「―――んー! 美味しい! やっぱり秋と言ったらこれですよこれ!」
そう言ってサアキは口いっぱいにマロングラッセを 頬張っていた。幸せそうな表情で食べるそれはクレアから自分が貰ったものだった。アルバイト先で大量にもらったのは良いが、明らかに食べられる量を超えているので幸せのおすそ分け、と。とはいえ、俺も一人で食べるのは寂しい。そういう事もあって何時もの研究室に全員がいる所で持ち込んできた。気づいたころにはレヴァンが紅茶を入れ終えてあり、女子共がテーブルの横に待ちわびる様に座り込んでいた。本当に甘味に対しては素直な連中だ。
5人でテーブルを囲んでお茶を楽しんでいた。
開いている窓からは秋季に入った事から紅葉し、散り行く葉の様子が良く見える。それがカラフルに外の世界を彩っていた。それを無駄に処理しようとせず、風の魔術を使って芸術に傾倒する学生達が葉を使ったアートに挑戦していた。紅茶自体に甘さは少ないが、マロングラッセの甘みを感じるのであればこれで十分すぎるものだった。最近は女子に付き合って甘味を食べる事から、自分の舌も大分肥えてきたな、と思う。
……そう。ここには5人座っている。システィナもいる。普段ならガンスルーか、一人で食べているかだろうが、少なくとも自分がいる時であればこうやって輪に加わるようにはなった。相変わらず他人に話しかけようとしないのは一緒だが。
ともあれ、そんな5人で穏やかな秋季を迎えていた。
「んー、クレアさんには後で感謝してお返しを持って行きませんとね。この季節はカボチャも美味しいですし、パンプキンケーキでも作ってお返ししようかな」
「そう言えばサアキって料理が結構出来たよな」
「私ですか? それは勿論ですよー。錬金術って何よりもレシピ通り、正確に作成する技術が必要なんですから、
個人的な趣味の部分もあるのだろう、サアキは料理の話をするのが楽しそうだ。
サアキの料理の腕前を100が最高得点で評価するのであれば、70ぐらいになる。このレベルは十分にお店で売り出す事の出来るレベル……アマチュアを半分卒業しているレベルだ。
「そう言えば他の皆はどんな感じですか? 料理は」
「俺は人並み程度……まぁ、可もなく不可もなくって感じだ。得意じゃないけど簡単に焼いたり煮たり、味付けするのは出来るな。解体が一番得意」
「あー……」
全員揃って声が被る。そんなに解体する姿が似合っているとでもいうのか―――いや、確かに元猟師だし、慣れていると言えば慣れているし、戦闘用の服装も基本的にはそういう方面の人間用の服装だ。まぁ、確かに見た目からして解体が得意そうではあるよね、と思わなくもない。だけど俺、そこまで蛮族チックに見える? と首を捻らざるを得ない。
ちなみに自分の数字を数値化するのなら大体40~50ぐらいだと思っている。
「パンダが料理出来る訳ねぇだろ!」
「すまん……基本的に料理人に任せて食べるだけだったからな、自分で作る事に関しては興味も持った事がなかったな」
パンダはある意味予想通り……? いや、以外かもしれない。あのパンダハンドで銃を振り回している癖に料理が出来ないとはどういう事だろうか? 銃使いは基本的にメンテナンスが必要とされる為、大雑把な性格の人間には向かない武器でもないのだが―――いや、パンダだからと言ってしまえばそれはそれで納得してしまいそうな不思議がある。慣れたというよりはもはや諦めてしまったパンダの不思議であった。
そしてレヴァンに関しては―――やんごとなきお方、というかその血筋がこの国における最も尊い血筋に入るものだと段々と察せているので、仕方がないと言えば仕方がないのかもしれない。実際、レヴァンの立場の人間が料理に手を出す前に他にやるべき事が多いだろうとは思う。……というより、良くもこんな学園で遊んでいる時間があるよな、とは思わなくもない。
パンダとレヴァンが語った所でシスティナへと視線を向け、
「で、お前はどうなんだ」
「私? 人並みには出来るわよ。一人暮らしが長いし」
へぇ、と呟く。
「何時も外で食ってるからてっきり下手なのかと思ってたわ」
「そんな事ないわよ。一人で暮らしてたからそれなりに料理や家事も出来る様になったけど、それでもやっぱり美味しいものは食べたいじゃない? 自炊するよりも外食した方がやっぱり美味しいのよ―――私、太らないし体調を崩さないから偏食しても問題ないし」
「それは素直に羨ましい」
マロングラッセを口の中に放り込みつつ、体型維持とか栄養バランスを気にせずに好き勝手食べられるのは純粋に羨ましいとしか思えない。肉体を維持する以上、ある程度運動と魔術で整えられるのは事実だが、食生活をある程度監視しておかないと必要な筋肉が育たなかったりするので、常に好きなものが食べられるという訳ではない。自分も、ちゃんと食べる物は考えて食べている。だが神の肉体を持つシスティナはその心配がない。
心底羨ましい話だ。
「システィナさんも料理出来たんですか。今度一緒に料理してみませんか? 料理というか甘いものを作ろうかと思うんですけど。秋は色々と美味しい季節ですから」
「……そうね、考えておくわ」
チラリ、とシスティナの視線が此方へと向けられる辺り、まだぼっちを拗らせているのが解る。だがその勇気を察しているのは自分だけではない。パンダがシスティナに見えない様にサムズアップを向けてきたし、レヴァンもどこか満足そうな表情を浮かべている。いつの間にか仲良し5人組がこの半年で出来上がってしまった。まぁ、楽しいから文句はないのだが、と苦笑する。
「王国との戦いも下火になってきたおかげで今年も運動会と学園祭が開かれそうだし、何時もの日常が返ってきたって感じがするな」
「あぁ、5日ほどの距離まで王国の大隊が潜んでいたって話を聞いた時は肝が冷えたな」
「まぁ、一瞬で蹴散らしたらしいけどな」
夏―――三の月の終わりごろ、システィナと俺が何度も戦ったあの王国軍が潜伏している場所が発覚した。偶然からの発覚ではあるが、即座に敵の領土侵入を確認した帝国は帝都から将軍を派遣し、精鋭チームで一気に壊滅させて
―――当然ながら兵士は一日のほとんどを鍛錬に時間を注げる。それが役割だ。
そして王を支える
だけど彼らの様な力があれば……と、思わずにはいられない。
そうすれば俺もまた、違う選択肢を選べたのだろうか。
「王国が裏から此方を襲おうとしたからな。調子づかせない為にも一発叩き込む必要があったからな」
そういう事もあって帝国はそのまま王国に攻め込んだ。翁対勇者という地獄の対戦カードを組むも、帝国は戦場に王国の領土を、それもまだ肥えている大地を選んだ。勇者の様な派手な破壊を起こす存在が暴れれば、それは土地の破壊や死に繋がる。戦後の事を考えるのであれば派手に暴れさせることが出来ないのは王国の懐事情を考えれば予想できる。
そういう事で全力を出し切れない指示を出された勇者対帝国の化け物人間との勝負が始まり、数で囲まれてリンチされて勇者は一瞬で討たれた。物語の様に常に勇者は勝利し続ける訳ではなく、最大の手札を失った王国は大きな打撃力を失い、その勢いを一気に鎮火させた。
その内、王は責任を取って斬首されるだろうなぁ、なんて話は偶に聞く。それに対してはざまぁみろ、としか言葉がなかった。
―――ざまぁみろ。
「ま、そんな訳で帝国と王国の間で紛争は現在手打ちになった、って感じだったか―――相変わらず馬鹿みたいに強いな、帝国は」
「強くなくては我が―――ごほんごほん……親愛なる帝国は生存できなかったからな」
「もうその雑な隠し方止めれば?」
そう言われたレヴァンがショックを受けた様な表情を浮かべ、部屋の隅の専用ベッドで丸まりながら寝ているレグナが軽いくしゃみをしていた。他のクラスはどうだか知らないが、ここにいる5人なら大体どこ出身かを察してながら、何時も通りの対応を続けているのだから、今更出身をバラした程度でどうこうする訳がないだろう。
「じゃあ俺実は皇室出身なんだが」
「雑な隠し方止めたと思ったら雑なカミングアウト始めた」
「だから扱いも雑なんだろ」
「良し、表に出ろ。燃やしてくれる」
「まぁ、まぁ、まぁ……というか男子達のノリというか結束力って高いですね」
事あるごとにこの3人で馬鹿をやっているのだから当然だろう―――実際、クラスの外で遊ぶ場合、この3人で集まって遊ぶというパターンが多い。その次に5人全員、後は細々として授業での付き合いとかそういうものだ。こうやって研究室が一緒な分、どう足掻いても一緒に居る時間は多いのだ。まぁ、何だかんだで此方での生活も6ヶ月が終わって7ヶ月目に入る。こうなってくると日常と言うものも出来上がってくるわけだ。
「雑皇子ー」
「雑皇子止めろ」
「雑皇子マロングラッセ好きー?」
「好きだが雑は止めろ」
「味覚は雑ー?」
「そろそろ本気で怒るぞ」
「もっと雑にキレろよそこは」
普通にキレた。炎の剣を生みだすとそれを振り回してくるのですかさずパンダの背後へと回り込んでパンダを盾にする様に立ち回る。炎剣が振り回されるたびにパンダが毛がぁ、毛がぁ、と叫びながら震える姿が地味に面白い。いいぞぉ、そのパンダヘアーを刈り取ってやれ、としばらく茶番に興じているとサアキが爆弾を取り出し始めたので大人しく椅子に戻る。
爆弾には誰も勝てないのだ。
―――それはそれとして、
「秋季は二の月は運動会、三の月は学園祭だっけ?」
「あぁ、イベント盛りだくさんって感じだな」
運動会も学園祭も、どちらも学生たちがはっちゃける為の場所だ。学生らしい青春を過ごす為の時間だから、かなり学園側からも気合いを入れている。だが当面の此方の問題は学園祭の方だろう。何せ、
「私達だけで何か学園祭に出店しろ、って言われていますからねー……」
「三月準備期間があるだけまだマシだけどな」
学園祭は学生が金を稼いだり、一般に対して自身の技能や技術をアピールする事が出来る場でもあるのだ。その為、相当数の学生が出店やサービスに関連する事を行おうとしている。既に単位をここにいる皆が取得し終わっているのは事実だが、それでもロシュ教授からこの学園祭では何かやらなくてはならない、という課題を貰っている。集まった天性の素質と才能を持つ5人組……一緒に何かをするとなると非常に良いパフォーマンスになるだろう。
「この5人で何をしろってんだ」
「無難にお店系?」
「あ、私料理系でしたら手伝えますよ!」
まぁ、だよな、とは思う。それが一番無難だろうとは思う。
「だけど料理系をやった所で他の連中と被るだろう。どうせ教授の事だからもっと記憶に残る様な面白いもんを期待しているんだろうし」
「ならアレか―――神格と腕相撲、勝利したら賞金総取りとか」
「!?」
唐突に話題にあげられたシスティナが飲んでいた紅茶から顔を上げ、驚愕の表情を浮かべるが、確かに神格と遊べるのはここぐらいだよな、とは思う。そう考えるとこの学園、このグループでしかできない事と言えば、
「―――ティナを生贄に捧げる事……?」
「待って。流石に異議を申すわ」
「という訳でティナを生贄に捧げる方針だけどこれに対して異論のある人―――はい、いないな。という訳で俺達の学園祭におけるテーマは神格で遊ぼう、という事で。普段は接する事さえできない天上存在! そんな神格と遊ぶ事が出来るぞ!」
「相手が相手ならダイナミック不敬なんだよなぁ……だけど面白そうだ。おそらく神格パイ投げとかやったら歴史初どころか俺達の名前が教科書に残るかもな―――史上初、神格を持った存在にパイ投げの的を強要させた人類として」
「採用で」
「採用で……じゃないわよ! それ私損しかしないじゃない!」
当然の如くシスティナが怒り出した。それを見て視線をレヴァンの方へと向け、レヴァンが頷いた。紙とペンを取り出すとそこに計算を始める。連続で書きこむ内容を横からシスティナに見せる。
「あー……そうだな、ゲーム風にしてある程度制限を加えて、特賞みたいな形に落として集客率を上げるとして、1回のゲームでこんな感じの値段の場合……こうなって、そしてその場合システィナに入る金額は……」
「……」
書かれる金額にシスティナが一気に黙った。真顔で悩むような様子を浮かべるシスティナの姿にやっぱこいつ金の話には弱いよな、と心の中でそのチョロさに溜息を吐く。ぐぐぐぐ、と小さく唸り声を上げている。顔面に叩き付けられる人間としてのプライドと、そして金で美味しいものを食べる気持ちが今、戦っている様に思える。その姿を見て、小さく呟く。
「……学生としての思い出、少しは作ろうぜ」
そう言われてシスティナの唸り声は停止し、数秒間沈黙してから、
「……じゃあ……やる……ただしちゃんと売り上げの何割か私に回してよね?」
「チョロイぜこいつ……」
「シッ、聞こえるぞ」
初めてのまともな友人関係にやや気を許しているのは解るが、システィナの対応は少々チョロくね? と思わなくもない対応だった。お前、もうちょっと言える事あるだろう……と思いながらも、楽しそうに計算を始めるレヴァンと、少しだけ楽しそうにするシスティナを見ていると、言うのを止める事にする。まぁ、楽しければいいのだ……楽しければ。それが許されるのが子供の間なのだからだ。
……まぁ、俺はその年齢の範疇をやや逸脱しているのだが。
窓の外、紅葉する葉の姿を眺め、落ち葉の色彩を使って芸術を描いて行く姿を見て、そして口に紅茶を運びながら秋の到来を感じていた。
秋、二の月最大のイベントと言えば運動会になる。何故この季節にやるのだ? と言われるとちょっとした理由があるらしい。何でもこの運動会、まるで普通ではないらしい。夏にやると物理的に炎上した場合、余計に暑くなって倒れる人間が増えるので、炎上しても暖かくて丁度良いぐらいである秋に態々やる事にしているらしい。
頭おかしいのか貴様ら。そう言いたくなる運動会の前情報だった。
だが実際に見て、確かにこれは頭おかしいわ、としか言葉が出なかった。
―――開会式。
「私が学園長である。だが態々運動会で諸君らに放つような言葉はない。正々堂々? 違うな……世の中勝つ為の努力をした者のみが勝利する事を約束されている。故に手段を選ぶな。ライバルを蹴落とせ、そして勝利の栄光を手にせよ」
スポーツマンシップ全否定から運動会は始まった。学園長がそれでいいのかよ、という感想はその直後に始まった第一競技の姿によって一瞬で消え去る事になった。
「えー……第一競技は1年生による爆弾投げ入れになります―――!」
そして紅白で分けられた学生たちの地獄が始まった。
爆弾投げ入れ。それは高いポールの中に本当に爆発する爆弾を投げ込むという狂気の競技だった。投げ込む力が強すぎると投げ込まれた爆弾同士が反応しあって連鎖爆発を起こしながら投げ込む場所そのものを破壊してしまう他、普通に爆弾を相手側へと叩きつけることによるダイレクトアタックまでが解禁される恐ろしい競技だった。競技というかコロシアムで見かける様な処刑の内容だった。だが熱狂に染まった学生たちはそんな事を気にする事なく全力で爆弾を投げて地獄絵図を繰り広げていた。
結果、紅組0点。白組0点。どちらも爆弾を互いに投げつくして全員がどこか焦げた状態でグラウンドに倒れ伏した所で競技が終わった。
これが最初だから頭悪い。
「はい、退いた退いた! 医療班お通りだ!!」
「治療されてぇ奴から前にでろ!」
「骨折か!? 火傷か!? 打撲かな!?」
「なんでアイツらモヒカン姿になってるんだ」
「噂では聞いていたがツッコミ所しかないな」
モヒカン姿の医療部隊がグラウンドで死屍累々と倒れる学生たちを回収し、医療スペースへと運んでゆく―――回復魔法は処理が非常にめんどくさく、骨折用、消毒用、皮膚再生用、筋繊維再生用、と様々な種類が存在し、一つ使えば全部回復する、という利便さは
というかインテリじゃないと回復の魔術は無理だ。
神の奇跡以外でそういう瞬間回復が出来る可能性があるとしたら、虚無属性による《外傷消去》か、時空属性による《遡行》による状態の変化と上書きぐらいだろう。それぐらい回復魔術とは面倒で、それを纏まった数用意、運用できる事は凄い事……なのだが、
なぜモヒカン。火炎放射器の様な機械で消毒液を散布しているし。
そんな光景をやや引きつった笑みを浮かべながら学生の待機席の一スペースで眺めている。運動会に関しては規定制服みたいなものはなく、自由な服装なので動きやすいマントを除いた何時もの戦闘用服装を着ている。そうじゃない者は制服姿だったりして、レヴァンは少し改造された制服を着ており、パンダはコートを羽織った姿だった。男三人、グラウンドに一番近い場所に座りながらカオス運動会を眺めていた。
「しっかし一日が終わる前に学園が終わりそうだが大丈夫か、これ?」
「知らない。俺もここまでこれが派手だとは聞いてなかったからな……」
「運動会……恐ろしいイベントだ……」
そう言っている間に次の競技が始まる。今度は何だろうか、と事前に配布された予定表をチェックしてみる。そこに書かれているのはカオスという言葉で表現できる競技の数々である。次に上がってくるのは戦犯探しゲームだった。
「どんなゲームだよ……」
「お、ルール説明が始まるぞ」
MCの学生がマイクを片手にルール説明に入る。
「いいかお前ら! グラウンドに入ったお前らにはまず一枚のカードが配られている! 他人には見せていないな? そこには数枚だけ戦犯って書かれたカードが混じっている―――そう! このゲームはその戦犯のカードの持ち主を狩るゲームだ! 戦犯は時間切れまで生き残った場合はそのチームに多大な点数が入る! つまり相手の戦犯をぶち殺して自分の戦犯を守るってゲームだ!」
「どこの地獄だよ」
「必死に戦犯を守るという絵図」
「誰がこんなゲームを思いついてるんだ……」
パンダ、レヴァンと揃って膝を抱え乍らグラウンドで始まる地獄絵図を眺める。紅組が唐突に疑心暗鬼に陥る白組を指さし、お前今日から戦犯な! と叫びながら殴りかかった。アリなのか……と思いつつも教師側から活きの良い生徒だ、なんて声が出てくるのでぇぇ……としか反応が出せない。気が付けば爆弾投げゲームの時みたいな戦争状態が再び始まる。基本、この運動会では技能の使用禁止がないので、全員が普段は振るえない力を全力で勝利する事に振るってる。
馬鹿しかいねぇ。
「俺達の参加競技ってなんだっけ」
「障害物競争」
「嫌な予感しかしない」
というか第一競技と第二競技で参加した学生たちがほぼ全滅しているのだがそれはいいのだろうか? 視察に来ている騎士たちが爆笑しているからたぶん良いらしい。帝都出身の騎士たちが視察や通っている子の様子を見にこの運動会にいるのが見えるが、爆笑している姿を見ると個人的な騎士のイメージというものが崩れて行く。
それはそれとして、
「レヴァン、お前のパッパは流石に来ないよな」
「来ようとしたが母上に殴り倒された」
「来ようとしたんだ……」
フットワーク軽いけど色んな意味で阿鼻叫喚としそうなので、ぜひとも卒業式までは来ないでくれた方が助かるかなぁ、と思っていたりはする。若干、興味がないかと言えばウソになるのだが。一回ぐらい、自分の国の主は見ておきたい。レヴァンの話を聞く限りは日常が楽しそうなオッサンにしか聞こえないが。
とか考えている間に第二競技終了。インターバルを挟んで第三競技に移るが、その前に学生チア団によるパフォーマンスが始まる。無論、学生チア部は存在するが、それとは別に参加する事で単位や内申点を貰えたりする他、好きな子に対してアピールできるという点もある為、割とチアの人数は経験者、素人含めて多かった。
ミニスカートにヘソ出しルックの姿、異世界より伝えられた文化が今、負傷者が運ばれ終わった無人のグラウンドに揃った。
「良い」
「素晴らしい」
「毛深さが足りない」
お前は竹林に帰れ、と思いながらレヴァンと硬く握手を交わした。グラウンドに揃ったチア達は手足を大きく動かし、胸を弾ませながら応援し、声を放っている。その姿を眺めてグ、っと拳を握りながらいいぞぉ、と心の中で叫ぶ。こうしていると俺もこの学園に来てから大分世俗に塗れてきたなぁ、と思わなくもない。まぁ、実際女に対する欲だってある。己も男だ、性欲の一つや二つ、存在するのだ。とはいえ、自分が今まで抱いたことあるのは商売女だけだ。
「む、お前がご執心の相手もいるぞ」
チアの中にはクレアの姿もあった。恥ずかしがっているのか、少々顔が赤く、一瞬だけ、此方へと視線が向けられ、顔が更に赤くなった様に見える。その姿を眺めていると、横からレヴァンとパンダが肘を叩き込んでくる。うるせぇ、お前ら、と肘を叩き込み返す。
すっぱり、恋は諦めたのだから。
「はぁ、出番まで遠いしなんか適当にメシでも買ってくるか」
「あ、うんじゃあ俺の分もよろしく頼むぜ」
「適当にな」
「お前ら……」
苦笑しながらパンダとレヴァンから金を貰いながら立ち上がり、グラウンドから離れた屋台エリアへと向かって行く。軽食とかが売られている屋台エリアは大量の客を相手に少しでもアピールと金稼ぎを行おうとしている学生達が学園の許可を受けて開いている、学園祭前の前哨戦とも呼ぶべき舞台だ。ここで軽く印象付けておけば、続けて客が学園祭にも入るだろう、という狙いなのだろうと思っている。まぁ、そんな事はどうでもいい。重要なのは串焼きとか手を汚さずに食べられるものがここで簡単に購入、食べる事が出来るという事実だ。
とはいえ、向かう場所は既に決めている。屋台の設置してある区画へと向かえば、見覚えのある二人が屋台の向こう側から客の対応をしているのが見える。木皿の上にパイを乗せ、客がそれを持ち去って行く。今さっきまで客に対応していた姿は二つ、エプロン姿のサアキ、そして同じくエプロン姿でバイトに駆り出されたシスティナだった。
生産活動を行え、それを売却が出来るサアキは最初は貧乏だったが、ポケットマネーに余裕が出来るぐらいには今はリッチだ。少なくとも同じグループの貧乏人仲間を脱出するぐらいには余裕があるらしいが、それもこうやってイベントに便乗して積極的に働いているからだろう。自分もバイト、増やしたほうがいいんじゃないのだろうか……そんな事を考えながら片手でサアキとシスティナの二人に挨拶する。
「よっす、とりあえずミートパイ3人分」
「はーい、いらっしゃ―――営業スマイル向けちゃって少しだけ損しちゃったかなぁ」
「客だぞ、営業スマイル向けろよ」
「駄目ですよー。五傑衆の身内であるレイさんには私から身内スマーイル」
そう言ってニッカリ、とサアキが笑う。そんなサアキの横にいるシスティナへと視線を向け、アイコンタクトで意外とこいつ、恥ずかしい奴だな、と共通の認識を得た所でサアキがなんですかー、とぷりぷりと怒ってくる。謝るから爆弾を無意識に握り出すのを止めて欲しい。人間である限り爆破を食らえば死ぬんだから。
「んで、そこの仏頂面はちゃんと働いてるのか?」
「システィナちゃんならちゃんと働いてくれてますよ。お金が絡むと途端にイキイキとし出しますよね」
「そ、そんな事はないわよ! ……でも、ほら、私って一応神だし? 奉納品が少しはあってもいいんじゃないかなって私は思うんだけど」
「お、そうだな」
雑な受け流しにシスティナがギロリ、と視線を向けてくる。目線だけで軽く呪殺できそうな神格の事は忘れ、サアキにミートパイを3人分布でくるめて貰う。何だかんだでサアキが作るパイシリーズの中で一番おいしいのはこれの気がするんだよなぁ―――と思って口にすると、サアキが苦笑する。
「私、元々は貧乏な家の出身ですからね。今は錬金術が自由に出来てそれを自由に売る事が出来るからちょっと生活が楽ですけど、昔は砂糖なんて貴重品だったんですよ? 錬金術で砂糖を抽出する方法を覚えて漸く甘いものを作れるようになりましたからね……だからやっぱり作り慣れているのはミートパイとかの方ですね。お婆ちゃんの大好物です」
「ほんと良い子だわこの子」
「俺の穢れた心に突き刺さるぜ」
誰もが特殊な背景を保有している五傑衆の面々だが―――驚く事に、
そんな風に軽く談笑し、時間を潰していると、失礼、という声が聞こえた。
「中々美味しいミートパイが出ている屋台があると話を聞いたがここかな?」
そう言って騎士服姿の男が屋台の前に立った。このままでは邪魔だな、と横に移動して騎士が前に進むスペースを作る。
「あ、はい! 何人前でしょうか」
「4人前で頼む」
そう言ってミートパイを頼む金髪碧眼の男は実に絵になる姿をしていた。青と白のサーコートに腰に帯剣しており、短く切り揃えられた金髪を後ろへと軽く流しており、清潔で清廉な印象を受ける姿をしていた。その服装と、そして装備からこの男が騎士である事が容易に解る。
―――帝国は大きく分けて騎士と兵士で
兵士とは簡単に言えば
それに対して騎士とは国の武器である。もっと簡単に言えば騎士とは武勲を上げる事で賜る一代限りの貴族であり、もっと噛み砕いて言えば
根本的に兵士と騎士では指揮系統が違う為、騎士が兵士に命令する、或いはその逆という事もない。やや面倒だが、そういう特殊な用兵システムがこの国にはある。その原因は遠い昔に遡るらしいが―――あまり、興味のない事なので覚えてはいない。
しかし騎士とは珍しいものだ、と装備を見ながら思う。サーコートは無論帝国の刺繍が施されたもので超高位防護が施され、剣も鞘から抜かれていない状態であれ、名剣であるのが理解出来るだけの気品を感じさせる。これは強いな、と無意識に力を計ってしまい、軽く息を吐く。さっさとミートパイが暖かい内にパンダとレヴァンに食わせるか。そう思いながら立ち去ろうとしたところで、
「む、君、少々待ってもらっても良いだろうか」
去ろうとした此方の姿を、騎士が止めた。なんだろうか、と思いながら足を止めた。
「えっと、何でしょうか騎士様」
「いや、別に何か粗相をしたという訳ではないから安心して欲しい。ただ少々気になる事があって……な。ともあれ、少々そのまま立ち止まっていて欲しい」
「はぁ……」
気が抜けるような返答をしつつ、ミートパイを抱えながら騎士に言われた通り、足を止める。そうすると騎士が近づいてくる。そのままふむ、と呟きながら此方を観察する様に見ながら、質問を投げかけてくる。
「君の出身は?」
「辺境です」
「歳は?」
「20に……いえ、秋の一の月に加齢したので21でしたね」
「ほほう、成程。ふむ……目元は似ているな。……辺境ということは……成程……だが、やはり確証は聞かないと取れないか……失礼、最後に一つ質問を宜しいだろうか?」
言葉遣いが変わったか? と少しだけ、騎士から自分に向けられる視線に変化を感じた。どうぞ、と短く返答した所で、では、と言葉を置いた。
「名前を、宜しいだろうか」
「エルディレイ・リュンセルです」
「リュンセル、か。成程……」
そこで騎士の男が浮かべた表情をどう表現すべきだろうか―――あちゃー、とも困ったとも、どうしようかこれ、と色々と入り混じった、結果的にやっぱりなんか困ったような表情を浮かべていた。言葉をどう切り出せばいいのか、それに困ったような表情だった。これ、あまり良い予感しないなぁ……なんて事を考えているとそうだな、と言葉を置かれた。
単刀直入に言おう。
「―――私は君の母方の生家を知っている。興味はあるかな?」
「中々良い店だね」
「えぇ、まぁ、自分も結構ここは気に入ってます」
学園を許可を貰って抜け出した先で、やってきたのは都市部にあるカフェだった。レヴァンの紹介で教えてもらった所だが、流石舌が肥えているだけあって中々味も雰囲気も良い店内内装のカフェだ。密談用に隅の席を選び、騎士と正面から相対する様に座っていた。既にミートパイはシスティナにお小遣いを渡す代わりに渡すのを頼んであるから心配はいらない―――あいつ、日に日に俺からの扱い悪くなってない? と思わなくもない。神秘のヴェールが剥がれればこんなものなのだろう。
「それではまず自己紹介から始めさせてもらおう。騎士ルドルフ・ゼイヒマンだ。騎士には成ったばかりでな、ルドルフと呼んでほしい」
「あぁ、はい。先ほど説明した通り辺境出身のエルディレイ・リュンセルですが……」
「うむ。私はそのリュンセルという姓名を知っている……ただこの話をするには私は少々昔の話をしなくてはならないのだが、良いだろうか?」
「……お願いします」
時間はある。まぁ、運動会の一つ、サボった程度でどうにかなる訳じゃないし、許可は貰っている。何よりもこの事に関しては自分自身が興味を持っている。母の生家。それは親父が全く話題にあげない事の一つだ。貴い血筋である事は理解していた。だがそれ以上、どうやって出会ったとか、生家はどんなものだとか、そういう話は一切してくれなかった……その為、やや気になる、と言えば気になる事だった。なので頭を縦に頷かせて、先を求める。
運ばれてきた紅茶を片手にそうだな、とルドルフが言葉を置いた。
「帝国が十数年前までは次元回廊の研究を行っていたのは知っているかな?」
「いえ……」
「まぁ、今でもそうだが、帝国は次元回廊を危険視している。魔王、異界の漂流物、侵略者、数多くの混沌と危険が次元回廊を渡り我らの世界へと漂着している事は既に周知の事実だ。この次元回路の場所をだが、誰も知らない。誰もその場所を知らないのに、その機能と結果のみを理解している……もし、誰かが、何かが自由に次元回廊を手にすれば、それは世界を自由に越えて操る力を得る事になる。事実、帝国の高い技術力はかつての発掘品のリカバリーだけではなく、建国に進んだ技術を持った異界人が関わっているのに理由がある」
世界と世界を繋ぐ次元回廊。その場所を誰もが知らない。
だがそれは開きっぱなしで、時折異世界の存在を此方へと呼び寄せたり、向こう側へと気まぐれに送り出している事は有名だった。高位の召喚術ともなれば回廊の向こう側の存在を呼び出して一時的に使役する事が出来るという事でも有名だ。
「この中部大陸最大の国家として、帝国には次元回廊をどうにかする必要性がある……悪戯に異世界の者を呼び寄せられ、それで混沌に染まる国を放置する事は出来ない。そういう事で帝国はかつてから次元回廊を封鎖する方法を模索してきた。だが次元回廊に関する実験を行っている時にちょっとした事故が発生した―――これは大凡、30年前の話だ」
結構遡るんだな、と思いながらルドルフが紅茶を飲み、喉を軽く潤す。その動作一つ一つが絵になるからイケメンという生物は卑怯だなぁ、と思わなくもない。ともあれ、30年前ともなれば自分が生まれる10年も前の話だ。かなり古い話となってくる。
「この次元回廊への干渉実験で帝国は偶然にも一人の異世界人を呼び出してしまった。当然ながら事故だ、帝国はその生活を保障する為に衣食住を提供する他、この世界で生きる為に必要な知識や技術を教える事を決めた」
「……それが俺の親父、ですか」
「正解だ。そして彼を一時的に保護したのが君の母方の生家になる」
それを聞いて、唾を飲み込む。親父、意外と俺の知らない所で凄まじい冒険をしてたんだな……なんて事を考えながらも、今まで知らなかった親の話に少しだけ胸が高鳴るのを感じた。そしてそこでルドルフは一旦言葉を区切り、懐から一枚の紙とペンを取り出し、そこに素早く何かを書きこみ、手渡してきた。そこに書かれてあるのはルドルフのサインらしきものだった。
「あの、これは」
受け取るとルドルフが立ち上がり、そして支払いを一括で行いながら出口へと向かって行く。
「さて……これ以上話して良いのか私には流石に判別が付かないからね。それは名刺代わりだよ。もし話の続きを聞きたいなら冬の休みに帝都へと来ると良い。私が君の祖父に話を通しておこう。私はあくまでも部外者でね、この続きは血縁のある者が行うのが筋だろう」
「えぇー……」
アイツ、一番良い所で話を引っ張りやがった……! そんな怒りと困惑に襲われつつも、受け取った紙を折りたたんでポケットの中にしまい込んだ。軽く椅子に背を預け乍ら息を吐き、天上を見上げた。
「親父と母さんか……」
気になると言えば……気になる。とはいえ、冬は時間を取って雪中鍛錬を行う予定だったのだが―――まぁ、あの親父の事だ。死んでも絶対に自分の事を語ろうとはしないだろう。そうなると自分で調べる以外に方法はなくなってくるだろうな、とは思う。それに祖父は生きているらしい。
「……どうすっかなぁ」
真剣に悩みどころだった。鍛錬に時間を費やすか。それとも自分の出生のルーツを辿るか……どちらに興味があるか、そう言われてしまうと、やはり自分の出生の話が気になってくる。冬休み―――三の月、辺りだろうか。いや、単位は取得し終わっているし、一の月から行けると思う。鍛錬は大事だし、常に続けているものだが、闇雲に鍛え続けるのではなく休みと鍛錬のバランスが重要だし、一日中鍛えた所で成果が加速する訳ではない。
「……行くか、冬に」
レヴァンが冬休みの間は帝都に戻る予定だったらしいし、上手く行けば一緒に帝都で遊べるかもしれない。そんな事を考えながら自分の分の紅茶を飲み、ついでにお代わりを頼む事にする。流石にこのまま運動会に戻れる気分ではなく……このまま、午後までサボる事にする。何時も真面目にやっているのだ、偶には少し位不真面目になっても怒られはしないだろう。
「帝都、か……」
行った事のない場所、知らない場所―――だが親父と母が出会った場所。興味がないと言えばウソになる。それにこの国の中心点だ、きっと勉強になる事も多いだろう。多いはずだ。そう決まっている。自分にそう言いつけ、理論武装を完了させる。
だがその前に学園祭を乗り越えなくてはならないが。
三の月に入り、学園祭が始まる。
学生たちが金を得る為、名声を得る為、スポンサーを獲得する為、あの手この手で商売を広げる戦いの時がやってきたのだ。徹夜で準備を進める学生たちが錬金科の学生から買い取った栄養ドリンクを片手に最後の作業を終わらせる為に声を出して支持しながら気合いを込めて踏ん張り、オープンするその最後の瞬間まで調整を行っていた。周りから聞こえる大工と指示と楽しそうな声に包まれながら、軽く苦笑し、学園内のベンチに座って一息ついている。
《神秘学》チームで今回やるものはイベント、或いはゲームという事になった。
そこそこ広さのある講堂を2時間借りる事に成功し、そこでビンゴゲームを開催する事になった。1~3位までには5人で頑張って用意した景品が存在し、そして特賞は神格であるシスティナに対して顔面にパイを叩きつける権利というものになる。おそらく、一回でもやれば伝説になるし、まず間違いなく学園の歴史にも残る。話を聞いたロシュ教授と学園長は爆笑しながらゴーサインを出してくれたほか、興味を絶対に持つ友人を呼び寄せるとか言っていたので、それなりの集客を見込めるんじゃないか、と思っている。
無論、特賞の的扱いされたシスティナは一人だけギャラが他よりも高くなっている。それで大分満足してくれたのでそのチョロさがやや不安になってくる。でも、まぁ、本人がそれで満足しているのならそれで悪くはないのかもしれない、と強引に納得する。
「辺境にいた頃と比べると偉く騒がしくなったもんだな……」
まぁ、悪くはないのだが、と思う。こういう騒がしさと付き合って、もう9ヶ月目になる。生来静かな環境でひっそりと生きてきたから最初の方は慣れるのに時間がかかるんじゃないだろうか? とは思わなくもなかった。だが朱に交わればなんとやら、とはよく言ったものだ。結局、直ぐに慣れた自分も連中と同じような単細胞だった、というだけだろうか。まぁ、楽しいのだからどっちでもいいのだが。
「学園祭、か……」
経験した事のないイベントだった。同時に楽しみにしている自分があるのを自覚している。なんだかんだで学生らしい生活は20になって初めてだから、遅れてきた青春と呼べるものだろうか……? まぁ、どちらにしろ、今日は存分に楽しませて貰おう。そう考えながら朝からどこへ行くかなぁ、と悩む。昼頃はビンゴゲームの為に講堂に向かわないとならない為、それまでの時間がやや暇なのだ。適当に回ろうかな? なんて事を考えていると、視界の端にチラつくものが見えた。其方へと視線を向けた。
校舎の入口付近、影になってよく見えない所に数人の女子学生の姿が見えた。此方に向けられる視線と気配に、俺をターゲットにしているのは解るが、何やらやや姦しく感じる。なんだろう、用事かな? そう思いながら集団を眺めていると、此方の視線に気づいてか、誰かを押し出すような動きと共に―――影から人の姿が出てきた。
クレアだった。
「あ、う、その……」
頬を赤くしながら前に押し出されたクレアの服装は制服―――ではなく、
黒と白のツートーンのロングスカート型のメイド服だった。フリルは少なめの本格派のメイド服になっている。そう言えば、と思い出す。クレア達は誰かのごり押しで無難にメイド喫茶をやる、とか言っていたのを。レヴァンがメイド指南役として出張して服装やら動きやらに色々と注文付けて、重度のメイドフェチだと言うのが発覚したっけ、と。
「……えーと、クレア?」
「あ、いえ、はい、その……はい」
いきなり目の前に押し出されてきたクレアと、そして校舎の方からヤジを飛ばす女子の声。振り返りながら軽くクレアが睨みを向けると、蜘蛛の子を散らす様に逃げて行く。あちらはあちらで十分に楽しくやっているらしい。どうしたものか、そう思っていると、クレアが近づいて来た。
「ごめんなさい……なんか、邪魔をしてしまいまして」
「いや、気にする事はないさ。暇だから何をするのか考えていただけだしなぁ」
皆、それぞれ時間までは自由に動き回る事にしている。無論、自分もこうやって自由な時間を持っている訳だが……こういう経験はまるでないので、何をどうすればいいのか、というのが全く解らないのだ。そもそも学園祭ってこう、良い感じにお店を出して盛り上がるって事以外はほとんど解っていないし。もう少し遊びの経験を積んでいた方が良かったかなぁ、とちょっとだけ自分のストイックな人生を恨んでいる。
「あ、じゃあ今は特に用事がないんですね」
「まあな。そもそも学園祭で遊び回るって経験がないしな……これって結構普通にあるもんなんか?」
「どうでしょう? ここまで派手にやるのは帝国でもここだけでしょうが、帝国内であればそこそこどの学園でもやっている事ですね。私も何度か兄の学校の学園祭に行った事がありましたね……でも規模や盛り上がりはやっぱり此処の方が凄いです。というか異常ですよ……」
うん、まぁ、それはなんとなくだが察していた。パッションが溢れ出すというか漏れ出しているというか、そういう感じの情熱の爆発とカオスの構築を感じる。そうなると回るのがめんどくさいかもしれないなぁ、と思い始めた時に、
「―――じゃあ、一緒に回りませんか?」
クレアが少しだけ、頬を赤くしながら言って来た。僅かに赤く染まるその色にその格好、そして可憐とでも表現すべき容姿は中々に合っており、見る者を魅了するだろう―――とはいえ、彼女に自分の様な屑は相応しくはない。かつては彼女を見てときめきを覚えていた心も、自分の無価値さと屑さ加減を自覚させられてからは偉く反応が悪くなった。というよりも恋を感じられなくなった。故に笑顔を浮かべ、
「俺でいいのか?」
「レイさんとなら楽しめると思うんですけど」
「そう言われたら断れないな……俺のシフトはまだ後の方だし。それまでどうやって時間を潰せばいいのか、ちょっと困ってたんだ」
「そうでしたか。ではお任せください。私がエスコートを―――いえ、待ってください、これ立場が逆じゃありませんか?」
クレアのその言葉に苦笑する。どうにも締まらない話だった。結局、クレアのその言葉をお断りする理由もないので素直に受ける事にした。何せ、今のクレアの姿は美少女にメイド服、ちょっとした伊達男気分になれた。こういう子がクラスを借りて給仕してくれるのだから、確かにこれは金になるだろうなぁ、と納得できるシステムでもあった。しかしレヴァンの奴はお手付きしようとすれば自由な立場なのか―――実に羨ましい話だ。
そんなくだらない考えを蹴り飛ばしながらクレアと二人で、始まったばかりの学園祭を楽しむ事にした。
学園祭で開かれるのは大きく分けて三つ、販売関係、サービス関係、そしてエンターテイメント関係になる。生産畑の連中が基本的に商売関係を商人連中とつるんでやって、そして体を動かすのが資本の連中がサービスやエンターテイメント関係を行う。
中には美術展等をやっていたりする変わり種も存在するらしい。
「一年の終わりに近くなってきた今、この一年近く、学んできたものの成果を見せるには丁度良い機会なんです。特に2年と3年は将来の進路をとかを真面目に考えていますし、アピールとかで結構必死らしいですよ?」
「へぇ」
ただ、まぁ、それはあまり俺には関係のない事だった。卒業後は大体だが自分の進路を決めていた。無論、辺境に戻るつもりでもなく、帝都へと向かうものではなく、更なる力を付ける為に旅と修行をするつもりだった。自分の様な人間はどこかへと行き、その力を磨きながらその証明を立てなくてはならないのだ、と、思う。そうしなければ鍛錬する意味も、し続ける意味も、努力する意味もない。
適当に旅人になって、流離う以外の未来が見出せない。
「あっ、良い匂いがしますね」
「まだ朝だからな、食欲を刺激してくれる」
美味しそうなコーヒーの匂いを空気に感じる。まだ朝のこの時間に香るコーヒーの匂いは殺人的な魅力を持っている。個人的にはアフタヌーンティータイムよりもまだ眠気が僅かに燻る朝の時間に楽しむ茶の方が美味しく感じると思っている。……そんな事を考えている自分の顔を、クレアがいつの間にか視線を向けていた。たらり、と汗が流れるのを感じつつ、
「……解りやすい?」
「結構解りやすいですね」
「紅茶も好きだけどコーヒーのあの匂いが何よりも好きなんだよ、俺は。嗅いでいると落ち着くというか」
「まぁ、気持ちは解りますし、とりあえず付き合いますよ」
「アレ……なんか付き合うのが俺の方の筈なのに立場が逆転してる……?」
まぁ、まぁ、と言われながらクレアに軽く背中を押され、そのままコーヒーの匂いのする教室へと入った。此方は何時も利用している教室とは違ってフラットな形をしており、内装が大幅に改装されていた。クラシックジャズの音を響かせながらウェイター用の服装をした男女が最初の客を求めて待機しているのが見える。
時間は学園祭開始直後、今、門を最初の客が抜けたばかりで、まだ校舎内には学生の姿しかない。
そして此方とクレアを見た直後、露骨に嫌そうな顔を見せる。
「クソ! なんて世の中だ! 最初の客がこれかよ! 嫌味か! 畜生がぁ―――!」
そう言った直後、男子生徒が一人、窓を開けて飛び降りて行った。その姿をしばらく眺めてから別の学生へと視線を向けると、
「アイツ……片思いの子に一緒に自由時間回らない? って誘ったら彼氏がいるからって断られたからな」
「ひでぇ」
「慰めの言葉が見つかりませんね……」
「こういう時は徹底的にネタにしてやると笑い話として風化するから、戻ってきたら弄ってやれ。これで寝込むほど心の弱いやつじゃないからな。それよりも二人か? カップル割引なんかないから安くなると思うなよ」
「いや、それはクレアの方に失礼だろ」
俺の様な男じゃクレアの方に値しないだろう、と告げると、妙な視線を向けられる。何かおかしい事を言っただろうかと首を傾げられると露骨に溜息を吐かれる。そしてそのまま、正面に居る学生が片手で肩を掴み、そして肩寄せる様にひっつかみ、クレアに背を向ける様に引っ張られた状態で、耳打ちされる。
「おいおいおい、イケメンとイケガールが揃っているのにその言いざまはねぇだろ。ありゃあ明らかにお前に気があるだろ。つーかない訳ないだろ。あんな服装で誰かと回るのってかなり勇気がいることだぞ?」
「いや、彼女が魅力的なのは物凄く同意するんだが、それはそれとして俺は彼女に相応しくないからな」
「どの口でそれを言うんだこいつ……お前が美女を口説いちゃいけないってなら今学園の大半の男から彼女を取り上げなくちゃならんだろ」
「いや、それは大げさだろ。俺とは違ってちゃんとした信念を抱いた男は間違いなくいる。そういうのと比べれば俺なんか塵の様なもんだ」
「お、おう……これは重症だな。まぁ、いっか」
そう言うと此方を解放しながら席へと案内してくれる。その際、何かをクレアに呟き彼女を赤面させている―――なんというか、一つ一つの仕草や表情が絵になる人だと思う。悔しいが、やっぱり可愛いと思う。
そんな事を考え乍ら席に座り、片肘を突く様に視線をクレアへと向けて、プリムを装着しているクレアの姿を眺めた。此方のまじまじと見つめる視線に少し慌てる姿に小さく笑い声を零しながら―――今、この景色はあの夏、自分が戦ったからこそ生まれた景色なのだと自覚する。
だがその前に、忘れてはならない。
―――俺は逃げたんだ。
生きる事が辛くて死ぬ事に逃げたのだ。こんな現実を否定して、他の誰かがどうなってもいいから自分だけは救われたいという悪を行った。プライドや積み上げてきた全てを自分の意志で投げ捨てたのだ。諦めでもなんでもなく、逃避の為に。
それを忘れてはならない。
俺は極限状態では誰かを捨てて助かろうとする屑だ。
現実に耐え切れず逃げようとした屑だ。
戦おうという選択肢を最後まで選ぼうとしなかった屑だ。
―――俺に、誰かは相応しくない。
それを、絶対に……忘れるな。
笑みを浮かべながら、それを胸に刻む。
考え方が変わったからと言って行動が変わる訳ではない。しかし変化は着実に蝕む。そしてその恋心が自覚した時点で死産してた。自覚する頃には始まりにすら立てない。
次から冬季。漸く1年目が終わりが見えてきた。