※この作品はR-18です。

美しくも残酷なこの世界   作:てんぞー

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New Day - 2

「レイ?」

 

「―――ん?」

 

 声に従い、顔を持ち上げる。ぼぉっとしてたらしく、軽く意識を失っていたらしい。眠りが浅かったのだろうか? おかしいなぁ、と思いつつ軽く欠伸を漏らしながらすまんすまん、と呟きながら正面にいるシ(・)ス(・)テ(・)ィ(・)ナ(・)へ(・)と(・)言葉を向けた。

 

「ちょっとぼうっとしてた」

 

「もう、本当に大丈夫なの?」

 

 そう言ってシスティナが覗き込んでくる。大丈夫ー? と顔の前で軽く手を振る頭を軽く後ろへと引いて手の動きから逃れるようにした、軽く片手で頭を押さえる。早起きしたから眠気が残っているのだろう……もう一杯、コーヒーを飲むべきだったか。そんな後悔が湧きたつ。いや、それとも少し気が抜けているのかもしれない。辺境にいた頃はこんな事はやらかさなかった。もっと、自分を追い込む必要があるかもしれない―――そう思ったところで軽い感触を腕に感じた。

 

「ほら、次に行くわよ」

 

 何時の間にか横に滑り込んだシスティナが腕を取る様に組んでいた。。笑みを浮かべ、此方を引っ張る様に学園祭が始(・)ま(・)っ(・)た(・)ば(・)か(・)り(・)の校舎内を歩いている。此方を引っ張る様に一歩前を進むその姿が一瞬だけ、銀髪の姿に重なる様に見えて―――戻った。モザイクがかかったかのようにその顔が今度は見えなくなり、瞬きをした瞬間には何時も通りのシスティナの姿が見えた。

 

「レイ?」

 

「あ、いや……ティナ、だよな?」

 

「何を馬鹿な事言ってるのよ。もしかして死に過ぎて脳味噌おかしくなっちゃった?」

 

「んなわけねぇだろ」

 

 そうだ、そうだった、と思い出す。講堂が使える様になるまでは暇だからそれまでの時間をシ(・)ス(・)テ(・)ィ(・)ナ(・)と(・)学(・)園(・)祭(・)を(・)回(・)っ(・)て(・)潰(・)す(・)予定だった筈だ。そういえばそうだったな、と頭をかきながら思い出し、ちょっとぼけてた、と言い訳しながら再び歩き出す。だけどそうやって腕を引っ張られながら歩きながら思う。

 

 ……システィナってこんなキャラだったっけ、と。

 

 ただそんな疑問も学園祭の活気に紛れて氷解する。何だかんだで初めて経験するイベントだ、楽しくならない訳がないのだ。校舎内はどこも学園祭用に飾り付けが施され、外との扉が開かれた今、客を呼び込むために多くの学生たちが客引きの為に声を上げてアピールを始めている。

 

「女装喫茶! 女装喫茶だよ! おいお前! ちょっと女装してティータイムとしゃれ込まないか!?」

 

「客が女装するのかよ」

 

「ビキニもあるぞ!?」

 

 根本的に馬鹿だろお前、と言いたくなるようなアイデアだった。だがたぶん、他の誰にも絶対に真似できない内容である事は確かだった。というか女物の服を片手に廊下を獲物を求めてさまようのは止めろ。反射的に襲い掛かってくるのに肘を叩き込んで蹴り転がしながら進んで行く。ユニークな店舗はこれだけじゃなかった。普通にやっていると他の所と学園祭でキャラ的に敗北してしまうので個性とカオスで勝っているこの学園らしくない、という発想からお前ら正気? と思える数々の店が並んでいた。

 

「見てみて、魚人救いよ」

 

 システィナの視線の先を見れば、巨大なプールに改造された教室内、プールの水は熱湯に変化しており、そこに魚人が集められていた。その中に叩き落された魚人たちが助けて、と悲鳴を上げ、チャレンジしに来た他の学生がドン引きしながらロープをプールの中に投げ込んでいる。

 

「い、今助けるぞ!」

 

「オプションの棒で相手を熱湯の中へと押し込めますぞ。悦びますよ」

 

 正気かお前、と思うが魚人の顔を見てみれば気持ちよさそうな表情を浮かべている。あの魚人ども、Mだったのか……じゃあ問題ないな、とそそくさと逃げる様に他の教室を見る為に逃げて行く。正直学園祭で疑似SMプレイを始めるのはどうかと思う。というかその発想はどこから来たのだろうか……そんな事を考えながら更に進み、次々と個性的なアイデアの店舗を見て行く。

 

「ふふふ、個性的な店がたくさんあるわね」

 

「まぁ、正直どうしてこんな発想に至ったのか、って気になるのは多いよな」

 

 食べ物屋も内装は普通でも、食べるもの自体が踊り食いとかマイナージャンルに挑戦するのが妙に多い。やはりどこか、個性的なので客を寄せようという魂胆が見えてくる―――神格にパイ投げをするという発想を持ち出してきた自分達が言えた義理ではないが、なんでここまでぶっ飛んだ学園祭を目指すのだろうか。やっぱノリか空気が悪いのだろうか。やっぱり一番悪いのは頭だな、と確信した所でぐいぐいと腕を引っ張るシスティナに声をかける。

 

「もう少し落ち着けよ。逃げる訳じゃないんだし」

 

「えー、本当に? 本当に逃げないの?」

 

「俺が何から逃げるってんだよ……」

 

 苦笑しながら足を止め、横の店を見た。ここはオーソドックスな射的―――かと思ったら銃は軍用ライフル、そして的もそれに対応して超高速で動くハイスピード射的となっていた。軍用ライフルどこから持ち出して―――いや、良く考えれば作り出せそうなのがいたよな、と思い出す。この学園、やろうと思えば大体なんでもできるだけの人材が揃っているんじゃないだろうか? そんな呆れを覚えつつ、苦笑する。

 

「そう」

 

 そっけなくそう呟くシスティナの声に合わせ、彼女の方へと視線を向けた。

 

 その瞳は爛々と赤く輝いていた。見ていれば見ているほど引き込まれる様な、魂さえも魅入らせるような美しくも恐ろしい輝きを放っていた。目が離せない。見れば見る程魅入られる。その輝きは一度見てしまえば魂が囚われる。その輝きが頭に焼き付いて剥がれない。麻薬の様な中毒性で心を掴んで逃がさない。そういう動きだった。何か特別な事をしている訳でもなく、その瞳の輝きだけで万物を魅了する―――まさに神の如く美しさ。

 

「―――絶対に逃がさない」

 

 

◆

 

 

「―――ッ!」

 

 勢いよく上半身を持ち上げ、目覚める。荒く息を吐き出しながらソファで眠っていた、という自分の姿を確認し、直ぐ近くにいたレヴァンの姿を見つけた。レヴァンも此方が勢いよく起き上がった姿を見たのか、頭の上に乗っているレグナを片手でくすぐる様に相手をしつつ、此方へと視線を向けてきた。

 

「どうしたレイ、悪い夢でも見たか?」

 

「あ、あぁ……変な夢を見ちまった……」

 

 ふぅ、と息を吐きながら確認する場所は講堂裏の準備室だ。出番がなかったり待機している間はここで時間を潰せるのだが、と場所と役割を思い出しつつ、軽く頭を押さえる。えーと、と呟きながら寝る前までにやっていた事を思い出そうとして、

 

「あー……寝る前まで何をしてたんだっけ……」

 

「大丈夫か? クレアと一緒にデートしていただろ」

 

「あぁ、そうだったそうだった。つかデートなんて上等なもんじゃないし。暇だからつるんで時間潰してただけ……だ」

 

 だよな? と思い出しながら一緒に茶を飲んだり軽いゲームを遊んだことを思い出す。そういやぁそうだったな、と。僅かに混濁する意識を頭を横に振りながら引きずり戻し、脳裏に焼き付く赤く爛々と輝く瞳の輝きを思い出す。あんなもの、現実では見た事がないから間違いなく創作、夢の類いだ―――なのに、それが脳裏に焼き付いて消えない。忘れられない。目を閉じれば今でも思い出せるほどに鮮烈に刻まれている。

 

「ふぅ、ついに頭までおかしくなったか……」

 

 頭を横に振って記憶を振り払いながら軽く深呼吸をし、肺の中の空気を入れ替える。脳に酸素を送り込んで活性化させながら眠たかった頭を動き出させる。そのまま軽く弾みを付けてソファから飛び降り、両足で立ってから首を回し、骨を鳴らす。体の方は調子が良いらしい。これなら問題ないな、と自分の体を正確に把握する。

 

 ―――いや、頭は怪しいが。そりゃあ何時もの事だ。

 

「ふぅ、時間的にはどんなもんだ?」

 

「ん? そろそろ起こそうかと思っていたころだし、丁度良かったぞ。お前の方は大丈夫か? ちゃんと動くのか? 色々と」

 

「ん? どんな状況状態でも弓は射れるから安心してくれ。片腕だけで弓を射る訓練もしてあるからな。たとえここで利き腕を失おうとも百発百中だ」

 

「正直偶にお前が怖くなる事がある」

 

 だがきっと帝都の騎士団や近衛になってくるとこのぐらい、当たり前になるだろうと思う。自分だけではないのだ、この程度の事を行えるのは。そしてそれはつまり、価値が低いという事でもある。更なる鍛錬が必要だな、と自分に言い聞かせながらソファの横に置いてある弓を手に取り、そして吸盤付きの玩具の矢が入った矢筒を持って装備する。この二つはこれから行うビンゴゲームに必要なアイテムだ。時計を見て時間を確認しながらまぁ、そろそろか、と呟きながら準備室を出て、講堂内、ステージ横に出る。

 

 ステージの上には機械式のルーレットが、背後にプロジェクターを使って投影されているスクリーンがあった。客席の方はぼちぼちと人が集まってきているのが見える。何人か見知った顔が此方を見て軽く手を振ってくるので手を振り返す。そこから視線をステージの方へと戻せば、シルクハットに燕尾服姿のMCパンダが見えた。一部の客が既にパンダの姿を凝視しているが、パンダはサービスする様に丁寧な礼をしていた。

 

 違う、お前そうじゃない。

 

「もうそろそろ時間か……サアキ、そっちは大丈夫か?」

 

「うん! こっちは大丈夫ですよー!」

 

 裏から出てきたレヴァンがサアキに声をかけ、機材等のチェックを行うサアキがゴーサインを出す。そのすぐ横ではシスティナがこの世の終わりの様な表情を浮かべており、入口からは次々と客が入ってくる。臨時で雇った数人のバイトが入口の方で客席の整理とビンゴボードの配布を行っているのが見える。彼方は彼方で良く働いている様だ。自分も持ってきた弓の弦を軽く弄り、調子を確かめていると、レヴァンが横に並ぶ。

 

「客足は悪くないな」

 

「特賞で神格の顔面にパイを投げれるからな。そりゃあ誰だって挑戦したくなる」

 

 おそらく歴史初になるからな、と思いながらそろそろ所定の位置に付くか、と考えているとレヴァンが身を強張らせた。どうした? と思いながらレヴァンが向ける、客席の方へと視線を向けた。スラックスにロングコートというシンプルな服装の男が座りながらレヴァンへと向かって手を振る姿が見えた。

 

「親戚?」

 

「父上……」

 

「父上」

 

 レヴァンの言葉に対してオウムの様に言葉を繰り返すしかなかった。父上、と。再び客席の方へと視線を向ければ、軽くサムズアップが向けられた。嘘だろお前、と心の中で全力で叫びながらどうしようか、と考えてしまったが、良く考えたら聞かなかったフリをすればいいんだ、という発想に至った。レヴァンの肩を軽く叩きながら自分の所定の位置へと移動する。

 

「あ、うん、なんだ……その……あぁ!」

 

「言葉が見つからないからって適当な言葉で濁すなよ……! というか何故来たんだ。何故来れたんだ。公務は……公務はどうしたんだ……」

 

 レヴァンの瞳から生気が消えて行く。学校に親が来てそれを友人に見られるのは一種の拷問だと言われるが、今のレヴァンの心境はまさにそんなものだろう。完全にフリーズしてしまったレヴァンを片手で持ち上げて、それをパンダの横へと運び終えてから、レヴァンが皇族でその父親という事はつまりは―――と、そこまで考えた所で思考放棄する。

 

 ちのーしすーをさげておこう。

 

 ふかくかんがえるとしぬ。

 

 ―――言い訳完了。帝国のパッパはレヴァンに丸投げしよう。未だにショックを受けているレヴァンの姿をチラ見してから苦笑し、時間を確かめる。時間的にはそろそろだ。口の中がちょっと寂しいから適当にガムでも持ってくればよかった……なんて考えている内に講堂内の席もどんどん人で埋められてゆく。予想してはいたが、やはり人が多いなぁ、と思えてしまう込み具合だった。だがそれも席の上限に達しつつある。

 

「あー、テステス。パンダパンダ」

 

「なんだその奇妙な呪文は」

 

 パンダがマイクを片手に、マイクテストを行っていた。アレ、構造は一体どうなっているんだろうか? なんて事を考えながらポケットからアイマスクを取り出し、それを頭に装着する。まだ完全に目を隠す訳ではないし、ある種、曲芸に使うものだが一切問題はない。これでこっちも完全に準備完了だな、と思いつつ耳をパンダとレヴァンへと傾ける。

 

 マイクを通して拡大された声は講堂に良く響く。

 

「良くぞ我らが主催するビンゴゲームへと来た!」

 

「無論、ただのビンゴゲームではない事はここに来ている皆は知っているだろう? 何せ特賞は現在、この学園に在籍する神格の顔面にパイを投げつける権利だからな! お前らもそれが欲しいんだろ? 言葉にしなくても解ってるぜ……歴史に神格にパイをぶつけたキチガイって名を残そうとしているって事はなぁ!!」

 

 パンダの言葉に会場が盛り上がる。ファックだ、シットだ、会場から帰ってくる言葉が世紀末染みはじめた。え、このテンションで行くの? と思っている間にルール説明が始まる。

 

「ルールは簡単だ! 此方が番号の抽選を行う! それで普通のビンゴ通り列を完成させれば問題はない! フリーナンバーは無い事を留意しろ!」

 

「抽選はエルディレイの射撃とサアキ作成のボードで行うぞ!」

 

 会場の視線が此方とサアキの作った的へと向けられる。サアキの作った的は回転型の奴で、ビンゴの数字が刻まれている。つまりそれに対して射撃して数字を抜けばいいのだが、部分的に機械化されていて選ばれた数字はボードの上から消えて別の数字で埋められるようになっている。微妙にハイテクだよな……と思いながら矢筒から先が吸盤になっている玩具の矢を抜き、それを手元で回転させてから空中へと投げ上げてから指で回転させるように引っ掛けて手元へと戻す。ガンプレイならぬアロープレイとでも呼ぶべきか。ちょっとした曲芸を披露すると感心するような声が漏れてくる。まぁ、これぐらいで関心を引き出せるならチョロい。

 

「特賞の犠牲者、システィナに憐みの視線を!」

 

「ちなみに特賞は所謂ダブルビンゴ、二つ同時にビンゴを達成する事で成し遂げる奴だ! そう簡単にできると思うなよ!」

 

「お前ら待ってろよ。終わった後で一発良いのを叩き込むから……」

 

 舞台袖から本日の犠牲者が呪いの声を向けるが、それをパンダとレヴァンが慣れた様子で受け流した。お前ら、恨まれるのは今回が初めてじゃないな?

 

 そんなこんなでビンゴゲームが始まる。ゲームが開催されるとプロジェクターからボードの様子が投影されるので、此方はしっかりとボードに中てれば良い、それだけの簡単な作業だ。アイマスクを装備して視界を遮った所でさっき遊んでいた矢を再び指の中でくるくると回して上へと投げ、軽く遊ぶように待っていれば一回目、と言葉が向けられる。

 

 一際大きく指で弾く様に矢を回転させながら空へと弾き上げる。回転する矢が何時、どのタイミングで落ちてくるなんてものは熟知している。狙う必要さえない。弦(・)を(・)引(・)い(・)た(・)状(・)態(・)で(・)弓(・)を(・)構(・)え(・)落(・)ち(・)て(・)き(・)た(・)矢(・)に(・)合(・)わ(・)せ(・)て(・)射(・)る(・)。

 

 それで矢は正しく飛翔し、的に命中する。アイマスクをしていても命中するその感覚は忘れない。ストン、という音と共に的に衝突する音が聞こえた。マスクを軽く外して的を確認すればやはりちゃんと矢が中っている。会場に溢れる静けさと感嘆の声に少しだけ、自信を付けようとして―――止めた。これぐらい出来て当然だ。ただの曲芸だし、誇る事でもないよな、と。

 

「21番、21番だぞー」

 

 アイマスクを被り直しながら次の一射の準備に入る。ここ、進行自体は普通のビンゴゲームだから、特に気負う必要はない。ただそれでも飽きさせない為に自分がこんな曲芸染みた事をやっているだけで。正直、思い返せば接客とかに回った方が楽だったかもしれない……あんまり、人前に立つ事は得意ではない。

 

「36-、36だぞー? ビンゴはまだか? まだかなー? 特賞狙いの人たちはどうかなぁー!?」

 

「何故半ギレ気味になってるんだお前は……」

 

 パンダの存在が面白すぎるせいか、それだけで飽きない気がする。というかアイツ、そこにいるだけで面白いから自分の曲芸は必要なかった気がする。そんな事を思いながら的に向けてランダムにパスンパスン、と音を立てながら矢を放った。目が見えなくなっても矢を射れる様にする特訓がこんなところでちゃんと発揮されるとは、世の中何をすればどうなるか、解ったもんじゃねぇ。そう考えながら九本目の矢を放った。

 

「87番! 87番! ビンゴはまだかなー? まだかなー? 隠しても無駄だぞー? 既にビンゴ完成しているのを隠していたらヘソから手を突っ込んで内臓を引き抜いてやるからな」

 

「客(かねづる)を脅迫するのやめろ」

 

 レヴァンも段々とあけすけになって来たなぁ、アイツ、と思いながら再び軽いパフォーマンスと共に矢を放ち、それが的に刺さる音がする。今日も我が弓の冴えは変わらず、進歩もなし。そう考えていると、再び番号を確認する声が響き、そして返答する様に一つの声が響いた。

 

「―――ビンゴ」

 

「おぉ?」

 

 初のビンゴ到達者にアイマスクをズラしながら誰だろうか、アイマスクの隙間から会場の方へと視線を向け、ビンゴボードを掲げながら立ち上がる男の姿を見た。シンプルな服装に身を包みながらもあふれ出るオーラを隠しきれない男の正体は、

 

「父上ェ……」

 

 帝国のビッグダディだった。しかもビンゴボードが十字架を描く様に完成されていた。ダブルビンゴ。

 

 つまりは特賞だった。

 

 帝国のビッグダディ、やらかす。

 

「では特賞を頂くとするか!!」

 

「マジかよ……」

 

 パンダでさえフリーズする中で、事前に投げつけるパイを用意していたサアキが笑顔でたっぷりクリームが盛られた紙皿を持ってくる。ステージの上まで上がってくるレヴァンパッパはやる気満々という様子で、コートを脱ぎ捨てながら腕をまくっていた。よく鍛えられた腕が披露され、相当鍛えられている事が良く見える。それを見てシスティナの表情が一気に抜け落ち、青ざめた。

 

「待った! 待った! 待って! お願い! これ絶対にダメな奴だった! 組み合わせ的に実現しちゃいけない組み合わせだって! 少し落ち着こうよ!」

 

 システィナの狼狽する姿に迷う事無くアイマスクを投げ捨てながらシスティナの背後へと回り込み、そして後ろからシスティナを両腕で羽交い絞めにする様に掴んだ。それに追いつく様にパンダがスライディングし、逃がさない様にシスティナの両足を掴み、サアキがパイをレヴァンパッパに受け渡した。

 

「大義である」

 

「大義であるとか言っちゃったよ。少しは隠せ」

 

「待って、そうじゃないでしょ! 二人とも放して! これ絶対にやっちゃいけない組み合わせだって! 立場と立場ぁ!」

 

「へへへ、そんな事よりもパイまみれになる顔面の方を心配した方がいいぜティナ……今からお前の顔面がパイで白く染まるんだぜ? そんな格好を今いる不特定多数に見せるんだぜ? へへへ、この恥辱に耐えられるかな……!」

 

「っ……!」

 

 いやぁ、とシスティナが言っているが、無理やり逃げ出すような事はしない。その神格ゴリラパワーを解放していない時点でこの勝負、勝ったも同然だ! そう思いながらシスティナを二人掛かりで押さえつけていると、マッスルポーズでバルクアップしたレヴァンパッパがパイを両手に持っていた。気が付けばその横には補充のパイを用意したサアキの姿が見える。おかしいな、確かパイ投げは一発までと思っていたんだけどなぁ、と思っていると、レヴァンパッパ―――陛下がパイを振りかぶった。

 

「行くぞ特に恨みも面識もない神格の娘―――帝国史に神にパイを投げつけた王として名を刻むのは私だ……!」

 

「この学園の連中の頭がおかしいのは国家元首がこれだからなのね!?」

 

 その推理はあながち間違いじゃないかもしれない。そう思いながら皇帝陛下の神に対するラストジャッジメントが放たれた。閃光とでも表現すべき残像になった陛下はパイを欠片すら零さずに一瞬でトップスピードに加速し、それをシスティナへと向けて叩き付けてくる。

 

 ―――だがそれにシスティナが反応した。

 

「ふっ……!」

 

「!?」

 

 神格ゴリラパワーが解放され、パンダが蹴り飛ばされた―――陛下の方へ。それを陛下は軽く飛び越えながら肉薄し、クロスの形でパイを投げつけてくる瞬間、システィナの姿がブレた。素早く力技で羽交い絞めにしている此方を引きずり出すと、陛下の構えたパイにぶつけてくるコースへと体を掴んで構えた。

 

「インペリアル・エンペラー・パイ・クロス!」

 

「エンペラーって言いやがった!!」

 

「レイガード」

 

「ごふっ」

 

「れ、レイくぅ―――ん!」

 

 バツの字を描く様に皇帝必殺のパイアタックが俺の顔面に炸裂した。顔面にぶつかるパイの感触、脇を掴んで絶対に離さないシスティナの神格ゴリラパワー、そしてステージ端へと蹴り飛ばされて回転しながら宙を舞うパンダの姿。

 

 そんな1年目の学園祭だった。忘れたくても忘れられないだろう。

 

 

冬季一の月

 

 

 ―――冬季に入ると一気に冷え込む。

 

 春夏秋冬がはっきりしている帝国では冬は雪が良く振り、そして良く積もる。その為行軍行動があれば雪解けまで強制的に停止させられるぐらいには積もる。だがそれはこの国だけではなく、どの国も似たような惨状だ。魔術を使えばどうにかなるかもしれないだろう。だがそんな事に金や時間を費やすのは非効率的だ。だから冬の間は人も、そして獣も生きる為に活動を縮小する。それが生きる上で必要な事だからだ。

 

 帝国はまだマシだ。高い技術力と古代の遺物を使った安定した食料生産を行っている帝国はそのノウハウを国内に広めている為、凶作にでもならない限りは餓死者を出さないレベルで富んでいる。だが世界全てが帝国の様ではない。冬は余計な消費を抑えて生活しないと小規模な村や町であれば冬を越す前に餓死者や凍死する者が出てくる。その為、自然とこの時期の活動は縮小されるのだ。

 

 生きる上での常識とも言える。

 

 冬になると当然、学業も控えめになる。この時期になるとほぼすべての学生たちが単位の取得を完了させており、滅多な事がなければ追加で授業を取得するような事はしない。その為、ぼちぼちとだが早めに帰省する姿も目撃する事もあり、学園にいる人の気配は段々と減って行く。寂しくなってくるも、この時期は全体的に活動が縮小する事もあり、冬を家族と越す事を目的としてしまうのだ。

 

 なにせ、本格的に雪が積もればどこかへ行く等と言っていられないのだから。

 

 そんな冬の始まり、まだ自分は学園にいた。

 

 射撃場で今日も弓を引く。態々雪の中で射るなんて馬鹿な事はしない。そんな経験は最低限あれば良い。後は基礎を積み重ねる。そうすれば環境が変わっても簡単に適応する事が出来る。故に必要なのは基礎能力。何時もがそうであるように、矢筒から矢を抜き、番え、そして放った。当然の様に300メートル先にある的の中心に矢が刺さる。その下には同じように中心に刺さり、そして後から放たれた矢によって真っ二つに割かれて落ちた矢が大量に散乱している。

 

 ―――鍛錬は継続してこそ意味がある。

 

 故に日常的に続ける。継続する事で技術が体に馴染み、細かい動きやとっさでの反応、無意識での反応を行える。だ(・)か(・)ら(・)こ(・)そ(・)無理をしてはならない。

 

 一(・)日(・)に(・)行(・)う(・)べ(・)き(・)鍛(・)錬(・)の(・)時(・)間(・)は(・)決(・)ま(・)っ(・)て(・)い(・)る(・)。

 

 一日中鍛錬した所で目覚ましい成果が上がる訳ではない。細かい魔術を使って疲労回復などを行う鍛錬は最終的に体を壊すか、有事の際に無理を行う悪癖を生み出してしまう。故に鍛錬は明確にスケジューリングし、そして管理しなくてはならない。

 

 正しい鍛錬時間と睡眠時間の比率で翌日に疲れを残さない事、食事のバランスを考えて栄養を補給する事で体の調子を整え肉体の成長を補助する事、無意識でのストレスがたまらないように定期的に遊んでそれを発散させる事。強くなるためにはただ一日の全てを鍛錬に充てればよい訳ではない。過酷な鍛錬をし続ければ良い訳でもない。きちっとスケジューリングし、管理された鍛錬を自分が守り、地味であってもそれを継続する事で数年経過して成果を現すのだ。1年や2年で結果が出るとは思ってはならない。正しい鍛錬とは10年、20年という時間をかけて成果を生みだすのだから。

 

 ―――故に無心のまま、矢を射る。

 

 強く、前よりも強く、更に強く。そう願った。俺は屑だ。戦う事以外に能力がないのだ。だからもっと、強くならなきゃいけない。だからひたすら人生を鍛錬に捧げるべきだ。だからと言って鍛錬と修行のペースを変えると逆に効率が落ちる。強くなるために焦って体を壊しては元も子もない。故に毎日、絶対に時間を作って鍛錬を続ける。

 

 それだけの話だ。抜き、番え、放つ。弓の奥義は中てるという所にある。全ては射るという動作の中にある。故にひたすらそれを繰り返す。武芸に極みと呼べる限界はない。極みという言葉は自分で天井を作成する行為だ。人間という種族はまだ限界に達した事がない。そして極みという考えはただの間違った考えでしかない。人生すべてを費やしても奥底を見る事なんて不可能だ。故に極みに至った、とかいう連中から死んで行く―――故にひたすら、鍛錬を重ねる。

 

 修練に終わりはない。武芸の頂は未だに見えず。

 

 だからこそ人生を捧げて追及するだけの意味と価値がある。

 

 忘れるな、武具とは自(・)分(・)の(・)手(・)足(・)で(・)は(・)な(・)い(・)という事を。武器を自分の手足の延長戦だと主張する者もいる。だがそれは違う。所詮異物は異物。一つになったらそれはもう異形でしかない。だからこそ扱う技術が存在し、それは時折芸術となるのだ。故に道具をどう扱うべきか、それを良く理解して矢を番え、

 

「―――おい、レイ」

 

「ん?」

 

 名前を呼ばれた事に振り返りながら矢を放った。当然ながら矢は的の中心に刺さる。射撃場の開け放たれた扉からは僅かに冷気が入り込み、そこにはレヴァンの姿が見えた。学園指定のコートを着用しているレヴァンの懐、コートの内側、首元から頭だけを出す様にレグナがぬくぬくとした様子でいた。龍の癖にお前、一々小動物染みているよな……なんて事を考えながらレヴァンに視線を向けた。

 

「なんだ」

 

「いや、来月の話だ。俺の方でも許可を貰ったから帝都までは一緒に行ける。ついでにだが帝都にいる間はウチに泊まっていけ、どうせアテはないんだろ?」

 

「エンペラーハウス……」

 

「言いたい事は解るけど止めろ」

 

 ハウスというかキャッスルだよな、と思いながら弓を下ろす。近くには自分が破壊した矢を片付ける為の箒が置いてある―――何時もの事ながら、後始末は使用した者の責任であり、たくさんの矢を破壊する自分の鍛錬は後始末が結構大変だったりする。やや面倒だなぁ、と思いつつも矢を背中のバインダーに装着し、箒を手に取って射撃場の軽い掃除を始める。それにしてもレヴァンと共に帝都へと行けるようになったか、と呟く。

 

「なんか申し訳ないな」

 

「気にするな。俺も一度は友人を家に連れてくるというのには憧れがあったからな。それに父上も割と乗り気だ」

 

「エンペラァ……」

 

 自分が思っていたよりも皇帝陛下という人物はフットワークが軽かったというか、なんというか―――王、国王。帝国の王。そういう言葉が最初に来るのでもっと厳格な人物をイメージしていただけに凄まじいギャップを感じている。だがそこで思い出す。最初の方のレヴァンはなんというか、そういう感じのオーラは間違いなくあった。だが今はどうだ? 完全にメッキが剥がれて普通の少年という感じになっているだろう。

 

「うん、親子だわ」

 

「いいのか、ブレスを放つぞ」

 

「きゅぅ?」

 

「地味にブレスって範囲広くて避けづらいんだよなぁ……」

 

「……ブレスが来るって解った場合、レイはどうやって回避するんだ?」

 

 俺か? とレヴァンの言葉に首を傾げ、肯定を返される。それでうーん、と言葉を漏らしながら首を傾げる。俺がブレスを受ける状況となったら奇襲されたか、前衛が全滅されて突破された時ぐらいだろう。そうでもないとブレスの距離に入らないだろうとは思う。ただ、自分がそうやって竜種と戦ってブレスの対策をするとなったら、その対策は簡単だろうと思う。

 

「土だな」

 

「土?」

 

「あぁ、土を捲り上げて壁にしながらそ(・)の(・)ま(・)ま(・)突(・)っ(・)込(・)む(・)わ。こういうのは逆に食らってひるんでいる方がダメージが蓄積するからな。さっさとブレスを抜けて口の中に一撃を飛び込んだ方が最低限のダメージで済むし、土壁を使って多少は軽減できれば御の字よ。まぁ、現実的に話すとブレスを吐かれるよりも俺の射撃の方が早いから、吐かれる前に口の中でブレスを誘爆させるけどな。吐かれた後の対処だったらこうなるわ」

 

「ふむ、成程な……」

 

 参考になると、そう言いながらレヴァンは腕を組み、思案するような表情を浮かべる。

 

「レイ」

 

「ん?」

 

 此方の名前を呼んだ。どうした、と集めた矢をゴミ箱の中へとダンクしつつ視線を向ければ、レヴァンが話を続けた。

 

「大丈夫か?」

 

 唐突にそんな言葉を向けられ、首を傾げた。それに対していや、と言葉をレヴァンが放った。

 

「お前の眼、俺はそれを城にいた頃よく見ている。近衛や一部の剣(・)が浮かべている目だ。飢えに飢え、鍛錬を重ねても満足できる限界を知らず、ひたすら自らを鍛え続ける飢狼の眼だ。そういう連中に限って何かを欠落している。常識だったり、感性だったりするんだが……俺が知っているエルディレイという男はそういう男ではなかった。優秀で、才能はあるがそこまで修羅に飢える様な男ではなかったはずだ。……なにかあったのか?」

 

「―――」

 

 驚いた。これは純粋に。表面上、態度と呼べるものを身内の前で変えるような事はしていない。そもそも私生活に変化を入れている訳じゃないし、俺! 恋止めました! とか宣告した訳でもないのだ。それでも察している辺り、そういう勘や能力に鋭いのだろうか、レヴァンは。どちらかというと政治向けの能力かもしれないな、と思いながらそうだな、と呟く。

 

「ちょっとだけ、自分の底の浅さを知っただけだよ」

 

「成程。まぁ、困った事があるなら言えよ? 友人の好で遠慮なく面白く付き合わせて貰うからな」

 

「俺で遊ぶ気満々じゃねーかこいつ」

 

「ハッ! この約1年間、貴様らイロモノと付き合って来たんだぞ!? 帝城よりもキャラが濃いわ、カオスだわでいい加減慣れるわ!」

 

 そう言って、レヴァンと視線を合わせて笑い声を零した。朱に交わってなんとやら、という言葉だったか? 誰もが皆、そのままでいられるという訳ではない。それを望むか否かは別だが、変化というものは誰にでも発生する。自分は悪い方向へ。そしてレヴァンは良い方向へと変化しているのだ。子供から大人へと変わる為の時間、それを提供するのが学園という場所で、自分は今、そこにいる。

 

 辺境にいる間は大人でいるつもりだった。だが現実として自分はまだまだだ、レヴァン同様、羽化の途中の蛹だった。やれやれ、と呟きながら苦笑する。

 

「帝都での冬休み……それで生まれを知る事が俺をまた一つ、大人にしてくれればいいんだけどな」

 

 

冬季二の月

 

 

 ―――雪が降っている。

 

「もうちょっとこっちに寄せろよ」

 

「まて、レグナは俺のだ。つまり俺が抱く権利を持っている。つまり下がれ庶民。お前には勿体ない温もりだ」

 

「庶民って言いやがったなこのエンペラーボーイ。3年生の区域に混ざって上質な肉を取ってきているのが誰だと思ってるんだテメェ。やーい、やーい、お前のパッパパイ投げ紳士」

 

「止めろ、止めてくれ……それは俺に効く……」

 

 クッソくだらない事をしながら馬車の中、帝都へと続く街道を進んでいた。流石皇族を乗せる馬車だけあって、一切馬車の中が揺れる事もなく、快適な旅路をこの雪の悪路の中俺達に提供していた。当然ながら専用の御者、悪路の走破に慣れた軍馬、そしてある程度の冷気を遮断する道具等至れりつくせりと呼べるような環境だった。鍛えられた軍馬に馬車を引かせている事もあってその足は速く、普通の辻馬車なんかよりも優秀なペースで帝都へと向かって進んでいた。このおかげで帝都までの日程を大幅に短縮できている。

 

 前に何度か馬車に乗った事はあるが、ここまで快適なものは初めてだった。揺れないだけではなく長時間座っている事を考慮して尻が痛くならない様にクッションが置いてあったり、軽く運動出来る様に足を伸ばすスペースが存在していたりと、とにかく中にいる人間が何日もの間、それで不満や疲労を溜めない様に考慮された作りをしていた。高級馬車ではなく、これが皇族御用達の馬車である、と納得させられるものに自分は乗っていた。こんなものに一度でも乗ってしまえば今後、他の馬車が全部塵に見えてくるだろう。

 

 そんな馬車、帝都への道筋、レヴァンとレグナの軽い奪い合いをしていた。火属性の強いこの龍はまだ小さいながらも本龍自体が熱を放っている。寒い所を苦手としているレグナだが、暖かく、湯たんぽがわりになるのでこの馬車の中、軽い争奪戦に発展してしまうのだ。この御数日間、馬車の中ではレヴァンと暇つぶしに軽いゲームを遊んでいる。この馬車、暇つぶし用のボードゲームなんか乗せてあって、遊ぶ事には事欠かさないのだ。

 

 なお、チェス、オセロ等の頭を使うボードゲームでは惨敗した。レヴァン、こういう頭を使うゲームでは滅法強く、俺レベルでは話にならない。

 

 そういう訳で遊ぶのは運が絡むゲームばかりだった、カードゲームとかそういうのばかりだ。だけどそれで勝敗を決めてしばらくするとレグナの奪い合いになる―――やっぱり、暖かいのが傍にあるのが一番良いのだ。

 

「ふぅー、しかし今日中には帝都に到着だったっけ?」

 

「あぁ、普通の馬車だとこの時期で二週間かかるけどこいつなら4日だからな」

 

 その短縮具合から今乗っている馬車がどれぐらい優秀かが解ってくる。やはり持つべきは地位のある友人だろう―――なんて邪悪な事を考えつつ、軽く息を吐く。学園都市だけでもかなりの冒険だったが、まさか帝都に来る事になるとは思わなかった。音に聞こえた帝城のある、この帝国の中心点。

 

「さぞや栄えているんだろうなぁ」

 

「帝都が、か? ぶっちゃけ学術なら学園都市が、武器や食料はそれぞれ上回る都市があるぞ」

 

「えぇ……」

 

 軽く呟いただけで笑いながらレヴァンが夢を打ち砕いてくれた。そのまま、レグナを撫でながら帝都の説明をしてくれる。

 

「そもそも帝都とは皇族が住まい、国家の象徴たる帝城のある都で、その役割は政治的な中心点である事だ。だから多くの貴族がその家を帝都に持っている。そうするとアレが欲しい、コレが欲しいという需要が生まれ、それを満たす為に帝都に様々な商売や流通が発生する。あえて言うなら政治に特化した都市なのだろうが、その他の事に関してはバランス良く都市が運営されているな。まぁ、生産拠点ではないからな。大体欲しいものは他の都市から取り寄せる形になっている。その方が効率が良いし」

 

「へー……」

 

 帝国最大の都市というものだからやはり、もっと、こう、栄えているイメージだったが、レヴァンの話を聞く限りは違っていたらしい。ただ、帝都は凄まじく大きい。帝国一の人口密集地である事に偽りはない。皇族が住んでいるという事はそれだけの安全性と見栄えが必要になってくる。間違いなく賑やかさで言えば帝国一になるだろう、ともレヴァンは言う。

 

 その表情はどこか誇らしげだった―――レヴァン自身、皇帝となる事はないだろうと言っていた。

 

「そもそも俺は序列は下の方だからな。最終的には軍属となって一軍を率いるだろうが……まぁ、そんなもんだろう。特に領地経営がしたい訳でもないしな。血筋を残す義務は残るが、父上は義務以外の部分では寛容だ。そして、だからこそ俺もこの国に仕えたい、国の為になる事をしたいとは思う。そして父上が守るこの国が誇らしい」

 

 普段は全く見せない、王子としてのレヴァンの一面だった。

 

 それはどこか、自分よりも頼りになる少年の姿だった。

 

 明確に未来に対するビジョンを持つその姿に、どこか、羨ましさを感じた。

 

 

◆

 

 

 ―――見えてきた帝都の威容は凄まじいに尽きる。

 

 それはあの学園都市でさえ小規模だと満足させられるレベルの賑わいを持った大都市だった。数多くの建築物に4階や5階までの高さを誇る、学園都市では見る事のなかった一般建造物の姿、冬という人があまり出歩かない季節でありながら多くの人々が雪を退かし、溶かしながらまるで知った事ではないと仕事に従事している、凄まじいまでの活気で溢れる場所だった。自分の姿が田舎者丸出しである自覚はあったが、それであっても帝都の姿を見過ごす事は出来なかった。

 

 それだけ、インパクトが凄かった。

 

 少しはヴェルグでの生活でシティボーイにでもなったのではないかと思っていたが、そんな事は一切なかった。こここそが帝国の中心地である、という言葉は過言ではなかった。馬車の外の光景を窓を通して眺めながら、しばし無言で景色に見入る。見える範囲で存在するのは大量の建造物だ。商店や住宅街、そして頭一つ高さが抜けている高層建築のエリア、複雑に広がるその都市の大きさはこの小さな窓からだけでは全容を確認する事が出来ない。惜しい。実に惜しい。今すぐここを飛び出して街の様子を見に行きたい気分だった。それを背後で察したのか、レヴァンが軽く笑いながら誇らしげにしていた。

 

「しかしお前は時折子供の様な面を見せるな」

 

「まぁ、修行漬けの子供時代だったからな、どっかで抑圧されてた面もあったんだろう。たぶん今、あの頃はっちゃけられなかった分はっちゃけてるんだ―――おぉぉぉ、城だ城! 初めて見るぞ城なんて! でけぇ……」

 

 レヴァンの苦笑を耳にしながら帝城を見た。物語などで聞く様な塔、城壁を備えた大きな建造物だった。話だけでは知っている、実際には見た事のないその姿に抑えきれない興奮を感じ、窓の外から見える帝城を眺めていた。

 

「そこまで食いつくとはな」

 

「憧れだよ。俺の人生とは最も縁遠いものだと思ってたしな」

 

「10年も住んでいれば見慣れて飽きるものだぞ?」

 

「俺は20年間辺境暮らしだったからな、こっちで見るものは新しい発見が多すぎて休む暇もないんだよ」

 

 その言葉にレヴァンがそれもそうか、と声を零しながらも馬車は進んで行く。帝都に入って大通りを抜けて行きながら更に奥へ、帝都の一番奥にある建造物―――帝城へと向かって進んで行く。流石見た目で高級馬車であるというのが見えているのか、道を遮るものはなく淀みなく快適な旅路を学園都市を出た所から提供されてきた。そのまま帝城へと通じる城門の前で馬車は一時停止し、門番に中の確認をされてから再び動き出す―――帝城の中へと。

 

「凡そ、俺とは一生縁のない場所……だった筈なんだけどなぁ」

 

「安心しろ、休みの間に遊びに来たくなったらいつでも連れてくるからな」

 

 まるで街角の雑貨屋へと向かうような気軽さで言われても凄い困る。そもそもこの国において一番重要な場所なのだから、自分の様に身分がないような人間がそもそも入れる場所ではないのだから。……そう考えると改めてとんでもない場所にいるんだな、と気づかされる。今更ながら胃が痛くなってくる。なんで俺、こんなところにいるんだろうか、と。母の生家を探しに来たはずなんだが。

 

 ……まぁ、ここは諦めよう。

 

「とりあえず、どうしようか……」

 

「確か連絡先を貰っているんだろう? ん、降りるか」

 

「あぁ……確かルドルフ・ゼイヒマンって騎士だった筈だけど」

 

「解った。此方で面会する様に手はずを回そう。まずは……そうだな、こっちにいる間に借りる部屋の方にでも案内するか……おい」

 

「ハッ!」

 

 馬車から降りれば、待ち構えていたように騎士の姿が見えた。片や男、もう片や女であったが、統一されたその服装と隠しきれない佇まいの隙のなさに、相手がただの騎士ではない事は簡単に看破出来た。1:1で殺りあったら2:8で此方負けかな? と脳内で即座に戦力計算を行いつつ、馬車の裏から手荷物を取ろうとすると、それを制する様に侍女が荷物を運んで行くのが見えた。流石、行動が早い。そう思っている間に騎士が礼をレヴァンへと向けていた。

 

「お帰りなさいませ殿下」

 

「帰りをお待ちしていました」

 

「良い。今日は学友と共だからあまり恐縮するような態度は止めてくれ―――学園に戻った時、ネタにされてしまうからな」

 

「ふふふ、どうやら中々楽しい青春を過ごせているようで安心しました。リュンセル様も殿下の相手をありがとうございます。あと秋季は陛下の醜態、本当に申し訳ありません……」

 

「あ、いえ、此方も一生思い出に残る様なイベントになりましたから……うん、なんというか気にしないでください……ホント」

 

 申し訳なさそうに男の騎士の方が顔を両手で覆っていた。此方の方は茶の短髪にし、清潔に、活動しやすい様に髪を切り揃えていた。見た感じ、年齢は40過ぎぐらいだろうか、肉体的には最初の衰えが始まる頃だろうが、男としては一番脂(・)が乗り始めた頃だ。この年齢まで戦い続けてきた者であるならば、おそらくは恐ろしい程に強いだろう。

 

 と、そうだった、とレヴァンが口を開く。

 

「此方、近衛を率いるディーク・ギャンビット、そして隣のが補佐のアリシア・テレンスだ。近衛で俺の警護も基本的には彼らの手の者が担当するからな、俺と一緒にいる間には嫌でも見る事になるからなるべく仲良くしてくれ」

 

「よろしくおねがいしますリュンセル様」

 

 ディーク、そして補佐のアリシアと握手をする。アリシアの方は金髪に首の後ろでそれを尻尾の様に伸ばす三つ編みにした女性だった。此方の方はディークと比べれば若く、まだ二十代ぐらいの様に思える。とはいえ、近衛とかいう狂った実力集団にいる以上、間違いなく年齢にそぐわないだけの凄まじい実力があるのだろうが。なんともまぁ、羨ましい話だ。自分もそれだけの力が欲しかった。

 

「えーと、自分、一平民なので様とつけられるのは……」

 

「殿下の学友ならば、これは普通です」

 

「慕われてるんだな、お前」

 

「まぁ、俺は一応皇族だからな」

 

 流石エンペラーブランドは格が違った。そんな事を口にしながらレヴァンが手の空いているルドルフへの面会を伝え、そのまま今度は帝城へと入城する―――おそらく、多くの人間が夢見ても機会を得られない事であろう。軽い緊張感を抱きつつ入口の大門を通り抜け、豪華なエントランスホールへと入った。流石国家の象徴が住まう場所はまるで違うな、と思っていると、

 

 正面に人の姿が見えた。

 

 ―――それは半裸だった。

 

 上半身裸の男は背を見せる様にバルクアップをしており、良い背筋を見せつけてくれる。ここ、帝城。半裸? 半裸。バルクアップ。ナイスマッスル。頭の中にいろんな言葉が流れてくる。どう対応すればいいのか、それがまるで解らず思考が停止し、それが体の動きを止めていると、

 

「―――私は通りすがりのパイ投げ紳士……!」

 

「パイ投げ紳士(エンペラー)」

 

「良くぞ帝城へと来た! どうだ? 学園には確か皇帝の子が一人向かっただろう? 虐められていないか? お小遣いは足りているか? なんか、こう、仲の良い女子の噂とかないか? それはそれとして、うむ、ちょっとパイを投げつけてみないか?」

 

「父上ぇ……」

 

 レヴァンが両手で顔を覆い、それを真似る様にレグナが翼で顔を隠していた。俺も同じように現実逃避すればよいのだろうか? そんな事を考えていると、風の様に上の階から飛び降りてくるドレス姿が見えた。それは一瞬で自称パイ投げ紳士へと到達するとネックロックを首に決めながらそそのまま落下し、凄まじい衝撃と共にパイ投げエンペラーの姿を床にフォールさせた。そこから素早く立ち上がり、パイ投げ―――いや、皇帝陛下の首を掴み、それをズルズルと引きずって行く。

 

「オホホホホ……失礼」

 

 そう言って素早く去って行く姿を眺め、未だに見ていないフリをするレヴァンを諦め、近くにいたディークに質問する。

 

「あのお方は」

 

「正室の君……ですねぇ……」

 

「そっかぁ……」

 

「その……これ、大分平常運転なので」

 

「そっかぁ……」

 

 近衛二人が身内の恥を晒すような表情を浮かべている。それでもちゃんと忠誠心があったり、国が栄えている感じ、間違いなくこの国の皇帝は有能なのだ。有能なのだが―――やっぱり、世の中優秀な人間ほどどこかぶっ壊れているのは基本なのだろう。それを確信させる。一幕だった。そしてその犠牲者筆頭のレヴァンは先ほどから死にたい、と呟いていた。

 

「いや、ほら、初めて友達を連れてくると親って凄いテンション上がるじゃん? きっとそういうのだよ! ほら、世間では良くあるって!」

 

「ごめん、立ち直れそうにない」

 

「今日はゆっくり酒でも飲んで愚痴ろうぜ……」

 

 ぽんぽん、とレヴァンの肩を叩いて、逆側からレグナが肩の上に乗ってレヴァンを慰めている。国のトップが臣民に凄まじい醜態を晒したところで、今度こそ城内を案内される。

 

 流石城という名が付く建造物、凄まじく広く、そして大きい。これでもか、という具合に通路と扉が多く、覚えようとして歩かなければ中々道筋を覚えられたものじゃなかった。それに城に努める人の数や気配も多い。学園の方で人混みには慣れたと思っていたが、甘さを痛感する。これがこの国の中心か……そう感じながら案内されるがままに客室へと案内される。

 

「此方がリュンセル様の部屋となります」

 

 そう言って案内された部屋は帝城の3階にある部屋だった―――広く、複数の部屋に中には備え付けのシャワーや風呂まであり、学園都市で1回だけ見た、いわゆる高級ホテルの様な部屋だった。既に持ってきた荷物は運びこまれており、侍女が頭を下げながら出て行くときに鍵を渡してくれる。それを受け取りながら予想を超えて豪華で凄そうな内装に気後れをする。それを見て、レヴァンが苦笑を漏らす。

 

「まぁ、気持ちは解らなくもないが、ウチで用意できるのはこういう部屋ばかりだ。我慢してくれ」

 

「豪華だから我慢してくれ、って言われるのは初めてだな……」

 

 そう言いながら部屋の中に入り、軽くソファに座ってみる。

 

「おぉ……!」

 

 体が沈み込むような柔らかさに思わず声が出てしまう。凄い、もうこのままここに沈んで眠れてしまいそうな感じがする。だけどそれは後回しだな、とソファの心地よさから体を引きずり出して起き上がる。そのまま侍女が運び込んできた荷物を確認し、そこから此方に来る前に、キチガイ共から受け渡された弓を取り出した。一応矢も幾つか持ち込んでいるが、流石にこっちにもあるだろうと最低限しか持ってきていない。だがとりあえずは、ちゃんと持ってきている事だけをチェックし、

 

「さ、体を動かそうぜ。ここ数日、思いっきり体を動かせなくて難儀してたんだ。帝城なんだから良い練兵所があるんだろ?」

 

 その言葉にレヴァンが苦笑を零し、

 

「どこに行っても変わらないなぁ、お前は……」

 

 呆れる様な、しかし何時も通りの言葉を零した。それにサムズアップを返しながら荷物を軽く確認してから、そのままレヴァンに連れられて練兵場へと向かう。

 

 レヴァン自身何度か利用しているのだろうか、その足取りに迷いはなく、階段を下りて廊下を進み、入ってきた所とは反対方向へ、つまりは帝城の裏手へと向かって進んで行き、そのまま外へと出た。歩きながらディークから此方での鍛錬等の話を聞く。

 

 帝城にある練兵所は広いグラウンドに様々な施設を付けたものがある。ぶっちゃけた話、効率が悪いので兵士と騎士で訓練する場所を分けるとかいう概念はない。純粋に効率が悪いし、差別意識を生むのに繋がる等の理由があるらしいし、状況によっては騎士と兵士で協調するのに、わざわざ分けて訓練させる意味も解らないという事もある。そもそも全ての兵士が強ければ強いだけよいのだから、騎士は強く、兵士は弱いという風に組み分けても意味はないのだ。そういう訳で鍛錬の場は戦う者に対しては開かれており、ここ以外にも貴族所有の訓練所みたいな場所は帝都には複数存在する。

 

 強い人間は必然的に体を鍛える為の良質な環境を求める。

 

 劣悪な環境で強くなるのは難しい。苦行を施せば強くなる訳ではないのだから。

 

「木人、ランニングコース、重り、武器の貸し出し、砂場、岩場、タイル、草地と色んな状況を想定して鍛錬出来る様になっている。ちなみにあっちの室内には超大型プールがあって、その中でなら水練も出来るぞ。ただ水練の方はリハビリとか筋肉を付けたりするのに人気だからな、常に誰かが使用していると思うぞ」

 

「水練かぁ……」

 

 水の中で戦闘を行ったりする水練は水の抵抗もあって自分の動きが非常にゆっくりとなる―――これは地上では難しい事だったりする。ゆっくりと長時間体を動かす事はそれなりに筋力を必要とする事であり、長時間利用しようとすると著しく体力を奪われる。だが水の中だと体をゆっくりと動かす事は苦にならない。それだけではなく、水中で行う緩い動きは自分の型、動きを細かく、しかしゆっくりとチェックするのには非常にやりやすい環境だとも言えるのだ。

 

 無論、水の中だと一部の歩法や跳躍が封じられる。だがそれを抜きにして、細かく自分の動きをチェックできるというのは非常に便利なのだ。自分も辺境の川に頭の下まで潜らせ、その中で水練を行った記憶がある。川とは違って流れのないプールであればどれだけやりやすいのだろうか。かなり興味があるのだ、今度使わせて貰おうと思う。

 

 それはそれとして、

 

「とりあえず走るか。それが終わったら基礎運動して、今度は弓を握って遠射だな」

 

「おーい、レーイ、ここに来た目的を忘れてないかー?」

 

 レヴァンのその言葉に一瞬だけ言葉を詰まらせ、振り返る。

 

「そ、ソンナコトナイヨー……」

 

 年下の学友と、そしてその相棒の龍からの冷ややかな視線を受け付けながら、他の皆よりも少しだけ早い冬の休みが始まった。




 母方の生家編とでも。今まだやや影の薄かったレヴァンくんが準メインという形? まぁ、2年目までの話なのでそう長くはない。きっと。たぶんね。

 文字数の想定とかもう既に大幅にオーバーしてるからネ……。
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