し、盾で押す様に動きをズラし、それでシスティナの攻撃を空振らせてから剣で斬り込んでいる。
戦い方が非常に上手い―――格上との戦いを熟知している動きだった。次元が違うと表現できるシスティナ相手に
恐ろしいが―――殺せる。
一番恐ろしいのは司祭だ。
あの溶ける奇跡―――アレだけは絶対に発動させてはならない。アレはあまりにも恐ろしすぎる。人の尊厳というものを殺している。あの存在だけは絶対に許す事が出来ない―――故に、殺すならまずは司祭から。知覚する間もなく確実に殺す。その為に今は耐え、見つからない様に姿を隠す。耐え忍ぶ。弓兵に必要なのは何日でも耐え忍んで確実に敵を殺す瞬間を掴む機会を見抜く直感とセンス、そして心の強さ―――それで言えば自分はやはり、失格なのだろう。心の強さがどう足掻いても足りていない。
故に人間性を削る。人間らしさを削って反応を消す。恐怖という感情を感じられても、それが響かない様に鈍化させる。その上でしっかりと意識を持ち、弓と気配の遮断に全神経を注ぎ、その瞬間を求めてひたすら潜み続ける。将軍とシスティナの戦いはもはや接近すれば巻き込まれて死ぬ、というレベルの激しさに進化しており、システィナが最初に使っていた双剣は既に彼女自身の力に耐え切れず、折れるのを超えて砂の様に脆く崩れ去った。それで武器がなくなれば―――敵が攻撃し辛い武器を調達し、使い始める。
即ち死体。
腹に手を突っ込んで腸を引き抜き、それでフルプレートを纏った体をハンマーの様に腸で振り回して叩き付ける。死体を蹴り飛ばして鉄球の様に相手へと叩き込む。死体を拾い上げてそれを盾にして相手の攻撃を受け止める―――外道とでも表現すべき戦闘手段の数々をシスティナは迷う事無く選んでいた。剣が肉に喰いこみ、そしてそれで動きが鈍るのを狙っての事だろうが、それを受けて火に油を注ぐ様に怒りが燃え上がるのが見える。
勝手な連中だ―――自分から攻め込んで、そして蹂躙されると怒りを覚える。
人間のみが見せる事の出来る醜さだった。だがそれすら慣れているのか一切動きを止める事なくシスティナが戦い続ければ、盾と剣のコンビネーションがシスティナを僅かに後ろへと押し出す様に動き―――直後、システィナを中心に火柱が天にまだ届く勢いで足元から燃え上がった。一瞬でシスティナを飲み込んだ火柱は大地を融解し、そして周辺の建造物を巻き込みながら灰へと変えていた。それを放った術者らしき神官服が守る兵の間から前に出た。此方は老人、剃られた頭が特徴的だった。炎の神を信仰する者らしく、その服装は赤色が目立つ。
「殺せ……てないですね」
「この程度では未覚醒とはいえども、神格は滅ぼせませぬ。その為に神鉄を使った処刑剣を用意したのです―――彼の神が相手であるならこれで首を断てる筈です」
「そこまで何とか追い込んで見せましょう」
将軍と司祭……だろうか? が火柱へと視線を向け、中から歩いて登場するシスティナへと視線を向けた。やはり意識が此方へと向いていない―――なら可能だ。
矢を番えた弓を持ち上げ、魔力を使わず、闇に溶ける様に黒塗りにした矢―――何時も通り、放った。
放たれた2本の矢は一瞬でその目的を果たした。射れば中る。それが弓術における基本。放たれた矢は一瞬で目標である将軍の首に突き刺さりながら貫通し、その首を通された斬撃で横の司祭の首が落ちるのと同時に切り落とされた。
大地に2つの首が落ちる―――その頭をシスティナが素早く接近し、そのまま踏み潰した。思考する暇すら与えないという事をその動きで証明し、殺害を完了させた。一瞬でどよめきと混乱が兵士達に広がり、
「―――
迷う事無く走り、恐怖を撒き散らしながら逃亡を開始していた。その姿にえっ、と思いながら違和感を感じた直後、
―――ゴーン、ゴーン、と鐘の音が響くのが聞こえた。
「巻き込まれるぞ! 早く逃げろ!」
「ポーターはどこだ! 早く俺達を運び出す様に連れて来いよぉぉ―――!」
悲鳴と怒号が敵から響くのと同時に、司祭の死体が唐突に湧き合った炎によって一瞬で灰になった。そしてその死体が灰になった瞬間―――生暖かい風が街を吹き抜けた。それと同時に、どこかで感じた怖気と吐き気を覚える。急いで自分の指先を確認すれば、爪先が僅かにだが溶け始めているのが見えた。
それを知覚した直後、
―――光の糸を生みだし、自分の首に素早く巻き付けて引き絞った。
抵抗もなく、首が切断された。
「死んだら発動するのかよ……」
「まさか自動発動とは恐れ入ったわね」
「というか奇跡の予約制ってありなのか? 知覚も反応も出来ずに即死してやったのに……」
自殺から再び時間が遡行した。場所は再び我が家のリビング、テーブルを挟んでソファに座っている。
システィナと顔を突き合わせてループを超える為の作戦会議を開催していた。将軍と司祭を殺すまでは問題がなかった。問題はあの溶ける奇跡が司祭が死亡後でも普通に発動するという点だった。司祭が願う、或いは死亡すると司祭を中心に発動するという条件を考えると、実質的に止める事はこれ、不可能ではないか、と思わなくもない。実際、殺して排除するのが一般的には一番効率的な排除方法なのだから。それが出来ないとなると少々辛い。
「となると取れる手段は二つまで絞れる。事前に、来る前に排除するか。或いは外に追い出して排除するか……いや、気絶させて放置させておくって手段もあるか。或いは思考を鈍化……駄目だな、聖戦の加護で治るか」
「でもそう器用に気絶させられる?」
「あの乱戦でか? 殺すのなら出来る」
「気絶なんて手加減、私は出来る自信がないわよ」
その言葉に二人で揃って黙り込む。選択肢は制限されていた―――来る前に殺す。或いは来ることそのものを妨害するしか選択肢が残されていなかった。とはいえ、問題はここからだ、ともいえる。
「とりあえず一旦司祭の事は忘れる。その前に連中が
「となると相当な手練れが街の中に隠れ潜んでいるという事になるわね。軍隊規模での転移なんてほとんど奇跡に近い領域よ。そっちを探るのはあまり現実的ではないと思うわ」
……それもまた事実だ。とはいえ、個人的に思っている事がある。
「
その言葉にシスティナが首を傾げる。
「物事には流れと言えるものが存在する。そしてそれは無論、戦いにも存在する。実力が近い者での戦いは技術や経験もそうだが、戦いの空気や流れを掴んだものが状況を優位に動かす事が出来る。夜、相手から攻撃を開始した、という時点で既に流れが悪い。相手が状況の主導権を握っているというのがどうにも此方に有利な流れをつらせてくれない―――理想的なのは此方から殴りかかるか、或いは出鼻をくじくか、だな」
「アレじゃあ駄目なの?」
「あの程度で出鼻を挫いたとは言えない。というか奇跡の行使で敗北しているんだからそれ以前の問題だ」
「あ、やっぱり?」
「反応が軽いな」
「ここまで酷いのは初めてだけど、やり直す事自体は慣れているからね。欲しい結果が出るまで何度もやり直すのは慣れているのよ」
その結果、積み上げた事を忘れられるのならそもそも付き合いがない方が楽だ、と考え始めたのだろうか―――本当に、どうしようもなく救いのない女だった。とはいえ、そんな彼女を自分がどうこう出来る訳でもないし、自分も自分で割と手一杯なのが事実だ。他人に何かを言う様な心の広さと、そしてそれだけの余裕はない。故に思考を個人的な事から、必要な事へと切り替える。この状況をどうやって打破するか、という事に関してだ。
「真面目な話、相手の侵入方法を調べるか、或いはあの司祭を殺さずに無力化する方法を用意すべきだと思う。前回学園に行って調べたけどロシュ教授も学園長も今はいない。一番事情に通じててこちらの話が通しやすい二人がいない以上、学園側に警告したとしても―――」
「無駄になりそう、という事ね。個人では信用してくれても組織として動いてくれる人間が今はいないというのが辛いわね」
たとえばガラムやマーヴィンであれば自分を知る教授であり、個人としては信じてくれるかもしれないだろう―――だがそれとは別に、一教授という立場であって統括する立場にある訳じゃないのだ。所詮は雇われで、そして一般の職員。つまりは全体に指示を出すような事が出来る人物ではない。それが出来たのがロシュ教授、そしてパリス学園長だった。だが二人は現在この都市にはいない。その為、学園に危機を促そうとしても
そう考えるとやる価値は減るだろう。そもそも最低限の身内さえ無事でいればいいのだから、そんな大きな運動にしなくても問題はない。自分の場合、パンダにクレアの事を任せればいいのだ、この問題は大体解決している。
「頼れるのは自分だけ、か」
「皮肉な事にね」
誰よりも信じられないのは己自身であるとこの繰り返される数日の間で学んだ。しかしその間に一番信用しなくてはならないのが自分自身、そしてそれが発揮できる実力である。なんともまぁ、皮肉な話だ。一番信用ならないものを信じなくてはならないのだから。とはいえ、愚痴って毒を吐いて弱音を囁き続けた所で状況が変わる訳ではない―――生きて明日を迎えるには考え続ける必要がある。
「……やはり接近をどうにかしなきゃいけないと思う。あの司祭が市内に入り込んだ時点でほぼ負けだと思っても良い。少なくとも市内に入られた時点で被害を強いられる上に何時でも自殺からの奇跡発動で戦略的な勝利は見えているんだ、これ以上はどうしようもない」
「それは解っているけど、さっきも言った通りあまり現実的じゃないわよ? そもそも軍隊が知覚されずに接近するなんて事は普通の人間には無理だし、見つけたとして相手が空間転移のプロフェッショナルだとして、即座に逃げられるんじゃないかしら? そもそも市内に既にいるとして、見つけられるかどうかって問題もあるわよ」
「じゃあどうしろって言うんだよ」
「それは……まぁ、思い浮かばないけど……」
システィナもふざけている訳ではなく、真面目に考えて喋っているというのが解っている。ただそれはそれとして、手詰まりだというのは事実だった。逃げ道のない運命に誘い込まれてしまったような気分だった。はぁ、と盛大に溜息を吐きながらソファに深く身を預け、天井を見上げる。
―――逃げる事が出来ればどれだけ楽なのだろうか……。
「少し、休憩を入れようか」
「そうね、巻き戻ってからずっと考え続きだしね」
追い詰められたところで考えていても博打の様な考えしか出てくる事はない。頭に軽く糖分を供給してから考え直そうと決める。冷蔵庫の中からミルクを取りだし、戸棚の中に置いてあるはちみつを取り出す。はちみつは常温でもかなり粘りが強いので、カップに少しだけ移したら水を少々混ぜ、それを火の上で軽く炙って溶かす。こうなると簡単にミルクと混ぜる事が出来るのでミルクをとかきまぜ、栄養満点のハニーミルクの完成となる。冷たく、しかし甘いミルクを自分の分に軽く口を付け、それで味を確かめてからもう一つのグラスをシスティナに渡す。
「ん、ありがとう」
「お前……人に礼が言えたんだな」
「当たり前でしょ」
「今までは黙ってたからそれさえできるとは知らなかったけどな」
「それは……うん、謝るわ」
素直に謝る事が出来たのかお前、と視線をシスティナへと向ければ、軽く口元をグラスで隠す様に持ち上げた。此方の視線から守る様に姿勢を変えたシスティナはしばし無言を貫いたが、しかし諦めたようにそうね、と言葉を置いた。
「人に寄り添えばそれだけ苦しむのは自分だからね……一定の距離が欲しかったのよ、自分が苦しまない為には。まぁ、これがこの後も続くは解らないけど、それにしたって話す事の出来る相手がいるなら多少は私も対応を考えるわよ」
―――なんだ、普通の女じゃないか。
システィナの言葉を聞いて、率直にそう思った。ただ境遇が絶望的で、どこまでも救いがないだけであって、その根幹はただの女だった。神格がどうのこうのというのが実に馬鹿馬鹿しい話でもあった。そんなくだらない事で一々怖がっていたのか、こいつ、と冷静な頭で改めて考え、そして聞こえない様に溜息を吐いた。
「普通にしてれば可愛いんだから何故そうなるのか」
「なに? 口説いているの? 残念だけど貴方みたいな男はお断りよ。それに貴方はクレアを狙っているんでしょ?」
「いや、俺もお前の様な女はお断りだよ。誰がお前みたいな根暗女を好んで口説くんだ、孤独になれ過ぎて脳味噌までやられたのか、お前。それに―――クレアの事はもういい」
その言葉にシスティナが此方へと視線を向けてきた。
「どういう事よ、それ」
単純な話だ、と言葉を置く。
「
そう言葉を告げると、システィナは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべたが、何も言い返す事はなかった。当たり前だろう―――絶望して自殺するような男に、女を愛するような資格はない。極限状態で錯乱していても女の首を締めて殺そうする男だ、誰かと一緒に居られるはずがない。自分の中にある弱さと脆さを今回の件は良く自覚させてくれた。そして俺にはそういうものが過ぎたものだというのが良く理解出来た―――そういう事にかまける前に、もっとすべき事がある。もっと、自分を追い詰めなくてはならない。もっと、強くならなくてはならない。
もっと必死にならなくてはならなかった。
あんな景色を見る事が無いように。
「……改めて、情報を集めよう。判断材料も相手と戦う為の情報も少なすぎる。情報を集めない事にはまずどうにもならない」
「そうね……そうしましょう」
ハニーミルクを飲み終わった所で朝・昼と準備を進めながら情報収集を行う、という所でお互いに結論を出す。とはいえ、何か、劇的に状況を変える情報でもない限りは、おそらく夜になっても同じ結果になるだけだろうとは思っている。そもそもからして、街中に侵入された時点で半ば詰んでいる様な状況なのだ、そうなる前にどうにかしなくてはならないのに、現状、それをどうにかするヒントさえないのが事実なのだ。故にこのまま夜に突入した所で、打開する訳がない、と冷静に考えている。
人間性を削ぎ落し、冷静に、合理的に判断する―――それが今、一番必要なものだろうから。
「なんというか……ひたすら酷かったな」
「そうね……歴史に残したいレベルで酷かったわね……」
昼間、特に有益な情報が見つからなかったのでシスティナと相談した結果、ここは司祭がまともな思考をできなくなればいいのではないか? 思考が乱れている間はおそらく神に祈る事は出来ないし、死亡していないから奇跡も発動しない。これはいけるんじゃないだろうか? というアイデアだった。だが問題は大半の異常性は聖戦の加護によって遮断されてしまう為、恐ろしい程に強いレベルの毒薬でもない限り、失敗するという事実だった。
そこで登場したのがヴェルグ学園の誇るキチガイチーム。
昔、ネタで作成した薬神の加護を貰った濃縮感度1000倍媚薬を譲ってもらった。これなら多少加護によって軽減されたところで、それどころじゃないだろう、という判断だった。相当頭の悪い事をやっている自覚はあったが、笑いと馬鹿は
それが刺さった司祭はその場で射精しながらテクノブレイク、天に召されて街が溶け始めた。
歴史に残るレベルでの最悪な終わり方だった。アレと比べたら不意打ちや奇襲で暗殺される方がまだマシだった。信者がいきなりテクノブレイクした結果奇跡を発動させる事になる神の方もかなり哀れだったに違いない。ただし絵面が酷すぎた上に周りの兵士達までもがドン引きの表情だったので、おそらく永久にこの手を使う事はないだろうと思う。滅びの理由・射精とかいやすぎる。相手もこっちも神も誰も彼もが可哀想すぎて被害者しか存在しない酷い1周だった。
―――ともあれ、
「やっぱり時間をかけて相手の侵入手段を調べる必要があると思う」
「だからそんな時間はないでしょ」
「いや、時間なら有限だけど無限に用意されているだろ? いい加減無策に夜に突撃しても成果が上がらないし、意図的に自殺して時間をリセット、情報収集の時間を伸ばすべきだと思う」
それが今、一番必要な事だと思う。相手の攻め手を理解する事がやっぱり、今一番必要な事だ。これを理解するだけでもまるで状況が変わる。受け身にしかなれない状況から
「駄目よ。死が決まっている状況での自殺はしょうがないわ。だけどそうでもない所で死ぬのは精神的に苦痛が過ぎるわ。2回や3回なら耐えられるでしょうね。だけどその回数が増えれば増える程心が壊れるわ。そもそも人の心は死ぬという事に対して慣れる様に出来ている訳じゃないんだから、自殺なんて連続で続けたら簡単に壊れるわよ」
それは違う、と首を振る。
「そもそも明日が来ない限り死んでいるも同然だ。明日を迎えない限りは死に続けているんだ。何をどうしようが、手段を選ばずに勝つ為の手段を見つけなきゃ明日が来ない。廃人になるか、明日が来るか。そのどちらしかないだろう、俺もお前も―――いや、お前は神だったな。或いは加護か何かでご都合主義もあるのかもしれない」
だけど、
「俺は人間だ。特別な能力を持っている訳でもないし、特殊な血筋をしている訳でもない。本当なら既に死んでいるのが延長戦に入っている様なもんだ。今更、躊躇するものはない。既に覚悟は決めてある。後はやるかどうかって話だろう?」
難しく考える必要はない。やるか、死ぬか。それだけの話なのだ。そして今、それ以外の選択肢は存在しない。
強ければまた、別の選択もあったのだろう。だが自分は未熟、そして弱い。システィナも神話に語られる様な全知全能の神ではない。お互いに出来る事に限界がある。それならば、果たすべき事を全力で成し遂げようとするのは間違いではないと思う。……いや、これ以外に手段がないのだ、今は。
それをシスティナへと告げると、システィナは此方の顔を見てきた。そしてそのまま、
「―――貴方、本当にエルディレイ?」
そんな言葉を投げてきた。システィナの言葉に言葉を傾げ、
「本当に、とは」
「いや、だって……貴方、今まで私が知っている貴方とはまるで別人よ?」
そりゃあそうだ、と言う。
「こんな状況の中で誰がそのままでいられるんだよ。今まで通りの俺じゃあ手段を選んでしまう。それじゃあ絶対に勝てない。発狂しちまう。だったら多少は人間性を削ぎ落して覚悟決めた方が動けるだろ? そもそも恥とかはもう晒した後だしな……。そんな事よりも自殺して情報収集を徹底しないと道が開けないと思うんだが」
言葉を返すと、システィナが俯いた。こちらの言葉に反応示さない彼女が少し不思議で、小さくシスティナ? と呼びかける。それを受けた彼女が少しだけ、力のない声で呟いた。
「そう……解ったわ。じゃあ、貴方の言う通りにしましょうか」
どこか、悲しみを感じさせる、絞り出すような声だった。その意味を理解する事は出来ないが、それを気にする時間はない。話し合って決めたのなら即座に行動に起こす。システィナは少し休むようで、椅子から体を持ち上げる様子を見せない。まぁ、彼女からすれば慣れたループなのかもしれない。それとは違い、自分には余裕なんてものはない。少し遊べても、死の恐怖は常に胸に残る。
故に手段を選ばず、前に進もう。
好きなだけ死ねるのだ―――何度も何度も繰り返してでも、這ってでも、心を砕いてでも明日を迎える。
逃げ場のない極限状態に置かれた時、取れる選択肢は二つ。壊れるか、或いは適応するか。既に下地が出来ている分レイくんにはそこまで難しくない話である。誇りを捨て、戦士の自負を捨て、人間性を削れば矜持だけが残るのでそれだけを守れば良い。こいつは適性があった。
だが果たしてその変貌を見る者の思いは。
正気、人間性、そして命は補充が可能な消費リソースである。